alone arsenal 作:john doe
グラムは、僅かに自我を取り戻した。体感時間の概念すら消え去った意識のまま、どれだけの破壊を尽くしたのか。あの狂気を帯びた魔力の全てを使い尽くし、漸く取り戻した視界に映るのは、人の群れ。宗教国家エデンの守護者たる勇者の軍勢だった。
彼らは強固な鎧に身を包み、身の丈を超す盾でファランクスを形成していた。三層からなる肉と鋼の壁は、生半な攻撃では突破は不可能。彼らの背後に聳える堅牢な城壁は、宗教国家エデンの、最後の護り。その唯一の弱点である門を死守する構えだ。だが──
「──残念だけれど、無意味よ。」
何故、そこを狙うのか。それも分からないまま、未だに意識を占有する狂気に従って、グラムは攻撃した。
魔剣少女が魔剣を振るう。それは人間が拳を振るうのと同じことであるようにも思える。だが、彼女は意思を持つとはいえ『武器』。破壊の効率化の、その道具に過ぎない。道具は、所詮道具であり、実行者たる人間の手助けをするものでしかない。道具が──魔剣が自動化したのは、敵を殺すことだけ。首を断つのも、心臓を穿つのも、全て魔剣が実行する。だが、殺すのは人間の──担い手の殺意だ。
命令なき行動に、使い手なき武器に、殺す力はない。
──その筈が、グラムの一閃した大剣は、斬撃を伸ばす一刀延鉄の技術と、一撃に複数の攻撃を内包させる一撃多斬の技術によって、金属の壁の向こうに並ぶ一個中隊分の首を、視界を遮る盾ごと切り落とした。
薄れた狂気の中、原初の、そして最強の自我である本能に従い、彼女は噴き上がる鮮血を浴び、転がる肉塊を蹴り除け、或いは踏み潰しながら進軍する。──否。城門をくぐり、市街地へ。その細い肢体に恐怖と畏怖の視線を浴びながら、凱旋する。
沈黙した理性も、その理性を未だ抑え込んでいる狂気も無視して、本能が絶叫する。進め、進め。進軍せよ。破壊の化身たる魔剣の本領を。その身に宿す絶対的な力を。ただ彼のために振るうのだと。
市街地を通り過ぎ、研究区画と呼ばれる地域へ、グラムは足を進めた。市街地の中にもう一つの城壁を築くほどに強固な警備は、外ではなく内に──侵入者ではなく、脱走者に対する防護として作られたものだ。だが、その効果は当然、外敵にも有効だ。如何に『魔剣』とはいえ、所詮は『兵器』。『兵器を防ぐもの』である城壁には、敵う訳もない。だからこそ、さっきはワザワザ城門を通ってきたのだから。
「······。」
面倒ね。以前の彼女であれば、そう呟いただろうか。何処からか補填された、色付いた魔力のもつ狂気に呑まれ、僅かな本能だけで動いている彼女に、もはや発声という無駄は生じない。
「──終焉無き永劫の廻廊。」
ならば、その朱唇から紡がれる言葉は、そうすべき理由が存在する、明確な意味を持った言葉である。
「──黒い羽。闇夜の蝶。磔の翼。」
それは歌であり、標であり、宣告である。
「──神意の下に、刃を振るう。」
そして、それは誓いである。
「──極化解放。」
グラムの纏う、黒と白で織られたドレス。それが水色を基調とした物へと変化する。手にした大剣の刃は禍々しく波打ち、枝状に分岐していく。
極状態。様々な制約の掛けられた、現代の魔剣。彼女たちの本来の姿である。
魔剣グラムは魔剣グラム【極】となり、大剣を一閃した。
厚さは1メートル。対魔力、対放射線、その他もろもろの防護策の施された城壁を、個人携行レベルの刃物が切り裂き、大穴を開けた。市街地のそこかしこで鳴り響いていた警報音に、新しい音が加わった。
煩いわね。以前の彼女であれば、そう呟いただろうか。魔力を放出し、警報装置を破壊する。遠く、市街から聞こえるだけになった警報音のなか、入り組んだ構造で、複数の研究施設が立ち並ぶ研究区画へ、グラムは歩を進める。
迷いはない。既に、行くべき場所が何処かは分かっている。問題は道のりだが、もともと作られている道を通らなければいけない理由など、絶対者にはない。道がないなら作ればいい。建物が立ち塞がろうが、警備員が邪魔立てしようが、彼女にとって、それは僅かなタイムロスにもならない。
歩は止めず、歩幅は変わらず、ただ手にした大剣を気紛れに一閃するだけで、障害物は有機物·無機物問わず破壊されていく。
魔力に糸目をつけない、豪勢なまでの破壊。その甲斐あってか、グラムは僅かに理性と呼べるものを取り戻しつつあった。
彼女は霞む頭で考える。
この先に行かなくては/行ってはならない。
彼を助けなくては/助けてはならない。
彼を死なせては/死なせなくてはならない。
──私達のマスター。
◇
数年ほど前、目覚めたとき···いや、産まれたときと言うべきか? まず視界に入ったのは黄色く濁った水で、それは物理的に目に入ってきた。痛くはなかったが、不快ではあった。完全に全身が浸っているのに、呼吸に難がない。知識にある特殊培養液は、確かそんな特性だったはず。
焦点を少し遠ざけると、目を見開く、白衣を着た人間の顔があった。分厚く透明なガラスと、大量の培養液が隔てているから、声は聞こえない。だが、唇を読むことは造作もなかった。問題は言語を解せないことだったが、数年を掛け、複数の人間を観察し、言語体系を理解してからは、その問題はクリアされた。
が、そこから先は暇で暇で仕方なかった。研究者の唇を読んでいても、変わらず同じ内容について語り合っているばかり。しかもすこぶる簡単なことで、だ。
今日もそうだろうと、半ば惰性で唇を読もうと目を開け──首を傾げた。いつもの議論に結果が出たのだろうか。見慣れた顔の研究者が、鍵を一本持っていた。その鍵は、この私が入っている培養装置の制御盤の、上から二番目に付いているスイッチのカバーを取るためのキーだ。そのスイッチが司るのは、この培養液のpH。つまり、私を溶かし殺すか否か、という、いつもの議論が、「私を殺す」という結論で終結したということだ。
ようやくか。その解に至るまで、一体何年費やしたのか。愚昧さにあきれ果てるが、まぁ、その長考の末に出たのが、現状最適解で安心した。これならば、人類はもう100年くらいは存続出来よう。
「悪く思うな、プライミーティヴ。献体番号001。最初の失敗作よ。」
悪く思うな、だと? 私に自分の知る知識以外に、そのふざけた名前以外の何一つを与えなかったお前達が、そう言うのか。全く面白い奴だ。
そういう意図を込めて、苦笑を浮かべながら首を振ってみせた。
「お前はこの世界を破壊してしまう。お前にとって──いや、お前達にとってはそれが最善でも、俺たちにとっては違うんだ。分かってくれ。」
──その言葉が出るということは、私の正体には見当が付いたか。それを知った上でその答えだと言うのなら、それは最早最適解とは程遠い。度しがたいまでの不正解だ。
「さらばだ。冥獣たちの王、人類の天敵よ。」
その言葉が、最後だった。
◆
研究員Dの手記
──古代移籍L-03調査記録──
ポイント2-36より出土した、旧文明の移籍を、調査班は先の二つに続く研究施設の遺構、L-03と命名した。先の二つより出土していた培養器の残骸と、その中に埋められていた[ 暗号化 ]のミイラは、遺伝子的に[ 暗号化 ]と[ 暗号化 ]のハイブリッドであると判明している。培養器に付けられた番号に従うと、L-01からはNo.400からNo.699までが、L-02からはNo.200からNo.399までが出土している。今回発見されたのは、No.001からNo.199までであり、時系列的には最も古いと推測される。
研究員と思われる人間のミイラ=L-01-1が出土したのはL-01からであるが、彼の手記および研究資料=L-03-1はL-03、つまり、この遺構で発見された。これによると、驚くべきことに[ 暗号化 ]だというのだ。だが、これで現在の[ 暗号化 ]にも説明がつく。詳しくは、研究レポート第114514番にて。
今回の遺跡で、我々は[ 暗号化 ]を入手した。第[ 暗号化 ]研究棟にて培養·研究する。[ 暗号化 ]の元ナンバーは001であり、[ 暗号化 ]のモデルケース或いはプロトタイプであると推測される。考古学調査班によるL-03-1の解析が終わり次第、答えは出るだろう。
L-03-2=No.001:プライミーティヴ研究資料
全長:1.75メートル
体重:70キログラム
体脂肪率および筋肉量:不明
内臓系:人間と同様の配置·機能か
脳機能:人間と同等か
魔力保有量:測定不能(未覚醒)測定不能(機器上限)
特記事項:細胞自死·代謝の類いはなく、成長しないものと推測される。が、発汗機能や食事の経口摂取および排泄、生殖機能は存在する。被傷時は細胞機能による治癒はなく、魔力による部分的時間塑行により修繕する。免疫系は人間と同等であり、また自己治癒能力も冥獣程ではなく、殺処分は容易か。