極東の城塞   作:アグナ

1 / 56
『神域のカンピオーネス』
皆さんも是非、購入を!!


……あれ?


天災、妨げる城塞
神殺しの日常


 ──闇だった。

 

 僅かな光のみが部屋を照らし、その薄い光だけがこの部屋を部屋であるという証拠となっている。

 

 時刻は現在朝八時。にも関わらず陽光は一切、この部屋には照らされない。

 人は情報の八割から七割を視覚で得る生命である。

 自分が何処に居るのか、それを最も手軽に、かつはっきりと得られる手段が目で見ること。

 

 未知は恐怖だ。とても怖い。だから人は古来より光を求め、闇を畏れた。

 犬猫と違い、鼻や耳から得られる情報は視覚と比べて余りに微弱。無いと困るが無くなったからといって喪失感にこそ繋がるだろうが、恐怖に陥る事は無い。

 そしてその事実が感覚器官としての重要性を示している。

 古来から魔眼やら邪視やら視覚機能に纏わる特殊な能力が存在するのがその証明。目はやはり、他と比べて特別なのだ。

 

 ならば、それを度外視するが如く光を遮り、眼を閉ざすは何者か。

 さながら陽光を浴びれば死ぬとばかりに日の光を阻み、拒む様はさながら吸血鬼だが、部屋の主にその特徴は存在していない。余人に比べて特別なのは自分も他者も認めるところだが、日の光を浴びれば灰になるという弱点は有してはいない。

 というより、寧ろ日の光所か太陽の熱に焼かれても早々死なない強みが存在するほど。では、何故日の光を拒むか。

 

 ──それは現代日本のように優れた法治国家かつ恵まれた環境であるからこそ生じる怠惰の具現、人の七罪が一つ、そう……日の光を拒む唯一無二の人種、日々を汗水流して労働に吹ける勤労者共を鼻で笑って踏ん反り変える穀潰し(クソ野郎)──。

 

「って、真っ暗じゃないですか! というかもう朝ですよ朝!? カーテン閉めてシャッターも閉めてゲームに耽るとか、もう学校の時間でしょうが!!」

 

「ぎゃあああああああ!! 目がッ! 目があああああ!?」

 

 部屋を開け、入室三秒で状況を確認した少女、姫凪桜花は即行動。

 完璧に閉じられた部屋のカーテンとシャッターを全開にし、薄暗い部屋で貫徹ゲームという引きこもりに昇りつつ日という直射日光を当てた。

 太陽の熱にすら耐えてみせる超人ボディはしかし穀潰し(ニート)の弱点、太陽の光に当てられ、精神的ダメージで重症を負う。

 

「さあ、朝ごはんはもう出来てます。早く着替えてください……ってそれより前に顔洗う! 全く、本当に何にもしてないじゃないですか! 学校遅刻は間違いないですがそれでも行かないよりはマシです! さあ!さあ! ハリー! ハリー!!」

 

 着流し。日本の古き文化、簡単な和装に身を包む少女はしかし、まるで母親のような態度で接する。

 そして穀潰し、もとい少年、閉塚衛(とつかまもる)も同世代の少女に向けるものではない、まるで保護者に反旗を翻す馬鹿息子のように応じる。

 

「いいんですぅー、これでも一応は王様だしぃ。身分上最低限労働はきっちりきっかり務めてますし? 一応人類史上最も過酷な労働を担う人材であるからして、たかだか学校ぐらいはサボっても別に問題は……」

 

「それとこれとは話が別です! 貴方学生、今日は学校! ならば通うが道理です! それに王様といってもそれで通じるのは私たちの世界での話。普通に言っても部屋の主(ニート)ですという受け取り方までされませんよ!」

 

「それでいいです。学校だるい。部屋万歳。ニート最高。だって、人間だもの」

 

「ダメです! あと、さり気無くニートの理由に相田○つをの名言を使わないでください! 名言ですよ名言!」

 

 それから、本来の名言は七転八倒と前置きがあり、人が失敗するのは当たり前、なにせ人間だからという失敗に対する励ましの言葉である。

 断じて怠惰を承認させるための言い訳ではない。

 

「もう、いつもいつも、やる気が無いとすぐコレです! 全く! 全く!!」

 

「人間だもの。」

 

「もう良いですって!!」

 

 早く迅速に準備だけしてください! と颯爽と去る少女。

 ある事件を境に親の目を抜け一人暮らしという名の楽園(エデン)に鞄片手にやってきた姫凪桜花(ひめなぎおうか)は毎日のようにほっとけば日々をゲーム漬けで引き篭る衛の面倒を飽きもせず焼いている。

 態々、自らの遅刻を選んでも連れ出す辺り面倒見が過ぎるような気がしなくも無いが。

 

「あー、うー……ああああ」

 

 意味も無い音を口から垂れ流しながら非常に緩慢な動作で準備を開始する衛。

 これが母であれば粘り強くこっちが引き篭っていれば諦め、父であれば鉄拳制裁という展開が待ち受けているだけなので、どちらにしても痛みを我慢すればこちらの勝ちだ。しかし彼女となると話は別。

 まずこの後、一時間ぐらい待った挙句、またやってきては行動を促し、また一時間ぐらい待つという無限ループが始まる。

 諦めの悪さは筋金入り。ともすれば、何の間違いかなってしまった神殺し(・・・)とやらである俺たち(・・・)に匹敵するだろう。

 

「何で面倒にこうも一生懸命になれんのかねえ」

 

 傍から見れば日常において毛ほども役に立たないニートである。

 にも関わらず社会義務に関わらせるため、己が利益には全くならない面倒を態々自ら背負い込むのか、何時ぞや同好の士である甘粕に問いかけた所、残念なものを見る目で、今時鈍感主人公とか流行らないですよといわれた。

 

 ──おのれ甘粕(社畜)のくせに。王様権限で今以上の苦労を背負わせてやろうか。沙之宮に言えば嬉々として協力してくれるだろう。

 

「……取りあえず、顔、洗おう」

 

 こっちが折れるまで向こうはどうせいつも通りに根気よく我慢比べに付き合うだろう。そうなれば結局いつも負けるのは俺だ。

 神様を殺す度胸と、それを以って手に入れた莫大な力も一人の少女の前では全く役に立たない辺り厄ネタ以上の勝ちなど無い。もとより面倒ごとは嫌いなのだ。

 

「神殺しとか中二乙。表社会じゃ欠片も役に立たない身分じゃねえかバーロ」

 

 そんなこんなで堕落王こと今代七人目の覇者。

 神殺し(カンピオーネ)こと、閉塚衛の日常は今日も平凡極まりなく回っていく。

 

 イタリアの剣バカやヨーロッパの火薬庫(バルカン半島の王様)のように戦闘狂でもイギリスの冒険者や中東の傍迷惑とも違い厄ネタ好きじゃあないのだ。降りかかる火の粉は全力で払い除けるがそれ以上の労働はしない、まして自ら動くことなど。

 

「不動の王……ってヤダ。なんか格好悪くないか?」

 

 『堕落王』なぞ、破壊と混乱を好むドジっ子みたいな呼び方をしやがって。おのれ賢人議会と変なところで嫌な敵意の向けられ方をされる英国の秘密結社。

 ぶつぶつと各方面に文句を良いながらも桜花の言葉通り、顔を洗って支度する。その様は賢妻のヒモたるロクデナシ夫のようだと後に匿名忍者Aは語ったという。

 

 ……至極どうでも良いことだが、その後A氏は満遍の笑みを浮かべる上司に普段以上の労働を課せられたそうだが、全く本筋には影響しないどうでもいいことなので閑話休題。

 

 

………

……………

…………………。

 

 

「政治家のスキャンダルとか芸人の爛れた恋愛事情とか、毎日毎日後ろ向いたニュースばかり飽きもせず、テレビ局ってか報道機関ってのは暇なのかねえ」

 

 丁寧に盛り付けられた野菜とシンプルだが焦げが絶妙な辺り腕が垣間見える秋刀魚の焼き魚を箸突きつつ、今日も今日とて、めでたいニュース三・後ろ向きニュース七で地を往く朝のニュース番組を見てボソリと衛は率直な感想を口にする。

 因みに本日の目玉はどこぞのテロリストによってイタリアの世界遺産が吹き飛ばされてうんぬんという内容。

 

「はむ……物騒ですねぇ。なんでああいう方々って破壊行為でしか意思表明できないんでしょうか」

 

 話せば誰だって分かり合えますと物語の正義の味方張りの綺麗ごとを言う桜花。

 基本を性善説で物事を考える彼女にとっては生粋の悪人など居ないという思いか。まあ綺麗ごとだが、そんな彼女だからこそ、このクソニートと根気良く付き合っていけるのかもしれない。

 ぶっちゃけ言えば暴力でモノを通そうとする連中は我侭以外の何者でもなく、率直にそれを言うと彼女相手だとまた面倒くさい話になる。なので……。

 

「アレだ。世の中、常人ならともかく道理の通じねえ馬鹿がいるんで大方、そのせいで彼らも暴力に訴えずにはいられなかったんじゃないのか? ほら、苦渋の決断って奴?」

 

 例えば己の意一つで何処かの傍迷惑な神様宜しく世界を八転ぐらいさせる奴。

 まあつまりは俺らみたいな弱きは強きに勝てずという基本ルールを無視した迷惑の代名詞みたいな連中。

 

「それでもです。諦めることは何時だってできます。暴力はホントにホント、最後の手段。どうしても通さなきゃいけない意思を通すためやむなく取る手段でなければなりません(・・・・・・・・・)。だから諦めるのは全部やった後、やりきってみければどんな無理でも結果は……」

 

「それ。あんまり口にすんなよ? 俺らみたいな例外やたまに居る才人気質(主人公)どもならともかく常人には嫌われる理論だからな?」

 

 不可能を前にそれでもと立ち上がれる人間はそれ自体が恵まれている。余人にとって不可能は諦めるものであり、挑むべきものではないのだから。当たり前のルールを守り、平凡に生きて普通の幸せを感受する。

 

 それが真っ当であり、寧ろ天才たちの考えは極少数派。まして自分などは例外中の例外だろう。そして例外は正しいことではなく、少数派の意見はそれが大多数にとっては共感できない意見であることを指す。

 

「ま、特別と幸せは別ってね。不可能に対して血の滲む努力で超えるより、普通の連中の方が正しくて、そっちの方が幸せってね」

 

 元々、自分もそっち側の人間だった。

 

 小難しいことは頭を使うことが好きな奴がやればいい。俺ら凡人は目の前の即物的な快楽と最低限の社会義務さえ守ればそれだけで日々満足。小さな幸せがあればそれでよく、巨万の財も莫大な権力も願いや憧れを抱いても本気で望む奴は居なかった。

 

 何事も身丈程度。日々に小さな幸せがあれば満足でそれで良い。だからこそ―――。

 

「………ああ、だからこそ(・・・・・)があったからオレは凡人(そこ)から洩れたわけか」

 

「え? 何か言いました?」

 

「なんでもないさ。それより急かした割には食べるの遅いぞ?」

 

「何を……って早い!? もう食べ終わったんですか!?」

 

「はっはっは、困ったなー。食べるの遅い桜花のせいで今日は遅刻確定だなあ」

 

「ご、ゴメンなさ…………って既に貴方のせいで遅刻は確定です! 責任転嫁!!」

 

(オレ)がルールだ。だって俺、王様だし?」

 

「表身分はただの学生です!」

 

「そりゃあ凡人ルールですぅ。こっち(・・・)側のお前には通じません。残念でしたザマーミロー」

 

「ウザイ! この人ウザイ!! 変なところで偉ぶって!」

 

「だって偉いもん」

 

 朝から元気に騒々しい、二人は今日もいつも通りに変わりなく、世界最強の神殺しと呼ばれ畏怖される超人と日本が誇る壮絶な武人、撃剣世話係という武の頂に立つ者より才媛と期待される魔人ではなく、何処にでも居る普通の少年少女にしか見えなかった。

 

 




改行弄り(2019/10/04)

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。