極東の城塞   作:アグナ

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今回はシリアスムードで。
自分、重い過去書くのが何故か好きでね……。

アレか、呪われたい症候群か?
くっ、中二心が疼く……社会人になる前に治るのかこれ?


鳴り響くは乙女の恋歌
巫女の過去、嵐の気配


 己が『強者』である―――物心付き始めた頃、私は自覚した。

 

 森と川、湿った香りと程よい寒さ。霊峰より吹き付ける霊気は神秘の時代とまでは行かないけれど世間から隔絶した雰囲気を未だ纏っている。その山は既に暴かれ、嘗ての神話性は残滓と消えたが、未だ麓には御山を信仰する修験者、神主、僧侶が集う。

 

 ―――其は高千穂峰。日本誕生の神話が発祥地。九州に存在する屈指の霊峰である。

 

 呪と剣。天狗の法と共に古き神話を伝える一族に私は生まれた。来歴にして三百年。或いは袂を分かつまでの歴史も加えればそれよりも古くより御山を信仰し続ける山岳信仰、修験道の一派。それが普通じゃないことを自覚するにそう時間は掛からない。

 

 他の子たちが学校で友達と遊んで勉強して、程よい世俗を楽しんでいる間、私はひたむきに呪と剣を極めた。巫女としての才には差ほど恵まれなかったが、私は優れた呪と剣の腕を秘めており、師らからよく褒められた。また、それを見込んだ祖父が態々、東京から「その道の達人」を呼び寄せてくれ、磨く機会に事欠かなかった。

 

 その日々は、他人から見れば子供に酷な……と言われるかも知れないけれど個人的には充実していた。麓の森で狐狸たちと足を競うのは楽しかったし、剣での試合も嫌いなものではなかった。負ければ悔しいが勝てば嬉しかったし、何より、褒められるのは嫌いじゃない。

 

 そうして五年、十年と日を送るたびに私の時間は普通と断絶していった。決定的だったのは確か小学生高学年の頃。思春期特有の、といったら少し語弊があるが、まあ、男の子が女の子にちょっかい出したくなるぐらいの時期。教室内である女の子が複数の男の子に虐められていた。

 

 当時の私に力加減など分からない。だから私は虐める男の子たちから女の子を救うという義務感に攫われ、本気(・・)で彼らを撃退してしまった。無論、呪術は使わない。それが他人に見られていいものじゃないということは学校暮らしが始まって直ぐにきちんと分かっていたから。―――でも、普通じゃないという意味は本心では理解していなかったのかもしれない。もしかしたら、子供心に理解したくなかったのかも。

 

 結果は簡単。私の圧勝。男の子たちは全治数ヶ月の大怪我。両親にはこっ酷く怒られたし、以降クラスでは怖がられた。……救った女の子にすら。

 

 それで悟った。私は『強者』だ。普通じゃない。暴力が嫌いになったのもきっとこの頃。自分より弱い人には暴力を振るわないと誓った。たとえ強者でなくても正当な理由が無ければ使わないし、本当にギリギリまで言葉での理解を訴えることを心に決めた。

 

 それともう一つ。自分が『強者』であることを心の底に刻み付けた。私は普通じゃない。普通じゃない私は弱い彼らを守る存在であると。鍛えた剣は、呪術は、まだ見ぬ誰かを救うために振るおうと。それから天才と持て囃された才をさらに鍛えた。例え大人でも私に勝てないほどになるまで。ついには同世代ならば恵那ちゃんぐらいしか敵わないほど熟練していた。

 

 ―――誰かを守るための呪術と剣。そう定めてさらに数年。丁度、国内で『刀使の巫女』と名が通り始めた時だった。己が『強者』である、という矜持を木っ端微塵に砕かれたのは……。

 

 

………

……………

………………。

 

 

 嵐が吹いていた。

 

 疾風怒濤と称せるそれは辺り一帯に問答無用に吹き荒れ、儀式場(・・・)から離れた街道、近くの村……所構わず、問答無用に襲う。叩き付けるような豪雨。木造建築などあっという間に吹き飛ばす暴風。空を隠す暗雲に、背筋を震わすほど巨大な雷鳴。

 

 アメリカ大陸をよく襲撃するハリケーンとて、ここまでの規模は稀だろう程の巨大な嵐がまさか……たった一人の魔王が意図によるものだと果たして誰が知りえようか。

 

「くく、くくく……大言壮語かと思えば中々どうして、一体何時以来だ? このヴォバンをただ人のみで楽しませるほどの武芸者は、面白い、面白いぞ! 巫女よ!!」

 

 狼の遠吠えもかくやと獰猛に笑い叫ぶは神殺し(カンピオーネ)、サーシャ・デヤンスタール・ヴォバン侯爵。恐ろしき神殺し魔王。現在、五人と存在する王の中でも最長の命を誇るバルカン半島の王である。

 

 ()に恐ろしきは神殺しという身でありながら数百年と言う長い時を生きたその生き汚さだろう。神殺しにも定命はある、とはいえ神殺しは伊達ではなく数百年生きること自体はそう珍しいことではない。では何が恐ろしいかといえば神殺しでありながら数百年生きているという事実だ。

 

 前述後述で矛盾するようだが、話は簡単だ。神々との戦、同族との戦い、それを経て尚、生き続けるという困難さ。そのために神殺しは定命を終える前にその多くが没するという。しかし、ヴォバンは違った。己が欲の赴くまま強敵との戦いを愉悦し、暴虐の限りを尽くしてきたにも関わらず現代にまで生存しているという事実、過去には国すら敵に回した程の傍若無人の振る舞い。神殺しは魔王である―――その印象を誰よりも世界に示した王は、未だ勇者すら届かぬ高みで現代に君臨していた。

 

「惜しいな。『ジークフリート招聘の儀』に使うには惜しい。いっそ我が手でその命を簒奪するも一興か……」

 

 嵐を従える王は眼下で膝を突く桜花を前に喜悦の滲んだ声音で呟いた。その言葉を聞いて桜花もまたかの王についての逸話を思い出す。曰く、死者の魂すら繋ぎ止める権能。勇士の死後を陵辱する従属の力を。

 

 だが―――今の桜花はそれ所ではなかった。

 

「そんな……」

 

 声音に宿る絶望。今までの人生で一度も抱いたことのない暗闇がそこにはあった。全力で剣を振るった、切り札の呪術も切った、己が最強と呼べる『強者』の矜持を使い切った。しかしそれでも、魔王は健在だった。

 

 無論、無傷ではない。恐らくは、イタリアに君臨する「最高の騎士」と名高いパオロ・ブランデッリがこの場にいれば驚嘆しただろう。何故ならば、ヴォバンを相手に未だ生存しているから。

 

 ヴォバンが強者との戦いを望んだがゆえ考案した魔の儀式『ジークフリード招聘の儀』。行なえば関わった巫女姫らは無事では済まないだろう儀式の全容を知った桜花は攫われた身の上でありながらヴォバンに剣を向けた。悪名高いヴォバンを知り、気の趣くままに極東という遠き地から簡単に攫われるという恐怖を味わいながらも。

 

 大した胆力だし、勇気だ。さらにはヴォバンに剣を向け既に半刻、神でもなければ神殺しでもない、媛たる格があるわけでも特別な神器を扱うわけでもない。にも関わらず純然たる実力でヴォバンと競い合うその技量。恐らく才能比べならば間違いなく剣術にて神殺しを遂げたサルバトーレ・ドニと比肩する怪物(フェノメノ)だ。

 

 それでも、相手が悪かったといわざるを得ないだろう。相手は最古の怪物。『賢人議会』でさえ、その全容を知らない魔王である。嵐の権能も、死者を徒に遊ぶ権能も―――最古の王が保有する力の一端に過ぎない、例えば……。

 

「刀か、さして名があるわけでも無かろうによく通る。このヴォバンの肉体に純然たる技量で傷を付けるか。くく、くくく……」

 

 狼。かの魔王の肉体は異形であった。人型であるが、その肉体は度が過ぎるほど筋骨隆々、全身は銀色の体毛が覆いつくしている、その姿は正に民間伝承、神話に語られる人狼そのもの。狼を従え、自らも狼に顕身する権能もヴォバンは保有していた。丸太のような腕を振るえばそれだけで余人は吹き飛ばされるだろう。加えて強靭な筋肉繊維で構成された体は恐らく鋼並に堅く、並みの武器では通すことも困難。

 

 ……だがその身体には無数の切り傷がある。浅く、傷と言うには神殺しの身であることを考慮すれば小さいも小さいが、ただ人の剣がヴォバンの肉体に幾度か届かされた。その事実が桜花がどれ程隔絶した才能の持ち主かを語っている。

 

「反抗的なものは嫌いではない。醜く追従するだけの狗よりも遥かにこのヴォバンの好みに合っている。特にそれが跪くを良しとしない狼の牙を持つならば尚のことな。東洋人の娘、お前は良いぞ、素晴らしい。このヴォバンの肉体に八度もその剣を届かせたのだからな!」

 

 呵呵と笑うヴォバン。その声には隠し切れぬほどの喜悦があった。強き者と戦う。例えそれが戯れによる全力に程遠い戦いであっても人が此処まで食いついてきたその事実にこそ、ヴォバンは笑う。だからこそ……。

 

「そう、だからこそ喜べ娘よ。お前もまた我が従者の一人として末席に加えてやろう」

 

 傍若無人の神殺しに気に入られる。それは寧ろ、生存の道を閉ざしていた。それが戦いであるならば抜け目無く、慢心なく、油断なく、貪欲なまでに勝利を手にする。それこそが神殺し(カンピオーネ)。『獣』と称される覇者である。

 

「あぁ……」

 

 此処に『強者』の自負が砕け散る。慢心したつもりはない。油断したつもりはない。例え、刺し違えても、その覚悟で挑んだ。全身全霊、人生を賭けた一戦。だが、結果は相手を本気にさせるでもなく、一矢報いるでもなく、ただ戯れの戦いで圧倒されただけだった。

 

 ―――誰かが見ていれば、井の中の蛙とはいうまい。ただ相手が悪かったのだ。そう言葉を掛けただろう。しかしこの場にはただ二人、ヴォバンと桜花の二人しか居ない。

 

 背後では既に聞こえ始めた『ニーベルンゲンの歌』。彼女の奮戦は虚しく散り、ヴォバンの思惑通り儀式は滞りなく終わるだろう。唯一変わったことといえば死の従者が一人増えただけ。彼女の戦いに意味はない。

 

「ふふ、では終生まで足掻いて見せるが良い。運がよければ我が手から逃れうるかも知れぬぞ?」

 

 そんなことは微塵も許さないだろうに、ヴォバンは敵を奮起させるような言葉を送りながら戯れの戦を再開する。だが、猫の戯れが鼠は戯れにならないように。魔王の遊びは余人にとっては修羅の巷。生き残ることを許さない戦場である。

 

 まして、『強者』の矜持は此処に砕かれた。世界の広さを知らなかった彼女は此処に無念と絶望に浸りながら命を散らすだろう。

 

 ―――振り下ろされる腕。次の瞬間の死を諦観した顔で見上げながら桜花は静かに助けられなかった者たちへの後悔と期待を寄せてくれていた一族に詫びを想いながら命の鼓動を……。

 

「む……」

 

「え?」

 

 命散らす寸前で、殺戮の腕は止まっていた。ヴォバンは疑念の声を上げ、桜花は想定外の生存に呆然と声を上げる。助かったというのだろうか? ……その一縷の希望は、死よりも恐ろしき絶望に落とされる。

 

『嗚呼―――聞こえます。聞こえます。私の英雄、私の恋人、私の愛する人を讃える歌の音が』

 

 その声は切なくなるほどの情愛が込められいる。まるでオペラの一幕。愛する人へ送る恋歌のように凛とした女性を思わせる声音でありながらどうしようもなく心書きたてる悲恋を嘆く言霊。空気を震わし、戦場に鳴り響く、女性の愛。

 

『ジークフリート。私の、私だけの恋人……悪竜を殺戮せしめた英雄様!』

 

「これは……これは……!」

 

 魔王の口が更なる喜悦に歪む。喰い気のある前菜に期待を寄せる本命の神(メインディッシュ)。そこに更なる神(デザート)まで加わったのだから!

 

「この気配は……」

 

 散々と感じ始めた神威の気配? これが『まつろわぬジークフリート』、否、その彼を恋慕する女の声。神話を知るものならば疑いもない。彼を想い、恋歌を歌う女神は一柱。英雄譚(ヴォルスング・サガ)に謳われるヒロインを置いて他に無い―――。

 

『無念なるは我が肉体を持ってあの方の前に立てないこと。しかし、あの方ならきっと私に気付いてくださるわ。モノの差違などでは、我らの愛を別てない!』

 

 そうして、中空。虚ろに浮かび上がる女神の姿。ミスリルの鎧と銀色の髪。潤むように輝くアメジストの瞳は思わずため息を吐いてしまうほど魅力的だ。北欧由来の神である影響か、色白の肌と華奢とも言える線の細い体。まるで妖精のようだ。

 

 両手には背丈を越える騎乗槍(ランス)と鎧と素材を同じくする盾。銀の髪を飾るは天駆ける鳥を模した翼の飾りがついた冠―――神話の戦乙女(ワルキューレ)の如く。

 

 初めて目の当たりにする神威を前に桜花は思わず忘我する。異なる神を崇めるものであるにも関わらず頭を垂れたくなるような衝動が胸を差す。神殺しを相手取った時の威圧的な畏怖と異なる絶対的な神性を前にした畏怖。

 

 次の瞬間、目が合う。会ってしまう。

 

『お労しい、可哀想に。その身、勇士なれど女の身であるならば、そこな神殺しの王を前に抗うは相当な恐怖であったでしょう……同朋を守らんがため勇気で武装すれど晴れぬものだったでしょう』

 

 哀れむように慈しむように、女神の言霊はするりと桜花の胸に入り込む。安堵と、縋り付きたくなるような慈愛を前に桜花は甘美な音色に先ほどまでの闘志が、絶望が、恐怖が、後悔が消えてゆく。そのまま身を任せて酔いたいほどに。

 

 だが、悪寒が消えてくれないのだ。まるで希望から絶望へ転ずる瞬間を今か今かと待ち焦がれる悪魔の笑いが聞こえるのだ。果たして、それは現実となる。

 

『さあ―――私に抱かれて眠りなさい。安心して。無体は働かないわ。その身体は私がしかと受け止めましょう』

 

「ぁ……」

 

 途端。暗転、否、視界の全てが白に染まる。同時に急速に己が内より崩れていく感覚。神殺しや神に相対するよりも恐ろしい……自分が喪失していく実感。

 

 桜花の胸元。そこに光輝く文字がある。これこそが北欧が大神の智慧。苦行の果てに見出した神々の魔術、ルーン文字。その中でもかの神に教えを受けた系譜の神のみが振るう『原初のルーン』と呼ばれるもの。『忘却』を司る文字が刻まれている。

 

 ―――曰く、英雄を破滅に導く『運命』の乙女。古今の英雄譚、英雄の悲劇の要因となるのは常に『死神』に縁の持つ『運命』の女神だという。

 

 ゆえに破滅は此処に。乙女の愛によって一人の少女は此処に消滅(・・)するのだ。

 

「い……やだ」

 

 死など生易しい。自分が自分でなくなる感覚。刻まれた『忘却』のルーンによって作られた空白に「より強大な気配」が入り込んでくる。犯される、自分の心が、自分の魂が、自分の人生が……。

 

 『強者』の矜持は砕かれた。人間性は此処に奪われかけている。終生ならざる終焉。自身という存在に引かれる幕引き。―――最後に、彼女は普通の少女に戻る。

 

「消えたくない……こんな終わり方、やだ……よぅ」

 

 ゆえに―――。

 

たすけて(・・・・)……」

 

 

 

 ―――そうして彼女は消える寸前に呟き……。

 

 

 

 

任せろ(・・・)……!」

 

 白い地平の彼方に、雷光を見た。

 

 

 

 

 

 季節は梅雨。六月の終わり頃。湿気による蒸し暑さが鬱陶しい、寝苦しい夜。

 

「嫌な気配だな……」

 

 ピリピリと肌に触る緊張に衛は思わず呟いた。見上げるは夜の空。星が輝ける夜天にはしかし黒い雲が差している。数日後には雨の天気予報が出ているが、それとは別の、遥か彼方の空に同朋の気配を感じ取っていた。

 

「一雨来るか」

 

 それが天気に関するものでないことなど今にも噛み付きそうな顔をする衛を見れば誰だってわかるだろう。

 

 今彼がいるのは神奈川は鎌倉市。鎌倉時代、などと歴史の教科書などでも紹介される日本の歴史に記される重要な地。外国向けの観光ガイドなどにも紹介される「古都」である。

 

 その一角に作られた一軒家(・・・)、衛が一人暮らしする住居であった。……何も彼は生来、ニート気質だったわけではない。ニートになるための下地証明、それがこの家屋だ。ぶっちゃけた話。衛の家はお金持ちである、息子の一人暮らしに一軒家を用意する程度には。生来の怠け気質に金持ちがミックスしたためこうなった(ニート)のだという真実がここにはあった。

 

 地下一階+二階建て。一階は二階の一、二部屋分ぐらいを潰してガレージとしてある仕様で、地下には彼の趣味(オタクグッズ)の数々が収められており、二階だけでも四人家族が広々と暮らせる程度の大きさであり、贅沢の極みがここにある。

 

 しかしいつもの地下室ではなく衛がいるのは意外にも庭だ。道路側に面した表から反対位地にある、ウッドデッキで地繋ぎとなっている部屋。そこから出られる軽いドックランばりの広さを誇る青々とした芝が覆う庭先に、衛はウッドデッキから降りて空を見上げていた。

 

「凶の方角は東京か。また二人目がやらかしたか、それとも……」

 

 疑念に見せかけた確信。正に衛の声音はそのようなものだった。犯人を嫌う余りにそうであって欲しくないという思いがそうさせているのだろう。庭先に刻まれた魔法陣。呪術者避けに張った山羊星座を象った結界陣を見下ろす。これは神殿化。自宅を神域として昇華する第一権能の応用法だ。

 

「一難去ってまた一難。起きるまでは動かないが俺のスタンスだが、お前(・・)が相手なら話は別だぞ……」

 

 瞬間、バリッと雷が衛の身体を奔る。主の敵意に反応して第一権能が僅かな呪力で現出したのだ。これほど、彼が敵意を見せるのは珍しい。

 

「……らしくねえ。どうも気が立って仕方がないんだよなァ、これが」

 

 はあ、と息を吐き緊張を解きながら自室へと戻るため身を翻す。どうも調子が出ない。嫌な気配が付き纏って晴れないのだ。

 

 気を取り直してゲームでも、と相変らずを装うように欠伸交じりに室内に入れば、珍しい人影があった。

 

「ん? なんだ、桜花か。珍しいなこんな夜更けにッ……!?」

 

 瞬間、桜花が倒れこむようにして衛の胸元に飛び込む。不意を突かれた為、受け止めきれず衛は腰を床に打ってしまった。

 

「あいたァ!? ちょ、桜花。お前一体……?」

 

 予想外の行動と腰の痛みに抗議する様に抱きとめた桜花に文句を疑問と文句を叩きつけようとして……いつもと違う、桜花の機微に気付く。

 

「衛、さん……」

 

 言葉は余りに弱弱しく、肩は小刻みに震えている。泣いているのか部屋を照らす僅かな月明かりに光が反射している。

 

「おおおおい、ど、どどうした?」

 

 情けないというなかれ、神殺しとはいえ人生経験不足気味のニートである。まして親しい彼女の涙など久し振り(・・・・)に見てしまったのだ。普段の口煩く明るいものでも戦に趣く気丈なものでもない態度(それ)にうろたえるのも無理は無い。

 

「昔を、夢見てしまいました。少しだけ、少しだけ、胸を貸してください」

 

「―――――ん、りょーかい」

 

 静寂の部屋に小さな嗚咽が響く。声の主を抱きとめながら「嫌な気配」も相まってどうしようもなく専守防衛を心がける衛をして、怒りと闘志が内心を染め上げる。

 

桜花を泣かせた(この)貸しは高くつくぞ……ヴォバン侯爵(クソジジィ)

 

 来る嵐の気配に、衛は静かな宣戦布告をする―――何処かで嗤う声が聞こえた。




ぐああああ……不幸少女はダメだろ!?(自業自得)

主人公の相棒として似た価値観を強者というフレーズで設定したはいいが、どう主人公と親愛の情を培ったのだろうかと考えに考えた結果、何故か此処に不時着した。

すまない、不幸系女子が好きな中二病で。
僕は……屑だ……。(屑兄さん並感)

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