極東の城塞   作:アグナ

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最近台風ばっかりですね。
今週もまた二十五号がどうだのと。
お蔭でゲームか、ゲームか、ゲームしかやる事がないですよ。
……あ、いつも通りだ()




両王、敵を見る

 東京都・青葉台。

 

 そこに公立図書館の皮を被った《正史編纂委員会》管理下の魔導書や呪文書を専門に管理する図書館が存在していた。扱うものはどれも一般には公開されていない代物ばかりで閲覧することが出来るのは委員会関係者含めたごく一部のものだけ。世に出回らない禁書、稀覯本の群れに圧倒されながら万理谷祐理は甘粕冬馬を待つ。

 

 彼女がここに居る事情はいたってシンプルだ―――先日、甘粕にある本の鑑定を依頼されていた。本、と言っても此処にある魔導書らと類を同じくする『特別品(スペシャル・ワン)』ともいえる一品だ。通常の鑑定士では見れないだろうし、ゆえにこそ『媛』と数えられる卓越した巫女である彼女の霊感を頼ってきたのだろう。

 

「いやあ、お待たせしました。こちらが件の本でしてね。強力な呪文が守護しているせいか、無理に見ようとするとどうも嫌な事態になるので誰も鑑定できていないしだいで」

 

 暫し待っていると祐理が居る二階の閲覧室に甘粕が戻ってくる。なにやら不吉なことを口にしながら差し出したのは革で装丁された薄めの洋書だ。

 

「嫌な事態……ですか?」

 

「ええまあ。例えば部屋の隅で蹲って他人には見えないエンゼル様と会話したり、アババババと言った奇声を上げたりと……ぶっちゃけ言って精神に異常をきたしてしまうんですねこれが」

 

 ―――訂正、不吉ではない。危険である。

 

「そんな危険な本を人に鑑定させないでください!」

 

 さらりと告げられた鑑定依頼の理由に祐理は強い口調で言う。精神に異常をきたす本と知って、進んで鑑定するものなど相当な変わり者か命知らずをおいて他に居まい。勿論、彼女はどちらでもない。

 

「大体、内容が分からずともそれだけ強い呪文によって守られているのならば、それだけでもかなり強力な魔導書であると分かります。鑑定する必要は無いと思いますが……」

 

 寧ろ、厳重に封印すべきだろう。触らぬ神に祟りなし。魔導書とは物品によっては自立で動くような危険なものもある。まず間違いなく強力な魔導書であると分かる以上、何かの拍子に「中身」が独りでに発動しても可笑しくない。

 

 そんな言外に告げられる祐理の言葉にしかし、甘粕は苦笑で返す。

 

「そこは人の欲は恐ろしいというか、よくある詐欺の常套手段と言うか。何てことの無い魔導書モドキにあえて強力な呪詛やら何やらを仕込むことで魔導書に価値を持たせるなんて、詐欺臭い手口もありましてね。何、祐理さんならば中身を見ずとも鑑定できるでしょうから安全ですよ」

 

 呪文は見る(・・)と発動する。しかし祐理の持つ『霊視』は視る(・・)ものだ。直接中身を見るのと違い、この世ならざる場所、生と死の境界にある俗に言うアカシックレコード……アカシャの記憶を通して「今起こっている事象」或いは「起こりうる未来」を観測する技能だ。ゆえに魔導書をこうして見るだけでもその中身を視ることは可能なのである。甘粕もそういった事情から祐理に依頼を持ってきたのだろう。

 

 通常、『霊視』にて知識を狙って呼び込む率は魔女(西洋における巫女の呼称)でも良くて一割程度。しかし祐理のようなずば抜けた巫女ならば、望んで『霊視』を扱うことが出来る。

 

 甘粕が机の上に本を置く……タイトルは『Homo homini lupus』。本の痛み具合からして百年以上は経過しているだろう代物だ。

 

「本物ならば十九世紀のルーマニアで私家出版された魔導書となります」

 

 曰く、エフェソスの地で密かに信仰された『神の子を孕みし黒き聖母にして獣の女王』の秘儀について記した研究書。読み解いたものを『人ならざる毛深き獣』に変えてしまった(・・・・・・・)という。

 

「当時のエフェソスは地中海交易が盛んでしたから。その影響でキリスト教も早くに伝来しました。ところがエフェソスの地には既に一つの一大信仰が存在しています」

 

 それこそ『神の子を孕みし黒き聖母にして獣の女王』。キリスト教によって取り込まれた嘗ての地母神の成れの果て、或いはその目を逃れるための変質。事情は逆だが、日本でも聖母マリア象を仏に偽装させることでキリスト教弾圧から逃れ出る例もある。主流の信仰に偽装する形で本来の信仰を潜ませる例は探せば幾らでもある一例だ。

 

「『人ならざる毛深き獣』―――熊か狼あたりが定番ですね。特に、狩猟に強い縁を持っていましたし」

 

 ウンチクを披露する甘粕。語るのは嫌いじゃないのか何処か楽しげですらある。が、祐理が気になったのはそこではない。

 

変えてしまった(・・・・・・・)? 読み終わった時に姿形が成り代わったということですか? それだと、魔導書というより呪いの本のような……」

 

「おお、鋭いですね。正解です。言い切ってしまうとこの本、本物なら次々に狼男を増殖させる呪詛が込められた呪いの魔術書なんですよ。だから、本物ならばかなりのレア本なんですよ!」

 

 ―――訂正、危険ではない。超危険な代物だった。

 

「凄く危ない本じゃないですか! それとそんなことを嬉しそうに語らないでください」

 

 ゲテモノ好きなのか目を輝かせて語る甘粕にまたも文句を言いながらも、祐理は古書と向き合う。―――生真面目で請け負ったことに責任を持つ性分なのだろう、何だかんだと文句をつけながらもキッチリ依頼を済まそうとする。

 

「―――――」

 

 雑念を捨て、心を空に。何が見えるか、何を知るか、その内容自体は当たるも八卦、当たらぬも八卦だ。そもそも『霊視』自体、それは狙って発動するものではないのだ。それを意図して行なえる時点で祐理の巫力は、さすが『媛巫女』というものだった。

 

 ―――鬱蒼とした森の奥に潜む魔女。彼女らを崇める森の動物達。取り分け狼、熊、鳥はその中でも力ある存在である。この書を読み解くものは魔女の下僕に近づいていく、それこそ並の魔術師では抗えない程に。ゆえにこの書の本質は呪いの書ではなく……。

 

「読み解く者の姿形を変えるのは呪いではなく試練。資格がない者が紐解くのを防ぐための仕掛けなんだと思います」

 

「ははあ、つまりコイツが本物だと? いやはや一目で見抜くとは……頼んだこちらが言うことではないですが流石」

 

 感心するように肯く甘粕。彼とて《正史編纂委員会》に務めるエージェント。呪術に関する知識も豊富だ。ゆえにこそ『霊視』の困難さは彼もまた把握している所だが、

 

「今回はたまたまわかっただけです。次もわかるとは限りませんから……。こういう時に頼るのは止めてくださいね」

 

 注意を入れる祐理。確かに彼女は『媛巫女』として卓越した能力を持つが、そもそも『霊視』自体、当て(・・)にする技能ではないのだ。これは神の託宣に類する技能。頼ること自体がそもそも間違っている。と、いまいち聞いているか分からない甘粕に嘆息しかかった時である。

 

「え?」

 

 空間が、闇に覆われる。霊視した狼、魔女の魔導書。そして甘粕に図書館。その全てが視界から消失して真っ暗な闇に変わり、空気もじめじめしたものへとなっている。

 

「幻視……? あの魔導書を視たから?」

 

 闇の奥底で何かが蠢く。それはネズミのようだ。鼠は徐々に大きくなり、やがて規格外のサイズに成長する。その頃には既に種族の垣根さえ無視している。その造形、正しく狼。否、二足で直立する姿は人狼か。

 

 何故こんなものを視るのか―――疑問だらけの祐理を無視するように幻視は続く。ゆっくり人狼は歩んでいき、やがてこの闇……洞窟と思われる場所から地上へと出でる。そこで見つけた大蛇を踏み潰すように殺戮して、さらには天に輝く太陽に手を伸ばす。

 

 掴み取る。天に輝く陽光をさも簡単に人狼は掴み取ってしまった。挙句、太陽を飲み干して―――気付いたときには人狼は人間の老人に姿を変えていた。

 

 長身痩躯、秀でた額と知的な面差し―――見た目と相反する獰猛な笑みを浮かべてエメラルドに輝く双眼。忘れない、忘れるものか。古きカンピオーネ。まだ歳若い人生で知る限りの最大の恐怖、その要因。

 

「―――ヴォバン侯爵!? そんな、貴方が何故!?」

 

 恐怖のまま蒼白の表情で闇に意識を失う刹那、彼女を守るように、或いは別け隔てる境界の如く、黄雷が盾のようにして彼女と魔王との間に現出する。

 

 ―――其は山羊。旧き女神。クレタ島にて君臨した全ての母にして女王。生命と死を司り、時として戦場にも姿を顕した女。その名を少女に、山羊に落として尚、神々の母としてあり続けた女。ゆえにこそ神々の王すら豊穣の権能を彼女に返納した―――。

 

「あ………」

 

 雷が輝く。強大な光の本流は瞬く間に祐理の意識を白へと染め上げていき……彼女の意識は今度こそ、闇へと落ちていった。

 

 

 

 

「ん……?」

 

「どうしました衛さん?」

 

 夜。珍しく居間でバラエティ番組を視聴していた衛はきょろきょろと周囲を窺うように見渡す。その姿を不審に思った桜花は食器を洗う手を止め、声をかけた。

 

「いや今なんか視られた気が……?」

 

「神殺し特有の直感でしょうか? 私は何の気配も感じませんでしたが……」

 

「ふーむ。そりゃあそうだろ。俺も周囲に何の気配も感じないし。大体、此処は俺の神殿だぜ? 確かな気配があるなら既に捕捉してるさ。いや、そうじゃなくて。今のは何ていうか鏡越しに見られているというか、顕微鏡通して遠くから見た……みたいな」

 

「魔術か何かによる遠見ですか?」

 

「いやそれなら問答無用に自動で跳ね除けてる……んんん?」

 

 疑問が晴れず、首を傾げる衛。ふむ、と一つ手を顎に当てて考えつつ、ここ最近の嫌な予感を思い出した。

 

「一応、探ってみるか」

 

 言うや否や衛は呪力を解放した。無意識下ですら発動している鎌倉近隣の異常を感知する結界。その感知網を拡大する。軽い精査のつもりで使っているが、その範囲は南関東全域をカバーするほど強大なものとなっている。

 

 衛としてはふと感じた違和感の元を突き止めるため、軽く行なったに過ぎない。だが、それが招いた結果は衛をして意図しないものへと誘った。

 

 

 

『ほう……これは手間が省けた。巫女に続いて貴様と……ふふ、久しいな若造』

 

 

 

「―――ガッ!!?」

 

「衛さん!?」

 

 バチンッと突然、衛が弾かれたようにして顔を上げ、同時に膝から崩れ落ちる。突然の異変に思わず桜花は駆け寄るが衛はそれを手で制する……気だるげないつもの雰囲気は既に飛散している。怒りに歪む顔と苛烈なる気配、既に衛はカンピオーネとしての顔を発露していた。

 

「ッのやろう……人の領地に無断で入り込んでやがったなオイ、クソジジイが」

 

 サーシャ・デヤンスタール・ヴォバン侯爵。四年前、衛が初めて相対した同族にして不倶戴天の仇敵。衛の結界は確かに、かの魔王を捕捉した。

 

 そしてヴォバンもそれに気付いたのだろう。恐ろしいことに、僅かなその気配を察知し、呪詛返し宜しく返礼と呪力を乗せて返したのだ。予期せぬ挨拶に衛は思わず頭痛で倒れそうになるが怒りが意識を繋ぎ止めた。

 

「衛さん、まさか……うそ……?」

 

 ハッと目を向けると桜花が動揺したように衛を見る。その表情には確信に近い疑念と彼女には似合わない不安と怯えが浮かんでいた。

 

 衛の言動、それから憤りで自体を把握したのだろう。そう、基本的に他人に無関心な衛が明確な怒りを浮かべ、「クソジジイ」と罵る相手など彼女が知る限り一人しか該当しない。恐ろしき最古参の魔王。桜花にとって敵う事の無い絶対強者の代名詞。

 

 一瞬、衛は真実を告げようか迷うが、態度に出してしまった以上、隠しても無駄だと結論し、ため息をするかのように息を吐きながら語る。

 

「らしいな。目的は知らんが既にアイツは日本に居る。詳しい場所は弾かれたんで感知できなかったが、少なくとも関東(地元)のどっかにはいんだろ。……『サークル』経由でさっさと場所を暴き立てて……俺が討ちに行く」

 

「衛さんが? でも、そんな……だって」

 

「俺が行くしかねえだろ。新参の方はよく分からないし、案外そっちが目的かもしれんが、どうあれ挑発してきた以上、少なからずやる気満々だ。誰かが撃退しないと東京が冗談抜きに灰燼となっちまうだろうし……」

 

 幸い二度目だ―――と安心させるように言うのだが、桜花の態度から不安と恐怖を取り上げることは出来ない。確かに衛は一度、ヴォバンと合い争い撃退している。が、それは幾つもの偶然が重なり合った結果でしかなかった。それでも生まれたばかりの新参が最古参の魔王を撃退したことは凄まじき偉業だが……今度は自力でアレをどうにかしなくてはならない。その場合、万が一にでも衛が破られれば……。

 

「わ、私も……!」

 

「やめとけ。他の神殺しやまつろわぬ神ならともかく、アレが相手だと話が違う。それと今のお前ははっきり言って足手まといだ」

 

「……ッ!」

 

 歯に着せぬ物言いで静かに言い放った衛の言葉に桜花は拳を握りこみ、悔しげな態度で黙り込む……言い返さないのはそれが真実だから。或いはこれが他の強大な神殺しやまつろわぬ神ならば、衛も手を借りたかもしれない。

 

 だが相手はヴォバン侯爵。嘗て桜花に絶望を与えた魔王だ。普段も神との戦いにも飄々とやる気を示すことの余り無い衛であるが、それでも彼もまた神殺し。勝負事にはとことんシビアだった。特に、勝負前から既に諦めている(・・・・・)人間を勝負どころに連れて行くことなど、衛はしない。

 

「お世辞にも安心しろとは言えないが……ま、待っとけ」

 

 衛は立ち上がって、それから立ち尽くす桜花の頭を乱雑に撫でる。そしてポケットから携帯を取り出して、『サークル』に連絡を入れながらその場を後にする。……向うはヴォバンの下、最古参の魔王との戦場だ。

 

 

………

……………

…………………。

 

 

「わた……しは………」

 

 一人残された桜花は悔しさに拳を握り締め、無力に身を震わせる―――何より、衛に来るなと言われて……安堵している(・・・・・・)己に腹が立つ。あの魔王が齎す災いを知っている、あの魔王が及ぼす災いを知っている、それに誰かが傷付くことも嫌というほど知っている。なのに、身が竦むのだ。会いたくないと心が叫ぶのだ。足が動かないのだ。

 

「私は……なんて、弱い……!」

 

 ああ何故、大切な恩人と供に戦場を駆け抜ける勇気さえ、ないのか。この身にもっと力があれば、もっと勇気があれば……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『……ふふ』




次回、戦闘……になればいいなァ(願望)

ウチのオリ主とヴォバン。神殺しでも屈指の仲の悪い二人でございます。
何せ専守防衛と戦争大好きですからね。それはもう凄い仲の悪さです。
加えて、身内大事なオリ主の身内泣かせた上トラウマを植えつけたとなれば、もうこれ戦争しかないっしょ。まあ、自分から挑むとかフラグなんですが。

因みに原作でもチロッと出た『神の子を孕みし黒き聖母にして獣の女王』に関しては勝手にこちらでアルテミスと解釈して書いております。何で、違和感覚えたらゴメンネ!

原作の扱いがよく分からなかったのだ……。あと、本筋には関係ない話しだし(言い訳)。

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