極東の城塞   作:アグナ

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澄み渡る蒼穹。のんびりと漂う白い雲。

降り注ぐ日差しは暖かく、時折通り過ぎる風は涼やか。

秋の日、というには些か暑く感じる陽気に私は叫ぶ。

「台風何処だよッ!!」と……。



尚、九州には上陸している模様。
九州にお住まいの皆様、どうかお気をつけて。



大嵐の攻城戦

「『サークル(うち)』には唯一、他の組織に優る強みがある」

 

 カタカタ、タンッタンッとリズミカルに奏でられるキーボードの打音。幾つかものモニターと、頭に被るヘッドホンと備え付けのマイク。見た目はさながら情報を巧みに処理するオペレーター。

 

 春日部蓮は一人、自作した高性能のPCで各員『サークル』メンバーと画面上で情報を交わしながら独白のように独り言を呟く。

 

「カンピオーネは基本、どいつもこいつも意識無意識に問わず人を率いる素質を持ってる。襲来したヴォバン侯爵はアレで使いやすい信者を抱えてるし、大将の先達、『黒王子』センパイなんかは自前で『結社』を組織している」

 

 伊達に彼らは魔()と呼ばれていない。イタリアに誕生した『剣の王』、極東に生まれた二番目の王と彼らも何だかんだで人を率い、統べるに足る素質を持ち合わせている。王道か覇道か邪道か、道の違いはあれど、彼らは戦士であり王でもあるのだ。

 

「そして大将……『堕落王』も然り。《正史編纂委員会》もそうだが、何より『サークル』なんかは正に大将が王様である証明みたいなもんだ」

 

 マウスを弄る。表示した画面には数百にも及ぶ連絡先……これぞ『サークル』こと『女神の腕』のメンバー。その所属総数である。

 

「『サークル(うち)』はイタリアの大手みたく大騎士が揃っているわけでも、英国の『賢人議会』みたいに魔導に優れたわけでも、『黒王子』の結社みたいに研究者が揃っているわけでもない」

 

 元々は趣味人(オタク)の集い。日本で年に二度行なわれるお祭り騒ぎに参加するためだけのものだった。それが『堕落王』誕生を期に、メンバー内に身分を隠して参加していた本物の呪術者や、その道の人間であった者達を中心にいつの間にか『呪術サークル』として成立していた……それが『女神の腕』の始まりであった。

 

「しかも全員が全員『裏の事情』を知っているわけではないと来た。所謂、ガチモンやグレーゾーンの連中以外にもただ単にオタクとして参加している奴もごまんと居る。しかもそいつらもそいつらで友人つながりで誘ったりと……」

 

 人数は多いが精鋭に欠ける。それが『女神の腕』を結社としてみた時の弱点。そもそも『サークル』と呼称している時点で結社と呼べるほどの組織力が無いのが現状であった、だが……では役立たずかと言えば否である。

 

「なんで、大将をリーダーとした俺含む中間統率者で構成された組織……っていうよりかはその本質はネットワークのそれに近い、しかもイベントごとになると途端にフットワークが軽くなるお蔭で国内外の同士(オタク)、身分や立場を無視した同好の士という繋がりによって、網目状に、世界各国に張り巡らせられた……な」

 

 ミッション:人探し。『サークル』メンバーのみが閲覧できる専用のサイトにヴォバン侯爵と、彼に同行している少女の姿写真を掲載する―――衛からの要請を受けた蓮が国内空港の監視カメラを調べて手に入れたものだ。と同時に、『裏の事情』を弁えたもの、グレーゾーンを往くものたちにはヴォバン侯爵と少女に関する詳細なデータを。

 

「情報精査。このジャンルでは、ウチの『サークル』って世界一だと思うんだよねえ、これが……」

 

 程なくして閲覧したメンバーからの情報提供(リーク)が届く。外国の空港で見かけた、街中で見かけた、某日本の高級ホテルに泊まっていた。一般人から一国の重鎮まで趣味を共有しているものならば立場を問わない情報網はヴォバン侯爵の動きを露わにしていく。

 

「何だかんだで人のいい奴ばかりだから、嘘は無いのが有り難い」

 

 目撃時間や距離、時差から思われる移動距離や現在地。雑多な情報をつなぎ合わせながらそれらの全容を露わにしていく。並行して『裏』に通じるメンバーから送られる詳細な情報を使い、精密さを挙げていく。

 

「ほうほう、《青銅黒十字》の大騎士リリアナ・クラニチャールね。確かあそこのご老人はヴォバン侯爵の熱烈な信奉者(シンパ)だったな。エリカ・ブランデッリと同じ『魔剣』をかの高名な聖ラファエロより賜った俊英だとか」

 

 イタリアに住まう騎士、聖ラファエロ。曰く、『剣の王』サルバトーレ・ドニの師である彼女から魔剣イル・マエストロを賜ったという俊英。《青銅黒十字》が魔王の従者に遣わす騎士として彼女以上の者は居まい。加えてもう一つ、面白い情報があった。

 

「へえ、神様招聘の儀式にも参加していたのか。で、此処のところの行動は「ある日本人の巫女」の調査っと……ははん」

 

 忙しなく手先を動かしながらヴォバン侯爵の目的を察してニヤニヤと笑う蓮。快楽主義者たる彼は被る被害、損害を度外視して楽しそうな騒ぎを好む。なので、絶対に大将が許さないだろう案件と察し、結果起こる乱痴気騒ぎを予見し、愉悦する。

 

「ホテルを後にしたのが、つい一時間前。監視カメラで移動した方向と通過時間、それらを地図で見合わせながら事前に仕入れた万理谷祐理の位地、予測される行動パターンを組み合わせれば……」

 

 東京・青葉台、住所―――――。

 

「ビーンゴ」

 

 《正史編纂委員会》が管理する呪的資料を保存する図書館。夜明け少し前に連絡を受けた蓮が捜索から数十分。時刻は丁度、勤労精神逞しい社会人たちが大規模な通勤移動を行なう時。

 

「騎士ちゃんが居る以上、侯爵は既に巫女ちゃんの位置を知ってるだろうからねえ。察するに先回りか? なら、こっちもそうさせてもらうってね」

 

 そう言いながら蓮は携帯を手に取る。そして……。

 

「無断で来日した魔王様発見のお知らせだぜ、大将?」

 

 これより起こるだろう人智を超えた戦争を予見しながら、核ミサイル程度には危険な戦に必要な最後のスイッチを、赤いボタンを見かけた物好きのように、呆気なく押した。

 

 

 

 

 曇天。その日は朝から薄暗かった。その上、小雨まで降るのだから憂鬱な朝の通勤時間に追い撃ちとばかりに影を落す。学校へ、会社へと気だるい面向きで道を往く。

 

 しかし……閑静な住宅街が多い青葉台にそれら道を往く人影は無かった。というのも『サークル』に何人か居る結界術士を使い、既にここら一帯の人避けを衛は済ませていた。

 

 本来は日本にある呪術組織《正史編纂委員会》がするべき諸事だが、諸々の手続きを面倒くさがった衛はヴォバンの探索を依頼すると供に人避けも『サークル』に依頼していた。

 

 結果はご覧の通り。日本に住まう『民』に属するメンバーらの手によって既に青葉台からは人の影がなくなっていた。後は携帯電話のナビを使い、『サークル』から送られてきた目的地に向うだけ。

 

「―――お邪魔しますっと」

 

 律儀に正面から挨拶をしつつ、図書館に入るとギョッとした目を向ける何人かの職員を見かける。彼らとて《正史編纂委員会》に属する身。突如として人避けの結界を諸共せず、図書館に現れた青年の姿をキチンと知っていた。

 

「『堕落王』―――閉塚衛様!? 御身が一体何故ここに!?」

 

「ちょっとした用事さ。それから貴方方も避難をした方がいい。もうじき此処は戦場になるからな」

 

 ひらひらと何ともやる気に欠ける所作で衛は言う。どうにも、見ず知らずの人間とコミュニケーションを交わす能力は彼には備わっていないようだ。

 

「それは一体どういう―――」

 

「ことの詳細は事態が動けば自ずとわかんだろさ。あ、ついでに沙耶宮か甘粕か、どっちでもいいから「万理谷祐理を守った方が良い」ってことと「ヴォバン侯爵来襲」って情報を伝えといてくれ。なるべく速くな、そう時間はない」

 

「なっ―――はっ―――!?」

 

 突如とぶつけられた規模の大きな案件に職員は呆気に取られる。だが、そんな職員にそれ以上の言葉をかけることなく、勝手に知ったるかといった風に職員の横を素通りしながら図書館二階の閲覧室まで衛は登っていく―――。

 

 

………

……………

…………………。

 

 

“なんだ……? 人の気配が無い……?”

 

 万理谷祐理の気配を卓越した野性の勘で嗅ぎ分けたヴォバン侯爵が訪れたのは東京都目黒区にある青葉台。『死せる従者』の一人である魔女に人探しをさせた結果、彼女は此処にある図書館からヴォバンの気配を探り当てたとのことだった。

 

 だが、訪れたそこは都心の一角にも関わらず余りにも人通りが少なかった。ヴォバンは特に気にした様子はないが、王の従者であり騎士たるリリアナは余りの人気の無さに疑念を抱く。

 

「……クッ、纏めて用事を済まそうかと思ったが、これは順番に様子を済ませる必要がありそうだな。無聊の慰めに足る楽しみが増えたことに感謝するべきか、面倒だと悔やむべきか」

 

 くつくつと笑うヴォバン。まるで事情を察したような態度だ。問うようにリリアナは視線を向けるがヴォバンは一瞥し、一言「今に分かる」と言ったまま、ズンズンと道を歩んでいく。何やら嫌な予感がしてきた……。

 

(―――これは人払いの結界……まさか、まさか……)

 

 秘した来日ということで無論、かの王に察せられぬよう工面はした。目の前の魔王が些事に拘らない大雑把さを持ち合わせる所為で完全に秘すことは不可能であったが、少なくとも四年前の事態を考慮して、可能な限り耳に届かぬよう務めた。

 

 しかし……この結界は明らかに事前に用意されたもの。街から人を消すなどと、そんなことを態々する理由など、現状一つしかない、そしてそれを行なえるだろう人物の名も。

 

「此処だな」

 

 キリキリと胃が痛み出しているリリアナを余所にヴォバンは《正史編纂委員会》が管理する図書館。それを見上げ、眼前の自動ドアを資料を見に来た学者のような自然さで呆気なく通って、内部に侵入し―――――歓迎とばかりに駆けつけた雷光を見上げた。

 

「ハッ―――――」

 

 実に楽しげな笑み。殺到する雷光は既に目前。回避する暇を与えぬ不意討ち速攻。そんな熱烈な歓迎を前に最古参の魔王は笑い、笑い、そして……。

 

「挨拶だな若造」

 

 何処からとも無く無音で現れた騎士が己が身を挺してヴォバンを守る。直撃する雷撃。優れた魔術師でも用意に操れぬ高火力の雷撃を受けた騎士は死人めいた身を焦し、そのまま黒炭となってボロボロと消えた。

 

「それはこっちの台詞だ、クソジジィ」

 

 突然、目の前で起きたジャブというには余りに苛烈なやり取りに呆気に取られるリリアナは頭上から投げられた言葉にハッと見上げる。

 

「御身は……!」

 

「そちらの騎士は初めましてか。暴虐自由な魔王の従者、まことに同情するよ。だが、安心するといい、今日でお役ゴメンだぜ? 何しろ、魔王様は命日を迎えるからな」

 

「四年前、亀になることしか知らなかった若造がよく吼えるものだ。それに『王』たる身でありながら相変らず幼稚な反応だな」

 

「亀の甲羅すら打ち砕けなかった口だけの傲岸不遜な犬っころよりマシだろ、駄犬。それに本性を取り繕うための上辺だけの礼節には興味ないな」

 

 早くも交わされる挑発の嵐。両魔王は一側面でよく似た性質を秘めていた。即ちは敵は徹底して排する。両者の違いはそれを成す感情が喜か怒かの差違でしかない。

 

「殺し合う前に一応聞いておいてやる、何が目的だ」

 

「何、君も知っているだろう儀式を暫し前に思い立ってね。『ジークフリート招聘の儀』。嘗てアレを失敗したことに未練を覚え、こうしてもう一度行なうために趣いた次第だよ。……こちらも一応聞いて置こう。こちらに住む巫女、万理谷祐理の身柄を寄越したまえ。一度、矛を交えた宿敵として、それを以って矛を収めることを約束しよう」

 

 特に隠し立てすることなく目的を晒すヴォバン。その言葉にいっそ場の緊張が高まっていく。最早―――行き着く先は一つしかあるまい。

 

「へえ、卑しい犬同然に勝手に掻っ攫っていくと思ってたんだが……?」

 

「嘗ての君の奮戦に対する私なりの報酬という奴だよ。私の目的はあくまで未練を果たすことでね。此度は無聊の慰め、ただの戯れだよ。君との戦から四年、退屈は相変らずだが餓えるほどではない。最も……餓えを癒すに値する獲物が目の前にいるならば別だがね」

 

 刹那、チリッと……緊迫が大気を震わせる。

 

「上から目線にさっきから随分と。一々、副音声で「弱いなりに頑張った若造に年上からのささやかなご褒美だ」と、聞こえるんだが?」

 

 『怒』の色が混ざっていた衛の言に険悪が混ざる。衛が目を細め、ヴォバンが喜悦を浮かべる。いよいよ爆発寸前の風船のように膨らんだ緊張の中、ヴォバンはいっそ、ニヤリと笑みを深め、壮絶な毒を含めた言を楽しげに口にする。

 

そう言ったのだが(・・・・・・・・)聞こえなかったかね(・・・・・・・・・)?」

 

「―――――オーケー、死ね。クソジジイ」

 

 元より和解など有り得ない。言うや否や群狼と死者と嵐が。大地を統べる雷光が。人間には許されざる強大な呪力と共に吹き荒れる。

 

「騎士としての追従は不要だ、クラニチャール。君は例の巫女を捕らえたまえ。こちらでの用件を終えたならば直ぐに取り掛かるゆえな」

 

「いいや、此処で死んどけ……クソジジィ!!」

 

 神殺しと神殺しの戦が始まる。最早、余人が混ざる余地などなく人智を通り越した魔人の戦を前に出来ることなどリリアナには無い。魔王らの言葉を背に受けながら撒き添いにならぬよう飛翔術にて即座にこの場を離脱する。

 

「やはり、こうなってしまったか……!」

 

 背を向けた魔王らの仲の悪さは四年前から知るところ。だからこそ、ヴォバンが密かに来日すると決めた瞬間から出来るだけかの魔王と居合わせぬよう心掛けた。

 

 しかし、両者共に魔王。神すら殺めたカンピオーネ。同じ大地に揃った以上、何も無いなどとそれこそ奇跡の産物だ。自らの不足にため息を吐きながらリリアナは曇天の空を駆け抜ける―――。

 

 

 

 

 攻め手と守り手。両者が両者の役割を演じたがゆえに戦闘は開始早々に膠着状態へと陥った。

 

「王位を簒奪されんとするため天空統べる大神は我が子を殺さんと牙を向く。母なる愛よ、下賤な父からいずれ偉大となる者を護りたまえ!!」

 

「往け、我が死せる従僕共。そして、駆り立てろ猟犬共」

 

 『母なる城塞』の言霊を謳い上げ、現界する山羊の神獣アルマテイア。雷を身とする無形の山羊に対してヴォバンは『死せる従僕』と『貪る群狼』。二つの権能を簡単に使用して、立ち向かった。

 

「同時使用かよ……相変らず滅茶苦茶な」

 

 呆れたような衛の呟き。権能の同時使用はそれこそ歴戦となればなるほど当然のように使用してくる。神殺しの権能は限定されているようで極めて柔軟。持ち主が望むとおりに姿を変える事はままあるし、応用もまた然り。

 

 衛の場合は半独立して動く神獣アルマテイアはその性質上、別の権能を併用してもフィードバックは少ない。権能とは一つでも手に余る神の力。如何に神殺しといえど権能の併用は中々の負担だ。しかし―――最古参の一角はそれを容易くやってのける。

 

 ―――オオオオゥゥゥゥンンンンンッ!!

 

 雄叫びを上げる『狼』。ヴォバンの権能によって呼び出された灰色の群狼は生態系に生きる狼と違い、その健脚にして獰猛。さして距離の無い階段を瞬く間に詰め、二階に位置取る衛との距離を消す。さらには猟犬を巧みに使い、その隙間を縫いながら剣を槍を弓を引く、『死せる従僕』。生前はさぞ名のある騎士だっただろう残滓か、その行動は俊敏にして秀逸。一瞬の内に包囲網を完成させる。

 

 逃げ道の無い袋小路。しかし、元より衛は回避も逃亡も選ばない。何故ならば―――。

 

「……手下を差し向けるだけとは随分余裕だな、お前が来い」

 

「様子見と言う奴だ。すぐに終わらせては興ざめというものだろう?」

 

 衛の全身を覆う稲妻の輝き。女神アルマテイアより簒奪した無敵城塞は攻撃の一切を遮断している。元より、ヴォバンの『劫火の断罪者』をも防ぎきった堅牢な守りだ。獲物を駆り立てる役以上を担えぬ『狼』は勿論、卓越した技巧者である『死せる従僕』では火力不足。ゆえに守りは崩せない。

 

「とはいえ詰まらぬのも事実か、ならば足すとしよう」

 

 瞬間。天を衝くような轟音と共に図書館の天井が文字通り吹き飛んだ。さらに続くは衛の操る稲妻もかくやという雷。大気を鳴らす轟音と衝撃が衛を襲う!

 

 権能―――『疾風怒濤(シュトルム・ウント・ドランク)』。気付くと亡き天井から覗く曇天の空には雷光と暴風、そして叩き付けるような雨が降っている。

 

「無駄だ―――!」

 

 稲妻を操る、というならば利は衛にある。それのみに特化した権能と嵐を司る権能では役者が違う。総合的破壊力で有利なのは間違いなく後者であるが、ジャンルでの競い合いなら特化している方が上を往く。さらに大火力でも打ち破れぬ堅牢な守りはそう簡単には崩せない。

 

「堅いな―――だが、そうでなければ未練を晴らしに来た意味が無い!」

 

 くくく、と笑うヴォバン。彼の感情が猛るにつれ、嵐もまた勢いを増していく。降り注ぐ雷の雨霰。猟犬の牙。名騎士らの怒涛の攻め。一同に襲い来る脅威を前に城塞はいまだ健在。最古参の魔王の怒涛の攻めすら物ともしない。

 

 攻めるヴォバンに守る衛。己が得意とする領分で振り切れている両者だからこそ此処に膠着が生まれていた―――時に同族にすら「戦争」と称されるほどの高い火力を持つ権能が多いヴォバンとそのヴォバンをして遂に突破できなかった堅牢極まる守りを持つ衛。対極に位置し、尚且つそれに特化する両者だからこそお互いがお互いを突破できない。

 

 ゆえに此処で互いの有利を決定付けるのは使い手の技量だった。ヴォバンは歴戦ともいえる経験と同族の中でも取り分け鋭い野性の勘で。衛は戦いの中でも泰然とした冷静さと攻め手の隙を見出す戦眼で。

 

(相変らず攻め続けることに隙が無いな……)

 

 悠然と構えるヴォバンに思わず衛は歯噛みする。『狼』と『死せる従僕』、手先で操る『疾風怒濤』。本人は戦場で慢心する貴族のように隙だらけだが、だからこそ……隙が無い(・・・・)

 

 何故ならば、最古参の魔王が防御する素振りもなく漫然と構えているのだ。これほどあからさまな罠はあるまい。ヴォバンと戦うのは二度目。そのため衛がヴォバンを知るようにヴォバンもまた衛を知る。

 

(城塞と稲妻は同時には使えない……攻撃に転じた瞬間、一発でやられるなこれは)

 

 そう、汎用性が高く、それでいて堅牢な無敵城塞唯一の弱点。それは攻撃と防御の両者を同時に行なえないことだった。攻撃に転じれば縦横無尽の神速を以ってこの軍勢を一掃することも可能だろう。なんなら、ヴォバンごと焼き尽くすことも。

 

 しかしその間、衛と外脅威を隔てる守りは失われる。そうした場合、衛は非常に危険な状態に陥る。何せ衛は武道も魔道も嗜んでいない。生粋の守り気質と権能使いに特化しているため、相手を傷つける技術を持ち合わせていないのだ。

 

 これは女神ダヌとの戦いでも指摘されたことだった。肝心要の無敵城塞こそが最強の攻撃にして守り。そして同時にそれを行なえない以上、守りに徹するほか衛に手立てはなかった。

 

 同時に―――対するヴォバンも打てる手立てが少ないことに鼻を鳴らした。『ソドムの瞳』『疾風怒濤』『貪る群狼』『死せる従僕の檻』『劫火の断罪者』―――それ以外にも戦争に特化した権能を多く持つヴォバンだが、そのヴォバンをして衛の守りの手管は認めるところだ。

 

 古今、攻城戦に用いられる手は究極的に二つだけ。守りの要となるモノを無力化するか、兵糧攻めの持久戦か。或いはこれらを突破する奇策があれば話は別だが、ヴォバンはそのような手を好まないし、第一守りのスペシャリストがそれを見逃すはずが無い。

 

 では、どうするか? その思考は一瞬だった。数多の神と神殺しと矛を交え喰らい生き延びてきた当代最古参の魔王―――その王道は実に明快、真っ向から敵の全力を撃ち滅ぼす、堂々たる戦争である!

 

 『狼』が消える。変わりに悠然と構えていた老人の姿が様変わる。これぞ『貪る群狼』のもう一つの使い方。自らも人狼という異形に転身する能力。図書館を粉砕しながら狼の姿となったヴォバンは体長にして三十メートル前後。神獣アルマテイアの全長をも凌ぐ巨大さだ。

 

 ―――オオオオオォォォォォォォォォンンンンン!

 

 咆哮轟いた瞬間、諸共が音の衝撃で吹き飛ばされた。図書館は言うに及ばず王命に従い武器巧みに操っていた騎士らごと悉くを吹き飛ばす。

 

「傍迷惑なクソジジイめ……!」

 

 周辺に齎された大被害に苛立ちも相まって毒づく衛だが、いよいよ人狼に造形を変えたとなればヴォバンも遊び抜きで来る。油断すれば……衛とて危うい。

 

『さあ、往くぞ若造。その守り、このヴォバンが見事破って見せよう―――!』

 

「ハッ、四年前の再来だ。同じくして、悉くを守り抜いてやる―――!」

 

 戦意高らかに吼えた二人の戦いは更なる苛烈を極める。巨大化したヴォバンを前に鎧状にしていた城塞を半球体、ドーム状に展開する。巨体になろうと守りは突破されない自信がある。

 

 しかし我が身で受けるにはあの力は強大にして強靭。攻撃を通さずとも吹き飛ばされかねない。そうした場合、敵に少なからず隙を作ってしまう可能性がある。

 

 身を覆った守りに不足無くとも手元を誤れば、一瞬の隙すらヴォバンは見逃すまい。そう考えての形状変化である。

 

 ―――オオオオォォォォォンンン!!

 ―――オオオオォォォォォンンン!!

 ―――オオオオォォォォォンンン!!

 

 叩く、殴る、蹴り付け、噛み付く。たったそれだけの攻撃行為。しかし三十メートルを越える巨体と神々すら喰らう餓狼の攻撃だ。守りは顕在、されど結界は軋み、表面にスパークを瞬かせながら無傷とはいっていない事を示唆している。

 

(守り続けてもジリ貧だな。それこそ手元の呪力の削り合いになる……だが)

 

 これは意外なことであるが、呪力の量を比べた時。ヴォバンと衛に大差は無い。ともにやることは単純明快、絶対的な火力で押し通るか、絶対的な守りで打ち破るか。特化している分、呪力の高さもそれを賄うにふさわしいものとなっているのだ。

 

 単純な呪力の削りあいに戦いの様相を変えた場合、勝負は時の運と両者の権能の運用、やはり技量の差に寄る。十全な守りのみを要求される衛と隙を逃がさぬ巧みな攻めを要求されるヴォバンとでは僅かに衛が有利、事実四年前はそれで勝利し―――だからこそ現状が恐ろしくもある。

 

(歴戦の神殺しが通じなかった同じ手を使う?)

 

 有り得ないと断ずる。確かにヴォバンと言う魔王は全てを全て、持てる自身の力を以って真正面から打ち砕く、よく言えば正道の、悪く言えば単純な戦い方だ。そして単純ゆえに隙は無く、単純ゆえに対抗策もまた単純なものになる。

 

 そして単純さを押し通らせる(・・)からこそヴォバンと言う魔王は恐ろしいのだ。度合いでいったら単純に堅いという衛もそうだ。ゆえの対極、ゆえの不倶戴天。ベクトルが真逆なだけであって二人の手管はとても似ていた。

 

(……だったら必ず用意しているはずだ)

 

 真正面から守りを打ち砕く術を。懇々と狙っているはずだ。渾身の一撃を叩き込むその隙を。だからこそ、現状相手に付き合わさせられている(・・・・・・・)はマズイ!

 

 だが―――だったらどうする? 身の守りを解けば丸裸同然。二、三の攻撃はヘルメスの靴で回避できるかもしれないが『次』が無い。かといって守り続ければ、それ即ち敵の思う壺だ。守らされている以上、ここらで攻撃か或いは別の変化をつけなければ相手の土俵で踊らされ続けるのみ。

 

(手元の守りを解かず、尚攻撃ないし状況変化に転じられる手―――)

 

 考えて、考えて、考えて―――ふと、脳裏に過ぎったのは此処まで来るのに使った携帯のナビゲーション。

 

(防御したまま、攻撃、目的地、移動、案内、履歴……履歴?)

 

 瞬間、全く別の知識、断片的に浮かび上がったそれらを繋ぎ合わせる電撃的な閃きが脳裏に浮かぶ。

 

「これだ―――!」

 

 試すのはぶっつけ本番。しかし、いける(・・・)という確信があった。

 

『何ッ!?』

 

 攻撃一辺倒のヴォバンに驚愕が浮かぶ。次の瞬間、振り上げた腕が空白を掠る。目標とする結界を打つ堅牢な感覚が戻ってこない。だが動揺は一瞬。何故ならば原因は一目瞭然だったからだ。

 

『形状を変えたか! だが、それで意表と突けると思ったか!?』

 

 ドーム状から鎧状に。神獣アルマテイアの守りを変化させたゆえに生じた攻撃の外れ。しかしそんなものはこけおどしにすらならない。目標が消えたわけでもないのだ。目測を正せば、先ほどの再演にしかならない。

 

 ―――オオオオオオォォォォォォォンンンンンンッ!!

 

 戦いは巨人対人の様相となった。ならば後は単純な結末だけ。如何に守りに長けた使い手であろうと、攻撃を通さない守りであろうと、

 

『さあ、空を舞うがいい。鳥の気分を味わわせてやろう!』

 

 その場に踏みとどまり受け切ることは不可能―――!

 

 ―――オオオオオオォォォォォォォンンンンンンッ!!

 

 二度目の雄叫び。同時にヴォバンが突貫する。人狼らしい二足歩行の突撃。大きくなればなるほど普通は動きが鈍くなるはずだが、この神殺しには道理が適応されないらしく、実に俊敏な動きでの突撃だ。巨体も相まって、なるほど喰らえば確かに受けきれない。ゆえに―――。

 

「我、地上を流離う者! 天上に言霊を届ける者! 冥界すら下る者! 我が伝令の足は疾く目的地へと赴き、縦横無尽と地を天を冥界を歩み往く―――!」

 

 女神アルマテイアに続き、殺しせしめた『まつろわぬヘルメス』の権能。その言霊を叫ぶと同時に衛は知覚範囲を拡大した(・・・・・・・・・)

 

「ぐっ!?」

 

 強烈な頭痛。普段、衛がセンサーと呼ぶ感知網。それは大地を統べる女神だからこその能力だ、大地の異変を感知し、それらから大地を守るための能力。守りの結界から発展させた応用法だが、戦いに(・・・)持ち込んだのはこれが初。

 

 ヴォバンの苛烈な一撃から身を守る鎧を維持しながら感知網を広げるのは中々の負担らしく、中々辛いフィードバックを代償とするが。

 

「目論見通り、これならいけそうだ―――!」

 

 さながらラリアット。巨木もかくやと迫るヴォバンの前足が衛に直撃する―――寸前、衛の姿がヴォバンの前から完全にかき消えた(・・・・・)

 

『何だと―――――!?』

 

 その衝撃たるや先ほどとは比べ物にならない。攻撃が当たらなかったどころではない完全に、残滓なく、衛の姿が何処にも無いのだ―――!

 

「そら返すぞ―――!」

 

 そして、決定的な隙を見逃すほど神殺しは甘くない。驚愕落ち着かぬヴォバン。その隙を縫ってヴォバンの胴体部に現れた(・・・)衛は堅牢なる鎧を身に纏ったまま全力を込めた拳を叩き付けた。

 

『ガッ―――!』

 

 隙だらけの胴体に一撃を叩き込まれたヴォバンは苦悶の声を上げた。予想外の一撃に思わず怯んだヴォバン。その隙に衛は次々に拳打を叩き込んでいく。

 

 一発、二発、三発、四発、五発―――!

 

 胴体から後ろ足へ。後ろ足から背へ。背から眼先へ。眼先から頭蓋へ。頭蓋から顎へ。点々と前触れ無く移動する様は神出鬼没。もはや早いではなく瞬間瞬間に現れる衛の移動法―――その技法、歴戦たるヴォバンは思い至り、愕然とする。

 

『ク、ククク、ハハハハハハハハハハ!! その移動法、覚えがあるぞ! 瞬間移動(・・・・)! そのような権能を隠し持っていたかッ!!』

 

 最古参の魔王たるヴォバンに続く古参の魔王。中華の地に住まう神殺しの魔人、羅濠教主。嘗てイギリスの地にて彼女と相対した時に彼女が見せた超絶的な移動法、瞬間移動。極短距離を瞬間的に移動する魔術だが……権能を用いたものにせよ、これほど連続して鮮やかに行なうものなどヴォバンは彼女以外に見たことが無い!

 

 これこそ、衛の見出した手。ヘルメスの権能、近距離の瞬間移動は移動元と先を予め定めていなければ使用できない権能だった。戦闘中、一々設定しながら使うには使い勝手の悪い権能だが……ここで城塞の知覚結界が役に立つ。

 

 知覚範囲を広げ、異変を感知するこの能力を以って、衛は戦場となっているこの地を中心とした周辺全てを常時(・・)知覚している。本来、人間の五感にて一々、位地を把握し、設定し、移動する。この過程を知覚結界を以って克服したのだ。

 

 無論、負荷は相当なものとなる。状況の機微に対する瞬発力や先に述べたヘルメスの権能が生きるとメリットは多いが、周囲の状況を余さず知覚し続けるなど相当以上の集中力を強いられる。保って、数分。しかも初の運用ということもあって長くは持たない。

 

『ふ、ふはは、ハハハハハハハハハ! 楽しませてくれる!!』

 

 呵呵大笑とするヴォバン。その間にも衛は絶えず瞬間移動を駆使してヴォバンを殴る殴る殴る。その拳術は術と呼ぶには稚拙極まるものだった。武道を嗜まない上、争いごとが苦手な衛だ。仲間を傷付けられ、報復に喧嘩を行なうことが過去にはあったにせよ、基本戦いには不慣れなのだ。一重に守るといっても喧嘩だけが手段ではない。

 

 手を尽くして守り抜く。傷つけたものは苛烈なまでの報復を。それが衛のモットーでありスタイルだ。喧嘩は二、三積んでも、だから殴り殴られが得意とは限らない。

 

 だが、この状況においては寧ろ不慣れであることが功を奏していた。普通、殴り合いになれたものは拳を振るう時、加減をする。これは何も相手をより甚振るためではない。全力で殴れば己の拳も傷付く。

 

 ボクサーなどのスポーツ選手などが手に緩衝材を仕込んでいるのが拳を痛めないためであるように喧嘩慣れしてものほど得物である拳が使い物にならなくなる事態を防ぐため程よい加減をするのだ。

 

 しかし衛はそんなことは知らないし、また出来ない。殴ることは拳を握りこみ全力をとして行なうこと。だからこそ加減はしないし拳を痛めるなどとは頭の中に存在していない。

 

 通常、ただでさえ頑丈な神殺し。それも狼に転じたヴォバンの巨躯を全力でぶん殴るなど下手をすれば腕ごと使い物にならなくなる行為であるが、衛には鎧がある。これは内と外とを隔てる絶対の守り。これを通して殴る限り拳を壊すほどの衝撃が手元に戻ってくることない。

 

 ―――詰まる所、ボクサーのつけているグローブのような役目を鎧は果たしていた。しかもグローブと違い完全な遮断を。

 

 ゆえに衛は容赦なく加減なく限界なく、全力で殴り通せる!

 

「もう一発!」

 

 ここでヴォバンの巨大さが仇となる。人間大、それも瞬間転移を駆使する優れた機動力を持つ相手では流石のヴォバンもこの姿のままでは不利だ。動きは悪くないが的が大きすぎて回避しきれない、攻撃の面では逆に的が小さく狙い打てない。

 

 正に形勢逆転―――と思うほど衛は楽観していなかった。そして事実、形勢逆転と言うには時期尚早だ。何故ならヴォバンはこの技を見たことがある(・・・・・・・)。しかも戦いの中、実際に打ち破って見せた。

 

 根底にある仕組みは異なれど、技術が同じならば……同じ対応法で潰すことが可能!

 

 ―――オオオオオオォォォォォンンンンンッ!!!

 

 ヴォバンの呪力が猛る。瞬間、暴風が暴雨が落雷が―――権能『疾風怒濤』が真価を見せた。

 

「くぅうう!!」

 

 絶え間ない攻撃の波動。暴風は嫌がおうにも足を止めさせ、もはや霧同然と視界を染め上げる豪雨は知覚を妨害し、落雷が逃げ場を潰していく。

 

 轟! 轟! 轟! 轟! 轟!

 

『ハハハハハッ! いいぞ、いいぞ!! 逃げ惑え! 次なる一手を見せてみるがいい!!』

 

「チィ、調子に乗るなクソジジイ!!」

 

 笑うヴォバンに初めて衛は鎧を解除し、攻勢に映る―――かなりリスキーではあるが、瞬間移動が可能である以上、咄嗟の移動もいまやお手の物。これは持続可能な間にヴォバンを倒すしかないと確信したのだ。

 

 これ以上の長期戦はこちらの不利。先ほどまで呪力の削りあいを演じていたヴォバンだ。一度負けた舞台を演じるとは、とどのつまり、その舞台で勝てると踏んだ策があると言うこと。相手の舞台が不利である以上、流れが自分に引き寄せられている間に決めるしかない―――!

 

「全力疾走! 駆け抜けろォ! アルマァァァ!!」

 

『Kyiiiii―――!!』

 

 大気すら発熱させる膨大な呪力が流れ出る。それらは刹那に稲妻へと転じ、主の勅命に応えんと稲妻となった神獣アルマテイアが駆け巡る。

 

『グッ、おおぉぉ!?』

 

 神速、にも関わらず縦横無尽。それ正しく電光石火とヴォバンの体表を削るように駆け巡る。その熱量は豪雨を溶かし、暴風を突きぬけ、落雷すら届かない。疾く、疾く、ひたすら疾く、と急くような怒涛の攻撃にヴォバンも苦悶の音を上げる。

 

「クソ! しぶといッ! いい加減くたばれクソジジイ!!」

 

 だが、最古参は伊達ではない。乾坤一擲の押し込みをヴォバンは『貪る群狼』に渾身の呪力を供給することで耐えていた。

 

『ハハハハハハハハハハ! なるほど四年前とは比べ物にならん! 面白いぞ……ならばこそ、相応の返礼で応えなければ名が廃ると言うもの!』

 

「ッ!? 来るか!!」

 

 愉快と笑う声と共にこれまでに無い膨大な呪力のうねりを衛は察知する。衛は攻撃から防御へ。神速で鎧の守りを構築する。衛の一撃に応えるとヴォバンは言った。

 

 ―――来る、返し手が。最古参の魔王が見せる全力の返礼が。

 

 ヴォバンの姿が人間に戻る。『貪る群狼』を解除した? 強靭な肉体無き今ならヴォバンを倒せるか―――その思案は次の瞬間に肉体ごと吹き飛ばされた。

 

「良い気分だ! さあ、吹き荒れろ風よ! 大地諸共打ち据えろ雨よ! その威容を示すがいい雷よ!!」

 

「う、おおおおおおおおおおおおおお!?」

 

 ハリケーン。脳裏に浮かんだ単語は正にそれだ。日本国内で何度か観測される竜巻。それとは比肩にならない大嵐が城塞を鎧と纏った衛をその守りごと上空へ打ち上げる。人体を容易く打ち上げる猛り狂う上昇気流は、殆ど全壊に等しい図書館を完全に粉砕したに飽き足らず、周囲の住宅街……その住宅ごと(・・・・)上空へ打ち上げた。

 

「本気の『疾風怒濤』ってか! 笑えねえぞオイッ!!」

 

「何、自ら手繰ればこんなもの(・・・・・)だ。四年前には見せたことが無かったか。いやいや、実の話、こうして手ずから操るのは久しぶりだ」

 

 上空に打ち上げられた衛の悪態に悠々と返すヴォバン。雷鳴轟音吹きすさぶ中、よくも耳に届いたと下らない感心を衛は抱くが、その余裕はいよいよ以って消えた。

 

「嘗て君に防がれた『劫火』の権能。アレは実は戦闘用ではなくてね。とはいえ、威力は私も自負していた。それを見事防いで見せた君の守りは間違えなく同族でも屈指のものだ。それほどまでに守りに長けたものは我が人生においても片手で数えるほどだ」

 

 ヴォバンが認めた。その事実をしれば彼を知るもののみならずあらゆる魔術師が驚愕に目を剥くことだろう。最古参、百戦錬磨の神殺し。その中でも取り分け戦闘に長ける王の言葉なのだから。

 

「だからこそ、それを真っ向から破って見せようと君と戦った四年前から決めていたのだよ」

 

 いつの間にか二人称は変化している。この瞬間、ヴォバンはこの同族を初めて対等(・・)の者として見た。だからこそ―――。

 

「四年前の再現だ。さあ、この一撃は果たして守りきれるか!!」

 

 ―――最古参の魔王、その本気が現出する。

 

「がぁ!? アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」

 

 刹那、衛を中心として台風が起こった。

 

 台風、と一言聞けば日本人は風雨激しい有り触れた災害を思い出すだろう。しかし知っているだろうか、この災害が核兵器何千発分の威力を秘めていることを。自然の猛威、それは科学を得た現代とて超越したエネルギーを秘めている。

 

 風伯、雨師、雷公。嵐の三神。これを殺して得た権能『疾風怒濤』。ヴォバンの感情により天候の顔色を変えるのみだったこの権能は―――それら天災を一個人の手に収めた力だ。ヴォバンが本気でその猛威を振るえば地球規模での天候操作すら可能。

 

 ゆえに―――人工的な台風の精製など容易い。そして、流石に鉄壁を誇る衛の守りを以ってしても全方位(・・・)から襲い来る規格外の攻撃力に晒されて尚、振り切れた防御は持ち合わせていなかった。

 

 平衡感覚が乱される。さながら気分はドラム式の洗濯機に叩き込まれたよう。正し、洗濯に使われる水は風の勢いに煽られ銃弾が如く。暴風は我が身を締め上げる巨人の腕の如く。絶えず直撃する稲妻は碌な受身も取らせぬ空中で容赦なく衛を打ち据える。

 

 余りにも馬鹿げた火力と容赦の無い攻撃の嵐。共に打ち上げられた家を始めとした被造物は打ち上げられて数秒とかからず微塵と化した。これまさに天の災害。

 

 無敵を誇った城塞は遂に砕け散る。嵐の攻城戦を征したのはヴォバン侯爵であった。悲鳴は暴風と轟雷の中に消え、衛は彼方へと吹き飛ばされる―――勝敗は決した。

 

 

 

 

 そうして……眼が覚めると日本本土の全体像が目に入った。否、日本どころではない。具体的には青い惑星(・・・・)が見えていた。

 

「子を育てるは……母の、愛。……乳を、与え、蜜を、与え……子の未来を、ゆめ、見て……母はその腕に抱かん……」

 

 呼吸が出来ない(・・・・・・・)上、全身が激痛で最早患部が分からぬほどの重症。それでも衛は残された僅かな気力で言霊を紡ぐ。それは嘗て全焼同然、真っ黒焦げの両腕さえ治療した権能『母なる城塞』の治療術。それを行なうための言霊だ。

 

 ドクン、と心臓を起点として静電気規模の稲妻が体表を這う。すると、少しずつだが傷が癒えていく。その治りの遅さ……一瞬で重症から復活する権能を以ってしての鈍足さが衛の重症具合を示している。

 

「やべえ、今回はマジに死にかけた……つーかよく無事だったな俺」

 

 厳密には無事じゃないのだが。一先ず衛は生きている今に感謝するように、ホッと息を吐いた。あんまりここで息を吐くのはよくないのだが。

 

「さて、漏れなく落下中な訳だが……」

 

 チラリと青い惑星……地球を見て上を見る―――空、青広がっているはずのそこには果ての無い黒い景色。率直に言って宇宙(・・)

 

 現在地―――成層圏(・・・)。高度五十キロメートルに位地する光景的には殆ど宇宙(・・・・)

 

「色々滅茶苦茶に慣れてきたけど……こういう時、俺は何といえばいいのだろうか……」

 

 ヴォバンの嵐に飛ばされ飛ばされて……どうやら文字通りの上空に打ち出されたらしい。あの老人の強さに畏怖すべきか出鱈目具合に呆れるべきか。まあ、どちらにせよ、ヘルメスの権能がある以上、落下死することはあるまい。

 

 呪力は幸いまだ多少残っている。とはいえ、傷が酷いので直ぐに復帰することは出来ないだろう。このまま日本の地上が見えるまで取り合えず自由落下に任せるしかない。なので、やることの無い、衛は呼吸が殆ど出来ないという最悪死ぬかもしれない状況で一言、

 

「地球は、蒼かった……」

 

 何処かの偉人の台詞をパクリながら、暫し空の旅に甘んじるのであった。




作者は理系じゃないので科学は詳しくなかったりする。
なので、専門家にとってはそうじゃないということもあるかもしれませんが、そこはそれふわっふわした作品と言うことでお許しをば。

そして、戦いはまだ終わらない。
クッソ誰だ! ただでさえ長い戦闘描写を連続させるプロット書いたのは!!

……私でしたね。(後悔)

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