極東の城塞   作:アグナ

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すまぬ。風邪でくたばっておったのだ……。

今回は繋ぎ回。戦闘まで行くと収拾付かなくなるので。
主人公も今はまだ空の旅行中だからネ!




終わりを告げる戦乙女

「ぐ……ぬぅ……」

 

 埒外の強風によって崩壊した街並み。その被災地の中心点にあるはヴォバン侯爵。片膝をつき、重い息を吐く様は正しく疲労困憊だ。流石の最古参の魔王も無敵城塞を破るため披露した『疾風怒濤』の消費呪力は少なくなかったらしい。

 

 手負いの狼、現状ヴォバンに似合う言葉はそれで間違いあるまい。ただ、手負いであることと弱っていることはイコールとはならないことを念頭に入れる必要があるが。

 

「……仕留め損なったか。まあ良かろう。目的は果たした。何処まで飛ばしたかは知らぬが早々に戻ってくることはあるまい」

 

 空の彼方を睨み、フンと鼻を鳴らす。無敵城塞は確かに破った。しかしそれによってかの魔王が死んだとはヴォバンは欠片も思ってはいない。とことん生き汚いのが神殺しであり、その死体を確認できない以上、生きていると考えるのが妥当である。ましてやアレは地母神に類する権能を有している。『死と再生の神』の不死性は諸々の知識に興味のないヴォバンも知るところだった。

 

「―――さて」

 

 四年前の汚名は晴らした。無敵城塞を砕いた以上、ヴォバンが衛に果たすべき用事は済んだといえよう。或いは、このままあの王の帰還を待ち雌雄を決するも吝かではないが……。

 

「悪くは無いが良くも無い。このヴォバンが同じ目的を二度も果たせぬなど笑い沙汰にもならん」

 

 あくまで本命は『まつろわぬ神招来の儀』であることを忘れてはならない。流石に二度目となれば如何にヴォバンとて初志貫徹の心意気だ。闘争を求め、戦う事を生きがいとする以上、儀式自体は蛇足であるが、そうと決めて二度も頓挫したとなれば、己のプライドが許さない。問題はアレが先んじて遠ざけたであろう巫女の居場所だが……。

 

「クラニチャールの娘を辿れば、どうにでもなろう。もっとも、あの娘が忠実に我が命を遂げていればの話だが」

 

 ヴォバンは勿論、リリアナが内心に抱いている反抗心を心得ている。その上で面白いと傍に仕えさせているのだ。彼女がヴォバンに反逆しようとそれはそれで構わない。その場合は死の従者が一人増えるだけだ。

 

「或いは、我が猟犬共で狩り立てるのも一興か」

 

 どちらにせよ、暇は持て余している。拙速に事を運ぶことは重要だが、元より蛇足。遊興に耽るも悪くないだろう。時間を掛ければあの王が戻ってくる。目的を果たすことは重要だが、しかしあのまま闘争に酔うも良かったというのも事実。

 

「クッ、いかんな。どうも心の猛りが治まりを知らんと来たか」

 

 儀式か闘争か。半ば、思考が戦に固まりつつあることを自覚し苦笑しながら首を鳴らす。結局のところ、ヴォバンが求めるものは戦いなのだろう。

 

「―――どうかね。王の仇を討つというならば、一向に構わんぞ? 不燃焼なのは私も同じ。君ならば不足は無く、そして何より……そう時間も掛かるまい」

 

 そうだろう、と振り向いた先に入るのは第三者。この場には居ないはずの少女。かの王に続く『四年前』に因果を持つもう一人の舞台役者。

 

「嘘……そんな……」

 

 崩壊した街に君臨する魔王を見て、絶望に瞳を揺らす桜花、その人である―――。

 

 

 

 

 ―――彼女が神奈川県にある衛の家を出て行ったのは彼が出陣してから一時間ほど後のことだった。

 

 迷いはあった。他ならぬ恩人からの戦力外通告。彼女が己よりも強いと定める少年の言葉だ。足手まといになるとも考えたが、それでも向おうと決めたのは一重に敵の強大さをよく知っているからだ。

 

 サーシャ・デヤンスタール・ヴォバン侯爵。恐らく神殺しの魔王という名前がこれほど似合う王は彼を置いて他にあるまい。潜った死線の数は神殺し随一のものであり、単純な強さ比べをした場合、世界最強は誰かとすればヴォバンは間違いなく該当する。

 

 如何なる不条理においても勝率がゼロにはならないところが神殺しの恐ろしいところではあるが、それでも群を抜いているのは間違いなくヴォバンである。実際に相対したからこその評価でもある。

 

 それゆえ一度は勝利した衛は神殺しとして瞬く間に知れ渡ったし―――だからこそ二度目が続くとは限らない。それほどまでに別格なのだ。最古参の神殺しは。

 

「もしもし……蓮さん、こんな時間にすいません」

 

 電話する先は春日部蓮。『女神の腕』に所属する二十七人の統率員の一人である。桜花は《正史編纂委員会》に身を置く者だが、本家本元はあくまで九州の『民』だ。協力姿勢を示す祖父の意向と個人的な友好から沙耶宮に協力することは多いが、本来、『女神の腕』は他結社である。

 

 しかし、衛の側近を務める彼女は『女神の腕』にもある程度、顔が通じている。何もかもとは言えないものの融通を利かせる程度には。まして連は同級生でもある。何だかんだで公私混同は余りしない男であるが、己の快楽と『サークル』には忠実だ。王の身に万が一がある可能性があれば、彼女に協力することを惜しむことは無いだろう。

 

『はいはい、夫婦仲よろしいことで』

 

 果たしてコールは三回以内で蓮が応答する。相変らず邪推した言い回しだが今は放置だ。

 

「やっぱり蓮さん経由で連絡していましたね。それで、衛さんは今どちらに?」

 

『王様なら今頃、侯爵様の所だろうさ。位置は掴んだし、先回りも手回しも済んだからな、いやあ、片や夜明け前に、片や早朝に連絡とか。嫁さん含めて人使い荒いねぇ』

 

 批難するような言葉とは裏腹にケラケラ笑う蓮。基本楽しいことが第一な彼にとって変化に富んだ状況を簡単に引き起こす神殺しの臣は悪くない立ち位置なのだろう。

 

「仕事が早いですね、場所は?」

 

『東京の青葉台。察するに置いていかれたか? まあ、王様の気質を考えたら道理だろうな』

 

 バッサリと事情を暴いた蓮の言葉に苦いものを感じながらも桜花ははせ参じるべく言葉を紡ぐ。

 

「衛さんは何時頃に?」

 

『三十分ぐらい前に場所は伝えた。だから今頃は目的地で場合によってはもう戦ってんだろ……参戦する気かい?』

 

「……当然です。あの人一人に戦わせるわけには……!」

 

『ま、相手は最古参の魔王だからなァ。雀の涙程度の助力もあるだけマシかも知れないが、王様の臣下としては意向に逆らうのもどうも、ねえ?』

 

 桜花の参戦を拒否したのは他ならぬ衛である。元々、身内を傷つけられることを極端に嫌うこともあるが、それでも彼もまた神殺し、戦況を見誤ることは無い。ゆえに不要といえば真実、不要なのだ。そしてそれは桜花も蓮も心得ている。

 

「現在進行形で情報を洩らしている人が言う言葉ではありませんね……」

 

『いや、まあ、ねえ? ほら馬に蹴られるのはゴメンだし? それに……友好に順ずるままに王の意思を通すこともできないことはないからサ』

 

 途端、まるで悪戯に成功したような口調で笑う蓮。その声に桜花は嫌な予感を覚える。

 

『そっちの移動手段は察するに電車だろう? 或いは《正史編纂委員会》の車を呼んだか? まあどっちにしても悪いな。早々辿り付けやしないぜ?』

 

「それはどういう―――」

 

 意味深な蓮の言葉、それは丁度鎌倉の駅に着いたとき判明した。電車の運行を告げる電光掲示板、そこに記されていたのは……。

 

「東京県内全車運休、小田急線一部運休……って、蓮さん! 貴方……!」

 

『俺の仕事じゃねえぞ。そっちの組織の意向だな』

 

「《正史編纂委員会》の……? 何故こんな……」

 

『俺らの行動に察したか、現地で王様が告げ口したか。ともかく、東京全域に避難勧告が出てるのさ。それに加え、都心及びそこに通じる各駅に通達して外からの進入を拒んでいる。都心で魔王が激突するかもしれんからな。俺らとは規模が違う人避け……流石は国家直轄』

 

 豪華だねえと、暢気に笑う蓮だが対して桜花は唖然とする。これだけの大掛かりで人避けを行なうなど数年前の《正史編纂委員会》では考えられなかった。如何に魔王同士が激突するかも知れないとはいえこれ程の規模で人避けをするなどと……。

 

『驚いているのは察するが原因の一端は俺らの魔王様だぜ?』

 

「え? 衛さんが?」

 

 桜花の驚愕に答えを返すのは蓮だった。

 

『応さ。日本は今まで王を有していなかったからな。欧州と違って対応が遅れて居たって言うのが少し前までの話だ。実際いただろ? 神殺しの異名を信じない或いは軽んじる馬鹿たちが』

 

「……同じ組織に属している身として申し訳ありません」

 

『別に非難はしてないさ。事実としてそうだったからな。だが、王様が日本に根を降ろし君臨してから数年。まあ日本も魔王様を有するってことがどういうことか理解し始めてきた。とはいえ、まだまだご老人どもの腰は重く、しかも二人目って言うイレギュラーまで起こったから混乱は止んでないけどな』

 

 蓮の語り口は明朗快活―――だが、ここに第三者がいれば恐ろしくも思うだろう。何故なら蓮が語る先は他結社の事情である。あくまで衛旗下『女神の腕』に所属する蓮は《正史編纂委員会》とはさして親交深くない。にも関わらずこれほどまでの事情通。これこそが『女神の腕』が持つ、強みであった。

 

『だけど、そのご老人どもをして先の金沢の一件は効いたらしい。何よりあっちは人的被害(・・・・)が出たからな』

 

「あっ……」

 

 その言葉に忸怩たる思いが込み上げる。そう、人死にこそ奇跡的に起きなかったが、まつろわぬダヌとの戦いは多数の無関係な怪我人を生み出した。

 

『目に見えて痛い目見ないと行動できないのは日本人の悪いところだよなァ。ま、島国で閉鎖された環境だ。色々な些事を対岸の火事と受け取る悪癖はある意味、民族性によるんだろうさ』

 

「じゃあ、あの戦いが原因で……」

 

『今度は死者が出ない、なんて保証はないからな。人死にの処理は面倒だぜ? 特に絶対に真実が露見できない場合、処理方法はかなり限られる。幾らなんでも人間一人の存在を完全に忘却させられるほど《名伏せ》の巫女は万能じゃないだろうし?』

 

 《名伏せ》とは《正史編纂委員会》に属する所謂、隠蔽工作を担当するものたちだ。一般人も混ざる『女神の腕』は例外的であるが、基本、呪術界の事情は表の住民であるものたちには隠されるものだ。危険であることや神殺しという一個人の絶対戦力による横暴があることなど隠す理由は様々だが、少なくとも呪術自体大々的に披露するものではない。

 

 そういった事情から万が一に現場に居合わせてしまったものたちから目撃証言を消すため、記憶ごと封じるのが《名伏せ》の巫女の役割であった。彼女らの力は優れているが、血を分けた家族、人生の大半を共に過ごした親族の記憶を封じて弊害を出さないなどということは流石の彼女達でも不可能だろう。

 

『まあ、それでも大胆な口封じ(・・・・・・)で言葉は封じるだろうが、何百何千規模で出来るはずもなし。だからこそ、多少陰謀なんだのと後で騒がれることがあっても、いっそ事前に強引な人払いをした方が得だろう?』

 

 詰まる所、この都心全域に掛けられた大規模の避難勧告は『先の手間』をとった結果と言うわけだ。それ自体に不満は無い、見知らぬ他者とはいえ死んで良いなどと思い訳がない。しかし……タイミングが絶妙に悪い。

 

「なるほど……貴方が容易く口を滑らしている理由が分かりました。どうあれ、私が着く頃には事が終わっているからですね?」

 

『悪いね。こっちもこっちで王様の臣下でね。忠義心はさらさら無いが、同時に反抗心もさらさら無いのさ。意向に忠実な程度にはうちはどいつもこいつも弁えてるさ』

 

 電話口でも分かる肩を竦める所作。そう、これは何ら可笑しいことではない。『女神の腕』にとって桜花は彼らの王にとって大切な人物だ。だが、だから彼女に協力的かといえば否。彼らの主はあくまで衛なのだから。

 

『言うように勝つにしろ負けるにしろ嫁さんが着く頃には終わってるだろうぜ。それでも行くなら止めはしないさ。こっちの義理は果たしたからな』

 

 友人として言葉を託し、臣下として意向も果たす。まだ成人もしていないのに、この難物さ。将来はさぞ腹黒い人物になるだろう。

 

「そうですか……いえ、十分です。有難うございました」

 

『礼はいらんさ。嫁さんからすれば随分と意地悪している自覚はあるからね』

 

「それでも隠さず真実を語るだけ有り難いです」

 

 蓮は再三の話だが別の結社所属。本来は情報すら桜花に教える必要は無いのだ。それでも態々、真実を告げる辺り、彼の性格が垣間見える。

 

『そうかい。じゃ、後はそっちの事情だ。細かい処理はこっちで効くが生憎うちは戦闘系が居なくてね。ことの次第を見守るだけだ』

 

「承知しています。では、失礼します」

 

『はいな。バイバイっと』

 

 そうして切れる電話。場所は知った。移動手段は見事、身内によって封じられたが……遅れようが終わってようが、付いて行くと決めたのだ。

 

「ふっ―――」

 

 跳ぶ。風を纏って疾走する。電車はこのザマだし、車もまた交通経路が混乱しているだろうから無しだ。東京全域に避難勧告が出てるとなれば道路も渋滞しているはずだろうから。ならば後は最も原始的な移動手段に頼るほか無い。

 

 幸い、己の両足は山を駆け抜ける天狗にすら匹敵する疾風。少なくとも交通ルールに縛られる自動車よりかは迅速に目的地に到着できるはずだ。

 

「衛さん―――」

 

 どうか御武運を―――風に溶けて祈りは消える。それが無意味だと知るのは数時間後のことであった……。

 

 

………

…………

………………。

 

 

 ―――そして、今に戻る。見るも無残な光景。人為的な自然災害により崩壊した街に君臨する一人の魔王。だが、そこに自らが仕える王の姿は無く、それが最悪の現実を示している。

 

「あ……ぁ……」

 

 言葉にならない声。視界がゆがむ、足が震える。身内の死など体験したことが無い桜花は身近な死と親愛なる王の敗北という二つの衝撃に打ちのめされ、いつもの快活さも戦時の気丈さも失っていた。

 

「ふむ―――」

 

 そんな様子を見て、ヴォバンはつまらなさ気だ。或いは王の仇を取るため、激情に奮い、立ち向かってくるとも思ったが、どうやらその様子は無く、弱弱しい彼女に戦意の欠片も見当たらない。

 

「心折れているか。まあ、それも良かろう。些事が一つ無くなっただけだ。つまらないが、それだけでもある」

 

 ならば成すべきことはただ一つ。巫女の拿捕、及び儀式への再挑戦だ。かの魔王が帰還するよりも早くこの目的を達成する。

 

「ならば此処には用は無い。所詮、貴様はそれまでだったということだ」

 

 嘗て、矛を交えた強者に失望の滲んだ言葉を洩らす。そう、人間の中では恐らく最上位に位置したであろうこの少女との戦いはヴォバンをして暇を晴らす戦となりうると考えていた。我が身に数度刻んだ刀傷。それは純然たる実力によって成された偉業だから。凡百の騎士とは話が違う、同族やまつろわぬ神とまでは行かずも十分な戦いになるであろうと。

 

 しかし、それが過大評価であったということにヴォバンは失望したのだ。ヴォバンが珍しく認めた人間の強者に―――だから気付けなかった。否、気付くのが遅れたと言っていいだろう。彼女を取り巻く空気が……尋常ならざる張り詰めを得たという事実に。

 

「―――誉れの高き者たちは、かくして遂げた」

 

 それは言霊。神気孕む凍てついた言葉。

 

 ―――私も共に戦います、と連れて行ってと何故言えなかったのだろう。それこそ愚問だ、簡単な話、怖かったのだ。己の悉くが破られる絶望に、力が届かぬ現実に叩き伏せられることが。敗北自体は何もさして問題じゃない。負けることは今までにもよくあったし隔絶した力を前に歯噛みすることだって。

 

 だけど、大切な場面で、大切な相手を、守れないという絶望、誰かを守るというちっぽけな自分の矜持が果たせないことが怖かった。自分の不備で誰かを失うことが怖かった。もう二度と、小さかった日に悟ってしまった孤独を味わいたくなかった。

 

 結局のところ、私に才はあっても勇気は見合ってなかったのだろう。身体に精神が追いついていない。甘えられる誰かが傍に居たから、初めて卓越した才人ではなく、一人の少女として見てくれた人が居たから。己の誓いを忘れていたのだ。

 

 己は強者。普通じゃない。

 それを忘れていたからこそ、誓った矜持を忘れてしまっていたんじゃないのか―――?

 

「世の人々は悲しみと嘆きに打ちひしがれる。かくて幕は悲嘆によって引かれ王者の饗宴は幕を閉じる」

 

 ああ、この身にもっと力があれば、勇気があれば、踏み出す一歩があったならば。

 結果はこうはならなかったんじゃないのか―――?

 

「いつの世も歓びは悲しみによって終わるものなのだから」

 

 現実は歌劇ではない。アンコールは通用しない。

 ゆえに王の帰還はあり得ない饗宴の幕は閉じ、夢の時間は終わりを告げる。

 

「その後には何も残らず、誰も知らない。演者は悲劇に幕を下ろしたがため、伝えるものは此処には無い」

 

 いつも足りなかった。後一歩が。

 才能は足りてるのに怪物(きょうしゃ)足り得ないのは踏み出す勇気がなかったから。

 弱き誰かのため守ると誓ったのに、守りきれないのは絶望に立ち向かう勇気がなかったから。

 

「ただ騎士や婦人や身分のよい従者たちだけが、愛する一族の死を嘆き悲しむ様のみを残響に」

 

 力ならざる強さ。それさえあれば何も取りこぼさなかったのに。

 決して離さなかったのに、そのたった一歩が己には無いのだ。

 後悔が胸を満たす、悔恨が絶望を思い出す。

 

 ―――私に触れ合うものは皆、私を置いて居なくなってしまうのだ。

 

「物語はここに終わりを告げる―――」

 

 ならば、せめて、かくも夢のような日々を見させてくれた彼の無念を晴らさねば。

 己は『強者』ゆえに。

 才能は足りている。修練も足りている。魔王に立ち向かう力を自分は余さず持っている。

 だから―――足りないのは心だけ。これが、私の復讐(後悔)を阻むというならば―――!

 

「これぞ―――ニーベルンゲンの災いなりッ!!」

 

 この胸に勇気ならざる火を灯そう。

 王の輝きは闇に飲まれた―――ならば、幕を上げるは復讐譚。

 死に呪われる運命の乙女は悲劇の幕を開くのだ。

 

『それが、貴女の選択かしら?』

 

 慈しむような声。―――どうでもいい。

 嘗て聞いた絶望。―――どうでもいい。

 消失を誘う破滅。―――どうでもいい。

 

「ごめんなさい……」

 

 もはや誰に謝っているのか分からず、彼女は最後に悔いを残す。

 乙女は涙と共に闇へと降り―――

 

 

 

 ―――第二幕が幕を上げる。

 

「嗚呼―――分かりますともその無念、その絶望、愛おしき者を失い明日の光明さえ見えぬそれを私は誰よりも理解していますとも。だからこそ、貴女の気持ちは切なくなるほどに理解できる」

 

 銀髪。莫大な神気を放ちながら桜花の姿が変質する。その身に纏うは傷一つ無いミスリルの鎧。手にするは騎乗槍(ランス)と盾。絶世の美貌に宿す、憂いを帯びた瞳の輝きはそれだけで万人を狂わせるだろう。されど、その身は守られる者に在らず、その貌は戦士の強さを浮かべている。

 

 ―――神祖という言葉がある。これは零落した地母神の姿であり、神々に使える巫女らの先祖に当たる存在であるが、桜花はそれに近しい存在であった。否、されたというのが正しいであろう。

 

 生贄、取り分け神を地上に降ろす儀式において人身御供とは最大級の生贄となる。力ある巫女や霊力に富んだ乙女を、嫁に送る、犠牲にするなどは世界各地で見られる最もポピュラーな神降ろしだ。嘗てヴォバンが挑んだ「ジークフリード招聘の儀」もまた、多くの魔女ら巫女らが狂的な域で祈りを捧げることで『まつろわぬ神』の降臨を可能としたし、代償にその殆どが心を失った。

 

 なんの因果か、嘗てある神の「器」にされた桜花もその例に漏れない。巫女としての才は元々、多く恵まれたわけではない桜花が『神がかり』という奇跡の術を手繰れるのも遡ると原因は此処にあるのだ。心臓の真上、胸に刻まれた『原初のルーン』。これこそが女神との縁になり、神なる力を供給し、彼女を『神がかりの巫女』へと押し上げているのだ。だが、それは大きな代償を伴っていた。

 

 結ばれた縁は『犠牲の器』。女神が地上に招来するための「器」が桜花であり、ゆえに桜花は力を使えば使うほど女神と強固な縁で結ばれていく、それこそが彼女の『神がかり』の力の源であり、何れ至ってしまうだろう破滅である。女神の力を使うほど、女神に自我を奪われる(・・・・・・・)

 

 加えて、この女神はヴォバンも、そして衛も倒してはいないのだ。儀式と神殺しに引きずられ、呼び出された『まつろわぬ女神』はその脆弱な縁ゆえに儀式終了と共に消失し、桜花は事なきを得た。だが、それは時限爆弾を背負ったようなものだ。何れ、『まつろわぬ女神』が真に『まつろわぬ女神』として降臨する日を先延ばしにしたに過ぎない。そして、桜花はその時限爆弾のスイッチを絶望と共に押したのだ。

 

 ―――だからこそ、彼女はようやく、見合った「器」と縁を得て、地上に肉体を持つ『まつろわぬ神』として降臨する。『運命』に呪われた彼女、悲劇のヒロイン、愛した男のために復讐譚の幕を開いたワルキューレの血縁。

 

「ほう―――これは、これは……」

 

「お久し振りでございますね。我らが仇敵、この時代で最も古き王よ。再会を祝して我が神名を再び告げましょう」

 

 美麗に微笑む『まつろわぬ女神』。ビリビリと肌を触る緊張にヴォバンは第二開戦を予見して獰猛に一層笑みを深くする。 

 

「―――我が名はクリームヒルト。この身となった乙女の無念、切なくなるほど理解できますわ。ゆえに、その後悔を私が遂げましょう。貴方諸々、地上の魔王を一掃いたしますわ。それを以って契約を遂げ、私はあの方にお会いするのですわ……!」

 

 その名は『ニーベルンゲンの歌』を飾る、竜殺しの英雄ジークフリードと対をなすヒロイン。同時に秀麗なる英雄譚を復讐の悲劇へと誘った運命の乙女。

 

 ニーベルンゲンの災い此処に在り―――乙女の絶望を引き金に『まつろわぬクリームヒルト』が現界する。




ヴォバン「王の仇といえば奮起するべ」
桜花「衛さんが死んだ……?」
衛「あ、旅客機発見。あれ? 機長がポカンとしている?」

勘違いって怖いね。()

戦乙女って北欧の概念大好きです。
こう、なんか、戦うヒロイン、格好よくない?
それでいて不幸な身の上だと助けたくならない?

そんな馬鹿げた私の妄想が爆発した結果が今回です。
お膳立てはこれにて終了。次回で原作二巻辺り終了……!



に、なればいいなァ(願望)

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