極東の城塞   作:アグナ

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殆ど蛇足回。
いやホント、前回で終わっていた予定ですからね……。
前半はどうでも良い穀潰しのヘタレシーン。
後半は孤軍奮闘していた護堂くんとの共闘。


ところで東京レイヴンズ十六巻、遂に発売!
さあ、以って夜光編完結、物語は今へと戻る……。

……あれ? なんか宣伝っぽい?


そして嵐は去る

「流石に、二連戦は、ちょいキツイ……」

 

 確かな弑逆の感触にようやく衛は息を吐き、意識を失ったままの桜花を横抱きに地上へと降り立った。そして、そっと桜花を降ろすや否や、ドスンと尻餅を付くようにして膝から崩れ落ちた。

 

「後輩君は……ってまだやってんのか。あのジジィ、タフ過ぎるだろ……」

 

 目を向ければ衝撃波を伴う強烈な咆哮と共に巨大な狼と猪が取っ組み合いをしている。恐らく片方は『二人目』の召喚した神獣か何かだろう。さながら怪獣大決戦の様相で一歩も譲らず争っている。

 

「となると、もう一戦か……ヤダヤダ、後輩君に任せきりじゃダメかねこれは」

 

 正直言って既に満身創痍だ。身内を盾にされるという嘗てない事態。使った集中力はヴォバン戦以上だったし、初の権能も使用したため残った呪力は殆どない。

 

「それに……」

 

 目を向ける。眼先には浅い息で呼吸し、素人目にも衰弱しきっていると分かる少女、桜花の姿。無理もないだろう、神の触媒にされた挙句、それを自力で破ろうとしたのだ。結果的にはそれが隙に繋がり神殺しを遂げる契機になったが、人の少女にとって払った代償は軽くない。

 

「……コイツもコイツで呪力は空っぽか。まあ当然だな」

 

 『器』とされた桜花はいわば、自動車に旅客機のエンジンを乗せられたような状態だった。そうなれば当然、身体(機体)の方はエンジン(まつろわぬ神)のスペックについて往けず自損する。しかも、その状態から力技でエンジンを吹き飛ばそうとしたのだから呪力も体力も底を尽きるのは当然だ。このまま、放置すれば間もなく衰弱死するのは間違いない。だが―――救命手段は残っている。

 

「子を育てるは母の愛。乳を与え、蜜を与え、子の未来を夢見て母はその腕に抱かん」

 

 言霊を唱える。すると衛の手を覆うように薄く紫電が瞬く。『母なる城塞』の応用法が一つ、活性の力だ。生命を司る稲妻、それを用いた自己治癒はそれが外傷であれ病気であれ、問わず完治させてしまう。ヴォバンによって大怪我を負った衛が一命を取り留めたのもこの力あってこそだ。

 

 また、過去に桜花が無理な『神がかり』の代償に両腕を全焼した時も、この権能の力を使い、完治したという実績もある。例え死に伏すほどの衰弱からとて回復することが可能であろう。そう……ただの衰弱であったのなら。

 

「熱ッ、なんだと? これは……!」

 

 活性の力を用いようとした瞬間のことだ。まるでそれがスイッチであったかのように炎が上がる。それは桜花の周囲を取り囲むようにして巻き起こり、思わず衛は後退した。

 

「呪詛? ……いや、ルーンか! あの女神余計な置き土産を!」

 

 桜花の胸元。殆ど輝きを失い、文字自体崩れかかったルーンが最後の足掻きとして輝きを放つ。周囲に浮かび上がるは炎を意味するルーン文字。それは嘗てオーディーンが禁忌を犯したブリュンヒルデを封じ込めたように、炎の円は意識無き巫女の再起を封じている。

 

「衰弱と隔離の呪いか。……我が槍を恐れるならば、この炎を越すこと許さぬってか? 邪魔臭い」

 

 ワーグナーの一節を神話に当て嵌めるよう口にし、衛は舌打ちをする。炎を跨ぐこと自体は何てことはない。所詮は討たれた女神の残滓。手元の呪力を回せば破ることは簡単だ。問題は桜花自身に駆けられた衰弱の呪いの方だ。

 

「活性の権能が弾かれた……つくづく女の使う呪いほど面倒くさいものはない。しかも使用者が運命を司る死神、約束された破滅に導く戦乙女なら尚更か」

 

 どうやらただでさえ少ない呪力をもう少し使わなければならないようだ。第三番目の権能、あらゆる力を封じ込める権能封じの権能を使用する必要があるだろう。何せ伝説を悲劇で終わらせた女の呪いだ。破るためには相応しい手段が必要である。

 

「……何だこれ」

 

 『それ』に気付いたのは丁度、権能を使うため左手を掲げようとした時だった。左手の甲に浮かび上がるルーン文字。英語スペルの『X』を模した文字がいつの間にやら刻まれていた。女神の残滓か、と警戒するが、寧ろこれは……。

 

「簒奪した権能……いや、だが」

 

 仄かな熱を放つルーン文字は確かに普段、衛が武器と振るう権能と同じような力を感じる。しかし問題はその力の源を桜花に感じること。それから、妙に桜花が「近く」感じられることだ。まるで彼女越しに力を得ているような。

 

「変則的な権能の獲得っていうことか?」

 

 訝しげにルーンを眺める衛。しかも何らかの契約をしているが如く、桜花を囲った炎と心なしか共鳴しているようにも見える。

 

 ―――これは後に知ることであるが、これは衛と桜花。両者が協力し、『まつろわぬ神』を『調伏』したことにより得た極めて変則的な権能であった。

 

 クリームヒルトに抵抗する際、桜花が使用した呪術は最上位の禍つ祓い『天狗経』という呪術だ。曰く、唱えれば日本中に住まうありとあらゆる天狗が集い、術者の幸いを約束するという呪術だが、これには極めて強力な『調伏』の力も存在していた。

 

 そんな呪術の助けを得ての神殺しは変則的な形となっていた。つまるところ、クリームヒルトを殺害し、彼女の呪力を奪う際、直後に彼女を祓い退けて見せた桜花にも呪力が流れ込んでいたのだ。これは一重に彼女自身が『まつろわぬ神』に憑依される形として神として君臨していた影響もあるのだろう。

 

 まして彼女はクリームヒルトとルーンという『縁』によって繋がりを得ていた。よって権能は桜花をも巻き込み『眷属』という形で形成された。第四番目の権能とは……衛と桜花で分け合うという前代未聞のものであった。

 

 或いは真なる女神として『簒奪の円環』を廻す彼女ならば真実を知るやも知れない『城塞とは内に囲う者あるから存在する守りの力。誰かを守るために、極めて深い絆を結ぶ当代随一、「王」の資格を有する貴方だからこそ形取れる権能である』と。

 

「っと……なるほど、これが炎を越す資格ってことか」

 

 契約の証たるルーンに呪力を流し込んでみれば途端、衛を避けるように炎が掻き消える。詳細を知るまでには至らないが、女神の残滓はこの権能を嫌うようだ。

 

「後は衰弱の呪いを取っ払うだけだが……」

 

 ふと、そこで気付く。女神ダヌから得た権能封じの力。これは呪力の流れを一切断ち切ることで効力を封印する力だが……果たして衰弱状態の彼女はこれを使われて無事でいられるか、と。衛は途端に苦虫を噛んだような顔をする。

 

「とはいえ、このまま活性を使っても弾かれるだけ、か」

 

 ふむ、と顎に手を当て思わず思案に耽る。時間を掛ければ彼女が衰弱死してしまうが、手段を選ばねば最悪それより早く命を散らすことになるだろう。

 

「もういっそ力任せに呪力を注ぎ込んで呪いごと吹き飛ばすとか? 実際、俺の力は生命を司るし、呪力耐性を高めれば崩壊しかけの呪い程度、容易く吹き飛ばすことができるだろうし」

 

 現状、それが最善の手にも思える。術式自体は術者の死によって破綻しかかっているのだ。桜花の身体に残された女神の残滓さえ洗い流せばそれだけで衰弱の呪いは尽きる。まして生命を司る活性の力だ。少しばかり過剰に注ぎ込めば十分。

 

「……問題は外からじゃあ取っ払えないことか」

 

 謎のルーンによって炎の内部に入り込むことは出来ても、炎自体は効果を発揮し続けている。内部に保護する存在、一切の干渉を閉ざすと。破るためにはそれこそ内側から吹き込んで掻き消す……し……か?

 

「いや、出来る………待て。いや、出来ない」

 

 頭に過ぎった手段に衛は可能と口にして……直後、思いついた「別の問題」がため、否定の言葉を口ずさんだ。

 

「いやいや。いやいやいやいや……待て、ステイ。落ち着け……確かに内側から直接吹き込んでやれば間違いなく何とかなる。なる、けど」

 

 これは神殺しにも通じる話だが、神殺しはそれを成した時点で通常の人間種から転生する。骨格は鋼のように、身体能力は高められ、桁外れの呪力とそれに対する抵抗を得る。そのため彼らは外から使われる呪術や呪詛に対して異常なまでの抵抗力を有している。だが、それでも破るための手段がないわけではないのだ。

 

 例えば、今の桜花の状態のように神殺しも外から使われる呪術や呪詛に対してのみ耐性を持ち得るのだ。ならば手っ取り早い話、神殺しに呪術、呪詛を通したいのならば内側から使ってやればいい、例を取るなら、口移し、とか。

 

「ちょっと待て。いやいや、寝ている相手にそれは流石にちょっと……」

 

 誰に弁明するわけでもなく一人でワタワタする日本を代表する神殺し。傍目から見てそれはもう情けない慌てようである。とても先ほどまで激戦を繰り広げた戦士には思えないほどに。

 

 余談も余談だが―――今年で十八を迎える衛だが、これまで女性との「そういう方面」での関わりは皆無に等しい。何せ趣味がアキバ系。しかも自身が神殺しであることと、身内を大事にする性質が相まって懐に入れるほど関わり深い人物など殆どいない。それが祟ってか、「そういう方面」の経験はないも同然、しかも趣味人(オタク)とあって、「そういう方面」は常に重いものと映る。端的に言って、夢見がち(ロマンチスト)であった―――育んだ絆と相互の了承があってこそと。

 

 或いは、何処かの赤い悪魔(ラテン系民族)が聞いていれば、失笑してしまうほど。

 

「それに目覚ました時、傷つけたら嫌だし。まァ百歩譲って平手打ちを受ける分には問題ない。だけど、泣かれたらかなり効くし……」

 

 とはいえ、それも身内を大切にしすぎるからであろう。口にする言い訳が基本、相手を慮ったものである辺り彼の本性がよく分かる。

 

「解呪して速攻で活性化を……無理だよなあ。衰弱している状態で仮にも『封印』を解けば綱渡りの現状から均衡は崩れ、衰弱死する可能性が高い。俺の権能は既にある力を活性させるのであって癒すわけじゃないからな」

 

 衛の権能は言わば抵抗力を底上げし、持ち前の力で病と傷とを吹き飛ばす力だ。活性させるべき力なくば意味は成さない。一を十に出来ても、零を一には出来ないのだ。

 

「この状態で運ぶのは不可能。いっそ誰か連れてくるか? いや、それにしても仮にも『まつろわぬ神』の残した術を突破する使い手なんて『サークル(うち)』は勿論、《正史編纂委員会》にだって数少ない……」

 

 つまるところ、言い訳を重ねたところで助けるためには「腹を括る必要がある」

 

「………………………………マジか」

 

 桜花を見る。……厳密には彼女の唇辺りを。元々、普段は快活に。荒事となれば凛々しい姿を見せる今は古き大和撫子のような少女だ。こうして改めてみてみれば紛うこと無く美少女であると断言できるほど。衰弱の極致に合って尚、黒髪は濡れたように美しく、肌は染み一つない白磁の如く。すらりとした顔立ちは作りの良い小顔で、なるほどクラスメイトの女子に羨ましがられるのがよく分かる……。

 

「違う、そうじゃない……!」

 

 何故か思考が頓珍漢な方向へとんで行くのを自覚して慌てて思考を放棄する。というか、人が死にそうな時に何を考えているのだろうか?

 

「そうだ。これは救命処置、人工呼吸的な。致し方ないことであり、冷静に考えれば俺が黙っていれば済む話……!」

 

 幸い目撃者は不在。行為を知るのは自身のみ。ならば優先すべきは命であり、己の下らぬ感傷など些事に過ぎない……理論武装、完了。

 

「……バレたら土下座だな。うん」

 

 最後に内心、既に土下座モードで桜花に謝りつつ。衛は言霊を口ずさみ、活性の呪を口内に練り、そのまま―――桜花に、キスをした。

 

 

 

 

 ―――オオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!

 

 遂に決着の瞬間は訪れた。首筋に深々と牙を突きたてられる『猪』。両者一歩も引かぬ怪獣決戦を征したのは『貪る群狼』を携えたヴォバンであった。断末魔の悲鳴を上げて消えていく『猪』。……万策、此処に尽きる。

 

「クッ、新参とはいえ、やはり神殺し。中々良い時間であったぞ」

 

 人型に姿を戻したヴォバンの第一声がそれだった。流石の彼も三連戦。『猪』相手に負った傷も相まって、五体満足といえど疲労は隠せず、随所から血を流している。だが、眼前の護堂の傷はそれ以上であった。

 

「く……そ………!」

 

 刀傷、刺傷、裂傷……『駱駝』も『雄牛』も使いきり、最後の『猪』まで使った。満身創痍な上、最後の手札まで使い切ったのだから最早、護堂に手は残されていない。正に万策尽きたというべきだろう。

 

 惜しむべきは準備不足。己が切り札とする神話を紐解き、その神格を引き裂く『剣』の言霊を用意していなかったことだろう。最古参の王を前に、切り札落ちで挑むには無謀であった。さらに付け加えるならば共にあるべき相棒(エリカ)の不在。これもまた祟った要因として上げられるかもしれない。

 

「なるほど、アテナに、サルバトーレめを降したというだけはある。後二年あれば、或いは若造めに並ぶ王として大成しただろうに」

 

 それは己と死闘を演じた相手への賞賛だった。経験が足りなかったと、未熟と称しつつも、或いは相応しい宿敵となりえた可能性への。

 

「では詰みだ……悪いが時間を掛けている暇はなくなったのでね。どうやら向こうの決着も尽いた様だ」

 

 ヴォバンの言葉を聞いて気配を探ってみれば……近隣、同族とその宿敵との呪力圧が消え去っている。それが示すところは即ち、決着したということだろう。どちらが勝ったかは分からないがヴォバンの言からは『一人目』が勝利したように窺える。

 

「ぐっ……まだだッ!」

 

 ならば、同じく日本に君臨する王として負けるわけにはいかなかった。同じ国の同族として負けるもの癪だが、何より、ここでヴォバンに負ければ、万理谷の涙を肯定することになる。彼女を悲しませ、苦しませた敵を前に、膝を屈することがどうしてできようか、だが同時に内心を締める苦々しい確信。

 

 ―――勝てないな、こりゃあ

 

 思わず舌打ちが漏れる。戦士としての護堂は決して馬鹿ではない。神を殺し、それによって得た直感と戦闘脳は冷静に相手と己とを比較し、勝率をたたき出していた。何より、やはり痛いのは『剣』の言霊の不在。相手ともども満身創痍だが、手札の有無が祟っている。

 

「護堂!」

 

「護堂さん!?」

 

「ほう―――獲物が向こうからやってきたか」

 

 と、背後で声が聞こえる。見れば駆け寄ってくるはエリカと万理谷、遅れて銀髪をポニーテールで纏め黒と青(ネラッズーロ)の衣装に身を包む少女、リリアナ・クラニチャールも付き添う。そして状況を見るや否やエリカとリリアナ。二人は僅かに目配せをすると、ヴォバンに剣を向けつつ、戦線に加わる。

 

「二人とも下がっていてくれ! 危ないだろ!!」

 

「まさか。忘れているの? 私は、エリカ・ブランデッリは貴方の騎士よ。貴方の盾として剣として、どこまでも共に戦うわ。それに今こそ活躍を魅せるべき場面でしょう?せいぜい私の剣に見惚れると良いわ」

 

 不敵に言うのはエリカ。護堂と共にならび性質ながら軽口交じりに不遜な言い回しをする辺り、子の局面でも全くらしい(・・・)

 

「先ほどは御無礼を、草薙護堂。此処で人生を共に尽きるつもりはありませんが、今この時のみ騎士として汚名を返上いたしましょう。我が剣にかけて」

 

 エリカに背を預けるようにリリアナもまた戦列を共にする。構えるはエリカのクレオ・ディ・レオーネと対をなす魔剣イル・マエストロ。イタリアが誇る才媛二人は護堂を守護する騎士として護堂を庇うように並び立つ。

 

「護堂さん」

 

 再び、下がるように言おうと口を開きかけた時、凛とした声が気勢を削いだ。万理谷である。

 

「私の、私などのために怒ってくださったこと、そして、こうして侯爵に立ち向かってくださったこと。感謝してもしきれません。ですから、今はせめて、こうして共に戦わせてください。私一人が犠牲になるなどとはもう言いません―――今度は共に立ち向かうために」

 

「万理谷……」

 

 真っ直ぐと交わされる視線。その強い決意に思わず護堂は言葉を見失った。見るとこちらに視線を向けるエリカはウインクを、リリアナはすっと小さく肯いた。

 

「……これで負けたら、漏れなく全員地獄行きだな」

 

 苦笑するように笑い、立ち上がる護堂。

 

「その時は、その時。地獄でも何でも付き合うわよ」

 

 こんな状況でも軽やかに笑うエリカ。

 

 勝率など殆ど皆無。肝心の神殺したる護堂は満身創痍で立ち向かうべきは最古参ゆえに桁違いの地力を有する王。こちらもこちらで青息吐息だが、手傷を負った獣の方が遥かに恐ろしいとは先の戦いからよく分かっている。

 

「ふむ―――最後の算段はついたかね?」

 

 冷笑を浮かべることなく問うヴォバン。その顔には油断は決して存在せず、同族の王に対する惜しむこと無き闘気が満ちている。

 

「最後じゃない。まだ負けちゃあいないし、何より……諦めたつもりもない!」

 

 どんな劣勢においてもしかし貪欲に勝利を求める―――それこそが神殺し(カンピオーネ)ゆえに。草薙護堂は神殺しである、その命尽きるまで自ら敗北を語ることなどありえない。勝利の軍師を下した最新の王は吼える。

 

「くくく、成る程、良いだろう。ならばその奮戦を最後にしてやろう、さあ来るがいい! 未だ勝つというならば、その克己心を砕くまでだ」

 

 だからこそ先達としてヴォバンもまた溢れんばかりの闘気を示す。三戦越えて、未だその力は揺るがず。最古参に相応しい圧倒的な力を有する王もまたその挑戦を引き受ける。これより始まるは最後の戦い、此度の騒乱に蹴りを付ける為に踏み出して―――。

 

 

 

「―――無粋を承知で横入り御免、約束通りに尻拭いだッ!」

 

 

 

 地を駆ける雷撃。ヴォバン目掛けて繰り出されるは彼に並ぶ桁違いの呪力が含まれた稲妻だ。其れは顕身した神獣アルマティアによる《神速》の攻撃。完全に不意を打った一撃はさしも連戦を重ねたヴォバンでは流石に回避しきれず、直撃する。

 

「グッ、オオオオ!? おのれ……若造!!」

 

「応とも! 再会だなクソジジィ、さっき分、のしつけて返してやる!」

 

「ぬぅ、グウウウウウオオオォォォォォッ!!」

 

 怯んだ隙に一発、二発、三発と。崖を自在に駆け回る山羊のように、無形の神獣は稲妻たるその身をヴォバンに叩き付ける。その主、護堂やヴォバンに並んだ傷だらけの青年、『一人目』たる王が姿を現す。

 

「よォ、後輩君もとい色男! 青臭い青春劇とは見せ付けるねェ!」

 

「アンタは……! 閉塚!」

 

「遂に呼び捨てと来たか。まあ構わんが。邪魔するようで悪いが、手を貸すぞ。少年少女の決意に泥を塗るようでロマンチストとしては業腹だがな!」

 

 閉塚衛―――日本に住まう七人目の王にして護堂の先達。ヴォバンと先に合い争いそして、私用と称してクリームヒルトとの戦いに身を投じていた青年。

 

「いや、いい。正直助かる……助けるけど、なんかアンタ様子が可笑しくないか?」

 

 気勢を削がれたが実際問題、その手助けは蜘蛛の糸に等しかった。護堂は素直に感謝を述べつつ、妙にテンションが振り切れている青年に思わず首を傾げる。果たしてこの青年はこんな性格をしていただろうかと。

 

「あぁ!? 知らねえよ畜生! 間が良いんだが悪いんだがクソッタレ、明日から顔合わせづらいじゃねえかどうしてくれんだこの野郎!! それもこれも元はといえばテメエの所為だろうが、なあクソジジィィ!!」

 

 口調、極めて粗野。状態、極めて興奮状態。明らかに始め合った時の泰然とした雰囲気は幻のように消え、当り散らすように雷撃、雷撃、雷撃。半ば自棄染みた攻撃であるが、流石に戦歴に恵まれた神殺しとだけあって、狙いだけは正確無比。例え、事前あった出来事のせいで色々、かっとんでいても戦闘の理性は機能している。

 

「と、それと………ほれ!」

 

「うおッ!?」

 

「護堂さん!? 閉塚さん、何を!?」

 

 突然、何かを思い出したように衛は反転。雷撃を護堂に放った。完全に意識の外から放たれた一撃に護堂は真っ向から稲妻を浴び、その奇行に一番傍にいた万理谷悲鳴染みた抗議の声を上げる。

 

「って……あれ? 何ともない……それに」

 

「生命司る俺の権能、その活性の力だ。ついでに、お前から感じるよく似た気配(・・・・・・)の眼も覚まさせてやった。動きは俺たち(・・)で抑える。お前が討て」

 

 先ほどと一転して口早に、それでいて冷静に言い切る衛。用件を伝えるや否や再び怒涛の雷撃を放ちつつ、戦線に復帰する。

 

「『堕落王』の『母なる城塞』……! 回復能力まで備わっていたのね」

 

 見ると服はボロボロのままだが、目立った傷は全て消えている。それを見てエリカは戦慄するように、感心するように驚きの声を上げる。

 

「傷もそうだけど……この感覚は……」

 

 ドクン、ドクンと脈打つ心臓。絶え間ない生命の波動、それに伴い何処かから声が聞こえてくる。―――奮起する声、力を求める声、救済を求める声、義憤する声と。例え神殺したちによる人知れぬ激闘を知らずとも、列島を襲う脅威、嵐と言う名の災いに対する群衆の声が護堂に向って降り注ぐ、丹田から込み上げる熱。同時に思い当たる、一人目の王が残した「眼を覚まさせてやった」という言葉の真意を。

 

 そう、これこそが―――護堂の中に眠る新たな化身の力!

 

「―――義なる者たちの守護者を、我は招き奉る。義なるものたちの守護者を、我は讃え、願い奉る。天を支え、大地広げる者よ。勝利を与え、恩寵を与える者たちよ。義なる我に、正しき路と光明を示し給え!」

 

「ぬ? ―――これは!?」

 

 込み上げる新たな力。それに飲まれるぬよう制御しながら護堂はその力を発露する。神獣アルマティア。その稲妻に混ざる形で別の稲妻がヴォバンを殺到する。

 

 第九の化身『山羊』。ウルスラグナより簒奪した権能の掌握が進んだ結果得た新たな力の正体だ。群衆の声、あの老人を魔王を討てと虐げられし者が叫んでいるのだ。それは生者の声だけではない。『死せる従僕』として囚われたもの。ヴォバンの手によって殺戮され、あの世にも召されぬ悲運の魂ら。それらもまた、嘆きと怒りの残響を奏でている。総じて皆が言う―――嵐を討て、と!

 

「オオオオオオオ!? まだ余力を残していたかッ! 良いだろう、諸共に吹き飛ばしてくれる!!」

 

「俺がさせるかァ!!」

 

 その新たな力をヴォバンが喜悦の笑みを浮かべ、この逆境においてすら傲岸不遜に吼える。残された呪力を使い、雷を、雨を、風を、嵐を呼び込み、『疾風怒濤』の一撃を持って対抗する。だが、それをさせじとその威力を心得る衛が動いた。

 

「我は全てを阻むもの、邪悪なりし守り手。恐怖の化身にして流れ断つ者。豊穣は此処に潰えり、雨は降らず、太陽は閉ざされ、繁栄は満たされぬ。さあ、簒奪者よ、恐怖と絶望に身を竦ませよ、汝が怯え、汝が恐れた災禍が今再び、汝を捉える!」

 

 左手に宿す奇形の短剣―――ダヌとの戦いで得た呪力の流れを阻み、あらゆる力を封じる第三番目の権能。衛はそれを殺到する天災目掛けてぶん投げた。瞬間、天を衝くような轟音と膨大な呪力が激突する魔震。吹きすさぶ嵐は姿を消し、曇天より暗き雲が天を染め上げる。

 

「我が権能を封じたかッ!? それが貴様の切り札―――! だが、それがどうした! 我が嵐のみが取り柄ではないぞ!!」

 

 『疾風怒濤』の権能が封じられる。予想にしない事態にもされど最古参はうろたえず。次の瞬間には次の一手に動いていた。変貌していく人型、そう、この王には護堂の『白馬』を喰らい、衛の結界すら軋ませる『貪る群狼』の人狼形態が残っている。

 

「いいや、これで詰みだ。反撃なんてさせるもんかよ。こっちはいい加減、お前の馬鹿さ加減にはウンザリしていてね。というわけで、任せた!」

 

「―――はい、任されました」

 

 そうして衛は本当の切り札を切った。

 

「何!? 貴様は―――!?」

 

「再びお眼にかかれましたね。ヴォバン侯爵……貴方が四年前の雪辱を誓ったように、私にも晴らすべき雪辱があるため、ここに推参仕りました。お覚悟を!」

 

 刀を携え、現れる真の切り札……姫凪桜花。人の身には有り得ざる呪力の猛りを刀に乗せ、ヴォバンの懐に踏み入っていた。

 

「嗚呼、なんと哀しきことであるか。勇猛なる勇士は血の海に倒れている。その誉れある剣は振るわれず、果敢なる盾は機能せず、その一撃は不意を打つべく放たれている。嘆かわしき哉、貴方は暗殺されたのだ。ならば私は、その殺害に復讐すべく剣を振るおう―――!」

 

 刹那、刀に浮かび上がるは無数のルーン文字。同時にただの名刀は、神すら断ち切る復讐の妖刀へと成り果てる。第四権能……未だ全容知らぬその力は主が受けた傷に比例して威力を、呪詛の効力を高める復讐の剣。即ちは、ダメージの返却。

 

「ぐっ、おのれ……!」

 

 刀が振るわれる。途端、身を襲う激痛に溜まらずヴォバンは膝を付く。当然だ、如何にヴォバンとて衛に向けて、ほぼ全力で振るった『疾風怒濤』の一撃。それを浴びて、立っていること等、不可能だ。よって此処に遅延が起こる。『貪る群狼』の発動遅れ、ヴォバンが動けなくなった隙を―――。

 

「これが最後―――我、地上を流離う者! 天上に言霊を届ける者! 冥界すら下る者! 我が伝令の足は疾く目的地へと赴き、縦横無尽と地を天を冥界を歩み往く―――そら、一世一代のチャンス、年長者からの施しだ。往けよ、後輩ッ!」

 

「人と悪魔―――全ての敵と敵意を打ち砕く。それこそ我なり!」

 

 訪れた勝機を、神を殺した貪欲なる者が見誤るはずもなく、ヘルメスの権能にて桜花の手を取り、衛が勢力圏(・・・)から離脱する。そして零に等しい時間差で護堂は残された呪力をほぼ全て削ぎこみながら言霊を唱える。

 

「グオオオ! オオオ、オオオオオオオオオオォォォォォォォォ!?」

 

 黄金の雷が地上一切を染め上げる。衛が封じたことにより使えなくなった『疾風怒濤』、それらが呼び寄せた雷雲を触媒に降り注いだ一撃がヴォバンを直撃する。億ボルトを越え、強烈な熱量を伴う雷は人狼に転ずる間もなく浴びたヴォバンの身を焼いていき―――。

 

『チィ―――ここまでかッ!!』

 

 憤怒すら窺える、一言。光が完全にヴォバンを覆い隠す刹那、大気の呪力が僅かにブレた―――光無くなる頃、ヴォバンの姿は何処にもなかった。




っく、後四十分ぐらい足りなかったか(23日投稿)

これにて原作二巻辺り終了。
次回エピローグやってようやく終わりだぜ。
長かった、本当に。
もう二度と戦闘シーン連続とかやんないわ。


第四権能に関してはまた後日、適当な日に詳しくということで。

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