極東の城塞   作:アグナ

2 / 56
注)作者は神話についてきちんと調べますが、ぶっちゃけ原作のアレほど正確かつ詳しく書ける自信が皆無ですので、ガッチガチな神話のうんちくを期待している方はどうか生暖かい目で見ていただけるとありがたいです。




閉塚衛

「頭が痛いとは正しくこのことですよねえ」

 

 積み上げられた資料から一つの……丁度、数時間前にイタリアの《赤銅黒十字》という魔術結社から提出された資料のコピーに軽く目を通し、正史編纂委員会がエージェントの一人、甘粕冬馬はため息を吐いた。

 

「いやはや、王が生まれること事態前代未聞なのにそれが二人目とは。ウチの重鎮(爺婆)たちは早速、どちらに付くかで揉めているよ。因みに優勢は閉塚くんだね」

 

「でしょうねえ。経験(キャリア)も戦歴も新参者の王より遥かに優っていますし……書面通り(・・・・)に受け取れば、ですが」

 

 そんな彼と会話を繰り広げるのは『正史編纂委員会』が東京分室室長にして次期委員会トップを担うとされる才媛、沙耶宮馨。

 委員会重鎮四家が沙耶宮家の次期当主でもある。

 

「最も彼らが型に嵌められる様な存在でないことを僕達は重々承知している。その辺りを理解していない方々が勝手に始めた陣営争いだけれど……」

 

「無視は出来ないと。特に閉塚くんの場合、姫凪さん繋がりでどうしても九州方面が優遇されていますからねえ。権力者の多い京都方面に集う重鎮方からすれば面白くないんでしょう」

 

「特に偉ぶっているわけでもないのに勝手に劣等感を感じる辺り、本当に面倒くさい」

 

「……の、割には楽しそうですねえ」

 

「そう見えるかい?」

 

 にやりと笑う馨に甘粕は過労を予感し壮絶に嫌そうな顔をする。

 

「我が国に生まれた『二人目の王(・・・・・)』。特ダネも特ダネ、さぞ僕達委員会も含め、『民』も『官』も混乱するだろうね。そうすれば色々と整理する(・・・・)のに丁度良い機会とは思わないかい?」

 

「………」

 

 馨の言葉に甘粕は頭痛がする思いだった。

 ──そう、彼女は生粋の快楽主義者。加えて嘘付きであり、悪戯好きであり、女ったらしである。……因みに彼女の性別は女であるが、見格好を男物の服で着飾ってある辺りに察せられる部分はあるだろう。これが恐ろしく似合っているので初見ではパッと見、美少年にしか見えないが。

 

「どちらにせよ、兼ねてから組織の整理はしようと思っていたんだ。『二人目』が誕生したのは都合が良い。それに幸い、我らが一人目の王様は好戦的な性格の持ち主ではない。こっちで上手くバランス取りさえできれば日本を舞台に東西決戦! なんてことにはならないはずだ」

 

「……そういうの口に出すと現実に成りかねませんよ。確かに専守防衛が専売特許ですが、逆にいうと攻め込まれると容赦はしない性格をしているということです。こっちに無くとも向こうがその気であった場合はそれこそ本当に東西決戦になりかねません」

 

「そうならないためにも変な気を起こしそうな輩をさっさと整理するのさ。僕としては既存体制を維持するより、いっそ新しく構築する方が早い思うし、何より」

 

「何より?」

 

「―――そっちの方が面白いだろう?」

 

「ハア……」

 

 ニヤニヤとする沙耶宮に嫌な予感が当たりそうだとため息を吐く甘粕。

 とはいえ、どちらにせよ、動くにも動かないにも一波乱あるのは間違いない。神殺しが同じ国に同時に存在するなど前代未聞。どうあれ、混乱は免れない。ならばこの機会を好機と捉え、少しでも風通りを良くしておく方がマシである。

 少なくとも事態を好転させるために利用した方が得策だ。

 

「ですが、そういきますかねえ。こちらはともかく向こうはどうも既に《赤銅黒十字》と随分と親しいようですが、ほら。愛人の件とか」

 

「エリカ・ブランデッリか。まあ、大丈夫じゃないかな。向こうも向こうで才媛だ。どれくらい『やれるか』はまだ分からないけど。少なくともイタリアの王との折半を上手くした辺りいる方が都合が良いと思うよ。向こうもまずやる事は自分たちの陣営を作り始めることだろうし、そうすれば……」

 

「成る程。とことん利用する気でしたか」

 

「そういうことさ」

 

 下手に王に介入されるより政治(そういう)方面で有能な副官が動き回ってくれた方が返って都合が良いと沙耶宮は言う。何より、平和的だ。

 

「ついては君には今以上に色々なところに駆け回ってもらわなければならないけど──」

 

「……残業手当はどれ位で」

 

「──君は運が良いね。我らが王は不敬を労働で返せと寛大な処置をくれたのだから」

 

「はっ?」

 

「興味深い話を聞いたよ。我らが王をロクデナシ呼ばわりした挙句にヒモ扱いしたそうだね」

 

「…………………え」

 

 サーっと青褪める過剰労働公務委員(危険手当、生命保険過多)。

 そう、それは先日の秋葉原でのこと、共に趣味の最中、リラックスしていたがゆえに冗談交じりでポロッと呟いてしまった感想。

 慈愛溢れる聖女のような笑みで沙耶宮はポンと優しく甘粕の肩に手を置き、聖女の笑みのまま悪魔の一言を言う。

 

「手当ては、また(・・)上乗せしておいて上げたよ。精々、頑張ってくれ」

 

 どっかのオフィスの一室で悲哀を誘う憐れなサラリーマンの悲鳴が響いた。

 

 

【グリニッジの賢人議会に提出されたクレタ島の事件に関する報告書】

 

 先日より、続くクレタ島を中心とした嵐の原因は調査の結果、嵐に纏わる『まつろわぬ神』によるものであると判明した。

 

 この七日七晩振り続ける豪雨、暴風、雷……そしてこれらと並んでクレタ島での異常な作物の成長とそれが起こした島全体の密林化から現在、クレタ島を中心にその近隣では二柱の『まつろわぬ神』が激突していると思われる。

 

 当局の現地調査員の報告より嵐の神をギリシャ神話が主神、ゼウス神。

 島全体を密林化し、ゼウスと相争う神は、名前こそ不明なもののその権能と曰く山羊の造形から何らかの『蛇』に纏わる豊穣神であると考えられる。

 

 今後の被害拡大も考えられるため、引き続き厳重な警戒と監視体制を維持し、万が一の場合は近隣の神殺しへ討伐依頼を行なうことも念頭に調査を続行する。

 

 

 

【王立工廠より提出された七人目の王に関する資料より抜粋】

 

 アルマテイアはギリシャ神話に名高きゼウス神を育てた山羊です。

 彼女は豊穣に纏わる女神であり、伝承に曰く、未来における破滅を予見されたウラノスはいずれ神々の王となるゼウスをクレタ島はイーデー山の洞窟に捨て、それを見たアルマテイアは捨てられたゼウスを憐れに思い、乳と果実を持って彼を育てました。

 この功績より、後にアルマテイアはゼウス神より星座に、山羊座に召し上げられたとされます。

 

 アルマテイアは神話に曰く、ゼウス神を育て上げた功績として原初のユニコーンとしてその存在を昇華したとされます。

 またゼウス神が他にナイル川を初めとした土地や川を育て、ゼウス神の他にも神ディオニューソスを初めとした神を育てたことより神々の母ともいえる存在でした。神々を育て、土地に豊穣を齎す角を象徴に持つ豊穣の神。

 それこそがアルマテイアという地母神であり、七人目の神殺したる閉塚衛が殺害せしめた神です。

 

 

 

【正史編纂委員会より提出された閉塚衛に関する資料】

 

 現在、その手に二つの権能を収める七人目の王が保有する第一の権能『母なる城塞(Blind garden)』は攻守二つの姿を持つ権能です。

 

 女神アルマテイアより簒奪したこの権能は豊穣を司る稲妻を以って強力な結界を張り巡らせ、あらゆる外界からの干渉を遮断する能力を持ちます。

 また、結界内での土地そのものを支配下に置き、動植物を眷属として使役する能力を持つため、この権能は守りの形態を取れば忽ち堅牢な城塞の如き守りを再現することを可能とします。

 

 攻撃によれば女神アルマテイアを神獣として使役し、神速を持った雷の攻撃を可能とします。

 他にも、稲妻の神獣となったアルマテイアの本質は鎧であり、その身に纏わせることで先の城塞化と同じように極めて限定的な己の身を守りぬく絶対防壁を築くことも可能であり、この権能の本質が守りにあることは論ずるまでも無いでしょう。

 

 かの女神より簒奪したこの権能が豊穣の他に雷の形を持つのかについてはゼウス神縁の神である他に、日本では稲妻とも書くように豊穣と雷が極めて親しい関係にあることが上げられます。

 雷が落ちた土地では豊作が確認されることが多く、そのため雷は神々に対する畏怖と共に恵みを齎すものとされることが多く、稲(日本の豊穣の証)の妻という言葉が残ったといいます。

 アルマテイアの権能が雷を司る形として顕現するのはこのことに関わっているからだと我々は推察します。

 

 また七人目の王、閉塚衛は今代の王と比べ極めて温厚な王であることは既にこの資料に目を通す方々には既知のことでしょう。

 第一権能が守りの権能であることから示すようにかの王は常に専守防衛を心がけた存在であることは周知のこと。それはクレタ島調査にて鉢合わせたかの『黒王子』との一件より判明していることですが、しかし忘れてはならない。

 彼もまた神を殺害せしめた王であることを。

 専守防衛とはそれ即ち、無力に非ず。彼もまた神殺し、無用に手を出せば眠れる獅子に噛まれることを忘れてはならないのです。 

 

 

………

……………

…………………。

 

 

「あん?」

 

「どうしたんですか? 衛さん。突然首を傾げて……」

 

「いや……」

 

 学校帰り二人は秋葉原は電気街……俗に言うオタクたちの聖地にいた。

 趣味をゲームとする衛が行きつけの街であり、また桜花にとっても『正史編纂委員会』の分室があるため時たま訪れる縁ある街だ。

 

「なんか、センサー(・・・・)に引っ掛かってな。どっかに神獣か何かが出現したかもしれない」

 

「委員会からは特になんの連絡もないですけど……でも、それならことがことですね。何処に出現したとか分かりますか?」

 

 キリっと戦いの気配に堅い表情を取る桜花だが、それに反して衛は解せないという顔で戦いに挑む気を見せない。

 

「さっきの気配……神器か? 今は収まったから辿れないが……つーか、これもしかして同族の気配か? 噂の剣バカが攻めてきたとか?」

 

 ムムッと暫く衛は感覚を研ぎ澄ますかのように瞑目し額に皺を寄せていたが、やがてふっと、脱力して軽く伸びした後。

 

「──ま、いっか。ことがことなら向こうから勝手に面倒ごとが舞い込んでくるだろう。それより軽く軽食でも食おう。飯には早いが腹が減った」

 

「はっ? ……って、全然大丈夫じゃないです!? 騒乱の気配がするなら収めなくては!」

 

「無理無理。俺を誰だと思ってる? 天下無敵の傍迷惑、問題に飛び込めば問題をさらに大きくする歩く天災、神殺し(カンピオーネ)だぞ? こういうのは経験則上、問題が起きてから動いた方が良いんだよ。起こらないなら起こらないに越したことないし、関われば返って悪化する、なんてことにならないようにしないとな。神殺しは起きた問題に関わった方が面倒は少なくて良いんだよ」

 

「とか言って本当は面倒くさいだけなんじゃないんですか?」

 

「それもある」

 

「寧ろそれしかないって顔じゃないですかぁ!」

 

 キリッと無駄なキメ顔を浮かべつつ、イイ笑顔で言う衛。

 不覚にもちょっとカッコいいと一瞬思ってしまった桜花は僅かに頬を赤らめながらもツッコミを入れる。

 

「全くもう、全くもう! 少し格好良いなと思ったのがバカみたいじゃないですか」

 

「クソニートに格好良さは求めんでくれ。平時ぐらい(おら)ぁ『普通』で居たいのさって、アレ? このギャルゲー、甘粕が勧めてきた奴か」

 

 桜花との会話もそこそこに嬉々として愛らしい女の子たちのイラストが描かれたゲームパッケージを手に取る衛。

 その姿は神殺しと呼ばれる人類最強の一人であるようにはとてもではないが見えない。

 

「……むー」

 

「へえ、内容は不遇の姫と新撰組の副長が生まれ変わりとされる少年ね。姫様と特別な力を持つ主人公とはまた有りがちな……」

 

「むー、むー」

 

「ふむふむ、プラチナブロンドの美少女がメインヒロインとは……この絵師、まさかあのラノベの絵師か!」

 

「むぅぅぅぅ」

 

「へえ、敵勢は復活した英雄か……カエサルとか戦記ものでどうやって倒す気だよ。しかも英国のエドワード黒太子まで、百年戦争の英雄様に加えてリチャード王もか。日本側は、殆どローマに組み込まれてんじゃねえか……。しかし腹黒ヒロインか。悪くない」

 

「むー! むー!」

 

「痛って、ちょ、叩くなよ。何だよ」

 

 『年代記軍勢(クロニクル・レギオン)』と名付けられたギャルゲーにしては厳ついタイトルのゲームに衛が目を通していると桜花がバンバンと背中を叩いてくる。

 

「神獣が出たとか言う割には暢気さんですね。それにそんなイラストの女の子ばかり見て」

 

「だから俺が動くと返って面倒になるって言ってるだろ。免罪符であることは否定しないが幾らか本心であるのも事実だ。神殺しっていう奴は問題を見つけて突っ込むと十中八九面倒ごとになる。英国のアレクが代表格だろう」

 

 イギリスに拠点を持つ神殺し、黒王子ことアレクサンドル・ガスコインは研究者気質の冒険家という性格からしょっちゅう遺跡や珍しい神器に関わっては神様関係の事件を引き起こすことで有名で、気質こそ戦闘狂のヴォバン侯爵と比べると優しいほうだが傍迷惑さでは流石に神殺しといわれるほどには事件を巻き起こしている。

 

「だから自分からは動かない。大体、人死やら災害に繋がるんならさっさと甘粕辺りが俺らの目の前に現れてるって。なんで、そうなるまでは俺もただの一般人。それ相応の日常を過ごすだけさ」

 

 ひらひらと気まぐれな猫のようにいつもの調子で来馴れた街をぶらつき出す衛。しかし、数歩歩いてふと、何かに気付いたように振り向いて、

 

「……なんですか?」

 

「もしかして、お前の不機嫌って、神様がらみの事件うんぬんじゃなくて、構ってくれなくて不貞腐れてるとか?」

 

「なっ!?」

 

 突然、ずばり本心を突かれた桜花は思わず驚きを口にする。

 この街に来てからというものゲームに目を向けるばかりで一緒に出かける桜花に全く構ってくれなかったため、問題を棚上げする態度よりもそちらに対して不機嫌だった桜花。それを、この朴念仁は神殺し特有の野生で当てて見せた。

 ……普段、彼女の本心は全く気付かないのにこういう時だけ察知するのが早い。

 

「……ほほう。ほほーう、いやあ悪い悪い気付かなくてホントゴメンな。大丈夫大丈夫、お前さんが一緒だってことちゃんと覚えてるから」

 

「ちが、違います。私は別に……!」

 

「そっかー。じゃあ仕方ないなァ。電気街はこの辺りに昭和通りでお茶でもするか。桜花は甘いもの好きだったろう、丁度向こうはスイーツ店もそこそこ多い。このままデートとシャレ込もうか」

 

「デっ!?」

 

「任せろ! 俺はニートだが、エスコートぐらい務めてみせるさ。教材(ギャルゲ)はめちゃくちゃやり込んだからな!」

 

 フフンと自信有りげに桜花の手を引きて、こちらの答えも聞かず歩き始める衛。

 さり気無く手を握られた桜花は不意討ちにいよいよ顔を赤らめ、電気街の住民は己の庭に現れた場違い(リア充)の気配に殺意と殺気を露わにする。

 

 随分と殺伐とした衆目の中、楽しげに笑う衛と黙して付き従う桜花は平和な日常を過ごすのであった────。




2019/10/07(改行弄り)

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。