極東の城塞   作:アグナ

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ようやく確保できたぜ執筆時間。

アレでも何か、よう実の二次を殴り書きしたりカクヨムの様子を見に行ったりしていた記憶があるような無い様な……。

まあ、細かいことは気にしない気にしない。
ガルパのイベで忙しくなるだろうし、ここらで話を進めておきたい(進むとはいっていない)

後、戦極姫5、面白い。兵を集めて圧殺、最高。
私はね、敵と戦うときは二倍以上の戦力を持ち込むんだ。


宰相会談

「顔合わせ?」

 

『ええ。沙耶宮さんに取り合わせ願いたいと頼まれまして。既に先方、草薙さん……というかエリカ嬢からも了承を得ているそうで。それと出来れば『女神の腕』からも一名人員を出して欲しいと……』

 

 それはヴォバン襲来事件より数日後のある日。珍しくゲーセンという野外に繰り出していたニート、もとい日本が誇る『一人目』の王である閉塚衛は出先で甘粕からの電話に応対していた。

 

『っていうか聞こえてます? そちらの声が周りの音で全然聞こえないのですが……』

 

「仕方ないだろ、ゲーセンだもん。しかもリズムゲームブース。ていうか現在最高難度の『騎士の夜』に挑んでる最中なんだけど?」

 

 衛は某コミケ発の有名な弾幕ゲームの音楽アレンジを導入したリズムゲームに挑戦中だった。

 

『そうですか……ん? ちょっと待ってください。今電話に出てますよね?』

 

「ああ、そうだな。それが?」

 

『携帯、片手で持ってますよね?』

 

「だから、なんだよ?」

 

『え? 最高難易度の『騎士の夜』ですよね?』

 

「うん」 

 

『まさかとは思うんですが……片手で』

 

「当然だろ。寧ろそれ以外でどうやるんだよ? これタッチパネルタイプだぜ?」

 

『マジですか、嘘ぉ。どんな音ゲー達人(ゴリラ)ですか……』

 

 衝撃的な事実に軽く口調が崩れる甘粕。リズムゲームに触れたことがあるならば衛が言っていることがどれだけ無茶苦茶かがよく分かる。少なくとも初心者程度が出来る絶技ではないことは間違いない。実際、衛は気付いていないが後ろのゲーマーたちがパシャパシャ撮ってたりする。

 

『ていうか今更ですが出先とは珍しいですね。普段はコンシューマー派でしょうに』

 

「ああ、ちょっと偶には外出たい気分だったって言うか……アレだ。衝動的にリズムゲームがやりたく……」

 

『桜花さんですか』 

 

「おっとォ!?」

 

 コンボが途切れる。GOOD表記。後ろで「あぁー……」という如何にも惜しいと副音声で聞こえてきそうな同士たちゲーマーの声。

 

『図星ですか。察するに何かありましたね?』

 

「いやいや、別に何にも? 俺と桜花はいつも通りですとも」

 

『そういえば……ヴォバン侯爵が来襲した先日の事件、桜花さんも珍しく戦場に馳せ参じていたとか』

 

「なっ……い、いやあ、流石の俺もクソジジイ相手じゃ手こずりそうだったから……」

 

『身内に過保護な人の言葉とは思えませんねェー。桜花さんといえば祐理さんと同じく四年前のヴォバン侯爵が執り行った儀式に居合わせていましたね。衛さんとの縁は丁度、その頃からだったとか』

 

「……何が言いたい」

 

『吊り橋効果』

 

「チィ、聡い奴め……!」

 

 思わず毒づく衛。因みに電話中にも片手を動かしつつ、一GOODに抑えながらも見事『騎士の夜』クリア。スクロールも適当に、衛は甘粕と会話を続ける。衛は見ていないが、その適当で選ばれたのは先の曲と同じコミケ発の某ゲーム音楽アレンジ。『最終鬼畜妹』。背後で歓喜が響く。

 

『アッハッハ、そうですか。あの衛さんが決意しましたか。それは目出度いですねェ……爆発しろ裏切り者め(ボソ)』

 

「聞こえてるぞ」

 

『で? 告白はやはり桜花さんですか? 衛さんが受けるとすると確実に逃げ場を消された場合に限るでしょうし? 問題は何処までいったかですかねえ。桜花さんはアレで肝が据わっていますし、意外といく所までいっていたり、そこのところ是非お聞かせ願いたいです』

 

「下衆の勘繰りっていうんだよそういうのを」

 

『いやあ、一応組織の人間としましては王のお目出度い話となるとお目出度いだけでは済ませられませんから。国内での勢力図とか政治とかに関わる重要案件なので。管理する立場といたしましてはどうかお聞きしなければならないと』

 

 先日、遂にと言うべきかようやくと言うべきか付き合い始めた衛と桜花だが、甘粕の言う通り、何もこれは目出度いだけの話ではない。

 

衛と暫定とはいえ婚約者候補となった桜花の立場はつまるところ神殺しの妻、即ち王妃である。

 

 そうなれば九州に住まう一介の巫女である桜花の立場もこれまでとは全く異なるものへと変わる。最も、人付き合いの悪い『一人目』の王の側近であったことから元々、本人の意思に関わらず相応の発言力を有していたのだが王妃となれば話は別だ。

 

 王妃とは、王の伴侶……主従ではなく親族、しかも王妃ともなれば王に対して直接の発言権を有する数少ない存在になったということだ。それも仮とはいえ《正史編纂委員会》に身を置く巫女が、だ。

 

国内の『官』の呪術者たちは黙って居まい。必ず彼女と親しくなろうとアプローチをかけてくる筈だ。

 

 既に周知のように《正史編纂委員会》と衛は両者が両者『同盟』という結びつきで手を繋いでいるのであって完全な味方とは言い難い。今回のヴォバンの件でもそれはハッキリと分かる。

 

 あくまで関係は利害の一致から。少なくとも身内と称して守る対象に入るのは電話先の甘粕であったり、沙耶宮であったり、恵那であったりと個人であり、その守護は組織に向いていない。

 

ならば必然、より強い結びつきを求めるのは当然であり、桜花は正にそれに適した人材に成り得たということだ。

 

「というのが言い分で、言葉から個人的な喜悦が滲み出ているように感じるんだが?」

 

『いやあ気のせいですよ。こちらはただネタが欲しいだけです……あ、勿論、組織のためのネタですよ。ええ、他意は在りませんとも』

 

「寧ろ他意しかないように聞こえるだけど?」

 

『自意識過剰ですねェ。そんな恋人付き合いだけで大げさな。恥ずかしがり過ぎですよ』

 

「そうかー、俺の自意識過剰かー」

 

『はい』

 

 アッハッハと白々しい両者の笑いが響く。勿論内心は、「デバガメめ……!」「リア充め……!」という両者が両者それぞれ羞恥と嫉妬から来る怒りで濡れているが。

 

「話は変わるが、その『会談』だっけ? なんでウチの面子が必要なんだ? ウチの……というか俺のスタンスは相変らず勝手にそっちでやってくれなんだが……」

 

 衛の言う『会談』。それは兼ねてから《正史編纂委員会》そして護堂の騎士であるエリカが水面下で動き、ようやく形となった会合のの事だ。

 

 『一人目』と『二人目』。両者の思惑がどうあれ、現在日本には二人の王がいる。それによる弊害は既にエリカが語った通り、組織の頭となる人物が二人も居れば否が応でも混乱が起きるというものだ。

 

 そこで、その辺りの事情をハッキリさせるため両者が組織……というよりエリカと沙耶宮はその方針を話し合う『会談』を行うことを双方で合意したのだ。

 

 舞台には当事者である衛や護堂。そしてその補佐、政治的なやり繰りを務めるエリカ、沙耶宮が参加することが決まっている。その他にも話し合いには甘粕、万理谷、桜花といった側近らも参加する予定だ。

 

 だが、両王、というよりエリカと沙耶宮が方針を話し合うというならば『女神の腕』の存在は無用に、寧ろ邪魔になるように思える。加えて、『女神の腕』の方針は衛の方針そのものであり、ひいては今まで通りの専守防衛、そのために必要な行動に留めるというのがスタンスなのだが。

 

『いえ、そこは恥ずかしながら組織の政治がアレコレと。ぶっちゃけ言ってしまうと私たち……《正史編纂委員会》は今回の事件でかなりの部分助けられてしまいましたからね。それについては本当に有り難いことです。ですが、組織としては個人のお礼じゃ済まされないところもありまして……』

 

「……ああ、面子の問題か」

 

 何せ、国内問題を国外同然の組織が気付くより早く対応し、尻拭いまで務めたのだ。此処で、何の組織としての礼も見せず終われば、それこそ完全に面子は丸つぶれだ。ゆえに形はどうあれ、正式なお礼を組織に対して行なわなければならないのだ。衛は意図を察して面倒くさそうに呟く。

 

『お恥ずかしながら。それに今回の件を踏まえ、また王直轄の組織ということもありましてここらでお目通りした方が後々、便利と言うこともあり、今回は『女神の腕』の方々にもご参加願いたいという話になりましてね』

 

「そういうことなら了解。話が出来る奴でいいんだろ? 一応、日本で取り仕切っている奴連れてくからそういうことで」

 

『まこと、王にはお手数をお掛けしますことを……』

 

「あー、そういう堅苦しい礼は良いんで。ていうか壮絶に似合ってないぜ? 甘粕サン」

 

『ですよねー、私としてもこういうのは苦手なんですが、そこもそれ、組織の面子といいますか』

 

「管理職は大変だねえ。……沙耶宮に煩いのがいれば俺の名前で黙らせて良いと伝えてやってくれ」

 

 電話の向こうでひらひらと手を振る素振りが幻視できるほど、如何にも適当と言う素振りだが、こういった事情に興味がないだろうにも関わらず平気で名前を出して良いという辺り彼の性格が滲み出ている。

 

『相変らず過保護ですねェ。無意識なのか意識してなのか』

 

「ん、まだ何かあるのか?」

 

『いえいえ、持つべきものは温厚且つ寛大な神殺しであるなっと』

 

「神を殺している時点で温厚も何も無いと思うけどなー」

 

『それ、他ならぬ貴方が言うことですか?』

 

「甘粕が振ってきたんだろう」

 

 伝えることを伝え終わったがためか、いつも通りのダラダラとしたやり取りに移行する二人。少なくとも会話の内容は重要案件だったのだが、政治はどうでもいいと部下に放り投げている衛と優れた上司が請け負っているため身体を動かすだけで済む甘粕とではやはり、芯から考えるほど重要な事柄ではないのだろう。

 

 何とも気の抜ける会話だが、こうして衛は『会談』に参加することを確かに了承し、長らく一部の者たちしか知らなかった、衛直轄の組織『女神の腕』も初めて表舞台へと上がるのだった―――――。

 

 ―――因みに、片手間に挑んでいた続く二曲目は見事、フルコンボ達成。背後で感心するような歓声が上がったそうだ。

 

 

 

 

 双方の了承を経た結果、『会談』は丁度、衛が了承した三日後に行なわれた。場所は七雄神社。芝公園と東京タワーが程近い場所に存在する神社で、大通りにこそ面しているものの細道を抜けなければ見つけられない知る人が限られる神社だ。

 

「お初にお目にかかります。私は《正史編纂委員会》東京分室室長を務めております、沙耶宮馨です。本日は私達のお招きに頂き―――」

 

「えーと、そういう堅苦しいのは苦手で、その、それに俺の方が年下ですし……」

 

 エリカとそして祐理を連れ立って、訪れた護堂がまず最初に見たのは既に面識のある《正史編纂委員会》のエージェント、甘粕冬馬。それに加えて、見覚えのない……グレーのシャツにネクタイ、男物のスラックスと所謂『男装』姿の人物が護堂らを迎え入れる。その名を沙耶宮馨と名乗る人物は護堂の返答に『ではそのように』と軽く応じた後、『会談』の舞台となる社務所へと先導していく。

 

「偉そうにしろとまでは言わないけれど、誰かれ構わず下手な態度を取っていると甘く見られるわよ?」

 

 開口一番、年下と言って遠慮した護堂にエリカが諫言する。

 

「俺はただの一市民なんだ。仰々しいのは苦手なんだよ」

 

「護堂はもう少し自分を自覚すべきだとは思うけど。神を殺しせしめた戦士が一般人の筈ないじゃない。この間のヴォバン侯爵の件でも散々暴れまわったのに」

 

「あれは……! その仕方がないっていうか……大体、俺はそこまで酷くなかったぞ! 今回の件に関しては」

 

「あら? 少しは自覚が出てきたのね。『今回に関しては』なんて……少し前の護堂ならそれすら付け加えなかったでしょうに、これはいい傾向と見るべきでしょうね」

 

「ああ、いや、違……」

 

 自分の失言に小憎たらしい悪魔の笑みを浮かべてエリカが言う。……確かに『今回に関しては』なんて付け加える辺り、いつもいつも尋常ならざる破壊活動を齎していることを自覚し始めているのかもしれないと護堂は無意識下の自分の判断に戦慄する。

 

「甘粕さん、閉塚さんはどちらに? まだ来ていらっしゃらないのですか?」

 

「もう既に中ですよ。桜花さんとそれから『女神の腕』を連れ立って先ほどに」

 

 一方、そんな護堂とエリカのやり取りを傍目に祐理は四年前の恩人にして一度だけ面識を持ったもう一人の王について甘粕に聞いていた。さして隠す様子も無く応じた甘粕の言葉に答えたのは聞き耳を立てていたエリカだ。

 

「『女神の腕』……『堕落王』直轄組織の人員ね。どういった人だったか教えてもらっても構わないかしら?」

 

 今回の件より以前より、《正史編纂委員会》や閉塚衛とその直轄『女神の腕』について無論、エリカは独自に調べを進めていた。一応、その成果として先導する沙耶宮馨の家、例えば沙耶宮家など《正史編纂委員会》を取り仕切る中心となっている家を纏めて『四家』と呼ぶことや公家が中心の組織であること、さらには大騎士クラスの使い手が何人か存在していることなどと情報を仕入れていた。

 

 しかし、『女神の腕』については全くと言うほど情報が掴めなかったのだ。そも、欧州では名は愚か、存在すら聞き覚えの無かった組織であり、友好的な《正史編纂委員会》ですら実態は知らないという組織だ。如何に敏腕と称せるエリカであろうと、彼らの影を踏むことは出来なかった。

 

 ゆえに興味と情報収集を兼ねて甘粕に問いを投げたのだ。対して、甘粕は特に隠す素振りも無く率直な意見を口にした。

 

「どういった人ですか? ふむ、驚いた。というのが一つ。それから成る程、という納得が次に思った感想ですかね? まあ『裏』に関わるものならではの見落としと言うか、そもそもその可能性は考えてなかったというか。情報操作がお家芸ならば考えて然るべきだったのですが……ともかく会ってみれば分かりますよ」

 

 いまいち煮え切らない感想にエリカだけではなく護堂や祐理も、思わず顔を見合わせながら首を傾げる。はて、驚いたとは一体……? その疑問を口に出すより早く、先導していた沙耶宮がクルリと振り返り、

 

「さあ、この先です。どうぞ、既に『一人目』の王にはお待ちいただいて居りますので」

 

 社務所入り口から靴を脱いで入り、廊下をそのまま進んでいくと一番奥の襖まで沙耶宮先導の下、案内される。

 

「―――来たか、何日振りだな後輩くん」

 

 襖を開けるとそこには三人の男女……その内の一人、先になし崩しの共闘を演じる羽目になった日本に住まうもう一人の王『堕落王』こと閉塚衛が肩を竦めながら足を崩して畳の上に居座っていた。

 

「話し合いだろ、ま、取り合えず座ろうぜ……っと、思ったんだが沙耶宮。これ、どっかの料亭かなんか取った方が良かったんじゃないか? いまいち格好のつかない畳じゃ『会談』だし、それにそちらのお嬢さんに正座は辛いだろってな。まあ、その辺りの礼儀を気にするわけじゃあないんで、崩して全然結構だが……」

 

 お嬢さんというところでエリカを見る衛。確かに日本人文化の畳での重鎮会談は正座を要求するため外国人には辛いだろうし、言い方の差違あれ、床に座って『会談』というのも格好がつかない。

 

「それについては申し訳ない。何分、色々な面で急な会談だったものでね」

 

「そう急ぐもんでも……一応あるのか? まあいいや、普段から言ってるけどその辺りはそちらさんの領分だし? 俺が口出すことでもないだろ」

 

 肩を竦めながら言う衛。少なからず親しげな口調から二人の仲が悪くないことが窺える。また、両者気安い点からある程度、知り合っている関係なのだろうと。二人の関係から両組織の繋がりに関して、エリカは目ざとく観察する。

 

「そのお心遣いに多大な感謝を。そして応じて下さった事に改めて感謝いたします、我らが王よ」

 

「止めろ、鳥肌が立つ」

 

「では、いつもの通りに。面倒くさがらず来てくれて感謝するよ閉塚くん?」

 

「言っておくが俺はただ聞いてるだけだかんなー」

 

 ぶらぶらと手を振り、衛はいよいよ手を後ろに衝き、足を伸ばすように崩してリラックスの体勢を作る。欠伸混じりな辺り本当に興味がないのだろう。

 

「『会談』やんだろ、ほら。座った座った」

 

「衛さん、マナーが悪いですよ?」

 

「今更だろ。寧ろ却ってやり易い。下手に口出されるより領分を弁えてくれている方が周りをフォローする身としちゃあな……おっと紹介忘れてたな。俺は春日部蓮でこっちが姫凪桜花。桜花は違うが俺は『女神の腕』所属で、まあ一応、日本での組織のアレコレを取り仕切る幹部ってことになる。宜しく」

 

 衛の態度を注意する亜麻色の髪に桜意匠の簪を飾り、黒い和服に身を包む少女、姫凪桜花。

 

 黒髪に人好きそうな顔立ちをした、学生服に首からヘッドホンを提げる少年、春日部蓮。

 

 桜花はともかく、この場のほぼ全員が初対面であるだろう蓮はククッとどこか楽しげにしながら自己紹介をする。それに対し、それぞれ別々の理由で護堂、エリカ、祐理は驚きを覚えた。

 

「成る程、確かに驚きね。『女神の腕』、盲点だったわ。まさか呪術者でない……幹部が存在するなんて、それも同じ学生」

 

「学年的に先輩だけどな。それと別に全員が全員俺と同じわけじゃないぜ? 俺はあくまで情報担当。他のやつはキッチリ魔術だって使えるし、中には神獣を片手間に屠る奴だって居る。まあ人様々ってことさ。人材はともかく人員は様々な方向に特化した連中が何人も揃っているんでね」

 

 エリカが驚いたのは言ったように目の前の蓮……『女神の腕』幹部を名乗る男から全くと言っていいほど呪力を感じなかったこと。即ち、彼が呪術者でないことにである。無論、魔術結社の中には呪術者ならざる人員を抱える結社も少なからず存在するが、あくまで末端や別の役割を負った者に限る。幹部クラスの人間は当然、ある程度の呪術心得を持ち合わせている。

 

 だが、目の前の少年からはその気配が一切感じない、どころか武術の心得さえ見受けられない。正真正銘の素人。しかも身分は年変わらぬ学生と来た。

 

「いやあ、道理で尻尾を掴めない筈です。呪術界隈から探ったところで出て来るはずありませんでした。しかも表向き、というか本当にただの学生が一組織の幹部を務めているんですから。そりゃあ尻尾も掴めませんね」

 

「だから言ったろ、元はただのコミケ用サークルだって」

 

「そのままに受け取るはずないじゃないですか」

 

 呆れたように言う甘粕に何を今更と衛は言う。ただこれで一つハッキリしたことがある。『女神の腕』。その構成員は正真正銘に身分の格差が一切ない、一つの共通目的の下に集った者達の集まりであるということだ。

 

 そして護堂と祐理が驚いたのはエリカと違い蓮ではなく、桜花の存在にだった。護堂は神殺し特有の、祐理は知己ゆえに有り得ないその変化に驚いたのだ。

 

「桜花さん。まさか、その気配は一体? まつろわぬ神を……」

 

「久し振りです祐理さん。それと、勘違いですよ。これは衛さんの力です。あの時、少しだけ披露したでしょう?」

 

 言われてはっと祐理は思い出す。そういえば彼女はヴォバン侯爵襲来事件の終盤、人の身にも関わらずヴォバンを見事押さえつけ、勝利への道筋をつけた。

 

 元々、桜花が卓越した使い手にして特別な事情を抱えていたことを知っていた祐理はその偉業に気づくのが遅れてしまったが、そうだ。幾ら彼女でも単騎掛けでヴォバンとやり合うにはそれこそ『神がかり』が必須。しかしあの時の彼女はその力を使っていたようには思えない。つまり……。

 

 そこまで考えてふと、『霊視』する。大欲を抱きし悪竜、その竜を見事退治し英雄譚を作り上げた一人の勇士の姿。しかしやがて栄光は失墜し、英雄は悲劇の中に没する。後に残るのは失った悲しみと奪われた憎しみに燃える復讐の乙女―――。

 

「クリームヒルト……」

 

 はっと思わず無意識に口にした名に祐理は口を手で覆う。

 

「流石だね。一目で見抜くとは。それにしてもクリームヒルトは……確か四年前に」

 

「今度はきちっとやったってことだ」

 

 神の名を聞き、視線を送った沙耶宮に対し、相変らず姿勢の悪いまま応じる衛。何とも適当な報告だが、つまるところ『一人目』の王はこれで三つの権能を保有したことになる。

 

(……いや、あの短剣も含めれば四つか。多分、春先に出現したって言う女神から奪った権能だと思うけれど、名前は確かダヌ。インド神話の女神だったわね)

 

 そう、あの戦いでエリカは衛をきちんと注視していた。当然、嵐を封じ込めた権能についても。まつろわぬアルマティアより簒奪せしめた稲妻の権能に空間転移、恐らくは『旅』に類する権能、そこに加えて今の二つ。

 

 少なくとも四つの権能を衛は有していることになる。権能の種類は神殺し同士の戦いの勝敗を分ける直接の要因にはならないが警戒は必要だろう。多くの権能を有しているということはそれだけ多くの死線を潜り抜けたということなのだから。

 

「じゃ、顔合わせも済んだことだし。改めて『会談』を始めようぜ」

 

 場の空気を見合わせて衛がパンと一つ柏手を打つ。衛らと向き合うように護堂たちが、その間を取り成すように沙耶宮たちが。さならが円のようにしてそれぞれ座る。

 

「さて、まずは一つ。先の戦い、ヴォバンについてだ」

 

 と、意外なことに話し始めたのは一番この会談に興味がないと公言して憚らなかった衛。その目は正面、護堂を捉えていた。

 

「こっちだけで処理するつもりだったんだが、迷惑掛けて悪かったな。色々不測の事態が重なってね。最後はともかく押し付けた形になったことはまず謝罪させてくれ後輩君」

 

「別に気にしちゃ居ない。あのじいさんには俺も言いたいことがあったし、何より……仲間が大事って言うのは、理解できない話じゃない」

 

 これまた意外に謝罪を述べる衛に護堂が困ったように応じる。何処と無く神木を前にした荘厳な強大さ、今まで出会った神殺しでも別種の油断ならぬ気配を漂わせていた王からの素直な謝罪は護堂にして不意を衝かれるものだった。

 

 また、件のヴォバンを押し付けたことに関しても、甘粕や沙耶宮、時折話題にする祐理からも察せられる。この男、身内に甘い傾向があるのだろう。どうでもいいと言いつつ律儀に頼みごとに応じている辺り正にそうだし、押し付けた件についても、傍に控える桜花の身を案じるものだった。

 

 その態度は護堂をして理解できるものだったし、共感できるところは多々ある。

 

「でもそれなら何であのじいさんと喧嘩なんかしたんだ?」

 

「ああ、それね。個人的な私怨と……まあ、本題がこれな訳だが」

 

 空気が変わる。つまるところこれこそ本題。自らが一番初めに口を開いた理由だった。

 

「どうせ薄々察してるだろうが、俺は別に戦いが好きなわけじゃない。寧ろ嫌いだ、俺個人に売られた喧嘩ならとっとと逃げる程度には。だがな、俺は俺が傷付く分には一向に構わんが……身内がやられると血が上る体質らしくて、今回のクソジジイ、ヴォバンに関してもそこに帰結しているわけだ。つまりだな……」

 

 叩き付けるような圧ではない。刺すような殺気でもない。例えるなら聳え立つ山。ただあるだけで見るものを威圧するような、そんな緊張が場に満ちる。演じるは他ならぬ衛。神殺し衛としての本性が垣間見える。そう、どんなに見た目が性格が態度が、荒事向けのものに見えなくても、この男は確かに神を殺しているのだ。

 

「同郷だろうがなんだろうが……頼むから俺の身内には手を出してくれるなよ? その場合、俺は俺を抑えられる自信がない」

 

 ゾクッと響く言葉に思わず護堂は息を呑んだ。僅かに垣間見える衛の本性、敵対者に対する一切容赦無き苛烈さを感じ取り、護堂は戦慄する。この男、潰すといえば全力で、そう全力……で叩き潰すであろうと……それこそ相手が滅び去るまで。

 

 ドニやヴォバンとはまた違った苛烈さに改めて油断ならぬ男と心に刻みつけながら同時に護堂も威圧に言葉を返していた。

 

「それに関しては俺も同じだ……」

 

「………」

 

「俺も、俺の仲間が傷つけられれば……例えあんたが身内にとってどんなに良い人間だったとしても俺はあんたを許さない」

 

「……威勢がいいな、後輩君」

 

 エリカは無意識に臨戦体勢を整える。それは桜花や甘粕、沙耶宮もだ。それほどの緊張が場に満ちて……。

 

 衛が瞑目する。そして目を開き、やがて何を思ったかふうと息を吐いた後。

 

「ま、そういうことだな。お互い不干渉といこう。不便があれば手は貸すが、それだけだ。俺が《正史編纂委員会》と結んでいるように『同盟』と往こうぜ。それから国内の組織版図だのなんだのはそっちの好きしていい。勢力争いに興味はないし、ただ九州に関しては悪いがこっちで握らせてもらうぜ。身内の故郷があるんでね」

 

「俺もそれで構わない。仲間が困っているならともかく勢力の争いに興味がないのはこっちも同じだからな」

 

 緊張が解れる。空気が弛緩する。衛と護堂が握手をし、両者の立場が明確になったことでようやく二人は互いに互いを圧する気を解いた。 

 

「全く、やっぱり平和主義者の看板を降ろした方がいいんじゃないかしら? 意の沿わないようだったら戦う気満々なんてとても平和主義者の発想じゃないもの」

 

「はあ、肝が冷えたぜ。ま、興味深い会話だった。なるほど、同じ神殺し同士の会話はこうなるわけか」

 

「意外と余裕ですねェ、春日部さん」

 

 反応は三者三様だった。エリカは呆れ、祐理は安堵のため息を。沙耶宮は肩の力を抜き、甘粕はほっと一息。桜花はふうと息を吐き、蓮はくつくつと笑う。そうして一触即発の雰囲気を奏でた王二人に口々に不満を口にした。

 

「いや、そんなことはない。少なくとも俺はただ話し合いをだな……」

 

「お前はお前らしいな蓮。あ、俺の用事はもう終わったから。後はお前の好きにしていい」

 

 エリカの言葉に護堂が苦虫を噛み潰したような表情をし、用事を済ませたらしい衛は完全に会談に対する興味を失ったらしく、蓮に委細を放り投げて再びだらけ始まる。

 

「じゃ、王同士の会話も終わったみたいだし、後はこっちの話だな」

 

「そういうことだね。じゃあまずはお互いの立場に付いて確認していこうか」

 

「異論はないわ。妥協点、着地点を定めなければ始まらないものね」

 

 ゆえにここからは互いの組織の『宰相』同士の会話だ。『女神の腕』所属の春日部蓮、《正史編纂委員会》所属の沙耶宮馨、そして護堂の騎士……《赤銅黒十字》のエリカ・ブランデッリ。各々が目的、スタンスを語りながら言外での情報戦も交え、国内での活動及び方針を明確にしていくのだった……。 

 

 『会談』は四時間にも及び。丁度、夕日が見え始めた頃に解散となる。こうして同郷に生まれし王と王の会談は互いの意思を明確に示して終わりを告げた。




頭が良い人の会話とか苦手なんだけど(問題発言)
特にキャラを崩さないまま、やるとすっごく難しい。
お蔭で夜に書き始めたのに気付いたら早朝になってたし……。
政治的会話を端折った理由はお察し。

甘粕と衛の会話は楽しかったけど。

さて、これにて幕間終了。時間掛かって申し訳ない。
何分リアルが……HTLM、Web作成……う、頭が……!

次回から三章。こちらは完全にオリジナルですね。
時期的には護堂がペルセウスとやり合っている頃。


英国編突入です。(すぐに投稿されるとは言っていない)

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