極東の城塞   作:アグナ

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私、外国へ言ったことないんだよね。
つまりどういうことかって?

英国とかどう描写すればいいのかわかんねえ!
(イギリス旅行のガイドブック見ながら)

ロンドンしか知らねぇし私。(男子高校生並感)


英国へ

 ロンドン・ヒースロー空港。ロンドンには市内・近郊含めて六つの空港が存在するが、日本からの直行便四社が乗り入れているのはヒースローだった。連絡を受けて三日後、羽田空港から飛び立った二人はヒースロー空港の第三ターミナルにいた。

 

「―――ま、ぶっちゃけヘルメスの権能で飛んでった方が早かったんだが……」

 

「もう、そんなこと言って。こういうのは正規の手段で行くのが風情じゃないですか」

 

「一応、個人技能の権能を使用することも神殺しとしちゃあ正規の手段だと思うんだけど?」

 

 そんなやり取りをしながら空港内を歩く二人組み……衛と桜花は外国であることに気負うことなく普段通りの様相で道を行く。但し格好の方はいつものそれと異なっていた。

 

 衛の方は相変らず目立たない普段着に小柄な肩提げバック一つと言う外国に行くにしてはあんまりに軽装な格好であるが、流石に桜花の方は珍しく洋服を着こなしていた。黒いリブハイネックTシャツの上から同色のレザージャケットを羽織り、茶色いロングスカートを穿いた何処か大人びた服装だった。

 

「……流石に着物は控えたか」

 

「む、私だってTPOぐらい弁えます。国内ならともかく英国で和服のままは流石にアレですし……どこかおかしいですか?」

 

 桜花といえば、日本では常にといっていいほど和装だった。というのも、本人曰く、九州に住んでいた頃は山里奥で剣の稽古と巫女の修行ばっかりだったため、和服や巫女服の方が落ち着くそうだ。実際のところは、情報格差甚だしい環境だったため流行に疎く、ファッションがよく分からないため自分が最も落ち着く服装を選んでいたというのが真実らしい。

 

「ん、いや、珍しいからな。洋服自体は似合ってるよ」

 

「そ、そうですか……」

 

 まるで歯に衣着せぬ形で飛び出した言葉に桜花は気恥ずかしさを覚えたのかそっぽを向いた。突如決まった英国行きに思わず服装チェックを馨に頼ってしまった判断は間違いではなかったのかもしれない。

 

「そ、それで今は何処に向かっているんですか? 私は英国に来たのは初めてで……」

 

「取り合えずロンドンだな。どっち道、呼び出してきた相手……『賢人議会』の本拠が在るのはそこだ。まずは地下鉄でヒースローからロンドンまで向う。そうだな……エクスプレスを使うし、三十分と少しぐらいで着くだろ」

 

 手馴れた様子で桜花の分の手続きも受付で済ませていき、衛は実に馴れた様子で道を選びズンズン進む。神殺しには神殺しになった時点で『千の言霊』と呼ばれる万国の言語を巧みに操る力を授かるというが、言葉が通じるにせよ、その手馴れた具合を桜花は口にしていた。

 

「衛さんって意外と物怖じしない人なんですね」

 

「ん? そうか? つっても桜花はすっかり忘れてるだろうが、俺は結構な時間、英国に居たからな。神殺しになってからは日本に居るよりかは外国にいることの方が多かったし」

 

 アレク先輩に色々聞いてたからなー、と懐かしげに言う衛。……そういえば、衛が一番最初に神と出会い、そして殺し、神殺しとなったのもギリシャはクレタ島での出来事だったはずだ。普段は家に引きこもり、ゲーム三昧だが、よくよく考えるとかなりフットワークは軽いように思える。

 

「しかし、時期が悪い。なんでよりにもよってコミケ前かね。おのれ、アレク先輩。タイミングが悪いときばっかりに不在しやがって……」

 

 愚痴る衛。愚痴の相手は正しく今回の英国行き間接的な発端となった人物の名前だった―――アーサー王の出現。それは人では抗えない『まつろわぬ神』の案件、即ちは神殺しの出番であった。英国には既に衛が言う様にアレク……《黒王子》の異名を取るアレクサンドル・ガスコインという神殺しが存在する。

 

 しかし、タイミングが悪いことにアレクは現在、研究か何かの用事で何処かの地に趣いているらしく彼傘下の『王立工廠』にも音信不通の状態だという。そこで、彼と同盟し、また『賢人議会』とも繋がりが浅くない、衛に今回の件のお鉢が回ってきたというわけだ。

 

「それにしてもアーサー王ですか……私、《正史編纂委員会》の資料で昔に、件のアレク王子が『賢人議会』と協力して封印したという資料を見かけてたんですけど……もしかしてその封印が破られたっていうことですか?」

 

「いや、それなんだがな……どうも違うらしいぞ」

 

 ヒースローのターミナルズ三駅でチケットを買いつつ、問うて来た桜花に衛が眉を顰めながら返答する。

 

「厳密には『アーサー王らしきまつろわぬ神』が出現したらしい。封印が破られた様子は無く、ひいては六年前の事件とは全く違う『まつろわぬ神』だと考えられているんだとよ」

 

「え? でもそれって……」

 

「同名の神が同世代に出現すんのは珍しいがありえない話じゃない。神話がある限り、神は死しても、消滅(・・)しない。知ってんだろ?」

 

 嫌々といった風な顔をしつつ、ため息混じりに衛は言う。そう、神は殺せても消滅させることは誰にも出来ない。それは『まつろわぬ神』とて同じことだった。

 

 そもそも『まつろわぬ神』の死とは、言ってしまえば神話より出でて地上に彷徨う存在となった彼らが何らかの外因によって地上から排斥されることを指す。しかし出来て排斥なのだ。彼らが二度と現出しないようにするには人類史と共に語り継がれてきた神話そのものを消滅させなければならず、そのようなことは誰にも出来ない。

 

 ゆえにこそ、同名の同存在たる神が何らかの要因により同じ世代に再び現出する事は珍しいことであっても在り得ないとは言い切れないのだ。最も……。

 

「今回の場合はそういうんじゃないだろうけど。桜花、呪術界に身を置いてるんならアーサー王が複数の由来を持つ神であるってことはお前も知ってんだろ」

 

「はい。西洋の神話は余り詳しくありませんが……」

 

 ―――アーサー王の伝説。恐らくは知名度で一、二を争う世界で最も有名な物語である。文学としても神話としてもだ。アーサー王本人が架空の人物であることはまず間違いないだろうが、存在したならばおよそ五世紀から六世紀頃に存在した人物だ。

 

 そしてこのモデルとなったと考えられる人物であるが……実はイングランドではなくローマ帝国側の人間が多い。というのも当時のイングランド……ブリタニアといえば、ローマ帝国の属州である。そんな中で仮にも王を名乗るなどとローマ帝国が許すはずも無く、ゆえに伝説のアーサー王のモデルと思われる人物はローマ帝国の人間が多いのだ。

 

 因みにモデルが多い、つまりは複数人いるのは当時のイングランドについて記した歴史文献がないため、特定することが不可能なのだ。

 

「アーサー王は歴史上は極めて実体性が薄い、というよりほぼ確実に存在しなかった王であるっていうのが俗説だ。だからこそ、アーサー王が、ひいてはアーサー王の伝説が世界的に有名となり、伝説の王として知られるようになったのは文学の影響が大きい」

 

「『ブリタニア列王史』ですね」

 

「……知ってたか」

 

「寧ろ、神話に興味が無いと吹聴する衛さんが知ってたことに驚きです」

 

「別に吹聴まではしてないが……ま、《鋼》に関する講義をアレク先輩に聞いてた時に話題に出たんでね。しかし、知ってるんだったら話は早い、ジェフリーが書いたこの書物こそ、アーサー王の文学の原典に当たる」

 

 『ブリタニア列王史』とはジェフリー・オブ・モンマスが手がけた歴史書だ。最もその内容は明らかに歴史的根拠のない彼自身が尤もらしい歴史で味付けした偽史書、物語の類であるが、歴史的にはともかく文学的には多大な影響を与えている。特に、アーサー王の伝説を筆頭としたブリテンの話材は全てこれが原典となったと言って良いほどだ。

 

「で、さらにこれがフランスに翻訳輸入され、フランスで吟遊詩人共に散々謳われ、何やかんやでイングランドに巡り巡って戻ってきた結果、アーサー王の伝説としてうけた訳だ。アレだ、大したことない原作に二次創作的な設定が散々付け加えられた結果、これはこれで面白いじゃん的なノリで混沌とした物語になったっていう……」

 

「急に例え話で俗的なものになりましたね……」

 

「手を加えてんのが人間なんだから俗も俗だろ。そもそもランスロットを筆頭として殆どがフランスの詩人に付け加えられたり、他のとこから引っ張ってきた後天的な存在だぞ? アーサー王自体のモデルもハッキリしてないのに他も後付けとくれば物語として混沌とするし、歴史書として、歴史家たちが聞けば鼻で笑うだろうさ」

 

 肩を竦めながら言う衛。アーサー王の伝説といえば様々なジャンルで扱われるとても有名な話であるが時系列と歴史を追っていくとかなり混沌としているのだ。

 

「と、話がちょいズレたか。ま、物語自体はある程度知ってれば問題ないだろ、今回の件、重要な一点、要はアーサー王とは何者のなるやっていう部分なんだから……あ、この列車だ。乗るぞ」

 

「あ、はい」

 

 そうして語っているうちに何時の間にやらホームに入ってきた列車に衛は話を打ち切り乗り込む。次いでその後を桜花もまた追っていき、二人して適当な席に座る。

 

「―――それで衛さんはアーサー王の正体を知っているんですか?」

 

「まさか、俺はそういうのは疎いって言ってんだろ。だが……そうだな、あの物語に大きく影響を与えた神話は知ってるだろ?」

 

「はい。ケイ、ガヴェイン、ベディヴィエール……最初期に登場するアーサー王伝説の騎士たちは全てケルト神話に由来があると聞いています」

 

「そう、ケイは河の神カイ。ガヴェインは闘神グワルフマイ。ベディヴィエールは隻腕の戦神ベドウィールという具合にな。それに乗っ取るなら……アーサー王じゃなくてアルスルと呼ぶが正しいか」

 

 アルスルとは、ウェールズの伝説、『マビノギオン』に記される「キルッフとオルウェン」の逸話に持ってきたのだろう。アーサー王をより厳密に呼ぶならば本来は、アルトリウスの方が正しいであろうが。

 

「衛さんはアーサー王の原点がケルト神話に存在すると?」

 

「俺が知る一般的な俗説から解くにはな。ただ言ったようにアーサー王は出生からして混沌としている。いわゆるどれが真実かを見極めるのは結構手間な神様ってことだ。後は……極めて強力な《鋼》の神にあることは間違いない。アーサー王が携える最も有名な聖剣エクスカリバー。もとい、『岩に刺さった剣』というのはアレク先輩から聞いたところどっかの民族の軍神の逸話を元にした《鋼》の特徴らしいし、鞘の方にある所有者の不死身かっていうのも《鋼》に纏わる重要な特徴だ」

 

「多分、騎馬民族スキタイですね。《鋼》にカテゴライズされる神々、軍神、武神、戦神、闘神は総じて戦いにまつわる神々。伝承に登場する『剣』の存在はそれ自体が《鋼》に通じる暗喩になります」

 

「日本だと有名どころでスサノオ。前のジークフリートもまた《鋼》に通じる神ってことだな。後は水に関わる逸話だが……」

 

「湖の貴婦人の存在がそれを成します」

 

 《鋼》の神の多くは、その成り立ちを錬鉄過程と同じくする。鋼を鍛える炎の逸話と熱を冷ます水の逸話、即ちは《蛇》。女神との関わりだ。スサノオならば言わずと知れた八岐大蛇。ジークフリートならばファフニールと。

 

「ともあれ、詳しい話は事情を聞いて見なければ何ともな。六年前に封印されたアーサー王はマロニーの……いわゆる初めから終わりまでを記したアーサー王の伝説を元とした『まつろわぬ神』だったそうだが……」

 

「皆さんが知る『本物のアーサー王』ということですね」

 

「どこに本物を置くかによるが、まあアーサー王の伝説のアーサー王なら六年前のが正にそれだな」

 

 話はこれまでと言葉を切る衛。『まつろわぬアーサー』、その本来の神名なんであれ、強力な《鋼》に由来する神であることには違いない。仮にケルトを元ネタとするならば、最も古い形で『カラドコルグ』。或いは衛の言う「キルッフとオルウェン」風に言うならば、『カレトブルッフ』か。アーサー王を常勝の王と打ち立てた極限の聖剣が待ち受けているはず。

 

「まあ、正体は置いておいても、まずまともに戦いたくない神だよな」

 

 さて、どうしたもんかと、衛は漠然と戦術を頭に浮かべる。……仮にで、戦闘を思考する当たり、衛もやはり神殺しであるのだろう。毛色が例外的なものであれ、戦いを思考する当たり特に。

 

 一時間と掛からない地下鉄に揺られながら衛と桜花は戦いの気配を感じ取りながらロンドンへと向うのであった。

 

 

………

……………

………………。

 

 

 衛が利用した地下鉄、もといヒースロー・エクスプレスはロンドン地下鉄と比べて割高だが、その分、快適さ及び定時性は高く、あっという間に目的のロンドンはパディントン駅へと到着した。外国は時間にルーズで交通は定時通りにいかないと思っていた桜花としては日本で慣れ親しんだ時間に対する正確性が変わらなかったため、少し不思議な気分であった。

 

「―――でも、すみません」

 

「ん?」

 

 電車を降りるなり開口一番謝罪を口にした桜花に衛が片眉を顰め、視線で訳を問いただす。

 

「ほら、今回の旅費……聞けば衛さん個人が支払っているとか」

 

「ああ、それね」

 

 そう、今回の英国への強行軍に際し、衛は組織立った支援を一切受けてなかった。というのも一々、たかが海外旅行がために手続きを踏む面倒を嫌ったためである。加えて、英国に暫し身を置く拠点は『女神の腕』のメンバーが居住地。移動費などの諸費以外は殆ど掛からないと想定していた。ならば、移動費程度と衛は個人の財布で諸々の費用を賄っている。中には桜花の分も含まれていた。

 

「別に個人で旅客機飛ばすような派手な移動法は使ってないし、掛かる金も俺からしたら大した事ない。そんな気に病む事でもなし。何だったらショッピングでもしてから行くか?」

 

「ですが……」

 

「それにほら、アレだ……一応、彼氏だし? こういう時ぐらいしか張れる見栄ないしな。残念なことに」

 

「金銭面で見栄を張られても……それと衛さん、『一応』は失礼ですよ。衛さんはきちんと私の彼氏です。後、見栄を張らずとも十分衛さんは格好いいですよ? 普段の生活態度は褒められたものじゃないですけど、いざって時には凄く頼りになりますし、実際、何度も助けられてますし。その辺り、助けられた身の上として、彼女として保障します」

 

「…………そ、そっかぁ?」

 

「はい」

 

 微笑を浮かべてあっさりととんでもない台詞を口ずさむ桜花に衛は思わず上ずった声でを返す。それに対してニコニコと頷く桜花。……甘粕辺りが砂糖吐きそうな会話だが、幸いと言うべきか桜花に合わせている衛は、今は日本語で会話しているために英国人らには聞き届けられない。

 

 最も、気配に聡いものは雰囲気だけで生暖かい視線を向けてきたり、負けじと自分達も熱烈したり、唾を吐き捨てて行ったりとしているが。リア充に対する反応は概ね、世界共通らしい。

 

「なんか……押し強くね?」

 

「? どうかしましたか?」

 

「いや、何でも……」

 

 晴れて恋人関係となった二人。しかし、衛は相棒の変貌とも言うべき変わり様にたじろいでいた。何と言うか、甘い(・・)のだ。それも凄まじく。歯に衣着せぬ言動は衛もそうだが、恋人関係となった桜花はそれを上回ってくる。そして言動と相まってか行動も大胆極まるものだった。例えば、

 

「わ、わ、流石外国って感じですね。電車がこうも横並びに……。日本の東京駅とかと違って奥行きがあると言うか広々としているっていうか。十分人も多いのに」

 

「そうだな……」

 

「あ、衛さん、衛さん。熊ですよ、熊。何か有名なんでしょうか?」

 

「確か映画の奴じゃなかったか? 俺も詳しくは知らんが……」

 

 九州の巫女として日本で修行を積んでいた桜花にとって国外に出ることはヴォバン侯爵の一件を除いてほぼ無いと言っていい。ゆえにこうして海外旅行といえる形で国外に訪れたのは初めてに等しい。ならば、多少の興奮もご愛嬌だろうが……。

 

「桜花」

 

「はい、なんでしょうか? 衛さん。……って、あ、すいません。少しはしゃぎ過ぎました」

 

「うん。それは別にいい。なんなら用事済ませた後で観光に付き合う程度には。いや、そうじゃなくてな……その、歩きにくい。迷子になるのはアレだからくっ付くのはいいが、流石に腕を抱え込むのは止めてくれると助かる。特に、往来では」

 

 “後、胸当たる”という余計なことは言外に。大胆な行動とは詰まるところ、スキンシップが派手だった。

 

「あ、重ね重ねすみません。迷惑ですよね……」

 

 衛の言葉にシュンとしながら腕を放す桜花。心なしか、どころか目に見えて悲しげである。

 

「……………迷惑ではないな。うん。ただ往来でこの距離は流石に気恥ずかしいというかだな……でもアレだな! 迷子になると大変だからなうん! 手は繋いでおこうか! それが良い!」

 

 やや引き攣った表情で語彙を荒げながら手を繋ぐ桜花と衛。ムリです、突き放すのは良心が痛みますと誰に言い訳するでもなく内心で言いながら足早に目的地を目指す。往来で腕を組むほどの度胸を衛は持ち合わせていないし、かといって離れればこれである。とてもやり難い。

 

 ―――全くの余談であるが確かに衛は女性慣れしていない。ともすれば年齢イコール恋人居ない暦だったのだ。初の恋人相手に距離感を掴めない初々しさはしょうがないものと言える。しかし、それでも趣味人サークルを束ねるリーダーにして、神をも殺す神殺しだ。人を統べるものとしてそのコミュニケーション能力は本人が言うほど低くない。

 

 第一、国立場問わず趣味同じくするものは同士と呼び、分け隔てなく接する彼だ。身内の格ゲー大会と評して行った事のない外国へ神殺しとなる前から趣く程度にはフットワークも軽く、物怖じしない性格の持ち主である。ならばこそ、今更初めての恋人程度でどうにかなるものではないはずだ。

 

 しかし、その衛をして桜花の押しようにはたじろぐほどであった。スキンシップと言動、何と言うか所構わず態度一つ一つに好意を乗せてくるのだ。押して駄目ならもっと押せ所か、押し倒すぞという意気が伝わってくるほどに。以前の大和撫子然とした……女性は男より三歩下がって歩くべしを、正しく体現したような態度は何処へやらだ。

 

“いや、予想外も予想外……桜花の奴。意外に肉食系か”

 

 そう、以前はハッキリしない関係だったために隠していたのか。或いは恋人関係になって吹っ切れたのか。きっかけはともかく、桜花は衛が想定しない肉食系女子であった。しかも態度を見るに意識的なものではなく、無意識的で。

 

 実際、腕組にせよ指摘すれば顔を赤くして離れたろうし、今でも衛の言葉一つで気恥ずかしげにするのは変わらない。だが、無意識下での行動はとにかく大胆極まるものであった。それこそ、天下の神殺しが一方的に押される程度には。

 

「ところで何処に向ってるんです? 色々目移りしてしまいましたが、確か此処に来たのは『賢人議会』の御方とお会いするためだと……」

 

「ん、おっと、そうだった。つっても本部まで行くつもりはないよ。俺の目的はあくまで『まつろわぬアーサーらしき神』の討伐だからな。予め先方にも連絡を入れたし、まずは近くのレストランで話を聞く予定だ」

 

 桜花の言葉で完全に此度の英国行きに関係ないことを考えていた思考は引き戻された。一先ず、何処に向うにせよ便利な英国屈指の駅を後にしながら通りに出ると、日本では余り見かけない二階建てバスなどが流れる道へと出る。正面には大きなホテルを望むその通りの名はプレイド・ストリートと言った。

 

「―――お待ちしておりました」

 

「あれ? 迎え頼んだっけ?」

 

 プレイド・ストリートに出るなり、衛に降りかかる声。視線をやれば、これぞ礼の見本とも言うべきほど整然とした態度で歓迎の言葉を口にし頭を下げる女性の姿。そんな仰々しいほどの礼を前にしかし衛は思わずと言った風に言葉を返す。

 

「いえ、ですがこちらから依頼をし、態々王のご足労を願いながら来るのをただ待っているのは、それこそ礼に反しますので」

 

「相変らず真面目だねェ、エリクソンさんは。それと、礼うんぬん言うならその如何にも嫌そうな顔を止めていただけると有り難い。ていうか俺、アレク先輩ほど迷惑掛けてないだろう?」

 

「迷惑どうこうではありません。貴方のような災厄の仔が姫様とお会いすること自体が問題なのです。とはいえ、此度の件に関しては『賢人議会』による正式なもの………確かに相応しい態度でないことには謝罪をします」

 

 女性の名をパトリシア・エリクソン。堅物で、真面目な家庭教師を絵に書いたような女性だ。他ならぬ衛を呼び出した人物のお目付け役のような存在で、令嬢の割りに自由奔放なる主に常々手を焼く三十代独身。

 

「しかし、珍しい。貴方が公共の交通を利用して来るとは、てっきり権能を使用して乗り込んでくると思っていましたが……」

 

「どっかの王子先輩と一緒にしてくれるなよ……他ならぬエリクソンさんが正式なものだって言ったろ。だから正規のルートで来たんだよ。ついでに今回は相棒も居たしな」

 

 言って衛は黙って二人のやり取りを聞いていた桜花に目をやる。視線を受けた桜花は一歩前に出て、自己紹介をする。

 

「初めまして。日本は《正史編纂委員会》所属の巫女、姫凪桜花です。未だ未熟の身なれど、《堕落王》は第一の側近としてお傍に御仕えさせて頂いております。どうぞ、良しなに」

 

「これは……ご丁寧に。私はゴドディン公爵家令嬢アリス・ルイーズ・オブ・ナヴァール様の御用邸にて管長を務めているパトリシア・エリクソンと申します。改めまして、《堕落王》共々、此度は我々『賢人議会』の依頼に応じてくださったことに感謝します」

 

 桜花に応じ、再び頭を下げるエリクソン。不思議と刺々しさが抜けていることから、桜花という人物を通して公人としての任を思い出したのか、或いは不真面目な知己の王と異なる真面目な従者に好意を覚えたのか。

 

「挨拶は済んだな。じゃあ早速で悪いが、案内してもらっていいか?」

 

「ええ。分かりました。車を用意しておりますので、そちらに」

 

「行くぞ、桜花」

 

「はい」

 

 手短な挨拶を終え、エリクソンの後に衛と桜花は続く。彼女の先導で通りに止まっている黒い車に三人は乗り込み、十分ほど暫しパディントン区の街並みを見ながら車に揺られる。程なくして彼らは一つの高級レストランに着いた。

 

「こちらです。姫様は既にお待ちになっておられます」

 

「そうか。……しっかし、外とは。相変らずな様子で。エリクソンさんとしてはどちらの方が望ましかったりするんだ?」

 

「そもそも貴方方、神殺しの王とお会いになること自体、私個人としてはとても勧められるものではありません。それは内であろうと外であろうと変わりませんよ。まして個人的に友好を結ぶなど……」

 

「俺が言えた義理じゃないがご苦労様」

 

 終始一貫して堅い態度のエリクソンに苦笑しながら衛は如何にも高級そうなレストランにもいつも通りと言った風に踏み入る。―――こういった店は客を選ぶ上、見た目を重視する。

 

 本来、衛のような平民然とした身形では踏み入ることすら出来ないのだが、そこは衛自身の特権と招いた側の身分が効いてか、入り口のウェイトレスも無言で礼するだけだ。一方、こういったところは初めての桜花は落ち着かなさげに周囲へと視線を彷徨わせるが、いつもの様子の衛に若干の安堵を覚えて後に続く。

 

 店内。貸切にしているのか、人は店の従業員を除いて殆ど居ない。クラシックな音色のみが支配する中、衛の姿を見取った貸切の店内に唯一居る客……もとい約束の人物が声をかける。

 

「お久し振りですね。およそ二年振りでしょうか? ともあれ今回はお招きに応じてくだり、感謝しますわ。《堕落王》閉塚衛様」

 

「ああ、久し振りだな。アリス嬢。ご壮健のようで何よりだ」

 

 淑やかに、されど何処か悪戯っぽく微笑む女性に衛もまた肩を竦めながら応じる。なめらかなプラチナブロンドの髪を揺らしながら笑う彼女こそ、英国にてプリンセス・アリスの通称で呼ばれるゴドディン公爵家令嬢アリス・ルイーズ・オブ・ナヴァール。グリニッジ賢人議会の元議長にして現在は特別顧問の椅子に座る女性である。

 

 また、『白き巫女姫』と称されるほど卓絶した才の持ち主で、『天』の位を極めた欧州でも屈指の魔女である。今回の依頼者その人でもあり、衛が個人的に友好を結ぶ人物でもある。

 

「ま、挨拶もそこそこに、急ぎで悪いがまずは本題から話そうぜ。流石に本題の神がビックネーム過ぎるからな。アレク先輩の不在共々、早速教えてもらいたいんだが?」

 

「ええ、こちらもそれを望むところです。それに私としても、他ならぬ貴方が連れそう女性、というのは実に、ええ、実に気になるところですし。さっさと仕事を片付けてしまいましょう」

 

 流石は友人関係とだけあってとんとん拍子で進む会話。但し、途端に嫌そうにする衛と「私、興味があります!」とばかりに目を輝かせる両者の違いから何となくどういった関係が自ずと察せられるが。

 

「―――では、暫しのご静聴を」

 

 そういって、アリスは静かに語りだす。アーサー王と思わしき、『まつろわぬ神』に関する一連の出来事を……。




ふむ、凄まじく雑な終わり方となってしまった……。
アレだね。途中で余計なの(リア充)が入った所為で私のリズムが崩れたのだ。そうに違いない、いやそうでなければ困る(血涙)。

取り合えずオリ主は爆発すればいいんだ。






話は全く変わるが、ましろウィッチというアプリゲーを始めてみた。
始まりから漂うシリアス臭……たまらないぜ。

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