極東の城塞   作:アグナ

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いよいよ明日は年末。
いやあ楽しみですねFate。自分は劇場版のブルーレイディスクをキッチリ保有してますが、それでも地上波で流れるとなると見たくなります。後、エルメ……コホン。

そんなこんなで恐らく今日が年内最後の投稿。
答え合わせの回。


最源流の《鋼》

 英国各地、またはフランス各地で見られる急激な気温の上昇。その原因は災いを憂う者が推測した通りに『彼』の仕業であった。だが、誤解すること無かれ、この災いは『彼』が意図して起こしたものではなかった。

 

 その身に灼熱と化す術を宿す『彼』は暴風となりてジョージアより遥かこの地を目指して飛んできた。結果として『彼』の暴風は熱波となり、『彼』が通り過ぎた地に異常な気温上昇を残滓として残してしまったのである。

 

 そこに意図は無く本人としては移動していただけ。しかし、その移動だけで尚、地球に、人々の生活に少なくない影響を及ぼしてしまうのは成る程、流石は『まつろわぬ神』の性と言ったところだろう。

 

 ―――英国の某所、上空。異常な暴風がそこに滞空していた。

 

「俺の過ごした時代、俺の駆け抜けた大地とは随分と様式が異なるな」

 

 眼下に広がる島国を見据えて静かに『彼』は呟いた。

 

「ところ変わればという奴か。だが納得はいく、海に閉ざされた島とあれば外界に興味を持つ者も現れよう。外に広がるは無限の可能性、ならば海に身を投げ、船を漕ぎ、彼方の黄金に夢想するは当然の摂理か」

 

 口元に小さく微笑が浮かぶ。そう、人には好奇心というものが根付いている。高い知能を有するがゆえ未知と言う事象に対して抱く不安とそれを拭うための本能。己が生存を望むがために好奇心と言う心は存在している。

 

「ゆえに興味の趣くまま、探求心が欲するがままに餓狼が如く知恵を奪う獣が現れるのは必然であったということか」

 

 脳裏に描くは太陽は過ぎ去る数回の時を経る前。目覚めて見えたのは雷を従える神性とその身を雷と化す王との戦いの幕。後者の王は己が目覚めるなり、大地を迷宮と化して早々に戦線を離脱していってしまったが、

 

「そういえば、かの王はこの地が出身と聞く。ならば合間見えることもあるかと思っていたが、ふむ……生憎の不在であったか。心行くまでの再戦が叶うとも思ったが」

 

 『彼』は己が何者かを知っている。ゆえにかの王が己が宿敵であることを悟っていた。あれなるは『獣』。我らまつろわぬ性を有するものらの宿敵であり、我が武の限りをぶつけるに値する大敵であると。

 

「まあいい。目下の目的は我が後裔。この国で俺と同じく剣にて武勲を立てた英雄。俺に及ぶかは知らぬが少なくとも俺と同じく剣を以って伝説を打ち立てたというならば相応の武芸は期待できるだろう。……俺と競い合えるほどに」

 

 その口調は静かであったが、壮絶な熱を孕んでいた。そう、我が身は《鋼》。まつろわぬ英雄なれば、その身に及ぶとされる武芸者に興味を持たぬはずが無い。それが最源流の神(・・・・・)の甘言であると分かっていても、内なる衝動を止められない。

 

「あれなる目的についても思うところがあるがね。どうやら俺の《鋼》を掠め取る算段らしいが、さてそうなると困ったな。俺は英雄に『獣』に加え、かの大神にすら挑まねばならぬらしい」

 

 口調こそ危ぶんでいるが、さも愉快とばかりな態度は危機感を大きく欠いている。しかしそれは慢心ではない。真実彼は英雄であり、《鋼》であり、戦士である。ならば身に降りかかる悉くの災厄は、試練の思し召しであり、その先にあるは戦士の栄光。何も恐れることなど無い。ただ挑み、打倒すれば良い。それこそが戦士の本懐、それを成すが英雄と言うものである。

 

「大敵は多く在って不足は無い。聞けば、今世には『獣』が八体もいるらしいではないか。英雄とやらと決着をつけた後は獣狩りと洒落込むのも面白いか? 或いはあの女が求めるという最強の《鋼》とやらを暴きたて心行くまで剣を競うも悪くは無い。ふふ、より取り見取りという奴かな」

 

 英雄に恐れは無い。如何な大敵。応とも掛かって来るが良い。尋常な戦の果てに見事だというし、その首を勲としてくれよう。それこそが英雄の所業。英雄譚と呼ばれる英雄の成す栄光なのだから。

 

「では往こうか、懐かしき戦場へ」

 

 そうして『彼』は実際を解いた。『暴風』にその身を変えて予感する戦場へと馳せ参じる。

 

 

 

 

『私自身、アレクの話を聞いて思い出したことがあったのです。もう二十年と前でしょうか、学会でランスロットに関するある面白い考察を聞いたのですよ』

 

『湖の騎士ランスロット。当時は俗的にはフランスの詩人によって後付けされた存在であり、通説では彼は汎ケルト的な古代神ルーグ槍に言及する存在であるというのが現行の結論でした』

 

『ですが、ある人物がその結論を覆すような面白い考察を持ち込んだことがあったのです。ランスロットとは……「Alanus à Lot」即ち「ロットのアラン人」という通り名に由来する言葉ではないかと』

 

『この新たな仮説は同時にアーサー王の伝説がケルトに由来したものであるという通説に一石投じるものでした。そして何よりこの説は辻褄があるのですよ。例えばランスロットという騎士は「馬術」と「荷車」が強調される騎士ですが、これはケルト化されたものというより騎馬民族(・・・・)ひいては大草原を連想させるものだという新たな考えが啓示できます』

 

『ランスロットのみならず、こうしたアラン人的要素を伝説に見つけていけば、伝説内に含まれるケルト以外の洋式、とある叙事詩に関する探究が現れるのは必然的な流れでしょう。ええ、思えば聖杯が東方由来の品であるという単語を聞いたときに思い浮かべるべきでした。東方に伝わる聖杯伝説についての逸話を』

 

『全く、騎馬民族スキタイに拘ったためすっかり忘れてした。騎馬民族スキタイが滅んだ後もスキタイ人は存在していたということを』

 

『―――お気をつけください、衛様。我らが想像が正しければ待ち受ける英雄は間違いなく最源流の《鋼》。聖剣伝説の始まりとなった英雄です。どうか、油断なさらぬように』

 

 

 

 

 

 ロンドンからスコットランドまで向うウェスト・コースト本線を利用し、降り立ったのはカンブリア。イングランドの最も北西に位置する場所であり、世界遺産登録された湖水地方と呼ばれる地域があることで有名だろう。

 

 衛らが踏み入れたのはレイク・ディストリクト国立公園。静かな自然が息づく風光明媚な土地である。地元の住民にも愛され、観光客も多く訪れる国立公園はしかし普段の静寂とは別の、緊張と言う静けさを帯びていた。

 

 まるで大嵐の先触れを思わせるそれは真実、大嵐の前兆であった。決戦の場所として選ばれた土地は『賢人議会』によって既に人払いが成され、存在するのは自然と生きる動植物のみ。しかしその動植物ですら嵐の気配を予感してか姿を見せず、国立公園を支配する異常な静寂は一週回って不自然なものとなりつつある。

 

「ゲームにアニメにラノベっと。サブカルチャー文化にどっぷりつまった俺としちゃあこれだけ壮大で浪漫な場所を吹き飛ばすのは流石に忍びないんだが……」

 

 世界遺産の名は伊達ではなく、風光明媚、山容水態、古色蒼然と様々言い表せる雄大な自然が織り成す景観に思わず衛は悪びれる。浪漫を解する彼をしてみれば、古都の破壊や自然遺産の粉砕は悪徳に類する行為だ。仕方が無いといえばそれまでだが、罪悪感を抱かないわけではない。

 

「衛さんって意外と情緒と言うものに理解がありますよね」

 

「意外とは余計だぞ桜花。寧ろ俺はコンクリートの山よりこっちの方が大事だね。そりゃあ電気がなけりゃあゲームもアニメも見れんし、現代技術万々歳だが、そういった要素抜きなら断固としてこっちの方が良いに決まっている。何せ、浪漫がある。神秘って言葉をコレほど感覚として感じられる風景は人間文明の中には存在していないだろうさ。どっちが優れているか否かとかは置いておいてな」

 

 石と砂利を引き詰め、自然を破壊しない最小限の技術で舗道された道を二人は歩きながら話す。確かにお目にかかる光景は神秘的という言葉が似合う。人間社会から乖離した風景はどこか理屈を置いて語りかけてくるものがあり、感じ入るところがある。

 

 特に修験道。自然の中に身を置いてきた桜花には俗世の風俗が遠く感じられるのがその身で明確に理解できる。霊峰の息吹きにも似た風の心地よさは懐かしき故郷の御山のそれと同質のものだ。

 

「この後に厄ネタさえなければこのまま優雅に散歩したかったんだが。やりあったらこの景観は暫くどころか二度と見れるか怪しくなる所だし、全く世知辛いぜ」

 

「確かにそうですね。こうゆったりした場所ならピクニックとか楽しそうです」

 

「動植物を愛でつつってな。俗な娯楽が好きな身としちゃあ似合わないことは重々処置だけど」

 

「……意外と似合うかもしれませんね」

 

「意外とは余計だ。でもま、隣に大和撫子な女子を連れて自然を肴に二人で散歩っていうのも乙な話じゃないか? うん、浪漫がある」

 

「…………それはデートの誘いだったり?」

 

「さて、どうかな……」

 

 神殺し特有の戦いに対する高揚感からか、自然の雰囲気に当てられたか、或いは英国に来てからのいじりによって耐性を得たか衛の口は普段より軽い。

 

「むう……余裕ですね」

 

「こうでもしなきゃやってられんの間違いだ。何が悲しくてやりたくも無い喧嘩をせにゃならんのだ」

 

「でも守るんでしょう?」

 

「……当然」

 

 今回の件、本音を言ってしまえば英国民が事の結果に多大な害を受けようと衛からしてみれば対岸の火事だ。はっきり言ってどうでも良い。だが……。

 

「見ず知らずの奴がどうなろうがそいつの話であって俺に関わりの無いことだが、アリス嬢が困って、アレクが託したならばそれはもう俺の話だ。俺の身内が関わる喧嘩だ。なら、俺の敵だ」

 

 その戦が他者や自分に降りかかるものならば下々の依頼だろうがなんだろうが恐らく己は介在しない。衛は極端な王である。他者と身内。己の指標は明確で、明確だからこそ境界の外には真実、一切の無関心を通している。

 

 自国で他の王がどれだけ暴れまわろうが、宿敵がどれ程の害を人の世に齎そうが身内の事じゃないなら知ったこっちゃ無い、真顔でそう言えてしまうロクデナシである。義侠の心など持ち合わせないし、他の王ほど交戦意欲が高いわけでも無い。

 

 だからこそアレクという奇特な、凡そ人間社会において人でなしと呼べる存在とだって友好を築くことが出来る。アレクがどれ程、人々に災いを振りまこうが、衛にとってはどうでもいいことだから。

 

「本当のところ《鋼》の英雄とやらにも興味は無い。無いが、身内に頼まれたなら是非もなし。障害となる敵を打ち砕くだけだっと」

 

 適当な小石を蹴飛ばして衛は言う。強者であるがゆえに弱者を守ることを当然の義務と考える桜花とは全く違う。いっそ、相反する考えであるが……。

 

「でも、そういって守れるものだったら守ってしまいそうですけどね。衛さんなら」

 

「む……どうかな、俺は身内に比重を置いてるからな。身内一人と有象無象一万人じゃあ前者を選ぶロクデナシだぜ?」

 

「人の感情としては当然の選択だと思いますよ? それに二つに一つで無ければ両方守るでしょうし」

 

「俺がそんな都合の良い王様に見えるか?」

 

「他者に無関心でどうなろうがしったこっちゃない。本当にそうなら私は既にヴォバン侯爵に、クリームヒルトによってこの世には居ませんよ」

 

「……む」

 

 ……その通りだった。四年前時点で衛と桜花に接点は無い。衛が他者に無関心だと言うならば少なくともあの時、嫌いな戦に身を投じる理由は無かったはずだ。それでも、たった一人の娘、名も無き被害者として消えゆく運命にあった少女の声を聞き届け、馳せ参じたのは何故か。

 

「多分、衛さんは理不尽が嫌いなんです。日々を清く正しく……とまでは言いませんが当たり前の平凡を当たり前に感受する権利を持つ人たちが抗えない理不尽に晒される。そういうことが大嫌いなんだと思います」

 

「―――――」

 

 例えば趣味。それは人それぞれの嗜好であり、自由であり、権利である。それらを物珍しがって馬鹿にするのは良いだろう。人によっては好き嫌いがあるのだから批判は正当なものだ。だが、本人が好き好んでいるモノに対して横から文句をつけ、あまつさえ取り上げようとする行為、無理矢理に趣味を捻じ曲げる行為は理不尽というほか無いだろう。

 

 例えば人種。人は生まれを選べない。性別や民族性からなる優劣性を区別するのは構わない。男性と女性では明確に力の差、脳のあり方が違うのだから役割が異なって当然だし、日本人と欧州と人たちとでは体格の在り様も違う。そこを区別し、異なる役割を割り振ることに疑問は無い。しかし、自分達と違うからと馬鹿に排他するのは違うだろう。区別とは明確に役割を割り振り、共に理解あって役割に徹することである。そうであれかしと強要されることではないはずだ。

 

「『女神の腕』が世間的に何となく外れているものの集まりであることは私にもすぐ理解できましたよ。変わった趣味嗜好の持ち主、奇特な過去を有する人、大多数が魔術師に無いにせよ王の率いる結社として成立しているのはこの特異な人間の集まりであるからでしょうし、そういった変り種は社会に出ると多くは理不尽な目に合います」

 

 強者であるが故、他人に恐れられた。変わった趣味を持ってたがため馬鹿にされた。一風変わった経歴がため他者に疎まれた。十人十色と人は言うが、仮に原色、赤青緑が一般的な色だとすると、その色らから見て茶色や黒、ピンクといった変わった色は奇特に見えることだろう。異なる他者への排他性が生物の根幹に刻まれた趣味だというならばそういった者たちはどうしても理不尽に晒される。

 

「衛さんが極端に走る人間性を持っていることに否はありませんけど。その二極は身内かそうじゃないかじゃなくて被害者か加害者かの違いなんじゃありませんか?」

 

 一般的な、という言葉は多くの人間に当てはまることだ。仮に大多数をそれとするならば衛のいう身内とは単に顔見知りとか友達とかそういう境界線ではなく、

 

「理不尽に晒される名も無き被害者。本人の強い弱いに観点せず、ただそういった立場の人に手を差し伸べる……私が見てきたのはそういう人です」

 

「……誰だよ、そのヒーロー。俺は知らないな」

 

「でも私が知ってます。だからそれでいいんです」

 

 そういって満遍の笑みを浮かべる桜花に衛は遠き日のことを―――。

 

『貴方は虐げられる者の痛みを知っている。他ならぬ貴方が変わり者だから。痛みを知るからこそ共感でき、同じ目に合う誰かのために義憤出来る。庇護者であるその精神を持つ貴方だからこそ、理不尽を知り、力を振るう時を知る貴方だからこそ、(わたくし)は、この力を託せるのです……虐げられる者一切を守る庇護の盾を』

 

「―――参ったな。こりゃあ、本格的に人生の墓場一直線コースだ。何より悪くないと思っている時点でアウトだ。惚れたが弱みってこういうことを言うのだろうか?」

 

「え?」

 

「なんでも。相棒の察しの良さに少し辟易しただけさ」

 

「あ、その、すいません。勝手に分かった風な……わ?!」

 

「じゃ、往くか相棒。取り合えず、傍迷惑な英雄様をさっさとやるとしよう。そうしたら桜花の言う通りピクニックにでも行くとしようぜ」

 

「わ、分かりましたけど……その、撫でるのは止めてください」

 

「仕返し。甘んじて受けとけ」

 

「……うう、そんな理不尽な」

 

「ふふん」

 

 年下をあやす様にして頭を撫でられる桜花は子供のような扱いをされて口を尖らせ、衛の方は楽しげに鼻を鳴らして続行する。死線を潜る前の一幕。そのやり取りは、神殺しの少年と英雄の相を持つ少女ではなく歳相応の少年少女ものであった。

 

 ―――戦友に対する信頼は十分。後は、後腐れなくただただ戦場を駆け抜けるのみ。ピリつく肌に大気を締め上げる極上の緊張。《鋼》の英雄が待つ領域に二人は踏み入った。

 

 

…………

……………

…………………。

 

 

「―――騎馬民族スキタイ、「歴史の父」と湛えられたヘロドトスや古代ローマ・ギリシャの歴史家の人々に描写された古代スキティアの部族集団だ」

 

 ザッと潤沢な呪力を全身に滾らせながら衛は静かに語り始めた。

 

「アルタイ山脈からハンガリー平原まで広がる広大な「草原の海」。言語学者に言わせればインド=ヨーロッパ語族はインド=イラン語派、北東イラン語派に類するらしいな。そしてその中でも最古の部族、古代地中海文明に衝撃を与えた部族がギリシアの人々に「スキタイ」として知られていた」

 

 ライダル・ウォーター。湖水地方西部にある湖が決戦の舞台だった。

 

「しかしスキタイとは何も騎馬民族スキタイを指す言葉ではない。ヘロドトスを始めとしたギリシアの人間はスキティアの部族をこれに当て嵌めたらしいが、広義的な意味においてスキタイ人という名称は「草原の海」を故郷とする全ての集団に当てはまるんだよ。それこそ現代のオセット人すら含んでな」

 

 つまるところスキタイ人とは血脈がどうこう民族がどうこうの呼称名ではなく、地域全体に住まう民族を纏めてスキタイ人と呼んだのだ。

 

「彼らは三つの社会階層を有していた遊牧民で権力を保有したエリート「王族スキタイ」、その集団から派形し、やはり遊牧民であった「戦士スキタイ」、そしてそれらに含まれる被征服民であり「スキタイ化した」土着の民「農耕スキタイ」。これら三つは神話的に三人の兄弟として扱われるが……蛇足だな」

 

 因みにこの神話において彼らスキタイの文化様式に「黄金の杯」が見られるのだが、ここでは語らないものとする。

 

「ともかく広義的なスキタイとはそういうことだ。これは狭義的な、いわゆるスキティアのスキタイ人が東方の親族であるサルマティア人に滅ぼされようとも地域全ての騎馬民族全体を呼ぶ呼称としてスキタイは残った」

 

「そして彼ら亡き後、スキタイの文化を共有する二つの民族が台頭する。他ならぬスキタイの征服者サルマティア人と東方世界と西方世界の接触の鍵となるアラン人だ」

 

 彼らこそが鍵だ。「石に刺さった剣」を始めとし、スキタイと文化洋式を共にする彼らこそが神を読み解く上での必要なカード。

 

「アーサー王の起源を辿る際、学者たちは必ず一つの伝説に辿り着く。彼らスキタイのものたちが語り継ぐ叙事詩、その名をナルト叙事詩という」

 

 ナルト叙事詩。カフカ山脈を起源とする民族叙事詩。彼ら騎馬民族の神話基盤を支える重要な物語である。

 

「そこに記される英雄はアーサー王は言うに及ばず、湖の騎士ランスロットとも多大なパラレルを含んでいた。アーサー王の起源を求める際、この英雄に目が行くのは当然の話である。しかしそうなると重要なのはこの英雄が如何にしてアーサー王、ひいては英国へと伝わったかだ」

 

 そこで重要になるのがオセット人の祖先、北東イラン語派、即ちはサルマティア人とアラン人だ。

 

「アーサー王と英雄を繋げる最後の鍵。それがローマだ。サルマティア人は彼らに傭兵として、またアラン人は彼らと同化する事によって命脈を繋いだ。その際、彼らの文化はローマに流れた。そしてローマのブリテン侵攻がこれら一連の伝承の伝播を繋げた」

 

 さらにそれを裏付けるようにして『ローマ史』に彼らとブリテンの接触を示す一節がある。戦争末期にサルマティア人の一部族である者ら八千人がローマの軍団として徴収され、この内五千五百人のサルマティア人がブリテン島に送り込まれたと。

 

 また聖杯伝説においては五世紀のアラン人のガリア侵略から聖杯伝説が写本される十二世紀までにかけて地域で貴族階級及び教会に大きな影響力を保有していた。聖杯が東方由来の品であるという説にはこれが多大に影響している。

 

「「石に刺さった剣」の伝承は古代アラン人の慣習……即ちはスキタイの文化洋式だ。《鋼の軍神》伝播と伝来に大きく関わる騎馬民族スキタイはこうしてブリテン島にもそれを持ち込んだわけだが……」

 

 「石に刺さった剣」は騎馬民族スキタイが軍神を象徴としたモチーフ。だが、これとともにもう一つ、《鋼の軍神》がブリテン島に持ち込まれていたのだ。他ならぬアーサー王の正体、聖剣を携える《鋼》の英雄の伝承が。

 

「ナルト叙事詩に曰く、その英雄の名はバトラズ。殺した竜蛇の炭と海にて鍛え上げた鋼の肉体を持ち、魔法の剣を携えた―――聖剣伝説の原型、最源流の《鋼》だ!」

 

 衛が言い切ると眼前……ただ黙して傾聴していたブロンドの髪を持つ長身の偉丈夫がくつくつと楽しげに笑う。

 

「くく、正解だ。よくぞ我が名に辿り着いた。いやさ、実を言うとな。この地ではアーサー、前の地ではローランと我が武勲は後裔によって染め潰されていることに思うところがあったのだ。異国の者達が崇拝するその英雄歴々を我が武を以って沈めることにより再び我が武勲を知らしめようと英雄を探し放浪してみれば……」

 

 鎖帷子と革のズボン、三日月型の盾に兜。中世騎士物語などで見かけるプレートアーマーではなく馬に騎乗し、剣を振るい、戦うための最軽量の防具。それはスキタイを始めとする騎馬民族の戦装束。コーカサス地方に今尚残る叙事詩の英雄の装備はやはりというべきか騎馬民族スキタイの文化を取り入れている。

 

「よもや他ならぬ宿敵から我が名を聞こうとは思わなんだ! なあ、異国より来たりし我が宿敵。名を教えてはくれまいか?」

 

神殺し(カンピオーネ)、閉塚衛。お前を殺すものの名だ。覚えたら満足して逝ってくれ。英雄バトラズ」

 

「ハハ! 良いだろう。お前の名は我が武勲が一つとして我が終生に語り継ぐとしよう!」

 

「ハッ―――沈むのはお前だッ!!」

 

 両者邂逅―――英雄バトラズと衛。終ぞ見えた両雄は同時に地を蹴り、激突した。




説明とかそんな馴れていないんで分かりにくいかもしれぬ……。
あんまりに分かりにくいようだったら活動報告覧にでも後日改めて。

アーサー王と思わしき《鋼》の名はバトラズでした。
まあ、だいぶヒントをばら撒いていたんで感想欄で既に当てられていましたが。

ナルト叙事詩と聖杯に関してはまた別の回で語るとして次回はVSバトラズ。実は主人公がまだ相対したことがない《鋼》、正統派英雄神です。戦闘描写書くのが楽しみなようなそうでないような……。


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