極東の城塞   作:アグナ

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あけおめ! ことよろ!!

平成最後に際し、正月はいつも引きこもっているが珍しく初詣に行ってきたぜ。
いつもは近くの神社だがせっかくなので格式のある場所に行こうと言う事で鶴岡八幡宮へ。

南無八幡大菩薩。果たして引きこもりが弓の神に祈って加護を得られるのかは疑問ですが、破魔矢も買ったので、せめて我に降りかかる凶だけでも打ち払いたまえ。

……具体的には初爆死とか(半ギレ)


破られし盾

 ガキン! と鋼の撃音。剣を振るい下ろしたバトラズと予見して守った衛との間に起こったその音が開戦の狼煙となった。

 

「おお!? 我が剣より速い雷の守りとな!」

 

「ッ!?」

 

 手元に跳ね返ってきた衝撃と必死と見定めて振り下ろした剣が呆気なく衛の両腕……否、その全身を守る雷の鎧に阻まれたことに感嘆の声を上げるバラトズ。一方の衛はバトラズ以上の驚愕を顔に浮かばせていた。

 

“ヤベぇ……今、完全に見失っていた!”

 

 そう、共に地を蹴り、初動を選ぶ最中。バトラズの腰が僅かに低くなったと思った刹那、パッとコマ送りのようにバトラズは衛の目の前に現れていた。神殺し特有の獣染みた直感を持って、何とか守りを間に合わせたが、後一拍でも反応が遅れていれば一瞬の内に両断されていただろう。

 

「成る程、流石は神殺し。俺の剣をこうも余裕に受け止めるかよ……!」

 

「……ハッ、今ので破れるほど俺の護りは易くないぞ!」

 

「くく、確かに。しかし主は真っ当な戦士ではないな、そこだけが残念だ。強兵では在ろうが初手に選び取った手が守りとは。差し詰め守護者か、それも当代随一の者と見た!」

 

 戦士の直感と言う奴か。早速、衛という使い手の本質を見て取るバトラズ。

 

「この地の獣は俊足と狡知を携えた者であったが、堅牢たる城塞を手にするが汝か。良し良し、相分かった。ならば、この戦いで堅牢なる城塞を打ち破ることこそ我が誉れッ!!」

 

「勝手に言ってろ。返り討ちに捻り潰す……!」

 

「はは……! それでこそ甲斐のあると言うものよッ!!」

 

 剣が舞う。上下左右縦横斜めと自在に奔る黄金の輝きは正しく、卓越した剣技。武勇を持って神話を刻んだ《鋼》の英雄に相応しきものだ。そしてそれは……衛が体験した事の無い戦闘(・・)であった。

 

 ―――かつて、衛が戦ってきた者達。ダヌやヴォバンは戦争(・・)だった。絶対的な暴力。個人では抗いようの無い強大な力。そういった天災とも呼ぶべき力の使い手たち。そういう者達との戦いは良くも悪くも大雑把だったのだ。それも当然、力を振るえば相手は滅びる。強者たるものただただ強大で在れ……そういった意味で言えば雌雄を決した仇敵たちと衛は似通っていた。

 

 だが、今回の相手は違う。バラトズは正しく戦士だ。剣を振るい、武を鍛え、人を圧倒しながらもその力は精緻にある。つまるところ、遊びが無いのだ。ダヌにもヴォバンにもあった隙と言う奴が無い。

 

「チッ、遂に巡り合ったって言うわけか……!」

 

 人間だった頃、時たま遭遇した衛の天敵……鍛えた術を以って敵と相対する術師。堅牢たる守りを嵐のような暴力で破るのではなく、鍛えた術理で攻略(・・)する。戦う術に長けた人種!

 

 剣が舞う。斬り付ける、斬り付ける、斬り付け―――されど、守りは顕在。

 

「ふむ……その力は庇護者なる者。おお、覚えがあるぞ。汝は蛇を手繰るものか!?」

 

 例え人間が作りし守り、特殊合金の壁であろうと易々と切り裂くはずの剣が通らぬことと、権能から漂う気配にバトラズは納得が言ったように頷く。

 

「うむうむ。覚えがあるぞ! 汝が如き堅牢なる守りを得手とする竜蛇は何度も我が武勲としたが故に!!」

 

「……そういえば姫さんから聞いたな」

 

 ―――《鋼》の英雄バトラズ―――否。剣神(・・)バトラズ。ナルト叙事詩に曰く、弓の達人ヘミュツと海神一族の娘の間に生まれたバトラズは生まれた時、灼熱を放つ鋼鉄の肉体を持って生まれてきたという。その体は海に浸かって冷され、熱によって沸き立った海水は雨となった。

 

 そうして、彼は海底で暫くの時を過ごした後、ナルト一族に迎えられたという。だが、彼は地上に永住しなかった。彼は何れ、彼より強い戦士に出会うことを予見し、天上に住まうという鍛冶師クルダレゴンに自身の身体を打ち直して(・・・・・)貰うため、天上へと上るのだが……。

 

「しかし、クルダレゴンの奴が用意した炉は俺を焼き直すには些か火力が不足していてなぁ。そこで奴は俺を鍛え直すため、俺に数多の竜蛇を殺させ、その死骸を炭として俺を鍛え直したのだ……ゆえにだ」

 

 にやりと不吉な笑みを浮かべるバラトズ、そして―――。

 

「それが《蛇》に類するものであるならば……我が剣、阻むに値せずッ!!」

 

「何ッ!?」

 

 瞬間、剣の光が増した。夜明けの曙光と見間違うほどの強烈な輝きが辺り一帯を染め上げる。しかし、それだけに留まらなかった。輝く剣が、徐々に、徐々に、無敵の城塞を侵食する! その現象に衛は目を見張った。

 

「これは……俺の呪力を転換しているのか!?」

 

「然り! その力が蛇に列席するものと分かれば、その悉くを我が身に変えてきた俺にとっては俺を鍛える力も同然、十全が故に堅牢ならば、その力、我が物としてくれよう! ははは、城塞破りの王道は内々から攻略するものであろうが!」

 

「ぐっ……つぉ……!」

 

 それは斬るというより溶かすという表現が近かった。高温が鋼を溶かしていくが如く、曙光放つ剣が衛の鎧に食い込んでいく……ヴォバンのような力技ではない。相性と術理、それを解する英雄だからこそ成せる城塞の破壊ではなく攻略。単純に強いのではなく、鍛え上げたが故の強者。

 

「無敵の守り! ここに潰えたり!!」

 

 衛にとってこの第一権能『母なる城塞(ブラインド・ガーデン)』は取り分け、彼の戦い方の根幹を成す権能。それを破られるということは彼を窮地に導くものである。

 

 だが―――彼は神殺し。それも数多の死線を潜り抜けた猛者である、手札の一つを封じられようと、牙も爪も持つ獣は別の手段で応戦するまで。

 

「ッ! ―――旅人が、商人が、医者と詐欺師と牧師が、汝の多様な知恵を授かるため今か今かと焦がれている。諸人に狡知の知恵を授けんがため、我は速やかなる風となりて伝令の足を向ける! 神々すらも煙に巻け、言葉豊かな伝令者!」

 

「ぬっ、」

 

 謳い上げられる言霊。刹那、衛の両脚に蒼天の具足が出現する―――第二権能『自由気ままに(ルート・セレクト)』。極近距離で立ち会っていた両者が一気に引き離される。間合いにして十メートル。目標を見失った剣は虚空を斬り、目前の敵が遠のいたことにバトラズが僅かに動揺する。

 

「加減は要らん! 全力で行け! アルマテイアッ!!」

 

『Kyiiiii―――!!』

 

「ほう! 自由自在なる雷の化身! それがお前の鎧の正体かッ!!」

 

 その隙を一気に衛は畳み掛ける。鎧から神獣へ。嘶きを上げる神獣アルマテイアは主人の言葉を実行するべく《神速》となりてバトラズに迫る。対するバトラズは驚嘆しつつも応戦する、が。

 

「おおおおおおおおおおおおおお!?」

 

 雷撃、雷撃、雷撃。四方八方から迫り来る稲妻の雨にバトラズは無防備にも打たれ続ける。当然である、神獣アルマテイアは守れば堅牢、攻めれば圧倒。故に磐石の攻守一体の権能。加えて、その初動が稲妻の《神速》ともなれば如何な百戦錬磨の英雄バトラズとて対応できない……対応()出来ない。

 

「こんの……! 反則ボディが! 砕け散れッ!!!」

 

「フハハハハハ、自慢の肉体である。そう簡単に砕けるものでもあるまいよ!!」

 

 無傷であった。全力で放てば『死と生の女神』、《蛇》とて一撃で瀕死に追いやる威力を誇るアルマテイアの稲妻。それを全て受け止めて尚、英雄の肉体に傷は無い。

 

 これこそが鋼鉄の肉体。《鋼》の逸話特有の不死身性、《鋼》が体現する権能の中で最も代表的な力―――!

 

「速い、速いな!! これほどの攻守巧みでありながら、さらには《神速》成るか! いやいや、いいぞ神殺し! 否、マモル!! 名は体を現すというが汝ほどに守戦に長けたものには終ぞ巡りあわなんだ!!」

 

「そうかよ! なら感心したまま死んでくれ!!」

 

「応さ! ならばこそ、今度はこちらが見せる番よ! 稲妻なる神獣……我が武技を以って攻略してみせん……!」

 

 言うとバトラズは剣を所謂、正眼に構える。その間にも雷に打たれ続けているというのにそれを物ともせず、ただただ《神速》で奔る雷を注視し続ける、そして三十六度目の接触。アルマテイアの稲妻がバトラズの胴部を撃ち抜かんとした刹那―――。

 

『Kyaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!?』

 

 一閃―――さながら戦国に名を馳せた武将の技を真似るがごとく《神速》を断ち切る『雷斬り』の絶技。それがバトラズの手によって成されていた。悲鳴の叫びを上げる神獣アルマテイア。稲妻に羊の残影を浮かばせながら光の霞となって消失した。

 

「―――は?」

 

 その現象に衛は呆然とし、

 

“ダメです、衛さん! 止まってはなりません!!”

 

「ふっ―――それは油断と言うものだ―――!」

 

 脳内に響く相棒の叱咤、笑う英雄。その二つで望外の現象を脳裏から追いやり死を潜り抜ける直感と長年の戦闘経験から自動的に権能に呪力を流し込む。

 

「我、地上を流離う者! 天上に言霊を届ける者! 冥界すら下る者! 我が伝令の足は疾く目的地へと赴き、縦横無尽と地を天を冥界を歩み往く―――!」

 

 神獣アルマテイアが斬られてもその加護は健在。辺りに散らされた呪力の残滓を使い、旅の権能と併用して瞬間移動の技を成す。だが、それでも空白が足を引っ張った。

 

「あづ、ぐううううううううううううう!!」

 

 腹の肉を削がれる。五臓六腑に届くものではなかったが、剣の熱が肉体に染み渡って苦痛を呼ぶ。削がれた部分はジュウジュウと音を立て、不愉快な匂いを衛の鼻へと届かせる。一瞬の接触で尚、触れた部分は丸焦げであった。

 

(ほんの一瞬、それも掠っただけでヴェルダンとか。直撃したら一刀両断より先に丸焼けだぞ……!)

 

 思えば衛の城塞を破る時も斬るというより溶かすという感じであった。魔法の剣、最源流の《鋼》が携える剣の正体は分からないがアレはまともに受ければ骨も残らないだろう。だが、それよりも深刻なのは……。

 

「おい。インチキ英雄、どうやってアルマを……」

 

「奇異なことを。確かに《神速》なる存在ははしこく(・・・・)、捉えるに苦労する。が、そこはそれ。俺のように一角の武芸者であれば心の目を以って掛かれば、捉えるに容易い。縦横無尽ともなれば捉えるには少々の時間を要したが来ると張った網に掛かればこの通りよ」

 

 ふふん、と自慢するように言うバトラズ。その言葉に衛は思わず舌打ちをする。アレクも有する《神速》の権能。それはダヌやヴォバンを以ってしても捉えきれないものだったはずだ。確かに衛は《神速》の弱点を知る。先達たるアレクもまたその使い手であり、彼の一時の教え子であった衛も彼から教授されている。

 

 まず速度ではなく到達時間の方を歪めている為、空気抵抗が発生しないが代わりに衝撃も発生しない。ゆえに加速度を利用した攻撃は不可能。またその速度ゆえに制御が難しく、先達アレクも完全な制御下に置くために多大な苦労を積み上げたという。付け加えて肉体的枷だ。神としての肉体を持ち、多くが元々兼ね備えている場合が多いまつろわぬ神と違い、後天的に得た神殺しでは適した身体で無い故の弊害が出る。アレクの場合は時差ボケという形で現れたそうだ。

 

 こういった弱点に加え、光速には達していないが故に光に捉えられる上、常軌の通り力の使い方が難しいために人類最高峰の武芸者や魔導に熟練した特殊な瞳を持つものなど、そういったものには容易く見切られてしまう。

 

 《神速》使いは速度の緩急を両立させるほどの域で使いこなせて初めてそういった使い手たちにすら有利を得られる使い方ができるのだ。その点、衛が使う神獣アルマテイアは優秀の極みにあった。

 

 まず稲妻という変幻自在な形態ゆえ肉体的枷は無く、持って生まれた力ゆえ緩急どころか直角に軌道を変えるような自由自在な動きも可能と―――《神速》使いの中でも頭一つ抜けている。捉えようと思えばそれこそヴォバンのように動きを封じる絨毯爆撃が必要なほどに……。

 

「ああ、それならば汝のせいだぞ」

 

「……なんだと?」

 

 衛が険しい表情を浮かべているとその疑念を汲み取ったかバトラズがさも当たり前であろうとばかりに指摘する。

 

「確かに汝が神獣の《神速》は他に類を見ないほどの尋常ならざる領域のものだ。しかしな、汝自身がそれを操っているわけではあるまい? 汝の令を受けた神獣自身がその意に応えて行使する半独立した力だ。そしてそのものは神獣なれば攻撃は巧みなれど、その動きは動物的なものとなろう」

 

 例えば獣は火に近づかない。これが神獣となれば話は違うだろうが、仮にこれが聖火だったら? 獣の高位種たる神獣すら焼くものであったら? 恐らく神獣は近づくまい。

 

 神の意に沿い、動く獣。獣以上の力を有するが、本質は人間世界で言うAIに近い。即ち、命令されたことを自身が持つ可能な力の最適量で実行する。

 

「意図的な隙、認識の隙間、行動の誤差……そういったものを使った詭道を連中は解さぬ。例えば我が身が堅牢極まりなく、稲妻が通らないと認識すれば威力を上げ、脅威となるモノが迫れば、身を翻して回避する。獣以上には賢いだろうが言ってしまえばその程度なのだよ」

 

 尋常ならざる《神速》の腕。力そのものは厄介である。だが、果たして使い手の方はどうだろうか?

 

「己で手繰る技であればこうはならなんだろうが……戦士であっても、闘士でない主には難しい話であったかマモルよ」

 

「そういうことかよ……」

 

 納得が行くと同時に最悪な情報が一つ分かる。この男にアルマテイアは通用しない。全力攻撃、全力防御、この二つは未だ試していないがため、本当はどうかは分からないが、少なくとも通常運用に際してアルマテイアが持つアドバンテージの全てがこの男には通用していない。

 

「……参ったな」

 

 これが《鋼》。正当なる英雄にして不死身の神―――。

 

「汝が頼りし城塞は破ったぞ? さあ、如何とする?」

 

 

 

 

「これが最源流の《鋼》ですか……」

 

 苦戦する主を見守る視線―――それは強張った表情を浮かべる桜花であった。

 

 衛の力は本人が自覚するとおり戦争向けのもの。仇敵とするヴォバンと同じく細かい制御を投げ捨てた大雑把な暴力である。それゆえコントロールが難しく、また共闘を前提にした力でないがため、馴れない共闘などすれば仲間ごと敵を焼き払いかねない。共に戦うという決意は良いが、それはそれとして衛の戦闘の邪魔をしないため、桜花は両者の攻防を傍から見守っていたのだが……。

 

「……ダメです。心の方が揺らいでる」

 

 権能を直接斬られたわけではないので『母なる城塞』は健在だ。衛はそれの表層上の力のみ……雷撃を操ってバトラズに対抗する。うちの呪力で再びアルマテイアを償還しても斬られると分ければそれ自体、呪力消費の無駄。絶対的防御で守りつつ、敵の欠点を見抜いて攻めるスタイルを殴り捨て、ひたすら旅の権能で凌ぎながら雷撃で応戦するというヒットアンドウェイの戦術を取っている。しかし……。

 

「はは、どうした逃げの一手か!? らしくないな! 神殺し!!」

 

「抜かせ……!」

 

 攻める神と受ける衛。構図は同じでも普段と大きく異なる―――本人は嫌がるだろうが彼の戦い方は極めてヴォバンに似ていた。圧倒的な自力に対する絶対の自信とそれを持って圧倒するスタイル。この場合、衛とヴォバンでは攻撃と防御という違いがあれど、攻撃威力に絶対の自信を持つヴォバンと防御性能に絶対の自信を持つ衛とでは方向性は真逆だが、本質は同類のものである。

 

 ゆえにこそ、逃げという普段のスタイルから大きく乖離した衛のそれは上手くはいえないが似合っていない(・・・・・・・)のだ。少なくとも神殺し、閉塚衛はそういう王ではない。自信の揺らぎ、支柱が崩れた焦り。

 

 剣術の使い手として気剣体を知る剣士である桜花だからこそ、有利不利以前の問題を見抜いていた。充実した気を持って決断し、正しき術理で剣を振るい、相応しき体勢を持って事を成す。これ即ち気剣体一致、剣術の心得である。

 

 そういった観点からして今の衛は心が急いている。その揺らぎがため、剣は正しき法で振るわれず、体は本来の形を成していない。全力を持って尚、打倒するが困難な『まつろわぬ神』と相対しながら今の衛はそこから遥か程遠い不調だ。そしてその目は見事、真実を射抜いていた。

 

「ヅゥうううう、くっ、がァああ……!!」

 

「どうした、どうした!? 明らかに初手より劣っているぞ!! 己が守りを破られたこと、それ正に敗北同然であったのか!? 返す手在らぬならば地に伏せよ! その末路はせめて我が武勲として誉れあるものとしてくれようぞ!!」

 

「うるせぇぞ……! くそったれがッ!!」

 

 バトラズの挑発に歯噛みするように応える衛。応えるや否や、衛は体内の呪力を循環させ新たな言霊を口にする。それは……。

 

「我は全てを阻むもの、邪悪なりし守り手! 恐怖の化身にして流れ断つ者! 豊穣は此処に潰えり、雨は降らず、太陽は閉ざされ、繁栄は満たされぬ―――さあ、簒奪者よ! 恐怖と絶望に身を竦ませよ、汝が怯え、汝が恐れた災禍が今再び、汝を捉える―――――!」

 

 第三権能、まつろわぬダヌより簒奪せしめた『富める者を我は阻む(プロテクト・フロム・ミゼラブル)』。その力が成すは呪力封じ―――即ちは権能封じである。堅牢なる守りを侵食する剣も厄介であるが、それ以上に厄介なのは衛が保有する攻撃の一切を通さぬ鋼鉄の肉体だ。

 

 果たして権能封じの短剣が投擲される。だが、バトラズは当然のようにその一撃を払った。

 

「フン、うちに孕む呪詛こそ不穏であるが……そのような稚拙な一撃を俺が受けると思ったか? その驕りは我が武芸に対する愚弄と知れ!」

 

「チィ!!」

 

 そう、効力こそ凄まじいがこの力は投げるにせよ、斬りつけるにせよ、直接当てる必要がある。これがイタリアに住まうという『剣の王』サルバトーレ・ドニや中国の魔人、羅翠蓮ならば簡単だっただろうが、生憎と使い手である衛は当代の神殺しで最も、技術という面で後退する。彼ら技術を持って魔人域に達したものとまでは言わずともせめてヴォバンほどに動ければ話が違ったのだろうが。

 

「ただでさえ、相性の不利があるのに。城塞が攻略された動揺で普段の調子には程遠い……」

 

 そもそも破られた時とて、桜花の忠告がなければそれで詰んでいた可能性だってあった。

 

 戦士で在って闘士ではない。今の衛にバトラズへの返し手はない。このまま追い詰められれば何れバトラズの剣は衛に追いつくだろう―――卓越した剣士を、闘士を倒すための手段は二つ。

 

 技巧を圧倒する暴力を用意するか―――同レベルの存在をぶつけるかだ。

 

 ゆえにこそ、今こそ約束を遂げよう―――共に在る為に。

 

「―――嗚呼、なんと哀しきことであるか。勇猛なる勇士は血の海に倒れている。その誉れある剣は振るわれず、果敢なる盾は機能せず、その一撃は不意を打つべく放たれている。嘆かわしき哉! 貴方は暗殺されたのだ。ならば私は、その殺害に復讐すべく剣を振るおう……!」

 

 バトラズの剣にて大小傷つけられた衛、受けた痛みと劣勢……それらの危機を脱すべく、彼から放たれる救援のパス、流し込まれる呪力を呪詛に変換する。

 

 ―――愛する勇士が傷つけられている。嗚呼、なんて哀しく、なんて嘆かわしく、なんと……恨めしいことか!!

 

 想いは(いのり)へ。復讐遂げる乙女より簒奪せしめた権能―――二人を繋ぐ、両者合一の力が受けた痛みを返すべく、桜花の身体を強化する。

 

 では、悲劇の幕を挙げよう。絢爛たる輝きを憎悪(アイ)を持って引き摺り下ろす―――!

 

 

………

…………

……………。

 

 

「その動き、見て取ったぞ。瞬間移動の力、旅に類する神の力はもはや脅威に能わず!!」

 

 バトラズは見切りを以って、《神速》を打ち破り、雷斬りを成したもの。ともすれば、これだけ逃げにヘルメスの権能を乱用すれば移動限界を見切られ、次の動きも読まれるという物。

 

 言葉は寸分違わず真実を射抜いている。バトラズが袈裟切りに振るった一閃、それを背後に回りこむように瞬間移動を発動して凌いだ瞬間、バトラズは如何な歩法を使ったか、数十メートルと離れる衛との距離を一瞬で詰める。

 

「クソ……漫画か!?」

 

「さらば! 久方ぶりの難敵であったぞ! さあ、その首を以って我が武勲が一つに加わるが良い!」

 

「誰が……!」

 

 首に迫る剣。もはや決死と衛は決意し、己が呪力を全力で回し、アルマテイアの稲妻を以ってして相打ちに持ち込もうと構えた刹那―――両者が両者しか見ていないという絶好の隙に、稀代の剣士が踏み込んだ。

 

「フッ―――――!」

 

 軽やかなる足捌き。音も立てず、最小距離で、最小動作で、最小威力で最大の一撃(不意打ち)が発揮される。

 

「なぁ……!?」

 

 鋼鉄の肉体、それを透き通るようにして刀が奔る。その、これまでの交錯でも類を見ない死への接触にバトラズは全力で身を引いた。急所を外して半身になったバトラズの左胸に一閃が走る。同時に傷が血を噴いた。

 

「お、うか?」

 

「ふぅ―――色々没入しすぎです。一緒に戦うって言ったばっかりじゃないですか」

 

 傷を抑えて、一歩二歩下がるバトラズへ油断ならぬという瞳を向けたまま、茫洋とする衛に口を尖らせて文句を言う桜花。

 

「というからしくないです。熱気に在って尚、冷えた心が成すクレバーさ。狂乱の如く、荒ぶる熱が趣くままに力を振るうとかそれ、ヴォバン侯爵とかには似合うでしょうけど衛さんにそういった暴力的な力の使い方は似合いません。それは圧倒とは言いません。」

 

「……あー、すまん。動揺してた」

 

「でしょうね……衛さんの護りに対する自信は力の特性以上に力に対する別の想いを感じますから、取り分けあの権能が特別なものなのは理解しますが、そこはそれ、戦いでは斬り捨ててください。戦争にルールはありますけど、戦場にルールはありませんし、何でもありなんだから隙を見せるとか論外です。特に衛さんは守りが破られると不味いんですから。油断のなさ、抜け目の無さがまるで失われてましたよ」

 

 早口染みた口調で文句をつける桜花。既に意識が剣士としてのものに移行しているのもあるだろうが……それ以上に彼女の言葉には感情がこもっていた。

 

「いつになくキツイな……怒ってる?」

 

「超怒ってます。今、死にかけていました。私を残して逝くとか、私、許しませんので。神殺しうんぬん以前に殿方なのですから、責任はきちんととってくださいね」

 

「……わーお、おっかないな。これは」

 

「共に在ると決めましたし……天下の魔王様の相手です。そりゃあ怖いに決まっているんじゃないですか?」

 

 言葉尻を若干、口を尖らせて言う桜花。どうやら彼女にとって恐ろしいという言葉は不服極まりないものだったらしい。その態度に何時ものらしさを感じて衛は苦笑する。

 

「拗ねるな拗ねるな……。活が入った―――すまん、埋め合わせは必ずする!」

 

「はい、後で英国観光(デート)です。それで許します……なので、」

 

「ああ、なんで……!」

 

「「失せろ、英雄……!」」

 

 気剣体、此処に一致。相棒であり、新たな《剣》を携えたことで守戦の王は調子を戻す。ゆえに今一度宣戦布告を。万全を整えた以上、我らに敗北はありえないと。

 

 その不遜なる態度を英雄は、まつろわぬ者は……歓喜の大笑で迎え入れる。

 

「クハハハハハハハハハハ!!!! 良いぞ良いぞ実に良いぞ、気に入った!! 良いだろう、人間と思って捨て置いたが流石は魔王の伴侶、なればこそ汝もまた強敵と見た! 汝らの首を持ってこの国を凱旋する、それがこのバトラズの決定と知れッ!!」

 

「それは……!」

 

「こっちの台詞です!」

 

 第二幕開演―――片翼を得た魔王は比翼となりて、英雄は立ち塞ぐ苦難に呵呵大笑と挑み。此度の英国騒動は佳境へと突入していく―――

 

 

「くく、では……己もそろそろ、頃合か」

 

 

 ―――――その結末は天のみぞ知る。




次回、決着。

今回は今までとは違う、《鋼》の英雄、正当な戦士、という敵だったがため、色々判明した衛くんの弱点。

権能封じとか何それチートと思いますけど「当たらなければどうということない」のです。再三追求している通り、近接戦闘というか、戦闘技術は全カンピオーネ最弱ですし。

というかだね、神殺しの勘いうても平和な日本の環境で育った人間がそうポンポンと人類最高峰の剣士やクンフーマスターと真正面からやりあえてたまるか(原作否定)。

まあ、全部カンピオーネだからねで片付けられる辺りホントこいつらは……。戦闘シーンを書くのが一番辛いぜ……なんか原作者様に共感できる気がする。

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