―――剣戟の音が響き渡る。
「セィ、ィヤアアアアアアアアアアア!」
「―――――ッ!?」
第二幕が始まってより、今尚、息を吐かせぬ連撃。それを前にバトラズは思わず驚嘆のため息を吐く。
“この娘、人の身で……!”
振り下ろされる打刀はお世辞にも速いとも重いとも呼べない。何せ、操り手がまだ成人もしていない少女である。如何に刀が英雄殺しの呪詛を纏っていようとも操り手たる本人がただの人間、ただの少女ならば限界がある。
取り分け最源流の《鋼》として数多の武功を刻んできたバトラズ相手では攻撃が通じるからといって戦いになるはず等、通常は無い。ただ人である限り、どんな達人であろうともそもそも彼と渡り合うことは不可能……のはずであった。
しかし見るが良い……この剣の冴えを。
速いわけではない、速度は精々並以上、最短到達距離、最小動作で振るわれる刀はなるほど、人間領域のものとしてはかなり磨き上げられているものだが、《神速》すら見破るバトラズにとっては速いものではない。
重いわけではない、身体能力は恐らく限界値まで極めている。相手が少女であることも加味すれば成人男性以上を思わせる力の強さと技にて強められた刀は確かに達人クラスの猛者であっても跳ね返し難いものであるが、所詮、人の領域。《鋼》の英雄に返せぬものではない。
そう彼女の身体能力、振るう刀、自体に全く脅威は無いのだ。そもそも如何に彼女が優れた剣士であろうとも神と人とでは海と人は渡り合えるかという領域の話なのだ。
それ即ち不可能。ゆえにこそ神殺しをなしたものは人類を代表する究極の戦士として扱われる。彼女が行使する呪詛が神殺しのもので、神の死に触れられる一品であろうともその原則が絶対の不文律としてある。
だからこそ、彼女は障害には成り得ても脅威には成り得ない……。
「シッ―――ハァ―――!」
「……チィ!」
端的に言って、どういうわけか全力が出せない―――!
「くっ……猪口才な……!」
首筋に奔るチリチリとした殺気。咄嗟に庇おうとしたが、されど抉られるのは守った手の甲。続けて振り下ろされる袈裟切り。身を引こうとした瞬間、理性が回避の必要は無いと断じ、よって回避行動が遅れて胸元に薄い血線が引かれる。
あっさりと無防備に踏み込んだ華奢な身体を一薙ぎしようとすれば、どういうわけか目測を誤って少女の頭上を剣は通り過ぎるのみで、逆に晒した隙を彼女に衝かれる。
繰り出される首元への突きを届かないと思考は思うが、現実が思考を凌駕して鋭い突きが首を刺すどころか貫通する勢いで迫る。辛うじて生存本能が間に合い、剣の柄で弾くことに成功するが、弾かれるや否や少女は刀を引き戻し、その反動でくるりと一回転。そのまま息がかかる超近距離に踏み込み、小柄な身体をさらに縮めながらバトラズの左太股を深く抉り取った。
ならば力技で地盤ごと、彼女の技ごと、その華奢な身体を手折ってやろうと打ち下ろしを繰り出すが、少女の身体では決して受け止められるはずの無い剛剣が何故かふわりと受け止められ、簡単に受け流される。大地に打ち付けられた剣は地盤所か、斬り痕一つ地面に付けられずに大地の上に乗り、唖然としていれば、その隙に蹴りが右肩に刺さる。威力は無い、重みも無い、なのに内々から激痛が込み上げる。
どういうことだ、どういうことだ、これはどういうことだ……!
「馬鹿な……この俺を、剣術で圧倒するというのか……!?」
よりにもよってただバトラズを致死足らしめる毒のみを持ったただの人間が。神殺しではなく、その従者が。よりにもよって《鋼》の剣神たるこのバトラズを、その剣の本分で圧倒するというのか!?
戦慄するバトラズに雷撃が突き刺さる―――それ自体、脅威には成りえないが黄金の輝きが視界を染め、その影に隠れて少女の刀が心臓に迫る。英雄殺しの呪詛が込められた刀である。心臓に突き刺されば如何に不死身のバトラズとて死ぬ……だが、まただ、また思考にこれは脅威ではないという有り得ない思考が挟まる。
もはや使えぬと思考を放棄し、バトラズは剣を振るう戦士としての直感だけを頼りに剣を振るった。よって致命的な一撃を避けることに成功するが、代わりに致命的ではない一撃を直感が反応せず、一身に十と浴びる。
「……ゼァ―――――」
人に神が圧倒されるという不条理に戦慄と困惑と驚愕を浮かべるバトラズに対して空くまで桜花は冷静だった。淡々と、的確に、打つべき一手をただ打ち続ける。
「……流石」
その、桜花がバトラズを圧倒する有り得ない光景を見て、思わず衛は苦笑する。そして同時に思う。なんと滑稽で恐ろしい光景かと。
バトラズは動かない。まるで油断しているかのように有り得ないタイミング、有り得ない場面で踏みとどまり、受けに回る。
桜花の刀はごっこ遊びのようにしか見えない。棒切れを振るう子供のように、フェイントの類は見られず、ただ此処が防がれたから今度は此処といっそ無邪気とすら感じられる無作為さで刀がバトラズを捉える。
とてもではないが両者全力には思えない。殺し合いには程遠い剣術指南か何かのようだ―――そして、桜花が圧倒している理由がそこにあった。
一と十。人と神との差がそうだとする。一が全力値の人間に対して、神は十が全力値。それだけの差があるものだから人を捻り潰すのに神はちょこっと力を加えればいい。人は神に呆気なく手折られる。
どれだけ鍛えようと人が神に勝れないのは此処にあるのだ。瞬間的出力、部分的技量で仮に神を越えようとも、神は人間と同じく突出した得意分野に加えて、総合的に圧倒的なのだ。ゆえに人は神に匹敵できても凌駕できない。だからこそ、異質な存在として、最強の人類種として神殺しは在る。
しかしならば考えて欲しい。仮に神が、所詮人だと思い力を一に抑えるとする。対する人間側は瞬間的出力だけならば二が出せるとする。この場合ならば、力量の差を置いて、神は油断と言う枷により人に劣ると考えられはしないか。
これは、もっと近いジャンルでも例えられよう。テレビによく出る芸能人対プロスポーツ選手。彼らがスポーツのステージで競い合った場合、どうあっても順当に勝つのは後者であるが、例外として、ハンデや相手が素人だという油断、己はこれを極めてきたのだという慢心により、芸能人がプロ選手に勝つという不条理が起きる。
そう、油断、慢心……とどのつまり百パーセントのポテンシャルを発揮できていない場合に限り、力量さ、優劣の差は無視される。
「虚実の究極だっけか……あの域の駆け引きは点で俺には理解できんが」
此処に彼女の本領が発揮される。こと近接戦闘において、桜花はあらゆる敵の天敵となりうる。桜花の剣術を前に優れた術者ほど、その合理に油断する。それでは自分に及ばないという思考が足を引っ張り、全ての手札を歪ませるのだ。
気をズラすことで相手の術理の全てに不和を生む。敵手が優れていればいるほど、何故そんな稚拙な手を打つ? という疑問と油断が生存本能、身体に刻んだ術理に待ったをかける。よって彼女と相対するものはどうあっても全力を出せない。
何より武に優れるからこそ絶対に嵌るという矛盾。
「……この手はダヌやヴォバン侯爵には使えませんでした。何せ、彼らは良くも悪くも大雑把です。どれだけ優れた受け流しを身に付けようとも人は隕石の威力を殺すことが出来ないでしょう? ですが、このように隕石が小石になるならば話は別だ」
天から落ちてくる隕石を人は受け止められない。ならば人が空に小石を放って落ちてくる程度に治めてしまえば話は別だ。無論、これは隕石に対して適用できない。常に全力で天災たるものに弱体化は望めないし、自ら手を抜くというのはありえないから。
だが、しかし、一流の手合いならば話は別だ。蟻を踏み潰すのに、態々一流は全力を出さない。そしてだからこそ、敵の脅威度を引き下げるというある意味、矛盾した方針は一流に対してのみ適用できるのだ。
構え直す桜花の言葉を聞いて、なるほどとバトラズは合点がいったという風に頷く。
「見誤ったわ……その剣が纏う呪詛が英雄殺しなのではない。お主の持つ術理自体が百戦錬磨の英雄だからこそ嵌る英雄殺しなのだな……!」
そう、彼女は英雄殺し。平穏守る城塞を打ち砕く、血を望む猛者をこそ鎮める手合い。相手がより優れた術理を解すものであればあるほど、彼女が相手では分が悪くなっていく―――正に英雄殺しの少女であった。
「くっくく……はっはははは! 成る程、成る程! 汝こそ、そこな神殺しの《剣》であったか、無敵の城塞が武を解すわけもなし、守りが本分である以上、攻撃を不得手とするが盾の宿命であるが、そうだな、城塞は最後の守り、最強の拠点としてあるもの。ならば内に攻め入る敵を迎撃する《剣》を持っていて然るべきだ!」
「はい、貴方の相手は私が務めます。そも盾は矛より守るが本分。貴方のような手合い徒打ち合うためのものではありません。尋常なる戦を所望と言うならば、我が背の君に代わり、不肖、姫凪桜花がお相手いたします……!」
「然り然り。確かに道理よな」
両者構えたまま、距離を離して言葉を交わす。間合いは十メートルと少し。どちらであっても一瞬で踏み潰せる距離である。共に敵手の次の一手を探り合っていると、バトラズがふと、ニヤリと不敵な笑みを浮かべた。
「了解したぞ―――ならば、今度はもう少し大雑把に行くとしよう……!」
「ッ―――!?」
瞬間、バトラズの体が……灼熱に染まりあがる。まるで炉に突っ込まれた剣のようにバトラズの体は数千度に匹敵する超高温を纏ったのだ。
「はは……!」
一歩踏み出す。ただそれだけで溶解する大地。少なくともただ人ならば触れれば骨も残るまい。
―――彼は最源流の《鋼》。それも軍神や英雄神の類ではなく剣神というのがバトラズという英雄の真実であった。
彼の神話はその始まりから終わりに至るまで全て剣の錬成工程と同一のものであった。灼熱を身に纏って生まれた彼は海に冷され、鋼の肉体を持った英雄として誕生する。後の強敵を予見して、稀代の剣匠によって炉に飛び入り、熱され、冷され、繰り返し鍛え上げられる。神話を彩る最後には魔剣を海に投げ捨てることで息を引き取った。
「武人たるもの見事な敵手に対して手を抜くなど言語道断。ゆえに全力で参るぞ……神殺しの巫女、英雄殺しの娘よ―――!」
雄々しく言うや距離を詰めるバトラズ、桜花は先ほどと同じように気を乱す虚実の剣を披露し様と構えるが、
「あづぅ―――くっ……!」
打ち合うことなく距離を離した。相手の技量が上がったわけではない、虚実の剣が披露できなくなったわけではない、もっと単純な理由から彼女はバトラズから距離を置いていた。
「あっつい! なんて熱量……私が条件反射で身を離すなんて!」
修験者として火渡りなども修行の一環でこなす桜花は火に対する耐性を高いレベルで保有している。それこそ、炎上する家屋に突撃しても火傷一つ負わずに居られるほどに。しかし、そんな桜花がバトラズに接近されて身を離す―――それはバトラズの灼熱が桜花の火耐性を凌駕するものであることを示していた。
つまるところ、あの高温に対して桜花は耐え凌ぐ術を持たない。
「気をつけろよ? 剣は無論のこと、我が肉体に触れても無事は無いものと心得よ!」
「……ッ!」
形勢逆転。触れられれば終わるという条件では、流石の桜花もおいそれと接近できるものではない。そして刃を交わす間合いから抜け出るということは実力を押さえ込むことで実力差を封殺していた現状が砕け散るということ。
そも一と十。如何に優れた術理であろうとも嵐を受け流すことは人間には出来ない。神々の武芸すら封じ込める桜花の技はなるほど恐ろしい。しかし残念ながら敵手は英雄ではなく神なのだ。ゆえに英雄殺しは神威を持って跳ね除けられる……。
……だからこそ。
「間抜け」
蔑む声。敵が武芸者ならぬ嵐が如き天災ならば……城塞はその悉くを防ぐ無敵の盾となる。
「ぬっぐ、おおおおおおおおおおお!?」
「剣の鍛錬の過程……か。ならその状態は、剣を鍛える最中……最も剣が柔くなる状態だと睨んだが、どうやら今のお前ならば俺の攻撃も通るらしい」
「貴様! 神殺し……!」
「勝手に盛り上がっているとこ悪いが二対一だぜ、これは」
バトラズの行為はなるほど尋常なる武芸者の戦いならば正道であり、雄々しい英雄的行動だ。だが、敵は桜花ではなく衛、獣が如き貪欲さで勝利を欲する魔王である。敵が己から絶対の守りを捨てるという行為を晒した以上、横槍で台無しにするのは当然の行動である。まして敵に対して苛烈を持って相対する衛に容赦と言う言葉は無い。
「王位を簒奪されんとするため天空統べる大神は我が子を殺さんと牙を向く。母なる愛よ、下賤な父からいずれ偉大となる者を護りたまえ!!」
高まる呪力と唱えられる聖句。此処に再び、城塞が顕現する。
『Kyiiiii―――!!』
「山羊の神獣……攻守一体の雷か!!」
現れたアルマテイアは即座に攻撃行動に移る。雷へと姿を変じたアルマテイアは灼熱を帯びたことにより鋼鉄の肉体を失ったバトラズにこれでもかというほど雷撃を浴びせる。まるで先ほどの意趣返しのようだ。
「ええい、無粋な……!」
「戦場にルールがあるかよ―――下がれ桜花、最大火力で決める」
「舐めるな、同じ手が……!」
バトラズが構える。先にアルマテイアを屠った雷斬りの再演。次の手は間違いなくそれだろう。如何に鋼鉄の肉体を自ら捨てた今、雷撃が身を通るものとなったところで元々の技量は失われていない。
アルマテイアの《神速》は相変らず、両眼がくっきりと捉えている!
「再び消え失せるが良い!」
剣を振るう。速度、威力、タイミング。共に一切誤りなし。即ちアルマテイアは再びその首を跳ね飛ばされるしかない。
「……舐めるな。同じ手を使うと思うか」
「なっ……!」
その声は耳元で聞こえた。気がつくとパッとバトラズの懐に現れた衛。その手には奇形の短剣が握られている。瞬く蒼天の具足を見れば、如何にして現れたかなど一目瞭然。《旅》の権能、ヘルメスの力を利用した瞬間移動である。
「不覚……誘導されたか!」
「もう遅い」
サクッといっそ、あっさりと刺さる奇形の短剣。とても脅威となりえない、殺傷力に欠ける一撃であるが、この短剣の本質は殺すことではない。
「ぐおお、おおお、おおおおおおお!? 先ごろの呪詛短剣……よもや呪力封じのものであったか……!」
第三権能、呪力封じに伴う権能封じの呪詛。それを受けたバトラズは肉体から灼熱を失った。彼が成す剣の錬成過程……一切を含む《剣》の権能を封じ込めた。
「これで……終わりだ」
言い切ると瞬間、現れたのと同じくして一瞬にして姿を眩ます衛、瞬間移動である。危険域からの離脱をしたのだ。そう……迫り来るアルマテイアの一撃に巻き込まれないために。
「くっ……おのれ……!」
手に携える剣に輝きは無い。当然だ、この剣の正体はバトラズその人なのだから。己の本旨、剣神としての武勲の化身としてあるがこの聖剣の正体なのだ、バトラズ自身が保有する剣の権能なくしてこの剣は聖剣足り得ない。
加えて、今の一幕で完全に雷斬りが乱された。剣が落ちるより早くアルマテイアは己を打ち据えるであろう。
「おおおおおおおおおおッ!!」
果たして、バトラズは最高威力まで高められた呪力の奔流を一身に浴びる。黄金が辺り一帯を照らし上げた―――――。
………
……………
…………………。
静寂が落ちる。
美しかった緑なす碧き自然は度重なる雷撃で焼け焦げ、陥没し、見るも無残といった有り様だ。灼熱の熱波を浴びた木々は早くも枯れ焦げ、足元は溶けて焦げてという惨状だ。自然が保有する治癒機能で一体年十年掛かるか分からないというほど酷い様である。
「…………やりましたか?」
沈黙を破るように桜花は衛の隣に駆け寄って問いかける。剣神としての核を封じた上で最大火力の雷撃だ。如何に不死身の英雄とはいえ致死の領域だが……。
「いや、失態だ……
「え?」
苦虫を潰したように言う衛に桜花が思わず声を上げると同時、ちょうど衛が睨み付ける上空に不自然な風が巻き起こる。それらは段々と強くなり、やがて暴風となっては人型を無し、正体を露わにする。
「は、はは、ハハハハハハハハハハハハハ! いや全く肝が冷えたぞ。うむ、後一手お前が趣向を凝らしていれば俺の敗北であっただろうな、マモルよ」
「……ああ、確かに油断と言う奴は侮れないな。俺もすっかり忘れていたよ、お前がジョージアからフランスへ、そして英国へ至るまで確認されていなかったということを。それが意味するところを」
《鋼の軍神》―――略称《鋼》呼ばれる《まつろわぬ神》が持つ特徴的な能力として「戦場における不死性」をなす鋼鉄の肉体や、竜蛇を征する、つまりは大地を征するものの特性として雷撃を操るなどの特徴的な能力がある。
その中にはもう一つ……
「暴風、それがお前の司る力というわけか……」
「応とも。嘗ては確か復讐に際して、灰を吹き飛ばす時などに化身したかな。ふん、濫りに姿形を人の世に晒すわけにも行くまい、遥か東方より流れの旅路を歩むときはこの姿で居たのだよ……」
「そうか……ジョージアから英国に至るまで殆ど確認されていなかったのは……!」
「暴風に化身できるなら姿形を見られることなく移動することも可能だな。ハッ、全く油断も油断。仕留め切れるまで安心しちゃあいけないってな。高い授業料だな」
軽口を叩く衛ではあるが実際の所、余裕は無い。何故なら決めると振るった一手なのだ。不死身であっても殺しきるため最大限まで呪力を高めて放った雷撃。その代償として衛は殆どの呪力を残していない。現に振るった直後からアルマテイアを維持できなくなっている。
「俺も剣の権能を削いだが……それでタメ、というにはまだお前は元気そうだな」
「先の一撃は確かに肝を冷したがね。剣がなければ、その辺に落ちている石で、なければ素手で。ふふん、戦士たるもの戦場にある全てを使いこなせてこそのものだ。ゆえにだ、ここからは趣向を凝らそう、お主が手管、そのまま返すぞ!」
「来るか……!」
暴風を纏ったままそう宣言するバトラズに身構える衛と桜花。刹那、バトラズが黄金の輝きを宿した。咄嗟に衛と桜花はそれぞれ左右に身を投げ出す。両者の間、壮絶な勢いで
「なっ、雷撃だと……!?」
「はは、神の威光たる輝きを手に宿すのはお前だけではないのだ!!」
轟! 轟轟! 轟轟轟轟轟ッ!! 幾度も幾度も降り注ぐ雷撃を前に二人は避けるのが精一杯だ。暴風を否、バトラズがもはや嵐を従えていることに疑いは無い。
「そうです! 蛇ッ! 大地を征する力! バトラズがその死骸を持ってして肉体を鍛えたというならば大地が齎す豊穣、恵みもまたバトラズが操る権能!」
「チッ! 成る程、なんでもありか《鋼》の英雄ッ―――!!」
「ふはははははははははは―――――!!」
神話に曰く、剣神バトラズは平時、天上に住まい必要に応じて下界におり事を成すと言うこの時、落下する間に彼は赤熱するのを冷すのに頭上に氷を乗せて下界に下りる。これにより地上には雨が降るという。
この逸話は彼が豪雨と共に赤熱して地上に落下してくる
彼は最源流の《鋼》。鋼鉄の肉体、大地を征する力、そして雷の申し子。鋼の特徴とも言える権能の数々、その全てを踏破していた。ゆえに嵐を司る権能もまた、バトラズが持つ側面の一つなのだ。
「なけなしだが……アルマテイア!!」
少ない呪力を練り上げて三度、神獣アルマテイアを顕現させる。
「戻れ、桜花! ジリ貧だ! 一度守るッ!」
「はい!」
衛が手短に言うとそれだけで察した桜花が疾風の勢いで衛の下へ馳せ参じる。同時に衛はアルマテイアをドーム状に変化させ、落ちてくる雷撃や暴風から桜花ごと自身の身を守った。
「ぬ、結界か……」
衛の打った手にバトラズは顔を顰めながらも攻撃を繰り返し結界にぶつける。だが、剣神として、《鋼》としての特性を封じられている今のバトラズでは威力が足りず、無敵城塞にその悉くを弾かれるのみ。
「権能封じが効いているお蔭だな。とはいえ、呪力の削りあいならまだまだ向こうに分があるな。あの時、決めそこなった俺の失態だ」
「反省は後で。どうしますか衛さん。私の呪詛ならば、あのバトラズにも致命なりえますが……」
「ああ、まずはアレを何とかしなければその手は使えないな」
言って、衛は暴風を纏って空を浮かぶバトラズを見上げる。衛もまた天を駆ける手段を持ち得るが、しかし桜花は違う。桜花とて風を操る呪術の類を持ちうるし、元々修験道、取り分け天狗の験力を限定的に使える優れた術者である桜花は西洋で言う『飛翔術』の魔術の真似事も可能だ。
しかし相手が暴風である以上、並大抵の飛行術では剣を届かせるより速く撃墜されるのがオチだ。近づくならば瞬きの合間、一瞬で詰めなければ迎撃されるだろう。加えて、桜花の剣は先ごろ、バトラズは嫌と言うほど味わっている。たかが人間と油断することはないだろう。
「衛さんの瞬間移動で私ごとバトラズに近づくということはできますか?」
「やったことは無いが、多分出来るけど……向こうも俺が瞬間移動の使い手であることは分かっているはず。ああも嵐を操って見せている以上、上に上った瞬間に袋叩きってのもありえる。今の俺の呪力量じゃ飛びながらアルマテイアで守るなんて器用な真似はできないし」
此処に来て、一番致命的なのが衛の呪力残高だ。ヴォバンに匹敵する超量の呪力量を誇る衛であるが、アルマテイアを一度は粉砕され、バトラズを仕留めようと全力も振るった。その上、現状バトラズからの攻撃を防ぐためにこのたび三度目の召喚を敢行している。必死となりうる一撃を叩き込むチャンスも恐らく後一回あればいい所だ。
「逆に聞くが桜花、お前、飛びながら瞬間移動とか使えない?」
「幾ら私でもそんな高等芸当できません! そんな技の使い手なんてそれこそ世界に十指に入る超人ぐらいですよ。でも、そうですね。アレに接近するには瞬間移動か神速ぐらいの速度がなきゃ……」
暴風となったバトラズはこちらに上から幾度と攻撃を仕掛けてくるも接近してくる様子は無い。衛の手札である見た上で近接戦闘が現状、不利であると悟ったのだろう。確かに雷撃による必滅が望めない以上、残る手立ては桜花の英雄殺しの呪詛か、衛の権能封じによるもう一段階の弱体化だ。
どちらをするにしても近づかなければ話にならない。そして敵もそれを当然弁えているだろうから、仮に《神速》やら瞬間移動やらで接近しても迎撃される可能性が高い。空を駆ける事も論外だ。
「つまるところ、隙を作った上で、一瞬で肉薄して止めを刺さなきゃ勝ち目は無いと。中々に難業だなそれ、せめて桜花が独りでに《神速》か瞬間移動かを使えれば良いんだが」
「はい。私がこうして間借りできるのは、あくまで英雄殺しの呪詛だけ……」
と、桜花が言い切るのを留め、人差し指を唇に当てて何かを思案しだす。その仕草に衛は首を傾げて問いかける。
「どうした? 妙案でも浮かんだか?」
「英雄殺しの呪詛、権能の共有……いえ、それができるならば……」
まつろわぬクリームヒルトから簒奪した第四権能。その力は力の主導権を握る衛自身が傷付けば傷付くほど相対的に威力を増してゆく復讐の力。ジークフリートが死に、その復讐をクリームヒルトが成した逸話の具現とも言える権能である。その特殊性からこの権能は他に主と従者の心を通わす力もある。先の戦いで動揺した衛のピンチを救ったのもこれを利用した桜花の忠告のお蔭だ。
(力の本旨が復讐ならば何も呪詛だけに限った話じゃない。クリームヒルトは自らが復讐を成す為に自分の身を使って外から力を借りて、その復讐を行なった……そもそも私の呪詛自体、衛さんのダメージに類して威力を増す、つまるところ衛さんが危機に応じて私に対する呪力量供給量を増やしているから……)
そもそも権能は人間に振るえない。では何故、例外的な入手方法をしたとは言え、桜花はその力を振るえるのか、答えは単純で、力の主導権があくまで衛にあるからだ。衛の生存が難しくなればなるほど本人が無意識のうちに発する生存本能が桜花に危機を打開する、即ち脅威を滅する呪詛を振るえるようにしていく。
危機下の衛とそれ打開するべく奔走する桜花、その両者の合意でなされる権能の委譲こそが衛の第四権能の本旨だと言ってもいい……ならば危機を打開するための技が何も敵を滅するだけでは無いのではないだろうか。
「衛さん」
「ん、なんか思いついたな」
「はい。衛さんの持つ瞬間移動の権能ですけど……それを私に渡せますか?」
「は? そんなこと……いや……」
桜花の思わぬ言葉に呆れた風に否定しようとする衛だったが、神殺し特有の直感が囁いたことで思いとどまる。そして内に意識を向け、権能を自覚してみれば……。
「……無理だ。よく分からんがパスが薄い。言葉にするのが難しいんだが……どうやら俺と桜花の現状じゃああくまで第四権能の呪詛委譲が限界みたいだな」
「パスが薄い、というと?」
「あー、なんて言えば良いんだろ……そうだな、今俺と桜花は第四権能を通じてお互い手を繋いでいる状態、みたいなものだとする。で、それ以上を求めるにはもっと深い繋がり……それこそ互いが互いに文字通り以心伝心出来るぐらいの領域が必要なんだろ。……多分」
「む……つまり恋人同士なのにそれほどお互いの絆は強くないってことですか…………恋人同士なのに」
「着眼点そこかよ!? てか随分余裕だなこっちは意外とヤバイぜこれ……!」
ジト目で睨んでくる桜花に衛は顔を引きつらせながら声を上げて、抗弁する。余裕そうだが、実のところ、一瞬でも意識を外せば結界を突破されかねないので割りと綱渡りの抗弁だった。二重の意味で。
「で? どうすれば深く繋がれるんですか?」
「んなもん俺が知るかッ! 第四権能を利用した権能の委譲だろ。お前の考えてることは分かるけど、手元の力じゃ一番経験が浅いもんで使いこなせん。ていうか、一番扱いづらい!」
雨霰雷と天から降らせてくる嵐から結界を維持しつつ衛は言う。曰く、これまでの権能の中でも第四権能の扱い辛さは異質であると。
通常、神殺したる衛含むカンピオーネと呼ばれる者たちはその力を実践の中で掌握していく。アルマテイアの知覚結界をヘルメスの権能に適応させる術や、手に入れたばかりのダヌの権能を見事、使いこなして見せたりと。神殺しは権能を戦いの中で形にしていく。
そして権能は何も手に入れた形から決まりきったものではない。それぞれ神殺しの性格に応じた変化や研究による応用能力と中々にフレキシブルなのだ。例えばアレクは雷を纏って《神速》となるという権能を保持している。これは当初、その扱いづらさにアレクは頭を痛めていた権能らしいのだが、ある日、自らの身体ごと雷と化す事でその欠点を最小化したという。
こうした応用、戦いの中で適した権能に変化、進化させていく特性もまた神殺しが神をして打ち難く、貪欲な獣と呼ばれる由縁であった。
しかしその点、第四権能は衛の感想としては良く分からないものであった。両者の繋がりという曖昧なモノが力の根幹に影響しているのもそうだが、衛自身が己の確固とした意思の下、行使している力と言うわけでもないのがいっそ困惑を加速させる。主導権は己にあるのに行使するのは桜花なのだ。そのズレが衛をして第四権能を扱いづらいと断じる理由であった。
「もういっそ、物理的に繋がりを強くしたりすればいいんじゃないのかッ!?」
自棄気味に叫びながら結界を維持する衛。呪力も少ない現状、守り加減を間違えたらそれだけで不味いために桜花に意識を向ける余裕は殆ど無い。それでも会話に応じている辺り流石と言うべきか。勝てる手段を模索することに関してはもしくは神殺し一かも知れない。彼は負けないことに強かった。
「物理的に……今が手を繋いでいるという風に現せるなら……抱き合うぐらい?」
「桜花……お前、勝てる手段を一緒に考えてくれているんだよな……?」
気のせいか、緊張感が薄れていく現状に衛はボヤいた。対して桜花は数瞬の間をおいて、ピンッと閃いたように顔を上げて、衛の顔を凝視した。それから、視線を右に左と彷徨わせてから……こほん、と何故か顔を赤らめて咳払いを一つ。
「なんだ……手短に頼む……!」
「……繋がり、深くなれば権能の共有化が可能になる……そうですね?」
「ああ……! 多分、なぁ!!」
第四権能の全様は知らないが、恐らくそう解釈は間違えていないはずだ。仮にも共有できるのが呪詛だけとは限らないだろう。主導権が衛にあるという現状さえ変わらなければ他の権能を委譲できても不思議ではない。第四権能の本旨が予想通り、自身だけの力では打開できない今を何とかするというものならば……。
「勝つためには、私が瞬間移動か何かでバトラズに接敵し、呪詛の剣で斬りつける必要がある?」
「もしくは俺自身が第三権能で何とかする、だッ! どっちかが隙を作ってどっちかの呪詛を当てられればなんとか……!」
上空に浮かぶ、バトラズの隙を見出すにはそれこそ命を脅かす、意識をそちらに向けざるをえない状況を作り出すのが最適だ。衛と桜花の呪詛、どちらも致命となりうるならばどちらも見せて、意識を裂いた方を囮にもう一つを当てることができるはず。
「これは勝つための行為、つまりは人工呼吸みたいなものですね?」
「………? 人工呼吸? 何言って、るかは知らんが多分そう!!」
桜花の言葉は良く分からなかったが、生き残るためにそうする必要があるという意味では人工呼吸に例えられる。……いや、人工呼吸って何だ。
「ちょ……桜花?」
「最後に! …………その、しつこいようで嫌なんですけど……責任、とってくれますよね?」
「あぁ? 我に策有りってなら応とも責任とってやる。徹頭徹尾お前を信じる。全責任は俺が取るし、死んだらその時、俺の責任ッ、だ!!」
―――共に往くとそう決めた。ならば戦場を駆ける戦友として、恋人として、信じぬくと心に決めている。だからこそ、その相棒の悪手によって敗北したとしても、それは決断を信じた衛の責任だ。末期であろうと、決して彼女には押し付けまい。そして散り際が彼女と共にというならば、もうそれはそれで納得の行く結末だ。
「そうですか……そうですね。それに先に手を出してきたのはそっちでしたし、これはそのお返しと言うことで」
「何が……ぅんッ!?」
……瞬間。瀬戸際の現状も、盾をコントロールする手も、バトラズが繰り出す攻撃も、価値を狙い思考する意識も、その悉くが真っ白な空白に吹き飛ばされた。
顔は白く細い手に平に固定され、唇には柔らかな感触。極近距離にある桜花からは気のせいか、甘い香りまでただよってくるではないか。ではなく……。
「―――――!? ―――――!!」
「―――もう……うごかないで、ください」
合わさる唇。衛は一度、桜花を助けるためにキスをしたが、その時とは全く違う。緊張か何処か堅い上、不慣れなこともあってか、ぎこちないものである。しかし、深く、深くと、声に聞こえてきそうなほど明確な意思が伝わってくる接触であった。……立て続けに、桜花はさらに深く踏み込んだ。
「――――――――!」
口内に侵入してくる生暖かい感触。小刻みに震える舌が衛の舌に触れる。その想像だにしなかった接触にあわや衛は完全に理性を吹き飛ばされかけるが、外因となる雷撃の轟音を聞いて何とか結界の手綱を強く握りこむことで無理矢理、意識を別の場所へ傾け、存続させる。
「ダメ、です」
だが、それは桜花の望んだところではないらしい。か細い声で衛を叱ると、行為を続行。熱っぽい視線と深い接触に意識が蕩かされていく。深く、深く、より深く……共に相手を求めるように、熱に浮かされて、安っぽい表現だが、危機の現状も排他され、まるで世界に今、二人しか居ない。そんな感想すら脳裏に過ぎる。
そして……確かに、両者の何かがカチリと繋がる感触が衛の胸に過ぎった。
込み上げてくる熱は闘争心。いや、戦士としての直観か、ともかく今、衛はバトラズを倒す一手に手をかけた。そして、熱が命じるまま、衛は意識と無意識の間で聖句を唱えていた。
「たおやかなる乙女よ。夏の日差し、輝かしき皐月の日にすら勝る君よ。この私の命続く限り、私は悉くに遍く全てを叶えよう。放浪する我が身は既に、貴女の輝きに囚われてしまったのだから。貴女の愛を得るために私はあらゆる七難八苦を凌駕して見せよう!」
唱えるや否や視線がブレた。否、知覚範囲が増えた。同時に息が掛かるほどの距離に感じる熱の気配。衛の知覚は桜花と共有されていた。キスを通してより深い域で得た繋がり、それは心は愚か、その感覚すら共有する規格外のものであった。無論、それが限界ではない。力の流れ、繋がりの深くなったパスが断じている。今の衛はその権能すら桜花に託せると。……顔を放す、先ほどまでとは違う、桜花の凛とした顔つき。言葉は無粋だった。
「……往くぞ」
「はい」
互いに目を向けることすらなく、端的な言葉のやり取りで二人は駆け出した。言葉は不要、やるべきこそはお互いがお互い、言葉を、目線を、交わすことすらなく理解している。今の彼らは文字通りに一体なのだから。
「ヘルメスの加護よ―――!」
結界を解除すると同時に地を蹴り、空を走る衛。守りを捨てて接近してくる衛にバトラズはいよいよ勝負を掛けに来たと確信し、壮絶な笑みを浮かべる。
「盾を捨てたか……その勇猛、果たして届くや否や!?」
バトラズが言うと嵐の勢いが強くなる。風が、雨が、衛の行く末を阻み、さらには雷撃が衛を撃ち落さんと牙を向く。轟々と耳に響く脅威の音色にしかし衛は攻めることをやめない。アルマテイアすら展開せず、ただ一言、乾坤一擲の呪文を唱える。
「我は全てを阻むもの、邪悪なりし守り手。恐怖の化身にして流れ断つ者。豊穣は此処に潰えり、雨は降らず、太陽は閉ざされ、繁栄は満たされぬ―――さあ、簒奪者よ。恐怖と絶望に身を竦ませよ、汝が怯え、汝が恐れた災禍が今再び、汝を捉える―――――!」
「権能封じ……が、しかし脅威と分かっている一撃を浴びるほど今の俺に慢心は無い!」
衛の手元に現れた短剣を見て、バトラズが吼える。より苛烈な落雷を持ってして衛を近づけまいとする。だが、次の瞬間、衛は自らが持ってして当てるのではなく投擲と言う手段にて一撃を放っていた。
「―――そんな一撃が……!」
「いいえ、通します!」
迫り来る短剣、それを暴風を持って彼方にやろうと風を向けたその刹那、パッとコマ送りのようにして現れた桜花がその短剣を掴み取っていた。
「瞬間移動だと!? まさか巫女! 貴様もその手合いだったのか!?」
「参ります!」
驚愕するバトラズに言葉を返すことなく、自身を鼓舞する宣誓だけを口ずさみ桜花が往く。そして気付いた、桜花の足を覆う蒼天の具足に。
「まさか……権能の譲渡だと!? 人の身で権能を操るなど……!!」
「今だ打ち据えろ、アルマテイアッ!!」
『Kyiiiii―――!!』
「ぬうううう!?」
驚愕するバトラズ、その隙をついてヘルメスの権能を桜花に渡したことで落下していく衛が意識の間にアルマテイアの稲妻を挟み込む。主の命を忠実に実行するアルマテイアは動揺で動きの止まったバトラズを容赦なく打ち据える。自慢の防御力が封印されている以上、まともに喰らうわけには行かないバトラズは嵐の権能でそれらから身を守り……亀になったバトラズの隙を桜花は見事、突いてみせる。
「覚悟―――!」
必至の間合い、この距離で奇形の剣が目測を誤ることはありえない……!
「舐めるな……神殺しの巫女!!」
刹那、バトラズが掻き消える、同時に膨張する暴風。台風と見紛う暴風圏に加え、目的が消え失せたことで桜花の携えた奇形の剣は封印すべき相手を見失って宙を彷徨う。バトラズは疾風となりて、その、無防備な……現状最も脅威的であり、潰し易い相手の元へと駆けつける。
「またも一手、誤ったな神殺し―――!」
そう、権能を譲渡したことで空に無防備なまま投げ出された衛の下へ!
今の衛を守るモノは無い。ヘルメスの権能は桜花に委譲している、アルマテイアの権能は間に合わない、衛の剣たる桜花もまた遥か距離は彼方にある。空中、ましてや神殺し随一に近接技能を持ち合わせていない衛はこの距離においてバトラズに対する対抗策は無い。
「俺の勝ちだッ!!」
確信と歓喜に満ちた声と共にバトラズは雷撃を打ち据えるために呪力を手繰り……。
「いや、今度は詰めだ」
空中で身を翻し、衛は打刀を確とバトラズに突き立てられていた。
「なっ、ハァ、がああああ!?」
想定外の反撃に直撃したバトラズは驚愕と悲鳴を上げる。空中と言う絶対無防備な空間で身を操る体術もそうだが、意識を縫って押し貫いてくる虚実の太刀は正しく桜花が体現するもの。
事ここに至ってバトラズは衛らが操る権能の真髄に気がついた。
「共有化……権能すら含めた両者の技能の全てを……!」
「そういうこった……さあ、止めだ」
衛に残る最後の呪力が活性化する。そう、刃は既に通っている。復讐の呪詛、その使い手は桜花だが、共有化している今なら桜花の技能ごとその力すら操ってみせる……! 英雄殺しの毒。直接注ぎ込めば確実にバトラズとて滅する。
「俺の勝ちだ」
「………フッ、見事―――」
不敵に微笑む衛にバトラズは思わず苦笑を浮かべた。そして……。
「万雷を齎せ……ケラウノス」
―――衛のアルマテイアすら凌駕する黄金が二人の影ごと染め上げた。
「ぐおお、おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!?」
「なっ!? がああああああああああああああああああああああああああああ!?」
共に戦いの終着を見た刹那に満たされる望外の現象。お互いがお互いしか目に入っていなかったが故に、まともに直撃した両者は悲鳴を上げて墜落していく。
「衛さんッ!?」
誰も予見していなかった現象と一瞬にして瀕死となり落ちていく衛に桜花は思わず悲鳴を上げながら飛びより横抱きにして受け止める……重症だ。想像を絶する雷撃により衛の体は黒く焼け焦げている。また呪力も使いきったことと、疲労も相まって神殺しの頑丈さや自然治癒能力も効きが遅い。
「―――嘆かわしい。仮にも神の末端ならばその無様は何とする」
響く声、桜花は知らず、己が飛ぶ空より高い天空を見上げていた―――男が居た。
ギリシャの石像を思わせる造りに一切の不備が無い、さながら黄金律が如き若い肉体を持つ男。トーガを身に纏い、黄金の眼で桜花たちを、否、地上一切を睥睨するような眼差し。風に靡く金髪は獣の王たる獅子のようだ。是非もなく叩きつけられる荘厳なる気配に……もはや疑うべくもない。
「まつろわぬ神……!」
「うむ、我が神である。その畏敬、苦しゅうないぞ。巫女よ」
戦慄する桜花の言葉に一つ、頷きを持って応えた黄金の神はそれ以降、桜花に興味を失ったように見える。代わりに衛ごと打ち据えた神……剣神バトラズへと目を向ける。
「はは……神々の王よ、如何に貴方とはいえ無作法が過ぎるのでは?」
言葉こそ、友好的で笑いを浮かべているが、その気配、その立ち振る舞いはこれ以上無いほどの怒気を秘めていた。いうなれば噴火直前の火山と言った風だろうか。
「窮地を救われて礼の一つも無いのかな?」
「……窮地であったことは認めよう。されど、純然なる死闘の結果なれば、その結末に後悔無し。尋常な戦の末、与えられるはずの勝利を横から他者に掻っ攫われる無作法よりは遥かにマシな結末よ。なあ、おい、如何な理由持って我が宿敵の勝ちを取り上げた―――神々の王ゼウスよッ!!!」
「ゼウス……!?」
バトラズが赫怒の咆哮とともに挙げた名に桜花は戦慄した。神と言う存在、その中でも全世界で通じる知名度を誇る神名は恐らく彼を置いて他には無いだろう。神話や歴史に興味を持たなくなっている昨今の若者ですらその名は解するはずだ。
ゼウス。ギリシャ神話に君臨する主神。神々の王。天空神。
「そんなものは決まっておろう。その力、獣如きにやるは惜しかろう。何、神の末端にありながら勝敗の有無でその力を奪われることをよしとする様な愚か者には勿体無かろうが―――故に」
つまらなさげに、無作法に、無造作に、当然のようにゼウスは言った。
「《鋼》の権能、我に献上せよ」
「ハッ―――たわけッ!! 貴様などにやるものなど欠片も無いわ―――――!!!!」
瞬間、嵐が蒸発した。周囲の水分ごと燃やし尽くして天候状態すら変える灼熱。封印されたはずの《鋼》の力、剣の権能を憤怒の形相で発露される。権能封じは強引に打ち破られ、代償にバトラズは霊格に致命的な傷を負うが、構うものかよとばかりにゼウスに突貫した。その執念、その偉業に、ゼウスは一言、
「下らん」
光が収束し、放たれた。音すら引き裂く黄金の輝き。バトラズの操っていた雷撃や衛の稲妻に匹敵、或いは凌駕するほどの強烈な熱量と衝撃を纏った雷がバトラズへと刺さる。
「ぬぐぐ、おお、おぉぉぉぉぉぉおおおおぉぉ!!!」
されど、止まらぬ。満身創痍になりながらもバトラズはゼウスに接敵し、最後の力を振り絞って黄金の剣を手元に宿す。
「おおおおおおおおおおおおお!!」
妄執の叫び、剣神バトラズが成す乾坤一擲の一撃がゼウスに向けて振り下ろされて……。
「――――――――ガ」
ザシュと、強引に肉を食い破られたような音が無慈悲に響き渡る。突き刺さるゼウスの腕。
―――――バトラズの心臓をゼウスの手が掴み取っていた。
「廻れ、簒奪の坩堝。災禍の果て、
ゼウスの聖句。唱えられると同時にバトラズが纏う呪力が、突き刺さった腕をそのままにゼウスへと流れ込む。それはさながら吸収するかの様に……《鋼》の霊格が、権能が、ゼウスに簒奪されるが如く!
「馬鹿な、神々の王ッ! 貴様は……!?」
「我が供物となれ、最源流の《鋼》。何、その命も力も粗末にはせぬよ。全ては神々の本懐を遂げるがために……!」
そうしてバトラズは力を失い、石となって砕け散る。残ったのは呆然と見上げる桜花と忽然と佇むゼウスのみ。やがてゼウスは無造作に腕を振る。瞬間、黄金の剣が彼の手元に顕現する。
「うむ。上手く言ったな。これならば順次問題あるまい。さて……」
そのまま、ゼウスは用済みとばかりにこの場を去ろうと身を翻すが……。
「待てよ、クソ神。何でテメエがここに居る?」
「衛さん!? ご無事で―――」
意識を取り戻したのか言葉を発する衛に桜花は安堵の声を挙げるが、その声も途中で閉ざさざるを得なくなる。何故なら……かつて桜花が見たことすらない憎悪、怒り―――それら負の感情が一週廻って冷えたとも評すべき、底冷えどころか恐怖すら覚える冷気を衛は纏っていた。
「愚問、我の目的は顕現した時より寸分も違わず。故の来訪だ……ふむ、まさかなんだ? 貴様如きのために態々我が足を運んだとでも? ―――ならば思い上がりも甚だしい、獣一匹。神々の王たる我が足を運ぶほどのものかよ」
それは嘲笑ですらない呆れだった。この神、ゼウスは当然のように衛という神殺しを脅威を感じていない。その五年前から変わらない態度が衛の心に灼熱を及ぼした。
「ゼェェェェウスゥゥゥァァァアアアアア!!」
「吼えるな、喧しい」
桜花の下から飛び出して、理性も吹き飛ばしたまま根性で練り上げた呪力でヘルメスの具足を顕現させる。そのまま殴りかかる衛であるが、理性も無くその上満身創痍も余って呆気なく雷になぎ払われる。
「ぐぎ、ぎゃがあああ!?」
「……衛さん!?」
再び一撃で意識を吹き飛ばされる衛。もはや立ち上がることは幾ら神殺しでも不可能であろう。
「フン、これ以上、噛み付かれるのも面倒か。ならばいっそ、このまま……」
疲れたように衛を睥睨して、僅かに呪力を高めるゼウスに桜花は思わず身構える。そのまま戦いなどとは最悪も最悪だが、だからと言って投げ出し、諦めるほど今の桜花は素直では無い。このまま戦うことも辞さぬと桜花は倒れた衛を庇うように構えて……。
「……追いついたぞ」
ぶっきらぼうに響く声。瞬間、またも第三者の介入が起こる。軽く身を引くゼウスの脇をバチバチと発光する光弾が過ぎる。ゼウスが攻撃方向へと振り向く……そこには空に浮かぶ黒いシルエットがあった。
「速いな、メディアを抜いたか。神祖とはいえ、足止めの貴様ら獣が相手ではこれぐらいが限界か」
「あの女程度に手こずるものか。それよりも貴様だ、グィネヴィアと共にいるまつろわぬ神と聞いて、どんな酔狂な神かと思えば、まさか貴様ほど高名な神を引くとは思わなかったぞゼウス」
ところどころ解れ、焼け焦げた跡のあるダークグレーのジャケットを身に纏った長身の男。まつろわぬ神、堕天使レミエルから奪い去った権能にて興味が趣くまま傍若無人に駆け巡る怪盗が如き男。
英国の神殺し―――アレクサンドル・ガスコイン!
「ふむ、面倒な。目的もすんだ。我は身を引くとしよう」
「逃がすと思うか?」
「否、これは神の決定である。獣如きが覆せるものか」
言った瞬間、ゼウスはその身を鳥に変貌させ、とんでもない勢いで離脱していく。
「待て……!」
その後を追撃せんと行動した瞬間……天空から予期せぬ雷撃が突き刺さる。
「ッ!?」
「チィ―――!!」
狙いはアレクではなく、衛を抱える桜花。咄嗟のことに桜花は判断に遅れ、あわや直撃と思ったが《神速》となりてアレクが行動を起こす。衛を抱える桜花ごと強引に軌道上から引っ張り上げ、雷撃を回避させ退けたのだ。
「あ、あの……ありがとうございます」
「礼はいい。……フン、逃げられたか。腹だたしいが、今はコイツか。随分とまあ派手にやられたものだが……三日ほど病院に放り込めば十分か」
ふわりと、地上に降り立つアレクに倣って、礼を言いながら桜花もまた下りる。すると、アレクが焼け焦げた衛を見て、呆れ混じりに言う。
「事は済んでいるな。ならさっさとあの女にでも連絡するといい。そのままでもそいつは勝手に回復するだろうから病院の部屋だけ確保しろとでも伝えろ」
「え? あの……」
「……なんだ?」
「すいません、多分アリスさんのことを言っているのだと思うのですが……私はその連絡先を知らないんです」
「……………はぁ」
桜花の言葉に壮絶嫌そうな顔をしたアレクは懐から携帯電話を取り出すと何処かへ連絡する。といっても会話の流れから相手は明白だが……。
―――バトラズは散り、ゼウスは消えた。一件落着とはとても言い難いが、ともあれ英国を巻き込んだまつろわぬ神の一件はこれにて幕を下ろしたのだった。
これにて決着。
次回にエピローグやって英国編終了!
思いの他長くなったぜ。
後は閑話でアレクの行動とかその他色々やった後、今度は日本に戻ります。
まあ、その前に作者はFate/HFとか見る予定だから、いつ投稿かは知らん。
すまない、趣味全振りの作者ですまない……(謝るが反省しない)。
後、今回二万字一歩手前の文字数と、途中でデータ消し飛んだ衝撃で意識と無意識の間を彷徨いながら書いたので誤字とか脱字の確認はしていない。
すまない、ダメ作者で本当にすまない(やはり反省しない)