これは言い訳だが、データを二度も吹き飛ばされ、ついでにやる気も吹き飛ばされてしまったのだ、許してつかあさい。
相争う二つの雷
神殺しといえば程度は違えど過去の存在も含め、神すら打ち砕く闘争心の塊のような存在であるが、彼ら歴代の例と異なりアレクは肉弾戦を好まず、もっと言えば無駄な交戦を嫌っていた。戦うのも、あくまで己の好奇心故。だからこそ、興味外、好奇心外のことについては割りと投げやりな面を持つ。
過去には幾度か神々やその遺跡に干渉しては、それが自分の目的外のものだと知るや否や面倒は嫌いとばかりに放置、或いは封印措置を行い、神速の足で逃亡するというまさに傍迷惑の極みを少なからず行なったりしているほど。そのたびに、何処かの同盟者が尻拭いに走っていたりするのだが……関係ない話題ゆえ割愛とする。
……そんなアレクだが、今現在、彼はジョージアを経由しコーカサス山脈―――カフカス山脈とも呼ばれる黒海からカスピ海の東西に走る山脈に足を運んでいた。ギリシャ神話ではゼウスがプロメテウスを鎖で繋いだ山としても知られる神話の息吹が色濃く残る山脈である。特に此処―――アレクが登るカズベク山は。
「……チッ、多少は防寒対策をするべきだったか」
ザクザクと雪を踏みしめながら何時ものスーツ服というとても登山に挑む格好とは思えない超軽装備。コーカサス山脈としては七番目、コーカサスの火山としては二番目を誇る標高五千メートル級の山をスーツ姿で多少寒い程度なのだから、やはり彼もまた神殺しだった。
現在標高四四〇〇メートル付近。既に周囲の景色からは白以外の色は消え、天には群青の空。太陽は燦々と遮るもの無き山に降り注いでいる。目指すところまでは後六百弱というところか。
「スキタイの英雄、仮にそれを呼び起こすつもりならば相応の魔術儀式が必要なはずだ。あの女に縁がある神ならばともかく、異国の神を呼び込むのは神祖だろうが、相応の手順を必要とするだろう」
グィネヴィアの暗躍。ジョージアでかの神祖が暗躍する気配を察知した時、すぐに思い描いたのは彼女の目的とそれに合致しうる伝説の存在だ。
ナルト叙事詩―――。スキタイの民族に伝わる民話ではあるが、創造神話や古代神学に匹敵する価値を有する特別な民話である。そしてその民話には最源流の《鋼》と呼ぶに相応しい神格……英雄が存在していた。
ナルトの中でただ一人、欠点を持たないとまで呼ばれ、一時的とは言えナルタモンガ……ナルト叙事詩産の聖杯を手にしたナルトの戦士バトラズ。八年前から、否それよりずっと以前から『最後の王』なる存在を求めるグィネヴィアが目をつけるだろう存在。
そしてその存在を仮に蘇えらせようと言うならば《鋼》に関係深い火山であり、ギリシャ神話のプロメテウスを封じた霊地でもある此処、カズベク山を召喚の地として選ぶだろうことを予想し、アレクはこうして足を運んだのだ。
「赤熱する肉体、雷雨と共に地上へ落ち、海で硬化し、陸へ戻る。携える剣を海へと返せば命を失うナルトの英雄……フン、これほど典型的な剣神もそうは居まい。仮に『最後の王』なる存在が真に救世を成す英雄ないしはそれに順ずる神格だというならば、その属性に《鋼》は必須」
恐らくは、いや十中八九バトラズは最源流の鋼。ならばこそ、或いは『最後の王』であるという可能性をグィネヴィアが考えることに何ら不思議は無い。それにそう言った宿敵との要素を覗いて、単純にアレクとしても興味があるのだ。
「曰く、魔法の杯ナルタモンガ。聖杯は東方由来の伝承であるとは聞く話だが、ナルト叙事詩、いやスキタイの文化様式は杯を神聖な一品とする文化を有する。ましてや鋼の伝承者。聖杯を保有する可能性は少なく無いだろう」
『魔導の杯』ひいては聖杯。それは長年、アレクがただ興味と好奇心がため研究・調査をし続ける一品である。聖杯それ自体はただの大呪力プールであるということは既に数年前、高名な魔術師との会話で把握している。だからこそ、別に聖杯を手に入れて何かをしたいと言うわけではないのだ。
ただ興味をそそられた。手にとって調べてみたくなった。そして価値が無いならば別に固執する必要も無い元に戻すか、蔵にしまうか……とどのつまり、悲願でもなんでもなくアレクはただ知りたいからという至極単純な理由で聖杯を追い続けていた。
その結果、各所で魔術結社と戦争したり要らぬ騒ぎを掘り起こしたりしているのだから傍迷惑此処に極まれりである。
場合によってはヴォバンを始めとする好戦家たちよりも世に迷惑を掛ける神殺しの一人として名が挙がるだけはある。本人は否定するだろうが。
「……む」
と、山頂目指し歩を進めるアレクが突然、足を止める。というのも踏み出した足に違和感を感じたからである。もうじき、山頂。仮にアレクの勘が当たっているというならばグィネヴィアは神を召喚する儀式を山頂で行なっているはず。
ならばこそ、邪魔をされないため進入を拒むための結界、ないし門番を用意している可能性は少なくない。そして、アレクは足を止め周囲の気配を窺い……。
―――己に向けて放たれた呪力の気配を察知した。
次いで爆音。アレクが立っていた地点に向けて放たれたのは現代魔術師が驚愕するほどの強烈な呪力弾。いや、もはやビームに近かった。回避すら間も与えぬ呪力ビームは一度だけではなく二度、三度と重ね打ちされ何条にも重なるそれは生身の人間であればとっくに蒸発するほどの熱と威力を誇っていた。
やがて、ビームが止んだ頃には雪は解けきりその下の地面は焼け焦げる所か崩落していた。爆心地もかくやという惨状である。
モクモクと自然の景観を崩すような黒煙が止まぬ中、何も無い空間から突如として人影が現れる。限りなく黒に近い紫色のローブとローブに編みこまれる金色の刺繍。およそ現代人が考える魔女のイメージをそのまま表したかのような出で立ちだ。
両手にはアメジストかを思わせる巨大な宝石が先端に据えられた金色の杖を持っているのだからよりいっそ魔女らしい。
魔女の如き人物はそのまま杖を抱えて、ゆっくりと黒煙へと歩き出す。そして一歩、一歩踏み出すごとにその背後にはポツポツと無数の魔法陣が浮かび上がる。幾学にも複雑な紋様を描くそれは現代魔術師がみれば腰を抜かすだろう。何せ、含まれる呪力も術式も、本来ならば数ヶ月と時間を掛け初めて完成するほどの魔術式である。それを息を吐くに行使するなど、最早……。
「―――フン、貴様、人間ではないな」
「―――――!!」
瞬間、不機嫌そうな声が響く。その言葉に迷わず魔女風の人物は背後の魔術を発動させる。無言の気合とともに吐き出される幾条に連なる呪力ビーム。逃げ場の無い高密度な絨毯爆撃は黒煙の中へと飛び込み、新たな黒煙を生み出す。
現代魔術師が腰を抜かすほど高レベルな魔術である。当然、現代魔術師ではどう頑張っても防ぎようが無い。そして逃げ場の無い以上、回避など出来るはずもなく、当然晒された者は成す術もなく微塵となる―――そう、相手が凡百の魔術師なら。
刹那、呪力ビームに対する返礼とばかりに黒煙を突っ切って、数個のプラズマ弾ともいうべき弾丸がバチバチと空気を焼きながら魔女の如き女に迫る。
予想だにしない反撃。卓越した術者であっても戦士ではない彼女に不意討ち染みた反撃を回避するという選択肢はなく、防御のための魔術を行使し身を守る。
……だが、守りきれない、当然だ。彼女がが現代魔術師が腰を抜かすような存在であるならば相手は現代魔術師が畏怖と畏敬を持って頭を垂れるもの。人類を代表する最強の戦士である。打ち出されたプラズマ弾の威力は呪力ビームを軽く凌ぐもの。生半な防御魔術で防げるものではなく、一度、二度のプラズマ弾で渾身の防御魔術には呆気なく亀裂が入り立て続けに打ち込まれたプラズマ弾により呆気なく破綻する。
そうして彼女派さきほど自らがやったことと同じ様を見る。容赦の無い攻撃はローブを燃やして肉体を焼く……。
「ただの魔術師ではない……が、かといって神獣ほどの脅威ではないし、『まつろわぬ神』は愚か従属神にも程遠い。もしやあの女の同類か?」
黒煙の中から姿を現すアレク。その身格好に傷は皆無。一体如何なる手段を用いたのか傷は愚か衣服にも多少の煤がついている程度。つまりは何らかの手段を持って呪力ビームを無効化したのは明白だ。
「しかし、貴様のような存在がいるということは少なくともここには何かがあるということだ」
皮肉気に笑うアレク。こと探し物に関して働く勘は神殺し特有の貪欲さを持っている。可能性は元々高いとみて足を運んだが、どうやら自分の予想は当たっていたらしい。
「抵抗するなら無力化する。あの女……グィネヴィアの元に大人しく案内するというのであればこれ以上の攻撃は―――」
しない、と言葉を続けようとしてアレクは違和を覚える。先のアレクと同様、煙の中には魔女のような女が潜んでいるはず。にも関わらず気配が感じられない……?
とアレクが疑問した瞬間、頭上から呪力ビームが降り注いだ。
「何ッ」
想定外の反撃に咄嗟にアレクは後ろに跳んだ。間を置かずしてアレクがいた斜面を抉る呪力のビーム。思わず攻撃先、頭上に目を向ければ、カズベク山の山頂を背後に、空を飛ぶ魔女が居た。
やや色の抜けた金髪、アレクにも似た白皙の肌と生真面目な印象を受ける鋭敏な顔立ち。手持ちの杖同様、アメジストを思わせる瞳にはしかして知的色はなかった。
人形―――良く出来た人を真似した人形のようだと直感的にアレクは思う。
「ほう、貴様がグィネヴィアめの宿敵とやらか。なるほど、此処を嗅ぎ分ける辺り、『獣』連中の中でも殊更鼻が効くらしい。忌々しいことだ」
アレクが予想だにしない反撃と女から受ける印象に表情を険しくしていると女の背後、より高い位地に新たな人影が出現する。
古いギリシャの衣装。トーガに身を包んだ男。絶世の美男ともいうべき風貌の男で、肉体もそれに相応しい欠点一つ無い、まるで黄金律を形にしたような身体だ。若年と呼べる見た目でありながらしかして放たれる歳不相応の余りにも荘厳な気配。
神祖でも神獣でもない、ましてや従属神でもない。それは紛れもなく、アレクら神殺しの宿敵……『まつろわぬ神』の気配であった。
「成る程、貴様があの女と行動を共にしているという神か。どんな物好きかと思えば、存外、操られているのはあの女の方なのか? 如何にも傲岸そうな貴様だ。従うなどそれこそ有り得ない話だ」
「フン、『獣』風情が我を測るか。小癪な」
「『獣』だと人を揶揄したのはそちらが先だ。貴様がそういう態度を取るならば俺もまた相応の態度で応対するまでだ」
アレクは『まつろわぬ神』に口で応じながら壮絶に舌打ちをしたい気分だった。グィネヴィアに同行する『まつろわぬ神』の存在は事前の調査で知れている。が、アレクとしてはグィネヴィアの行為を妨害、できるこそならばその首を取ることが出来ればいいと思い、研究調査を兼ねて足を運んだまで。
そこには真っ当に『まつろわぬ神』と雌雄を決すべしとの思惑など一欠けらも無い。目的を果たしたならば適当に巻くか封印するかしよう程度だったのだ。グィネヴィアと相争う過程での『まつろわぬ神』との遭遇は予測していたが、グィネヴィアに対面するより早く先に『まつろわぬ神』と遭遇することは計算外だった、
態々、《神速》を使わず、ここまで登山してきた意味が全て無意味となった瞬間だ。己の予定を狂わされたことと面倒ごとが重なり、沸々と目の前の神に対する憤りが込み上げてくる。
「それにしても『まつろわぬ神』が使いパシリとはな。神祖相手に律儀なことだ」
「何、今の我はあの娘、グィネヴィアの庇護者であるがゆえな。忌々しき宿敵の妨害を予見し、我に頼み込んできたのだ。そう―――貴様だ貴様。あの小僧めとは別の島国を統べる『獣』め」
アレクを指差しながら心底、忌々しいと顔を歪める男。指を指されたアレクもまた不快感と目の前の神に対する壮絶な嫌悪感から顔を歪めている。
段々と重くなっていく空気。緊張が満ちる。まさに一触即発の気配。
「しかし……まあ良い。我は成すべきことを成し退屈を持て余していたところだ。どの道、グィネヴィアめがこの地に眠る英雄の目を覚ますまではやることもない。……どれ、先日手にした力の肩慣らしもしたいと思っていたところだ」
「ふん、やはり貴様も『まつろわぬ神』か。お前の全身が言っているぞ。ただ暴れたいとな」
ゴキ、と首を鳴らして不敵に微笑む『まつろわぬ神』にアレクは鼻で笑う。他の神殺しと比べるとそれほど好戦的な性質ではないアレクだが、あくまで
―――よって、結末は余りにも明白だった。
「人間の分際を弁えよ。傲岸なる『獣』め。我が名、ゼウスの下に平伏すが良い!」
「……は、なるほど。名前を聞いて合点がいったぞ。悪いが名だけの神に伏す頭を俺は持たない」
帯電するアレクの肉体。雷を手中に収めるゼウス―――二つの雷が激突した。
☆
先制したのはアレクだった。権能『
「……貴様!!」
「馬鹿正直に貴様と矛を交えるつもりは無い」
戦いと見せかけた逃亡。そう、アレクは目的を違えない。あくまで彼の目標はグィネヴィアと彼女が召喚しようとしている英雄だ。ゼウス―――己の同胞が取り逃がした獲物に興味などなかった。
吼えるゼウスにほくそ笑むアレク。上から目線で余裕綽々だったゼウスの鼻を明かせただけでも胸が空くと言うものだ。しかし、敵は『まつろわぬ神』。だまし討ち染みた逃亡もそう簡単にはさせてもらえない。
「メーデイアッ!」
「はい、ゼウス様」
ゼウスが怒り交じりに叫ぶとアレクを妨害してきた女……メディアが素早く魔術を奔らせる。通常、高い呪力耐性を誇る神殺しに魔術など通用しない。だが、《神速》形態のアレクを止めるならば別だった。
「チッ!」
張り巡らされたのは呪力の網。限りなく透明に近いそれはアレクの進行方向にあわせて展開される。このまま突っ込めば網に絡め取られ、魚の漁よろしく身動きを封じられるだろう。加えて、《神速》というのは脆い。到達時間を操作した超高速移動といえば聞こえは良いが、成っている間はそれこそ熟練の戦士、魔術師にすら食い止められてしまうほど脆い。まして相手が神や、神祖であるならば真っ当に運用して通用するはずがない。
だが、《神速》を売りにするアレクである。その運用法は真っ当などではない。これが日本に居る一人目の同輩ならば《神速》に任せて馬鹿正直に使うのだろうが、アレクは加減が出来た。
減速。あわや網に捕らえられるかと思ったアレクは速度を落とし、そして再度加速。網の範囲外向けて脱兎の如く駆け出した。
「猪口才な!」
それを見て、ゼウスが忌々しげに舌打ちし、手の中に集めた雷をアレクに向けて無作為に叩き込む。《神速》中の肉体は無防備。ゆえに捉えてしまえば簡単だ。これが《鋼》に類する戦士ならば心眼やらで捉えて、打ち込むのだろうがゼウスはそういった手を持たない。ならばどうするか、簡単である。用は当てれば良いのだから回避の余地を無くす攻撃を放てばいい。
轟! と唸る雷の雨。天空神として一神話の頂点に君臨した威光は伊達ではなく、こと雷の激しさに関してはヴォバンや衛に匹敵、或いは凌ぐ雷霆をアレクに向けて打ち込む。しかし……。
「密度が甘いぞ」
嘲笑う神殺しの声。当代随一のトリックスターはその雷霆を軽くいなしていた。加速、減速、加速、加速、減速、加速、減速、減速……と《神速》の程度を操りながらひらりひらりと舞うように雷霆から逃れ出でる。まさに蝶のように舞って。そして、回避行動を取りながらアレクもまた思考に耽る。
“ゼウスにメディアか。ゼウスの方は奴が取り逃がした獲物だろう。資料によれば不完全とのことだったが、まあ雷の威力を見れば確かに高が知れている”
ギリシャ神話に名高いゼウスといえば雷……ケラウノスとも呼ばれる雷霆が有名だ。曰く、ティタノマキアで発揮されたそれは宇宙を揺るがすほどの超常規模のものだったらしいが、神話的過分表現だったにしても、威力はともかく勢いが足りない。
本来ならば逃げる余地を与えない密度であろうはずが、こうしてアレクにいなされる始末だ。恐らく不完全と言うのもあながち間違いではないのだろう。今のゼウスは精々従属神程度だ。最もだから油断できる相手と言うわけでもないが。
気になるのはもう一人の方。メディアとは恐らく、いや、十中八九ギリシャ神話に記された魔女メディアに他ならない。コルキスの王女にして魔女神ヘカテーに仕えた随一の魔女巫女であり、ギリシャ神話に有名なヘラクレスを始めとする英雄らが乗り込んだアルゴー船。その船の船長イアソンの妻だ。
そんなメディアの正体は土着の、ギリシアに征服された土地の女神であるという話は耳に挟んだ話だが……ともかく、仮に目前の魔女がかの魔女メディアならば油断はならない。
「そういえばコルキスはグルジア……ジョージアの西部だと考えられていたんだったな。なるほど、貴様の存在はそういう縁か!」
「………」
アレクの言葉に対してメディアは無言。代わりとばかりに呪力のビームをアレクに打ち込むのみ。
「逃げ足ばかりは達者な『獣』だ。その惨めな逃げっぷり鼠の如き無様さよ」
回避と逃亡を繰り返すアレクにゼウスが嘲笑う。ゼウスとメディアの絨毯攻撃を凌ぎ続けるアレクからの反撃が無いゆえの余裕だろう。そしてその様子を見たアレクはその侮辱に対して、ほくそ笑んだ。
「ならば、その逃げ足達者な鼠も捕らえられない貴様らはどうだ。その様では狩人は名乗れまい。無様なのは果たしてどちらだろうな?」
「……口の減らない『獣』よな!」
瞬間、暴風が吹いた。白い雪を巻き上げながら突如として吹いたそれはホワイトアウト……アレクの視界を瞬間的に奪い去っていた。まるで図った様なタイミングで吹き込んだゼウスらを味方するような暴風は自然的なものではなくゼウスによるものだった。
「チッ……!」
「我が雷しか操れぬと思うてか! 大気も空も全ては
視界を奪った刹那にゼウスとメディアが同時に攻撃を叩き付ける。如何にアレクとて見えないものを完全に回避しきるほどの直感は有さない。白い視界から脱却すべく選んだのは跳躍。到達時間のほどを操る《神速》は何も地上を駆け巡る二次元的動きに縛られない。空中含めた三次元的軌道が可能なのだ。ましてやアレクは《神速》に際して掛かる肉体的負荷を克服するためその姿を稲妻へと変貌させる。
神出鬼没、縦横無尽に駆け巡る、これこそアレクサンドル・ガスコインの武器である。だが……。
「言ったであろう! 貴様は狩場に迷い込んだ鼠だと!」
勝利宣言にも似た笑い声。空中に身を投げ出し、白い世界から脱出したアレクが見たのは見下すようにして笑うゼウスの顔と黄金の輝き。そう、アレクの行動は予見されていたのだ。
「『獣』狩りもこれで終わりだ。存外に呆気ない」
「……さて、それはどうかな」
迫る雷の輝きとゼウスの笑い、その一切に向けて悪辣な笑みを以って返すアレク。もはや仕留めたと見なした獲物の予想外の返しにゼウスは思わずむっと顔を強張らせ……次の瞬間、その顔は驚愕へと変貌する。
「何だと!?」
無防備なアレクに向けて打ち込まれた雷霆。それは寸分違わずアレクに直撃するはずだった。しかし、アレクの影から飛び出した謎の乱入者によって必殺の一撃は阻まれていた。その正体は……。
「恥ずかしがり屋なのは玉に瑕だがな―――このように頼れる奴ではある」
『
アレクは予め召喚した彼女を己の影に潜ませており、ゼウスの雷霆は彼女によって阻まれたのだ。
「いつの間に……!」
「此処に趣く前からだ。まさかなんの準備もなしに敵拠点へ乗り込むとでも?」
思わず歯噛みをするゼウスにニヤリとこれ以上無いほど憎たらしい笑みを浮かべるアレク。こと此処にいたってゼウスは気付く、誘導されたのは己のほうだと。
「貴様の姦計も存外大したことは無いな。では、今度は俺が嵌める番だ」
そう言って、アレクはパチンと一つ、指を鳴らす。
「何を……お、おお!? オオオオオォォォォォォォ!?」
「……!?」
瞬間、ゼウスに襲い掛かる負荷。重力を無視するよう空中で君臨するゼウスが重力の檻に囚われる。いや、これは重力ではない。ハッとしてアレクより下、先ほど目前の男が逃げ回り、そして舞い上げた雪によって視界を妨げた斜面。そこにブラックホールのような黒点が存在していた。
「俺の方が上手だったな」
「お、の、れえええええ!!」
これもまたアレクが持つ権能にして逃げ回りながら準備した仕掛けの一つ、『まつろわぬ神』ベヘモットより簒奪した引力と重圧の力。これに捕らわれたものは如何に『まつろわぬ神』でも簡単に逃れられるものではない。ゼウスは歯を食いしばって何とか耐えているが、メディアの方は真っ先に地上へ叩き落されている。
「お前も、いけ!」
「ぐおっ!?」
耐えるゼウスにダメ押しとばかりにプラズマ弾を打ち込むアレク。威力としてはとても『まつろわぬ神』を傷つけるほどではないが、引力と重圧に耐える無防備なゼウスに防ぐ術などなく、無防備のまま直撃したゼウスはそのまま地上へと落下する。そして即座にアレクは詰めの一手を唱えていた。
「迷いを歌え、風よ。光を隠せ、夜よ。全ての旅人よ、寄る辺なき茨の旅路を―――深き憂いと共にただ進み、希望を捨てよ!」
言霊を唱える。すると、どういうことか、山の斜面に叩き付けられたメディアとゼウスはずぶずぶと山の斜面に沈んでいく。まるで底なし沼のようだ。
「これは……!? 迷宮か!!」
「悪いがまともに戦うつもりなど端から無い。せいぜい、そこで行き迷っているといい」
プリンセス・アリスが命名した『
沈みきった二つの脅威を見届けたアレクは疲れたように息を吐き、カズベク山の頂上へと視線を移した。
「無駄な時間を取らされたな……さて間に合―――」
言葉は、最後まで言い切ることが叶わなかった。刹那、火山の噴火を思わせる轟々、と唸るような音。同時に大気に対して波動のように広がる呪力の波。神殺し特有の直感が新たな宿敵の出現を囁いた。
「チッ、間に合わなかったか!」
毒づくアレク。どうやら完全に後手に回ってしまったようだ。だが、アレクに後悔と反省をする時間は与えられなかった。頂上付近に出現した膨大な呪力の気配、それが猛スピードでこちらに向ってくるのを感知する。
「ッ―――!」
直ちにアレクは『
「ぐおおおお!?」
先手とばかりに稲妻に転じたアレクに叩きつけられる稲妻。《神速》に移行していたアレクに合わせてピンポイントで放たれたそれを回避することは出来ず、《神速》を解除させられながらアレクは地上に撃ち落される。
「―――目覚めて早々、戦の気配を感じて来てみれば、くく……まさか早々に宿敵と見合うとはな! 汝がそうであろう! 神殺しよ!!」
さも愉快とばかりに楽しげに笑うのは黄金の剣を携えた男だ。鎖帷子と革のズボン、三日月型の盾に兜。軽量化に軽量化を重ねたであろう最軽量の武装は馬に乗って戦う騎馬民族特有のそれ。最早、疑うべくもないだろう、どうやらゼウスとの戦いに時間を掛けすぎたらしい。
「貴様、バトラズか」
「ほう、一目で言い当てるとは中々の慧眼よ。如何にも! 俺こそがナルトが誇る最優の戦士! 銘は汝が言うとおりバトラズに違いない。さて、この地ならざる異国にて生を受けた神殺しよ、汝の名を聞こうか」
ゼウスの傲慢さとは異なる堂々たる態度で獰猛に笑いかけるバトラズにアレクは思わず舌打ちをする。最源流の鋼の目を覚まされる前に委細ケリをつけるつもりだったが、どうやら叶わなくなったようだ。
「……一度、引くか」
ゼウスに関しては妨害対策として用意しておいた手管で嵌め縛ることに成功したが、目の前の《鋼》に関しては準備が無い。目的を果たすのが困難となった以上、一度引いて態勢を整えるべきだろう。ザッと足を引いて、逃げる算段をつけ様思考を巡らすアレクに更なる凶兆が舞い込む。
足元……より厳密に言うならば迷宮化された大地から込み上げる大規模な呪力の流れ、嫌な予感に駆られ、アレクは身を投げ出すようにして後ろに向って《神速》を発動。不吉から逃れ出でる。
そして嫌な予感とは的中するもので、アレクが離れた次の瞬間、地面から光の柱とも形容すべき膨大な電力が放出される。数十層と連なる『
「―――よくもやってくれたなッ! 『獣』風情がァ!!」
巨人の咆哮、とばかりに憤怒の形相で赫怒を吼える『まつろわぬ神』ゼウス。幾分、消耗しているようだが今だその威は健在、さらには従者の如く付き添うメディアに関してはたいした消耗が見られない。加えて、蘇えらされてしまった最源流の《鋼》バトラズの存在。
「最悪だな、くそッ」
状況は不利どころの話ではない。神祖プラス二柱の『まつろわぬ神』、加えて、彼らの背後にはグィネヴィアの存在。どうやら逃げ時を誤ったらしい。己の不運を嘆きながらもしかしてアレクに諦めの感情はなかった。神殺しは一握りでも勝機があるならば貪欲にそこへ噛み付く『獣』。他と比べて草食系などと揶揄されるアレクであるが根本は他連中と変わらないのである。
アレクはこの状況を招いたあらゆる要因に毒を吐きつつ、逃亡のための算段を思索する。この状況でまともに連中を相手取るのは極めて困難。一度態勢を整え、算段をつけてから仕留める必要がある。
「ほう、良い覇気だ。それでこそ我らが宿敵よ」
戦闘姿勢を取るアレクにバトラズは実に楽しげに笑う。ゼウスのそれと比べれば清々しい笑みだが、この状況が全く楽しくない身としてアレクはイラだった様に眉を顰める。
「鼠が、捻り潰してくれる!」
そしてゼウス。どうやら格下に嵌められたことに関してご立腹らしい。先ごろの態度を思い出してアレクはザマあみろと内心笑いたい気分になるが、これ以上の無駄な挑発は必要ないだろう。逃げる算段をつけている最中により執心される態度を取る必要は無い。
「―――――」
『まつろわぬ神』二柱と異なり無言を貫く神祖メディア。先ごろからの攻撃といい反応といい、どうにも機械的だ。神祖を知るアレクとしては魔術以上にその態度こそが不気味に映る。まるで、というより人形そのものの態度に。
“まともに相手などしていられるか”
残る伏せ札はたった一つ、先ごろのバトラズの一撃があるため、既に使用なのだがコレに関してはもう少しギリギリまで伏せておきたい。ならばこそ、見せた手札で応対する必要がある。
アレクの力はどれも彼の性格を反映したように捻くれており直接的な打撃力にかけるものばかりであるが、用は使いようである。幸い、既に発動済みで流用できるものがある。方針を定め、戦術を選択し終わったアレクは即座にその身に持てる呪力を循環させる。
臨戦体勢を整えるアレクに反応しゼウス、バトラズは共に身構え、魔女メディアも魔法陣を展開する。意を決めて、アレクは《神速》の権能、『
「馬鹿め! 今更《神速》の権能が通用するものか!」
ゼウスが吼えると雷がアレクと呪力ビームがアレクの元に殺到する。アレをいなすこと自体は苦ではないが、問題はバトラズの存在である。《神速》がピンポイントで狙われた以上、ゼウスやメディアと違い、バトラズは確かに《神速》を見て取っている。彼相手に瞬間的ならばともかく継続的な《神速》の使用は通用しない。ゆえに《神速》にかけてこの場を離脱することは困難だ。
だからこそ、アレクは雷と成った瞬間、大地に出来た大穴へとその身を投げ出す。
「……貴様! うろちょろとまたも逃げの手を!!」
「貴様ら相手にまともに戦っていられるか」
それはアレクが発動させた『
その内部構造を完全に把握できるのはこの場では使用者であるアレクのみ。ゼウスが力ずくで脱してきたということはゼウスでも内部構造は把握できなかったということ。状況が不利ならば、有利な状況を作ればいい。そして地下は自分のフィールドである。
「やる気ならば好きに追ってくるが良い」
そうして迷宮に降り立ったアレクは『
アレクのみが把握する入り組んだ迷宮内で、《神速》を使い縦横無尽に移動できるアレクを補足するのは如何に二柱の『まつろわぬ神』とはいえ困難である。これから始まる鬼ごっこの結果など見るまでも無い。逃げ足に関して右に出るものが無い王を補足するのは戦士や王、魔女では困難なのだから。
―――こうしてアレクは数刻とかけて迷宮内で『まつろわぬ神』二柱と《神祖》と鬼ごっこを繰り広げ。狙い通り態勢を整えるための撤退に成功する。
その後、態勢を整えたアレクはバトラズがジョージアの地を離れたことを機にゼウス・グィネヴィアらを襲撃するものの、神祖メディアの妨害により時間を稼がれ、ゼウス・グィネヴィアらを取り逃がす。
以上が、英国から離れたジョージアで繰り広げられたアレクサンドル・ガスコインとゼウス・グィネヴィアらとの事の顛末である。
いやあ、原作キャラの戦闘は難しいかと思っていましたが案外、手が進んで楽しかったです。
蝶のように舞い悪魔のようにチェス盤を引っくり返すってスタイル結構好きだったり。
私、シャークさんこと檀狩摩みたいなキャラクター好きですし。
てか気付いたらバレンタイン終わってるし。
半日以上、執筆に費やしたから何の感慨も無いし……。
とりま自分用に買ったGodivaでも摘むか。
え? チョコもらってないかって?
セミ様やスカサハ師匠ら含む英霊皆さんからいっぱい貰いましたが何か?
な に か(真顔)?