極東の城塞   作:アグナ

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僕はね……女性キャラを動かすの、苦手なんだ……。
(訳・キャラ崩れしてたらごめんなさい)

エリカってイマイチ掴み難いキャラなのね、
作者の得意な人間性的に。


魔都にて、相対する

「全く、本当につれない人なんだから」

 

 既に見送った背にイタリアはテンプル騎士団に縁のある魔術結社《赤銅黒十字》にて才媛と名高い若き《大騎士》エリカ・ブランデッリはふう、とため息をついた。

 極東生まれ極東育ちの八人目の覇者は容姿端麗、眉目秀麗かつ文武両道、才色兼備な彼女でも手こずる相手(あいじん)だった。

 

「いい人でしたね護堂さん」

 

「あら? アリアンナも彼に惚れちゃった? でもダメよ、彼の愛人たるはこのエリカ・ブランデッリを置いて他にいないんだから。まあでも……」

 

 草薙護堂。

 平和主義者を謳うくせに根っこでは戦いを、真剣勝負を好む八番目の王。

 何よりどうも彼は朴念仁でありながらもその実、女性に対する扱いが上手い……というより無自覚に女心を射抜くことに長けている。有体にいって「女誑し」

 

「口ではやりたくないだの、乗りたくないだと言う癖してその場のノリに直ぐ流されるんだから。戦いも女の扱いも……」

 

「ご不満ですか? でもエリカさま、楽しそうです」

 

「あら? そう見える?」

 

 そう、確かに時たま朴念仁な所やことが進むまでイマイチ乗り切らない態度に思うところが無いわけではないが、あれほど甲斐のある(・・・・・)男の子もそうはいまい。ただ……。

 

「真っ向からの真剣勝負ならばともかく、脇が甘すぎるのは問題よね」

 

 特に女性相手だとそれが顕著だろう。絶対に無いとは思うが色恋を拗らせた挙句、コロッと刺されて……何てことが、

 

「それはないわね。それも含めて飲み干してしまう懐の深さはあるし、それに」

 

 神殺し(カンピオーネ)

 人でありながら神たる『まつろわぬ神』に抗い、剣を向け、その果てに彼らを殺し、神力を簒奪せしめた覇者。

 その身がつまらぬ乱痴気騒ぎで命を散らす何ていうことは在り得ないのだから。

 

 しかし、だからこそそれとは別、自身に関することで次なる懸念事項が浮かび上がる。

 

 女誑しで、懐が深くて、その上、覇者としての資格持ち。

 となれば魅了される女性がエリカだけに止まらないのは疑うべくもない。

 

 現にこの短い接触で彼女の従者たるアリアンナが親愛の情を覚えているのだ。ともすれば向こう(日本)でも彼の魅力に取り付かれた女性が現れるだろうことだろう。

 

 まあ、それは良い。

 王たるものそれぐらいの器はあるだろうし、複数の女性を囲うのは古今東西、王として何ら不思議なことではないが、

 

『このエリカをおいて本気(・・)で他の女の子に熱を上げるのは……看過できないわよね』

 

 浮気は良いが本気は許さない。

 彼が一番に愛する人はこのエリカ・ブランデッリをおいて他には無い。

 

 中空に王冠が如き金色の髪が舞う。堂々と、何ら疑うことも恥じることもなく己と己の寵愛が一番だと言い切る彼女はさながら女王の如く。

 才媛と、その名に相応しい才と自信、気品とカリスマ。それらを衣服と纏った彼女の様はともかく華麗であった。

 

「《剣》のこともあるし、一々海を跨がねば彼との愛を確かめられないなんて、私は織姫や彦星のように思い人に対して我慢強くないの」

 

 例え地獄の巷でも、愛する人が居るならば火の中、水の中と。

 そもそも神々の宿敵たる男子について往く者としてまた共に戦う騎士として、その程度の覚悟など彼が初めて成した神殺し、東方の軍神と戦う頃より既に持っている。

 

「ということでアリアンナ。日本行きのチケットの手配を頼めるかしら。ああ、貴女の分もね。私は少しやるべき手続き(・・・)で忙しいからお願いね」

 

「え? 私もですか?」

 

「ええ、暫く(・・)向こうで過ごす予定なんだから当然でしょう? 護堂もそうだけれど、日本には既に神殺しがいる。その点も含めて身の回りでやらなきゃいけないことは多いもの。賽も投げてしまったし、ね」

 

 賽は投げられた、かのカエサルの言葉だが、そう、彼女は文字通り賽を投げたのだ。他ならぬゴルゴネイオンという特級の賽を。既に護堂の他の覇王が統べるその土地に。

 

「『堕落王』閉塚衛。当代七人目の王、か」

 

 唇を人差し指でなぞりながら脳裏に描くのは最愛の少年と同じ王たる人物。

 

 ──地中海に浮かぶ神秘の名残深き場所。

 ミノア文明、或いはクレタ文明と呼ばれる文明栄えたギリシャ・ローマ文明に置ける世界の中心。そこで誕生した七番目の王冠。

 

「最古にして最高の女神アルマテイアを殺し、天空神ゼウスと分けた王。経歴も戦歴もまだまだ新参の護堂と比べると格上、それに黒王子との交友関係もある。だとすれば日本の魔術結社も多くはこちらに傾いているはず」

 

 そこにゴルゴネイオンという災厄を持ち込むなど愚行の極み。

 しかし、このままイタリアで神器(それ)を扱うには不足している。先の戦いにてイタリアに君臨する『剣の王』は傷を負い、今は養癒中なのだから。

 

 それに護堂はまだまだ新参。王としての箔が不足している。

 そう言った意味でも最古の女神との戦いは都合が良い……多少の悪印象を刻み付けるにせよ。

 

「早い話、護堂がイタリアに来てくれれば良いのだけれど、まだまだ日本から身を引くつもりは無いみたいだし、そうなるとどうしても行動拠点は日本になる。これが西洋圏ならば都合も効いたけれど東洋だと《赤銅黒十字》の影響力は流石に低い」

 

 となると、どうしても日本で活動するにはその手足……とは行かなくても動きやすいよう身辺整理(・・・・)する必要がある。

 

 しかし向こうの多くは既に誕生し、戦いを重ねている『堕落王』に傾いているはずだ。既に出来た体制を崩すのは意外と困難であり、まして向こうにも護堂と同格の王が健在、ならば多少過激にでも間隙を作らなければ、すぐさま護堂が容易く飲み込まれてしまう(・・・・・・・・・)だろう。

 

「全く、本当に……退屈させないんだから」

 

 今後の苦労を思い、苦笑するエリカ。

 各方面の対応も含め、やることなすこと山済みである。

 そしてそれらは彼の相棒たる己にしか出来ないことだ。

 

 ──愛する男の子のために影で苦労を背負うエリカは意外と献身的な性質なのかも知れない。

 ……もっとも鮮烈に華麗に面白く生きる──そんな彼女が愛人にその影を踏ませることなどあり得ないが。

 

 

「我が求むるはゴルゴネイオン。まつろわぬ身となった我に、古き権威を授ける蛇」

 

「―――ご同輩も面倒を持ってくるなあ。乱痴気騒ぎは余所でやれ、丁度余所(イタリア)に居たんじゃないのかよ……」

 

「……ほう、その気配。当代の神殺しか。まさか一つの国に二人の王が存在しているとは、長き歴史の中でも早々あった話ではないと思うが」

 

「今まで無かったってだけの話だろ? ま、俺も知ったのはつい数時間前なんだが」

 

 未熟な神殺しに賽が託されてから数日後。

 まだ日輪が天を統べる頃、日本が誇る最大の都市、東京の地で二人の人物が向き合っていた。

 

 片や十代前半、天使のように愛らしい顔立ちをした薄手のセーターとミニスカート、銀髪を覆う青いニット帽などを身につけた少女。

 恐らくは十人いれば十人が振り向く女神を思わせる美少女である。

 

 ……問題があるとすれば『女神』とは比喩では無いことか。

 

 片や十代後半、シュッとした顔立ちから痩身の体付き。眠たげに細められた目と覇気には欠けるが、美男子とまで言えないもののおよそ欠点の無い少年が居た。

 

 ラフなカジュアルシャツに適当なズボンを合わせた洒落っ気の無い出で立ちだが、それが返って少年の性質に合っているのか、下手なオシャレより余程、似合っている。

 

 前者が圧倒して人の目を奪うだろうが、後者もまた格落ちすれど前者には見合うだろう見た目だ……しかし人目を集めるだろうこの二人は人が流れる行く往来の通りに在って全く誰の目にも止まらなかった。

 

 当然である。

 真に『女神』たる己が一つ煩わしいと思えば彼女を目に止める凡百の人間など居なくなる。その身は天上に住まう神々が身ゆえに。

 

 しかし凡百の人間と言うには目前の少年は文字通り格が違う。

 

 天上に住まう神々に唾を吐きかけ、傲岸不遜に神をその牙で喰らう獣。

 彼ら『まつろわぬ神』にとって永劫交わらぬ宿命の敵、『神殺し(カンピオーネ)』。それが少年の正体であるがゆえに。

 

「ぶっちゃけ言うと別にアンタに声をかける理由は無かったんだよな。どうも今回、火種の原因は新参の方にあるし、だったら責任は向こうのもの。しかもこうして相対してみるにアンタとの縁は向こうにある。完全に外様である俺が出張ってくる必要は無かったんだが……」

 

「ふむ、珍妙なことを言う。その身が神殺しならば我々との縁は既に交されている。即ち、不倶戴天。一切交わらぬ仇敵として」

 

 神殺しは魔王である──。

 人でありながら人に非ず、地上の諸人全てが抗う力を有さず、黙して従わざるを得ないがゆえに。そして、至高の神々にその牙を向けるがために。

 

 そう、両者は決して交わらない。神は身の程知らずに誅罰を。神殺しは獣が如く衝動に任せ戦いを。しかし……。

 

戦狂い(ウォーモンガー)どもと一緒にするな。こっちは生粋の日本人。法治国家に生まれた争い知らずの日和見でね。無関係の火事場に突っ込む性格はしちゃいねえ。それも相手が手傷(・・)を負った怪我人ならば尚のこと」

 

「確かに《蛇》を取り戻しておらぬ不完全な妾では汝の相手をするには些か手厳しいものがあろう、だが……」

 

 刹那、華奢とも称せるその身から桁違いの覇気が立ち上る。

 一騎当千の英雄でもこうはならない。神威、神たるその身が真であると人とは外れた決定的に違う(・・)気配が少年を圧倒するように立ち上る。

 

「武力と勝利は常に妾の僕ならば、《蛇》を取り戻さずともあなたに討たれる道理は無いと知れ」

 

 夜闇そのものを思わせる瞳と月光に揺らめく月が如き銀髪。

 都市の守護者にして夜の支配者、その名も知らぬ女神の力の一旦が発露する。

 

 だが、その神威を目して尚、少年には戦意の欠片もなかった。

 まるで柳のように神威を受け流すばかり。

 これだけの神威を前に平常で居られるのも驚異的だが、何より神殺しであるはずのその身に未だ戦意を漲らしていない時点でもはや異常だ。

 

 訝しむ女神に少年はやや気だるげに応じる。

 

「どこぞの女神様曰く、俺は歴代でもアメリカの王に匹敵する変わり者らしいぜ? 戦士と言うより守護者。決定的な一線を超えない限り、決して暴力を向けない沈黙の王者と。ま、気取ってみたが売られた喧嘩にも、俺個人に振られた喧嘩にも、俺は乗る気にならないのさ、なんせ戦嫌い(チキン)なもので」

 

「守護者か……成る程、合点が言った。獣に見合わぬ大樹が如き振る舞いはそのためか。その身は覇者ではなく王者にあったか」

 

「ま、そういうことで喧嘩は買わんし応じない。そっちが東京(ここ)で暴れまわるのも正直言えば対岸の火事でね。テレビの向こうの悲惨な事件に一々感情移入するほど俺は出来た人間じゃないのさ」

 

 畑違いとはいえ同じ穴の狢。

 少年もまた歴代神殺しに漏れぬロクデナシである。

 

 守護者を謳いながらもその目が見詰めるは常に身内。その外に居る人間には何の関心も持たない。だが──それは逆に内に対する強い情念を表す。

 

「今日現れたのは顔合わせ兼、警告だ。東京には同士が多くてね。どいつもこいつも夏の祭典以外は引きこもってる奴ばっかりなんでまあ、お前たちのような奴らの戦にも巻き込まれないと思うけどな……巻き込んだら殺すぞ」

 

 火が灯る。沈黙する大樹はしかし次の瞬間、鮮烈な闘志へと一瞬で転じた。

 神威に劣らぬ絶対的覇気。覇気に欠ける凡百と変わらぬ少年はこの一瞬で弱きを守る王者になった。

 

「昔っからの性分でね。戦いは嫌い、面倒も嫌い、悪意を向けるも苦手とどうにも争いごとが苦手な性質で、殴られても喧嘩売られても不満や痛みは覚えても反撃する気はどうにも起きない。だけど……友達が殴られているシーンを見せられると、本人の意思抜きに殴り返したくて堪らなくなる。

 

 ──だからさ、俺に手を上げさせないでくれよ?

 手を上げる時は大概、俺、似合わずに憤怒してる(カッ飛んでる)から」

 

 ──普段優しいものこそ怒ると怖い、とは日本で言われることがある。

 それは豹変に対するギャップ的な恐れも含まれるが……それは暗に怒った時の爆発力に寄るものだろう。

 

 普段から怒りやすいものには平時、小さなことにも怒るからこそ消費するエネルギーが小さい。怒りと言う感情は人を喰う。誰かを怒鳴りつけることは先天的な精神の欠乏がない限り怒れる本人にも多大なストレスを与えるのだ。

 必然、怒りやすい人とはどうしても精神に掛かる負荷が大きく、怒りの振り幅、激情の差違は小さくなる。

 

 しかし、普段怒らない人間とはそうではない。激情は胸に秘めれば秘めるほど何処までも大きく、広がるもの。

 そして一度、そこに火が灯ればその爆発力たるや比較できるものではない。

 

 懐が深い人間ほどその懐分だけ爆発力が生じる。

 ならば自分に対する悪意すら、受け入れ気に留めないほどの嫌戦の徒が一度、激情と共に剣を取ったらどうなるだろうか……その怒り、その激情は……神すら律せるものではない。

 

「しかし同時に汝の怒りを試してみたいという思いも戦を司る身であるがゆえに覚えなくも無い、が。民草の庇護に尽力的な心優しきものを態々、憤怒の炎に放り込むことも無しか。どちらにせよ、まずは異国の地であった神殺しとの縁が先か。汝との戦はいずれの時に取っておこう。その時こそ、その身に宿る最古の女神、妾と共にその格を比べあおうぞ。さらば、我が祖母(・・)の力を宿すものよ」

 

 バサリ、と鳥が羽ばたくような音と梟の羽根を残響に女神は次の瞬間、無に帰すように姿を眩ます。

 

 そうして、意識の外へ消えていた往来の足音が戻るのを感じて少年、閉塚衛はその身を弛緩させ、いつもの平々凡々たるただの少年へと戻る。

 

 

 

「ハァー、緊張した。ここでおっぱじめるんじゃないかと冷や冷やしたぜ。だから『まつろわぬ神』とはあんまり相対したくないんだ」

 

 《蛇》を取り戻してなかった不完全性こそに感謝すべきだろう。

 アレが完全に力を取り戻していればこちらの言葉に耳を傾けることなく、まつろわぬ性のまま人々に天災として猛威を振るっていただろう。

 

 だが、アレはまだ完全ではない。その一点を理由に警告を敢えて言いにきた衛の判断はどうやら間違っていなかったらしい。天敵、宿敵であるがゆえに敵のことは敵以上に理解できてしまうのだ。

 

「さて、後はお役所仕事だけだ。ま、そっちは甘粕さんや沙耶宮の領分。イタリアの結社とやらの折衷は任せてこっちはいつも通り引きこもりますか。問題を持ち込んだのも新参だが、解決するのも新参ってことで今度は楽が出来そうだ。買ったばかりのゲームが即日プレイできるとは俺の運も向いてきたってことかな。んん、素晴らしい!」

 

 面倒ごとが降りかかったのに珍しく自分の手で解決しなくいいという幸運に思わず鼻歌を歌いながら帰路に着く衛……普段の彼ならばこのような『フラグ』を立てるようなマネはしなかっただろう。

 彼もまた神殺し、外から見れば平常でもその身はやはり宿命の敵を前に何も感じ入ることが無いなどとそんなことは無かった。

 緊張や感情、それから宿命として僅かながらの戦意を抱いていた彼は、それらから開放されて些かテンションが高かった。高かったゆえに立ててしまうのだ。

 

 普段の彼なら『フラグ』と呼び、ジンクスとして立てないよう心がけるそれを。

 

 そして………。

 

 

 

 

 

『─────』

 

 二人の神殺しと《蛇》の気配。

 それに釣られて欠けた女神もまたその力を欲さんと蠢き始める──。




改行弄り(2019/10/11)

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