極東の城塞   作:アグナ

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おっしゃL2ッ!(ドルオダ)
サービス終了すると聞いて全力で復帰中。
お陰でコンシューマゲームに全く手が付かない件。

私はいつになったら戦国恋姫がクリアできるのだろうか……。
雛ちゃんが可愛いから良いけど。


……最近、前書きが内容に全く関係ないな!(今更)


戦いの先触れ

 風が吹きすさび、叩きつけるような雨が降る。

 九月も上旬となれば、日本において台風も珍しくないだろうが、ここ数日の間にその手のニュースは舞い込んでいなかったはずだ。いや、それ以前にニュースにおける予報と実際の天候はここ最近全くかみ合っていなかった。

 

「八雲立つ、出雲八重垣、妻籠みに──八重垣作る、その八重垣を……っと」

 

 それはいにしえの歌。

 人差し指から流れる自身の血を使い、清秋院恵那はその歌と全く同じ文を城南学院高等部の校舎の壁に書き綴っていく。

 

「──随分変わり種の仕込みだな。しかも感じ覚えがあるぞそれ」

 

 丁度、書き終わった時である。

 恵那に声がかかる。

 振り向くとそこには一人の男が立っていた。

 

 美男とまでは言えなくともそれなりに整った顔立ちである。

 何時になく気だるげな雰囲気と覇気の掛ける所さえ補えば、それなりという評価も拭えるだろう。一見して惜しい二枚目といった男子である。

 

 だが、恵那には分かっていた。

 

 常人には理解し得ないだろう男に渦巻く莫大な呪力。

 欠伸混じりの気だるげな様ながら不穏に漂う威圧。

 彼こそ人類最高位の戦士にして王。

 日本に住まう二柱の神殺し──その片翼であると。

 

「お初にお目にかかります、『堕落王』よ。私は清秋院家が息女、清秋院恵那と申します。このたびは私めのご招待に応じてくださり誠にありがとうございます」

 

「………素か? それ似合ってないぞ」

 

 丁寧な所作で礼を取る恵那に慇懃無礼と指摘する神殺し、閉塚衛。

 しかしその率直な意見に恵那は気を悪くするでも無くたははと笑う。

 

「あ、やっぱり? 恵那も自分でこういうのは得意じゃ無いと思ってるし」

 

「だろうな。今時、俺相手にこんな大胆不敵な『招待状』送りつけてくる馬鹿がお淑やかな性格なんぞしていないなんて簡単に分かる」

 

 言ってヒラヒラと紙切れ一枚、曰く『招待状』らしいそれを指で挟んで揺らす衛。

 

 ──夕暮れ時の頃合いであった。

 桜花も不在で特に語ることも無かった昨日の授業。

 さて家に帰るかと帰路についていた衛に突如として使い魔が飛来した。仮にも神殺しである衛は奇襲に驚くこともなく簡単に撃墜。そうして使い魔を破壊してみせれば、この紙切れ一枚が……というわけだ。

 

 害意があったわけでもなし、仲間が狙われたわけでもなし。

 特に意に止める要因などないし、普段だったら偶に居る神殺しを倒して名をあげようだの神たる神殺しを成敗するだのという連中の一派かと無視するのだが。

 

 紙切れに記した内容に衛は気を変えていた。

 だからこそ早朝の六時という普段ならば絶賛睡眠中のこの時間に態々、家からも遠く離れた上、敵地……もう一人の神殺し、草薙護堂が通う高校に足を運んできたのだ。

 

「清秋院──確か沙耶宮の政敵だったか? 後は桜花の友人だとか。友達の友達はやっぱり興味ないの対象になるんだが、まあ桜花の友人だ。多少は融通効かせてやる」

 

 だからさっさと言うこと言えと欠伸を漏らしながら言う衛。

 本当に眠いのだろう。とはいえそれも仕方ない。

 この時間帯にはいつも寝ているし、そもそも此処は東京である。

 

 鎌倉暮らしの衛がこの時間帯にここに来るためにはそのいつもは寝ている時間以上に早く行動せねばならないわけで……普段と比べれば圧倒的に早い目覚めを強要された衛はいつも以上に覇気とやる気に欠けていた。

 如何にも投げやりな口調が証明している。

 

「うん、恵那の方も桜花から聞いているよ。昨日も会ったしね。愛されてるねー」

 

「……興味深い会話をしたようで」

 

 知ったような顔で笑いかけてくる恵那に、衛は眠い頭でふと「ああ……コイツ、蓮と同じタイプか」と悟り、頭を掻く。

 人生条件反射で生き、義務や責任を最低限全うしつつも面白いことがあったら突っ込んでいってはかき乱す捉えどころの無い人種。

 嫌いでは無いが朝っぱらからは面倒くさすぎる。

 パラメーターがあったならば衛のやる気は三ほど下がって見えただろう。

 

「まあいい。で? まさか桜花の色恋沙汰の様子が気になったって言うクソ傍迷惑な理由で呼び出したわけじゃあ無いんだろ……いや、やっぱありそうだわ。その場合、マジで帰るけど?」

 

「そっちも気になるけど昨日、桜花に散々聞かされたからね。今はいいや。今日呼び出したのは要件って言うか頼み事なんだけどね」

 

「あん?」

 

 恵那の言葉に首を傾げる衛。

 紙切れの内容を見るにてっきり今までの件(・・・・・)に関する言い訳か、言い分かでも言い出すと思ったのだが、ここに来てまさか依頼であると?

 

「待て。お前は何度か俺に干渉してきた連中の一派か関係者で間違いないよな?」

 

 それは神殺しとなり、衛が日本に居を置いてからの話である。

 幾度か衛の張り巡らした結界に干渉があったのだ。

 最初は欧州に居た頃に体験した神殺しに関して何らかの思惑を持った連中の仕業かと意に止めていなかったのだが……時折、人の術と言うには余りにも強大なものが混ざっていたり、妙に胸をざわつかせる気配があったりと明らかに人外のものであったのでよく覚えている。

 

 最近はめっきり無くなっていたのだが紙切れの内容……貴殿の結界干渉に関して話すことを代価に交渉したいことがあるという旨を記したものを見て今日、この場に足を運んだのだった。

 

「うん。おじいちゃまが何度か会おうとしたって言ってたからそれで間違いないと思うよ」

 

「おじいちゃまァ? 何? お前の祖父って神様なのか?」

 

 下手人は十中八九『まつろわぬ神』か或いは『神祖』。

 そう直感していた衛は思わず驚いて問うた。

 

「恵那のお爺さまは残念ながら神様じゃ無いな。おじいちゃまっていうのは恵那がそう呼んでいるだけだし、皆には御老公とか呼ばれてるよ。えーと、正史編纂委員会のご意見番みたいなことをしている人たちでね──」

 

「その辺りはいいや。何となく察し付いた。それでお前の頼み事って言うのは何だよ。要するにその『おじいちゃま』っていうのが俺に言い訳するのを条件にお前さんの頼み事を聞けってアレだろ? 余程、馬鹿な願いじゃなけりゃあ適当に協力してやるよ。一応、俺の彼女の友人らしいしな。お近づきの証にって奴だ」

 

「おお、太っ腹! じゃあお言葉に甘えて、ちょっと草薙護堂さんに喧嘩を売ってきて貰っちゃおうかな!」

 

 できれば半日ぐらい足止めする程度っと宣う恵那。

 ……前言撤回。目の前の少女は馬鹿だったらしい。

 

「なあ、俺は馬鹿な願いじゃなけりゃあって言ったんだけどな……」

 

「うん。だから馬鹿な願いじゃ無いよ? ちゃんと考えた上で話しているし、王様なら簡単にこなせると見込んでのことだよ」

 

「で、対価に今までの所業について言い訳を話すと? 明らかに報酬と仕事が釣り合ってないだろそれ」

 

 如何にも頭が痛いといった態度を取る衛。

 それも当然だろう。衛は確かに神殺しだが、ヴォバンのように闘争が好きなわけでもイタリアの神殺しであるサルバトーレ・ドニのように決闘が好きなわけでも無い。

 寧ろ、戦いを疎んでいるし、面倒ごとは大嫌いだ。

 身内に手を出されれば報復はするが間違っても自分から手を出すなどはしない。或いはヴォバンのように過去に禍根があるならば話は別だが……。

 

「少なくとも俺には後輩君に喧嘩を売る理由は無いからな。観衆の前でペルセウスとやりあったと聞いたときは思うところがあったが、まあそれでこっちに危害があったわけでもなし。お前の頼み事程度で挑む理由はこれっぽっちもないんだが?」

 

「うん。そう言うだろうっておじいちゃまも言ってたよ。言ってたからおじいちゃまから言づてを預かっているんだ」

 

 どうやらこっちの性格はある程度、知っていたらしい。

 衛の言葉に恵那が聞いてた通りと満足げに頷いて、何処に隠していたのか、一枚の紙を取り出して読み上げる。

 

「えー、と『この件に関しては賛否はあれど委員会の了承を得たものであり、恵那の言葉にて応じない場合は一件を沙耶宮に一任するものとする……で、受けてくれるよな、身内びいきの閉塚衛』だ、そうだよ?」

 

 

 瞬間──呪力が爆発した。

 

 

 思わず恵那をして死を覚悟するほどに暴力的な呪力の渦はバチバチと雷光を伴い、雨風に濡れる曇天の一帯を照らし上げた。

 

「……はッ! 成る程、そう来たかよ」

 

 ある程度知っていた、ではない。

 向こうはよく(・・)衛の性格を知っていたらしい。

 成る程、どうしても贔屓の巫女の我が儘を聞いて貰いたいと見た。

 

 そうじゃなければこんな衛の琴線に触れるどころか引くような真似はしないはずだ。

 それとも此方を舐めているか、見誤ったか。

 どちらにせよ……。

 

「いいぜ、そっちの思惑に乗ってやる。どういう理由で後輩君の足止めを願うのだとか俺を動かす意味だとかこの際全てに目を瞑ってやる──だがな」

 

 覇気のない、やる気が無いなどという印象は既に消し飛んでいる。

 一瞬のうちに人が変わったように獰猛な笑みを見せる衛。

 しかし笑みこそ浮かべているもののその内実は荒れ狂っている。

 

 怒っている。

 恵那の背後に居る者共の思惑はどうあれ、衛を動かす上でこうすれば絶対に動くという手段をはき違えていないからこそ(・・)、それをよりにもよって実行したことに関して彼は壮絶な怒りを抱いていた。

 

 ────やりやがったな、と。

 

「恵那、おじいちゃまとやらに伝えておけよ。人質を取る真似しておいて話し合いで済むと思うなってな」

 

 委員会に対して強制力があるとは恵那の言葉を聞いていれば分かる。

 また結界への緩衝性から間違いなく人外であることも。

 であれば命令されれば委員会の頭を張る沙耶宮とて動かざるを得ないだろう。

 

 そして件の相手はそれをよく知っている。

 知っているからこそ衛に敢えてこの文面で伝えたのだ。何故ならこう言えば衛もまた動かざるを得ないから。まさにその通り。

 沙耶宮に社畜されて動く甘粕は見ていて面白いが、あの二人をして絶対に嫌がるであろうことを命じると宣う確信犯など衛にしてみれば絶滅させるに値する。

 

「──一回だ。この一回限りだ。二度三度、同じ手が通じると思うなよ」

 

 最後の言葉は恵那では無く、その彼方──この世ならざる領域にて座す何者かを確と捉えながら宣誓し、衛は雷光を伴ってその場を辞した。

 

「……なるほど、アレが王様(・・)か。うん、恵那には無理そうだ」

 

 衛が消え、静まりかえった校内で恵那がぽつりと呟く。

 頬に伝う冷汗を拭いながら戦慄を抑える。

 

 神殺し──間近に見たのは初めてだが、

 

「──これは大変そうだ」

 

 改めてかの存在について納得しつつ恵那もまたその場を後にしたのだった……。

 

 

 

 

 ──春日部蓮という少年はこれといって特別な背景を持つわけでは無い。

 

 何処かの神殺しのように実は京都の名家出身であるとか。

 何処かの姫さんのように裏社会に関わる家の出身であるとか。

 そういった特別な事情は全くない。

 

 家はごく一般的な中流階級。

 呪術も魔術も神様も空想の産物として伝わる表社会の住人として何一つ特別な事情を持たずして生まれ育ってきた。

 

 故にこそ、その性根は間違いなく先天的といって良い。

 

 蓮は『面白い事』が好きだ。

 何気ない日常、その幸せさと恵まれ振りは弁えているし、何事も特別なことなどない方が良いのだ。

 ただただ平凡、それが良いと、分かった上で合わないと思っている。

 

 凡人の感性と変人の感性が噛み合わないように、平和を愛するものが大衆というならばその逆、混沌をこそ好む少数が居ても何も可笑しくはあるまい。

 そして蓮は紛れもなく後者であった。

 

 蓮が、ただ普通の高校生であるはずの彼が『サークル』の幹部として、ひいては世界の覇者たる神殺し、閉塚衛に協力する理由なんてそんな理由。

 何も命を救われたとか深い背景があるわけじゃ無い。

 

 ──中学校の入学式。

 平凡な日常に膿んでいた気分を吹き飛ばす、素敵な出会いがあった。

 行動力に溢れるオタク趣味の友人が出来た。

 

 蓮が力を貸す理由なんてただそれだけ。

 本来ならば義理も責任もない身で『面白い』からと命と人生をかけている。

 快楽には常に対価が必要だろう。

 

 この素敵で不敵に愉快な物語に絡むに当たって命程度、掛けられなくてどうして特別に絡んでいけるのかと、本気で考え実行している。

 その果てこそがこの立場、特別じゃ無かった少年が自分の手でつかみ取って得た特別な地位、裏社会に君臨する巨大組織の幹部としての立ち位置だった。

 

 だからこそ立場相応の働きは言われずともやってみせる。

 せっかく刺激的な居場所を得られてのだから活用せずしてどうするのかと。

 今日もまた、彼は非日常を楽しんでいた。

 

「と、いうわけでだ。《青銅黒十字》にとっても悪くない交渉だとは思うんだが、どうだ? そっちだって現状に思うところはあるんだろ?」

 

「さて、それはどうでしょう。リリアナさまもいまや王の従者。リスクを背負ってまで貴方方『女神の腕』の交渉に応じる必要はないと存じ上げますが」

 

 表面上は微笑を浮かべながらも双方、一切の隙なし。

 時刻は昼時、場所は東京某所のカフェ。

 テーブルを間に向き合う二人。

 

 『女神の腕』幹部の春日部蓮。

 《青銅黒十字》のカレン・ヤンクロフスキ。

 王の片腕とイタリアの才媛の片腕である。

 

「三ヶ月前の負傷でサーシャ・デヤンスタール・ヴォバンは動かない。アレは戦闘狂だが年がら年中バカスカやり合う手合いじゃ無い。自身の食指に触れる相当の敵があってこそ初めて動くし、一度戦えば一定期間は満足して引っ込む」

 

 それは神殺しについて多少なりとも知識のある連中ならば既知の情報だ。

 神殺しはそれそのものが大乱の如しだが、何も不規則に大乱を起こしているわけでは無い。それぞれに性格と事情があり、その上で自由気まま、気分のままに混沌を振りまいているのだ。

 だからこそ、性格と気質さえ読めていればある程度、動きは掴めるこの通りに。

 ……まあ、もっとも型に嵌めすぎると足下を掬われるので注意だが。

 

「そうじゃなくてもアレに庇護を望むってのは無理な話だ。相当に上手い理由を考えなければ望むとおりの展開には持ち込めないし、そういう意味じゃあサルバトーレ・ドニの方がまだ庇護者としては優秀だ。だからこそ、仮にもヴォバン信者がいるそっちの《青銅黒十字》も他に習ってサルバトーレ・ドニを王と仰いでいる、だろ?」

 

「そこについては否定しません。そもそも候を王と仰ぐ意向は元々、未だ組織内でも発言力の高いリリアナさまの祖父君の発言あってこそ。元より我らが王は『剣の王』サルバトーレ・ドニさまにあらせられます」

 

「だが、それも万全じゃない。特にお前たちのライバル《赤銅黒十字》は既にサルバトーレ・ドニに見切りをつけて草薙護堂に寄っている。ま、見切ったというよりは近づきやすいからだろうが。何せ、組織期待の才媛が神殺しと恋仲だってんだ、これを利用しない手は無いからな」

 

 《赤銅黒十字》は表向きは今まで通りサルバトーレ・ドニを王と仰ぎつつも新たな庇護者として既に草薙護堂へと旗色を変えている。実際組織内部でもその動きは活発らしく蓮の雑談相手(・・・・)もその動きを度々挙げている。

 恋仲であること、それに草薙護堂がサルバトーレ・ドニと一戦し、勝利していること、この二つを持って現在、新たな庇護者として草薙護堂を望む声は大きいと。

 

「だからこそ、《青銅黒十字》としては今の展開は嬉しくない。何せ、あちらはサルバトーレ・ドニに加え、草薙護堂という新たな庇護者を得んとしている。これがまかり通ればイタリアでの発言力はさぞ増すことだろうな」

 

「ええ。ですが心配には及びません。《赤銅黒十字》のエリカさまと同様に、《青銅黒十字》にもリリアナさまいらっしゃいます。今現在リリアナさまは草薙護堂さまの第一の騎士として仕え、王の庇護を預かるところ、貴方さまの懸念は杞憂と存じ上げますわ」

 

 そう、リリアナ・クラニチャールは現在草薙護堂と行動を共にし、日本に居る。

 それは『女神の腕』のネットワークを使って既に掴んでいることだし、向こうをして隠すつもりが無いのだから情報を手に入れるのは簡単だ。

 衛らがイギリスで暴れ回っている間、草薙護堂もまたイタリアで『まつろわぬ神』と闘争に明け暮れていた。その折、リリアナ・クラニチャールは新たに王の近衛としての立ち位置を獲得し、現在は同じ学友としてプライベートでも親しくしているとか。

 

「確かに、だが趨勢は上手くいっていないんじゃないか? 相手はあの(・・)エリカ・ブランデッリ。女としての立ち位置は勿論のこと、政治の面でもアレは十全に手強い。それは昨今の日本呪術界での立ち回りを見れば分かるし、俺がチラつかせたカードに行動を慎重にしつつも上手く立ち回っているのが証明だ」

 

「おや、そうでしたか。とはいえ、私はリリアナさまのメイドとして遣わされた身。そういった政治上の動きは一介の従者めが知るところでは──」

 

「嘘こけ。俺との交渉の場に立っておきながらそいつは通らない話だろ。まあ実際、政治の動きは無いんじゃなくて半ば切り捨ててるんだろ。リリアナ・クラニチャールに望むところは王との関係ただ一つ、実際、政治に向いてなさそうだし、アウェーでエリカ・ブランデッリと同等の活躍を求めるのは酷だろうよ」

 

 各国各業界に窓口を持つ『女神の腕』が、各組織の大まかな動きを掴むことなどは児戯に等しい。正史編纂委員会は勿論のこと、《赤銅黒十字》《青銅黒十字》の日本国内での動きは殆ど筒抜けである。

 その上で、水面下で動き回っている《赤銅黒十字》のエリカ・ブランデッリとは異なり、動きの無い《青銅黒十字》を見て、蓮はそう結論づける。

 実際、この考察は的を射ているはずだ。

 

 エリカ・ブランデッリとリリアナ・クラニチャール。

 魔術師、騎士としての才能は同格だろうが、少なくとも言葉を尽くす交渉ごとにおいては前者が後者とは比べるまでも無く上を行く。

 

「王との関係性を深める。確かにその役割なら上手くいくだろう。実際に今も浅からぬ縁者として、騎士として尽くしていると聞いているしな」

 

「男女の仲を盗み見るとは趣味の悪いことで」

 

「男女の仲を利用してやろうとしている連中よりましだろ。つーか、お前たちに言われたくない。それに俺たちは何も、その仲を乱してやろうとか裏切れとかこっちにつけとかそういう事を言いに来たわけじゃない。いや、寧ろその仲を手助けしてやろうと思ってな」

 

「手助け……?」

 

 怪訝そうに眉を顰めるカレン。

 ──そもそも彼女には狙いが読めなかった。

 

 『女神の腕』春日部蓮。

 音に聞こえし極東の王『堕落王』こと閉塚衛が率いる一党にして世界有数の情報網を保有する魔術結社。

 その基板はエジプトとギリシャの魔術結社同盟にあると聞く。

 本部はドバイにあるとか。

 

 そんな組織の幹部から交渉の席を設ける話が来たときはてっきり各組織と『女神の腕』が多く結ぶ《同盟》に関するものか、はたまた日本に二人いる王の片翼として政敵となり得る相手に何らかのアクションを行うか、その辺りであろうとカレンは網を張っていた。ところが、彼らは一向にその手の話題に手をつけることは無い。

 まして、ここに来て、《赤銅黒十字》のエリカの名前を挙げて、《青銅黒十字》の不利を懸念する始末だ。

 

「率直に申し上げて意味がわかりませんね。リリアナさまと草薙護堂さまの男女の仲に関しては当人らの問題。我ら《青銅黒十字》としては全力でバックアップするところではありますが、その関係に関して蚊帳の外である『女神の腕』が口を挟む道理など何処にも無いはずですが」

 

「ああ、こっちとしてはそれに関しちゃ心底どうでも良い。別に草薙護堂がハーレムを築こうが、そっちがその庇護下に降ろうが甚だどうでもいい。最初に言ったろ、俺たちは仲良しこよしグループだからな。お友達になれそうな連中とは仲良くなりたいのさ」

 

「…………」

 

 それは交渉の初めに蓮が言った言葉だった。

 仲良くしよう──俺たちは縁を結べる。

 

 そういってこの場は設けられた。

 仲良くなるための相互に利益が生じる話と題して。

 そして件の話とは即ち。

 

「『《赤銅黒十字》の内情を『女神の腕』は《青銅黒十字》にリークする』、こちらの提示する利益は変わらない。どうだ? 直接的な恋仲の進展には繋がらないが、組織として俺たちと手を結ぶだけの条件は整っていると思うが?」

 

「『その代わりに今後、草薙護堂の情報に関して『女神の腕』にリークせよ』と。全く話になりませんね。仮にも貴方さまが申し上げたように庇護を望んで近づく相手に裏切る同然の行為をせよと貴方さまはおっしゃるおつもりですか?」

 

「裏切る? 誰一人裏切ってはいないさ。これは相互の利害の一致に伴う情報交換だよ。リリアナ・クラニチャールは組織に所属する義務として組織の情報を流す、その情報を組織は組織として自由に扱う、これはそれだけの話だ」

 

 そう仮にもリリアナ・クラニチャールが草薙護堂に関して直接的に不利益が生じるだろう情報を《青銅黒十字》にあげるとは考えにくい。恋仲というからには多少なりとも情は生じるだろうし、情と義務とを天秤に掛けた場合、義務を優先して大事な情報を態々、組織に報告するとは考えにくい。

 

 と、分かった上で蓮はその裏切りに通じる重要な情報以外であろうとも構わないと情報の質を一切問わずして《青銅黒十字》に交渉を持ちかけているのだ。さらにこの話の肝は、これが当人外でのやり取り、即ちリリアナ・クラニチャール自身に裏切る意図も、こういった話があったという番外の事情も知る余地がないという所だ。

 

 この話が外に漏れたとしても責任の所在は報告された情報を扱った《青銅黒十字》にあり、リリアナには責任が伴わない……即ち結んだ王との縁が切れる可能性は非常に低い。ならば一時の不信があったとしてもそれを頼りに信頼の再構築は不可能では無い。

 

 対価には目の上のたんこぶ、本国イタリアでのライバル《赤銅黒十字》の内部情報。

 

「お前たち《青銅黒十字》も組織(・・)だ。組織である以上、保険は幾つあっても嬉しいだろう? 態々、裏切らない体裁までこっちは整えているんだ。別にお前たちに俺たちは裏切れって言っているわけではない。寧ろ、仲良くした結果としてより草薙王に関する理解を深めたいだけ。そのためならば手を貸すとそれだけの話さ」

 

 求めるのは草薙護堂や《青銅黒十字》にとって致命的となり得る情報やいざという時の裏切りなどではなく、ただ単に報告された草薙護堂に関する情報の共有。

 それさえ叶うならばライバルの内部事情を教えると、《青銅黒十字》の味方として手を貸すと目前の少年は言ってのけた。

 

「……信用なりませんね。曰く《赤銅黒十字》の内部情報。それを握っているかも怪しい上、仮に握っていたとしてそれは他ならぬ《赤銅黒十字》との約定に基づく交流によって手に入れたものではないのですか? 必要とあらば同盟者の情報を掛け金とする、そうと分かっていて信用するなど、とても出来る話では無いかと」

 

 危ない橋は渡らない。最小限のリスクで最大限の利益を。

 そう考えるカレンにはこの交渉がとても魅力的には思えない。

 

 リターン相応にリスクが大きいのだ。

 世界有数の情報網を持つ『女神の腕』ならば成る程、《赤銅黒十字》内に通じる何らかのコネを持っていても可笑しくは無いが、逆に言えば、身内か、はたまた同盟者の情報を横流しに使用としているのだから。

 それはつまり必要に迫れば同盟者の情報すら売り物にするということ。

 

 そんな相手を信用するなどカレンじゃ無くてもできないだろう。

 だが……。

 

「じゃあ、前払い……じゃないけどこういう趣向はどうだい?」

 

 言って一枚の紙を投げる蓮、そこには……。

 

 

 

【神殺し、草薙護堂に関するレポート】

 

 日本に生まれた八人目の神殺し。

 私立城楠学院高等部一年五組、十六歳。

 身長百七九cm。体重六十四㎏。

 家族は祖父、母、妹の構成で離縁しているものの父との交流あり。

 

 小学生の頃から野球を習い、中学生の時分においてはシニアリーグにて日本代表候補として選ばれるものの利き腕の故障により、辞退し、野球そのものも引退。

 その後、目立った活動はないものの、高校入学寸前にイタリアへと旅行し、その折、神具『プロメテウスの秘笈』の力を使い、現地にて《赤銅黒十字》所属のエリカ・ブランデッリと共闘し、『まつろわぬ神』ウルスラグナを殺害し、神殺しとなる。

 

 

「これは草薙護堂のプロフィールですか? このような基本情報を今更……」

 

「その辺は余り重要ない、そのしたした」

 

 

 

【権能:東方の軍神 (The Persian Warlord)】

 

 軍神ウルスラグナより簒奪した権能。

 十の形に化身すると神話に記されたウルスラグナの力を使うことが出来る。

 一つの権能でありながらそれぞれ個別に十の権能を行使できるが、それぞれに使用条件が設けられており、常に自在と使えるわけではない模様。

 また、一度の戦闘時に使用される権能はそれぞれ一度のみであるため、その戦いで使用した権能は一定時間使えないなどとの別の制限も存在すると予想される。

 

 権能はそれぞれ、強風、雄牛、白馬、駱駝、猪、少年、鳳、雄羊、山羊、戦士という神話でウルスラグナが化身するとされる計十の権能。未だ確認されていないものも存在しているが、恐らく十の化身全てに化身出来ると予測される。

 

『強風』:瞬間移動能力

(条件:絆を結んだ相手による要請)

 

『雄牛』:怪力の発揮

(条件:規格外の力の持ち主と対する)

 

『白馬』:太陽が如き火力による掃討

(条件:敵手が悪行を成していること)

 

『駱駝』:格闘能力(蹴撃)の上昇と治癒能力向上

(条件:一定量のダメージを負うこと)

 

                ………etc.

 

 

「これ、は……」

 

「一応それは《赤銅黒十字(・・・・・)の内部報告書(・・・・・・)を元にかき上げたものだが……どうだ? それともそっちとしてはこちらの方が嬉しいか?」

 

 こちら、といって新たに差し出したのは、《赤銅黒十字》の所属魔術師のプロフィール、エリカは無論のこと他の名も知れない魔術師の得意な魔術に関するところまで詳細に記されている。

 

「──インターネットを見るときに留意しなければいけない点として、情報というものは多角的に見なければならないという点がある」

 

 驚愕するカレンを傍目に蓮は獰猛な笑みを浮かべながら語る。

 

「ことインターネットの情報って言うのは取り分け視点が主観になりやすいからな。客観視するために、その精度をあげるためには様々な視点が必要だ」

 

 政治を一般人が見たときと、有識者が見たときでは、全く評価が異なる場合があるように、立場と知識と性格で、良し悪しは反転する。だからこそ多くの人が見るインターネットにおいて、正確な情報を掴むためにはより多くの視点から見る必要がある。ただ一人の情報を鵜呑みにすることなど決してしてはいけない。

 

「うちは伊達に世界有数の情報網を持ってる、なんて気取ってねえぞ? 世界中何処の組織にも浅い深いの差違はあれ、構成員は存在する──こと多角的視点と情報源に関してはうちは世界最大最高だって言ってもいい」

 

 一つの情報源から取れる一つの情報。

 それを精査し、視点を変え、評価を変え、追加していく。

 情報の信頼度を高め、時に考察と推測を加えつつも、それを信頼に足る領域まで情報源に対する敵味方の判断、第三者の視点、それぞれを組み込んでいき当てはめて確信の領域へとまで昇華する。

 

「《青銅黒十字》の情報を売るか売らないかは、そうだな、これからの交渉次第で組み込んでやって良い。仲良くしようとする相手の蹴っ飛ばす鬼畜じゃないからな俺たちは《赤道黒十字》に関しては別の調査と、後は本人も知らない(・・・・・・・)裏切りによるものだ。向こうと約した内容に何も違反しちゃいない」

 

 事ここに至って、カレンは理解した。

 役者が違う、組織力が違う、持ち札が違いすぎる。

 この相手との話合いは余りにも手に余る。

 

「──交渉の期限は?」

 

「組織に関することだからな。相手を変えても構わんし何だったらそっちの方で持ち帰って良いぜ? ただ外部に漏らすのだけは止してくれよ? それだけ守られればこっちはいつでも受けつけるからさ♪」

 

 ──実質の勝利宣言。

 どちらが交渉の勝者であるかなど、言うまでも無かった。

 

 

………

……………

…………………。

 

 

「流石にエリカさんレベルを求めるのは酷だったかー」

 

 交渉を終えた蓮は帰路につく。

 相手がエリカレベルであれば、ただただカードを切っていくだけでは全然足らない。下手に切れば手札を晒して終わるだけだし、目聡くそれを利用してくるはずだ。

 

 こちらを信用できないなどといって探ってくる愚策もしないだろう。周知の事実としてこと情報網という意味で《赤銅黒十字》や《青銅黒十字》といった、たかが(・・・)国外にも顔が利く程度で、『女神の腕』に叶うはずなどない。

 

 こと情報合戦という舞台で『女神の腕』と勝負など成立するはずが無いのだ。

 ならば交渉の場でやるべきは探り合いやら情報戦では無く、相手の求めるところを先読みし、利するものを提示しつつ、如何に自分に有利な着地点に持っていくかという心理戦ないし、駆け引きだ。

 

 交渉ごとが苦手だというリリアナの情報を得てから従者の方はそれなりに政治が出来ると見込んで持ちかけた話だったが、流石に才媛たるエリカ・ブランデッリほどの能力を期待するのは酷であったかと連は内心、舌出しながら反省する。

 

「でもま、布石はおけたし当初の任務は完了と言うことで」

 

 ……別に本来、《青銅黒十字》は必須のカードではない。

 草薙護堂を知るというならば既に各組織の『友人』から情報は仕入れているし、そうじゃなくても彼が暴れ回った地域の連中から聞き出せば、能力や人柄などこの通り、調査するのは朝飯前だ。情報源としての《青銅黒十字》に期待などはしていない。

 

 大事なのは常に二つ、精度と視点だ。これらが多くあればあるだけ便利だと連は考え、この話を持ちかけたに過ぎない。

 

「さて《青銅黒十字》はどう動くかなーっと……電話? 大将から?」

 

 趣味と実益を兼ねた仕事を終え、意気揚々と帰る蓮の携帯が鳴る。

 表示された相手は友人にして『女神の腕』が誇る大将。

 閉塚衛、その人である。

 

「んー、どしたー大将、俺になんか用事……うん? 草薙護堂の情報? 権能に関して? ……わーお、タイムリー」

 

 戦嫌いの衛が草薙護堂の情報を集めている……。

 内心、動乱の気配にワクワクしながら躊躇無く先ほどカレンに見せた情報と見せなかった情報、その両方を容赦なく報告する。

 そして、僅かも待たずして切れる電話。

 

「さて、これはまさかまさかのやる気か大将? 何があったかは知らないが……」

 

 ──面白い。と連は笑う。

 

 面白ければ持ち金全部をぶん投げると豪語する快楽主義者。

 そんな男であるからして例え日本列島が大混乱に陥る種火となりうる可能性であろうとも、面白いと言う理由で簡単に薪に焼べる。

 

 類は友を呼ぶ、というが混沌に愛された王の臣は、正しくその混沌をこそ愛していた。まだ見ぬ結果に期待しながら刹那的思考の快楽主義者は今日も今日とて燃える火種にガソリンを投下する、その結末が面白くなれば良いと。

 

 それ人は、傍迷惑と呼ぶ。




ろくでなしの友人はろくでなしだったそういう話。
因みに基本的に衛の友人たちは良くも悪くも常識を知った上で知るかボケっとぶん投げている連中ですので過半数が存在傍迷惑です。
例外はテオドールとシャルル(オリキャラ未登場)。

というわけで今章はカンピオーネの二次創作者ならば一度はやりたい、護堂くんとの対決編。期待通りいけるかどうかは予定を考えると微妙だが、できる限り頑張っていきたい所存。


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