極東の城塞   作:アグナ

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私が風邪でくたばっている間にめっちゃお気に入りとか色々伸びてる件。
いや、何があったし……。

そしてそれとともに送られてくる誤字報告。
すまない、本当にいつもすまない……。

特に改稿した話でも誤字が発見されたのは汗顔の至り。
一応、自分でもチェックしているんだけどね。
やはり直接書いて投稿しているのが駄目なのか。

次からは一太郎パイセンかワード先生に聞いて投稿しようか。


されど汝は祈るのみ

 衛がアストラル界で護堂と、恵那が現実世界でエリカと、同じく桜花が現実世界でリリアナと戦っている時、第四の戦場たる現実世界での最後の縁者たる三名。

 甘粕、祐理、そして蓮は激しい戦闘を行うでも無く、緊張を漂わせながらも未だ戦端を切らずして言葉を交わし合っていた。

 

「俺の担当はこっちのわけだが……まあ、なんだ。つくづく苦労性だよなアンタって同情するぜ? 甘粕サン。ああ、それと無意味な質問だろうが興味本位に聞きたい。どっちだ(・・・・)?」

 

「さて……私の立場としては何とも言えませんが、個人としてはどっちも(・・・・)と言いたいところですかねェ」

 

「は……そりゃあ優柔不断な答えだ事で。立場としちゃあ悪手だと嫌悪するが個人的には好感が持てるよ」

 

「ははは、理解があるようで何よりです。出来れば、そのまま公私混同して戴きたいのですが?」

 

「それは流石に無理な相談。うちの大将の気質は知ってんだろ? 俺個人がこの場を見送る分には構わねえが俺たちが此処に居る(・・・・・・・・・)って時点で察してくれよ」

 

「ええまあ、桜花さんだけならばいざ知らず貴方までいらっしゃるという辺り本気度が窺えますからね。なるほど、敵対者への容赦のなさは存じていましたが、こうも徹底して勝ち目を潰しにかかる辺り敵対した場合の質の悪さが実感できます」

 

「おっ? まさかの乗り換え疑惑? いいねえ、俺的にはそっちの方が盛り上がるし面白いんでぜんぜんオッケーなんだが。ほら、火種も増えるし、必然的に今回みたいな機会も増えるだろう?」

 

「……私としては仮定ではなく畏怖の意味で言った言葉なんですがねェ」

 

「何だ、つまらん。欧州のバカどもの方が気骨があって面白かったぜ? 特に某一神教連中何かは『神敵討伐!』なんて言ってしょっちゅううちの大将に挑んでは悉く壊滅させられていってたしな。それでも挑む余力が残る辺り気骨あると言えなくないか?」

 

「生憎と我々は惨めと思われようともせせこましいと思われようとも存在して(生きて)いきたいわけでして。一時の感情に任せて壊滅したくはありません」

 

「そりゃあ、残念。でも良いのかい? 案外、勝ち目はあるかもだぜ?」

 

「いえいえ、勝ったなら旨みがあるというならともかく勝っても負けてもの状況で勝ちを選ぶほど肝は太くありませんよ」

 

「なるほど。それは甘粕さんの考えかい?」

 

「我々の考えっと言っておきましょうか」

 

「ほほーう。つまりは今回は否応なしに我が儘に振り回されたと思って間違いないかい? お互いに(・・・・)

 

「ははーん、なるほど、どうやら思った通りそちらも(・・・・)ですか」

 

「ああ、こっちもな(・・・・・)

 

 あはは、と形だけの笑い声を上げる二人。

 その迂遠な、分かるものにしか真意を読み取れない会話に祐理はオロオロとしている。エリカ辺りならばこの会話の意図も読み取れただろうが、蓮や甘粕の腹芸について行けるほど祐理の察しは残念ながら良いとは言えない。

 

 故に探り合いの会話は祐理を置いていったまま、二人のみで続行する。

 

「しかし、少し意外でしたな。仮にも我々を押さえ込むだけならば桜花さん一人でも事足りたのでは? 自己申告するのは何ですが彼女が相手ならば私一人程度手こずらないでしょうし、それは協力したところで同じ事」

 

 特に悪びれるでも謙遜するでも無く、ただ事実を告げる甘粕。

 彼の言う通り、実の所、足止めというならば桜花一人で事足りた。

 

 エリカ、リリアナ、祐理、そして仮に甘粕が護堂側に付いたとしても現状、桜花一人に太刀打ちできない。桜花の持つ卓越した技量は勿論のこと、今の彼女には限定的に神殺しの権能を使用できるという恐ろしき特性がある。

 

 天才、俊英、才媛などと様々な『才ある』という称賛を浴びてきた彼女らの腕を総じたとしても神殺しに比する人外の才に加え、人外の権能まで持ち合わせるとなるとどう転んでも勝ち目はない。

 それはもう一人の神殺しを相手取るようなものだからである。

 

 甘粕の正直な言葉に一方、蓮の方はそのもっともな言い分を鼻で笑った。確かに純粋な戦闘に置いては甘粕の言う通り。

 

「抜かしやがる。そりゃあ真っ向勝負の勝ち負けの場合だろ? 勝ち負けと違うところで出し抜かれたんじゃあ意味がねえだろ。だから俺がいる」

 

「ほう、道理で。正直貴方が来るのはそういう事でしたか」

 

 つまるところ、蓮がこの場にいるのはそれ以外に対応するためなのだろう。

 戦闘に置いては桜花に絶対的な信頼があっても別部分では、ということだ。特に今回のような戦闘に政治が密接に関わるともなれば自然、相応の人材を代用する。

 

 甘粕は改めて容赦ない、と感想を抱いた。

 ただ絶対的な力で押しつぶすのではない。徹底して敵対者の勝ち目を叩き潰し、全ての面で圧倒した上で勝利する。

 なまじ守戦に徹している分、女神の腕(仲間内)でも常に敵対した場合の想定があるのだろう。対応の早さと用意の周到さに抜け目がない。

 

 突発的な戦闘ならばいざ知らず、事前に兆候ありきの戦いだとこれほど厄介な敵は居まい。加えて配下の部下が情報収集に特化しているとなると凶悪さはこの通り数倍に跳ね上がる。

 

「さて、甘粕さんへの説明が済んだところで。本題といこうか祐理嬢」

 

「ッ……なんで、しょうか?」

 

 警戒の度合いを上げる甘粕を傍目に蓮は蚊帳の外の住人へ言葉を振る。

 突如として舞台に上げられた祐理は若干の怯えを見せながらもしかし気丈な振る舞いで言葉を返してみせる。

 

「俺は桜花と違って火事場は好きでもそんなに得意じゃ無いからな。ぶっちゃけるとやり合うのは結構手間なんだわ。ということで大人しく草薙王を諦めて引き下がってくれると嬉しいんだが、そこんところはどうだい?」

 

 気安く旧友にでも話しかけるような蓮の言葉。

 彼の言葉に嘘はないのだろう(・・・・・・・・)。肩を竦めながら言うその様には強気な意思は一切無く、ただ単に真実があるのみ。

 

 ……確かに蓮からは桜花のようなあからさまなやる気は感じない。

 表情は内心の窺えないニヤニヤとしたこの状況に対して楽しむような図太い笑みを浮かべるのみで真剣さや戦意は欠片も感じ取れない。

 

 この場で祐理が、碌な抵抗や反抗の意を示すことが無ければ間違いなく相手は引くはずだ。しかしそれは護堂の味方をしないということで……。

 

 一瞬の逡巡。それは自らの立場であったり、隣に庇い立つ甘粕ら委員会との関係であったり、或いは先日のイタリア旅行を経て改めて感じた草薙護堂への想いだったり……だが、それも本当に一瞬のこと。

 

 問うまでも無く、彼女の心は正直だった。

 

「──私は、護堂さんの味方です、味方で在りたいとそう思っています」

 

 初めて出会うとなった時、凶悪無惨な神殺しとの邂逅を思い、おののいた。

 幼少期にヴォバン侯爵に攫われたという経験を得た故に祐理の中では神殺しとは即ち恐怖と絶望の象徴だったのだ。

 衛という守戦の王との邂逅を経て若干の修正は加わっているものの、その衛に至っても苛烈な本質を霊視した事があるため恐怖の度合いに変化はない。

 

 寧ろ、かの王の他者(・・)への排他性を知ってしまったが故、ヴォバンと並んで恐るべき王だという印象は拭えなかった。

 

 だが──草薙護堂は違った。

 

 出会った時、果たして霊視の影響か、女性故の直感か、彼とはただの知り合い以上の関係になると、そう直感した。

 

 そしてその後も、何故か初対面にも関わらず心にあった怯えと不安は露と消え、王だからだという遠慮の気持ちは失せて、挙げ句、今のように親しく、彼自身に道を違えぬように説教するまでの仲になった。

 

 確かに彼は口では普通だという割りには要所要所で問題行動や常識外れの部分が目立つし、平和主義を主張する割りにすぐ頭に血を上らせるし、何だかんだで比べ合いが好きな辺り実は戦闘好きなのではと思う部分があるし、エリカの愛人の件やら、リリアナの従者の件やら女性関係に関しては弁明不能なほど、とことん爛れている駄目人間である。

 

 それを直して欲しい、正さなくてはならない。

 転じて支えてあげたいと……そう思ってしまう辺り好意はあるのだろう。

 

 何より、彼は困っている誰かを絶対に見捨てない。

 当たり前のように誰かの手を取り、当たり前のように誰かを助け、当たり前のように誰かのために義憤出来る少年。

 

 行動の結果、齎されるのは破滅的な傍迷惑だとしても、他ならないその傍迷惑さにこそ彼女は救われたのだ。

 あのヴォバン侯爵を前にして、果たして許せないと正面切って叫べる人物がいるだろうか。他ならぬ自分のために。

 

 たかが友人、たった一人のために命を懸けられるような人物だからこそ、祐理は心絆され、此処に居る。そして今、この場にいない彼の安否を思えば不安と心配で胸が張り裂けそうだ。力になれるならば、こんな自分が少しでも役に立てるというならば全力で彼の力になりたいとも。

 

 ならばこそ言うべき言葉は決まっていた。

 

「だから──引けない、此処は引けません! 私が少しでも護堂さんの力になれるというならば、それが仮に貴方方『女神の腕』ひいてはかの王に弓引く行為であるとしても!」

 

 そう──性格、力、閉塚衛の恐るべきそれらはよく知っている。

 友人の一人が仰ぐ仰ぐ王であり、委員会でも畏怖を集める神殺し。

 彼女が知らぬはずがない。

 

 だがその上で、自分は他ならぬ護堂の力になりたいと願う。

 彼の勝利と生存を、何よりも願うから。

 

「大人しく引くことなど、私には出来ません。例え私の反抗一つ、何のお役に立つことが出来なくともこうして想う心だけは、負けない、負けたくありません、だから──!」

 

 正面、今も不敵に笑う蓮を見据える。

 瞳に強い反抗の意思を添えて。

 立場も全て殴り捨てた万里谷祐理の本心を。

 

退いてください(・・・・・・・)、今すぐに。私は護堂さんを助けにいかなきゃならないんです!」

 

 絶対に叶わぬ勝負を目の前に。

 手弱女には決して出来ない宣戦布告を行った。

 

 それは言ってしまえば言葉だけの反抗、空論で絵空事だ。

 蓮の実力は未知なれど、立ち塞がる時点で戦闘能力は保有しているはずだろう。

 

 対して祐理は争いごとに対する能力を保有していない。桜花や恵那とは別に巫女たる本質の才に近しい祐理ではこと戦には致命的に向いていないのだ。

 だからこそ、抵抗は無意味。

 戦闘能力を保有しているだろう人物に向けて、あろうことか抵抗する手段もなしに挑むような言葉を投げるなど特攻以下の愚行である。

 

 しかし(・・・)だが(・・)それでも(・・・・)

 当事者だから響く言葉というものがある。

 

「くく、くくく、アッハハハハハハ! ……いいね、実に良いッ!」

 

 天へと届けとばかりの大笑。

 曰く、快楽主義者は満天を仰ぐようにして感動を示していた。

 

「ああ、そういう気概は悪くない。寧ろ好きだ、大好きだ! 不可能だ、無理だとすぐに目の前の下らない事情に諦めるクソつまんない連中より余程良い!! 勝機もなしに、手段もなしに、ただ負けぬとほざくかよ、良い馬鹿さ加減だ!」

 

 特に『負けたくない』という辺りが良い。

 勝つとほざいていたら嘲弄沙汰だが、負けぬというのはこの場合宣誓だろう。

 

 何もかも百も承知でそれでも(・・・)と言えるならそれは愚者の戯れ言なれど尊敬と敬服を以て聞き届けるべき戯れ言だ。

 これを前にしてただ愚者と罵るバカはきっと浪漫を知らぬ阿呆ぐらい。

 

「オーケー。ならやれるだけやってみな。その結果はどうあれ、決してそれが無意味なものであったと見下げ果てることはないと此処に誓おう」

 

 不敵な笑みはそのままに、最後の言葉だけは相応の誠実さを込めて。

 快楽主義者は敵になり得ぬ手弱女に全霊を賭すと誓って構えた。

 

「こういう訳だ。それでどうするよ甘粕サン? 手出し無用なんて俺は言わんぜ? 勝負は使えるもの全てを使ってこそだからな。戦争倫理に則る限り、戦場じゃあ何でもありだろってのが俺の持論だし。委員会としては大切な巫女媛を守るのが仕事なんじゃないの?」

 

「ですね。はあ、全くやはりこうなりますか……」

 

 次いでやるせないとばかりに甘粕も構える。

 態度には以前、真剣さなど欠片も窺わせないが、その振る舞いに隙は無い。

 甘粕といえば昼行灯を気取る男だが、同時に沙耶宮という大家の次期党首が一定以上の信頼を置く懐刀でもある。神殺しに纏わる案件を一手に取り仕切るエージェントともなれば実力に疑いは無い。

 

「す、すいません、甘粕さん。ですが私は……」

 

「ははは、ご心配なさらず祐理さん。半ばこうなることは予想できたので、それに蓮さん、口では何だかんだと良いますが、実は争いごと好きでしょう」

 

「おいおい、俺を戦闘狂みたく言うなよ。俺は浪漫が好きなんだよ。うちの大将のヘタレ恋愛劇然り、《サークル》の情報管理員然り、この手の争いごと然りな! 修羅場サイコー! 非日常に万歳ってなァ!!」

 

「……浪漫の意味間違えていませんか、それにいっそ質悪くないですかね、それ!」

 

 瞬間、両者は地を蹴った。

 楽しげに笑う蓮と気だるげにする甘粕。

 

 言動とは裏腹に行動は洗練された隙の無い様に変貌し、二人の意識は同時に戦闘という一瞬の判断が勝敗を分ける火事場のものへと移行する。

 

 

 ──先手を取ったのは、やはり甘粕である。

 

 

 『女神の腕』の幹部、神殺しの臣下。

 そういった肩書きの強大さ故忘れがちになる事実だが春日部蓮は一般人である。

 

 元より祐理や桜花、甘粕のように魔術や神々と神殺しの闘争に何の縁も無く、また魔術への適性は勿論、祐理ら卓越した巫女のような異能を保有しているわけでも甘粕のように魔術に頼らない戦闘技能を持ち合わせているわけでもない。

 

 故にその技量は所詮、多少動ける一般人程度なのだ。

 どれだけ喧嘩の経験や荒事への心得があっても、非常識らの住人である甘粕ら裏の住人には決して及ばない。

 

 それは先の構えからも見て取れる。

 確かに祐理のような素人目にしてみれば十分な隙の無さではあったが、甘粕というエージェントとして少なくない火事場を踏んできた者からしてみれば、素人に毛が生えた程度のもの、制圧するのにそう苦労は無いと結論づけられる。

 

 だが──だからこそ油断ならないと甘粕は思う。

 そもそもエリカや沙耶宮という政治手腕に関して天才的だと言って良い二人を相手取れる程度には優れた頭脳の持ち主である。

 

 そんな人物が果たしてその程度、当然の予測が出来ないだろうか?

 傲慢に、自分の力を過信するだろうか?

 

 そもそも彼は「何かある」と警戒させ、動きを止めさせ、闇雲な一手や強気な行動を抑えることに特化したやり手である。

 或いはこの警戒心は杞憂であり、簡単に制圧できるのかも知れないが、仮にも抑えることが目的で出張ってきたならば、それはないだろう。

 

 故に警戒するべきは常識外れの未知なる一手。

 しかし幸い敵手は頭脳は明晰なれど能力は常識内の範疇。

 ならば最適解とも言える取るべき行動は……。

 

(何の一手も打たせること無く先制の一撃にて早期決着……!)

 

 そう結論づけるも一瞬、甘粕は眼前の蓮と距離を詰め切っていた。

 

 甘粕冬馬──彼が委員会のエージェントたり得るその由縁とは彼の出生が陰惨な仕事を生業とする呪術使い一族の末裔であるが故だ。

 その技は忍びの秘技と陰陽術、桜花が体得する修験道の術理を統合したものであり、単純な戦闘技術ならばエリカら俊英の後塵を拝するものの、隠密活動……取り分け隠形に纏わる技量においては彼女ら俊英を置き去りにするどころか、神殺しの知覚すら時としてすり抜けるほどである。

 

 ならばこそ、所詮は何処まで行っても素人である蓮を制圧することなど訳もない。

 またそれを慢心とすることなく今も油断なく事に取りかかっている甘粕に意識的な隙は無く、ゆえに蓮に勝算などない……常識的に考えれば。

 

「おらよッと!」

 

 迫る甘粕を迎え入れる大振りの拳打。

 喧嘩仕込みの、荒事に馴れた素人程度の一撃である。

 しかし甘粕は油断なく、見る、視る。

 

 拳そのものはなるほど、脅威ではない。

 そもそもをして強靱な肉体へと鍛えた甘粕の無防備を貫けるほどの威力は無く、また振りに関しても甘粕から見て好きだらけ。

 受けるにしても躱すにしても何ら脅威とはなり得ない。

 

 観察するは意図である。

 前提として甘粕に蓮が敵う道理などないのだ。

 そしてそんな事が分からないほど敵は愚かではない。

 

 故に一手、何か仕込んでいるはず。

 例えば両手に嵌めるルーン文字を刻んだあからさまなグローブとか。

 

(『K(カノ)』? ならば火の系統魔術ですか……)

 

 打ち込まれた『く』文字の紋様はたいまつの火を意味するルーン文字。解釈法は様々あれど、乗せられるは火に属する思念だ。

 ならば発動するは燃焼の魔術か、はたまた知識の魔術の応用で知恵から技量に発展させるか……一つ分かることはまともに受けるのは愚行だと言うこと。

 

 果たして、遂に接敵する間近、甘粕は身を引いた。

 

「ッ?!」

 

「っと!」

 

 足さばきの陽動、疾走からの停止。

 突如として生じた戦闘の変化にやはり蓮はついて行けない。

 

 紙一重で避けるまでもなく、簡単に蓮の攻撃を甘粕はやり過ごして見せた。それは常人である蓮からすれば捉えたと踏んだか影が突然消えたような錯覚を覚える動作であったが、桜花か衛であれば捉えていたであろうが。

 此処に居るのは素人の蓮である。

 

 仮定は無意味。拳を空振った蓮は直後生じた硬直を甘粕に打たれ、数瞬の後に敗走する……。

 

「……なんちゃって♪」

 

「っ!?」

 

 直後、蓮が手を開く。

 空振った拳の中を見せびらかすように。

 

 グローブの内側に打ち込まれた本命(・・)を示すように。

 

(手の内側にもう一字のルーン……!? これが本命か!)

 

 『S(ソウェイル)』のルーン。

 その意味は太陽、勝利、そして……。

 

「輝け!」

 

 目を焼く閃光(フラッシュ)

 一瞬のうちに意図を汲み取り目を瞑ってみせた甘粕であるが、距離を詰めていたためか瞼を閉じた奥でも光に目を焼かれる。

 

 目を眩ます甘粕に対して間髪入れず蓮が行動を起こした。

 腰を落として、大きく踏み込んだ。

 

 この不意打ちから続く拳打か。

 しかし目が眩んでいようとも流石に火事場慣れした甘粕である。

 甘粕自身の意識を凌駕し、護身の蹴打が繰り出される。

 

 それは蓮の反応速度を凌駕するものであり、即ち対応不能。

 故に──一撃が空振りに終わった瞬間、甘粕は驚愕する。

 

「なっ!?」

 

 続いて眩む視界から復帰し、さらに驚愕。

 居ない、捉えたと思い捉え損なった敵が、そもそも視界から消え失せている。

 隠形か、瞬間移動か……刹那の思考を叩き割るように。

 

「こっちだ……んでもって、喰らえや!」

 

 頭上(・・)から降り注ぐ言葉──だけではない。

 言葉と共に朱色の宝石と見紛うほど美しく遇われた石が六つほど落ちてくる。

 石には全て白い印で一文字……余さずルーン文字が刻まれている。

 

「スリサズ、ナウシズ、イサ……縛り止めろ!」

 

 石が弾ける。そして魔術が起動する。

 本質的な意味合いにおいて行動を抑えることに特化した三ルーンで構築する結晶の檻。発動した魔術は完全に甘粕を捕らえきっていた。

 

 こうなれば如何に甘粕とて行動は不能である。

 封印の檻はあらゆる呪力を結界外へと放出させ、術式を練ることを封じる上、単純な結界強度としても肉体的性能では神殺しらが駆使する怪力が必要。

 甘粕が抜け出る手段などない……。

 

「くっ、面倒な!」

 

「って抜けるのかよ!」

 

 しかし甘粕は幽霊が如く結界をすり抜けた。

 ぎょっとする蓮であるが、仮にエリカか桜花であっても驚愕していただろう。

 術理の非常識さにでは無く、技の上手さに。

 

 結界抜けの術……甘粕のような隠密が使う技としては大して珍しくもない術であるが、不意打ちを受けた上、完全に発動しきった結界から抜け出でるなど並の手腕ではない。

 もっとも蓮にそこまで理解するほどの知識は無かったが。

 

 一方、甘粕の方もやれやれとばかりに呆れたように肩を落とす。

 

「なるほど、空中を蹴った(・・・・・・)のですか。先のルーン石と良い、そちらには随分と腕の良い道具使い(マイスター)がいるご様子で……」

 

 トンと階段を降りるようにして何もない空中から降り立った蓮を目の当たりにして甘粕はそう言った。

 そう……蓮は魔術師として呪力も持たなければ特異な異能も持ち合わせていない。だがそれを補うようにして様々な呪具(マジックアイテム)を操った。

 

 例えばグローブ。例えばルーン石。例えば空を歩む靴。

 

 これらは呪力を蓄えた魔術が音声や動作を起点として発動している、言わば付与魔術の一種。形式からして恐らくは北欧のものだろう。

 どれをとっても素人がプロを制圧するために用意したもの故か、術式強度や術式完成度に隙は無く、委員会のお抱えらでも再現は難しいはずだ。

 

「そりゃあ当然だ。俺ら《サークル》の中で数少ない純正の魔術師であり、イギリスのアリス嬢と並ぶ『天』の位階を極めた天才(へんたい)の仕事だからな。本人曰く、「私はアンデルセンとも顔見知りだよ」との事だ」

 

「……それは、それは」

 

 アンデルセンとは、あのハンス・クリスチャン・アンデルセンの事だろうか。

 彼の死没は1875年。それが本当なら件の人物は少なく見積もって約百五十年前程昔から生きているということになるが……。

 だとしたらなるほど、この呪具の完成度は納得出来る。

 

「人材豊富で羨ましいですねェ」

 

「ああ、色んな才能を明後日の方向へ磨いた天才(へんたい)がいて楽しい限りだぜ? なんなら移籍するかい? ミスター、ニンジャ」

 

「……その呼び方パチモン臭くて嫌なんですが、ね!」

 

「良いじゃねえか、ジャンプ漫画の登場人物っぽくてさッ!」

 

 蓮の軽口を塞ぐように甘粕は『急急如律令』と記された符を投擲する。

 同時に起動するは不動明王の金縛り。

 陰陽術における拘束の術式が蓮を襲った。

 

 だが、縛りきられた瞬間、あろうことか呪術に対し何の耐性も持たないだろう蓮が力任せに金縛りの術式を打ち破る。

 淡い燐光とともにはじけ飛ぶ術式。よくよく観察してみれば燐光と呼応するかの如く蓮のジャケットもまた光に瞬いている。

 

 恐らくは呪術に対して何らかのプロテクトを保有しているのだろう。

 対策には事欠かないらしい。

 

「では……!」

 

 ならばそう弁えた上で事に当たるまで。

 言外にそう告げながら甘粕は突貫する。

 今度は接近の際、牽制に幾つかの術式を打ち込みながら。

 

 五行相生──金気は水気を生み、水気は木気を生むというように、陰陽思想における五行それぞれを生み出し、術式同士の効果を互いに相乗させ、効果の程を上げる術式の連投。多種多様な術気の冴えは並の術者相手ならばとうの昔にその防御力ごと捻じ伏せられる威力と完成度であったが……。

 

「神威を示せ、守護座の山羊よ!」

 

 瞬間、稲妻奔るようにして黄雷が煌めく。

 これぞプロテクトの本領発揮とばかりに機能するジャケットの機能は甘粕が放つあらゆる呪術の効果を弾き飛ばしていた。

 

 術者が卓越しているにしても異常なまでの防御性能。北欧ルーン魔術だけでは説明が付かないほどの機能性だ。

 視線を鋭くする甘粕に気づいてか、蓮はニヤリと笑う。

 

「特注品さ。詳しくは知らんがホノリウスの魔術書(グリモア)だっけか? そのルーン術式をうちの大将の城塞を参考に組み込んである。制作者曰く、自分と同位階の魔術師であれ早々に破れないとのことだ」

 

「……なるほど!」

 

 中世魔術書の中でも最古に属するかの『誓書』から転用した術式ともなれば確かに甘粕では破れない。

 加えて制作者自ら同位階……魔女らにおける極限の『天』『地』位階に達していても簡単には破れないと豪語すること即ち現代の魔術師では絶対に破れないと言っているも同然だ。

 

 だが、甘粕の歩みは止まらない。

 元より呪術は甘粕の得意分野ではない。

 

 こと呪具装備において確かに蓮は圧倒的だろうが、それでも彼自身が素人なことに変わりは無いのだ。ならば細かい小細工はそもそも不要。

 真っ当な正々堂々こそ、蓮が一番やられたくないはずのことだ。

 

 ゆえに止まらない、接敵し実力を持って蓮を制圧するために。

 接近する甘粕に対して蓮は再び手を翳す。

 手の内に煌めく『光』のルーン。

 

 蓮は甘粕の動きを再び封じるため視界を奪わんと起動させた。

 

「輝け……っ!?」

 

 言葉に驚愕が乗る。

 視線の先、甘粕は目を閉じながら疾走してくる。

 

 閃光に対して目を瞑る。

 それはごく真っ当な対処法であり、だからこそ何より有効だ。

 今度は先と違い、予め弁えているため、瞼の奥を焼かれる心配はない。

 

 二度目は通じない。それを示すが如く、視界を封じたまま甘粕は進路を過たずして蓮の下まで接敵し、抱腹絶倒の掌底を見舞った。

 

「チィ……!」

 

 だが、素人なれど咄嗟に対応して退けた蓮は流石であった。

 後方に大きく跳躍、さらに宙を蹴り、空に逃げようと跳ぶ。

 

 さらに甘粕の狙いを見切ったのだろう、両手を交差させ来る衝撃に身構えるように防御姿勢を整えるが、しかし。

 

「ふッ……!」

 

「ガァ、ハッ!?」

 

 直後、防御を無視して突き刺さる蹴打。

 強烈な回し蹴りが身構えた蓮を横ばいから殴りつけた。

 

 空中から叩き落とされ地面をバウンドする蓮。

 甘粕に容赦は無い。

 蓮を敵だと見込んだ彼はそのまま死なないように配慮を加えながらも追撃を加える。

 

 急ぎ、跳ね上がるようにして立ち直った蓮の顎に掌底を喰らわせて脳を揺さぶり、続けざまにフラついた蓮を腕を押さえ、そのまま回り込んで地面に叩きつける。

 

「かは……!」

 

 肺から強制的に酸素を吐き出されるように息を吐く蓮。

 ……以て腕を固められ、完全に身動きを封じられた。

 

「いってなぁ……流石、いざとなれば容赦ないな」

 

「此処までやられて素人とは思えませんしね……さて、このまま大人しくして戴きたい。余計に暴れられると手間ですし、下手に貴方を傷つけすぎても王の反感を買ってしまうので」

 

「なるほどね、道理で。ほぼ無傷制圧とは随分と手心を加えられててようで」

 

「ええまあ、もっとも初めの一撃で昏倒させるつもりだったんですがね」

 

 蓮が余計な呪具(モノ)を使わなければそもそも戦いは一手で終わった。

 それほどに両者の差は隔絶している。

 技量に頼ればこの様ということから見てそれは事実である。

 

 何より蓮自身、この結果は見えていた。

 そう──だからこそ……。

 

 一手目の結果(・・・・・・)を破った時点(・・・・・・)で蓮の勝ちだ(・・・・・・)

 

「大事なのは俺が意識を失わないままアンタに触れる事だった」

 

「……何を──」

 

「『私を掴まないで(ノリ・メ・タンゲレ)』!!」

 

「ッ、お……!」

 

 蓮の身につける特に目立つ赤いマフラー、それが風に流されるように靡き──明らかに質量を無視したサイズにまで伸び上がり、刹那……甘粕を雁字搦めに捕らえたのだ!

 

「く、おおお!?」

 

 咄嗟に振りほどこうとしても鉄の帯かと錯覚するほどに堅牢であり、とても力業で破れそうにはない。さらには身に宿る呪力さえも完全に封じられた。

 

 この効力、あの詠唱。

 甘粕はこれ見よがしに魅せられていたマフラー、呪具の正体を察した。

 

「マグダラの……聖骸布!?」

 

「──を、加工して衣装に替えた代物だな」

 

 巻き藁のような様を晒す甘粕に、対して自由を獲得した蓮が訂正の言葉を投げた。

 

「最初に言ったろ? 欧州の某一神教歴々が無謀にもうちの大将に挑んで返り討ちにあったって話。実はそれには続きがあってな? いや流石に名うての宗教だと色々と面白い呪具とか隠し持ったりして戦利品が凄いのなんのって……これはその一つさ」

 

 いやあキリ○ト教万歳と、馬鹿にするように呟く蓮。

 ……オリジナルの聖骸布をそのまま使うでは無く加工している辺り、流石魔王の手先の組織というべきか罰当たりの極みだが、あくまで道具として機能していれば本人たち的には良いのだろう。

 

 そして役目を果たすという意味でこれ以上有効な方法はない。

 この聖骸布こそ、触れたモノを弾く特性を持つ有名な呪具の一つ。

 かの救世主がマグダラのマリアに向けていった言霊。

 

「加工品は女性衣装(ドレス)としての加工したんで不貞を働く男性を拘束するっていう機能をこいつは持っててね。内包する陽気に反応して拘束力を高めるよう仕込んであるから取り分け男を拘束するにこれ以上の一品は無いぜ?」

 

「なるほど、貴方の狙いは初めから……!」

 

「言ったろ、一手目を抜けた時点で俺の勝ちだったんだよ」

 

 この呪具を発動させるには男性に触れられている必要がある。

 だが、蓮は魔術師ではない。

 本来ならば術者の意思なくとも触れられれば、術者の呪力で自動起動する聖骸布も蓮では音声認証で行わなければならないために自動起動は出来ない。

 

 故にこそ、この男性では抗えない詰み呪具を発動させるに当たって、蓮が行うべきは意識を保ったまま甘粕に触れられた状態であること。

 そしてその条件は満たされた。

 

「甘粕さんっ!?」

 

 完全制圧された甘粕を見て戦いを見送っていた祐理が取り乱す。

 それに甘粕はハッとして声を張り上げた。

 

「祐理さん、逃げてください! 恐らく蓮さんは……」

 

「はい、甘粕さんの予想通り──これでチェックメイトね」

 

「ッ!」

 

 だが、一手早く蓮が王手を指していた。

 蓮は懐から取り出したモノを祐理に向ける。

 

 同時に、それ(・・)を目の当たりにした祐理は息を飲むように恐れで固まった。

 

 それ(・・)は聖骸布や蓮の特注プロテクターのように特殊性や特別製を有する呪具ではない。いやそれ以前に魔術や呪具などといった、裏世界がらみの常識外の存在では無く、人々の常識の範囲内に収まるもっとも恐るべき兵器だ。

 

 常人では回避不能。亜音速域で繰り出された鉛玉は容易く人体を貫通し、脳や心臓といった重要器官の破壊を可能とする。

 人類がより簡単に他存在の殺害を可能とするために生み出された知性体ならではの合理性と残忍性が生み出した人類の罪業が証であり、牙。

 

 それこそ……。

 

「S&W M19またの名を「コンバット・マグナム」。イカすだろう? 俺、次元大介好きなんだ。もっとも俺の腕じゃあ0.3秒には遠く及ばないが」

 

 言って無造作に構えられる拳銃。

 この場にそぐわぬ、しかし何よりも有効な一手でもって蓮は勝ちを宣する。

 

「悪いな、俺の勝ちだ。ま、後は草薙王が勝利することを祈るんだな」

 

 元より速度比べならば絶対的に拳銃のそれは言葉の上をいく。

 詠唱は拳銃の銃弾速度に間に合わないだろう。

 仮にエリカかリリアナならば対応策が幾らか浮かんだかも知れないが、所詮、戦う能力に至っては文字通りの手弱女である祐理に拳銃の脅威を摘み取る手段は無く。

 

「……ッ! 護堂さん……!」

 

 かくして勝敗はついた。

 健気な巫女に残る抵抗は思慕する男児の勝利を願うことだけだった。




何故かおまけを予定していたVS蓮が文字数を圧迫し、メインだった筈の衛VS護堂を次回に回す嵌めになった件……やばいな、今章。最長になるかも。


そして肝心の蓮の戦闘回。
此処でも重ねて言うけれど蓮自体の実力は一般人だからね。
道具とその使い方が良かっただけなんや……。

と言いつつそれらでキッチリ戦術組む辺りマジ逸般人。
最後に拳銃持ち出す辺り彼の性格が窺えるね。

因みに銃の種類は私の好み。
次元大介はハードボイルドの極みであり男の浪漫。
まあ、異論は認めよう。

厳密に言えば銃はコルトの方が好きなんですがね。
特に警察モデルの奴。
リボルバー+長銃身+銀色=浪漫の塊。
ミリオタじゃない私をして、最高だぜ……。

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