極東の城塞   作:アグナ

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前回で一山終えたので今回はさっぱりと。
それにしても戦闘ないと執筆が早い、早い。


『御老公』

 ──かくして戦いは終わった。

 

 台風が過ぎ去ったが如き静寂の中、衛は息と共に緊張に強張った肉体から力を抜くようにして肩を落としながら、同時に内へと意識を送る。

 神殺しとして己の中に渦巻く権能の力、その一つが正に剣で斬りつけられたようにして傷つき、欠いているのを感覚として読み取る。

 

(……なるほど、これが剣の言霊。神格両断の権能か)

 

 呪力を出力しようが、呼びかけようが反応が戻ってこない様に思わず表情を険しくする。

 

 ……真剣だったか、と言えば否で。

 ……本気だったか、と言えば否だ。

 

 衛にとって護堂はどうでも良い存在であり、精々が同じ神殺しという認識だけでアレクに対する先輩的な意識やヴォバンに対する怒りのようなものを覚えていたわけではない。無関心、その一念に尽きるだろう。

 

 今回の騒動に巻き込まれるに当たって、邪魔者という印象こそ抱いていたものの本命前の障害という程度で、彼を脅威と思うことも敵として憎悪を覚えることも無かった、故に全力全開だったかと全くの否である。

 

 しかし、それでも負けは負けだ。

 油断した? 手を抜いていた? 本命前の障害?

 そんなものは言い訳でしか無い。

 

 間違いなく衛は草薙護堂という男を見誤り、結果として無様にも窮鼠猫を嚙むが如く己が最も頼りとする権能を切り落とされた。

 それが紛れもない事実である。

 

(正直、アルマテイアを切られるのは想定外。今も呪力は潤沢にあるが、これで俺は片落ちという訳だ。やれやれいつからヴォバンのように傲慢になっていたのやら)

 

 己の失態に頭が痛くなってくる。

 どうやら知らず増長していたようだ。

 これが身内を守る戦いであったなら赫怒で自分が許せなくなっていただろう。

 

(……まあ良いさ。自覚はした。次はない)

 

 例え本命前だろうが二度と同じ鉄は踏むものか。

 逆転劇など許さない、覚醒しようが進化しようがその余剰分ごと叩き潰して見せよう。そして同時に認識を改めるべきだろう。

 

「──新米魔王(ルーキー)だろうが、魔王は魔王。勉強になったぜ、草薙護堂。何せ今まで格上殺ししかしたこと無かったからな。自分がその立場になるとは思わなかった」

 

「そうかよ──約束通り一撃入れてやったぞ。さあ、俺をエリカたちの元に返せ」

 

「急くなよ、元よりそのつもりだ。約束は違えん。嫌々やってたことだしな、義理を果たした今、これ以上俺がお前を抑えている理由はない」

 

 草薙護堂──先生(・・)無き今、まさかあの人の名前を他人から聞くとは思わなかった。『剣の言霊』については事前に情報を得ていたが、アレは『教授の術』無くして機能しなかったはず……などと事前情報に踊らされたのが敗因か。

 

(馬鹿め。此処でヘルメスの権能を拡充させた経験を忘れたか。神殺し(おれ)に出来たことが何故、神殺し(ヤツ)に出来ないと錯覚していた)

 

 実の話、こうしてアストラル界に衛が訪れたのは初めての事である。

 存在自体はアレクを通して知っていたものの、実際に来たのは恵那との縁があってこそ、また恵那によって此処へ運ばれる過程でヘルメスの権能の掌握を進めたのも縁あっての偶発的な出来事だ。

 

 生死を分かつ境界線、この世界の情報を書き記す異界……なればこそ、生と死を歩き回るヘルメスの権能が活性化するのも、知恵を剣と変える言霊が活性するのも道理であった。

 

「今回は勝利をくれてやる。だがな、覚えておけ後輩。万が一お前の存在によって俺の仲間が傷つくというならば……その時こそ見せてやる。邪悪絶滅、あらゆる外敵を退ける城塞の守りを……!」

 

「それは俺も同じだ。今回みたいに邪魔するだけだってんなら一発殴って退けるだけだけどな、もしエリカたちに手を出してみろ……その時はお前を絶対に許さない!」

 

「ああ、覚えておいてやる」

 

 戦意を猛らす護堂を睥睨しながら軽く手を振り、了解する。

 ……ああ、そうとも、忘れるものか。

 次があるなら(・・・・・・)次はない(・・・・)

 

「最後に戦利品代わりに聞いていけ。多分、向こうに変えればお前が清秋院を制圧するのにさほど苦労はしないだろうよ。だが油断するなよ? 間を置かずして清秋院は暴走(・・)を始めるはずだ。保険は置くが女が大事ならテメエで守れ」

 

「……は? ちょ、それはどういう────!」

 

「さてな──一陣の風となりて、濤々たる海を渡り、広大な大地を超え、走れよヘルメス。蒼天の具足は冥府魔道、蒼天大海すら渡りきるものなれば」

 

 投げやりに言霊を呟いて指を鳴らす。

 すると、護堂の足下にこの世界に運ばれたときにも見た蒼穹を思わせる穴が広がった。そして護堂は疑問の答えを得ないまま、空へと自由落下していった。

 

「………」

 

 後に残ったのは支配権を無くしたために異国の風景を消失した物言わぬアストラル界と衛のみ。そんな無人の大地で衛は……。

 

()? 聞こえるな? 桜花」

 

『はい、先の顛末もしっかりと感じていました、終わりましたね』

 

「ああ、まさか負けるとは思わなかったが……」

 

『私から見てもさっきの衛さんは全力全開には程遠かったですからね。手持ちの権能の半分以上、呪力もケチっていたんですから全力を尽くした相手に負けるのは妥当でしょう』

 

「手厳しいな」

 

『本命を前にしていたとはいえ、真剣勝負で手を抜くのは私としては好感度減です。真剣で向き合う相手には真剣を持って返すのが最低限の礼儀かと』

 

「そりゃあごもっとも……ぐうの音も出ない正論だ」

 

 呼びかける声に応じたのは桜花であった。

 アストラル界には今なお姿無く、しかし衛の言葉はしっかりと伝わっているようで脳内に彼女の言葉がその想いとともに流れ込んでくる。

 

 批判、苦言、それから此方が申し訳なく思ってしまうほどの心配。

 心身ともに共感するが故に本心が隠されること無く流れ込んでくる。

 

 第四権能──恋人たちに困難無し(ニヒル・ディッフィケレ・アマンティー)

 

 まつろわぬクリームヒルトより簒奪した《報復》と《共感》を司るこの権能は言葉通りの以心伝心を可能とする権能である。この権能によって衛と桜花は例え世界が隔てられて居ようともお互いがお互い、生存している限りにおいてこの通り、心と言葉を交わすことは勿論、その力すらも共有することを可能としている。

 

 特に先のバトラズ戦を経て図らずしも掌握を進んだこの権能の使い方は衛をしてようやく把握しつつある。

 取り分け、アストラル界という位置座標のはっきりしない空間にも関わらず、先ほどのように護堂をこちらに呼び込んだり、逆に戻したりしてみせたのは共感で向こうにいる彼女を確と認識していたからこそ。

 衛と彼女(おうか)を基準にして、曖昧な座標位置を完全把握していた。

 

「ともあれ、これでようやく首輪は外れた。後は落とし前を付ける時間だ……過程でお前の友人を傷つけることになるのは不本意だが、終わらせないと今後(・・)があるからな。甘粕さんたちも散々振り回されただろうし、ここらでストレス分を精算してやればアイツの社畜苦労も少しは減るだろうさ」

 

『あの甘粕さんの度を超した勤労に関して言うならば衛さんも結構ウエイトを占めているんじゃ……』

 

「はははは……桜花、蓮にやれと頼む」

 

『苦労を慮ってるのか、そうじゃないのかどっちなんですか……』

 

「だって俺、神殺しだし。波立てるなっていっても無理だし」

 

 今回のゴタゴタが始まって向こう、殆ど気を張っていた反動か自然と口から軽口が漏れる。首輪と一緒にどうやら緊張も抜けたようだ。

 本命を前に今も現実世界で衛の代わりに事の推移を見守って居るであろう桜花といつものように会話をする。

 

『衛さんも大概人のこと言えませんね』

 

「言ってないだろ。俺が口にするのは身の回りの事に関してだけだ。例え何処でどんなバカが怪獣決戦しようが知らんし興味も無いさ」

 

『うわ、碌でなしですね』

 

「悪かったな、でも人でなしでは無いつもりだぜ? 少なくともお前も蓮も見捨てるつもりはないし、困っているなら問答無用で助ける積もりだから心配すんな」

 

『………その辺は心配してませんよ、衛さんは衛さんですし』

 

「………」

 

 躊躇うように聞き取れるか聞き取れないか微妙な反応を返す桜花、其れと同時に感じ取るのもこそばゆいに本心の感情を感じ取って衛は思わず黙り混む。

 

「………この権能も善し悪しだな」

 

『うう、最低です。人の心を勝手に盗み見るなんて』

 

「ちょっと待て! 今のは不可抗力だろう!?」

 

『しかも言い訳。サイテー、です』

 

「……ああもう、悪かった! 俺が無粋で無遠慮だったって!」

 

 乙女心は複雑怪奇だと言うが全部を全部把握していたらいたで問題だな、と衛は思わず遠い目になる。ギャルゲーでこの手の言葉や感情には聞き飽きているが、いざ実際、現実で自分にそれらが余さず向けられるとなるとどうにもこそばゆくてやってられないし、言いようのない罪悪感が湧いてくる。

 全く、真っ直ぐな好意ほど嬉しくも苦手なものはない。

 

「とにかく、そっちで頼む。俺じゃあ座標までは絞れんからな」

 

『露骨に話を逸らしましたね……でもまあ、今はノンビリ話している場合じゃないですよね。了解しました、衛さんもお気を付けて、それとお力をお借りします』

 

「ああ、頼む」

 

 そういって言葉は沈黙する。

 同時にクリームヒルトから奪った権能を経て自分の力の一部が向こうへと譲渡される感覚が伝わってくる。

 

「さて、と────」

 

 桜花との会話で緊張が解れたのと同時にその接触で改めて自分の仲間という感覚が強く、強く衛の胸に染み渡ってくる。

 お陰で良い感じに怒りが再燃してきた。

 余計な事情を考えなくても良い純粋な感情、情動。

 

 ようやく型にハマってきたと衛は喜と怒が入り交じった獰猛な笑みを浮かべる。

 

「此処から先は俺の事情だ」

 

 黄雷の盾は消え失せた。

 地力で戦うのは幾ばく振りだが、手段は幾つもある。

 片落ちだろうが理由にはならない、傷つけられたならば報復を。

 脅しの種は、早期に叩き潰しておくべきだろう。

 

 傲慢なる人ならざる者よ、禊ぎの時だ。

 

「落とし前を付けさせて貰おうか」

 

 静かに、されど轟々と猛る赫怒を内燃させながら衛は目を細めた。

 

 

 

 

「──ふう」

 

「終わったかい?」

 

「はい、恙なく」

 

 念話を切ると同時、隣で楽しげな笑みを浮かべながらも手持ち沙汰と待機していた蓮の確認に桜花は小さく頷いた。

 

「どうやら負けて、少ない痛手を負ったようですが……大丈夫だと思います」

 

「そう? だが、珍しい。大将が相応に痛手を負ったていうならもう少し心配するもんじゃ無いのか? 姫さんとしては」

 

 衛に似て意外と心配性な桜花の性格を知っている蓮は物珍しげに桜花の態度を観察する。てっきり、自分の馳せ参じるかとでも言い出すかと思っていたのだろう。

 視線を受けた桜花は苦笑するように言葉を返す。

 

「心配ですけど、何となく今の衛さんなら任せられると思いまして」

 

「女の勘ってヤツかね? まあ良いけど。こっちはこっちで任された仕事をするだけさ。どうやら奴さんも戻ってきたみたいだしな」

 

「草薙王ですね。彼も彼で消耗しているみたいですが……」

 

「そりゃまあうちの大将とやり合って無傷とはないからな」

 

 城南学院の校庭……今まさにエリカと恵那が激突している舞台に突如として落下してきた草薙護堂を見下ろして、桜花は神妙に、蓮は肩を竦めて言う。

 

 ──現在、二人がいるのは城南学院の校舎内である。

 リリアナ、甘粕を下し、戦闘能力を持たない祐理を最低限の処置のみ済ませて場を辞した二人は反撃(・・)のために、衛と事前に打ち合わせた通りに仕込みをするため校舎へと訪れたのだ。

 

「正直、魔術的な仕込みは苦手なんだが……姫さん、此処で良いか?」

 

「はい、この教室で間違いないかと」

 

 眼下に広がる戦場を傍目に桜花と蓮は一教室内に侵入する。

 二人は知らぬ話であるが、そこは正しく護堂やエリカらが所属するクラスの教室である。

 

「計八カ所、清秋院恵那の仕込みが施された術式は委員会連中が御老公呼ぶ存在らが考案した魔王封じの予備プラン、すなわちは奴らが存在するアストラル界へ通じる片道切符だ」

 

 懐からルーン石を取り出し、方陣を組むようにして配置しながら蓮は嬉々とした声音で呟く。蓮の言葉に桜花もまた頷いた。

 

「はい、正史編纂委員会にとってのご意見番──遙か千年の時を見守る神仏こそ彼らが御老公と称するものであり、恵那さんにとっては崇めるべき祭神です」

 

「その名を須佐之男命。イザナギ、イザナミの嫡男にして我らが日本を代表する神性、天照大神が実弟だな」

 

「そして八岐大蛇を討伐し、天叢雲剣を手にした鋼の英雄です」

 

「の割りには大概問題児だけどな。嵐の神だけに今回も随分な嵐を置いていったようでっと……」

 

 置いたルーン石の配置に則り、今度は線を敷き始める蓮。

 知る者が見ればそれらが呪歌(ガルドル)魔術の一種だと気づけただろう。

 そしてそれが神の奇跡をなぞるが如き大業であることにも。

 全十八にも及ぶルーン石、敷く陣は九つに分かたれた巨大な大樹。

 

 この魔術こそ──『天』の位階に到達した魔術師の秘奥である。

 

「……よし、準備万端。術式はやれるだけこっちで制御するが、正直俺は呪力とか感じ取れないからな、細かい操作は期待するな。逆探以降は姫さんにお任せって事で」

 

「問題ありません。やってください」

 

「オーライ、んじゃ最後の仕事だ──」

 

 赤いルーン石がいっそ真紅に輝く。

 それを見て蓮はニヤリと不敵に笑い、起動の呪歌を口にした。

 

「──さて、ハーヴィの館で箴言は語り終えられた。人の子には有用この上なく、巨人の子には無用のもの。語られた者には栄えあれ。知るの者には栄えあれ。きいた者は生かせ。傾聴した者には栄えあれ」

 

 これぞ高き者の言霊。すなわちは──。

 

財産は滅び(Deyr fé)身内の者は(deyja )死に絶え(frændr)自分も(deyr )やがては(sjalfr )死ぬだろう(it sama)──」

 

 一拍の空白──そして宣する、神の言葉を。

 

神言詠唱(ansuz)──高き者の言葉(Hávamál)!」

 

 詠唱完了と共に解き放たれる莫大な呪力。

 

 ──高き者の言葉。

 北欧に語られる大神奥義が嵐の王の魔術式に牙を剥いた。

 

 恵那が張り巡らした術式を解して、発動した魔術は彼方へのアプローチを開始する。位相を隔てた先にあるアストラル界。

 人外が御座す真実の位置を暴き立て、干渉し、至るまでのルートを即座に確保して見せた。俗に言うインターネットでの逆探知と同じだ、本来人知及ばぬ術式を解剖して暴き立て、その真意を暴く──知恵の大神が編み出した魔術解体、及び干渉術式。

 

「道は照らした、さあ、姫さん出番だ!」

 

「言われずとも──偉大なる、偉大なる、偉大なるヘルメス神よ。いざや真理の門は開かれました、有翼の靴を纏いし雄弁なるヘルメス神よ! 我ら知の民、英知求む無辜の学徒を導き給え──ッ!」

 

 言霊と同時に桜花が蒼天の具足を纏った。

 クリームヒルトの権能を経て借り受けたヘルメスの権能。

 その力を振るい、蓮が照らし出した道を見据えて、彼方に居るだろう最愛のパートナーをその領域へと送り込む。

 

「さて、後はお任せだ。気張れや大将!」

 

「ご武運を、衛さん──!」

 

 言葉と共に権能を返却する。

 桜花と蓮、二人の臣下は自らの王の勝利を祈り、

 

 そして、そして──そして。

 

 

 

「ああ──有り難う。此処までお膳立てを整えて貰っちゃあ、負けられないわな」

 

 

 

 瞬間、衛はその場所に降り立っていた。

 

 何処かの山岳地帯だろうか。

 緑したたる山の奥、木や土の匂いが濃かった。

 周囲には闇が落ち、轟々と雨風が吹きすさんでいる。

 

 その環境──感覚的に覚えがあった。

 先の異国風景……衛が権能で領域一帯を支配下に置いていた時の感覚だ。

 つまりはこの場所には既に──。

 

「この主観風景を展開している『主』がいるって訳だ」

 

 言って衛は歩き出した。

 頼れる恋人、友人の尽力で既に居場所は割れている。

 

 目に付いた渓流を遡るようにして衛は歩き出す。

 一歩、一歩と踏み出すたび猛る戦意と怒りの情動。

 

 ああ、間違いない。この先に宿敵はいる。

 

「──ふん、随分と謙虚な住処だな」

 

 五分と経たずに衛は目的地に辿り着いた。

 

 時代劇にでも出てきそうな簡素な掘っ立て小屋である。

 出入り口の引き戸は開けっぱなしでまるで入ってくれと言わんばかり。

 警戒心のケの字も見えない。或いは誘っているのか。

 

 どちらにせよ──やるべき事は決まっていた。

 

「──おん、ひらひらけん、ひらけんのう、そわか!」

 

 秋葉権現の真言詠唱。

 火防を司る呪術に強引な呪力の過干渉を行って術式変転。

 掘っ立て小屋を燃料に、天に届けとばかりに大火が火柱を上げる。

 

 だが、刹那。

 家屋が炭と消えるより早く『びゅお』っと風が吹いた。

 巻き上げられるは雨飛沫。

 

 大火を覆い込むように不自然に吹いた風と雨が呪力の火を一瞬にして鎮火させていく。

 そして鎮火の風が止んだ頃、掘っ立て小屋から一人の人影がユラリと姿を現した。

 

 日本人に見合わぬ優に百八十センチを超える背丈に粗末な着物を一枚身に纏っている。老衰もあろうにしかし年不相応に筋骨隆隆した身なりは正に老年の武人か何かを思わせる──特に不機嫌そうに微かな怒り混じりの戦意を纏う辺り。

 

「チッ、挨拶じゃねえかクソガキ」

 

「ハッ──それはこちらの台詞だ。よくまあ好き勝手に俺の周りをウロウロと。隠居決め込むだけなら見逃したが、老害ならばさっさと死ねよ」

 

 初対面、開口一番にも関わらず両者の間に友好の色は皆無だった。

 それも当然だろう、衛としては土足で身の回りに踏み込まれた挙げ句、自分の琴線に触れるどころか引く真似事までしたのだ。

 彼の中では既に問答無用でぶち殺すこと確定であった。

 

 対する老人……スサノオも踏み込んだ自覚こそあれ、いきなり住処に火を放ってきたクソガキが相手である。如何にまつろわぬ放浪の身から解き放たれた身分とは言え、その本質、神格であることには変わりなく──罪悪感やら話すべき事情よりも優先して目の前の不届き者を叩き潰すという意思に覆われつつあった。

 

 つまるところ、両者は既にやる気満々で──。

 だからこそ仲介すべく二対の人外が割って入る。

 

「おお、まずは待たれよ御両人。それでは出来る話も出来ないだろう」

 

「──こちらの失礼は承知ですが、矛を収めて戴けませんか羅刹の君よ。我らとて相応の理由があります故に。然る後にご判断を戴ければと」

 

 一人──嗄れた声を放つ黒衣の老僧。その姿は人間と言うには余りにも枯れ果て、生気を感じられない、その様は正しく即身成仏が如く。

 

 一人──見目麗しい絶世の佳人である。平安貴族が身に纏っていそうな見事に色鮮やかな十二単を身に纏った澄んだ玻璃色の瞳と亜麻色の髪が印象的だった。

 

 両名、明らかに人外であり。

 

「……なるほど御老公(・・・)ね」

 

 目前のスサノオ、そして黒衣の僧に佳人……彼ら人の通りに嵌まらぬ魔人らこそ正史編纂委員会が『御老公』と呼び、敬うご意見番たちというわけだ。

 

「なら聞いてやろうじゃねえか。──誰に断って俺の身内に手を出した? その弁によってはそこの駄神ごと悉く鏖殺するが如何に?」

 

「あァん? 誰に向かって口を聞いてやがるクソガキ」

 

「お前に言ってんだよ駄神。前々から俺に干渉しようとしていたな? 鬱陶しい。それとも俺の権能に釣られたか? なァ? 日本神話一の母親甘え(マザコン)?」

 

 刹那──剣林が衛の元へと突き立った。

 一瞬で害意を感知してみせた衛はその場を飛び退き、即座に返礼とばかりに天狗の炎を打ち返す。無論、それは神を傷つける事こそ無いが──。

 

「図星を突かれてキレるかよ。本格的に老害だな」

 

「死ぬか? クソガキ?」

 

「テメエが死ねよ、駄神」

 

 事態は悪化の一途を辿っていた。

 元より既にぶち切れている衛である。

 

 話し合いの余地など疾うになく、またスサノオにしても再三に渡って噛みつき続ける神敵に頭に血が上りつつあった。元来、スサノオは気の短い性分である。まつろわぬ身では無くなった者のその性根が変わるはずなど無く、本来は対等ならざる神殺しの挑発にキレかかっていた。

 

「ほほ、まさに話し合いの余地がありませぬな。流石は羅刹の君」

 

「言葉が過ぎましょう御坊。先に礼を欠いたのはこちらの方。王を相手に人質まがいのマネをしておきながらそれは無責任が過ぎます。御老公にしても怒りを収めなされ、誰よりも何よりもその権利を有しているのは羅刹の君でしょうに」

 

「……チッ」

 

「是は為たり、確かに些か言葉が過ぎましたな」

 

 玻璃の瞳の佳人、彼女の言葉によって不承不承とスサノオは舌打ちしながら戦意を収め、黒衣の老人が呵々と笑って肩を竦める。

 その様に衛は両者粛正を思いながら、同時に唯一この場で誠意に満ちた言葉を紡ぐ玻璃の姫に目を向けた。

 

「……貴女の誠意に免じて事情は加味しよう。まずは語れよ、玻璃の姫。今回の騒動、どういう理由で俺を動かした?」

 

「その厚意に感謝を、羅刹の君よ。そして我らが事情の程を語るより前にまずは貴方に一つ、問わねばならぬ事があります」

 

「なに?」

 

 突然、問うべき事があると言われた衛は眉を顰める。

 思わず他二人を見れば総意とばかりに黙り混むのみ。

 

 事情は皆目さっぱりだが、とはいえ聞かなければ話は進まないというならば。

 

「簡潔にどうぞ、俺に答えられることなら、だが」

 

「はい、では単刀直入に問いましょう羅刹の君よ」

 

 そして玻璃の姫君は、

 

 

 

「もし──国難迫りしその時に。貴方様の盾は、力なき全ての民を守る城塞として国難に立ち向かいますか? 貴方にとって一切縁の無い弱者であれども」

 

「──……なんだと?」




全く関係のない余談だが、最近カンピオーネ二次が息して無くて悲しい。
まあ神話関連で何となく敷居が高いと思うのでしょうがない気もするが原作も二次創作も好きなファンとしては悲しいぜ。

誰か書いてくれないかな。
というか私、本当は読む方が(ry





……恵那さんヒロインの個人的にくっそ面白かったヤツ復活しねえかな(明文化はしないが)

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