極東の城塞   作:アグナ

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事後処理の時間だぜ……!

主人公不在の裏方による真っ黒会議です。


新たなる出立

「──羅刹の者どもを推し量るための此度の騒乱。さて、それでは評定と参りますか……最も、肝心要の御老公は既に神話に帰ってしまいましたが」

 

 生と死の境界線、幽界、アストラル界。

 そう呼ばれる異世界の地で二人の人外が言葉を交わす。

 

 一方は即身成仏を経て死を越えたミイラが如き御坊。

 一方は玻璃色の瞳が印象的な傾城の美姫。

 

 言わずと知れた正史編纂委員会を裏から指示する御老公たちである。

 だが、彼らの中でも取り分け発言力を有する人外は既に無く、またこの地を訪れた神に仇なす人外も既にこの地を去っている。

 

 よって人外の会話を聞き届けるのは見逃された騒乱の当事者ただ二人だけである。

 

「盾の王器。かの御仁の気性については重々承知でしたが、よもや御老公を下されるとは。剣の王器の方も女人に対する庇護の情は中々のものでしたが、執着という意味では後者を遙かに凌駕しますな」

 

「──それこそ重々承知な話です」

 

 クツクツと知人の一人が殺されたも同然だというのに御坊は何故か愉快だとばかりに笑っていた。対して玻璃の姫君は嘆息するように苦言する。

 

「その上で羅刹の君を此度の騒乱に招いたのは我々の判断。羅刹の君へ文句を言える立場にありますまい。そも、此度の騒乱にかの御仁は何の縁も持たなかったのですから」

 

「左様。だからこそ御老公は正史編纂委員会を盾に羅刹の君を巻き込む計画を立てた。窮鼠猫を嚙む結果になりましたが。いやはや、あの気概。アレならば友誼を持つものが多い日の本で騒乱が起きれば遮二無二介入するでしょうな。図らずして我々は御子殿への『盾』を手に入れることに成功していたわけですな」

 

 御坊は善哉善哉と言って肩を竦めた。

 ──御子。それは彼ら人外が警戒するこの国に封印されたとある存在を指す言葉だ。この御子がいる故、彼ら人外は地上に常と気を配り、万が一に御子が目覚めた際、対処できるように様々な策謀を張り巡らせているのだ。

 此度然り、或いは日光に封印されている『まつろわぬ神』然り。

 

「幸い、かの御仁の強さは御老公が身を以て証明された。鋼の英雄を討つに値する器。なればこそかの御子君への対策として不足はありますまい」

 

「不敬な。知人の死を喜ぶとは」

 

「まさか、悼んでおりますとも。されど、本来『剣』の器を図る計画に『盾』を巻き込む提案を行ったのは当の御老公本人」

 

「同意したのは我々も同じ。責任を追及するならば我らも同列です」

 

「その通りでしょうな。しかし裁定の権利を持つ御仁は御老公のみを誅し、我々を見逃した。ならばこれを以て我らもまた払うべき責任は払ったと拙僧は愚考しますが」

 

 いけしゃあしゃあという御坊。

 相変わらず図太いその態度に玻璃の姫は嘆息する。

 

「温情を理由にするとは……」

 

「それもまた大義のためならば。ともあれ、『盾』の王器に限って言うならば地上の庇護者として不足はないでしょう。情が混じれば些か血の気の多い御仁ではありますが、庇護者として、その欠点もかえって頼もしいと思うべきですな。問題はもう一方の方でございます」

 

「御坊、『剣』の君に対しては不足と見なすのですか?」

 

「『盾』の君を譲歩させた手腕は認めるべきしょうな。だが、あの御仁は些か粗が多い。手抜きの『盾』の君を相手に本気で掛かって追い払う程度。加えていつぞやの女神襲来然り、女に甘すぎる点が欠点と成りかねない。いっそ、『盾』の御仁のように情が振り切っていれば及第と見ることも出来るのでしょうが……」

 

「しかし勝利は勝利。元より『盾』の君と『剣』の君では経験に圧倒的開きがございます。その不利を覆し、『盾』の君より譲歩を引き出したのはあの御仁の戦果でしょう。それに嘗て御子を苦しめたのは、やはり女を救う者でありました。『剣』の君、草薙さまの娘たちへの振る舞い、恃むにたる器量ありと判断いたします」

 

「ふうむ。評価が割れましたな……。御老公がいればご裁定を賜ったのでしょうが、既にかの御仁は幽界からも去って仕舞われた、となれば、後は事の次第によって随時様子を窺うに留めるべきでしょうな」

 

 今回の騒ぎによって齎された出費は人外の者たちにとっても少なくない。

 幽界では御老公を失い、地上では御子の太刀がかの王に簒奪された。

 

 よって出費を鑑みるに今後、今回のような騒ぎを起こして王器を推し量るマネをするには相応の覚悟が必要となるだろう。

 ならばこれ以上の介入はかえって無駄にこの国へ騒ぎの種をまき散らすことになり、王器の気性が知れた以上、そもそもこれ以上の介入に意味は無い。

 

「ともあれ、これだけの騒ぎであって地上にさしたる害が及ばなかったことこそ僥倖。──今回は此処までですな」

 

「異論はありません」

 

 最後にそう締めくくって人外らの評定は収まるところに収まった。

 

 

 

 

 自国の神殺し同士が戦い合う事態にまで発展した騒乱から数日。

 戦いは終わり、事態を誘発した元凶も消え失せた。

 

 複数箇所で起きた戦闘が影響して修繕のために暫くの間、休校となった城楠学院を除いて現実世界での目立った戦闘被害は無く、ともすれば二柱の神殺しとまつろわぬ神剣が激突したにしては驚くほど小規模の被害で済んだと言えるだろう。

 

 これを以て事態は平穏無事に収束……と、なれば良いのだが。

 勿論、そうは問屋が卸さないというもの。

 

「──つまるところ今回の騒動に関しては委員会にとっても望外の極み。全ては清秋院家と御老公が企てたことであり、我々としても不本意の出来事であった、と。……まあ、そうなるわな」

 

 東京は千代田区。

 江戸の昔から大名屋敷などが建ち並び、今にも高級住宅街として閑静な街並みが広がるその場所の三番町に正史編纂委員会の重鎮にして、日本呪術界が『四家』の一角、沙耶宮家は邸宅を構えていた。

 

 そんな沙耶宮邸で向き合う人物らは三人。

 一人はこの家の家主たる沙耶宮馨、もう一人はその懐刀たる甘粕冬馬。

 最後に内心を隠すかの如く薄笑みを浮かべる少年、春日部蓮。

 

 今、此処には『正史編纂委員会』と『女神の腕』。

 二つの組織の政を仕切る頭脳(ブレーン)が相対していた。

 

「こっちとしても別に事の概要は把握済みだ。何せ既に元凶はうちの大将がぶっ殺したからな。そんときに事情は確認済みだし、そっちにとっても予期した出来事じゃ無いことも、おお重々承知だとも。だが、それで私たちは関係ありませんでした……と終われば、俺もアンタたちももう少し楽できるってもんだ、違うか?」

 

「違わないとも。清秋院も、御老公らも、決して委員会と関係の無い存在では無い。だからこそ二つが暴走した結果の責任は少なからず正史編纂委員会にも存在する。まして全く無関係の同盟者、ひいてはこの国の庇護者を害したのだからね」

 

 蓮の言葉に馨は苦笑するように肩を竦めながら言う。

 

 そう事の元凶たるスサノオを殺したからそれでもって不問……そんな事が出来るならばこの国の呪術界隈の政治事情はもう少し容易く回っていただろう。

 無論、衛が率いる『女神の腕』は基本的には政治事情などに興味は無いし、権力や特権にも彼らは感心を示さない。しかしそれも場合によりけりだろう。

 

 このような事態になってまで何も求めず、不干渉では組織として(・・・・・)舐められる(・・・・・)

 だからこそ望む望まないに限らずこの場面では追求せざるを得ない。

 即ち──どう責任を取るつもりなのかと。

 

 対する委員会側、沙耶宮馨もその辺りの事情は承知済みだ。元より、これほどの事態になっても尚、何もしない、不干渉と貫く組織など組織として失格だと思っている。

 彼らの庇護活動は無償というわけではないのだ。

 

 そもそも率いる神殺し(リーダー)の気質からして大衆社会に興味を持たず、身内の庇護を優先する人物である。本来ならばそこに社会や街、他組織といった他人関係と言っても良い存在を庇護する必要など無いのである。それを押して守るのは偏に委員会と『女神の腕』の同盟あってこそだ。

 

「ま、手っ取り早いのは金銭だわな。元々、『女神の腕(俺ら)』と委員会(そっち)で結んだ同盟の大部分は資金援助に関するもの。自立できないわけじゃ無いが、俺らとしてもスポンサーは多くて損は無いし。エジプトだけの出資じゃあ大々的に動きたい時に動けない場合が生じるしな」

 

「では今回分を罰金として上乗せしろと、そういう要求なのかな?」

 

「ハッ、まさか。金は幾ら有っても困らんが言ってんだろ? 無くても良いと」

 

 『女神の腕』……仮にも組織として運用しているのだから当然、組織として成立するための資金源は存在する。彼らの資金源とは幹部の一人、エジプトの魔術組織に籍を置く彼らの中では少ない生粋の魔術師である人物。

 中東に石油油田を有する彼の出資こそ、運用資金の大部分を占めていた。

 

「大金はドバイの金庫から引っ張り出さなきゃ動かせんが、まあ別に問題ない。研究好きの連中は『黒王子』様のところに貸し出してるし、居残り組もドバイの本拠地。事後処理にかかる金銭は日本政府、ひいては正史編纂委員会持ちだから俺らはただ。そゆわけで金銭に関してはこれまで通りで良い」

 

 問題は──と続けて蓮はくつくつと笑う。

 

「今回の戦争(・・)で消費した需要品……呪具の方だ」

 

 瞬間、空気が張り詰める。

 馨も甘粕も引き締まった表情で蓮の言葉を待った。

 二人とも確信しているのだ、ここからが交渉(ほんばん)だと。

 

「知っての通り、俺は大将や姫さんみたく個人的な戦闘力で魔術師やらと戦えるように出来ていない。見ての通り、俺はただの一般人だからな。戦うためには相応の装備がいる」

 

 ただの一般人という部分については首を傾げるところを覚えるが、ともあれ、彼の言う通り、春日部蓮という魔術を使えない人間がそれら異能の者たちと戦うには相応の装備がいるだろう。

 例えば甘粕が見た呪力を貯めたルーン石、聖骸布の加工品等々。

 

「で、『女神の腕』は生粋の魔術組織で無いが故に、そういった魔術資産の消費に関してはかなり痛い部分があってな。今回の賠償、出来ればそれに関して補って貰いたい」

 

「………具体的には?」

 

「そ、う、だ、な……非時(ときじく)、反魂香を往復分。出来れば、三人前ぐらい恵んでくれると嬉しいんだがね。そこんとこ、どうよ」

 

「なるほど……」

 

 提示された呪具……いや触媒の名を聞いて沙耶宮は嘆息する。

 確かに今回の事態のような経験をすれば備えるのは当然か。

 

「意味の無い質問だと思うけど、あると思うのかい?」

 

「と、いうより無いと考える方が可笑しいだろ。御老公の存在と居た場所と考えれば仮にも日本呪術界を取り仕切る連中が、一方的な口出しを許すほど備えないと思えなくてな。一つや二つ、あるんじゃ無いかと九州の連中を使って『民』の方を洗い出してみれば……」

 

「その名を聞いてたという訳か。まあ、概ね正解だよ」

 

「概ね分は?」

 

「委員会じゃ無くて僕の先々代の趣味嗜好品さ。収集癖があってね」

 

「なーるほど。そのオタク成果ってわけか」

 

 委員会は元より日本呪術界を統べる存在として各地より魔道に関する産物の蒐集・保管を行っている。その都合、少なからず希少な魔術書や触媒もまたその保管庫に存在していた。

 例えば嘗てヴォバンと衛が激突した青葉台の図書館のように。

 

 さらに加えて言うならば、こと沙耶宮家に関しては先々代……馨の祖父に当たる人物の蒐集癖もあって、日本に限らず欧州など本場で仕入れた品々も個人的に保有していた。

 

「反魂香に、非時……『女神の腕』はアストラル界に干渉するおつもりですか?」

 

 黙していた甘粕が口を出す。

 それは蓮が提示した触媒の用途から察せられる事情についてだ。

 

 反魂香といえば中国に伝わる病に果てた死人を蘇らせるという品であり、非時といえば日本の古事記に登場する垂仁天皇が常世の国に求めた永遠を意味する木の実である。

 どちらも伝説上は死者蘇生に関する稀少な一品であるものの、無論、現実において死者蘇生などは神々の権能で無い限りは不可能である。

 

 現実世界において存在するそれらは『世界移動(ブレーンウォーキング)』、生と死の境界に干渉するために必要な呪術に使用される稀少触媒として伝わっている。

 

「あくまで保険だがな。俺らとて仮にも大将、神殺しが属する組織だ。英国との横繋がりもあるし、死の国に関する魔術に秀でたエジプト魔術師もいる。魔術師として最高位階に到達した北欧の魔術師殿もな。だが、如何せんどいつもこいつも外国住まい、今回みたいな突発的な事態じゃあ対応できんし、その手の呪具は今手元に無くてな。これを期に、今後のために取っとこうかなーって話だ」

 

 『女神の腕』とて素人だけの集まりというわけでは無い。

 中には一級の魔術師だって当然存在しているし、神獣を屠る者の強者も少ないながら存在している。

 全体的な質は劣るとは言え、趣味を理由に集まっているだけあって一方向に特出した連中が多い分、嵌まれば他の追随者を許さないというのが『女神の腕』に集まるメンバーの強みだ。

 

 だが反面、そういった得意とする人材が各地に散らばりすぎているという弱点も有していた。

 例えば先に挙げたエジプト魔術師などは言うまでも無くエジプト在住者であるし、『女神の腕』内において武闘派とされる人間もその殆どが国外にいる。

 衛という最高戦力にいることに加え、同盟者の存在があるため今の日本にそれほど魔道、戦闘に長けた存在はいないのだ。

 

 だからこそ今回のような事態……衛のように特定の異能を有していなければ彼のバックアップが出来なくなる状況という点は速球に改善しなければならない事態として蓮は重く見ていた。

 

「別にうちの大将が負けるなんざ欠片も思ってねえけどそれでも万が一は存在する。神々との戦い、同じ神殺し同士の戦いはそう甘くないだろ。万全を賭して尚、不足。全霊を賭して尚、不足。ありとあらゆる勝因を残してようやく掴み取れるのが神話の戦いって奴だろ?」

 

 故に必要な時にその手段がないなどと言う事態は許してなるまい。

 重要なのは如何なる時も対応できる万全であると言うこと。

 必ず即応してみせると全力全霊の体制でいること。

 

「そゆわけで、慰謝料に触媒を貰い受けたい。返答は如何に?」

 

「ふむ……」

 

 蓮の要求に馨は手を顎に当てて暫し思考に耽る。

 触媒の提供……なるほどペナルティとしては悪くない。

 

 今回の件について非の所在は明らかであり、稀少とは言え触媒の一つ、二つで同盟組織の、ひいては神殺しの機嫌が取れるなら安いものだろう。

 加えて今回は彼らに無償のサービスまでされている……委員会の統制に口出しする人外たちを黙らせ、その干渉効果を減するという、委員会にとって厄介なリードを断ち切るに等しいサービスを。

 だが、簡単に頷けない事情も存在した。

 

「……一つ、顰蹙を買うことを承知で言わなければならないことがある」

 

「うん?」

 

 畏まった様子で蓮を見る馨、傍に控える甘粕も心なしか緊張している。

 その態度に蓮は疑念を覚えるが、次いで紡がれた言葉に理解した。

 

「今回の件で君たちの王にして我々の同盟者である閉塚衛は草薙護堂に敗走している。実際は君たちの王が彼を見逃したという形に近いとは把握しているけど、結果として草薙護堂は閉塚衛の決定を覆し、彼から譲歩を引き出した。結果論と言えばそうだろうけど、形はどうあれ紛れもなく草薙護堂は閉塚衛に勝利した」

 

「ああ、なるほど──つまりこういうことか。うちの大将じゃなくて草薙護堂を担ぎ上げようとする動きがある」

 

「そういうことだよ。一応、君たちが要求する触媒は僕個人が有する資産から持ってくることは出来るけどね。僕は立場が立場だから個人の友好を抜きにして、組織の人間には委員会が閉塚衛の要求に応えたように見える」

 

「そして現状、大将じゃなくて草薙護堂を推している連中にとってはそれは気に食わない事態であり、ともすれば今回の交渉を理由に委員会を離反するような人間も現れるかも知れない、か」

 

「……離反だけならば良いんだけどね」

 

 馨の言葉に蓮はそういうことかと頷き、傍に控える甘粕に視線を飛ばす。

 

「元々大将は他者に贔屓しない性格だけど身内には別だからな。桜花と結んだときから九州の呪術界とは特に繋がり深い……権力層が多い本州の連中には気に食わない話か、しかも本州にしても最大権力層の沙耶宮家とうちの大将は良く連んでいた、末端に取っちゃあ、そりゃあ反目するにたる理由って訳だ」

 

「ええ。実際、四家においても連城はともかく、九法塚が既に沙耶宮家と『女神の腕』による同盟体制に度々非難を向けてますし、今回の一件で清秋院も草薙護堂を指示する旨を明言しないまでも仄めかしています」

 

「ああ、結局、『太刀の巫女』は草薙王の女になったんだっけか」

 

 そもそもの本端である『太刀の巫女』こと清秋院恵那の暴走、その顛末は神刀として君臨した天叢雲劔を草薙護堂が斃したことで収束したという。その後、国内情勢を揺らした清秋院家は恵那が草薙護堂に付いたことで宣言こそしていないものの、行動を以て示している。

 即ちは清秋院家は草薙護堂を盟主とすると。

 

「沙耶宮家に次ぐ権力層の旗色は確かに草薙護堂の信用を保証するに十分な話だわな。だが、それにしてもたった一回の敗北で一気に支持層が固まるのは解せんな……甘粕さんもしかして?」

 

「ええ、予想通りかと。エリカ・ブランデッリ、どうやらその政治手腕は紛れもなく本物のようで」

 

「確かに。有能なのは承知していたけれど、此処までとは……油断したつもりは無いんだけれどね」

 

 やはりと言うべきか、この大きな情勢の動きには草薙護堂の愛人であるエリカ・ブランデッリの暗躍が影響していた。元々彼女は『草薙護堂派』とも言える地盤を築こうと『民』の層を中心に日本呪術界で立場を得ようと度々、手回しを行っていた。

 

 無論、その行動は日本呪術界を取り仕切る正史編纂委員会は勿論のこと、世界最高峰の繋がり(ネットワーク)を有する『女神の腕』もまた常時、行動を把握していた。

 

 だが僅か一回の勝利を以て一気に日本における自陣営を築き上げるなど並の手腕ではあるまい。恐らくは『民』の層から得た垂れ流し情報を元に現体制に不満を待つ層に調略を仕掛け、何らかの功績を立てた場合に自身に翻るよう事前に連絡やら何やらを仕込んでいたのだろう。

 

 特に肝となるのは草薙護堂の有用性を示してから旗色を明らかにせよとの仕掛け方だろう。これならば現体制に反目しながらも渋々従う輩も日和見決め込む輩も寸前まで閉塚衛を支持する風を堂々と演じられる、そして時が来た瞬間、一斉に覆ればその瞬間、それまでも一党有利の政治情勢は混乱する。

 さらにその間隙につけ込んで自陣営をより強固な体制にまで押し上げることが出来れば……。

 

「全く見事。信頼できるかどうかは別に自陣営が絶対的に少ない状況からよくも対等(フィフティー)に持っていったもんだ。ベクトルは違うが桜花と同じく極まってやがる」

 

「同意見だよ。どうも草薙王はその辺り縁があるようだね、祐理のことと良い、恵那のことと良い、女性に対して良縁があるようだ。甘粕さんから聞いているよ、祐理が君に大した啖呵を切ったとね」

 

「いやあ、あの時の祐理さんは凄かったですねえ。彼女はそんなに気が強くない性格だと認識していたのですが」

 

「ああ、アレな。アレは確かに痺れたぜ」

 

 蓮という神殺しの尖兵を前にして一歩も引かずに言葉を返して見せたあの時。

 過度なまでに神殺しを畏怖していた今までの彼女ではあり得ない行動だろう。

 

 それだけ草薙護堂が愛されている証明だったと言える。

 

「ま、良縁と言えば貴方方の王様も同じだと私は思いますが」

 

「はは、だな。うちの大将は一途だし、男女仲は奔放じゃないが、別の部分で奔放極まるからな。規律だった組織や集団に馴染めない変わり者連中に取っちゃあどうも居心地良いんだろ。かく言う俺もその一人だし」

 

 オタクに限らず、何か一つのものを極めつくさんとする人種は大概他者の理解を得ることが出来ない。数学論理を美しいと研究する者は変態との評価を受けるし、オタク兼専門家といえる日本一魚類に関して詳しい某お方なども社会的評価を得るまでは変わり者として敬遠されていたという。

 

 社会性を尊ぶ生命はその都合、どうしても社会的、つまりは平均から外れる同族を毛嫌いする面がある。その観点からして一点特化の平均から大幅にズレる手合いが社会から外されるのはしょうがないと言える。

 

 だが、衛の何であれ気が合う奴は友人とする気性と社会的に弱い人物は損得抜きに救ってみせるという気概はそういった仲間はずれにされた連中にとっては一種のカリスマとなるのだろう。

 

「ともあれ、今回は(・・・)どうやら委員会に限らず『女神の腕』も大将もしてやられた訳か、草薙護堂に」

 

「そうだね。今回は(・・・)僕たちの負けらしい」

 

 互いに負けた負けたと言いながら一転して馨も蓮も示し合わせたようにニヤニヤする。

 甘粕は思わずキリキリと痛み出した胃にため息を漏らす。

 

 此処までの会話の流れといい、本人たちの性格といい、まるで往年の友人のようなテンポのよさといい、甘粕は事ここに至って理解しつつあった。

 

 有能さを置いても伊達と酔狂さを好む沙耶宮馨。

 有能さを置いても己が快楽を優先する春日部蓮。

 

 役割と気質……この二人の相性は最高(さいあく)であると。

 そして無駄に有能な趣味人を組み合わせるとどうなるか……。

 今から既に甘粕は胃が痛いと感じた。

 

「エリカ嬢の手回しと今回の勝敗、これでもって委員会は二派に分かれた、明確に草薙護堂を王として仰ぐエリカ嬢が『宰相』を務める『草薙護堂派』とこれまでの『同盟』でもってなる『現体制派』」

 

「そして彼ら一派の大きく根幹にあるのは『現体制』への不満、ひいては僕の、『沙耶宮』という家が有する日本呪術界への神殺しをバックに置いた絶対的な支配力。つまりは僕への不満だ」

 

「ならばもはや、彼らの反旗を止めることなど出来ず、明確な方向性と頭を得た『反沙耶宮体制』は放っておけばより権勢を強め、貴女たちにとって無視できない存在になるだろうなァ」

 

「それを阻止し、競争相手を有しながらも表面上は僕たちの権勢を優勢とするためには彼らの権勢が増した分、僕たちにもこれまで以上に彼ら『反体制派』の動きを縛る権力が必要なわけだね」

 

 それは付き合いの長い悪友のような。

 或いは世情を弄ぶ魔王の語らいのような。

 実に楽しそうな掛け合いだった。

 

「俺たちは権力を求めない。──だが活動地域ではやりやすくしておきたい」

 

「僕たちは支配を好まない。──だけど組織のトップとして現状黙ったままではいられない」

 

「ならば……」

 

「だったら……」

 

 ああ、確かに。

 今回の件を持って何時ぞやの計画を形にするのも面白い(・・・)

 幸い、意図せず情勢は真っ二つに割れた。

 居残った現体制派に同盟者たちとのより強固な協力体制でもって新たに日本呪術界に大組織を築き上げるのはきっと楽しい(・・・)だろう。手を取り合う相手はこれ以上無く気が合い(・・・・)、ともに利とする部分が双方重なり、かつどちらかが不利になると言うことはない。

 

 否、反体制が出来たとは言え、現体制が今も強い影響力を有するからこそ、対等に成り立つと言える。

 

「──今まで明確に競う相手とは無縁だったからね。それはとても面白そうだ(・・・・・・・・)

 

「──新たな組織を作って、天下を取ろうと下剋上仕掛けた相手に対抗する、浪漫があるな(・・・・・・)

 

 魔王が配下、二つの組織のトップは楽しげに笑う。

 同盟より強い体制、二つの二大組織による統合体制。

 

「つまりは──《連盟》。僕はそれを提案したいんだけれど、どうだい? 蓮くん(・・・)

 

「悪くない──ついでに、これで清秋院との繋がりを完全に切り離して責任問題を向こうにぶん投げる……創設理由もついでのメリットも良い感じに浪漫があって真っ黒だ。いいね、流石、馨さん(・・・)

 

「ふ、ふふふ、ふふふふふふふふ──」

 

「く、くくく、くくくくくくくく──」

 

(…………………悪徳宰相の会合)

 

 責任問題を追及する交渉の場から一転、二人の真っ黒な碌でなし(酔狂者)碌でなし(快楽主義者)による責任転嫁と新たな組織の設立に関する腹案、共通の競争相手の誕生を逆に利用する様はさながら社会を裏から操る黒幕(フィクサー)のよう。

 

 ともに気が合う両組織の宰相は手を繋ぐ。

 ──それが双方の魔王が通じた瞬間のような邪悪さを帯びていたのは決して甘粕の錯覚ではないだろう。

 

 此処に、両組織の宰相による新たな関係が結ばれた。




政治関係の話はムズいので適当。
しかしこういった腹黒い会話自体は好きだったり。

連盟により責任問題を清秋院家に丸投げするスタイル。
だって向こうは主犯・草薙護堂派だからね、堕落王派関係ないもんね。(白々しい)


原作の円卓と違うところは協同体制であるままって点ですね。
支配じゃ無くて縁を結び、組織を繋がりによって広げる。
『女神の腕』の常套手段だったり。

因みに既に《連盟》は『賢人議会』や『王立工廠』とも組んでたり。
我が創作した組織ながら恐ろしい。

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