極東の城塞   作:アグナ

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最近、戦闘ばっかなので次回と今回で息抜き回。


幕間:ある日の神殺したち
世間は意外と狭い 上


「ふぅ……」

 

 自転車のブレーキを掛けつつ、停止時に働く慣性の勢いを利用して自転車から飛び降りた護堂は何処か疲れたようにため息を吐く。

 時刻は平日の正午。本来ならば高校生である護堂は、授業中である時間帯だが、今日は臨時休校により学校は休みであった。しかし急な休日の割りには護堂の顔は浮かない。その訳と言えば……。

 

「ハァ……東京タワーの時もそうだったけど……やっぱり身の回りの事だとダメージが違うな」

 

 そう、記憶新しい先日の騒動。

 清秋院恵那の襲来、彼女の持つ天叢雲劔の降誕、そして同族との激突。

 もはや神殺しとなってから恒例となりつつある人外魔境の騒乱に巻き込まれた護堂は、その結果として舞台となった母校、城楠学園を『猪』の権能で粉砕していた。

 

 天叢雲劔を斃すためのやむを得ない処置だったとは言え、結果として校舎は半壊。瓦礫の山とならなかっただけマシと言えるかも知れないが修復作業におよそ三週間ほど掛かるそうだ。

 アレだけの有様でよく三週間で解決できるなと話を聞いた護堂は感心したが、エリカ曰く、裏の事情として正史編纂委員会が手を回し、急ピッチで修復作業が行われるためということらしい。

 

 しかし急ピッチで進めても三週間。

 つまり三週間の間、護堂は一日の大半を占める学校生活というものが無くなったのである。

 実質、冬休みレベルの長期連休。クラス内でも名波、高木、反町の三バカは暢気に狂喜乱舞していたが、通常の日常生活においては真面目な(女性関係を除く)護堂としては逆にやることが無くて困る日々。

 なのでせっかくだからバイトのシフトでも増やそうかと家で考えていたのだが……。

 

『と、時に草薙護堂。明日からやや早めの冬休みですね』

 

『ん? ああ、そうだな……』

 

 と、話を振ってきたリリアナ。因みに今回の騒ぎのせいでお正月と三が日を除く冬休みが返上されてしまった。流石にこれだけ休んで冬も休むとなると授業日数が足りなくなるからである。この話を聞いた三バカは先とは変わって阿鼻叫喚に覆われたが反町が『あれ? でもそれならクリスマス当日に少なくとも此処の学生は大半を学校の授業に潰されるのでは?』という発言をし別の意味で狂喜乱舞していた。

 

 閑話休題。

 

『よ、宜しければ私と買い物にでも行きませんか?』

 

『え? あ、ああ別に良いけど、でも突然だな』

 

『いえ! 以前から気になっていたのです。あなたは王たる身分でありながら些か衣服に無頓着すぎると。せっかく格好いい……んん! 王であるのですから、その風格に相応しい見格好をしていただければと進言いたします。つきましてはあなたの侍従長たるこのリリアナ・クラニチャールがあなたに相応しい衣服を見繕って見せます!』

 

『い、いや別にそんな服程度で……』

 

『程度、ではありません。衣服は相手に第一の印象を与える言わばその人なりを現すもの。日本では馴染みないと聞きますが外国では服装規定(ドレスコード)の善し悪しで入店を定めるなどという文化もあります。ましてあなたは王なのですから、もう少し相手に畏敬の念を抱かせる格好をして戴かないと』

 

『畏敬の念って……そもそも俺はそんな王とか堅苦しいのは苦手なんだが』

 

『得意であれ、苦手であれ、時として相手から求められることもありましょう。普段の生活では使用せずとも場合によってはその手の服装の一着や二着必要となります』

 

『あー……でもなぁ、俺は誰かに服を選んで貰うとかあんまり』

 

『わ、私では信用できないと仰りたいのですか!? くっ……聞くところによると先日はエリカとで、デートをしたと聞きかじりました。あの悪魔の目は信用できて私では……』

 

『ちょっと待て、どっからその情報を……!? そ、それとエリカとは別に遊びに出かけただけでで、デートとかそんなんじゃ無くてだな。服屋にだって行ったわ行ったけどどちらかと言えば俺がエリカの服を選ばされただけで……』

 

『なっ! 御身自らエリカの服を選ばれたと!? で、でしたら、こう言う話でいかがでしょうか。私があなたの服を選び、あなたが私の服を選ぶ、交換条件と言うことでいかがかっ!』

 

『いや、何の交換条件なんだそれは……?』

 

 という話を電話越しに延々とさせられるハメとなり、その後に……。

 

『もしもし……そちらは草薙さんのお宅でしょうか』

 

『はい、草薙ですけどってその声、祐理か?』

 

『あ、護堂さん……はい、休日にすいません、今宜しいでしょうか……?』

 

『ああ、別に今日は用事も無いしな。それでどうしたんだ? 祐理が電話だなんて珍しい』

 

『はい、実はご相談があって』

 

『相談? 何か困ったことでもあったのか?』

 

『いえ、そうではなく……いいえ、そうであるとも……』

 

『えっと……?』

 

『その、単刀直入に申し上げますが、私と一緒に勉強会を致しませんか?』

 

『勉強会?』

 

『はい。実は今回の一件で学校が使えなくなった際に甘粕さんが言っていたんです。『いえ、ね。三週間も学校が無いとやはり祐理さんも困ると思うんですよ。この時期と言えば二学期の期末テストを目下に控えた大事な時期、そんな時期に学校の授業を受けられないとなると自分で勉強しておかなければ不味いのでは』と』

 

『甘粕さんが? 何かあの人から学校のテストとか聞くと違和感があるな……』

 

『普段は不真面目そうですが意外に根は真面目な人なんですよ……それで、甘粕さんの助言を受けて私もできる限り自分で勉強をしておこうと思ったんですけど……その、数学で……』

 

『ああ、つまり分からないところを教え合おうってそういうことか?』

 

『そうです。三週間もの休みをただ無為に使うだけでは私としても落ち着きませんし……どうでしょうか? 毎日とは言わなくても空いている日にちに図書館で勉強会を行うというのは』

 

『そういうことなら全然大丈夫だ。俺も少し落ち着かないと思ってたし、最近は神様関係の騒動であんまり集中して勉強できてなかったしな……そうだ、それならエリカやリリアナたちも誘って……』

 

『……いえ、出来れば二人で勉強しませんか?』

 

『へ? どうして?』

 

『エリカさんもリリアナさんも成績が大変優秀でいらっしゃいますから、休日に態々呼び出すのはご迷惑になってしまうのではないかと。特にエリカさんは学校外でも忙しくされていらっしゃいますし』

 

『そうだな……確かにエリカとかいつ勉強しているか分かんないのに凄い点数高いし勉強が必要だって感じじゃないもんな。アイツより良い点数を取ってアイツの鼻を明かしてやるって言うのも……うん、そうだなじゃあさ、祐理と二人、秘密の勉強会っていうのはどうだ?』

 

『秘密の勉強会……ですか。なるほど、こっそり二人で勉強してエリカさんやリリアナさんを驚かそうと、そういうことですね』

 

『ああ、普段何かと二人を頼ることが多いからな。せめて勉強ではちゃんと俺たちだってやれるんだぞって見せてやろうぜ』

 

『それは、確かに。でしたら尚更頑張って勉強しなければなりませんね』

 

『ああ。それに俺も不安な部分があるしな。特に古文とか……祐理はどうだ?』

 

『古文でしたら私が教えられるかと思います。国語の科目は少し得意ですから──』

 

 と、言って長電話になった。

 そして二つの電話が終わった頃に……。

 

『お兄ちゃんってさ、ホントお爺ちゃんに似てきたよね』

 

『はぁ? いきなりなんだよ』

 

『別に! そんな四方八方女の人と約束なんてしてるからそう思っただけ』

 

『これは別に友達と休日の約束をしただけだろ?』

 

『ふうん、友達と、ね』

 

『……何だよ』

 

『何でも無いッ!! ふん、お兄ちゃんなんて知らない。その内、変な女の人に引っかかって痛い目に遭うんだから! 知らないんだから!』

 

『あ、おい、ちょっと待てよ……何なんだ、一体……?』

 

 と、言って謎の憤慨をする妹、静花のせいでどうも家に居づらくなりこうして、外に出てきた次第である。

 特に行く当てもない護堂が取りあえず選んだのはとあるカフェ。

 目的は勿論、腹ごしらえのためである。

 

 というのも午前中に家を出てしまったせいで昼食を取り忘れてしまったのだ。

 予定外の出費となるが、まあ金欠というほど手持ちが無いわけでもなし、偶にはこういうのも良いかと護堂は財布のお金を確認しつつ、扉を開けて店内に入る。

 

 時刻が時刻なだけあって混み合っており、カフェとはいえ混み合っていた。

 

「いらっしゃいませ! 何名様でしょうか?」

 

「一人で」

 

「お一人様、となりますとカウンター席でも宜しいでしょうか? 現在、テーブル席は大変混み合っていまして」

 

 見ればぱっと見、テーブル席は家族連れや友達同士、会社の同僚同士と多くの人で埋まっている。

 カフェと言ってもカフェ&レストランのような場所だからか、サンドイッチやパスタと言った簡易昼食がテーブルには並んでおり、それらを食べつつ皆、歓談に耽っている。

 確かにこれはテーブル席に座るなら数十分は待たなくてはいけないだろう。

 

「あ、全然大丈夫です」

 

「そうですか、では一名様、ご案内いたします」

 

 だが今は一人。普段はエリカらや友人、家族の誰かと利用するところだが、連れが居ないなら態々、テーブル席に座る意味など無い。店員が勧めるまま、護堂は店員の案内に従った。

 

「こちらになります」

 

「ありがとうございま──」

 

 従った……のだが。

 

「げっ……何でお前が此処に」

 

「は……? なっ……アンタは!」

 

 案内されたカウンター席、その隣には見覚えがある人物がいた。

 手元には分厚い本に落ち着くような香りを漂わせる紅茶。

 両耳に付けるイヤホンといい恐らく、読書か何かしていたのだろう。

 

 取り立てて特徴の無い私服を纏い、護堂よりもやや年上らしい雰囲気を漂わせるその人物こそ、件の騒乱に関わった重要人物にして護堂と同じ同族の一人……。

 

「嫌な奇遇だな、後輩君」

 

 七番目の神殺し──閉塚衛がそこに居た。

 

 

 

 

「………」

 

「………」

 

 ──カフェの一角、そこでは静かな緊張が満ちていた。

 

 特に二人、会話をするでもなく黙々とそれぞれ昼食を、私用を行う近世代の男子高校生たち。

 言うまでも無く、護堂と閉塚衛、その人である。

 

 元々、同じ国に住まう同族であるものの、関わりが薄く、また先日の出来事もある。

 休日たまたまあったからと言って会話する仲でもなし、結果この通りの無言が広がるわけだが。

 正直な話、居心地が悪いにも程がある。

 

(何でこんなことに……)

 

 音立てず嘆息する護堂。どうも今日は厄日らしい。

 休日にまさかつい数日前まで敵対していた男に出会うなどと。

 本来ならば回れ右して辞していたところだが、せっかく店内まで入ってきて苦手な相手がいたからと引き返すのも気が引ける。

 元来、基本的に真面目な性根の護堂としては店への迷惑を考え、食事をさっさと済ませ、早々にこの場を辞そうと考えた。

 

 結果、形成されたのがギクシャクとした二人の無言空間。

 心なしか周囲の客も緊張しているように見える。

 これでは店に迷惑を掛けているという意味では余り変わらない気がする。

 

「……なぁ」

 

 だから思わず声を掛けた。

 丁度、相手の手元に話の種になりそうな気になるものもあったこともあって。

 

「アンタも勉強とかするんだな」

 

 護堂の視線は衛の手元、目立つ赤い背景に白い極太文字で『ITパスポート』と書かれた教科書に向ける。それは何かの資格試験の教科書、なのだろう。

 護堂はさして詳しくないが、ITというからにはパソコン関係の試験なのだろうか。

 

 その問いに対して相手は肩を竦めながら呆れるように言葉を返す。

 

「当たり前だ。俺は学生だぞ、不本意ながら勉強が本分だからな、やる時はやるさ。ま、コイツは実用性と趣味を兼ねたものだが……大学に入る前にITパスポートぐらいはとって置こうという話だ」

 

「そのITパスポートって何だよ」

 

「端的に言うなら情報処理試験。一応、国家試験の一つで実用性は……学生の間なら多少、情報に通じているっていう評価指標として有効だな」

 

 遠回しに実用性は余りないと言って再び教科書に目を落とす。

 情報処理試験、というからには大学はやはりそれ関係を目指しているのだろう。

 と、そこで護堂は目の前の同族、その人格について詳しく知らないことに気づいた。

 

 ──サルバトーレ・ドニ、サーシャ・デヤンスタール・ヴォバン。

 今まで出会ってきた神殺しと言えば大抵、戦いが好きな戦闘狂ばかりで、まつろわぬ神もそれは同じ。神殺しもまつろわぬ神も性格気質は異なれど、好んで戦を望んでいた。

 

 しかし目の前の神殺し、閉塚衛は違う。

 あくまで守戦、守ることを意識した言動を取り、基本的に自ら戦闘の火種を降らせることはない。

 それは何というか極めて違和感を覚える話である。

 

 今まで同族全員とあったわけでは無いが、何となく護堂は殆ど全員似たり寄ったりという直感を抱いている。それが果たして当たっているかどうかはともかく、現存する神殺しの中でも目の前の王が異端の存在であるとは、彼を語ったエリカら、魔術師に共通している。

 守りに長けた王、専守防衛、絶対城塞、苛烈な報復者……。

 

 神殺しとしての逸話は散々と聞いているが、そういえば私的側面。

 戦いを挟まないこの男の地金というものを知らなかった。

 

「──俺も一つ、聞きたいことがあったんだが」

 

 そんなことを考えている護堂を知ってか知らずか、衛は教科書に目を落としたまま不意打ち気味に護堂に問いを投げてくる。ややあって、何だよと言葉を返せば。

 

「ハーレムってどんな気分なんだ?」

 

「ぶっ!」

 

 想定を遙か向こうに吹っ飛ばした、訳の分からない問いを投げてきた。

 

「は、ハァ!? なんだよそれは!」

 

「だからハーレム。ほら、エリカ嬢にリリアナ嬢に、後は夜叉姫。確か恵那も加えたんだっけか? 別にそれは良いしお前が何人女を増やそうが俺に関わりない限り知ったことじゃない。だが純粋に気になった。二次元ならともかく現実にハーレムってどんなもんなのかと」

 

 紅茶を啜り、なんてことも無いように抜かす衛。

 見る感じ、どうやら本当に少し興味を持った程度の関心しかないのだろう。

 

「俺はハーレムなんて。大体、エリカたちはただの友達だ! そんな、女を囲ってなんて、そんなんじゃなくてだな……!」

 

「だが、見るに全員好意持ちだろ? いかんぜ? 是か否かはともかく、思いには答えるのが男の器量って奴なんじゃ無いのか? ま、俺が言えた義理じゃないし、神殺しに器量もクソも無いんだが」

 

 全員纏めて人でなしだからなー、と呟く衛。

 その言葉に護堂はむっ、と反応する。

 

「俺を他の奴らと一緒にするな」

 

「一緒さ。自然に逆らい、道理を捻じ伏せ、是非も無く我を通す。秩序の反逆者、問答無用のルールブレイカー、それが俺たち神殺しだ。そんなものに成る奴らがまともな神経持ってるわけないだろ」

 

 淡々と事実だけを述べるように無感情でいう衛。

 何を今更と当たり前の事を語る。

 

「お前がどう否定したところで他評は変わらん。お前ら全員五十歩百歩、とな。口を開けば否定するのは結構だが少しは客観的評価も認めたらどうだ後輩? 主観と客観を分けるぐらいはして見せろ。俺は違う、俺は違うと考えなしに言ったところで待っているのは半眼不信の呆れ対応だぞ」

 

「………」

 

 ふと脳裏にエセ平和主義者と半眼不信の呆れ対応で呟くエリカの顔が浮かぶ。

 的を射た衛の言葉に護堂は珍しく言葉を失った。

 その様を見て、ほれ見たことかと衛は続ける。

 

「ま、それでもと吼えてみせるのは結構だがね。好きな相手、嫌いな相手はともかく人の話は取りあえず聞いて参考にしてみろという話だ」

 

 そういって教科書を一ページ捲る。

 ……これは忠告、なのだろうか。

 

 衛は今も無関心を気取っており、実際無関心なのだろうが、それでも言葉の節々に忠告のような色が滲んでいる。それは先達からの経験談でもあるのだろう。同じ神殺しとして、故郷を同じくする近世代の先達として、衛は護堂に気をつけるように言葉を送っていた。

 

「……アンタからそんなこと言われるなんて思ってなかった」

 

「好きに受け取れよ。実際、お前なんてどうでも良いし、敵対するなら潰すだけだ。ただお前もまた神殺しならば迷惑を掛ける過程で甘粕や沙耶宮にだって迷惑を掛けるだろうからな、心配なのはそっちだ」

 

「そういえばアンタも甘粕さんとは顔見知り、何だよな。沙耶宮って人は前に会ったきりで詳しく知らないけど仲が良いのか?」

 

「同じ同士だ。届かぬ星を追い続けるものとしてな……」

 

 フッと何故かそこだけ気取ったように口にする衛。

 教科書を握っていた手を手元で伸ばし、まるでその向こうに広がる世界に手を伸ばすようジェスチャーする。

 そしてやや熱のこもった口調で……。

 

「世間じゃ、所詮絵だの、絵に発情しているだの、キモヲタなどと評されるが俺はそうは思わない。俺はゲーマーで雑食で、奴ら真性が求める真理を完全に理解しているわけではないが、奴らが目指す極点がそんな低劣なものでないことだけは理解している。かの征服王もこういった『届かぬからこそ挑むのだ』と」

 

 ぐっと衛は翳した手を握り込む。

 そこに万感の思いを込めて、まるでオケアノスを望む戦士のように。

 挑むように言葉を紡ぐ。

 

「俺とてこのジャンルに身を浸す身。もちろん初恋の相手は届かぬ先の相手だったとも。だが、俺はこうも思う。届かないからこそ、これほどまでに比類無き熱情を燃やすことが出来るのだと。そう男は、常に大志を前にしてこそ万感の思いと共にそれへ向かってひた走れる! つまりは次元の彼方に愛を吼える愚者(オトコ)たちこそ、戦列に並ぶ戦士に勝らずとも劣らない至高の勇者であるのではないかと──!!」

 

 熱烈に語る衛に唖然とする護堂。

 それに気づいた衛はふと熱を抑え、コホンと咳払い。

 そして……。

 

「ま、つまりはそういうことだ」

 

 言って、紅茶を口に含んだ。

 

 ……確かに閉塚衛という男は神殺しとしては例外かも知れないが、護堂は僅かに見えた地金から察した。

 この男もまた他の王らに並ぶ変人の類いであると。

 

「さて、話は戻るがまだ俺は質問に答えて貰ってないぞ。ハーレムってどんなものかというな」

 

「って、まだその話引っ張るのかよ! ていうか俺はそんなの知らないって……」

 

「主観と客観が違うのは語ったばかりだろうが。ほら、話せ、すぐ話せ。別に俺はお前のどうでもいいイチャコラを聞きたいわけじゃない。何だったら『ハーレム』という言葉を言い直してやる。俺が言いたいのは複数の自分に好意を向ける女性に囲まれた男の心理状態及び周辺事情についてを聞きたいだけだ」

 

「そんなこと言われたって……大体、なんでアンタがそんなことを聞くんだよ。興味だって言ったって、一体全体、どうしたら興味を抱くって言うんだ。女の子ばっかりに囲まれるなんて逆に大変だろ。なんて言うか気後れして」

 

「ふむ。今の言葉で少なくとも俺の知人、数十人は敵に回したぞ」

 

「は?」

 

「気にするな。で、俺が興味を抱く理由だったか? そりゃあお前、リアルとファンタジーでどれほどの差違があるものかという学術的興味だよ。そもそもお前、ハーレムって言葉をどれほど理解している?」

 

「え、そりゃあ……複数の女を妻にしているとか、そんなんじゃないのか?」

 

「大体あってるが、さっきのお前の忌避感を見る限り、どうせ女にモテモテだとか女をとっかえひっかえとかありきたりなハーレムものでありそうな展開の方を頭に抱いているんだろ。確かに俺はそれと比較しているが、現実と幻想を別にする程度の区分はある」

 

 衛はそういって勉強具のペンを護堂の方に向け、授業でもするように説明を開始する。

 

 ──ハーレム。

 それは元々、イスラム社会における文化であり、女性の居室を指す言葉である。

 元来は禁じられた場所(ハーラム)という言葉でいわゆる、聖地を指す言葉だったとか。

 

 主に一夫多妻制、一人の夫に対して複数の妻が居るが故に起こるそれはアジア圏でなじみ深い分野としては後宮と同列に例えることが出来るだろう。ハーレム、もといハレムは夫となる男性以外の入室を固く禁じ、そこで過ごす女性やその子供以外、立ち入ることを禁じたという。

 この文化、発展の背景にはイスラム圏が一夫多妻制と言う他に、イスラム圏で最も信仰されるイスラム教の教えを原点とする『性的倫理を逸脱する行為を未然に防ぐため男女間には節理ある乖離が行われなければならない』という倫理観が影響していると言われている。

 

「そら、よくあっちの人は女性の場合黒いヴェールとかで顔を隠したりしてるだろ? アレだってその倫理観が影響した一種でな。曰く、未婚の女性が見た目の美しさの由縁である髪の毛を隠すことで男から身を守るためにつけるもんで、割と性に奔放な欧州と違ってどれだけ身堅いか分かるだろ?」

 

「アレってそういう意味だったのか」

 

「そゆこと。男女ともに向こうは性別沙汰から身を守る術を数百年前から文化として身につけているって言う……脱線したな。ともかく、現実においてハーレムは別にお前が思っているほど甘ったるく男にとっての天国だったってわけじゃない。キチンとした文化だって事を言いたかっただけだ」

 

 そもそも、とさらに衛は呆れるような口調で続ける。

 

「お前、韓流の時代モノか、或いは大奥みたいな時代劇みたことないか? アレだって一人の男が複数の女性に囲まれている類いの話だが、お前が思ってるほど上等なモノがあったか? 女に囲まれてウハウハの作品があったか? 大抵はドロドロとした愛憎交わるエグいのばっかりじゃ無かったか?」

 

「そういえば確かに」

 

 祖父が見ていた時代劇も、やっていることは現代で言う複数の女性を妻に囲まれた一種のハーレム状態であったが、側室と本妻で揉めていたり、政治情勢が関わっていたり、ともすれば髪を引っ張ったり平手打ちをしたり、何なら複数の側室で一人を虐めたりと一般的な恋愛モノで語られるハーレムとは乖離している。

 ……そのドラマを見た祖父は、『僕ならみんなが幸せになれるよう立ち回れるのに』とか言っていたがそれは今関係ないので忘れることにする。

 

「つまるところ気になるのはそこだよ。現実と幻想、両方を知る身としては俺は興味が尽きない。お前の所はどうなんだよ、八番目の王様。色多き後輩君、やっぱり現実はドロドロか?」

 

 やや身を乗り出して問う衛。

 心なしか目の奥が輝いているかのように見えるのは気のせいか。

 段々と私人としてのこの男がどういうものか分かってきた気がする。

 

「どうって、言ってもなぁ……」

 

 普段の護堂ならばまともに取り合わないだろう内容なのだが、態々歴史を交えて興味の本質から語られたとあっては根は真面目な護堂してまともな話題として取り合い、ついつい身の回りの事を思い返す。

 

 自由奔放、身勝手ながらもいざというときは頼れるエリカ。

 清楚な大和撫子で怒るときは怒れる、一本芯の通った祐理。

 真面目さが空回って時たま困らせられる時もあるが、気の置けない友人としてのリリアナ。

 

 最近出会った恵那はまだ詳しく知らないから何も言えないが三者三様、これまで少なくない苦楽をともにしてきた仲間たちである。護堂としても親愛の情を覚えているし、向こうからも護堂の勘違いで無ければ、まあ好意といいっていいのか、その類いのものを向けられているのだろう。

 だが、愛がどうの立場がどうので彼女たちが明確に揉めたり、それこそテレビなどで見るような大奥のような事態になっているかと言えば……。

 

「いや、そんなことはないぞ。エリカたちはエリカたちで仲いいし、一番自由なエリカを偶にリリアナが文句言うこともあるけど、アレだって多分、悪友とかそういう感じのアイツらなりの友達づきあいなんだろうしな。それこそ本妻とか側室とか、エリカが言ってるときもあるけれど、皆普通に仲いいし、喧嘩なんてないぞ。ましてそんなテレビでやってるみたいな虐めなんて」

 

「ほーん……なァ、それってエリカ嬢が仕切ってたりするのか?」

 

「え? ああ、まあアイツはああいう性格だから俺たちのリーダーみたいなことはしたりするなァ」

 

「なるほどね──おいおいアレク先輩にその女運分けて欲しいぜ。好いた男のためにギスギスしないよう適度に取り持つ愛人とか、この手の問題に無関心な俺でも少しイラッときたぞ……」

 

 何気なく、という風に語る護堂に衛はボソリと口ずさむ。

 自分で言うのもアレだが衛としては一途に思う相手が居る以上、他人の色恋沙汰で嫉妬を燃やすような心を持ち合わせてなど居ないが、それはそれとして聞いた身としては若干イラッとくる。

 なるほど、この嫉妬ならざる義憤の心こそを『リア充爆発しろ』と人は呼ぶのか。

 ゲーマーである衛はこの時、言葉に託された真理を確信した。

 

「……何だよ?」

 

「何でも。ただ大いに参考にはなったよ、現実も幻想も、全ては性格(キャラ)次第、と」

 

「はあ……まあ納得したというならいいか」

 

 言葉を濁すような衛の返答に護堂は訝しむが、取り立てて追求することなく言葉を切る。

 だが、曰く納得したらしい衛はにも拘わらず頻りに護堂を値踏みするよう見る。

 そして一人、なるほど、なるほどと訳の分からない納得を見せる。

 

「まだあんのかよ?」

 

 イマイチ要領の得ない態度の衛に護堂が思わず問いかける。

 すると返ってきた言葉は……。

 

 

「いや、お前を反町とかが嫌う理由が何となく分かった」

 

 

「……は──?」

 

 ──気のせいか、とても聞き覚えのある名字。

 知り合いの言葉をあり得ない人物から聞いた気がする。

 

「なあ、反町って」

 

「あん? お前の学校にいるお前の同世代だ、知り合いか?」

 

「はああああああああああ!? 何でアンタがアイツのことを知ってんだよ!」

 

「五月蠅い。此処はカフェ。店だぞ、騒ぐなよ」

 

 思わず叫んでしまった護堂を衛が咎める。

 護堂自身悪いと思ったので周りに頭を下げつつ衛へと詰め寄る。

 

「ふむ、その反応クラスメイトか友達か、世間は狭いな」

 

「そういうことじゃなくて、なんでアンタとアイツが……」

 

「同好の士に立場も場所も関係ないんだよ。てかその様子だとお前、名波と高木も知り合いか」

 

「全員クラスメイトだ。何処でアイツらと知り合ったんだよ?」

 

 アンタ別の高校だろと言外に告げる護堂に衛は一つ頷く。

 そして、肩を竦めながら事の奇妙さを笑うように微笑して、

 

「全く意外な繋がりだな。そういうことなら一から説明してやる、知り合ったのは丁度今から一年前、我らオタク族が聖地(メッカ)──秋葉原での事だった……」

 

 そんな語り口調で、衛は過去を打ち明けた。




何か久しぶりに日常回的なモノを書いた気がする。


ところで本編には全く関係ないが最近、Twitterを見ていると作者フォローの方々が皆ポケモンに熱を燃やしている件について。

やっぱり流行っているのだろうか? 

ブラックホワイトを気にポケモン卒業済みの作者としては面白いのか気になるぜ。何せ今回はちょっと別格に流行ってるので。
作者もイーブイ求めて参加すべきか。そもそもイーブイ居るのか。そして耳にするブティックとは何なのか……気になって夜も眠れないぜ(寝れないと言っていない)



最後に、作者はブラッキー派です、でも偶にグレイシアに浮気します。(どうでもいい)

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