極東の城塞   作:アグナ

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新章開幕……!
そしていきなりの波乱の兆し。

この辺りから原作とは乖離していきまする。
原作遵守がええやんと言う人はバックオヌヌメ。

スサノオ殺しといて今更感定期。


列島騒乱
大戦舞曲~ティタノマキア~


 空──本来は澄み切った青空が広がる大天空にはまるで屋根のような閉塞感を齎す曇天が堆積しており、加えて吹きすさぶ暴風、暴雨、落雷、荒れ狂う海と……それはさながら世界が激情しているが如くの大災害。

 

 此処はクレタ島。

 嘗て一大文明の中心地となり考古学的も神話的にも重要な役割を帯びた場所だ。

 かの有名な世界の中心(エアーズロック)が地球の中心点であるならば、このクレタ島こそが文明の中心点と言えるのかも知れない。

 

 そんな場所で今まさに二つの人影が雌雄を決っさんと交錯した。

 

「オオオオオオオォォォォォォッ!!!!」

 

「ぐっ、この父が! 人間風情に! 貴様はッッ────!!!」

 

 一人、影の主は紛うこと無き人間であった。

 東洋人なのだろう、東の人間が童顔なのを加味してもとにかく若い。

 青年とさえ呼べぬその少年は両手斧を構え、力の限り全身全霊の威を以てもう一人の影の主へと肉薄する。

 

 込めるは悲嘆、憎悪、激怒──そして託してくれた相手への敬意と憧憬。

 誰よりも優しかった師のために、信じて送り出してくれた親友のために此処で敗北するなどあり得ない。例え神であろうと、この激情よ、天へ届けと咆吼する。

 

 対してもう一人の人影は、型こそ人でも人では無かった。

 彼こそ、流離う神々、まつろわぬ王。

 時代の転換期に父権の象徴としてあらゆる女神を取り込み、終ぞ全知全能の神として天地冥界の三千世界を統べた最高神。

 

 本来、人が届かぬ天蓋である。

 知勇兼備で尚及ばず、

 天運味方して尚及ばず、

 古今に名高い英雄とて、届くこと無き天蓋である。

 

 それが、今、たった一人の人間に脅かされている。

 ならばもはや相手はただの人間ではない。

 歴史上、数多台頭してきた王者、覇者、英雄、偉人──。

 

 それら輝く星々をも超過する人間が人間たるが極限。

 何処までも果てを征くという祈りの結晶、神と対する者。

 

 ──神々こそ絶対の正義であると世界が、運命が言うならば。

 神と相対できる存在など、その対極の存在しかあり得まい。

 

 エピメテウスの落とし子。

 愚者の申し子。

 ラクシャーサ。

 デイモン。

 堕天使。

 混沌王。

 

 即ちは──魔王。

 

「────神殺しィィ!!」

 

「討て──!! 『汝、輝く星々を墜とす者(ケラヴノス・アストラ)』ッ!!!」

 

 其は、三千大宇宙を崩壊させる星の一撃。

 神々の王が携え、女神信仰において尚、落雷の象徴としてあった神器。

 

 人知未踏のプラズマは大気を焼き、空を焼き、宙を裂く。

 地を覆う天蓋は両断され、天を支える柱の如く、空を衝く。

 

 此れぞ正に天墜。

 

 闇を引き裂き、黄雷の極光が明星の如く輝いた。

 

 

「が、ぁああ……あ゛あ゛あ゛ァァァァ!! おのれ、貴様、おのれ……!」

 

「ヅ、オオ……くは、見たかよクソ神……ざまァ見やがれ………!」

 

 

 鎖骨から胴体を斜め一線の袈裟斬り。しかも帯電する超電圧の一撃は傷を焼き切り、中身へも致命打を叩きつけている。

 端的に言って、満身創痍。もはや神々の王の命運は尽きていた。

 

 そして──それは人間側も同じ事だ。

 

 人のみで雷霆の権能を振るったのだ。

 そのフィードバックで両腕は焼き爛れ、二度と回復できないほどの大怪我。

 加え、至近での雷霆との遭遇は生命活動をする上では余りにも致命的な心臓への大打撃を成している。多大な麻痺は意識と感覚と機能を奪い、生命の鼓動は一拍を刻むたびに彼を死へと追い詰めている。

 

 だがそれでも少年は笑っていた。

 神々の王を撃滅した武勲と誰かを守れた達成感に。

 

 ならばもはや是非も無し。

 今日、この日、この場所で、命を使い切るのに躊躇いはない。

 

「俺は身勝手で、偏屈で、他人なんぞどうでも良い人でなしだが……それでも!」

 

 大衆(だれか)がどうなろうとどうでもいいし興味も無い。

 自分が変わり者で、奇異の目で見られようが関係ない。

 我思う故に、我はあり──他人の目を気にするほど俺は弱くない。

 

 それでも──こんな俺を友と呼び、情を結び、縁を築こうとしてくれる友人、縁者、顔見知り。

 そいつらが助けを、頼りを、誰かの手を望むならば。

 必ず応じようと決めているのだ。

 

「仲間だけは──絶対守ると決めてんだ!! 文句あるか! クソが!」

 

 細かい事情など知ったことか。

 善悪の有無など知ったことか。

 

 決めたからには貫き通す、守る抜く。

 それが誰の目も気にせず、自らを突き進む彼の唯一の誇りだから。

 

「──愚かしい……!」

 

 故に──その宣誓、その魂を、神々の王は愚かと弾劾する。

 

「秩序に、正義に、神々に……一個人の我が儘で逆らうというのか!?」

 

「うるせえバァカ、勝手に決めたルールに何で俺が従わないといけない?」

 

 秩序とやら、正義とやら、そして神々とやら。

 結局、それらはそれら概念を生み出した者が勝手に決めたものだ。

 

 皆やっているから秩序のために我慢しろと?

 必要な犠牲だから正義のために犠牲になれ?

 神々の決定だから大人しく人間は滅び果てろ?

 

 ────巫山戯るな。

 

「俺にとって大事なのは仲間たちとオモシロオカシク駄弁って遊んで自由に人生謳歌することだ。秩序だの正義だのとご大層な名目には興味も無いし、糞くらえだ」

 

 友達と遊ぶのは楽しいし、世界旅行も悪くない。

 サークルで馬鹿騒ぎするのも、毎日は鬱陶しいが偶には良いだろう。

 だからこそ、そんな日常を守りたいと切に願う。

 変わった連中との変わり栄えしない日々こそ、俺にとっての黄金だ。

 

「第一……なァ。アンタと会ってから、ずっと言ってやりたかったんだがなァ……」

 

 ……ああ、そうだ。

 目の前の神ならずとも、ご大層な大義とやらを持つ連中。

 そいつらは常に世界がどうだのと色々ほざいているが……。

 

「テメエの意見一つで大上段から、勝手に世界を語ってんじゃねえぞッ!!」

 

 十人十色、千差万別。

 世界は単色で出来ていないのだ。

 一つの色、一つの概念で世界が語れて堪るものか。

 

 正義か悪か、神々か人々か。

 そんなことでしか語れない奴こそ愚かであると知るが良い。

 

「……………そうか」

 

 その言葉に、神々の王は驚愕と衝撃、そして絶望を知る。

 

 嘗て──彼が知る世界はもっと単純だった。

 繁栄する世界と絶対者として君臨する神。

 

 人は神を敬い、神は秩序を敷きて世界を統べる。

 調和と安寧による緩やかな栄えこそが世界だった。

 

 だが、もはやこの地に信仰はない、神はいない。

 神から与えられた地を以て自らが頂点と名乗る人間。

 増長する傲慢は海を穢し、森を害し、大気を汚す。

 森羅万象の全てが己のものであると言わんばかりに。

 

 挙げ句、正義を、調和を、秩序を。

 知らぬ存ぜぬと振りほどき、己の感情がまま混沌を齎すその在り様。

 

 ──混沌(カオス)

 

 これでは黎明期への回帰である。

 おお、なんと罪深きことか。

 神への信仰を忘れるに留まらず、世界をもかき乱すとは!

 

「なるほど、あい分かった。なればこそ我がこの地に召喚されたが定めを、運命を、我が成すべき事を……!」

 

 ならばこそ己は神話より流離ったのではない。

 新たな秩序を敷くべしと、新世界の覇者として運命に選ばれたのだ。

 

 お前たちが嘗ての威光を忘れたというならば、

 お前たちが嘗ての信仰を忘れたというならば、

 此処に再び、神代の世を築く。

 

 遍く神々よ、照覧あれ。

 旧き秩序よ、斯くあれかし。

 

「愚かなりし人よ、神に牙を立てた獣よ、貴様らに未来はない。貴様らに新世界での居場所はない! 増長が過ぎたな罪人共、この神々の王が、再び天を統べ、必ずや新たな秩序を築き上げる……その時こそ、貴様らの生きる未来は無いと知れ──ッ!!」

 

 世界に響けと宣するように神々の王は咆吼し、その場を後にした。

 残ったのはもはや未来無きか弱き命。

 

 ……神に逆らった勇者は、得てして、天罰を受けるもの。

 偉大なる功績は大気の焼かれる綺羅星の如く。

 打ち立てた代償に自壊を齎す。

 

「でも……やってやったぞ、はははは……」

 

「ええ──お見事です。想像以上の生徒の活躍に、教師として感無量ですよ」

 

 と、静寂が落ちる夜の荒野に新たな人影が前触れも無く出でる。

 

 風に揺らめく稲穂を思わせる黄金の髪の毛。

 優しく細められたエメラルドの瞳。

 男であるならば目を奪われるだろう女性的な豊満な肢体。

 

 絶世の美女と言わんばかりの蠱惑的な雰囲気の女性。

 だが、それでいて、決して下卑た感情が映らない。

 寧ろ真逆に、犯しがたい聖性を帯びているのは彼女が放つ、生命の回帰本能を燻るほどの母性が成すものか。

 

「ああ、先生……すいません。無事に帰ると言ったんですが……」

 

「ええ、本当です。……はぁ、全く。その様でよくもまあ約束などと言えたものですね」

 

「ははは、言葉もないです」

 

 向かい合う彼と彼女は果たして教師と教え子なのか。

 勝手に知ったるかと二人は二人だけの会話を続ける。

 

「とはいえ、そうですね。元より貴方を見送ることになったのは私の不徳が成すところ。私には庇護者としての責任があったのに……」

 

「いや、先生は十分に活躍してたと思いますよ。万全だったら俺はどうあってもアイツに勝てませんでしたし、そもそも先生が粘ってくれたからこそ、俺は親友の窮状に間に合ったわけで……恩師とこうして出会い、言葉を交わす時を得られたのだって先生のお陰だ。だから貴方が悔やむ必要はないでしょう」

 

 憂いに翳る瞳を拭うよう彼は言葉を投げかける。

 貴方は十分以上に役目を果たしていると。

 もはや見えていない目で、脳裏に残る残影を頼りに。

 

「……まさか教え子に慰められるとは、生意気ですね」

 

「好意は……素直に受け取っても、いいでしょうに……」

 

「それは出来ない相談ですね。私にとって、教え子は何処まで行っても教え子。いつの世であろうとも愛すべき存在ですから」

 

 だから、慰められるわけにはいかないと彼女は言う。

 言いながら彼の頭を優しく撫でて……。

 

「ですが……そうですね。教え子といえど、貴方は誰にも出来ない偉大な功績を打ち立てた勇者。神々の王に反逆の狼煙を上げた、愚かで罪深い我が仔なれば。勇者の功績には、また女神は報いて然るべきなのが古からの習いですか」

 

「……先生?」

 

 困ったように、苦笑するように笑みを浮かべて、先生と呼ばれた女性は若き勇者を壊れ物でも扱うように抱きしめる。

 そして優しくも厳しく、彼を言祝ぐ。

 

「──神々の王は先ほどの問答を以て世界に見切りを付けました。ならばこそかの王は此度の騒乱も及びつかないほどの大災厄を世界に齎すでしょう。人類を間引かんとしたトロイアの戦乱が如くに。

 

 ……人の世に再び神の時代を築く戴冠決戦(ティタノマキア)を」

 

 原初の天空神は人を許さない。

 人知及ばぬ天蓋にて、人の進化を叩き潰さんと欲するだろう。

 その時こそ、守るべき誰かは悉く悲運の運命を辿る。

 

「だからこそ、私は貴方に託してみたくなりました。人のみで神々の王に逆らって見せた気概、誰よりも友を愛し、守らんとする誠実な性。……誰かに優しくその性根こそを私は信じたい」

 

 コツンと、額が触れ合う。

 極至近距離で見合う彼女の顔は今までに無いほど優しげで。

 

「全てを守れ、などという傲慢は言いません。それは他ならぬ神の所業であり人の世を生きる貴方の成すべき所ではない。ですから、どうか貴方が大切だと思う者こそを守って欲しい。そのために私は、貴方に力を託すのですから」

 

「先生? 何を……」

 

「選別です、受け取りなさいな。気高く弱い勇者様。教え子の成した偉大なる功績に私は賞賛と礼賛、神託を持って報いましょう」

 

 そして触れ合う唇。

 驚愕と困惑を顔に浮かべる彼を見て、彼女は悪戯っぽく笑い、

 

「出でませ、パンドラ。今こそ、貴方が成すべき所を成しなさい」

 

『ふふっ──これはまた、大女神様の祝福なんて、私の子供にあるまじき新生だわ!』

 

 彼女が呼びかける。

 すると何処からか、声が響き渡った。

 声の主は不明なれど響く声は甘く可憐で、何処までも楽しげだった。

 

「不服ですか? 輝かしい戦の果てにこその誉れであると?」

 

『いいえ、不満なんてあるものですか。神王相手に真っ向切っての大決戦! 仕留め損なおうとも十分に見応えのある戦いだったわ。だからこそ大女神様は勇者として彼を認めたので無くて?』

 

「然り。であれば……何の問題もありませんね?」

 

『ええ、ええ、他ならぬ大女神様が認めた器。……少々変則的ですけれど大女神に認められた我が仔というのも一人ぐらい居たって良いでしょう!』

 

「──待て、先生、俺は……」

 

 交わし合う言葉と言葉。

 その響きにどこか不吉な予感を感じたのか、彼は師に手を伸ばす。

 対する師は困ったような表情のまま。

 

「どのみち、私では何れ流離う定めのまま守るべき愛し子らに牙を剥くのみ。ならばこそ私のなし得る役目を成した貴方にこそ私の力を相応しいと確信しました。だからどうか嘆かないで欲しい、悔やまないで欲しい。私は私の意思で以て貴方を信じ、託すのですから」

 

「せ────」

 

 止めろ──という静止の言葉は。

 

「パンドラ」

 

 有無も言わせぬ彼女の声に止められる。

 

『いいわ。大女神様が認め、託すというならば、その誕生を言祝いで頂戴! 神敵でありながら女神に認められし、七番目──尤も若き魔王に連なる我が子へと!』

 

「ならば願います。我が教え子──これぞ今生最後の教授です。貴方が大切だと思う悉くを守り抜きなさい。黄雷の盾として遍く絶望を焼き払い、希望の光で以て神々をも焼き殺す気高い祈りの化身たれ! 人の世を照らす光であれッ!!」

 

 瞬間、激痛が彼の総身を苛む。

 マグマの泉に付けられたが如く、熱く、熱く、熱い。

 まるで我が身が生まれ変わるように。

 

 だが、その痛みを置いて彼が気に懸けるのは師のみ。

 今にも光となりて消えんとする大切な恩師のみ。

 

「待ってくれ先生! 俺は貴方にまだ何も────!!」

 

「我が教えが貴方の胸にある限り、それこそ我が足跡、我が残影なのです。最後まで貴方らしく在りなさい、それこそが私に対する返礼というものですよ、神無き時代の我が教え子──どうか、良き旅を」

 

 いっそうに視界を覆う黄金の輝き。

 最後に優しく微笑む彼女の笑顔を見て──。

 

 七番目の神殺し──彼、閉塚衛は暗転した。

 

 この日、新たなる王冠が世界に産声を上げた。

 

 

 

 

 ────その誕生を、忌々しいと思うが故に是非も無し。

 獣への憎悪を秘めながら来たるべき決戦に向け王は手を打つ。

 

「……フン、あの小僧め、あの恥知らずな女神め」

 

 脳裏に過るは獣の誕生劇。

 神々の王が天の思惑を凌駕せんと定めた一幕だ。

 逆らう愚者の姿、情に絆される女神。

 

 何一つ、何一つ、ゼウスは忘れてなど居ない。

 

「神によって秩序は成される。神によって調和は成される。故にこそ、この混沌と渦巻く人の世を糾さねばなるまい。森羅万象、其れは神の手にあるが故に」

 

 行きすぎたものは転じて害となる。

 

 人が繁栄すれば自然が破壊されるように。

 人が繁栄すれば獣の住処が犯されるように。

 際限なき人々の営みは神の思惑を超過して、惑星を脅かすようになった。

 

 なればこそこの混迷とした世に再び神による秩序が齎されるべきだ。

 人は、人。獣は、獣。そして神は、神。

 領分を侵したものには天罰を。

 森羅万象のなんたるかを────神々の父の名の下に証明する。

 

 そのために。

 

「いざ、先駆けとして贄となれ……暁の女神よ。お前の知恵を持ってして、『最後の鋼』に届かせる鍵の在処を証明せよ」

 

「我が神殺し様との愛の巣に土足で踏み入る不埒者が何者かと思えば──よもや、貴方様であったとは。如何に神王といえど無礼が過ぎますわ……神々の王ゼウス様!!」

 

 南海の島で神話が激突する。

 

 

 

「──この羅濠、廉恥の心を忘れた愚物にあらず。功を立て、財を献上した者へ報償を惜しむつもりはありません。褒美を取らせましょう」

 

 そう言って、絶世の佳人は目前に平伏する女、グィネヴィアに言葉を下す。

 目の前の彼女が神祖であること、彼女が瀕死の同胞を現状してきたこと、それが羅濠が宿敵と定める英雄と雌雄を決する機となること……。

 

 そして羅濠にとって喜ばしい献上品の裏に何らかの思惑があるということ、その全てを承知しながら羅濠は堂々たる振る舞いで言った。

 

 そう、神祖が何らかの思惑ありきで話を持ち込んでいることなど百も承知。何故ならば彼女こそこの世に君臨する武の頂点、人類最強の戦士の一人。

 

 姓は羅、名は翠蓮、字は濠。

 人呼んで羅濠教主。

 今世において二番目を冠する旧き世代の神殺しであるが故に。

 

 罠あらば拳で以て粉砕する。

 陰謀あらば一剣以て断裁す。

 謀反あらば王威を以て圧倒す。

 故、万事事無し。これ即ち王者の振る舞いなり。

 

 自らを武の極点と言って憚らない佳人にとって、神祖の思惑など一考だに値しない事である。潜在的な敵手であろうとも、羅濠が望むところに貢献するというならば功でもって報いることこそ王者の成すところである。

 こうして呼び出しに応じ、思惑に応じ、自身の道を沿わぬ限りにおいて神祖の思惑通りであろうとも乗ってみせる。

 

 だからこそ、てっきり彼女はグィネヴィアが己の力で以て何らかを成さんとしている、そう考えての言葉だったのだが。

 

「──何も」

 

「……?」

 

「何も頂戴するつもりはありません」

 

 恭しく頭を下げたまま神祖はそう言い切った。

 そう、彼女は何も望まない、何故ならば羅濠が望む所こそ、彼女の望むところでもあるのだから。

 

「教主が雌雄を決さんと望む、かの《鋼》の英雄殿。その復活がなされた時点でグィネヴィアの望みは半ば叶ったようなもの。後は英雄殿と教主との決戦を以て、我が企図を実現すべく、舵を切るのみです。教主が勝利されど、英雄殿が勝利されど、何れの結果となろうともこのグィネヴィアに不都合はないと思し召せ」

 

 絶世の佳人が唇を歪める。それは微笑。

 どう転んでも己の都合通りになると。

 

 つまるところ羅濠の行動こそが己の思惑の通りになると堂々と宣した彼女の意気に羅濠は満足を覚えたのだ。

 

「よいでしょう。わたくしに恵みを乞うわけでも無く、わたくしの力を欲するわけでもなく、わたくしを用いて、己が意図の利としてみせる。……その意気や良し。それは羅翠蓮の好みに叶う返答です」

 

「恐れ入ります教主」

 

 再び恭しく頭を下げるグィネヴィア。

 以て、彼女の思惑は結実する。

 遙か東の果て、極東に眠る鋼の英雄。

 

 その目覚めと激闘は此処に確定した。

 

 ──ならばこそ、神祖の思惑に合わせて大神の謀もまた。

 混沌以て混沌を征す。

 災い以て災いを征す。

 

 来る戦乱に先かげて己の望みを叶えんが為。

 炎に薪木を添え、更なる大火に誘う。

 

 

 

「おお、アンドレア! 親愛なる我が友よ! 何ということだ、君がこんなにも無惨な姿になってしまうなんて!」

 

 仰々しい、ともすれば演出染みている様で陽光日差す浜辺に映える金髪の髪を風に揺らしながら、アロハシャツ姿の青年……サルバトーレ・ドニは嘆く。

 

 目の前には長年の友人、アンドレア・リベラ。

 イタリアに君臨する神殺しの片腕として『王の執事』名高い、大騎士はあろうことか白目を剥いて、首から下を砂浜に埋められている。

 

 凡百の騎士を凌駕する彼をこんな無惨めに合わせられるなど、下手人は並の使い手ではあるまい。一方的にこんなことが出来るものなど……というか彼をこんな目に遭わせられるものなどイタリア広しといえどたった一人しか居ない。

 

 仮にも目の前の青年の意識があれば、顔を真っ赤にしながら叫ぶだろう。

 即ち──犯人は貴様だ、この大馬鹿者め! と。

 だが悲しいかな、彼は白目を剥いて気絶している。

 

 それ即ち、サルバトーレ・ドニ──六番目の神殺しにして史上稀に見る天才剣士を御し得る存在の不在を意味する。

 おいおいと白々しさ極まる嘆きを叫ぶこそ数分。

 満足したのか、ドニはケロッとした顔で涙を引っ込め、その場を辞する。

 

 ザッザッと砂浜を踏みしめながら、そのまま波が押し寄せる海へと。

 シチリアはファヴィニャーナ島にある『青い入り江』を意味するカーラ・アッズーラの一角に留められている一隻のガレー船の下に下半身は愚か、首元まで浸かりながら辿り着き……水の抵抗を無いものと跳躍、船へと乗り移った。

 

「不運なことにアンドレアは倒れ、深謀極まる片腕を失った僕はまんまと敵の手によって攫われてしまった! ……というわけで目標は日本、よろしく頼みよ君」

 

「────…………」

 

 どの口が言うのかという言葉を吐きながらドニは先んじて船に乗り込んでいた人物、アメジストの瞳が印象的なローブ姿の魔女……メディアに呼びかける。

 メディアはそれに対して言葉を返すこと無く杖を振る。

 

 すると、何処からか船に乗組員が出現した。

 一人一人が屈強な有様の……明らかに常人ならざるそれらが船をこぎ出す。

 

「ふふ、待っていると良い、ともに護堂を争う我が恋敵(ライバル)よ! 君が護堂を争うに相応しい戦士か否か……僕が手ずから測って見せようじゃないか!」

 

 そう言って、イタリアに坐す神殺しはシチリアを立つ。

 目指すは日本、狙うは絶対城塞。

 剣を極めし享楽の王は切れ味をその高めるために新たなる敵を狙う。

 

 神殺しを乗せたアルゴー船は極東めざし突き進むのであった。

 

 

 

 故、以てして新たなる騒乱の気配は此処にあり。

 日本を舞台に神殺したちが激突す────。




剣 バ カ 参 戦 。

いやもうなんていうか、アイーシャ夫人並に不吉ですね(棒)


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