極東の城塞   作:アグナ

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ぐぐぐ、年末はイベント尽くしで辛い……。
Fate/、シルヴァリオ、よう実、ゆずソフト新作……。

誰か、私に資金と時間を与えたまえ……(特に後者が切実)


閉ざされた塚の家

「顔見せ?」

 

 発端はいつも唐突だった。

 

 時刻は昼時、場所は学校。

 既に恒例となっている衛と桜花と蓮の集りでの一幕。

 

「……はい。その、お爺様は特に何も言ってこなかったのですが、お母さんと宗像の御屋形様が目出度いことだから、と」

 

 怪訝そうに眉を顰める衛に桜花は申し訳なさそうに言う。

 それに対して蓮は面白そうに肩を竦めた。

 

「くくっ、男を見せる時じゃねえか大将。遂に娘さんと付き合っているぜ挨拶アンド娘さんをくださいフラグだな。九州は人情の(くに)やけん、気合い入れろよ」

 

「何でエセ方言を? ……つーか、そうか。俺の立場を考えれば、そりゃあ向こうにだって伝わるか、おのれプライバシーの侵害……!」

 

「くははは、寧ろ今まで伝わって無かった方が不思議だろ! 姫さんは昔っからあからさまだったろうに、それが動いた(・・・)とあっちゃあ、考えるまでもねえだろ。向こうは身内も身内だぞ。その手の話題は正史編纂委員会の連中より察しが良いだろうよ」

 

 ケラケラと笑う蓮。

 その何処までも他人事な態度に……事実、他人事なのだが、衛は恨めしげに呪詛混じりの視線を向ける。確かに蓮にとっては今回は、関係ないにも程がある事案だが、一方の衛にとっては神殺しに匹敵する難儀であるのは間違いない。

 それを笑うとはマジ貴様一回シバいてやろうか……。

 

 衛の視線は雄弁にそれを語っていた。

 

 

 ──英国遠征を期に衛と桜花は正式に付き合っている。

 

 基本的に距離感の近い二人であるから傍目には中々、感じ取れないものであるが、二人の関係は明確に変わっていた。

 

 近衛から相方へ、従者から伴侶へ。

 それは蓮を始めとした『女神の腕』面々にとってはとっくの昔に知れた事実であり、甘粕経由で正史編纂委員会も既知の情報である。

 

 しかしそれも衛の活動圏が関東であること、草薙王の出現に伴い、委員会の影が今まで以上に見え隠れしていることという二つのお陰が強く、それこそ第三者の目から見れば衛と桜花の関係は今までと変わらないように見えることだろう。

 

 なので、先の英国遠征より数ヶ月、十月の上旬のこの時期まで王に伴侶が出来たという割と重大な事件は槍玉に挙げられること無く終わっていた。

 故、『女神の腕』で報告しただけの蓮やせいぜい委員会で王に愛人を押しつけようとする動きを封じる程度の活躍をした甘粕も、衛や桜花といった当人さえ、取り立てて大きく騒ぐことも動くことも事なき日常を送っていたのだが……。

 

 

「九州、『民』の組織『裏伊勢神祇会』。そこの重鎮、宗像の君の呼び出しとあっちゃあ流石に断れないんじゃねえか大将」

 

「だろうな、というより政治のうんぬん抜きで身内への挨拶は断れん」

 

 このたび、特に関係を秘していたわけではないが、桜花の古巣にキッチリバレてしまったようで一度挨拶に来いと呼び出されたわけである。

 九州に根を降ろす神祇を奉ずる宗派が一堂に席を並べる『民』の大一派『裏伊勢神祇会』に。

 

「それに最近は委員会に力を貸して貰うことも多くなったが、日本での《同盟者》と言ったらまず『裏伊勢』だからな。宗像氏は勿論、桜花の祖父である檀行積老にも何かと世話になった。挨拶するのは人としての筋だろ」

 

 脳裏に呵々と笑う豪放磊落な中年と寡黙な修験僧を浮かべて首を振る。

 気分は重いが政治や組織のアレコレに関わり少ない衛をして此度の呼び立てを断るわけには行くまい。

 

「まあ、何れ通らなくてはならない機会が早まっただけだ。大人しく挨拶に行くとするさ」

 

「……その何かすいません」

 

 割とあっさりと言う衛に桜花が頭を下げる。

 今回の件は自分の身内が端を発することだからだろう。

 衛に気を遣わせたことを申し訳なく思っているのだ。

 

「姫さんが謝ることはねえだろ。両親にとって大切な一人娘だ。相手が神殺しであろうが何だろうが不貞な男を測ろうってのは当然じゃねえか」

 

 一方、往年の友人は容赦が無かった。

 というより格好の話題に加え他人事である。

 この上なく楽しんでいた。

 

「蓮、誰が不貞な男だ」

 

「おっと間違い、確かに大将は不貞じゃなくて不義理だったか」

 

「おい」

 

「言い返したいなら少しは本当の意味での身内にも目を向けるんだな。京都古豪商家の長男坊さん。閉塚の家とは随分疎遠なようで」

 

「……ふん、アレはそういう一族だ。集めた財を管理することが好きな連中だからな。一族を重んじる南雲爺はともかく、他が一々、碌に顔も見せない気に掛けるものかよ、うちの親父殿や母上殿ですらこの現状だぞ」

 

「知ってる。ま、友達も大事だが、家族も大切にしろと俺は言いたいだけだよ、ほら、これからお前も家族の大黒柱になるだろうからな」

 

「話題が早ぇよ! つーか、どの口で言いやがる同年代!」

 

「はははははははは、この口だよ神殺しの大将殿!」

 

 この野郎、と掴みかかる衛をひらひらと回避する蓮。

 今回は神々にまつわる事件やら、物騒な話題で無いためか二人の調子は緩かった。

 

 その男同士特有の友情に少しだけ疎外感を感じながら桜花はふと、二人の言葉に思い立って様に言葉を挟む。

 

「あっ、そういえば挨拶と言えば。私も私で衛さんのご両親に挨拶した方が良いでしょうね」

 

 確かにこの手の話題で動くべきは男方だが、桜花も桜花で息子と付き合っている彼女として衛の親に挨拶するのが筋であろう。

 だが、常識を口にする桜花に衛は何処か醒めた様子で。

 

「いらんだろ。どうせ、『そうか』で終わるだけだ。桜花の家……古神道から続く歴史を聞けば或いは歴史狂の誰かが食い付いてくるかもしれないけどな」

 

「それは……」

 

 縁浅きものとて身内を大切にする。

 そんな衛を見てきた桜花をして、衛の対応は今までに無いものだった。

 まるで他人事のように自らの家族を語るその様。

 

 予想外の態度に桜花は困惑に口ごもるが、それも一瞬。

 少しだけ真剣な表情で衛に向き合う。

 

「私は衛さんの家族に対してはよく知りません。こうして私が言うのは筋違いで野暮なのかも知れません……ですが、衛さん。衛さんのご両親だって、他ならぬご両親(・・・)なんです(・・・・)。ですから、きっと自分の子供のことに──」

 

「無いな、残念ながら」

 

 桜花が言い切る前に衛はやはり醒めた表情で断言した。

 次いで、やや憂いを帯びた表情をしてため息を吐く。

 

「とはいえ、桜花の事だから気にするし、気を遣うか……この際だから桜花にも俺の一族について少しだけ話しておく」

 

「衛さんの一族……」

 

 態々、人の家族まで気を回してくれるとはよく出来た少女だと思わず内心苦笑を浮かべながら衛は特に隠すつもりもない家族について話し始める。

 『女神の腕』連中を初めに、親しい友人なら殆どが知っている家族事情を。

 

「そ、時たま話題になる時も今まであったけどな。もう多分、察しがついてもいるだろうが俺の一族は蓮の家みたいな一般家庭じゃない」

 

「どーも、一般家庭の長男坊です。因みに祖父母も同じく」

 

「蓮、茶々入れんな……江戸時代に起こった商人一家、それが俺の身内、閉塚一族の起こりだ」

 

 閉塚家──江戸時代に京の都で起こった商家で、その本来の歴史はもっと時代を遡るとも言われているが、少なくとも家系図は江戸から続いていた。

 

「時に話は変わるが桜花、俺の名字の一字、『塚』って漢字にはどれくらい理解がある?」

 

「え? 『塚』の意味ですか……?」

 

 唐突に振られた問題に桜花は困惑する。

 普通に漢字の意味を問うならば、地面が盛られた様、何かが堆積した様子などを指す漢字であるが……。

 

 だが桜花は言葉の流れから、そういうことを問われているのでは無いと察し、即座に己が知るもう一つの意味合いの方を口にした。

 

「『塚』の字は墓と同じく宗教的にそして信仰的に大きな意味を持ちます」

 

「やっぱり知ってたか、古来より日本っていうのは自然信仰が盛んだ。傍から見ればただの自然現象によって偶発的に出来たものであろうが、何らかの信仰的な意味合いを付けたり、信仰そのものを生み出すことがある」

 

 神道の始まりは一説によればなんの変哲も無い山を神域と拝むことが始まりだったという。山に住まう神々という超常現象、それらが生み出す加護、権能。

 そういったものは跡づけに過ぎず、形在るものに形無き概念を見いだして祈るのは日本での信仰形が持つ特徴の一つであると言えよう。

 

「『塚』もまた、その一つ。取り分け『塚』の字はお墓の概念と近い。尤も『塚』の字の場合は身内の供養を旨とするお墓と違い、もっと広義的な、万人が弔う祖霊信仰などに基づく意味を持つ漢字だ。例えば古墳とか、首塚とかな」

 

「存じています。確か鎮魂に類するお墓に塚という言葉が当てられるとか。衛さんが例に取った首塚などから言うと平将門などが例に取れます」

 

「ああ、確かに。平将門は怨霊の代名詞だからな。死後、呪われないように丁寧に鎮魂、供養する意味でも首塚は立てられたから例に取るには的確だな」

 

 我こそが真なる天皇である、と宣し、自らを真皇と名乗った平将門はその死に様故、多くの人から祟りと呪詛を恐れられたという。

 晒された首は恨みを持って万人を呪い殺すと。

 そこで立てられたのが首塚、将門の呪いを諫め、荒ぶる御霊を鎮めるための鎮魂の儀礼所。『将門塚』と言えば、割と東京では有名どころだろう。

 

「祖霊崇拝、荒魂鎮魂、塚はそういったものを奉るための場所を指す言葉として多く使われる機会を持つ言葉だ。無論、死者の鎮魂だけじゃ無く、小さな山や丘に祈願祈祷、感謝を述べる意味合いとしても使われるから一概に墓と同意義であるとはいえないがな。古神道にある概念としちゃあ、こっちの方が親しいだろ」

 

「古神道の根底には八百万に付喪神……万物に神や命が宿るという概念があるからな。器物にだって崇拝を向けるときもあるんだ。そりゃあ一見して意味の無い平坦ならざる盛り上がりにだって意味を見いだすか」

 

「そういうことだ、まあ、塚の意義はそれだけじゃないんだが……桜花」

 

「はい、古神道は我々の信仰ですから存じておりますよ。塚の字は死者鎮魂以外にも信仰的な意味を持ちます。例えば境界などが一例に挙げられますね」

 

 境界……それは古神道のみならず日本の信仰の根幹にある概念だ。

 現世、神域、死後の世界……複数の世界観に分け隔てられる日本の信仰においてそれら場所、世界を分けるものとして境界は尊ばれる。

 

 重要な場所には注連縄を引き、結界を行う。

 逢魔が時などというように一定の時間帯を気に世界が変わる。

 峠、坂、橋や門、さらには集落の中と外、等々。

 

 見渡せば境界という概念は何処にでもある信仰として日本にある。

 それこそ自らの生活を振り返れば、行動や場所、関係に一定の『線』を敷く考えは日本人として馴染み深い考えとして思い返せるはずだ。

 

「結界的意味合いに当てるならば『塚』の字は神奈備、磐座、神籬なんてものとは同意味の言葉と言えるか。土を持った場所を導として奉る境界。古事記にはイザナギとイザナミが鬼神の追っ手を阻むため岩を結界として使ったらしいな」

 

「はい、記憶が確かならば千引の岩、といったはずです」

 

「そうなのか? ……まあ、そこら辺は置いておいて、その逸話から磐座……塚の概念は結界の意味合いも強くなったという。磐座信仰から結びつき、結界の神として賽の神が生み出された。さらに結界神、賽の神と猿田彦、瓊瓊杵尊、天宇受賣命の神話に結びつき、結びついた二つの信仰から道祖神信仰成った、と。つまり……」

 

「『塚』の字は場を示す導、或いは場を囲う結界を差す言葉、ということですか」

 

「そういうこと。そして、此処からが本題だ。名は体を表すとはよく言ったが、閉塚の家は正に代々一族全員が言葉通りの性質を持っていたのさ」

 

 何処か面白話のように自らの一族を自嘲する衛。

 塚の字の通りに、結界が如く閉ざす塚の一族を。

 

「自らが財と定めたものを囲い、閉ざす。閉塚一族はそういう気質を持っているんだよ。初代は商家、つまりは金だな。大概、財って言うのは手段として集め蓄えるものだが、初代様は財そのものが好きだったらしく、好きが転じて得意となったか、一大で莫大な資産を築いたそうだ」

 

 今に続く京都の古豪商家。

 その一躍を担ったのは初代が残した莫大な資産にあることは間違いない。

 そして、その資産と性質は一族に脈々と伝わることになる。

 

「芸術品が好きな奴がいた、自らを鍛えるのが好きな奴がいた、知識を蒐集するのが好きな奴がいた……血族と言ったって好きは個人の自由だろうが、何故が塚の性質だけはずっと受け継がれててな、例によって集めた芸術品の数々、自己鍛錬の成果、稀少本の山、そういった財は一族が持つ蔵の中に例外なく収められた。集めた成果を外に出して貢献するわけでも無く、ただ集め、囲い、保管した」

 

 普通、自分のためにも限度はある。

 例えば自分のために集めた金とて、社会に散財せねば意味が無い。

 例えば自分のために鍛えた技とて、継承すれば失伝するだけで意味が無い。

 

 だが、閉塚の家だけは違った。

 集めた成果、術理、知識……それら持っているだけでは意味の無い代物を使うわけでも継承するわけでも貢献するわけでも無くただ蔵に収めて管理した。

 そこには役立つか役立たないかの概念は存在しない。

 

 ただ自らの至上とする所を囲う。

 其れのみを追求し、追求した成果を閉ざす。

 故に閉塚家。数多の財を結界する者たち。

 

「オカルト染みているが、本当にうちの一族はそういう家でな。お陰で実の両親さえ、子供のことなど殆ど知らぬ存ぜぬ。自らが関心の赴くまま、その道を追求するのみってな。まあ、例外的に一族をこそって人も居るけど、基本スタンスは一族ひっくるめてそういう感じでな」

 

 だからこそ息子の恋愛事情になど関心あるまいと衛は断ずる。

 傍目からは情なき不幸と感じ入られるかも知れないが、当の本人である衛はさっぱりと醒めた様子で呆気なく語る。それこそ他人事のように。

 

 というのも言葉にはしないが衛にも、その気質は継承されている。

 

 必要以上に己の縁を重要視する。

 自らが友情を至上とし、繋がりで囲う。

 その人脈を何に利用、貢献するでもなくただ維持する。

 

 何てことは無い。

 話は神殺しであろうとも血は同じ穴の狢であった。

 それだけで話である。

 

「ま、血の呪いみたいに言ったが、傍目にはただの度が過ぎた放任主義者の家系だ。それに一族の者なら集めた財は割と適当に使えるからな。閉塚が数百年掛けて蒐集した財を好き勝手使えるお陰で俺もまた好き勝手できるから別に問題は無い」

 

 だから気にすることはないという衛に。

 対して桜花は複雑な表情をしていた。

 

 一族という概念は生まれが生まれな桜花としては親しみ深い概念だし、何らかの継承や決まり事、そういったものも近年では薄まっているが、歴史の長い家系にはままある事であるからそこについて考えを挟む余地はない。

 

 が、一つの概念を至上と置き、それのみを追求する一族。

 その考えが示すところを思えば余り健全な一族ではないだろう。

 

 一つを至上し、他に関心を持たないと言うことは他を切り捨てると言うこと。

 家族であろうが、血縁であろうが、恐らくそういった者を至上とする者以外は話からして関心を持たないのだろう。

 当たり前の繋がりにすら、興味を持たないのだろう。

 

 それは何て情のない一族であることか。

 職人気質と言えば聞こえは良いが、家族としてあって当たり前の温かみのさえ当たり前にないのが想像できる辺り、度しがたい。

 

 意味の無い行為を意味のないまま行い続ける。

 此処まで行くと継承と言うより呪いだ。

 

 結果的に家が繁栄しているものの、それさえ、結果的になのだから。

 

「衛さんは、その……寂しくなかったんですか」

 

「寂しかったんじゃね? だからこそのサークルだろ」

 

 桜花の問いにこれまた簡潔に答える衛。

 自らの性根など追求したことも無いし、態々哲学者のように追求するつもりもないが、友情に重きを置いたのは恐らく、子供であった己にとって与えられなかった家族の情を代替えする代償行為の類いであったのだろう。

 

 それが転じて自らの財と成す辺り血の連鎖は拭えないということか。

 或いはそれに気づかず、今以上に周囲へ何を成すことも無くただ繋いだ縁を維持し、守るだけの人生を歩むという道もあったのかも知れないが……。

 

『痛みを知る貴方だから、当たり前に誰かに優しさを向けられる────』

 

「──その辺り、自分なりの付き合い方は見つけられたからな」

 

 恩師からの教えは一途来たりとて忘れていない。

 だからこそ、一族ほどに徹底せずに済んでいるのだ。

 故に今更気にすることなど在りはしない。

 

「ま、要約するに俺の家族については気にする必要がないって事だよ桜花」

 

 そういって肩を竦めながら言葉を締める衛。

 だが、尚も心配そうな視線を向けてくる桜花。

 

 要らないものもすぐに背負う桜花の優しすぎる気質に衛は思わず、苦笑を覚えるが、彼女の心配する顔は見たくないので、衛は自らの友人に目をやる。

 視線を受けた蓮は肩を竦めながら暢気に手を振ってくる。

 

「それに友人には恵まれたからな、俺はそれで十分さ」

 

 言葉を締めくくったと同時。

 休み時間終了の鐘の合図がこだました。

 

「……長話が過ぎたな、もう授業開始か。とにかく、桜花の所への挨拶だっけか。今週の土日は明けとくからいっちょ早めの里帰りといきますか」

 

「土日で済むと良いけどなー。如何に神殺しの大将といえど、姫さんをそう易々と物に出来るかは怪しいぜ? 姫さんだって媛巫女、向こうじゃ大将に付く前から大事な立場で可愛がられてきたんだ、一族総出で不届き者へ挨拶を、何て言うのも割とあり得る話なんじゃない?」

 

「蓮、俺だって一応、死ぬほど緊張しているということを考慮してくれないか?」

 

「くくっ、一生に一回の大立ち回りだ。どうせならもっと緊張してくれた方が俺としてはおもし……もとい、楽しいからな。いやあ人の不幸は何とやらだな!」

 

「よしお前、放課後覚えとけよ?」

 

「俺、記憶力には自信が無いなー」

 

 先ほどの家族事情など気にするほどではないと言わんばかりに衛と蓮はいつもの調子でいつも通りに戻っていく。

 衛の家族に関する話は『女神の腕』のメンバーならば既知の話と言うから蓮にとってこれは初めて聞く話ではないというのもあるのだろうが、それでもすぐいつも通りに戻れる辺り、友情が成す技か。

 ……或いは、これが蓮なりの気遣いなのか。

 

 ともあれ、話は終わり。

 桜花は衛の事情を飲み込むように一度、深く瞑目する。

 そして衛たちに続いて席を立ち、衛の横に立つ。

 

「……うん? 桜花?」

 

「手、握りましょう」

 

「は?」

 

「教室に戻るまで手を握りましょう」

 

「……いや、教室まで大した距離は……それに急にどうしたし、余計な気遣いは……」

 

「私が握りたいから、握るんです」

 

 そう言って勝手に知ったるかと強引に手を握ってくる桜花。

 突然の行為に衛はやや呆気に取られる。

 

「ふむ……多分、心配は無用のものだぞ?」

 

「別に心配なんてしてません。ただ、何となくこうしたかっただけですよ」

 

「そうか……ならこれ以上俺が何か言うことはないな」

 

 言うと、呆気なく受け入れる衛。

 困ったような微笑を浮かべ、キッチリと握り返す。

 

「お優しい彼女殿で」

 

「羨ましいかよ悪友」

 

「いんや、微笑まし限りだ。それに煽るネタが増える」

 

「言ってろ」

 

 相変わらずな蓮に、衛もまた言葉を返す。

 その身は神殺しなれど衛の日常はこの通りに。

 

 日本列島を巻き込む神と神殺しとの大騒乱の始まりはこのように穏やかな幕を以て始まった──。




漢字の成り立ちもまた重要な意味を持つ。
それを示すために取っといた設定をようやく開示できたぜ……。

普段、何気なく使う言葉や行為、意味も調べると割と楽しいんですよね。
作者も歴史や宗教、神話を調べるほかに名字を調べたりするのが好きなので楽しいです。

某テレビのマイナーな印鑑を押さえているはんこ屋のお爺さんと某大学教授の教授とか見ていて飽きないです。色々な名字があるのだなと。



そんなこんなで、新章。
今まで触れていなかった衛や桜花の身の回りの設定などを開示していく話です。

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