極東の城塞   作:アグナ

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やあ、明けましておめでとう(震え声)
……まだエタって無いヨ? 迷走してただけだヨ?


時に自分が迷走している間にカンピSSの大御所が君臨してますね。
それにカンピオーネ二次の数が……良いね。非常に良い。

他SS作者の名を挙げるのはアレなんで一応伏せますが、相変わらず面白いですね。読んだことが無い方はオヌヌメします。

あのSS、ホント作者を尊敬しますよ。
だって小説リストに《完結》済みがいっぱいあるんですぜ?
思うに良い作者っていうのは物語を完結できる人だと思うんだ。


……エタ作者を信用してはならない(戒め)



集合、九州の皆様

 高千穂町と高千穂山。

 同じ九州は宮崎県にある二つだが、それぞれ別所にある。

 前者は宮崎県の北端部、熊本県に隣接する位置に存在しており、県外から観光に訪れる場合などは熊本空港から向かった方が早いほどだ。

 実際に熊本の観光案内でも観光地として高千穂町の名が上がるほどに高千穂町は北の末端にあった。町の北東部にかけては祖母山を挟んで大分県とも隣接いる。

 

 宮崎県の末端にあるせいか、宮崎主要市内より熊本県から直接、向かった方が近く、住民が利用する公共機関も殆どが熊本県の繁華街や郊外ショッピングモールであることが多いのは推して測るべしである。

 

 いうなれば田舎。しかしそれも地形を見れば仕方が無いだろう。

 九州山地の中に存在する高千穂町は周囲を山や峡谷に囲まれており、町として栄えるには地形が悪いと言えよう。

 

 だが、人の栄えから隔離された山岳地帯だからこそ、神秘も輝きを増す。

 高千穂町は日本神話において、諸説多き天孫降臨が行われし地の候補として挙がり、そしてこれまた諸説多き、天照が身を隠した天岩戸も真実かどうかは置いて、この地に存在している。町内にはそれを崇める天岩戸神社も存在している。

 神話根差す霊峰。

 そう言った意味では宮崎県の西部に存在する桜花が育った高千穂峰と何ら遜色はないと言えよう。

 

「──私の両親と祖父は別々に暮らしてます」

 

 町内にある桜花の実家に向かう道すがら、衛は彼女の家族について耳にしていた。

 

「元々、父は私の祖父……衛さんも面識がある行積老師が頭領を張る霧島衆に属していたんですが、こちらの高千穂町でこちらの高千穂町に住んでいた巫女、私のお母さんと婚約するに当たってこちらに引っ越してきたそうです」

 

 高千穂町に来るまでに同行していた雪鈴とは既に別れている。

 今回はこちらの顔見せだというのに流石に黒服数十人を連れた女当主を同行させるわけには行かないし、そもそも彼女は今回の衛たちの目的において外様である。

 ゆえに高千穂町は高千穂神社にほど近いホテルにて待機している。

 

 そんな訳で衛たちはひむか神話街道という道を桜花の実家がある天岩戸神社方面に遡る。

 沿線には日本書記や天孫降臨、古事記にまつわる神話やこの地で有名な神楽などの伝統芸能を始めとした神話の名残りというべきものが様々な神社や亭が見受けられる。

 天岩戸神社を起点に広がる観光ルートは桜花の生まれ育った町を知るのに丁度良い道であった。

 

「なので私の実家は高千穂町にあるんですよ。私も小学校を卒業するまではこちらに住んでいましたし、霧島衆……もとい高千穂峰の老師の所で本格的な修行を始めたのは中学校に上がってからだったりします。尤も、修行自体は幼少期から行っていましたが……」

 

「なるほどね……ん? ってことは桜花の母君は修験道じゃないんじゃ……」

 

「はい、母はこの街の巫女……つまりは神道における巫女です。沙耶宮さんや恵那さんのように霊力に富んだ特別な巫女というわけではありませんが、地元では『舞姫』などと呼ばれる神楽巫女です。私がこっちに住んでいたときは現役でしたが、今はもう引退して、『舞姫』は私の同級生が継いだと聞いています」

 

「他宗教同士で結婚したのか……つーか悪い、『舞姫』って何だ?」

 

「日本の宗教は西洋ほど雁字搦めじゃありませんからね。それに今や御家を存続させることは全国の呪術家系の課題です。霊能者同士を結びつけるために宗教を跨ぐことは割とあるんですよ。それから『舞姫』というのはですね──」

 

 地元に戻ってきたからか、いつもより饒舌に語る桜花。

 そこそこ彼女とはそこそこ長い付き合いの衛であるが、いつもは一線引く気質の強い桜花が自らの事情をこうも舌滑りよく語るのは珍しい。

 やはり帰郷するということは個々人によるが、特別なことなのだろう。

 

(俺はどうもその辺り、分からないからな)

 

 それは京都の実家にも家族にも思い入れがない衛には分からない感情だった。

 無論、地元には顔なじみや友人も多く、帰れば彼らと懐かしきを語り合う事だってあるが、それは旧友に出会った際に交わし合う旧い話と同じだ。

 地元に、家族や実家に思い入れ在りきの帰郷とは全く別の感情であった。

 

「……衛さん、どうしましたか?」

 

「いや、何でも無い。それより、その『舞姫』が舞う高千穂の夜神楽っていうのについて詳しく。この町では観光客に見せるほど有名な奴なんだろ? 国の重要無形民俗文化財にも指定されている」

 

「あ、はい。高千穂の夜神楽は高千穂神社で奉納される神楽で、それを踊る巫女を私たちは『舞姫』或いは『舞巫女』と呼んでいるんです。まあ媛巫女みたいな能力ありきのものでは無く通称のようなものですね」

 

「そうか、神楽を踊る巫女のことを『舞姫』と呼んでいるんだな」

 

「そうです。それと高千穂の夜神楽ですが、衛さんも仰られた重要無形民俗文化財に指定されている神楽で今は神道信仰の祭儀としてのものになってますが、その起源は、修験道、陰陽道、仏教の影響を与えた日本文化の織りなす様々な文化背景を軸に起こった特別な神楽なんです」

 

 曰く、高千穂に伝わる神楽の中でも最古の型と呼ばれるもので高千穂町では毎年の祭りに際して伝統的に踊られる者だ。

 踊り手は基本的に男性の型が務めるのだが、姫凪を初めとした幾つかの家は巫女が舞うことがあるという。というのも嘘か誠か天孫降臨の地と呼ばれる高千穂町には幾つかの家系がそこに系譜を求めており、取り分け桜花の実家の周り……天岩戸神社周辺や荒立神社にある呪術家系はアメノウズメに歴史を求めることが多く、そのため神楽を踊る巫女として女性が高千穂の夜神楽を演技することが多いのだとか。

 

「じゃあ桜花の母君の家は真偽はともかくアメノウズメに起源を遡るのか」

 

「ですね。姫凪という名字も元は『ひめなぎ』ではなく『ひな』と呼んだそうですし、字も妃納(ひな)と今とは全く違う感じで書いたそうです」

 

「へえ、さすが神事家系、家系図には歴史ありってことか」

 

「馨さんや恵那さんには及びませんけどね」

 

「歴史なら向こうに勝てそうな話だが……」

 

 アメノウズメに起源を求めるとなれば相当に古い家になる。

 ともすれば、元公家の沙耶宮や戦国武将も輩出したという清秋院などの歴史を上回るものとなる。

 だが、それに対して桜花は苦笑するように首を振る。

 

「私の家は明治時代以下の歴史は明言できませんからね。そういう意味では歴史は衛さんの家の方が高いと言えるかも知れませんね」

 

「そういうことか」

 

 正史編纂委員会にて重役を務めるような歴史的名家と異なり、『民』の家系である桜花の実家は霊力は確かなものでもその出生は不確かであるのだろう。

 真偽はともかく、とはそういうことだ。

 

「しかし、話の流れから察するにこの高千穂町には桜花の家以外にも結構な呪術の家系があるんだな」

 

「はい。私が知る限り十数は呪術に関係のある家ですね。歴史ある高千穂神社や天岩戸神社の神主さんたちの家は勿論のこと、『民』の呪術者たちも結構いますね。私の友人の────」

 

 丁度、桜花が自身の交友関係について語ろうとしたその時だった。

 

「──あれ? 桜花?」

 

 狙い澄ましたようなタイミングで降りかかる声があった。

 反射的にそちらに目を向ける衛と桜花。

 そこには桜花や衛と同年代ぐらいの、赤みがかった黒髪の少女が一人。

 

「……紗那ちゃん?」

 

「うーわ、桜花、桜花じゃん! 久しぶり! 元気だった!? ていうかいつの間に里帰りしてたのよ! 言ってくれれば空港まで迎えに行ったのに!」

 

「わ、わ! 紗那ちゃん、そんないきなり……」

 

 天真爛漫を形にしたような笑顔を浮かべ桜花に抱きつく少女。

 受け止めた桜花は驚きながらも嬉しそうだ。

 そんな二人の態度を見て、二人が知己であるのを察するにそう時間は掛からない。

 衛は再会を分かち合う二人が落ち着くのを見計らって声を掛ける。

 

「ん、桜花。できれば説明」

 

「……あ、すいません衛さん。この子は火処紗那ちゃん。私の同級生で……」

 

「って、桜花そっちの人は? 桜花の彼氏さん?」

 

 桜花が自身の友人らしい少女について紹介しようとすると、それよりも早く、紗那ちゃんと呼ばれた少女は揶揄うような笑みで桜花に衛の存在について問うていた。

 

 どうやら第一に受ける活発な少女という印象は正しいらしい。

 落ち着きのある桜花とは真逆の性格だが、だからこそ馬が合ったのか、或いは同じ呪術界に身を置いていたからなのか、彼女たちの関係はともかく、少女の疑問に対して桜花より先に衛が肩を竦めながら答える。

 

「どーも、彼氏の閉塚衛です。今回は桜花の実家にご挨拶に参った次第。察するに桜花のご友人であろう火処さんにおかれましてはどうかお見知りおきを」

 

「ちょ、衛さん!?」

 

 悪戯でもするようにやや芝居がかった動作で自己紹介する衛。

 紗那に合わせてのこの挨拶だろうが、桜花は驚愕と焦りを覚える。

 というのも、此処は良くも悪くも田舎(・・)だ。

 

 ……地元愛や家族を知らぬ衛には分からないだろうが、ここは田舎(・・)なのだ。

 桜花は先にそのことについて衛へ説明しておくべきだった。

 しかし、もう遅い。

 

「………………彼氏さん? 誰の?」

 

「桜花の」

 

「桜花の?」

 

「桜花の」

 

 呆けたように問う紗那と頷く衛。

 二人は顔を合わせながら奇妙な間を持っていた。

 

「………」

 

「………」

 

「まこっちゃ?」

 

「……まこっちゃ」

 

 ニュアンス的に『本当に?』的なものだと察して返す衛。

 頭の片隅で桜花は方言で喋らないな、などとどうでも良いことを考える。

 そんな衛とは対照的に紗那はわなわなと驚愕に震えている。

 

「お、お、お……!」

 

「お?」

 

「桜花が彼氏連れてきーちゃがぁーーー!!?」

 

「む……」

 

 そういって叫びながら走り去っていく紗那。

 遠ざかる背を眺めながら衛は頭を掻きつつ反省する。

 

「思いの外、驚かせすぎたか」

 

 衛としては親しみと紹介を兼ねた冗句だったのだが、相手はそれ以上に突然のカミングアウトに驚愕してしまったようだ。

 確かに往年の友人が彼氏連れで里帰りというのは驚愕に値する事件だろう。

 そんなことを考えている衛に桜花は困ったように話しかける。

 

「あー、衛さん。これは大変なことになったかもしれません」

 

「大変?」

 

 桜花の言葉に首を傾げる衛。

 それを見て桜花はやはり察してないと頭を抱える。

 

 ──これは都会ぐらいが長いと忘れることであるが。

 古来、人々の生活とは助け合いで成立ってきた。

 

 隣の家の住人の顔すら分からないというのが当たり前となりつつある現代とは異なり、隣人同士助け合って暮らすのが古き良き人々の営みである。

 困っていたら手を差し伸べ、悪さをしたら他の家の子だろうと叱る。

 そういった村ないし町全体で皆が助け合い支え合って暮らすのが旧き時代の営みである。

 つまり──何が言いたいかと言えば……。

 

「衛さん──インターネットも情報の伝達は早いですけど、場合によっては田舎のネットワークはそれ以上なんですよ」

 

「はい?」

 

 衛は知らなかった。

 恋愛沙汰を田舎で語る──その危険性に。

 

 

………

……………

…………………。

 

 

「全く、ひょかっ帰ってきたらたまげるがー!」

 

「はよ、こっちこんね! で、で? 二人はどう出会ったっちゃ!?」

 

「酒じゃ酒じゃ! 今日は目出度い日じゃー!」

 

「ちょっと皆せかましがー! 話が聞こえないぢゃろが!」

 

 半ば異国の言語に聞こえてくる方言混じりの言葉達。

 桜花の実家……その客席で数十人の人々が酒やら料理を並べた長机に向かいながら喧々と飲めや祝えや騒げやと言わんばかりの大騒ぎ。

 騒ぎの中心、席の上座に座らされた衛は桜花と隣り合いながら一言、

 

「マジか」

 

 頭が痛いと桜花が予見した現実に呆然とする。

 

 衛が余計なことを言ってから僅か十数分。

 桜花の実家に辿り着いた二人が目にしたのは紗那に言ったことを僅か十数分の間に聞きつけてやってきた町の住人達であった。

 まず着くや否や質問攻めに遭う二人、次に桜花に彼氏が出来たとあらん限り驚愕と祝福を叩きつけられる二人、そして気づけばこの通り、桜花の帰郷とお目出度い話は近隣住人を召喚しての宴へと発展していた。

 

「──さて、桜花。こういう時、俺はどうすればいい?」

 

「取りあえず、今は大人しく祝福される(サンドバック)しか無いかと。元は衛さんが撒いた種ですし、まあこれも仕方ないのでは? どちらにせよ、私の両親に話を通せば早かれ遅かれ、こうなっていたでしょうし」

 

 某司令官のように机に両肘をついて、重々しく問う衛に桜花は諦観混じりの言葉を投げる。

 もはや町内中、とは言わなくとも桜花の家と地元付き合いのある人間には今回の帰郷と目的について殆ど知れ渡ってしまった。こうなってしまえば、宴が落ち着くまで大人しく騒ぎもとい祝いの席の仲人に静座するしかあるまい。何せ、抜け出そうにもこれでは抜け出せない。

 

「つーか、俺。挨拶しに来たはずなのに未だに桜花の両親の顔見てないんだが」

 

「ああ、それなら……あ、お母さん! ちょっといい?」

 

「はいはい、お刺身お持ちしましたよーってどうしたの桜花?」

 

 丁度、長机に大皿を持ってきた女性に声を掛ける桜花。

 すると給仕を務めていた亜麻色の髪を持つ女性がエプロン姿のままパタパタと駆けつける。

 

「えっと……衛さん、この人が姫凪桜梅(ひめなぎおうば)さん、私のお母さん何ですけど……」

 

「はぁいどうもー、桜梅です。慌ただしくてごめんなさいねー」

 

 桜花の紹介にやんわりとお辞儀をする桜梅。

 極々自然に給仕をしていたせいで気づかなかったがこの人こそ桜花の母親らしい。

 しかし、その前に衛が思ったのは、

 

「いや、若くね?」

 

 おっとりニコニコと微笑む女性。

 その容姿は改めて見ると桜花を少し大人にした感じの、丁度成人を迎えた頃にはこのようになるだろうという桜花の未来を思わせる姿だった。

 

 いや、何も若々しいことは別に悪いことでは無い。

 ……無いのだが、どう見ても二十代後半にしか見えないのは色々と不味いのでは無いだろうかと衛は思った。

 

「あらあら、そう見えますか? ふふ、ありがとう、嬉しいわ」

 

「っと、失礼。口が滑りました。初対面の相手に使う言葉じゃ有りませんでしたね」

 

 相手方は嬉しそうに微笑んでいるが、衛は思わず失態に口を押さえる。

 流石にいつも通りでは今回に限っては礼を損じる。

 

「俺……いえ、私は──」

 

「存じておりますよ閉塚王。御身の武名の武名は我が日本国内においても広く知れ渡っておりますから。それに礼をし損じていたのはこちらですわ──初めまして、私は姫凪、姫凪桜梅です。我が不肖の娘がいつもお世話になっております」

 

 そういって正座をしながら丁寧に礼する桜梅。

 娘をしてこの母ありと言うべきか丁寧な所作には一片の淀みも無く、いっそ美しいと感じ入るほどに完璧であった。衛をして、反応が遅れるほどに。

 

「……いえ、礼に関しては私こそ。確かに我が身は神殺しの王なれど、従者のご両親に挨拶を伺った場で偉ぶる事こそ無礼千万。この場は一個人として従者の実家に伺った次第ゆえ、どうか畏まらずに。改めまして、私は閉塚衛。京にて商いを行う一族の末席に座る若輩でございます。どうぞ、よしなに」

 

 礼には礼を持って返す。

 普段の様はともかく、これで衛もまた京の良家出身である。

 口調を改め、桜花の母、桜梅に対しこちらも丁寧なお辞儀をする。

 

 一方、その横では桜花が驚愕と戦慄を顔に浮かべていた。

 まるで複数のまつろわぬ神が顕現するような非常事態を目にした顔つきで、

 

「衛さんが、丁寧調ですと……!?」

 

 こちらも普段は絶対に使わないだろう口調で驚きを口にする。

 

「……おい、桜花。それはどういう驚きだ、流石に失礼だろ」

 

「なんと無礼な……桜花さん、親しき仲にも礼儀あり、ですよ。貴方と閉塚さんのやり取りから貴方方が親しいのは分かりますはそこはそれ。この場においては少し弁えなさい」

 

「す、すいません……あれ? 何で私が怒られているんでしょうか?」

 

 挨拶に来たはずの彼氏と挨拶をされに来た母親に何故か怒られる娘。

 通常は成立しないはずの二者説教に桜花をして困惑する。

 

「すいませんね、閉塚さん。娘が失礼をば。この様を見ているに普段から貴方にはご迷惑を掛けていらっしゃるのでしょう?」

 

「いいえ、とんでもございません母君。彼女には助けられる機会も多く、私の方こそ頼りにさせて貰っている次第。迷惑、と言うのならばそんな彼女を戦場へと立たせている我が身の不徳こそを差して言うべきでしょう」

 

「それについてはこれ娘の責任。貴方様が神殺しの御君で在られることは百も承知。承知の上で娘は貴方に仕えようと決断しております。ならばこそ御身と共に戦場に立つことを批難するのは筋違いでありましょう。それに守られるだけならば従者にあらず、王に付き添い、共にその王道に従事してこその従者であります。娘の覚悟に私が口に出すべき言葉はございませんよ」

 

「それでも、です。家族の情には縁が薄いとは言え、親が子を心配するのは当然、という常識程度は私も解していますが故に」

 

「……あれ? 衛さんが挨拶しに来たはずですよね。何故、私が……」

 

 普段見慣れない応酬を繰り返す衛と母親に桜花は納得いかないと首を傾げる。

 確かに忘れがちだが、衛は神殺し(カンピオーネ)

 界隈においては至上の経緯と畏怖を集める覇者である。

 

 だからこそこうして自分の母親が親という立場を置いて礼を払うのは可笑しくない。

 無いのだが……。

 

「──また従者という事実をおいても良き理解者としてプライベートでもお付き合いさせて貰っていますから。改めまして、ご挨拶を。姫凪桜花さんとお付き合いさせて貰っている閉塚衛です。此度は今後とも清いお付き合いをさせてもらうため、ご挨拶に伺った次第、どうかその是非について認めてくださるようお願い申し上げる」

 

「はい──こちらの方こそ我が娘に御身が至上の寵愛を戴けること、誠に光栄でございまする。本来ならば家を仕切る主人にこそ御身との拝謁を致す所ではありますが、神事にて今は不在のみ。ゆえ、私が代表して申し上げます。そして────これは私情ですが……どうか娘をよろしくお願いしますね、衛さん(・・・)

 

「しかと、その言葉承りました。我が盾の武名に掛けて必ずや」

 

「いいえ、いいえ不要です。娘は人の身でありながらも覇者に相立たんとする身。なればこそ心配も気遣いも無用でしょう。ただ終生を共に出来ればそれこそ本望というもの──諌言する無礼を承知で言葉を贈らせて戴きますが、御身は些か下の者への慈悲が行き過ぎるようにお見受けします。御身は覇者なれば、時として下の者を威を以て無言のままに従えるも相応しい振る舞いであるとご承知戴ければと思います」

 

「諌言、受け取りましょう。成る程確かに、過ぎた保護はそれこそ彼女の覚悟に礼を失っていますか」

 

「………」

 

 無いのだが、何故だろう。

 釈然としない。というか、あれだ。

 

(……むぅ)

 

 衛や母の言葉に言いたいことは別に無いのだが、自分の知らない(・・・・・・・)衛の顔、言葉があるのが少々、いや、ちょっと、いや、多少気に食わない。

 それは確かに神殺しとなった黎明期やそれよりも過去から衛を知っている『女神の腕』の面々やその他、彼の友人らと比べれば桜花の付き合いは短い方だと言えるのかも知れないが、共に居た時間、隣を連れ添った時は他の者たちに勝らずとも劣らぬと自負しているし、彼と共に戦場に立ちもする。

 

 絆や恋情に差違を求めるつもりは毛頭無いが、それはそれ。

 恋人に己が知らない顔があるというのは……嫌だ。

 例え、それが外向きの普段と多少言葉が違う程度のものであろうとも、だ。

 

「………」

 

 そこまで考えて桜花は、彼女にしては珍しく不機嫌そうな顔で衛と自分の母のやり取りを見て、ついで主役そっちのけで盛り上がる宴に目をやる。

 祝いの席と言えば聞こえは良いが、所詮、酒を飲んでどんちゃん騒ぎするための口実として集った連中である。衛と母親が挨拶を交わし合うのを見て空気を読んだ住人たちは先ほどから完全に蚊帳の外で騒いでいる。

 ──心がざわつく、己の琴線を羽毛が擽るような、ちょっとした不快感。

 

「……ん、桜花?」

 

 ふと衛は己の相棒の異変に気づく。

 果たしてそれは権能によるものか長年の付き合いか。

 桜花が珍しく、いや、今まで見たことがない不機嫌な状態であることを察した。

 

「──衛さん」

 

「どうしたんだ──っておい、ちょっと……」

 

 不意に桜花は憮然とした顔つきで衛の袖を引きながら立ち上がる。

 衛は相棒の見たことも無い態度に困惑した。

 だが、件の相棒は真意を悟らせぬまま衛を引っ張りながら、

 

「私の部屋に行きましょう」

 

「は、え? ────いや、ハァ!? ちょっと待」

 

「待ちません」

 

 三歩下がって師の影を踏まずとは旧い言葉だが、それを体現するように今まで衛に対して一歩下がったような有様で接していた桜花に有るまじき傍若無人さで客間の襖を引いて、衛を引っ張りながらその場を辞す桜花。

 その去り際に先ほどまで衛と話していた自分の母親に向けて一言。

 

 

「お母さん、衛さんは私の部屋で寝ますので、後で来賓用の布団一式、持ってきますから」

 

 

 割と爆弾発言に当たる衝撃的な言葉を残してピシャリとやや勢いよく締まる襖。

 

 衛と話していた桜梅も、騒いでいた近所の住人たちも沈黙する。

 静まりかえる宴会会場。

 

 だが、次瞬。

 

「あら、あらあらあらまあまあまあ!!」

 

 という桜梅の発言をきっかけに先ほどの喧噪が先ほど以上に戻ってくる。

 

「うおおおおおお!!? お嬢マジか! マジなのか!!」

 

「今日は目出度い、目出度いぞォ!! もっと酒を持ってこい、ガハハハハ!!」

 

「ごつたまげたじゃが……まさかお嬢がなぁ」

 

「明日は赤飯っちゃ!!」

 

 恐らく本人の意図した所では無い意味で受け取る愉快な住人達。

 この上なく傍迷惑な二次会が始まった。




本編の宮崎弁は一応調べましたが適当。
方言めっちゃ難しいんやもん、しゃあないやん?


しかし今回はマジで難しかった。
何せ挨拶とか陰キャには永遠に訪れないイベントでしたからね。
……今更、王様ポジ持ち出して逃げたのは許してつかぁさい。

そして今回初登場の桜花ママ。
桜花ママはふわふわした桜花をイメージしております。
普段はどこかぽけーっと締めるときは締めるみたいな。

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