極東の城塞   作:アグナ

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実は読破して居なかったカンピオーネス最終巻読破。
つーかまだ続くのか、カンピオーネ……。
嬉しいような、綺麗の終わって欲しかったような……。

まあ面白いんだから良いんですけどね!
ていうか世界滅亡とか原作で割と普通に起きるんですね。

……ふぅん、よくあることか。
そうか……へえ(プロットを弄り始めるキーボード音)


昼想夜夢

 ふと──夢に見る。

 

 元々、私が霊験に長けた巫女だからだろう。

 嘗てクリームヒルトに憑依され(呪われ)たことや、そして権能による彼との繋がりを持つせいか、時折私は夢ならざる夢を見る。

 

 それは彼が体験した思い出。

 大抵は異国の地でのゲームのイベントだの友人との馬鹿騒ぎだのと彼らしい普通の人間の思い出から逸脱しないものだが、しかし流石は神殺しと言うべきか彼の戦歴に纏わる思い出も時として回想に紛れ込む。

 

 例えばそれはエジプトで神獣(スフィンクス)と戦った経験。

 例えばそれはある黒魔術師が呼び出した幻霊との鬼ごっこ。

 例えばそれは黒王子と巡るとある宝具を探す冒険奇譚。

 

 人ならざる極限の王の足跡はやはり人知を凌駕していた。

 行く先々で騒ぎに巻き込まれ、時に主体的に、時に受動的に。

 やる気の落差は彼らしくブレブレであったが、それでも守るときは誰よりも何よりも苛烈に鮮烈に。

 思い出の中の彼は、私が知る彼と何一つ変わらなかった。

 

 だから──その日、見た夢はいつもと毛色が違っていることにすぐ気づいた。

 

 昼間、今まで知らなかった彼の家の事情を知ったからだろうか。

 夢の彼は私が知る神殺し(かれ)ではない(かれ)だった。

 

 

 

 二十世紀の終わり、次なる時代が始まる数年前に少年は京都で生まれた。

 

 京都では名のある商家。

 その一門に属する夫婦の間に彼は生まれたのだ。

 

 今の時代では珍しく分家すら存在する商家一族において本家に当たる直系の血筋に生まれた長男の誕生は、しかし一人の例外をおいて誰にも祝われることはなかった。

 一念鬼神に通じる──一つの道を究め抜き、頂点に至れることが約束された一族にはただ一念を極めるが故、他に向ける念は一切存在しない。

 故に少年は家族愛も父母性愛も、誰もが一度は知る情のなんたるかを知ること無く、成長することになる。

 

 それが悲しかったか、寂しかったか。

 今でも分からない。

 だが、自らの境遇を受け入れることに拒否感も抵抗もなかった。

 

 ある意味、血の呪いというべきだろう。

 物心覚える頃の少年には一族の心に共感する機能があったのだ。

 故に分かる。彼ら彼女ら一人一人が、どれだけの熱意で道を究めているかが。

 

 だからこそ自分のつまらない感傷で邪魔することは躊躇われた。常人が及びつかない先にある光輝く道は才あって尚険しく、努力重ねて尚高い。

 夢を叶えるということはそういうことで、道を究めるというならばさらに人生の全てを注ぎ尽くす必要がある。

 大衆が目を輝かせる道は、輝き夢に差す影も深く大きいのだ。

 たかが(・・・)我が子への愛だの情だのに掛ける時間など無い。

 

 そして同時にそんな彼らに憧れた。

 ただ一途に夢を思う……常人ならば眉を顰める一族の有様に、彼は恨みや怒りを感じるわけでもなく、ただただ憧れた。

 曰く、我が子を放り出してしまうほど彼らにとって焦がれる夢とやらに。

 一つの道を究め抜く執念、決意、それをするに足る夢と言う奴に。

 

『いや──憧れと言うより今にして思えば代償行為だったのだろうな。一族に変わる自分が自分たる確固たる芯。虚無を埋める欠片を俺は夢に求めたんだ』

 

 芸術、音楽、勉学、武芸に華道に他色々。

 夢中になるものを探し歩いて、辿り着いた先は笑えることに俗的だった。

 ゲーム──それもRPGのような個人でクリアを目指すようなゲームでは無くスコアやらランキングやら、或いはオンラインゲームのように。同じプレイヤー同士で時に争い、時に共闘するそれが彼を一時夢中にさせた。

 

 ただのお遊び、意味は無いと余人は言うのだろう。

 しかしその頃の少年にとっては自らを掛けるに足る輝きに見えた。

 

 何故なら機械越しに伝わる熱量、技量、意思は真剣そのものだったから。

 ネットワークを介して尚伝わるこちらの意図を読むような動き、勝利を目指して練り上げられた確固たる勝ち筋、そしてそれを掴むために少なくない時間と資金を掛けた熱意と執念、意味の無い行為に人はこれほど夢中になれまい。

 

 逆説的に彼らプレイヤーにとってどれほど軽蔑的な目を向けられようとも夢中になれるだけの価値輝きがあったということだ。

 電子の海に開かれた箱庭は少年にとって欠落を一時忘れさせるほどの居場所であった。

 そうして──暫く立つ頃に、彼の周りには人が居た。

 

 何かの道を極め抜く気質を正当に受け継いだ嫡男は、やはりゲームという分野において高い地位を得るに至った。

 本来ならば、一族の流儀に従い、この後は道を極め抜くためにただひたすら極限を希求する道をひた走るため、彼の視界は一色に染まるはずだ。

 

 だがインターネットという場がそうさせたのか、彼自身の生来がそうさせたのかは分からない。

 孤独だった少年は賞賛と共に競い合う友を得ていた。

 

 年齢層は老若男女様々。

 同好の士は立場や歳の垣根を凌駕する。

 

 友の縁が広がるに伴い、同時に彼は多くを知った。

 何が好きで、何が嫌いか。

 何を見て、何を感じるか。

 どんなことがあって、どんな風に思うのか。

 

 家族のように甘えられるわけではないが、

 恋人のように心を明かせるわけではないが、

 付かず離れず、されど不思議と相手が理解(わか)る奇妙な関係。 

 

 友愛──その居場所は、とても居心地が良かった。

 

「だから、守り抜くことに是非は無かった。俺は自分の居場所が好きだったからな」

 

 上位陣にありがちなやっかみや過度なアンチ。

 晒しに特定厨……そういった『敵』から仲間を守るのは当然だった。

 時にお節介だの過干渉だの言われながらも、顔も知らない友ですら守ろうとするその有様に人は信頼だの友情だのを感じるもので、気づけばゲームやインターネットの垣根を越えて少年の友情は広がり、舞台を越えた彼だけのコミュニティがいつの間にか形成されていた。

 そして少年の気質は舞台変われど変わらず、リアルにおいても行動原理に変化は無い。困っている友人を助け、守る。

 

 ──そんな時だった。アイツと出会ったのは。

 

『小学校。丁度、上級生に上がった頃だったかな。うちのクラスに転校してきた外国人留学生。思えばアイツと出会わなければ俺はもっと排他的な人間になってた気がする』

 

 当初、別に自分には関係の無い事だと思っていた。

 少年にとって自分のコミュニティの外のことは興味が無いし、見知らぬ誰かより少しでも知っている友人と時を分かち合う方が楽しかったから。

 

 しかしある日……件の留学生が虐められている場面に遭遇する。

 子供というのは正直で時に残酷だ。

 日本人ならざる西洋人の顔立ち、褐色に、赤みがかった黒髪。

 日本人離れした異邦人の存在は子供達に嫌われていたのだ。

 

 自らのコミュニティを守るため、異端を排斥する。

 それは集団に属するものの真理としては当たり前でありがちな行動。

 少年自身、『敵』に対して行ってきたものである。

 

 だが……苦しそうに、悲しそうにする異邦人とそれを巫山戯るように、何処か快感を覚えるようにして虐めるクラスメイトの様を見て、少年の何かがキレた(・・・)

 

 流れる血は別だろうが、生まれ育ちは別だろうが。

 同じクラスメイトだろう。

 同じコミュニティの仲間だろう。

 それをどうして、どうしてそんな顔で虐げられるのだ。

 

 少年はクラスというもの自体に思い入れがあるわけではない。

 しかし同時に自らも一つのコミュニティにある一人である自覚は有った。

 そして自らのコミュニティを持つ故に、コミュニティの仲間とは助け、守っていくものであるとも。

 

 だから、だろうか。

 その日、自分に関わりが無い筈の、興味の無い筈のことで彼の心は揺さぶられた。

 

『気づけば、泣き叫ぶいじめっ子たちに驚愕する周辺。怒り心頭の教師とまあ、どうも頭に血が上りやすいのは生来みたいだな』

 

 その時、少年は初めて己を自覚した。

 とどのつまり、家族を知らぬ少年にとって愛とは友愛であり、少年にコミュニティとは愛し、慈しみ、守るべきものなのだと。

 

 それが少年──閉塚衛の原点だ。

 それが彼が彼たる由縁だ。

 

 自らが愛したものを必ず守り抜く。

 友愛の道に強い我を掛けた男は、やがて神すら殺戮する。

 嘗て守れなかった師のためにも。

 今を生きる己を慕う友人達のためにも。

 

 神格撲滅──彼は友を害するあらゆる神々を許さない。

 故に定められたように新生した。

 全てを守るために、神々を撃滅する苛烈なる王冠。

 

 弱者救済の城塞は天の思惑を凌駕して轟き輝く。

 

 

………

……………

…………………。

 

 

「っ────」

 

 夢中の幻想を思い出す。

 ああ──やはり心がザワつく。

 知らない過去、知らない想い、知らない彼。

 

 夢見るたびに、誰かから聞くたびに。

 心を掻きたてる嫌な感じ。

 共に立つと決めてから、黄雷の輝きに寄り添うと決めてから。

 感じるようになったこの想いは──。

 

「──大丈夫か」

 

「ぁ……」

 

 気づけば彼の袖を引いていた手は彼の手を握っていた。

 振り向けば、そこには透徹した瞳でこちらを伺う彼の顔。

 真剣な表情で気遣うように首を傾げている。

 

「すいません……こんな、突然、強引に……」

 

「いや、それは別に良いんだが……何かあったのか?」

 

「それは──」

 

 確かに普段の私ならば、こんなことは絶対にしない。

 あんな風に場を乱し、衛さんを強引に連れ出すなんて。

 はしたない、王の従者に、伴侶に相応しくない行動を起こすなど。

 

「……夢を、見るんです」

 

「夢?」

 

「英国での……まつろわぬバトラズとの戦いの後ぐらいからか、時折、衛さんの過去を夢に見るんです。最初はそれが衛さんの過去だとは分かりませんでしたけど、最近は特に鮮明に夢見ます。例えば……そうですね、衛さんが最初、アイーシャ夫人を迷子の観光客だと勘違いして、彼女の起こした時間旅行に巻き込まれてしまった事件とか。衛さん、その時に神殺しには碌な人間が居ないって確信したんですよね?」

 

「それはヘルメスの時の──そうか、いや、確かにそれは俺の夢で間違いなさそうだ。日本に戻ってくる前のまだ桜花を連れる前の話しだしな」

 

 夢に見たエピソードを口に出せば衛さんは驚き、そして苦笑する。

 確かにそれは俺の夢であると。

 

「因みに他には何を見た? ドバイでの魔術実験騒動とか、アレク先輩とのバミューダトライアングル攻略とかは?」

 

「はい、見たことがあります。『女神の腕』の方々が書庫を明後日持ち出した用途不明の魔術書を引っ張り出して片っ端から効力を確かめていったお話ですよね。そしたら偶々、混じっていたある貴族の日記がかのジャックザリッパーに関係するモノで──」

 

「ああ、それな。あの時はオズの奴が年甲斐も無く狂喜乱舞してたっけ。あいつ、結構な歳だってのに意外と少年心を忘れてないからな。英国往年のミステリーを私の手で解いてやるんだって喜び勇んでた」

 

「結局、日記は殺人鬼のモノじゃ無くてバネ足ジャック……英国で語り継がれるもう一つの怪談に纏わるものでしたけどね」

 

「それでも本人は嬉しそうだったがな。本来の解きたかった謎は解けなかったが、別の謎解きが出来たので満足だとか何とか。あのイベントは割と楽しかったな、途中でアメリカの馬鹿がクトゥルー的なモノを呼び出した時は焦ったが」

 

「神話や民話によらない魔術的な使い魔でしたが、ビジュアルが気持ち悪くて斃す斃さない以前に近づきたく無いって事で皆逃げ惑ったんですよね。最終的な雪鈴さんが普通に掌底を叩き込んで滅殺しましたけど」

 

「アレな。男性陣は居たたまれなかったんだぜ? 『全く、ゴ○ブリに叫ぶ乙女ですか貴方たちは。霊格自体は低級のそれ、打ち砕くには何の問題も無いでしょうに。それを気持ち悪い、触りたくない、生理的に無理とは……男児が揃いも揃って情けないですね』とはいうが、気持ち悪いモノは気持ち悪いだろうに……」

 

「雪鈴さんは無言で叩き潰して回ってましたけどね」

 

「アイツはアレだ。無表情で黒いのをスリッパで叩き潰せる類いの人間なんだよ」

 

 体験したことないの記憶、体験したことのない思い出に会話が弾む。

 それは神殺しの追憶、騒々しくも懐かしき衛さんの歩いた道。

 

「バミューダの奴は……あー、アレは確かフロリダの話だったか」

 

「最初、衛さんはアメリカのゲーム大会に参加していたんですよね?」

 

「あぁ、したらどうもお忍びで来てたらしいアレクに強引に引っ張り出されてな。何かと思えばアトランティスがどうのと、先輩の冒険に付き合わされたんだよなァ」

 

「それでアメリカの船乗り『白鯨』と一緒に魔の三角海域、バミューダトライアングルを攻略するため、乗り込みました」

 

「したらバミューダトライアングルの原因が何処ぞの神殺しが繋げやがった異世界への穴で漏れなく船団ごと俺はアレク先輩と異世界に落下したと」

 

「確か大航海時代、黎明期のアメリカ大陸に辿り着いたんでしたっけ」

 

「ああ、丁度、アメリカ大陸発見したばかりのコロンブスに出会ったりもしてな。アレク先輩が諸々の話し合いの末、貴様の顔が気に食わんとかいってコロンブスの艦隊を雷撃で吹き飛ばしたときは歴史変わんじゃねと戦々恐々としたぜ」

 

「でも吹き飛ばした船団の半分は衛さんの仕業ですよね。虐げられる現地民の方々を見て、怒髪天を衝くみたいな勢いで」

 

「……さて、その辺りの記憶は曖昧でな。覚えてないわ」

 

「嘘は駄目ですよ。しかも冒険の最後にはアレク王子と二人して正史の歴史に対する傍若無人の限りを尽くした後、最終的にアイーシャ夫人が悪いと二人して責任転換までしていましたよね?」

 

「いや、あんな所に《妖精郷の通廊》を造りやがったエセ聖女が全面的に悪いだろ。俺はただアレク先輩に巻き込まれただけだし」

 

「アレだけ騒ぎに加担して自分が悪くないと言うのは苦しく無いですか……?」

 

 語らう言葉が弾む。

 私が知るいつも通りの口調に、いつも通りの態度で衛さんは私が夢に見た過去を思い出しながら愉快げに楽しげに今まであったことを思い返す。

 それを見て、ざわめいていた私の心に温かなモノが広がる。

 

 語られる思い出は、共有する記憶は私のモノじゃ無いけれど。

 それでも私がよく知る衛さんだった。

 自然と微笑みが溢れ出る。

 

 ああ──やはり私はこの人がどうしようもなく好きらしい。

 自覚して尚、躊躇いも後悔もないことに思わず苦笑。

 割と人格的には問題がある人なのだが、まあ、これも惚れた弱みか。

 

 そうして暫し、二人して懐かしい話に談笑をした後。

 不意に衛さんが私の瞳をのぞき込みながら言葉を切り出す。

 

「共心、共感……第四権能の弊害、というより副作用だな。今の桜花はまつろわぬ神で言う眷属神みたいな状態だからな。多分、俺との呪的な繋がりが影響して、俺の記憶が一方的に流れ込んでいるんだろう。桜花が巫女って言うのも影響しているんだろう」

 

「そう、です……多分。その、すいません、何か勝手に大事なものをのぞき見るみたいに……」

 

「いいや別に? 俺の記憶なんてそう大したものは無いだろうし……ふむ、さっき取り乱したのはそれが関係しているのか?」

 

「………はい」

 

「成る程ね」

 

 衛さんの問いにコクリと頷くと納得したような顔をする衛さん。

 ……だが、違う。違うのだ。

 恐らく、衛さんが思っただろうこととは。

 

「別に見られて気にするほど神経質じゃ無いからな俺は。桜花が罪悪感を感じる必要は──」

 

「いえ、いいえ、違うんです。私は……私は、そんな衛さんが思っているほど優しい理由で惑っているんじゃないんです。もっと、底の浅い……従者に有るまじき下らないはしたない理由で……こんな、こんな馬鹿な真似を」

 

 そう、自分の調子が可笑しい理由は察している。

 だからこそ情けなくて仕方が無いのだ。

 これを覚えるたびに自嘲と自己嫌悪と、同時に抑えがたい衝動を覚える。

 自らの母親にあんな攻撃的になったのもそれのせい。

 

 不安定な、未熟な精神が自重を許さない。

 心を乱さぬように研磨をしてきた剣術家が情けない。

 今の私は自分の心をすら制御できていないのだから。

 

 油断すれば口を衝いて出る嫌悪感を寸前で抑える。

 本来ならば、まずこんなことを衛に話すこと自体間違いだろうに。

 

「──悩む理由に底が浅いも何も無いだろ。それに従者に有るまじき、なんて俺はお前に在り方を強いた覚えは無いぜ、桜花。神殺しだの巫女だの以前に俺とお前は友人だろうに。ああ、それともこう言うべきか? 少なくとも彼女の悩み、我が儘について行けないほど、情けない彼氏じゃ無いぜ俺は」

 

「─────」

 

 相変わらず、何て甘い。

 身内に有らずとも弱っている誰かに平然と手を差し伸べる。

 面倒ごとだろうと困っているなら勝手に背負い込む。

 

 これでは悪魔の囁きだ。

 堕落王とはよく言ったモノ、容赦なく人の虚飾(強がり)を剥ぎ取る。

 だから……。

 

「……私は、衛さんほど、衛さんが思っている程、心が広くないんです」

 

「うん? 待て……俺も割と排他的だぞ? ついでに人でなし」

 

「ですね、でも衛さんが許せないのは『敵』ぐらいでしょう? 他にも多くのモノに無関心ですが、貴方はそれを否定はしない」

 

「……まあ、そうだな」

 

 大衆に興味が無い、知らない奴などどうでもいい。

 とは、彼が時折口ずさむ言葉だが、その割には神殺しとの戦いで被害を抑え込もうとしたり、身内ほどでは無いせよそれなりに考慮する。

 無関心であらずとも進んで彼らの生活を破壊しようとは思わないのだろう。

 なまじ、当人が自分の身内を、組織を守りたいと願うからこそ同時に他の人々もまた同じであることを弁えている。

 

 だから壊さない。否定しない。

 主義主張が違ってもその存在を認めている。

 

 人は自らの居場所を理由に排斥性を有する。

 故にそれを自戒している時点で、彼の心は十分広い。

 

「私は……違う。衛さんほど心の広い人間ではありません」

 

「そんなことは……」

 

「いいえ、だって私は、衛さんに(・・・・)ついて(・・・)知らない(・・・・)ことが(・・・)許せない(・・・・)

 

 己の本音を口にする。

 自分の知らない彼の記憶を見るたびに。

 自分の知らない彼の態度を見るたびに。

 悍ましいほど、自分の知らない彼を知る誰かに嫉妬する。

 

 なんてそこの浅い情動。

 とどのつまりは独占欲。

 姫凪桜花は、

 

「──私は貴方を独り占めにしたい」

 

「─────」

 

 私の告白に驚き、呆然とする彼。

 しかし一度、口にしてしまえば止まれない。

 

「相手を選んで口調を変えるとか、形式上必要だとか理由なんてどうでもいいんです。ただ私が知らない衛さんを私じゃない誰かに向けるのが我慢できない。私が知らない衛さんを誰かが知っているのが許せない」

 

 まつろわぬ神──クリームヒルトは愛に狂った神だ。

 不当に恋人を殺された彼女は、恋人への恋慕を復讐心へと転換した。

 それほどまでに彼女の愛は深く、深く、見る人によっては悍ましい。

 

 そんな彼女に認められ、一時取り憑かれたのが私だ。

 或いは、神の慧眼は見抜いていたのかも知れない。

 私という存在が、クリームヒルトのように過ぎた情を抱くことに。

 

「だから……! 私は……!」

 

「──ふぅ……よ、っと」

 

「あ──」

 

 繋いだ手を引っ張られる。

 不意打ちに踏みとどまる事も出来ず前のめりに倒れ込む私を衛さんは受け止め、そしてそのまま優しく抱き留めていた。

 

「正直──俺には分からん」

 

 耳元、囁くように。呟くように。

 私の本音に返す言葉を紡ぐ。

 

「そも家族愛からして分からんからな俺は。俺はお前の事がキッチリきっかり好きだし、これが友愛と違う事も分かってる。けど、お前がどれほどに俺を思ってくれているかは、分からない。多分、共感も出来ないんだろう。友人知人は俺も大概と言うんだろうが俺のはあくまで友人()向けだからな、一個人を指したモノじゃない」

 

 彼は多くを慈しむ性根を持つ。

 だが、だからこそ特別に執着する想いを知らないという。

 一個人に対して抱く狂える程の衝動を知らない。

 

「だからまあ、正直、独占したいって気持ち? そういうのに共感する事は出来ない……権能のせいで何となく伝わっては来るけどな」

 

 苦笑するように言うと同時、彼の思念が伝わってくる。

 権能を僅かに使用したのだろう。

 本人の困惑が言葉にせずとも理解できる。

 

「あ……ご、ごめんな──」

 

「けど別に気にはしないぞ」

 

 思わず口にしようとした謝罪より先に。

 彼は私の頭を優しく撫でながら悪戯っぽく不敵に微笑む。

 

「俺が初めて個人的に入れ込んだ相棒だからな。基本的にどいつもこいつも仲の良い友人として扱う俺をして珍しくな。だから桜花がそう望むなら、望むままにしてくれて構わない。俺を知りたければ好きに知ってくれて構わんし、本音本心についてはこの通り、共感覚で共有したままでも問題ない」

 

 私の浅はかな嫉妬心も、心の狭い独占欲も。

 

「全て赦す。だから、そんなに気にするなよ桜花。友達、協力者、悪友、先輩、色々交友関係の広い俺だが、常に俺の元に居る伴侶はお前一人なんだからさ」

 

 嗚呼、全く。これはダメだ。

 

「衛さんは狡いですね」

 

「いや、なんでだよ。此処は普通、俺の度量の深さに感銘を受ける場面だろ」

 

「いいえ、狡いです。周りを甘やかしすぎます。悪魔の甘言そのものです。堕落王とは実に的を射た評価ですね」

 

「意味違うし、堕落王はそもそも俺の生活態度と厭戦さを揶揄った──んむぅ……!?」

 

「──……ん」

 

 野暮なことを口にしようとする恋人の口を自身の唇で塞ぐ。

 同時に腕を回して、私からも抱きしめ返した。

 高鳴る心臓の音に、焼けるように熱い頬。

 

 どうやら私は本格的に熱に浮かされているらしい。

 これ以上、話していれば何を言い出すか知れたものでは無い。

 だから言わないし、言わせない。

 

 やがて諦めたように観念したようにして私にされるがまま、大人しく受け入れる彼。共感する心からは微かにこちらを批難する想いと仕方が無いなという優しさが伝播してくる──やはり……彼は狡いと思う。

 

 

 夜の静寂と白貌の月が優しい沈黙で私たちを覆う。

 もはや心にザワつくような不快感は無く、圧倒的な幸福感に悩みは花びらのごとく散って消えた。




何だこのポエムは……!?(書き終わった作者の感想)


本来、剣王戦に目を向けたただの絆イベントだろうが!
何故こんな書いている側は死にたくなり、見ている側はナニコレな文章になっているんだ!!

でも今更、書き直せないので投稿。
もうどうとでもなーれ。



……早く戦闘書きたい(´・ω・`)

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