極東の城塞   作:アグナ

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突然感想が増えて作者、困惑。
みんなインド好きすぎかよ……(大歓喜)

しかし残念ながらインドの出番はまだだ。
そして書いてて思う……マジ剣バカ何やってんの?



雪花の拳、魔女の術

 奔る激震──霧島連峰の噴火爆発は天に轟き響き渡り、宮崎県内は愚か九州全域を轟音で震わせ、穏やかな朝を迎えるはずだった住民達を叩き起こす。

 住民達は未だ知らぬ大災害の発令に困惑と不安を覚えながら起床し、テレビ、ラジオ、インターネット等で各メディアが大パニックで伝える朝のニュースを目の当たりにして、青ざめる。

 

『霧島連峰、過去類を見ない同時噴火!』

 

『予想被害は九州全域に及ぶ模様!』

 

『政府は災害対策本部を設置と共に九州各都道府県に緊急事態宣言を発令。九州全域に警戒レベル四。宮崎県内に警戒レベル五を発令!』

 

『災害発生当該区域では既に大量の溶岩流が流れ込んでおり、霧島錦江湾国立公園は立ち入り禁止区域に指定』

 

『大規模な噴煙の拡散を確認。宮崎県内にお住まいの市民は火山噴出物の落下に警戒されたし』

 

『専門家によると噴火が与える天候への二次災害は半年に及ぶ可能性あり、その間、九州全域で異常気象が──』

 

 ──悪夢のようなニュースの数々だった。

 

 予兆なしの突如とした突発的な大災害。

 昨日までの平和を嘲笑うかのような異常は寝起きの九州住民達を一瞬のうちにパニックへと叩き落とす。

 各メディアは落ち着いた行動を心がけるようにとしつこい程に繰り返すが、無論当事者達には馬耳東風。数十年数百年に一度の大災害を前にして、落ち着いた行動を冷静に行える者など少なくとも平凡な一市民らが行えるはずもなく。

 新たなる一日の始まりはおよそ最悪のスタートを切っていた。

 

「ッ────何事ッ!?」

 

 それは九州を訪れていた神殺し、閉塚衛も例外ではない。

 噴火爆発に際し、布団を蹴っ飛ばして飛び起きた衛は即座に己の身に満ちる戦前の高揚感と遠方に感じる神力を知覚する。

 神殺しでも随一を誇る知覚能力を有する衛はすぐに現状を理解した。

 

「まつろわぬ神か……!」

 

「ま、衛さん? 一体何が……!」

 

 衛に一歩遅れて目を覚ます桜花。

 昨日は何だかんだで同じ部屋で眠った二人である。

 片方が大騒ぎすれば、必然、もう片方も異常に気づく。

 

「桜花か。安眠の所悪いが、本業の時間だ。ったく、どうなってやがる。最近、いつにもまして面倒事と遭遇する機会が多いじゃねえか……」

 

 舌打ち混じりに愚痴る衛。

 前の同胞との戦いと良い、英国の鋼と良い、戦うペースが段々早くなっている。もしやこの日本に二人の神殺しが誕生したことが影響しているのか。

 ……だとしたら間違いなく後輩のせいに違いない。

 

「やっぱりあん時、スサノオ諸共ぶっ殺しておくべきだったか?」

 

「衛さん?」

 

「……いや、何でも無い。少し待ってろ、今場所を確認する」

 

 当てつけのように後輩へ細やかな呪詛を送り込みつつ、衛は身体に満ちる呪力を活性化させる。既に宿敵の降誕に伴い、彼の肉体は万全へと持ち込まれている。

 故に起き抜けであろうとも権能を振るうことに不足無し。

 

「母なる愛は幼子を守る穏やかにして無敵の揺り籠なり。実り豊かな大地を統べる母神の唄は幼子の泣き声を安らぎ、閉ざす、子守唄。

 ────無垢なる者よ、母神の庇護に微睡み給え!」

 

 言霊と共に雷の呪力が波紋のように広がってゆく。

 権能、『母なる城塞(ブラインド・ガーデン)』による神殿結界の力である。

 

 衛の第一権能は汎用性に富む権能だ。

 雷による霹靂に無敵の絶盾、聖獣顕身、回復促進など様々な効力を持つ。

 それは偏にプリンセス・アリスが的を射た《城塞》という本質的な力ゆえにだ。

 

 彼女に曰く、この第一権能とは攻城戦において必要な全ての役割を兼ねる攻防一体の権能であるという。

 

 神殿化による領域知覚・支配の結界、敵手を撃滅する攻防一体の稲妻、長期戦ないし連戦を可能とする回復能力、無敵城塞を利用した隔離防御などなど……。

 守戦において必要な力の全てを保有している。

 

 だからこその《城塞》。

 衛は守戦において絶大な力を発揮できる。

 

 桜花の実家に訪れた時点で、此処を仮宿とした時点で、既に衛にとって拠点としてこの場所は成立している。

 そして土地を支配下と置いた以上、そこを起点に九州全域に知覚結界を張り巡らせ、現状を把握するなど造作も無い。

 

「場所は……この位置、高千穂峰か!」

 

 結果、衛は数秒と掛からず彼方の敵手を補足した。

 今も爆発を繰り返す霧島連峰。

 噴火口から溢れ出る灰色の噴煙に潜むまつろわぬ神の姿を。

 

「高千穂峰……って……そんな、それは本当ですか衛さん!?」

 

「残念ながら事実だ。……桜花、確か高千穂峰にはかなり厳重な結界が張ってあったはずだよな?」

 

「は、はい。高千穂峰……霧島連峰全域には禍避けの結界が張ってあります。山頂にある『鉾』を守るためであると御爺様から聞いています。詳しいことは教えてくれませんでしたが、封印も兼ねていると……」

 

「ああ、『鉾』の神気に当てられて何処かの神が降りてこないか防ぐために保護と封印を兼ねた奴だと俺も聞いた。だからこそ、あそこに自然発生的に神が降りてくるなんてあり得ない」

 

 桜花も衛も詳しい話を聞いたわけではないが、あの『鉾』は贋作なれど、この国の何処かにある『鉾』はかなり重要な役目を担う神器らしく、その保管、管理は『官』の一部の者しか知らぬほど厳重に安置されているらしい。

 つまり『鉾』の神器はそれだけ重要な一品であるのだ。

 だから贋作とはいえ、まかり間違って『鉾』であるという縁に従い、変な呪いや神気が満ちないように地脈を利用した拡散と払いの結界を連峰全域に張り巡らせていると二人は行積老の口から直々に聞いていた。

 

 にも関わらず、件の結界区域でまつろわぬ神が出現した。

 考えられる要因は様々有るが、少なくとも結界ありきでアレの現出が許されるはずも無く、逆説的に結界は既に破られたとみて良い。

 そしてその事実が連座で示すのは……。

 

「……結界は『霧島衆』が管理してたよな」

 

「………………はい」

 

「そうか……」

 

 『霧島衆』は首魁の人格有ってか、敬虔にして善良な修験僧たちだ。

 仮に結界を害する何者かが侵攻してくれば全力で防衛するだろう。

 

「……ともかく座視するワケにはいかない。俺は今すぐ霧島連峰に向かう。桜花、思うところはあるだろうが戦闘、行けるか?」

 

「大丈夫です。それに……場合によっては私自身、戦うべき理由が出来ますから」

 

「ああ、その時は俺も倍乗せだ。最初から容赦をするつもりはないがな」

 

 ともに以心伝心。言葉にせずとも意図を共有する。

 そして、二人は寝間着姿から外着に手早く着替えた。

 起床して、異常を感知してから約五分。

 臨戦態勢は此処に整った。

 

「閉塚様! 夜明けに申し訳ありませんッ!!」

 

 と、丁度出陣準備が整った頃にドタドタと廊下を急ぎ足で駆けてくる息絶え絶えな女中が桜花の私室に転がり込んでくる。

 恐らく高千穂峰の異常を家の呪術師たちも察知したのだろう。

 言葉にされるまでの無く、用件は間違いなく……。

 

「皆まで言うな。高千穂峰の異変だろ。すぐに対処する」

 

「い、いいえ! 違うのです! ああいや、そちらも重要ですが──」

 

 だが、予想した無いような女中の言葉に否定される。

 不意を突かれた形で眉を顰める衛と桜花に、女中は衛達の予想した所の上をいく、最悪の現状を口にした。

 

「『裏伊勢神祇会』に出席中の旦那様からの知らせです! 高千穂峰……及び長崎市にて大異変! 計二カ所の時点にて『まつろわぬ神』の気配ありとの事です!」

 

「ハァ!? 二カ所!?」

 

「ということは別々に『まつろわぬ神』が降臨したと言うことですか!?」

 

 これには衛も桜花も驚愕する。

 まさか同時に、別々の神が同じ地域の別の場所に現れるなど……あまりの現状に唖然とする唖然とする二人に更なる情報が追加される。

 

「また、関東地域の栃木県日光においては中華の神殺し、羅翆蓮が襲来したため既に草薙王が交戦に移行、こちらの増援に招聘することは難しく、閉塚様に置かれましては計二カ所の『まつろわぬ神』に対処の程をと……!」

 

「ええい、最悪か! いや文字通り最悪だな! とんだ挨拶回りだッ!」

 

 如何に神殺しといえど肉体は一つである。

 別々の場所に現れた『まつろわぬ神』を同時に対処することなど不可能だ。

 そう思いながらも衛は即座に知覚結界を再度展開、今度は九州方面に目を向けてみれば……長崎県方面、そこに観測不能の領域が広がりつつあるのを知覚する。

 

「隠蔽魔術か何か……神がいるかは分からないが、何か異常がおきているのは確からしいな」

 

「なんて事……衛さん、これは……」

 

「目下、一番ヤバいのは問答無用で火山の方だろうよ。が、長崎の方の内情が感知できないのが痛い。最悪こっち以上にヤバいことになっている可能性だってあるからな……なぁ、アンタ向こうの被害状況に関して桜花の父君は何て言っているんだ?」

 

「げ、現在のところ不明である、と……ただ市内で膨大な呪力が既に観測されています。また濃霧と落雷が観測されたとの情報もあり……」

 

「ってことは向こうも向こうでヤバそうだな。さて、どうしたものか……」

 

 相手はまつろわぬ神。

 衛をして全力全体で撃滅に動いても早々簡単に倒せる相手ではない。

 どちらかを速攻で倒し、もう片方へ向かう……などとは流石の衛でも出来ない。ゆえにこそ衛は選択を迫られる。即ち、どちらを切り捨てるか(・・・・・・)

 

「ッ、ざけろ!」

 

 己の思考に思わず怒声を放つ。

 守れるものは何が何でも守護し、敵手は必ず撃滅する。

 そんな衛によもや見捨てる選択を迫られる場面が訪れるなどと!

 

(優先するべきはやはり桜花の身内がいる霧島の方……だが長崎にも俺の友人は何人かいる。アイツらを見捨てるわけには……)

 

 衛の縁は超広域に存在する。

 日本各地は勿論のこと世界規模で彼は知人友人を持っている。

 だから当然、長崎にもそして宮崎県にも大切な友人がいる。

 

 どちらも見捨てることなどとても出来ず、だが、衛をして即座に援軍として駆けつけ、助けられるのはどちらか片方に限られるだろう。

 衛は優先順位を付けなければならない、天秤で量らなければならない。

 

 友情を比べる……などと最大の禁忌を犯さなければ……。

 

「────くッ!!」

 

 迷う時間すら惜しい。まつろわぬ神は既に目覚めているのだ。

 苦悩のあまり選択できねば、今度はどちらも助けられないという最悪を招く。

 毒杯を飲むような決断を下そうとした刹那──衛の携帯が鳴る。

 ハッとなり、着信音が三度と鳴る前に携帯を手に取れば……。

 

『よう、大将。だいぶ非常事態だな!』

 

「蓮か!」

 

『おう蓮だ。時間が惜しいから用件言うぞ。長崎方面にはもう雪さんが向かった。だから大将は高千穂に現れた『まつろわぬ神』を対処してくれ、とのことだ』

 

「雪さんが……いや、そんな無茶な……! あの人は武芸の達人だが、魔術の方はからっきしだろう!? それに人間じゃどうあってもまつろわぬ神には……!」

 

『ああ、そっちに関しては大体検討が付いてる。多分、抑えるだけなら何とかなる……はずだ』

 

「検討って……お前まさかどういう神が現れたのか……」

 

『勿論、把握済みだ。何せ来日の仕方がアレ(・・)だったからな! 東シナ海を哨戒中だった海上自衛隊に紛れ込んでいた正史編纂委員会の呪術者からの報告を沙耶宮経由で貰ったからな!』

 

 『女神の腕』情報担当の面目躍如という所だろう。

 まさか既に出現した『まつろわぬ神』を九州の呪術衆より先に把握し、手を打つために動いているとは。

 厳密には正史編纂委員会の活躍あってのことだとは言え、事態を即座に把握し、適切な対処を打ち込む手腕は蓮だからこそ出来る流石の対応力だ。

 

「だが……!」

 

 しかし忘れてはならない。

 どれほど上手く対応した所で相手は『まつろわぬ神』。

 どだい、人間にどうにか出来る存在では無いのだ。

 

 如何に雪鈴とはいえ『まつろわぬ神』を前に対抗することなどは不可能に近い。まして撃退するなどもっての外だ。

 最悪、戦いの果てに命を落とすことだってあり得る。

 

 そんな懸念をする衛を察したのか、電話越しに蓮は『ハッ!』と笑う。

 

『おいおい大将。大将の相棒に比べりゃそりゃあうちの幹部共も頼りないものだが……これでも王の臣下だぜ? 少しは信頼してくれや』

 

「!」

 

『それにこっちも無茶を通す前提で動いているわけじゃ無い。なに……日光を探ってたら面白い御仁が来日していることが分かってな。もしかしたらその御仁に釣られて頼もしい問題児さんが来日している可能性が高い』

 

「頼もしい問題児……まさかそれって……」

 

 蓮の言葉に衛は脳裏にある男の姿を浮かべる。

 確かに先輩(・・)が来日していた場合、『まつろわぬ神』に対して十分以上の対抗策となり得るが……。

 

『さて。予想が当たってた場合は感謝するべきだろうなきっと』

 

「………ふん、そん時は英国の貸しで借りは無しだと言ってやれ!」

 

『合点承知! んじゃあそっちの対処は任せたぜ』

 

 くつくつと電話越しに笑う蓮に衛は呆れながら言葉を返す。

 どういう目的で日本に居るのか、先輩と同じく来日しているだろうもう一人の問題児と合わせて気になる話だが、今はそれどころではない。

 

 やるべき事、やらなければ行けないことは他にある。

 

「蓮──……信頼、するぞ」

 

『おう、任せとけ。といっても頑張るのは雪さんだけどな!』

 

 他の懸念を全て蓮と雪に託し、衛は電話を切る。

 ふと隣に目を向ければ桜花が優しげに、そして頼もしげに頷く。

 ……ならば言葉は要らなかった。

 

「全く、果報者だな俺は……」

 

「はい。衛さんはとても良いご友人に恵まれていますね」

 

「普段はただの世間ずれした変人共だがな」

 

「……ですね」

 

 やれやれと肩を竦める衛に苦笑を漏らす桜花。

 いつも通りの調子が戻ってきたのを自覚しつつ衛は、

 

「さて──旅人が、商人が、医者と詐欺師と牧師が、汝の多様な知恵を授かるため今か今かと焦がれている。諸人に狡知の知恵を授けんがため、我は速やかなる風となりて伝令の足を向ける……いくぞッ、桜花!」

 

「是非も無しッ──!」

 

 そうして桜花を腕で抱き、衛は旅人の権能を発動する。

 目指すは、狂い猛る霊峰、霧島連峰は高千穂峰。

 

 嘗て、天孫が降臨せしめた偉大なる地に向け、神殺しは飛翔した。

 

 

 

 

 濃霧満ちる長崎市内。

 街自体が眠るような静寂が支配する街で突如として轟音が起こった。

 固いアスファルトの地面を吹き飛ばし、爆音を響かせるそれは対戦車ロケット弾。

 中華大陸から不正に持ち込まれた軍事兵器が役割に則り咆吼をあげる。

 

「命中。撃滅十七、被弾十一」

 

「次弾装填、急げ。他の者は手持ちの銃火器を以て連中を近づけさせるな」

 

「「「(シー)!」」」

 

 武器を操るは眠れる霧中にあって意識を保ち、抗う戦士達。

 黒いスーツに身を包み、雪中に及ぶ竜の御旗を掲げる一団。

 

 ──中華系マフィア『雪華会』。

 

 大陸の裏社会に君臨する大陸屈指の武闘派集団である。

 彼らはロケット弾などの重火器に加え、大型口径のリボルバー、手榴弾を主軸に今まさに長崎市内で起こる怪異に対応していた。

 

「七時の方角に敵影確認。増援の模様。数はおよそ五十」

 

「チッ……第三隊対処せよ。第四、五隊は援護してやれ」

 

(シー)

 

 軍隊もかくやという勢いで陣形を立てる『雪華会』の構成員達。

 現代兵器を振るい、防衛戦に努める部下達を視界に収めつつ、一向に減る気配のない敵影に、この場を任された現場指揮官の男が緊張を吐き出すように息を吐く。

 

「一向に減る気配がありませんね」

 

「ああ、量産できる使い魔の類いなのだろう。頭を潰さねばどうにもなるまい」

 

 苦々しい副官の言葉に指揮官の男も重々しく頷く。

 目線の先には敵影──人型の骨の群衆が呆れるほどの数で迫ってくる。

 

 彼らに顔は無く、頭に当たる部分には牙が。身体は肉を持たぬ骨が。そして両手には骨武器(ボーンウェポン)。その姿、人型であれど人ならざる異形である。

 

 事は──三十分前。

 『雪華会』を率いる当主、張雪鈴も席に連ねる『女神の腕』、その幹部によって齎された情報に従い、この長崎市に訪れたときだった。

 

 『まつろわぬ神』との交戦も視野に入れ、相応の装備を調えた後、異変に立ち向かうべく長崎市を訪れた『雪華会』の面々が見た者は倒れ伏し、目を覚まさない長崎市の住民達と、彼ら、本来の住人に変わり街を闊歩する骨の異形達の姿だった。

 骨の異形達は『雪華会』面々に気づくと即座に攻撃。

 これに対して『雪華会』も対抗せんと武器を手に取り……結果、此処に絶え間ない爆発と轟音が響く戦場が生まれたのだ。

 

「内功による魔道ではなく純粋火器に切り替えたのは正解だったな」

 

「はい。物理的な手段が通じるのは幸いでした。でなければ……数を前にとっくに氣を切らして我らも倒れ伏していたことでしょう」

 

 カタコトと不気味な音を立てながら息つく間もなく数で攻めかかってくる骨の兵士達を目の前に二人は意を共にする。

 現れた謎の使い魔らしき存在……その数はあまりにも圧倒的だ。

 戦力自体は然程、高くないので対処には困らないが、数が多すぎる。

 これでは達人級の道士であれ、容易く氣は底を付くだろう。

 

 早期にその事実を見定めた現場指揮官の男が部下達に内功を使った術では無く、普段の暗闘に用いる現代装備に切り替えるよう指示したのは正に英断だったと言える。

 この数相手にまともに戦っていたのでは体力も氣も持ちはすまい。

 

「……まあ、最も例外はありますが」

 

「だな。全く流石は師父……内功なしによくぞあそこまで……」

 

 二人が眺めるのは火器で以て奮闘する部下達の先。

 たった一人、武器も持たずに奮戦する一人の女人の姿である。

 

 端的に言ってそれは愚行の極みであった。

 華奢な美しい女人、とても力に優れているようにも戦士にも見えない女性が戦場の、あろうことか最前線にたった一人で挑む。

 しかも相手は息を吐かせず数百単位で押し寄せ続ける数の波濤。

 飲み込まれれば如何に優れた達人であろうとも秒で倒れ尽きる暴力に正面から当たるなど。現に女性は四方を囲まれ、味方の援護もままならない状態だ。

 

「師父!」

 

 部下の誰かが使命染みた声を上げる。

 誰よりも前線に立つ女人──張雪鈴を案じての事だろう。

 しかし彼女をよく知る現場指揮官と副官は動かない。

 何故ならば知っているから。

 この程度の数、この程度の暴力。

 

 彼女を止めるには能わない、と。

 ユラリと滑らかな動きで両拳を構える雪鈴。

 悠然と、構えた雪鈴は骨兵に囲まれた状況にも関わらずあろうことか静かに瞑目した。部下は焦りを覚える、あれは不味いと。

 敵兵に囲まれた状況で視界を閉ざすなど愚行も愚行であると。

 

「フゥ────哈ァッ!!」

 

 しかし──開眼と同時に放たれる気合いの叫び。

 雷鳴と錯覚するような声と共に雪鈴の両拳がブレ(・・)た。

 

 次いでタンという複数の快音。

 気づけば雪鈴を囲っていたはずの骨兵は──木っ端と砕け散っていた。

 

「…………はっ?」

 

 引き金を引く動作さえ中断して、間抜けな声を漏らす部下。

 雪鈴が戦場に立つのを初めて目の当たりにする者なのだろう。

 あんまりな光景にぽかんとした顔で呆然としている。

 

 しかし当惑も仕方が無い。

 何せ雪鈴の両拳がブレたと思ったら二十の骨兵が粉微塵に砕けた。

 そうとしか言えないほどに雪鈴が何をしたのか分からない。

 味方の部下達でさえ唖然とし、呆然とし、次いで畏怖を抱く光景。

 

 古参には見慣れたその光景を前に指揮官と副官の二人は関心と呆れを五分五分に含んだ声を漏らす。

 

「……アレ、本当に生身の技なんですかね?」

 

 雪鈴の眼前に立ち塞いだ六体が粉微塵と化した。

 

「師父本人が言うにはそうなんだろうよ」

 

「内功も使わず……ですか?」

 

 頭上から奇襲してきた骨兵二体。

 ──しかし次瞬には粉微塵と化す。

 

 息を吐かせず、左右からの挟撃。

 さらには遠方からの弓矢による狙撃が雪鈴を狙う。

 ──しかし矢は手刀で落とされ、続けて手刀で左右二体が胴体部から真っ二つに叩き割られる。

 

「そも師父は道士ではない。故に師父は氣を使うことなど出来ない」

 

「ですよね」

 

「ああ」

 

 ならばと肩を並べ、隙間無く陣を埋めて攻めかかる骨兵。

 剣を槍を弓を突き立て、雪鈴を絶対に殺すべしと布陣を組み──。

 刹那、アスファルトを範囲十メートルに渡り破壊する震脚が布陣を悉く乱し、揺さぶられ、体勢を崩した骨兵を次々に拳が穿たれ、砕いてゆく。

 

「………」

 

「………」

 

 本人曰く、八極拳の妙技。

 しかし目の当たりにする度外れた光景を誰が武術と呼ぶというのだ。

 内功ありきならばまだ説明は付く。 

 だが一切の呪術的援護なしに、ただ鍛え上げた武術と素の肉体性能で骨兵の群衆を鎧袖一触にする光景は喜劇か、魔法のようだ。

 

 頼もしいとは勿論、思うがそれ以上に呆れてしまう。

 一体何をどうしたら此処まで変態的な技量になり得るのか。

 

「確か師父はかの李書文殿に憧れていたな」

 

「ええ、先々代殿がかの御仁のお知り合いで、武勇伝をよく聞かされたとか」

 

「以来、かの御仁に憧れたのだったか」

 

「はい、武の極致。圏境の領域に手を届かせる、と」

 

「なるほど」

 

 類は友を、とはこの国の言葉だったか。

 やはり天才は天才を呼ぶという事なのだろうか。

 

「っと見入っている場合ではない。我らも我らで対応する。如何に師父が武に優れた御仁といえど、体力は有限。少しでも師父の手間を減らすのだ」

 

「「「是!」」」

 

 気を取り直して再び前線指揮に戻る指揮官の男。

 彼の号令により放心気味だった部下達も戦意を取り戻して戦闘を続行する。

 

 そんな彼らを傍目に先ほどまで周囲の呆れと畏怖を交っていた女主人、雪鈴は絶え間ない骨兵の猛攻を反撃の一撃で粉砕しながら思う。

 

「ジリ貧ですね」

 

 蓮の頼みに応じて長崎入りしてから四半刻。

 骨の異形たちの攻勢は強まり続けるが、一向に彼らの長だろう首魁の姿が目に見えない。蓮からの情報がその通りならば敵は間違いなく、卓越した使い手たち(・・)。戦場に精通した戦士達だ。

 態々、このような使い魔でこちらを削るまでも無く、ただ一騎でも現れ、その武を振るえば雪鈴たちを壊滅させることなど造作も無いはず。

 

「惜しむ理由があるのか、出来ない理由があるのか」

 

 雪鈴たちの目的は出現した『まつろわぬ神』の足止めである。

 そういった観点から、神でも無ければ扱えない膨大な使い魔集団を抑え続けることは必然、これを従える『まつろわぬ神』を抑えることに繋がるので十分に役目を果たしていると言えるのかも知れないが、相手は神だ。

 

「使い魔だけおいて自身は……ということも考えられますしね。──そろそろ潮時ですか」

 

 やはり『まつろわぬ神』に接敵しない限りはどうあれ不安は晴れない。

 ならば使い魔相手に戦い続けるのは此処までが潮時だろう。

 幸い、この程度の使い魔ならば部下達でも十全に対応できる。

 

「此処は彼らに任せ……私は手ずから首魁を探ると致しましょうか」

 

 斬りかかってきた骨兵を蹴飛ばし、いざ使い魔達の包囲網を突破せんと両脚に力を込める──その時だった。

 

「強大な呪力の気配──師父ッ! 魔術です!!」

 

「ッ!!」

 

 道士たる部下の一人の呼びかけに雪鈴は反射的に動く。

 警告に合わせて、しなやかに動き回る肉食獣のような身のこなしで密集する使い魔達を縫って空中に跳躍する。

 さらに使い魔達の頭部分を足場に蹴り飛ばしながら高速で場を離脱。

 一瞬のうちに三十メートルほどの距離を稼いでみせる。

 

 そして──膨大な呪力の光が一条二条と降り注いだ。

 

「くっ───!」

 

「何事だッ!」

 

「おおおおおっっ!?」

 

 爆発と衝撃から頭を庇いながら光の方へと目を向ける雪鈴。

 後ろでは部下達が爆風に煽られ、悲鳴を上げているがそちらに振り向く余裕はない。何故ならば呪力の光は絶えず降り注ぎ、破壊と破壊と破壊の限りをまき散らしていたから。そうして光が止む頃……十三を数える頃には雪鈴が先ほどまで戦っていた場所は焼け焦げ、使い魔ごと木っ端と粉砕されていた。

 

「──或いは、私たちを引きつけて当人はさっさと何事かを目論みごとを結実させているかと考察しましたが……」

 

 霧で視界の効かない中、雪鈴は頭上を見上げる。

 ぼやけ、ハッキリとは見えないが、そこには確かに人影が浮かんでいる。

 

「どうやら我々は無事、役目を果たせていたようですね」

 

 金色の刺繍がされた黒に近い紫色の豪奢なローブに身を包み、両手には紫水晶(アメジスト)かを思わせる巨大な宝石が嵌められた金の杖。

 フワフワと上昇気流に乗るカモメのように宙を浮き、膨大にして幾何学的な紋様を描く魔方陣を浮かべるその様は、正しく古の魔女のよう。

 

「蓮からの報告に照らし合わせるに────ヘカテーより魔女術の教えを授かりし者、メーデイアですね?」

 

「────」

 

 雪鈴の断定のような問いに、魔女は沈黙で以て答えを返した。 




あれあれ? 各戦端導入だけで終わった?

もしかして、これは、長くなる流れか……(察し)

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