極東の城塞   作:アグナ

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本日はバレンタインですね。

…………………………ふっ(乾いた笑い)。


その剣閃は何よりも疾く

 鹿児島県霧島市、神話の里公園。

 

 鹿児島空港から車で約四十分程の位置にあり、霧島錦江湾国立公園内の一区画を利用して作られたレジャー施設である。またの名を道の駅霧島。

 霧島特有の自然地形が生かされた園内では、園内の色とりどりな四季によって変わる景色をノンビリと眺めることが出来るロードトレイン、天然自然の斜面を利用したスライダー、直径七十メートルの天然芝が敷かれた広場で行うグランドゴルフなどなど様々な自然を生かしたレジャースポットが完備されている。

 

 特に目玉は霧島の山々は勿論こと、桜島や錦江湾まで見渡すことが出来る標高六七〇メートルの展望台だろう。快晴の日に遊覧リフトで上がった先にあるその景色は絶景という他なく、訪れた人々を雄大な自然で魅了する。

 

 だが────そんな風景は燃える炎と灰の渦に穢されていた。

 

 空は噴煙によって曇天より暗く閉じられ、天高く打ち上げられた灰が地上をも穢すようにしんしんと降り注ぐのみ。

 公園から一望できる高千穂連峰は既にその原形を無くしており、轟々と今も爆発と溶解を繰り返している。時折、爆発に乗って園内にまで噴射物が飛来し、緑豊かな自然の大地を木っ端微塵に打ち砕く。

 

「絶景だな……ある意味では」

 

「私は、出来れば平時に見に来たかったですね」

 

 正しく天変地異といった景色を前に二人の男女が異なる所感を口にする。

 神殺し、閉塚衛とその伴侶、姫凪桜花の二人である。

 

 霧島連峰全域には既に大規模な避難勧告が出ているため、公園内には当然彼ら以外の人影はない。

 様変わりした雄大な自然を展望台から眺めながら衛は肩を竦める。

 

「そりゃあ俺もだ。英国では結局自然公園は見て回れなかったからな。縁があればノンビリ自然を眺めつつピクニックって言うのも悪くないと思うが……」

 

「何というかつくづく縁が無いですね」

 

「全くだ……」

 

 どうにも自然公園という奴に二人は縁を持たないらしい。

 訪れた先悉くが元の自然を損なった破滅的光景では風流も何も無い。

 自然の景色に現を抜かす……。

 そんな時間も嫌いでは無い二人には少々残念だった。

 

 しかし、元より此処に訪れたのは観光でも何でも無い。

 ヘルメスから簒奪した権能で此処まで瞬間移動してきたのは、偏に此処が災いの中心を見渡すに最も適した展望位置。

 言わば敵情視察に適した場所だったからだ。

 そして実際、衛らは目の当てられない光景が広がる霧島連峰が持つ災禍の顔を眼前に一望している。

 

「『まつろわぬ神』の姿は……見えないな」

 

「ええ。ですが、居ることは間違いないでしょう。何処かに姿を隠して様子を覗っているのか、或いはもう既にあの場を後にしたのか……」

 

「どちらにせよ。『まつろわぬ神』が現れた以上、その元を正さなければこの被害はさらに目も当てられないことになるわけだ」

 

 この通り、既に目も当てられない景色だが、このまま『まつろわぬ神』が存在し続ければ次に何が起こるかなど考えたくもない。それに今は噴火も霧島連峰を中心とした霧島地域……霧島錦江湾国立公園内の範疇に留まっているが、ドロドロと流出し続ける溶岩は放置していれば何れ近くの霧島市や曽於市、霧島連峰を挟んだ先の対岸、小林市と行った街々にまで被害を伸ばすだろう。

 そうなれば立ち上る噴煙や噴出物による落下被害で起こる規模の被害では済まされない。溶岩によって家屋やビルと言った建築物は溶かされ、人々の生活区域を大きく圧迫するだろう。火は諸人を飲み込み、灰は人々の生活を締め上げる。

 

「とはいえ、早期解決は無理そうだなこりゃあ。『まつろわぬ神』を消したところで破壊痕が消えるわけでも無し。せめて水に関する権能があれば強引に力業で鎮火もさせられたんだろうが……俺はそういうの持ってないしな」

 

「ですね。そういった力業はヴォバン侯爵の十八番でしょう。尤も侯爵が人々のために災害を鎮める……何てことは全く考えられませんが」

 

「止めろ。アイツの名前を出すんじゃねえ」

 

 桜花の言葉に衛は苦虫を噛みつぶしたような顔をする。

 確かに神殺し、サーシャ・デヤンスタール・ヴォバンの権能『疾風怒濤(シュトルム・ウント・ドランク)』辺りを使って台風でも呼び込めば、この地災を沈めることも出来るかも知れない。

 まあ、権能の規模を考えれば鎮火どころか、勢いで一体を吹き飛ばし兼ねないので本末転倒な結果が待ち受けてそうだが。

 

「ともかく、まずは『まつろわぬ神』だ。事の元凶を仕留めた後、俺の権能で一帯に結界を張る。ちとキツイが火山の猛りが収まるまでなら何とか抑えられるだろ」

 

「衛さんの権能で? でも火山が治まるまでなんて……何日かかるかも分からないのにそんな事が出来るんですか?」

 

「結界って言っても防御結界の方じゃ無くて神殿の方だ。一帯の自然を支配して意図的に噴火やらが街の方に流出するのを抑える。とはいえ、これをしている間、城塞の権能は他に一切使えなくなるからな。外敵を排した後じゃ無いとダメだ」

 

 そう、とにもかくにもまずはこの噴火の原因となった存在を倒さなければ、どうにもならない。災禍を抑えるためにも広げないためにも早急に事の元凶であろう『まつろわぬ神』を討伐しなくてはならない。

 

「それにしても一体どのような神格が現れたんでしょうね。やはり火の神か、或いは山岳に関する神格?」

 

「さあな。特に今回は準備だの何だのしている余裕はない。出たとこ勝負で悪いが見敵必殺。こっちは長崎の騒ぎもどうにかせにゃならんのだ。多少無茶を通した力業でもさっさと解決しなけりゃ面倒がさらに重なる」

 

 目下、最優先して片付けなければならない騒ぎはこの連山噴火だが、だからといって此方にかまけている余裕もない。

 長崎では今も原因不明の濃霧騒ぎが蔓延しており、『女神の腕』の構成員たる雪鈴を向かわせたモノの、『まつろわぬ神』関連ならば解決できるのはやはり衛のみだ。もしかすれば間が良く先輩が居合わせている可能性が高いとは言え、彼も彼で問題を大きくすることに長けた傍迷惑な神殺し。

 《同盟》こそ結んでいるが、頼りにしすぎれば碌なことにはならず、やはり自らの手で解決するのが一番望ましい。

 

「さて、敵情視察もいい加減にそろそろ仕掛けるか。取りあえず、雷撃の一つでも見舞えば勝手に挑発と受け取って出て──」

 

「やあ、君が護堂と同じ日本の──」

 

「撃て、アルマテイア」

 

 火山に向けて打ち放とうとした雷撃をそのまま声の方角へ容赦なく穿つ。

 問答無用で放たれた一撃は一帯を焼き焦がし、攻撃対象に数億ボルトの電流を衝撃と共に浴びせる。

 間を置かずして放たれた予期せぬ不意打ちはしかと対象を捉え、その生命活動を速やかに終わらせんと迸る。

 並の敵手ならば一撃必殺。

 神獣すらも竦む攻撃を受けた相手はしかし──。

 

「酷いなァ、話も聞かずあんまりじゃ無いか! でもま、ノリは護堂よりも良くて助かるよ。僕は言葉が達者な方じゃないからあんまりつれないと困るんだよ」

 

「──……なるほど。高千穂連峰には『まつろわぬ神』の出現を阻止するための土地結界が張られてたはず。それを越えて『まつろわぬ神』が出現するなんて何か外的要因があるとは想定してたが……お前がそうだな?」

 

「ご明察──初めまして護堂と同じ日本の神殺し。僕はサルバトーレ・ドニ。サルバトーレでもドニでも好きに呼んでくれて良いよ」

 

 その名に衛は覚えがあった。

 神殺し、サルバトーレ・ドニ。

 衛と同時期に神を討ち果たして神殺しとなった六番目の王冠。

 イタリアを拠点にする騎士達の王。

 

 直に出会ったことはないが、昔、衛がヴォバン侯爵の『ジークフリード招聘の儀』を襲撃した際、騒ぎに転じてヴォバンが討ち果たすはずだったジークフリードを横取りしたという男であるとアリスやアレクサンドルから聞いている。

 彼らに曰く、『馬鹿で阿呆』という手の付けられない人物。

 

「ハッ、行方知れずで噂の『剣の王』か。遠路はるばるイタリアからコッチまで一帯どんなご用件で?」

 

「君との決闘を、さ。アンドレアから聞いているよ、何でもすっごく固い最強の盾を持つって言う神殺しの話。その話を聞いて思ったのさ。僕の魔剣の切れ味を確かめ合うのに誰よりも何よりも最適な相手だとね」

 

「……へぇ」

 

 無骨な一振りの剣をぶらりと構えながらニヤリと楽しげに笑うドニとは対照的に、衛は底冷えした相づちを打つ。

 それはまるで噴火前の火山を思わせるモノだった。

 

「ならアレ(・・)は? まさか開戦の号砲なんて巫山戯たことは言わないだろうな?」

 

 言って衛が指さすのは今も活発な活動を見せる高千穂連峰。

 噴煙と溶岩を垂れ流す此度の騒ぎの中心地である。

 

「ああ、アレは違うよ。いや、これで気づいてくれるかなーとか、ちょっとは思ったけどね。目的は別さ。僕を親切に日本まで送り届けてくれた船の船長に一つ頼まれてね。頼みを叶えたらごらんの通りさ。いやあ、僕のビックリだよ。何となく嫌な予感はしていたけれどまさかあんな風になる何てね」

 

「………桜花」

 

「──はい」

 

 友好的な笑みのままヘラヘラと語るドニを傍目に衛は目の向けず、短く相棒に言葉を掛ける。以心伝心と勝手に知ったる桜花は言葉に応じて、静かに愛刀である打ち刀を抜刀。呼吸を整え、内なる験力を全身に満たす。

 

「溶岩流に巻き込まれた時はどうしようかと思ったよ。鋼になって凌いだまでは良いんだけれど、溶岩の流れは結構早いし、ドロドロして動きにくいし、ようやく抜けたと思ったら今度は冷えた溶岩が身体にこびりついて身動き取れなくなるし……」

 

「ふーん、大変だったんだな」

 

「そうなんだよ。此処まで来るにも歩いて来たんだぜ、僕」

 

「それは俺と戦うためにか」

 

「うん、君と僕は言わば護堂を取り合う恋敵(ライバル)同士だろう? 此処らで一つ、どっちが護堂に相応しいライバルか、雌雄を決そうじゃ無いか!」

 

「……非常に訂正したい部分があるが、まあ良いか。それでサルバトーレ・ドニ」

 

「うん? サルバトーレかドニでい──」

 

「言いたいことはそれだけだな?」

 

 ドニの言葉を叩き潰すように衛が言葉を被せる。

 一見して感情のこもってない言葉の裏には烈火のような激情が秘されている。渦巻く赫怒は百の言葉よりも雄弁に衛の感情を語っており、ドニを見る無機質な瞳の奥には憎悪にも似た憤りがゆらゆらと不気味に揺れている。

 ただ相対するだけで常人ならば恐怖と畏怖を抱く激情を前にドニは、壮絶に獰猛な笑みを浮かべて舌なめずりをした。

 

「ああ、悪いね。余計な言葉は無粋だった。そっちはとっくに準備万端のようだ」

 

「全くだ。言葉は達者じゃないんじゃなかったか?」

 

「そうだよ? 最近決闘を挑むにしてもノリの良い相手が居なかったから癖でちょっとね。でも良かったよ、君は話が早くて済みそうだからね。やっぱり僕は言葉を尽くすよりこれ(・・)で自分を表現する方が楽だし手っ取り早くて良い」

 

 ブン、と手元の魔剣を一振りするドニ。

 剣術の構えは──無い。

 脱力し、だらんと腕を落とした様はとても戦闘に適したとは思えず……しかし突き刺さるような鋭利な殺気がこれ以上無く脅威を伝えてくる。

 この構えこそ、サルバトーレ・ドニの最適解。剣の王が至ったという神をも殺す無双の構えであると。

 

「だから……さあ、やろうよ。僕の剣が上回るか、君の盾が上回るか……一つ試してみようじゃ無いか!」

 

「お望み通りに……ああ、そうだ──精々楽しめ、テメェの最後の人生(じかん)をなッ!!」

 

 遂に爆発する感情と共に膨大な呪力が猛り狂う。

 勝手気ままに騒ぎを起こし、傲岸不遜に人界へ災いを齎す剣王。

 そんな男を前にして平和と友を愛する男が激怒しないはずも無く、出会えば激突必至の両者は同時に開戦の印となる言霊を吼える。

 

「此処に誓おう──僕は僕に斬れる存在を許さない! この剣は地上の全てを斬り裂き、断ち切る無敵の刃だとッ!!」

 

「王位を簒奪されんとするため天空統べる大神は我が子を殺さんと牙を向く。母なる愛よ、下賤な父からいずれ偉大となる者を護りたまえ!!」

 

 最強の魔剣と無敵の城塞。

 交わらない両者は対局の権能を解き放つ──。

 

 

 

 

「駆けろ! アルマテイア! あの馬鹿者に天罰をくれてやれッ!!」

 

『Kyiiiii────!!』

 

 先手はやはり衛だった。

 剣を得物とするものと稲妻を得物とするもの。

 先んじる方は比べるまでも無く瞭然だ。

 

 衛の命に速やかに山羊の化身は応じる。

 アルマテイアは稲妻に姿形を顕身し、悠然と剣を構えるドニ目掛けて突進を仕掛ける。光と見紛う稲光の失踪に対してドニは地面を転がることで避ける。

 

「はは! 派手だね!」

 

『Kyiiiii────!!』

 

 だが、それで終わるはずも無く。

 稲妻は追撃に身を翻す。

 宙空で即座に転身したアルマテイアは地面に転がったドニ目掛けて再度の突進。それに対して今度は、剣を迎え撃つようにして構えるドニだったが。

 

「間抜け!」

 

「うわッ!」

 

 ドニの後頭部を強かに衝撃が揺らす。

 ヘルメスの権能で瞬間移動した衛がアルマテイアに夢中で視線を外していたドニの後頭部を殴りつけたのだ。致命傷にはとてもならないとはいえ、完全に意表を突かれたドニは思わず前のめりに倒れかかる。

 確かな戦果を手に即時、瞬間移動で衛は距離を取る。

 そこに容赦なく、アルマテイアの雷撃が襲いかかった。

 

 目を覆いたくなるほどの稲光が瞬く。

 あらゆる音を消す勢いで轟音が全てを上書きし、絶大な電力が地面と大気を焼き焦がし、埒外のプラズマがオゾンの悪臭を発生させる。

 

 人間ならば丸焦げで絶命する規格外の熱量と電量。神殺しや『まつろわぬ神』ですらまともに受ければただでは済まない一撃をドニはまともに受ける。

 

「アルマッ!!」

 

『Kyiiiii────!!』

 

 だが、終わらない。

 一撃、二撃、三撃、四撃、五撃、六撃、七撃────!

 

 いっそ過度とも言える追撃がドニの影が沈む地点に容赦なく、隙間無く降り注ぐ。

 ヴォバン侯爵に匹敵する膨大な呪力量を誇る衛の出力は神殺し内でも一二を争う。護堂の『白馬』に匹敵する熱量を七度と捻出しながら衛は手を抜かずに必要な追撃を繰り返す。その理由には無論、怒りもあった。

 

 ドニの齎した災いは姿形を一片も残さずに焼き殺さなければ気が済まないほど衛の琴線に触れるどころか引いて見せたが、しかしそれだけの理由では無い。

 単に、これだけやっても仕留めたという感触が無いから。

 確実に相手は生き残っているだろうという確信からの追撃である。

 

 そして予想通り、件の相手は衛の攻撃を耐え忍んでいた。

 

「容赦ないね。ヴォバンのじいさんを思い出すよ」

 

「あのクソジジィと一緒にするな、戯け」

 

 雷光を切り払うように現れたドニ。

 その身体は至る所が焼け焦げ、帯電しているものの致命傷となり得る傷は一切無かった。あの過剰なまでの攻撃を受けて尚、ドニは健在である。

 

 そう──ドニを覆う楔形文字の加護が衛の権能を悉く防いだのだ!

 

「《鋼》に類する守りの権能か……チッ、厄介な。《鋼》に打ち勝つ純粋な焔の権能なら突破できていたんだろうが」

 

「いやいや結構危なかったよ? 完全には防ぎきれなかったからね。凄まじい力だよ、君の権能は!」

 

「さよけ。じゃあとっとと満足してくたばってくれ」

 

「それは困るな。まだまだ始まったばかりじゃ無いか!」

 

 サルバトーレ・ドニの持つ第二の権能『鋼の加護(マン・オブ・スチール)』。

 

 北欧の《鋼》の英雄、ジークフリードから簒奪した権能で、その力は自身を鋼鉄の鋼に変えてしまうこと。攻撃に乗じて襲い来る衝撃などまでは無効か出来ないモノの、桁違いの重量と硬度はおよそあらゆる攻撃を遮断する。

 また、ある種の不死性を獲得することが出来るためこの状態ならば食事も呼吸も必要なく、真空だろうとも水中だろうとも年単位で活動できるという脅威の力だ。

 正に伝説において弱点の背中を除き、ありとあらゆる攻撃に晒されて尚、絶対無敵を誇った不死身の英雄、ジークフリードの逸話を再現する力と言えよう。

 

「じゃあ今度は僕からいくよ!」

 

「させるかっつの!」

 

 巧みな重心移動で数十メートルの間合いを魔法のように踏み潰しながら斬りかかるドニに、衛は面倒そうに手を払う。

 すると稲妻へとなっているアルマテイアが横薙ぎにドニを殴りつけ、大きく横合いに吹き飛ばした。相変わらず纏い続ける『鋼の加護』によって無傷であるものの、衝撃までは防げないため、ドニは無様に地面に転がる。

 

 底へ再び容赦の無い雷撃が降り注ぎ──。

 

「──凄いのを見せて貰ったお返しだ」

 

 ドニはニヤリと笑って『鋼の加護』を解除して飛び起きる。

 同時に右手の剣と同化するように銀色に染まっていく右腕……。

 絶断の魔剣が唸りを上げて、斬撃の呪詛を剣に満たす。

 

「それに早いだけなら──そう何度も喰らわないさッ!」

 

 斬ッ! と一振り。

 次いで巻き起こったのは伝説の再現。

 

 雷切りの逸話を真似するように。

 直撃必至の稲妻をドニはしかと見切り断ち切っていた。

 

『Kyiiiii────!?』

 

 悲鳴を上げながら虚空に掻き消えるアルマテイア。

 神速を誇る稲妻は魔剣の切れ味に敗北する。

 しかし……。

 

「だろうな。前に見た(・・・・)

 

 稲妻の主人に一切の動揺は無かった。

 淡々と、だからどうしたとばかりに衛はドニの耳元(・・)で囁くように口ずさむ。

 

「災禍を閉ざせ! 立ち塞がる者よ!」

 

「ッ!?」

 

 瞬間移動で一瞬のうちにドニの懐に飛び込んだ衛。

 再びの完全な奇襲にドニが驚愕する。

 その右手には逆手に握られた奇形の剣があった。

 他ならぬ衛の第三権能『富める者を我は阻む(プロテクト・フロム・ミゼラブル)』。権能封じの力である。

 

 そう、魔剣を保有するのは何もドニだけの特権では無い。

 衛もまた異なる特性を持つ魔剣の主である。

 早期に神速の稲妻が破られるだろうと直感した衛は、敢えて破らせることでドニに魔剣の仕様を誘った……その権能を封じるために。

 

「武術一辺倒の神とは前にやった。権能破りも前に見た。今更、そんなものを見せられて動揺なんぞするものかよ。じゃあこうするかと手段を講じるだけだ」

 

 飽きた芸を見るような感想を述べる衛。

 衛は雷切りの偉業など既に先のバトラズ戦で一度見ている。

 鋼の英雄が神速の稲妻を断ち切る様をしかとこの目に収めている。

 

 ならば曰く、卓越した剣士として怪物とまで謳われる神殺しが同じ事を出来たとて何ら可笑しくない。

 そしてそんな予想に対して予め対抗策を講じておくのは当然のことだ。

 

 確かに目の前の男のような《神速》破りの使い手は衛に取っては鬼門だ。

 稲妻を身に纏い、自身が《神速》の領域に転じるアレクサンドル・ガスコインと違い、独立して動く稲妻として神速を操る衛に、彼のような強弱を付けた攻防を演じることで《神速》破りを攻略するような器用なマネは出来ない。

 

 しかし、彼とは違う衛もまた一つの利点を持っていた。

 それは自身を《神速》と化すアレクと違い、衛の力は独立した神獣……言わば使い魔であるという点だ。即ち一度破られても再度の召喚が可能だと言うこと。

 護堂の権能と異なり、一度に一回などという拘束の無い衛の『母なる城塞』は一度破られたとて数度の補填が効く。

 それこそ護堂が使ったような『剣の言霊』でも受けない限りは。

 

 つまり……。

 

「こうしてわざと破らせて……その手段ごと封じることも可能だということだ!」

 

 第三権能の権能封じは対象に対して突き立てねば効果を発揮しない。

 ともすれば肉体戦はからっきしの衛では近接間合いで絶大な支配力を発揮するドニに剣を突き立てることなどまず不可能。

 だが、こうして敢えて神速の稲妻をチラつかせば、必ず相手は対抗策として《神速》を破るために力を振るう。その隙を、衛は突いた。

 

 瞬間移動、権能封じ。

 稲妻の他に二つの権能を持つ衛だからこそ出来る。

 魔剣封じの戦術。

 

 如何に近接間合いで《神速》をも破る卓越した技量を保有しようとも、剣無き剣士が一体どれほどの脅威になろうか。

 

(噂に聞くサルバトーレの特性は俺と同じ一点絞り。一つの権能の汎用性に任せたものだ。俺が《城塞》を封じられれば戦力ダウンするように、お前もまた魔剣が無ければ打てる手段の幅も落ちるんだろッ!)

 

 衛の見立ては間違えてなどいない。

 確かにサルバトーレ・ドニという剣士は脅威だが、それは彼が卓越した剣士であり、その剣の腕に相応しい魔剣を携えているからだ。

 

 無論、彼にも魔剣以外の権能は『鋼の加護』を初めに複数存在している。

 しかし、衛と同じく初めに得た権能を主体として戦う彼のスタイルは逆説的にそれを奪われたときに片手を失うに等しい損失となることを意味する。

 魔剣士として相手が最強ならば、その最強たる由縁を奪えば良い──。

 

 その基本戦術に一切の間違いは無い。

 

 しかし────衛は一つだけ見立てを間違えた。

 

 確かに魔剣無きドニは万全よりも劣る存在だろう。

 だがそれは魔剣持つ万全のドニが剣士として圧倒的存在である示唆である。

 

 衛に油断も慢心もない。

 けれども彼は侮っていた。

 

 怪物と謳われた剣士────神をも殺しせしめたサルバトーレ・ドニ自身の剣術を。

 

“ダメです、衛さんッ! 彼は既に──構えています(・・・・・・)!”

 

 果たして、桜花の忠告が先だったか。

 光の如く一条の剣閃が奔った。

 

「……はっ?」

 

 奇形の剣ごと打ち払われる衛の右手。

 呆然と意味の無い音を衛。

 

 敵は──ドニは本来、動けないはずである。

 《神速》の稲妻という切り捨てるには相応の集中力が必要な存在と対した直後、剣を振り抜いたその隙を瞬間移動で狙われたのだ。音も無く、前兆もなく、襲い来る脅威を前に、如何にドニという卓越した剣士でも予知することは出来ない。

 故に次瞬振るわれた一手は刹那の差とはいえ、ドニの反応速度を完全に上回っており、その一手の差でドニの魔剣は完全に沈黙するはずだった。

 

 だが──無我の境地に至りし怪物はそんな道理を力業で捻じ伏せる。

 確かに衛の攻撃はドニの反射神経を上回っていた。

 これは事実であり、覆しようのない現実だ。

 

 だからこそ……ドニは、この一瞬に自意識を完全に放棄した。

 身体が赴くまま、剣に身を任せ、剣に身を委ねる。

 剣の達人がその先に至る梵我一如の矜持。

 怪物的な剣の天才は容易くその領域へと手を伸ばす。

 

 結果、不条理が此処に現出する。

 ドニの(・・・)反射神経を(・・・・・)上回って(・・・・)振るわれたドニの魔剣が、衛の一撃を弾き飛ばしたのだ。

 

「──────」

 

 驚愕に衛の思考が白紙となる。

 脳を介さない身体だけの反射行動。

 如何に衛が一手勝っていてもその速度を上回ることは出来ない。

 此処に衛の戦術が破綻する。

 

 無敵城塞は消失した。

 権能封じは破られた。

 瞬間移動をするにしても──この間隙はあまりにも致命的だった。

 

「フッ────!」

 

 短い息継ぎ、斯くして魔剣が放たれる。

 

「ガッ──!!」

 

 宙空を舞う鮮血。

 脇腹を深々と絶断の魔剣が蹂躙する。

 

「──ァァアアアアアアアアアア!?」

 

 総身を苛む呪詛と痛み。

 己が戦術ごと一刀両断された衛は悲鳴と共に地に伏した。




ま、そう簡単にはいかないよねってお話。
それにしてもこの主人公、殺害予告する割りには毎回失敗してるよな。


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