極東の城塞   作:アグナ

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あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。

え? もう二月?
きゅ、旧正月基準だから……(震え声)


しかし、アレですね。
やはり期間を空けるとブランクがが。


『鉾』の伝承

「目覚めると、そこは知らない天上だった……なんてな」

 

 まるで物語の転換にでも使われそうな言葉と共に衛は静かに目覚める。

 見知らぬ天上、見知らぬ床……周囲の様子を観察しながら衛は知らぬ内に寝かせられていた布団から上体を起こそうとゆるりと身体に力を込める、その瞬間。

 

「ッ……テ!」

 

 身体に焼けるような痛みを覚える。

 肩口から胴体にかけて、焼き鏝でも叩きつけられたかのような激痛。

 その一瞬で眠気を消し飛ばした痛みによって衛は眠る前の記憶の全てを思い出した。

 

 ──霧島連峰で行われた神殺し同士の闘争。

 ──常軌を逸した魔剣士の一刀。

 ──闘争の最中に降臨したまつろわぬ神。

 

 そして──己の実質的な敗走。

 

「ッ……あぁ! クソがッ!」

 

 痛む身体を無視して、飛び出す勢いでかけられた毛布を退けると衛は即座に全身の呪力を充溢させる。

 寝ている暇など毛頭無い。

 逃した獲物は健在で、己が倒れた以上、被害は尚も拡充していることだろう。

 どだい、如何に優れていても人間では神や神殺しを前にどうにも出来ないのだから。

 

 己がやらなければ誰があれらから皆を守れるという。

 寝ぼけた頭と全快とは言えぬ身体に活を入れながら衛は言霊を唱える。

 速やかに敵の居場所を把握し、事の元凶を撃滅せん、と──。

 

「偉大なりし大地の庇護者よ、我が箱庭を穢す敵を黄雷の輝き以て──」

 

「目覚めて早々やることが索敵かよ。好戦的なのは似合わんぞ堕落王」

 

 ──唱える呪文は最後まで言い切ることが出来なかった。

 無造作に開け放たれる襖の向こうから一人の中年が衛の寝ていた部屋に入室してくる。

 碧い神職が身につける袴姿は明らかに呪術関係者、裏の事情を知る人間だろうに、神殺しである衛を前にして尚、不貞不貞しい口調。

 口元には幾ら年を重ねようと失われない悪戯っ子のような笑み。

 そして、肉体が衰退期に入っているだろうに、一切隙の見えない立ち振る舞いと鍛え上げられ、練り上げられた肉体と呪力。

 

 衛は怒りも忘れて、驚きの表情を浮かべる。

 何故なら彼はその男の名と顔を知っていたから。

 その目を見張る衛の様に男はニヤリと笑みを深めた。

 

「よォ、王様。久しぶりだな。それで? 桜花との関係はどうなったよ?」

 

「……なんでアンタが此処に居るんだ。宗像のオッサン」

 

 九州呪術界重鎮、『裏伊勢神祇会』の筆頭。

 日本屈指の風水士、宗像宰三(むなたかさいぞう)

 この有事にあって、真っ先に対応すべく奔走している筈の人物が何故かそこに居た。

 

 

……

…………

………………。

 

 

 鹿児島県霧島市の古社、霧島神宮。

 曰く「神が籠もる島」を地名の由来として持つ鹿児島県において尚、格式高いこの神宮の社務所にて、衛は療養させられていたらしい。

 

 話によると霧島神宮は文明十六年に現在の場所である霧島市に遷されるまで、天孫降臨の神話が伝わる高千穂峰の山麓に位置していており、起源を遡るとその高千穂峰そのものを信仰する山岳信仰こそ霧島神宮が本来の形であったらしい。

 幾度の噴火に晒され、中世の頃には既に山岳信仰から現在の日向三代の神々を奉る形に信仰は変質したものの、信仰する対象が山から神に移り変わったとは言え、今も天孫降臨の聖地として高千穂峰を奉っていることには変わりない。

 ともすれば今も古き信仰を残す桜花の祖父が率いる山伏衆、高千穂の修験道者との繋がりもまた生きている。

 

 サルバトーレ・ドニの魔剣に斬り裂かれ、彼との戦闘からの離脱を以て気絶したらしい衛を此処に運び込んだのはそんな古からの繋がりを知る桜花によるものだったという。

 今は衛の側に侍る桜花とて元は、祖父たる行積の下で修行を積んでいた身。そのため、年間百を超えるという祭事を執り行う霧島神宮の行事に祖父の付き添いで何度も足を運んでこともあり、此処の神官とも顔見知りである。

 『西の日光』とも言われる破格の神社であり、務める呪術者も相応以上の技量を誇るこの場所は衛の負傷を癒やし、かつその間の襲撃に備える地として格好の場所だったのだろう。

 

「ま、桜花の奴もアレで荒事慣れしているからな。流石の判断だったと言えるだろう。此処なら仮に負傷したお前さんを追って、伊太利亜の魔剣士や高千穂峰に出現した『まつろわぬ神』が襲撃してこようと数分は保たせられる。治療と籠城を兼ねた一石二鳥の選択って訳だわな」

 

「……の割りには傷の方は大して癒えてないんだが?」

 

 包帯を巻かれた身体を見下ろしながら衛は宰三の言葉に異議を唱えた。

 籠城の方はともかく、身体には未だ絶えず熱を帯びた痛みが走る。

 平然とした態度を保つ衛だが、実のところ気合いを入れなければ割と卒倒しそうな痛みである。

 

「そりゃあお前さん、仮にも神々の権能による攻撃だぞ。しかも、ただの負傷ならばいざ知らず、どうにもその刀傷は呪いの類いであるらしくてな。傷を閉じるまでは良かったが、その先に関しては上手くいかんかったらしい」

 

「つまり、形だけ整えたってことね」

 

「そういう事だ。ていうかお前さんは自前で治療できたはずだろう。治らんのか?」

 

 衛が持つ第一権能、雷の堅盾は形を獣と化し、稲妻と化す変幻自在の雷光。

 ともすれば確かに《城塞》の機能の一環として所有者の癒やしも性能に含まれる。

 宰三の指摘を受け、衛は己が内に眠る権能の力を引き出すが、しかし。

 

「フン、呪い……ね」

 

 全く効果が無いわけではないが、癒やしの力は遅々として及ばない。

 言う通り、サルバトーレ・ドニの魔剣による刀傷はただの刀傷では無いという事だろう。

 この様子だと全力で快復に努めても半日は要する。

 

「ま、全快には及ばないが戦闘をこなせる所までは快復できるだろ」

 

「そうかい。手負いの王様を引っ張り出すのは正直、気が進まんが有り難い。こっちもそんなに余裕が無くてな。適当に休んだらもう一回頑張って貰いたい所だ」

 

「別に構いやしないが……今はどうなっている? アンタが此処に居るって事は状況は逼迫していてもまだ本当にヤバいことにはなってないんだろ?」

 

 宗像宰三は言ったように九州の重鎮であり、並外れた風水師である。

 その実力は日本国内においても群を抜いており、高千穂峰に張られた人ならざるものが起こりの大結界に手を加えたり、九州全域の霊脈に手を加え、日光に張られているという特殊な結界をアレンジした神気を散らし、『まつろわぬ神』の出現を抑える神避けの結界を築くなど実力は功績からも折り紙付き。己が陣地で戦うという条件ならば、下手をしなくても神々や神殺しを上手く押さえ込められる有力者である。

 

 そんな彼が現場に向かっていない以上、未だ最悪に等しい事態にはなっていないことは分かるが、それでも組織の頭領がわざわざ陣頭指揮から離れているのには相応の理由があるはずだ。

 彼は実力者であり、一群の長でもあるのだから有事にあって簡単に席を外せるものではないのだから。

 衛の疑問に対して、宰三は頷きながら順序立てて説明を開始する。

 

「まず状況だが、一時の小康状態って所だな。お前さんが此処に運び込まれる前にあったっていう高千穂峰の大爆発から現場の状況は動いちゃいねえ。お前さんを斬りつけた魔剣士と新たに現れたらしい神様は健在の筈だが、どうにも戦っている様子もねえからな」

 

「ああ、あの剣バカは俺と違って多分、『まつろわぬ神』の爆撃を回避し損ねている筈だからな。生きてはいるが戦闘不能って所だろ」

 

 転移能力を有する衛だからこそ一帯を焼け野原に変える神の一撃から逃れることに成功したものの、あの剣士に同じマネが出来るとは思わない。

 あの魔剣の切れ味ならば確かに砲撃程度ならば切り裂き、打ち落とすことも可能だろうが、広範囲を吹き飛ばす爆撃が相手では如何に全てを斬り裂く魔剣とてどうすることも出来まい。

 恐らく死んでは居ないだろうが……衛と同じく一時の療養中といった所だろう。

 

「とはいえ、『まつろわぬ神』が健在である以上、逼迫しているのには変わりないだろうがな。いつ訳の分からない理由で暴れ出すか分かったもんじゃ無い」

 

「同感だ。他には長崎の方での濃霧騒ぎの方だが……」

 

 言われて衛は思い出した。

 そう、九州全域を巻き込むこの騒動が原因の一つは高千穂峰だけではない。

 長崎市を襲った濃霧の方もまだ収束を見せていないのだ。

 あちらは曰く、策在りと言った連と、九州に同行した雪が対応するとの事だが……。

 

「状況が混乱してて完全にはこっちも把握し切れていないが、どうにも偶然居合わせた英国の神殺しが対応しているみたいだな。うちの連中に占わせたが、今を以て交戦中って感じだなあっちは」

 

「そうか」

 

 連の様子から半ば予想はしていたものの、どうやら己の推測は外れていなかったらしい。

 場を引っかき回すことに関しては超一流の神殺し、アレクサンドル・ガスコイン。

 衛の先達たるその人物が、何故偶然とは言え日本に居たのかは知らないが、彼が対応にあたっているというならば、一先ず長崎の騒ぎについては一任して良いだろう。

 偽悪的に増える舞うぶっきらぼうの問題児だが、あれで義理堅い男だ。彼が本拠地に据える英国での貸しがある以上、キッチリ神殺したる役割を果たしてくれるはず。

 となると己が最優先で片付ける問題はやはり。

 

「剣バカ……サルバトーレ・ドニと『まつろわぬ神』だな」

 

 あの一人と一柱を速やかにこの九州、ひいては日本から叩き出すことだ。

 

「オッサン、あの剣バカが起こした『まつろわぬ神』について知ってることはあるか? 無くてもこうなった以上、初見のままでも叩き潰すつもりだが……」

 

 あと少しも休めば傷も治る。

 であればその後に控えるのは二つの人外との決戦である。

 備えておく情報が多いに越したことは無い。

 

「勇み足だな……だが、そうも言ってられないのも事実か」

 

 そんな衛の態度に宰三は僅かに心配を覚えつつ、問いに答える。

 

「高千穂峰に顕れた神、経緯の方についてはともかく、名に関してはこっちで既に把握している。というか、それを伝えに来たのが俺が此処にいる理由の一つだからな」

 

「意外だな。名前を既に抑えているなんて」

 

「フン。巫女に視させたし、うちの連中にも占わせた。んでもって俺も出向いたからな。権能の性質から見ても間違いないだろうよ。高千穂峰の山頂に鎮座する『天逆鉾』を触媒に呼び出される神なんぞ、そう多くもねぇしな。つーか、お前さんも薄々、感づいてんだろ。桜花から聞いているぞ」

 

「ああ」

 

 サルバトーレ・ドニと己の闘争に振り向けられた桁違いの爆撃。

 そして、その行動と彼方から向けられる赫怒の情。

 魔性必滅すべしという意思共と高千穂峰に留まらず、霧島連山に響いた猛き叫びは言った。

 大梵天は健在なり──と。

 

「梵天……神様に詳しくない奴でも一発で分かる有名な名前だな」

 

 ──ヨーロッパにおいてオリュンポス十二神という神々の円卓があるように。

 このアジア圏においても同じく十二柱の神々が集う席がある。

 その席の名を『護法十二天』。

 曰く、東西南北の四方。東北、東南、西北、西南を以て八方。天地の二天と日月の二天を以て完結する十二の天を守護する善神集団。

 所属する全ての神々(・・・・・)()主神クラス(・・・・・)という最強の武神衆。

 

 帝釈天(インドラ)

 焔摩天(ヤマ)

 羅刹天(ラクシャーサ)

 毘沙門天(ヴァイシュラヴァナ)

 伊舎那天(イザナギ)

 火天(アグニ)

 水天(ヴァルナ)

 風天(ヴァーユ)

 地天(プリティヴィー)

 日天(スーリア)

 月天(チャンドラ)

 

 そして────梵天(ブラフマー)

 

 アジアにおいて名高き神々が集いし最強の円卓。

 『護法十二天』が一柱にして、インド神話における創造神の一柱。

 高千穂峰に現れたる神の名は紛れもなく最強の一角であると宰三は重々しく頷いた。

 

「そうだ、梵天。元を正せばブラフマー。ヒンドゥー教の原点となったバラモン教における二番目の創造神。霧島連山に出現した『まつろわぬ神』は十中八九そいつで間違いない」

 

 ブラフマー。それはヒンドゥー教……もといインド神話における最高神である。

 

 一般的に創造神といえば、始まりの存在。今ある世界を形作った所謂、原初神として語られることが多いが、インド神話においては少々事情が異なる。

 というのもインドの原点たる宗教観、神話観を成すバラモン教において、宇宙は二つ存在するのだ。

 

 一つは、目には見えない根源的な宇宙、或いは原初宇宙と呼ばれるものである。

 インドにおいてはサンスクリット語でブラフマンと呼ばれるこの概念は、自己の外界、万物万象に宿る普遍的かつ究極的な現実を指すものであり、神聖なものとして全てのものに宿っているとされる。

 そのため、インド神話に語られる全ての神々はこのブラフマンより発生したものであるとも。

 

 これがインド神話の第一の宇宙観に示される根源宇宙である。

 

 ……因みにこのブラフマンと対になる概念、自己宇宙を指す『我』の概念アートマン。この二つが同一であることを悟り、永遠の至福へと到達せんとするのが梵我一如の極意である。

 インド神話といえば、よく輪廻転生の思想が代表的なものとして持ち出されるが、インドにおいて輪廻転生の根拠とは不滅たるブラフマンと自己が同一、即ち『(アートマン)』もまた不滅であるから、個人の肉体が滅んでも、不滅たる『(アートマン)』は存続し、新たな肉体に宿るという概念を根拠に輪廻転生の考えは語られるのである──閑話休題。

 

 そして宗教観の根底に坐す根本原理とは異なり、今現在人間が過ごす宇宙……いわゆる「この世」と形容される現実を作った存在こそが創造神ブラフマー。

 宗教観に照られた根源宇宙とは異なり、今ある世界の創造神である。

 だからこそ宰三は二番目の創造神と呼んだのだ。

 

「ブラフマーは元々、ブラフマンと同じ概念だったが、根源宇宙に創造神としての人格を付与することで別の存在として成立した神だ。以後は原初宇宙の創造神として語られ、始まりのブラフマン、管理者のヴィシュヌ、そして終わりにして再生のシヴァと三神を原初の創造神としてインドでは崇拝を集めているってな。まあ西暦を契機に、ヴィシュヌ、シヴァはともかくブラフマーはだいぶ信仰を減らしたと聞くが……」

 

「ブラフマーの信仰は知らんが、三神については言われずとも知ってる。三神一体って奴だろ?」

 

「ああ、インドでは三神を集合名トリムールティというらしいな」

 

 三つの概念で以て一つの同体とする。

 世界各地で見られる神話の形態だ。

 三相女神、三位一体。三つのトライアングルによる一つの存在。

 古来より語られるそれは調和美の一種なのだろう。

 

 人は色と音と形によって外界に触れるが故に。

 

「三神一体、始まり、維持、終わり。三つで以て宇宙を語る。その概念についてはアレク先輩の講義でも何度か聞いた話だし、似たような概念はキリスト教なんかでも見かけるな。ブラフマーについても信仰はどうあれ名前だけは有名だから知ってるよ」

 

 宰三によって語られるブラフマーという神の形。

 それを端的にまとめ、既知であると述べた上で衛は続けて述べる。

 

「だが、納得出来ない点がある。ブラフマーもとい梵天、そいつがなんで霧島連山に出現したかが分からん」

 

 口にしたのは一つの疑念。

 すなわち、霧島連山と『まつろわぬ神』の因果関係。

 何故、天孫降臨に纏わる神道における聖地で、仏教とにおける創造神が出現したのかである。

 

 無論、衛とて予想が出来ないわけでは無い。予想するヒントも存在する。

 例えば桜花の祖父である行積が率いる高千穂峰を霊地と崇める『霧島衆』。古きは山岳信仰から始まった彼らは今現在は修験道と信仰の形を変え、あの山を崇めている。

 そして修験道とは元々、日本古来の自然信仰に仏教の考えを取り入れた概念であると知っているから、その信仰が混ざる過程で何らかの関わりがあったと予想するのは簡単な話だ。

 

 しかし、それだけでは些か因果が弱い。

 そもそれだけだったら呼び出されるのはより縁の深い神性、例えば修験道にて主に信仰される天狗の類いや、その原点となった迦楼羅などの方が因果関係が強いと言えよう。

 加えて……。

 

「オッサンは言ったな「『天逆鉾』を触媒に呼び出される神」って。それはどういう意味だ? あの山に飾られている『天逆鉾』は偽物だと聞いていた筈なんだが?」

 

 最初はサルバトーレの仕込みかとも思った。

 しかし、先ほどの言葉を聞く限り、宰三はまるで高千穂峰の山頂に飾られている偽物と聞いていたはずの『天逆鉾』にこそ、ブラフマー出現の原因があると言わんばかりに語っていた。

 であれば話は変わってくる。そして、今まで聞いていた事情も。

 

「答えろ、宗像宰三。そも、高千穂峰の山頂に存在する例の『鉾』。アレは何だ?」

 

 嘘偽りは許さぬと鋭い眼光を宿しながら問いかける衛。

 それは友好を置いた神殺しとしての王の詰問。

 如何に情に篤い神殺しとはいえ、そこはそれ優先順位というモノがある。

 

 守ることを第一に置くが故、彼は危険を見逃さないし、己を利用した過度な越権行為まで許容するつもりはない。何であれ、アレが偽物ならざる神器でかつ危険なものならば、守るために破壊しなければならないし、それ程のものを今まで偽物であると衛を謀ったというならば報復もあり得るだろう。

 彼にとって守るべき最優先は知己の友人である。その家族の命までなら笑顔のために守ってやろうと考えるとしても、彼らの権益や事情まで考慮するつもりは全くない。

 よって、解答の次第では……これまでの関係性を破棄する事も辞さないだろう。

 

 そんな神殺しの王らしい強い眼光を受けた宰三は、気だるげに頭を掻き、そして答える。

 

「九州の呪術を統べる首魁として答えよう。過去、『堕落王』閉塚衛に告げた言葉に嘘偽りは無い」

 

 真正面から王の眼光に視線を合わせて断じる宰三。

 それに続けて、もう一つ。

 『鉾』に纏わる今まで話していなかった事情を開示する。

 

「だが、あれは本物の神器『天逆鉾』の贋作であっても……『天逆鉾(・・・)()間違いは(・・・・)ないんだよ(・・・・・)

 

「……どういうことだ?」

 

 宰三の言葉に衛は怪訝そうに眉を顰めた。

 贋作の『天逆鉾』であっても『天逆鉾』であることには違いないと……。

 それは……。

 

「名は体を顕すとか、偽物でも因果関係があればとかそういう話か?」

 

「違うな。いや正確にはアレもまた『天逆鉾』という呼び名を持つというべきか……」

 

「ますます分からないな……」

 

 どうやら宰三は『例の鉾』は偽物であっても偽物では無いと言いたいらしい。

 しかしそれだと話が矛盾するし、意味も分からない。

 それに「アレもまた『天逆鉾』である」などと狂言のような言い回し。

 これではまるで。

 

「まるで『天逆鉾』が複数あるとでも言いたげに聞こえるんだが?」

 

 率直に思った感想を口にする衛。

 それに対して返ってきたのはあろうことか。

 

「ま、端的に言えばその通りだ。『天逆鉾』は複数存在する。高千穂峰の山頂に存在するあれもまた『天逆鉾』の一つなんだよ」

 

「……は?」

 

 肩を竦めながら困ったように肯定する宰三。

 『天逆鉾』は複数存在する。

 考えもしなかったその解答に、衛は我知らず呆然と声を漏らした。

 

「待て。それは一体どういうことだ……?」

 

「ふむ……その疑問に答える前に一つ聞くぞ。お前さん、『天逆鉾』についてはどれぐらい知っている?」

 

 困惑する衛を余所に宰三が問うた。

 そも『天逆鉾』とは如何なる品か知っているのかと。

 その対応に衛は若干眉を顰めつつ、己が知識を開示した。

 

「……国生みの槍だろ。日本人なら神話に詳しくなくてもどっかしらで聞くだろ。伊邪那岐と伊弉冉の夫婦神が日本を作るのに使ったって言う」

 

 天逆鉾(あまのさかほこ)……或いは天沼矛(あめのぬぼこ)

 衛の言う通り、其は国生みの神器。

 神世七代最後の世代──伊邪那岐と伊弉冉が使った鉾である。

 

 記紀神話にて最後に万物を生み出す神として出現した両者は高天原の神々の命により、海に揺蕩う無形の国土を形にすべく、天の浮橋から一つの鉾を使い、国土を作り上げた。

 この際に用いられた鉾こそ、国生みの鉾──『天逆鉾』である。

 鉾でかき混ぜられたことにより、脂が海を揺蕩うが如く形のなかった日本という国土は形成され、形成された国土にて夫婦神は八尋殿を建て、夫婦の契りを結んだという。

 

 その後は日本書記に曰く、結ばれた彼らは日本最初の夫婦として多くのモノを生み残した。

 国土を始めに、水神・土神・穀物神などの諸神を産み、森羅万象を形作っていった。

 しかし、火神たる火之迦具土神の誕生を契機に妻足る伊弉冉は死亡してしまう。

 伊弉冉を取り戻すべく伊邪那岐による冥府下りが行われるのだが……。

 

 ともあれ、『天逆鉾』とは言わば日本という国の土壌。

 神代において島を形成させた神器に他ならない。

 

「つーか、神話とはいえ、うちの国の源流(ルーツ)だぞ? 基本的に国語か社会かで習うだろ。幾ら神話をあまり詳しく知らないって言ったって自国の始まりぐらいは知ってるぞ」

 

 心外だという風に衛は口を尖らせながら言う。

 だが、衛の不満げな説明に対して宰三はボリボリと頭を掻きながら、

 

「まあ、そうだよな。普通、そう習うよな」

 

 と、暗に正解ではないと仄めかした。

 

「……何だよ。何か間違ってるか?」

 

「いや、大体合ってるよ。確かに『天逆鉾』は国産みの神器だよ。神代より矛は不朽不滅の神器として今もこの世に残ってると聞く。風の噂じゃ正史編纂委員会の連中が隠し持ってるって話だが……。まあ今は置いておこうか」

 

 さり気なく重大な情報を漏らす宰三。

 衛としてはそちらについても気になる話だが宰三の言う通り、今は置く。

 重要なのは高千穂峰に安置される鉾の方だからだ。

 

「時に堕落王、神仏習合って言葉は知ってるか?」

 

「歴史で習った。端的に言うとうちの土着信仰である神道と伝来の仏教が混ざったって話だろ? いきなり何だよ? それと天逆鉾に一体何の関係がある」

 

 いい加減業を煮やしたのか衛の口調に険が混じる。

 

「まあそう急くな。一つ一つ説明してやる……事は中世。ちょうど平安時代辺りか。神仏習合によって神道における神々と仏教における仏の両立が図られた時期がある。知っての通り、日本の八百万信仰は寛容的で神々の有り様も他国と比べりゃ人間的だからな。神身離脱──曰く、日本の神々も人間と同じように苦しみから逃れることを願い、仏に帰依するって解釈の下、神の託宣が発端となって寺が建てられた。その名も、神宮寺。神と仏を同一のモノとして扱う神仏習合思想を形にした護法善神を奉る場所だ」

 

「……護法善神か」

 

 宰三が口にしたその言葉を聞いて衛は納得したように頷き続きを促す。

 護法善神とは、仏法を守護する神々のことを指す言葉だ。

 仏教に敵対せずに取り込まれた日本の神々が含む神格の新たな在り方である。

 

 護法善神と呼ばれるモノたちは八部衆、十二神将──そして、護法十三天。

 朧気だが、衛は高千穂峰に飾られる神器の正体を察した。

 

「そして神仏習合思想が広がると共に、日本古来からの記紀神話……日本書記や太平記を下地にしつつも、内容が異なる神話の形、神仏習合思想を下地に新たな解釈を交えた神話が再編成されたこれを中世日本記という。お前風に言うならば神話の二次創作だな」

 

 中世日本記。

 後の明治維新などに行われた神仏分離による壊滅的な打撃や、日本国から宗教思想自体が廃れていったことにより、自然と神道教義から俗説として切り捨てられていった神話。

 しかし廃れたとはいえ、その神話は今も確かに形に残る影響を及ぼしている。

 

 八幡菩薩などはまさに今に残る形の一つと言えるし、また護法善神も然り。

 日の本においては度々、神と仏は同一の存在として語られる場合が多い。

 

「ここまで言えばもう分かっただろう? 高千穂峰は古来から自然崇拝の中心地、古神道廃れた後にもその血脈として修験道が古来の形を受け継いでいってる。そんで修験道ってのは厳しい自然に身を置くことで、悟りを得るって言う仏教と山岳信仰が混じり合った神仏習合の形だ」

 

「高千穂峰に現れた神の名は梵天(ブラフマー)。護法十三天に名を連ねる言わずと知れた護法善神。成る程、鉾の出自が見えたぞ。つまり、あの鉾は……」

 

 

「そうだ──あの鉾こそは中世以降に成立した日の本に伝わるもう一つの鉾。修験道の立場から語られた神道書『大和葛城宝山記』に記される魔性を祓う天逆鉾──神器『天魔反戈(あまのまがえしのほこ)』。日光にあると聞く竜避けの大呪法と同じく、日の本から災いを遠ざけるために幽世に潜む坊主によって仕掛けられた『まつろわぬ神』避けの神器だよ」

 

 

 『天魔反戈』。伝承に曰く、梵天が顕身した姿とも言われる鉾。

 それこそが高千穂峰に代々伝わる鉾の正体であり──梵天を招いた縁そのものである。




というわけで梵天と天逆鉾にまつわる説明回でした。

因みに本編では語られませんでしたが『まつろわぬ神』避けの神器をおいてた幽世の坊主は性空というお坊さん。
生前、庵の近くに咲いていた桜の木の下で玻璃の姫君に出会ってなんやかんや国のための大仕掛けを仕込んでいたという裏設定があったり。

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