アスペですが、聞きたいことはありますか? 作:an Asperger
[Story/01]
春先だというのに燦々と輝く太陽が傍迷惑に輝き、その陽射しのせいか、あるいはその中で
そこで半年前に読み切った教科書に視線を落としながら、
「えー、ゆのっち何言ってんの!?」
「空気読めってー!アスペかよ!」
ごめんごめーん。なんて、いつも同じ三人組が教室前方で騒いでいるのが耳に入る。
いや、騒いでいるというほど
ただ、
「だいじょーぶ?」
特に何か感じる必要もない。と
左側から話しかけられた声が、今度こそ意識を捉えた。
「……はぁ。流石にアレぐらいなんでも……」
どこかその声に違和感を覚えながら顔を向けた瞬間、少し前に思ったことを訂正する。やることが出来た。
——ズァ、と思考が加速する。
現実から不必要な情報が消え、それすら認識することなく埋没する。
視覚の得る景色とは別に脳裏を高速で世界が駆ける。
あり得ざる可能性を排除し、あり得る可能性を立証していく。
口から次の言葉が出る前に、結論が出た。
「いや、俺よりお前の方が大丈夫なのか。少し悪いぞ、顔色」
「へ?」
「熱中症」
言いながらゴソゴソと机の横の鞄に手を突っ込み、8割がた溶けたペットボトルを掴んで引き抜いた。
「ほれ、茶」
「いやいや、悪いし。あと間接」
「そういうのは体調戻してから言っとけ。今日ほとんど水飲んでないだろ」
普通なら気味悪がるであろう台詞だな、と言った本人が思ったのだが、隣の席の少女は小さく「さすが」と言って受け取った。
カタ、と小さく椅子を鳴らして立ち上がり、廊下へハンカチを濡らしに行く。
生温い水を軽く絞ってから戻って来た時には、すでにペットボトルはカラカラと音を鳴らす氷だけになっていた。
「ちょっと首だせ。冷やすから」
「首ー?おでこじゃなくて?シャツ濡れるし」
「額は気持ちいいかもしれないけど、効果はあまりない。体をすぐ冷やすなら、首か、脇か、内腿だけど」
「首でおねがいします」
俺が言い切る前に髪を上げ、うなじを曝け出す。異性だとかそんな遠慮は微塵もなく、さっとハンカチをそこに置いた。
「あー、これはこれで……」
「で。吐き気とか頭痛はどうなんだ」
「誰かさんが早めに気づいてくれたおかげで、そんなに酷くないよ。頭痛はちょっとするけど、少し良くなってるし」
そう答える声色も先程までの熱に浮かされた感じはなくなっていて、それがやせ我慢でないことを示していた。
保健室に行かせるべきか。という思考を一旦置いて、次の授業中ちょくちょく気にすれば大丈夫かと判断する。
「そうか。ならいいけど」
「うん。それより、本当に大丈夫?」
何が。と聞く前に、ほんの数分前の会話を
「ああ、アレぐらい本当に何でもない。あんなのをいちいち気にしてられないし」
「でもさ」
「それに……」
続こうとした言葉は、理性によって堰き止められた。
だがそれでも、長い付き合いの我が幼馴染には何が言いたかったのか伝わったようで、いつもこの話題が出たときにする眼——悲しげな眼
俺はそれを直視せず、視線を前に戻すことでこの話題を終わらせた。
「ほんとここ最近ガチで暑すぎじゃない?」
「そうそう、おかげさまで汗だくだくでマジ卍」
「あっ、なら帰りにパフェでも行かない? ホラ、こことかインスタ映えしそうで……」
戻した視線の先では、先程の三人がまたお喋りを再開していた。こっちがバタバタ動いていたときは中断していたそれも、話題を少々変えただけで『いつもの光景』へ戻っていく。
そう。結局、人が変えることが出来るのはそんなに多くない。あのお喋りも、教室の窓から侵入する光も。気にしたところでどうしようもない、気にしたって何もない。
だから、本当になんてことはないのだ。
——俺がアスペルガー症候群だってことも、変わりようがないんだから。
[Consideration/01]
空気の読めない言動をする人間を「アスペ」などと小馬鹿にする一方で、アスペルガー症候群がどういう障害なのか詳しく知らない人間がほとんどを占めるというのは、なんとも滑稽なことだ。
なので、俺のことを話す前に、そちらを先に解説するべきだと思う。
[Consideration/02]
『アスペルガー症候群』……旧『高機能自閉症』、現『
同じ自閉症の一種としては、最近だとサヴァン症候群なども有名か。
では、自閉症スペクトラムとは何か。
それを簡単に言うなれば『感情の受信・発信能力の欠如』と言ったところであろう。
本来の分類だと加えて『特定の物事に集中する』というのがあるが、こちらについての見解はその内語ることになるだろう。
『感情の受信・発信能力』、つまりコミュニケーションを成立させる
猫や犬といった中型哺乳動物すら持つ本能。
その欠如こそASDの本質とするならば、なるほど、自分たちアスペルガー症候群も当然その兆候を持つ。「空気が読めない」の代名詞として相応しいだろう。
だが……なぜ『アスペルガー症候群』なのか。
なぜ『自閉症』や『サヴァン症候群』では駄目なのか。
それを答えられる人間は果たしてどれほどいるのだろう。
私見かもしれないが、個人的にその答えは出ている。
そして、それはそう外れてもいないはずだ。
——アスペルガー症候群は、
[Consideration/03]
例えば俺の場合。感情に関する能力の
IQは偏差値と同じ標準偏差方式で計算され、100を平均として90〜110の範囲に大半の人間が含まれるようになっている。それを考えると、平均より下ではあるが平均帯の中には含まれる、そう悪い数値でもないといえる。
しかし、論理的思考、単純計算能力といった『感情の関わっていない知的部分』
そのIQは——【160】を超している。
IQ160とは、全体の上位0.003%以下、つまり10万人に3人もいない。ましてや部分的には180相当——人類の上限付近の能力があるというのだ。
それに比べたら90なんて、文字通り凡百以下でしかない。
あまりに凸凹過ぎる、能力の差。
『感情の受信・発信能力の欠如』こそ自閉症の本質だと話した。
では、
どこかの他人? 同年代? それとも全体の統計? いいや違う。
もちろん、全て平均してIQ140を超す、などという俺のような人間は、アスペルガーでもそうそういないことも事実である。
しかし、感情に関する部分に大きなハンデを背負っているにもかかわらず、平均120〜130ほどのIQを持っている人間もゴロゴロいるのもまた、アスペルガー症候群なのである。
[Consideration/04]
さて、そんなアスペルガー症候群であるが、それを黙っていれば案外誰にも気付かれないものだ。
アスペルガーは感情に関する部分を除けば、健常者より頭がいいことが多い。それはつまり、事務的な会話や日常会話など、
知人に複数人いるからこそ偏見でなく客観的に言うが、基本的に自閉症スペクトラムの人間とは会話そのものが上手く成立しない。
何を伝えたいのかぐらいは分かる
その中でアスペルガーは、例外的に
そう。『ように見える』だけだ。見た目を取り繕っているだけ。
裏側を知る俺からすれば、その実態は大きく異なる。
アスペルガーはその旧名通り『高機能』——その他のIQが偶々高いだけで、『自閉症』には変わりないのだから。
健常者は、『思考』で会話を行いつつ、『本能』で相手の感情を探っている。これは決して馬鹿にしているのではなく、むしろ尊敬すらしていることだ。
言葉で意思疎通を図りつつ、その裏側にある感情を無意識的に感じ取り、共感し、行動する——俗にいう『空気を読む』ことで矛盾する意思や言葉で伝え難い感情をやり取りする。これが健常者の会話だ。
だが、アスペルガーは違う。アスペルガーは、『本能』より『思考』の力が強すぎるのだ。
『思考』で会話し、『思考』で相手の仕草を分析し、『思考』で相手の感情を計ろうとする。そこにあるのは感受や共感ではなく、全て有意識の元で合理的に判断する、冷徹なまでの『分析』でしかない。
そして、その対象は相手だけではない。時には自分のノロマな感情ですら、分析と合理の前に抑えつけるのだ。
——本能が何か感じる前に、思考が判断を終えている。
——感情が何かを訴えても、理性が論理で結論づける。
それは最早、「空気を読む」ではなく「空気を分解分離して構成単位から理解しようとする」に近い、歪に過ぎる行為。
故に、ズレる。故に、歪む。
思考が重要視されるあまり言葉を額面通りに受け取りやすくなるし、同じ感情を受け取ったとしても『本能』と『思考』ではやはりどこか形が変わる。
一見会話が成立するからこそ、ふとした時に現れるその歪みが酷く鮮烈に写るのだ。
初めから不成立の自閉症やサヴァン症候群ではなく、アスペルガー症候群こそ「空気が読めない」の代名詞となっているのは、そのせいなのだろう。
[Story/02]
半分くらい無駄な思考に費やした授業が終わり、こうして、特にいつも通と変わりないHRにも終わりが来る。
「きりーつ、れーい、さようならー」
今日の日直が間の抜けた音頭を取り、それに続いて30人が不協和音を奏でる。
そんな1日を締める儀礼を周りと同じように適当に流しながら、今日の日付をチラリと確認する。それで特に思い出すものもないから、今日発売の本はないのだろう。
「ねー、今日も部活?」
「帰宅するのを部活というならな」
左隣からかけられる問いに片手間に答えながら、テキパキと通学鞄に荷物を詰める。
置き勉をしないどころか、指定じゃない参考書や時間つぶしのハードカバーまで入ったソレは隣のコイツ曰く『ハンマー』だが、人類の限界近いとまで言われた空間認識能力を無駄に使って隙間なく、鞄の形を崩すことなく詰められていた。
「じゃあさ、デート行こうよ。デート」
「…………」
自らの感情にも疎い俺が明らかな呆れを感じながら横を見れば、ごちゃごちゃと物が詰め込まれて膨らんだ鞄を肩にかけ、薄ら赤い笑顔で俺の左手をとる。
「あのなぁ、金もないのにどこ行くんだよ」
「えっ、なんで分かるの!?」
「あったら飲み物買ってて、熱中症になんかなってないだろ」
「初歩的なことだよ、ワトソン君?」とか言われたので「こっちの台詞だろ。あと俺、原作派だから」と返しておく。
「まーいーじゃん。ぶらぶらウィンドーショッピングでも」
「買うつもりもないのは冷やかしと言うんだ。それに、俺が目的のない買い物嫌いなの知ってるよな」
性格的に目標を一つずつ達成したい効率厨な俺は、ニンマリと笑みの形を変えるのを見て嫌な予感に駆られる。
俺は知っている、俺の手を取るこの少女が、天然なようでかなり計算高いことを。
「じゃあ……ウチに来る?今日は誰もいないけど……」
シン、と。『またいつものことか』と流し気味に聞いていたクラスメイトが、その瞬間に一斉に黙り込んだ。
「何度も言うが、答えは『No』だ」
「えー。ケチー」
もう何度目か数えてもいないお断りと、断られるのを知っていたかのようにスルリと出てくる反応。それを聞き届けた瞬間『なんだ結局いつも通りか』と取り戻される喧騒。
いくつかの女子グループから小声の「ヘタレ」という単語を聞き取りつつ、本当のことだしなと内心で同意する。
「じゃあ、そっちの家で勉強教えてよ。来週模試だしさ」
「数学?」
「そっちはこの前のでだいぶ分かったから、化学かな」
頑張れよー、なんてどちらを応援してるのか分からないクラスメイトの声を背に受けて、左手を引っ張られながら教室を出る。これで結論、という事だろう。
横暴な暫定彼女と、それでも嫌悪感を抱けない俺に、諦めるように足を動かした。
アスペルガーについて聞きたいこと、知りたいことがあったら、感想欄にお書きください。
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