ルーシィと綴ると決めた日記帳のはじめのページを開いて早数刻。書かれた文字は未だにゼロで、部屋にはネーヴェの寝息とランタンの焔が揺れる音だけが流れ続ける。
「うーん……」
幾度と無く行った唸りと天を仰ぐ行為をまた繰り返し、言葉をどうにかして捻り出そうとしてみるものの、一向に出力される気配はない。
はぁ、とため息をついて再び机に向き合い、吐いた息を取り返すように吸った空気に、ふと、爽やかな柑橘系の匂いがよぎる。
(そういえば自分が開けろって言われてたっけ)
引き出しにしまっていたフィラウス氏からの手紙を取り出し、その約束文を今一度確認する。後ろを振り返ってみれば、少年の寝姿が変わらずある。今が好機だ。
封蝋を解いて、中の文書を取り出してみる。しかしそこには何も書いていない。ただ柑橘系の爽やかな匂いが強まっただけだった。
「なんだこれ……」
氏がここまで丁寧にやっておいて途中で飽きたなどは考えられず、なにか意味があるのでは、といろいろ試しては見るものの、なにも変化はない。いったい何なんだ……。
とりあえず机上のランタンの明かりのもとに手紙を放置し、手紙のことを日記に綴る。
────6の月、17日。エリマ。
昼の手紙、開いて見たら白紙だった。なにも無い。ただの紙。先生とかに聞くのもなんだし、送り返して聞いてみる────
……こんなものかな。あんまり長くても続かない気がする。
「……よし」
綴った日記にピリオドを打ち、スピンを挟んで日記帳を閉じる。一応手紙もしまって……って…… あれ。
先程までまっさらだった手紙の上方に不思議な焦げ模様が拡がっている。明らかに文字の形に見えるそれは言葉の端々のようにも思える。
(ばばさまに教えてもらった話の中に似たようなのがあったような……)
柑橘系、炎、文字。確か、あぶり出しだったか。どこかの国で機密文書を伝えるために使っていたと聞いた覚えがある。
(とにかくやってみよう)
燃えぬよう適切な距離で火に翳す。じわじわと言葉は繋がっていき、2つの文章が浮かび上がっていく。
『エリマへ。もしあの子に何かあったら────』
そこに綴られていたのはとても長く、そして重い呪文であった。
(これは……絶対に誰にも見せられないな)
全文覚えてすぐにでも燃やしてしまおう。そうでもしないと安心できない。ルーシィには……内容は言わずに漠然とだけ教えておこう。彼のためだ。
一度書き終えた日記の末尾を二重線で消し、靄をかけたように誤魔化した文章で手紙の内容に書き換えた。くれぐれも触れられないように。