side三人称
試合が終わった後、灰崎は一人、控え室に戻る為にスタジアムの通路を歩いていた。しかしそこに行く前にある人物が待ち構えているのを見つけた。
「……!」
「よ」
「……アンタか」
灰崎を待っていたのは凪人だった。昨日の今日で会った灰崎だったが、その表情に凪人への嫌悪の感情は無い。凪人もそれを理解しているようで何もなかったかのように尋ねる。
「今日の試合、楽しかったか?」
「……アンタの言う通りだったよ」
灰崎は凪人の質問に答えず、別の話を切り出す。ある意味灰崎がこの試合に出る理由になった話だ。
「俺一人じゃどう足掻いても豪炎寺には勝てなかった。ストライカーとしても、チームとしても」
「だろ?いくら実力と才能があって大暴れ出来て注目されてても、それだけじゃ届かないものなんて幾らでもある。俺達元々の雷門とバルセロナ・オーブとの親善試合なんか良い例だ」
「……そうかよ。でも、いずれ勝つぞ。豪炎寺にも、アンタにも」
「楽しみに待ってるぜ。俺達もお前達星章学園とは是非戦いたいからな」
全国ランキングの1位2位というだけではない。凪人は小学生時代から続く鬼道との決着や昨年の雷門と帝国としての再戦の誓いを果たす……という意味合いを含めて言っている。
すると灰崎は何か考え込んでからまっすぐに凪人の目を見て口を開く。
「……なぁ、アンタ、この後時間あるか?話がある」
「ん?ああ…構わねえけど」
「なら校舎の昇降口の前で待っていてくれ。聞きたい事があるんだ」
「……それは王帝月ノ宮についてか?」
「……ああ」
目的を見抜かれていた事に驚きはしない。自分が王帝月ノ宮の選手と遭遇した際に取った態度や向けた視線などは周りの人間から噂になる程広く伝わっているだろうし、何より元雷門イレブンの強化委員だ。鬼道を通じて自分の事を知っていてもおかしくはない。自分も鬼道を通じて閃電が王帝月ノ宮の情報を集めていると聞いたのだから。
それだけ告げて灰崎は軽い駆け足で控え室へと走って行った。一応待たせるという立場なので無意識に礼儀を心掛けているのだろうか。
「……『アレスの天秤』教育システム…か」
凪人は閃電中に派遣されてからの最初の練習試合の相手校である王帝月ノ宮中のキャプテン、野坂の死んだような瞳を思い出しながら、灰崎の指定した場所に向かうのだった。
「……あれ?灰崎いないなぁ…」
二分程遅れてその場に駆けて来た稲森はとっくにその場を通り過ぎた灰崎がここに来るのを待って道成が迎えに来るまで一時間程待ち惚けを食らった挙句、その日灰崎に会う事は無かった。
****
side凪人
「ホラよ」
「あ、ああ……」
俺は10分程待ってやって来た灰崎に今日の試合の労いも兼ねて微糖のコーヒーを手渡す。そうか。やっぱりこいつコーヒー飲める口か。微糖派とかブラック派とかむしろカフェオレが良い派とか色々あるが俺は別にどれでも良い。気分次第だ。
……ていうか、何故ジャージではなく制服なんだろうか。いやここ星章学園の敷地内だしおかしくはないけど。
「……で?お前はどうして王帝月ノ宮を……『アレスの天秤』を敵視する?俺は鬼道からはお前が野坂達に強い敵愾心を抱いている事しか聞いてないんだが?」
「……」
俺の知る王帝月ノ宮の情報を灰崎に教えるのは構わない。しかしその理由をちゃんと嘘偽りなく話して貰わねば。それが礼儀ってもんだし、灰崎はこのエイリア学園が来ない世界線での主人公だ。だが俺にはアレスの天秤ルートでの原作知識が殆どない。一人のサッカープレイヤーとしてだけじゃなく、転生者としても灰崎の事情は知っておきたい。
「……小学生の時の事だ」
それから灰崎は語り始める。不器用な性格故に碌に友達がいなかった灰崎は小学生の頃、アパートの隣の部屋に引っ越して来た宮野茜という同い年の女の子と友達になった。
初めてで唯一の友達だったその子と交流を重ねる内に灰崎自身、親に指摘されるまでに明るい性格になっていった。しかしそんな幸せな時間は長くは続かなかった。
「アレスだ…。『アレスの天秤』が茜をあんなにしやがった……!!」
そこにどういう経緯があったのかは分からないが、宮野茜は『アレスの天秤』教育システムを無償で受けられる被験者として選ばれ、それに応じた。医者になりたかったが、家庭の金銭事情でそれが難しかった彼女としては願ってもない話だった。
そうして彼女は王帝月ノ宮の系列校に転校し、季節が巡り、帰って来た時には廃人になっていたそうだ。
「『アレスの天秤』が…茜の心を破壊した。俺は『アレスの天秤』のシステムで育成されたあのチーム……王帝月ノ宮を叩き潰して、『アレスの天秤』に何の意味も無い事を証明する」
『アレス天秤』の教育システムを受けたものはあらゆる分野において優れた存在となる。『アレスの天秤』を開発した月光エレクトロニクスの社長、御堂院宗忠はそう断言した。つまりたった一つの分野だけでも失敗や挫折、敗北は許されない。だからこそ、『アレスの天秤』を受けていない灰崎がアレスクラスターと呼ばれる野坂達を倒せば、『アレスの天秤』の意義が根底から覆る……そう考えた訳か。
「サッカーをやっていれば、茜をあんな目に遭わせた奴らに復讐出来る……。その日が来るまで、俺はサッカーを続ける」
確かにある意味では正しい判断だ。『アレスの天秤』を受けた王帝月ノ宮が制覇しようとしている分野は勉強や野球といったものもあるが、日本で最も注目されるとしたらやはり中学サッカーだろう。そこで『アレスの天秤』が他より劣ると示せば影響は確かに出る。出るには出るが……。
「……だが、復讐が終わったら……鬼道の言う、最高のサッカーを求めていくのも良いかもしれねぇな。今日の試合で……そう思った」
「……そうか」
今の一言で取り敢えず俺は満足した。確かに灰崎がサッカーを始めたきっかけは復讐かもしれない。だが、それでも灰崎はその先を見ようとしている。サッカーの楽しさをちゃんと知ってるんだ。
俺は鞄に入れていたUSBメモリーを二つ取り出し、持ち歩き用のパソコンを取り出す。それからあの試合以来集め続けていた王帝月ノ宮の情報データを空のUSBにコピーする。その作業を終えたらそのUSBを灰崎に渡した。
「ほら。俺達が集めた王帝月ノ宮の情報と分析の全てだ。けど鵜呑みにはし過ぎるなよ。それと、流石に他のチームの情報まではやれねぇが……鬼道にも見せとけよ。お前一人が知ってても意味が無いのは今日の試合で分かってるだろ?」
「ああ……ありがとよ。……斎村、サン」
灰崎はぎこちなく礼を言って、USBメモリーを受け取り、その場を去って行く。俺はその後ろ姿を見送りながら考える。
……灰崎には悪いが、あいつがその復讐を達成したところで、それは無駄な徒労に終わる可能性が高い。月光エレクトロニクスにはいくらでも言い訳の材料があるし、むしろそれを与えて『アレスの天秤』が更に発展する結果になりかねない。
星章学園に王帝月ノ宮が負けたとしても、御堂院社長は「教育が不十分だった」とか「教育の改善点が見つかった」とか言って『アレスの天秤』に余計なプランを追加して再始動するだろう。それをまた灰崎が倒したとしても……結局また同じ事の繰り返しだ。世間が失敗続きの『アレスの天秤』を見限るまで……な。気の遠くなる程の時間が必要になるだろう。
『アレスの天秤』には黒い噂が絶えない。その教育システムのせいで廃人になったという例は宮野茜以外にも聞いた事がある。しかし法に訴えようとしても月光エレクトロニクスが金と権力に物を言わせて、圧力をかけた事で被害者の家族は泣き寝入りした……とも耳にしている。
一番確実なのはそういう人達を集って、徹底的に『アレスの天秤』を調査して、『アレスの天秤』に致命的な欠陥がある事を証明、公表する事だ。『アレスの天秤』のせいでこうなったという、確固たる証拠を提示して。
だが灰崎や他の被害者の家族達にはそんな事をするコネクションも金も無い。だから泣き寝入りするしかないんだ。だから灰崎はアレスクラスターである野坂達を倒すしか方法が無い。
そんな欠陥を見つけられるとしたら………当の『アレスの天秤』被験者である、野坂達くらいだろう。
……エイリア学園が来る脅威の侵略者ルートの方が良かったんだろうな。俺もそんな事は考えずに済むし、昨年の内にイナズマジャパンとして世界に行けた筈だ。恐らく灰崎と宮野茜もそんな教育システムに関わる事なく、幸せに生きて行けただろう。
……パラレルワールドなんてもんを知ってるのは歯痒い事だ。
そして星章学園と木戸川清修の激戦から数日後、雷門中にとっての第三試合である御影専農中との一戦は、何故かベンチに監督である趙金雲が不在という珍事があったものの、雷門の作戦勝ちとも言える劇的な勝利だった。
星章や美濃道三との試合からは考えられない程に見事な連携と作戦だった。途中で必殺技を披露したり、イレブンバンドを巧みに使いこなす御影専農のプレーの裏を掻いたプレー。リスキーなプレーもあったが、それによって得られた成果も大きい。中々に見応えのある試合だった。星章や美濃道三とやり合った時と比べたら成長していた。あれが趙金雲の監督としての手腕なんだろう。いなかったけど。
そしてそんな雷門の四試合目の相手は……帝国学園だ。
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side三人称
-帝国学園
要塞のような校舎の廊下を歩き、ミーティングルームの目の前まで辿り着く。この時間に着いては遅刻になるのだが、この男がそんな事を気にするはずもない。
帝国イレブンの一員である不動明王はセンサーに察知される事で開く自動ドアの前に着くが、自分が察知される一歩前の所で自動ドアが開いた。
「あ?」
そしてそこから屈強な量産型黒服達が一人の男子生徒を神輿のように担いで出て来る。
「……ハァ!?」
担がれている男子生徒はギャアギャアと喚き、ジタバタともがくが悲しきかな。その貧弱な身体では屈強な男達からの拘束からは逃れられない。
「ちょ、おま…離せ!僕をサッカー部に入れろー!!殺すぞボケェ!!この鉄骨野郎ーー!!僕は鬼道重工の重役の息子だぞ!!何で僕の言う事を聞かないーー!!!」
屈強な黒服達が彼の戯言に耳を傾ける事もなく、彼は喚きながら連行されて行った。
「……何だ?ありゃあ……」
訳の分からない一部始終を目撃した不動は困惑しながらミーティングルームに入室する。そこには既に監督である影山に強化委員である風丸、他の帝国イレブン達が揃っていた。
「おい総帥さんよ、何だよ今の?」
「気にするな。ただのクズだ」
「そ、そうか……」
即答し、バッサリ言い捨てる影山。それ以上聞いても何も答えないと判断した不動は別段そこまで興味も無かったので、さっき見たものは忘れる事にした。
「それよりも不動!遅刻だぞ!レギュラーなんだからもっと自覚を持って行動しろ!!」
「ハイハイ、キャプテンさん。それよりも鬼道がいな「まぁ良い。さっさと始めるから席に着け」……」
「お前、もうそのネタで佐久間を挑発するの諦めたらどうだ…?まるで相手にされてないぞ」
「……うるせーよ」
注意して来た佐久間に嫌味で返そうとするもすぐに話を打ち切って次に移行する佐久間。そんな感じで置いてけぼりにされた不動にどこか同情したかのような視線で諭して来る風丸。
以前、閃電中との合同練習で凪人と初めて顔合わせした時も同じ雷門の司令塔という事で似たような嫌味を凪人に言ったが相手にされず、むしろ逆におちょくられて挑発に乗って勝負を挑んでボロ負けして……と踏んだり蹴ったりな目に遭ってから、妙に風丸が優しくしてくれるのが逆に辛い不動であった。
「では雷門対策会議を始める」
「フン、刑務所に入っていた奴の話を聞かねばならんとはな」
「今の雷門如きに対策かぁ?三戦目で漸く勝てる程度だろうが」
影山の切り出した本日の議題。源田はやはり影山が会議を仕切る事に気が進まず、不動はこれまでの雷門の戦績から特に危険視はしていなかった。
「確かに今の雷門は恐れるに足らん。しかし先日の御影専農戦での勝利……あれは監督である趙金雲という男の考えた策によるものだ」
「いやあの監督、試合の時いなかっただろうが……」
「いや、つまり…事前に作戦を伝えていた?」
モニターに映し出される趙金雲と雷門イレブンの練習風景。そして趙金雲に指名された選手は試合まで訳の分からない雑用をさせられているという動画。影山が派遣したスパイが録画して来たものだろう。
「これは……」
「美濃道三戦で見せた岩戸のザ・ウォールに氷浦のパス技、御影専農戦でのディフェンス技……全部この雑用から発展させて編み出したのか?」
「かと思えば、真っ当な特訓で修得した技もある…」
察しの良い不動と風丸の考察にニヤリと嗤う影山。何はともあれ、これで趙金雲という男の監督としての手腕は侮れないと分かった。
「趙金雲の危険性は理解しただろう。これから私が手配したスパイから一日置きに奴らの練習や諸々の光景を見せる。どんな些細な事でもしっかり頭に入れておけ」
影山の発言に、雷門……というより趙金雲への警戒度が格段に跳ね上がる帝国イレブン。これが試合にどのような影響を及ぼすのか……それはまだ誰にも分からない。
はいざき は グリッドオメガ の じょうほう を てにいれた!
これが星章vs王帝月ノ宮にどう影響するかは……まだ考えてない。
次回、雷門vs帝国。原作で一番納得いかなかった試合です。