あじぽんぽん短編集   作:あじぽんぽん

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戦争帰りのドールの物語


メリー・ヴィクトリア

『お母さん先生おはようございますっ!!』

 

 朝、セーフハウスでメリーはいつも通りに起床する。

 型遅れの映像再生機から流れるのは子供たちの明るい声。

 

 手にする流動食は今日の朝食。

 体内の生体部品を維持するに必要。

 彼女の体を稼動させるためだけの食事。

 

 シャワーを浴びる。

 本来であれば必要のない行為。

 ナノ単位で新陳代謝をコントロールできるメリーには不必要である。

 蛇口を絞める。

 シャワーを終えて表皮を制御。

 余分な水分を瞬時に乾燥させる。

 長い黒髪を指ですいて整える。

 髪は高速起動時の冷却繊維。

 手早く、そして丁寧に結い上げる。

 

 インナーを着ける。

 胸部の衝撃吸収型装甲を押さえる強化繊維入りのブラジャー。

 脚部の冷却補助を行う強化繊維入りのガーターベルトストッキング。

 モラル的な意味で装着する必要のある強化繊維入りのパンツ。

 

 服を着る。

 丈の長い黒のワンピース。

 その上に掛けるフリルつきのエプロン。

 頭に乗せるのはレトロなカチューシャ。

 かつては古風な侍女服(ヴィクトリアンメイドスーツ)と呼ばれ、主に仕える者たちの気高き衣装。

 

 そして今は……死神がまとう死装束。

 

 黒縁のやぼったい眼鏡をかけ、ブーツを履いて無骨な傘を持つ。

 映像再生機が、セーフハウスの扉を開く彼女の行動を予測し、最適な映像を選択して再生する。

 

『お母さん先生いってらっしゃいっ!!』

 

 子供たちの声に見送られる。

 彼女はメリー……メリー・ヴィクトリア。

 この都市で、ナンバーワンの殺し屋である。

 

 ◇

 

 二十二世紀初頭、アフリカ各地で起きた小規模連続紛争。

 半世紀にも及んだ泥沼の戦いを終結させたのは、指導者同士の話し合いではなく、救いを求めた民衆の祈りでもなく、平和を望んだ人道主義者たちの演説でもなかった。

 

 終わらせたのは、装甲歩兵たちによる圧倒的な暴力である。

 

 実験的にナノ処理を施された装甲歩兵。

 半世紀続いた戦いはたった五年で終わりを迎えた。

 それは同時に、個の力を極限まで突き詰めた装甲歩兵の驚異的な性能を世界中に見せつけることとなった。

 マクロを追求した力が核兵器であるならば、ミクロを追求した力が装甲歩兵であった。

 当然、超兵器である装甲歩兵たちの扱いが戦後問題となる。

 その強すぎる力は、各国が警戒するに値するものであった。

 話し合いの結果、幾つかの大国の主導の元、海上実験都市にて一括管理される運びとなった。

 装甲歩兵たちは各種兵装を没収され、様々な制限をつけられた上で市民として解放された。

 

 彼らは戦いから解放され、人に戻ったのだ。

 

 しかし、攻撃性の高いナノ処理を施された装甲歩兵は精神に変調をきたす者が多く、また平和な世界に馴染めず犯罪行為に手を染める者が続出した。

 

 装備を着けない素体とはいえ、装甲歩兵が暴れだすと甚大な被害がでた。

 戦車を素手で破壊し、戦闘ヘリですら迂闊に近寄れない攻撃力を持つ彼らには、都市警察が所有する既存の武器では対応が困難であったのだ。

 装甲歩兵に対抗できる、装甲歩兵とは違う、制御可能な力が必要だった。

 

 そのために求められた力……通称、人形(ドール)

 

 アフリカ戦役時に投入された軍用アンドロイドをベースとした女性型アンドロイド。

 都市戦仕様としてチューンとデチューンを施された人形たち。

 かつては装甲歩兵のパートナーとして共に戦った彼女らの系譜は、今では戦争を終わらせた英雄たちを屠り、死の楽園へと誘う機械仕掛けの死神(ワルキューレ)へと変貌した。

 

 ◇

 

 海上実験都市の一つ、太平洋上の赤道直下に位置する人口島アーカムシティ。

 メリーは先日こなした仕事の報酬を受け取るため、装甲歩兵管理局へと足を運んでいた。

 それらの手続きは仮想空間からの接続(アクセス)で可能だが、彼女は常に管理局へと出向いていた。

 

 ヴィクトリアシリーズの特徴の一つ、懐古趣味である。

 

 管理局のカウンター。

 若い事務員に告げられたのは姉妹の訃報であった。

 

「そうですか……エリー・ヴィクトリアが逝きましたか」

 

 装甲歩兵は人をこえた人外の怪物。

 戦いともなれば死傷者や重傷者は少なからずでる。

 人形とて例外ではない。

 むしろ矢面に立つ彼女たちの損傷率は非常に高いものであった。

 

「彼女の死因はなんですか?」

「それが、その……自殺なんです」

 

 メリーはわずかに瞬いた。

 事務員からカウンター越しに差しだされた白い封筒。

 目礼をして手に取って見分する。

 宛名は書かれておらず差出人は不明……だが、エリーだろう。

 メッセージを伝える手段として非常に懐古(レトロ)だからだ。

 メイドは眼鏡の下の赤い瞳を黙祷するかのように隠した。

 

「私の同型機(シスター)はこれで全員いなくなりましたね」

「メリーさん……」

 

 事務員が慰めの言葉をかけようとしたその時。

 

「へ~あの旧型(エリー)がくたばったのかい? 目障りだったんで、そのうち潰そうかと思っていたのに残念だ」

 

 聞こえてきたのはハスキーボイス。

 メリーにかけられたのは慰めではなく嘲りであった。

 しかし旧式メイドは動じない。

 ヴィクトリアシリーズはあくまでエレガントだからだ。

 メリーはゆっくりと振り向く。

 

 オフィスの壁一面の偏光硝子を背に、立っていたのは三体の美しい人の形。

 

 トップモデル体型の針のような手足。

 190㎝を超える大柄な背丈はドール規格のヘビィ級。

 クスクスと卑しげに笑う大味の美人たちは同一人物のような顔立ち。

 見て分かる三人の違いは髪色と戦闘服(メイドスーツ)

 緑、黄、赤。

 最新のメイド服(アメリカンメイドスーツ)を着こなす新型(ルーキー)ドール。

 

 メリーはスカートをつまみ、頭を軽く俯かせ挨拶をした。

 

「ごきげんよう、トライデントガールズ」

 

 淑女の挨拶に緑髪が吠える。

 

「あぁ? 何がごきげんようだ? 余裕かましてんじゃね、あんたも今ここで潰してもいいんだぞ旧型(ロートル)?」

「ねえ、メ~リ、メ~リさ~ん♪ 今からエ~リさ~んのお葬式を壮大にしてあげようかぁ~? 派手に楽しく、一緒にねぇ♪」

「二人ともやめなさい。ひとりぼっちのメリーを虐めるのはあまりにも可哀想ですよ」

 

 この手の挑発をされることはメリーにとって珍しくはない。

 様々な軍事企業によって開発された新型ドールが次々と投入されるアーカムシティ。

 それはまるでドールの見本市。

 どの企業も戦場(・・)でのデータ取りと、()への販売拡大に向けて必死であった。

 なのにその中でもっとも戦績をあげているエースが、アフリカ戦役時に作られた旧型ヴィクトリアシリーズのメリーなのだから強い敵意も向けられる。

 

 メリーはあごをわずかにあげた。

 

 若い事務員が引きつった笑顔のまま防犯スイッチに指を伸ばす。

 新卒の彼女は、まだまだ荒事には慣れていない。

 トライデントガールズが、メリーの逃げ道を塞ぐように三方向から間合いをつめていく。

 鉄底ブーツを鳴らす音がカツコツカツと三重に響く。

 

 メリーと緑髪の新型の視線が合う。

 

 頭一つ分の背の違いが互いの力の差を暗に示しているのか?

 無造作に歩をつめる新型たち(ルーキーズ)の表情は、メリーの性能を分かった上での余裕と嘲笑、そしてその裏に隠されているのはメリーに対しての……。

 

 新型たちの戦闘筋肉開放(コンバットオープン)確認。

 マシンノイズ三重奏確認。

 状況は一触即発。

 しかしヴィクトリアはエレガント。

 それゆえに、メリー・ヴィクトリアは優雅に微笑む。

 

「ありがたい助言ですがお断り致します。まだまだ私は、家族のために稼ぐ必要がありますので」

 

「――――――!?」

 

 そしてスカートをつまむ淑女の礼(カーテシー)

 華麗でエレガントな所作は正しくエレガントであった。

 それを挑発(じい)行為と受け取ったトライデントガールズ。

 もちろんメリーにそのつもりはまったくないのだが。

 空気を読まない天然さはヴィクトリアシリーズの特徴の一つ……ではなく、メリーの個性であった。

 

「それと御戯れなら、もう十分なのでは? 私とあなたたちとの戦力差は明白です」

「ああぁ!? 私らよりもアンタのほうが強いって言いたいのかよ!?」

「いいえ、今の私では、あなたたちの誰一人にも勝つことはできないでしょう」

「え……お、おう?」

 

 ナンバーワンの思いもしない敗北宣言に目を丸くする緑髪。

 

「しかし、仮に戦いになった場合、生き残るのは私です」

「――――!!」

 

 微笑みながら断言するメリーの口調。

 呆気に取られるトライデントガール。

 敵意なく静かに睨みあい、そして……。

 

「けっ、やってられるかよ、ばかばかしい……」

 

 緑髪の人形はメリーに背を向けて去っていく。

 残る二人は困ったように顔を見合わせ、同時に溜息をつく。

 

「それじゃねぇ~メ~リ~さ~ん♪」

「それではメリー。失礼します」

 

 黄髪と赤髪はメリーに笑顔で手を振ると緑髪のあとを追った。

 

「はい、また」

 

 メリーも挨拶をする。

 そして何事もなかったようにカウンターに振り返ると。

 

「ミス・ジャニス、私の手続きのほうは済みましたでしょうか?」

 

 空気に飲まれ固まっていた女性事務員ジャニスは、慌てて仕事を再開したのであった。

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