あじぽんぽん短編集   作:あじぽんぽん

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勇者育成(師匠視点)

 冒険者ギルドの食堂、酒盛りで昼間から無駄に盛り上がる冒険者(ろくでなし)たちの喧噪が耳につく。

 テーブルをはさみ、私の目の前には中年の男が椅子に腰かけていた。

 私は彼から提示された依頼に困惑していた。

 それは無理難題と言える内容であった。

 正直、最初はなんの冗談かと思った。

 普通の常識を持つ者ならそう考えるだろう……だって、ある者を魔王と戦える強さまで鍛えあげてくれというのだから。

 あの人類の天敵、最強最悪の破壊の権化である魔王だ。

 しかし、とある高貴なお方の使いという彼は、冗談を言ってる風ではなく本気で私に依頼しているようだった。

 それゆえになおのこと質が悪い。

 私はもれそうになるため息を飲み込んだ。

 

 かつての私は百年に一人の天才を言われ、魔術学院を首席で卒業する程度には才ある魔術師であった。

 しかし残念なことに、冒険者としての才能は花開かず、人に誇って語れるような実績など何も持っていない。

 断るしかないだろう……魔王と戦える人材を育てろなどと、私にこなせるとは到底思えなかった。

 私が考えをまとめたと察したか、男は是非を聞くため姿勢をわずかに正した。

 その品の良さそうな生真面目さに、なぜか申し訳ない気持ちになる。

 

 弟子などというものを取ったことは一度もなく、また育て方というものも知らない、なので他を当たってくれないか……。

 

 たとえ断るにしても素直に力不足だと言わなかったのは、魔術学院の元首席としての栄光を思い出したからだろうか?

 それも二十年近く前の、私が十代のときのことだ……年だけを無駄に重ねた私に見栄などはる必要もなく、またそんな相手もいないというのに。

 男が依頼報酬を提示した。

 驚くほどの金額であった。

 この王都で人ひとりが一生暮らせる額ではないが、田舎で自給自足しながら生きていくには十分な額であった。

 それは不安定な冒険者としての日々に疲れた私が、引退後の生活として密かに夢見ていたことだ。

 私はかすみのひどくなった目を瞬かせ、ほつれの目立つ魔術学院製のローブの袖で額の汗をぬぐい、そしてため息をついた。

 

 ……依頼を受けるかはともかく、その者に会うことにしよう。

 

 蚊の鳴くような声で呟いた私に男は安堵した様子を見せた。

 

 

 百年周期で出現する魔王とそれ率いる魔物の軍勢。

 人類の歴史はそれとの戦いであった。

 魔王の軍勢は人類を殺戮し、滅亡寸前まで追い込み、そして、いつも決まったように影すら残さず消えていく。

 そんな暗黒時代もある時期を境に転機が訪れる。

 

 勇者。

 

 そう呼称される特殊な力をもった彼らは、魔物殺しに特化した人類最高峰の戦士たち。

 勇者一人いるかいないかで戦場の数敗が決まるとまで言わるほどに。

 勇者の資質は王族、貴族、平民とさまざまな階級のものに区別なく宿り、歴史書に語られる勇者には最下民から出た者も少なくない。

 そして功績をあげ褒章として身分と財を与えられ、王族や貴族たちと血を重ねた。

 魔王の再来は厄災であると同時に、才覚を持った王族や貴族たち以外の……特に最下層の者にとっては祝福でもあったのだ。

 

 そう、ほんの一世紀ほど前までは……。

 

 今の時代、魔王の討伐は組織化され、勇者の資質を得た貴族以外が入る隙間などほとんどない。

 私も若い頃は勇者に仕え、共に戦う魔術師として大成することを夢見た。

 しかし、そんな英雄たちの血筋ですらない……そして呪われた(・・・・)祖先の容姿を色濃くもつ私にそのような重要な役割が与えられるはずもなかった。

 もし出身も、身分も関係なしに能力だけで成り上がれるなら、今頃私は王宮魔術師の一員として安楽な生活を送れていただろう。

 自惚れではなく、かつてはその程度には有能であったと自負している。

 所詮、正当で高貴とされる血筋の者だけが優遇される世界。

 夢見がちで愚か者だった若い時の私には、それが分からなかった。

 もし理解していれば、学院時代に天才などと言われるほど才能をひけらかさず、貴族の子息たちに取り入るために心にもない世辞を言って媚びを売っていただろう。

 身の程をわきまえぬ幼い野心と傲慢の代償が今の私の貧しき現状なのだから救いようがない。

 

 

 連れてこられたのは王宮の一室。

 覗き窓から見た隣の部屋に、その子はいた。

 長い黒髪と黒目の少年とも少女とも言えそうな中性的な容姿。

 細い目に低い鼻……全体的にほりが浅く、人種のるつぼと言われるこの王都でも見たことのない顔立ちであった。

 そんな小柄な子供が落ち着きのない様子で椅子に座っている。

 ここまで案内してくれた男にどういう事情があるのかと尋ねた。

 

「はい、アズサには勇者としての資格が確かにあるはずなのですが、どの聖剣にも選ばれなかった……そして残念なことにアズサには有力な支援者がいないのです」

 

 聖剣とは人類が生み出した最強の魔族抹殺兵器。

 それを手にしただけで鋼の皮膚もつオーガを切り伏せ、空かけるワイバーンを単独で打破し、霊的存在である死者王にすら傷を負わせることができる。

 

 勇者を勇者たらんとする証……それこそが聖剣なのだ。

 

 現存する聖剣は百本ほどと聞いている。

 しかしすべての聖剣が使用可能な状態にあるわけではない。

 聖剣には使い手との相性があり、また一定以上の強さをもつ者でないと使用することができない。

 聖剣のない子供を育てるためには上級騎士や魔術師、治癒士などの勇士と呼ばれる選ばれし戦士たちの護衛がかなりの人数必要となるだろう。

 魔王軍の魔物は冒険者が討伐するような魔物とは根本から力が違うからだ。

 人間の五歳児程度の戦闘力といわれる下級小鬼(ゴブリン)ですら、魔の加護を受ければ重装備の騎士に匹敵する強さとなるのだから。

 今も聖剣に選ばれた勇者たちとそれに仕える勇士たちが名誉と栄光を得るため、あるいは魔王討伐後の王国での権力と財力を得るために戦っているはずだ。

 そのような中、聖剣に選ばれるかどうかも不確かな、どこの国のから来たかも不明な子供を育てようなどとする酔狂な貴族はまずいないだろう。

 そこまで労力を割くなら、聖剣に選ばれし貴族の血を引く勇者たちを支援したほうが確実に益となるのだから。

 なるほど、読めてきた。

 どうせ捨てる賭けならば、安い費用で雇える冒険者でもあてがって試してみようと考えた者がいたのだろう。

 まさに当たれば儲けものというわけだ。

 その冒険者として白羽の矢がたったのが、落ちぶれた私。

 もちろん、舐められたものだといい気分はしない。

 私はため息をつき、アズサと話させてくれと男に告げた。

 

 

 ◇

 

 

 しばらくして、私はアズサの育成を引き受けることにした。

 報酬が魅力的だったということもある。

 アズサと面会して話をし、少々変わり者だが真っ直ぐで裏表のない善良な性質の持ち主であると分かったからだ。

 流石に魔王と戦える強さまで鍛えるという依頼は無茶ぶりだったので、交渉し条件をつけさせてもらった。

 

 アズサが聖剣に選ばれるまでは付き合うと。

 

 そんなこんなで始めた修行だが、一介の冒険者と力なき子供の二人である。

 最初は初心者冒険者が受ける普通のゴブリンなど弱い魔物から始め、徐々に戦闘経験を積んでいってもらおうと考えていた。

 魔王との戦いが始まって既に三年は経過しているが、戦線は膠着状態に陥っている聞く。

 猶予はある。

 そんな状況だから功を焦る必要はない。

 アズサが聖剣に選ばれる強さになるまで無理なく進んでいけばよいと考えていた。

 魔王の眷属である強大な魔物たちと、あえて戦う危険を冒す必要はないと思っていた。

 

 なのに……。

 

「うおぉぉぉぉ!! ギガ〇ィイイイイイイン!!」

 

 雲一つない天空から、雷が雨嵐のように降り落ちる。

 甲高い、謎の叫びと共にアズサが放った雷撃が、一個軍隊が……あるいは四組以上の勇者パーティでかからなければ危険だという凶悪なミストドラゴンを焼き焦がしていく。

 

 それも一匹ではない……ダース単位で……。

 

「くらえっ! アバ〇ストラッシュュュュュュ!!」

 

 謎のポーズと共に、アズサが訓練のときから愛用していた木剣からカマイタチ状の暴風が吹き荒れ、勇士級の氷系魔術師が十人以上はいないと倒すのはおろか足止めさえ困難なはずのファイヤージャイアントが切断されていく。

 

 やっぱりダース単位で……。

 

「か〇はめ波ぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 謎の裏声と共にアズサの合わせた手から放たれた謎の光線が、広範囲の大地を百年は毒汚染するというポイズンキメラの群を欠片も残さず根こそぎ(

 

 魔物に埋め尽くされた死の荒野が、本当に何もない綺麗な平地に浄化されていた。

 

 魔王軍の仕業ではない。

 

 これは自称(・・)、私の弟子であるアズサがやらかしたことだ。

 聖剣を所持してないアズサは、しかし修行開始から一ヶ月もかからずにこれほどの力を発揮するようになった。

 本当に、未だに、聖剣に選ばれてないというのが信じられないほどだ。

 というか、聖剣をもつ普通の勇者(・・・・・)たちと比べても明らかに異常な強さである。

 これで聖剣を手にしたら、あっというまに魔王の首を取ってしまうのではないかと少しだけ恐ろしく、また期待もしている。

 私が田舎で無事に余生を過ごすためにも世界の平和は必要なことだから。

 ちなみにアズサも私も先ほどからガッツンガッツンと、極悪な魔物たちの激しい攻撃にさらされているがまったくの無傷である。

 アズサはともかく、私は自分の魔術で身を守っているわけではない。

 私が無事なのはアズサが戦闘前に掛けてくれた絶対無敵ばりあー(?)というアズサのオリジナル魔術(?)のおかげだ。

 

 というか……私いらなくないかしら?

 

 私は恐怖で体を硬直させたまま何もできず、アズサが戦う姿を見ているだけである。

 恥ずかしながら……少しだけ粗相してしまった。

 やがて戦闘という名の一方的な蹂躙が終了した。

 そして、ものすごい笑顔で「師匠、師匠ー! 自分の勇姿を見ていてくれたっすかぁぁ!! 師匠ー!!」と叫び、まるで餌をねだる犬のような勢いで駆け寄ってくるアズサに、私は引きつった顔で小さく手を振るのみであった。

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