星見の福音   作:フラワーチルドレン

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1話

 7月の中旬 本業に行き詰まった私は気分転換に屋上から町並みを眺めていた。

 初めてここに来た時とは比べ物にならない茹だる様な暑さはどうにもし難いものではあるがグツグツに煮詰まった私の脳を冷やすにはこの考えるのも嫌になる日光も悪くはない。

 

 再開発で随分と様変わりした街並みは、ここに居ついて随分と長い事経ったと実感させる。

 何年だ? 初めて会ったマナお嬢様と会ったのは小学生、だったか。今では高校生。その事実だけで随分経ったのぎ良くわかる。

 もう、巣立って行きそうなマナお嬢様。対して私は未だ本業で自立は難しい。

 長い事続けている経験からか以前に比べて売れる本は掛けたがそれは売れるという一点のみで残念ながら私が書きたい話はあまり評判は良くない。そもそも、売れると言っても借金を返済して出ていくなんて夢のまた夢の程度。残念ながらまだここに居続ける事になるだろう。

 

「ふう」

 

 ほんの数分だが汗も吹き出てくる。事務所に戻るか。頭も冷えた。『副業』の用事のないうちに構想を練らないといつ駆り出されるかわからない身。時間は有功に使わないといけない。

 アイスコーヒーでも飲んでもう一度ゆっくり題材を考えよう。きっといい案浮かぶハズだ。

 

 

 

「何をしているんですか? マナお嬢様」

「あ、よかった。ミツルさんがどこにも居ないから探したんですよ」

 

 事務所に入ると私の雇い主の一人娘 両儀 未那が制服姿のままバタバタと走り回っていた。

 

 制服といえば入学まで礼園女学院にでも行くと思っていたが市内の公立に行ったのには驚いた。しかし、理由を聞くと納得したのを覚えている。『パパとお母様が出会った学校を見てみたかったんです! 』そう強く言ったマナお嬢様の顔は今でも覚えている。

 

 しかし、嫌な予感がする。制服姿からして下校から直行してきたのだろう。そして咲き誇った大輪の向日葵のような笑み。正しく夏に相応しい爽やかさを感じさせるが私にとっては悪魔の微笑みにしか思えない。

 彼女がこの事務所に現れるのは日常だがその時折の理由があるがそそっかしいというか猫みたいな気質は何歳になっても変わらない。いや、むしろ行動範囲が広がって手がつけれない様になっている気がする。

 しかも今回はかなりの厄ネタらしい。でなければあれ程の笑みは早々浮かべられまい。

 

 詰まるところ彼女の持ってきた厄ネタを解決するのが私の役割という事だ。

 

「そのまま見つからなくても構わないが、まあ、見つかったからには要件は聞かしてもらうさ」

「やった、ミツルさんの聞き分けの良い所、私好きですよ」

「そうかい、それはよかった。残念ながら私はこんなに素直になりたくはなかったよ」

「むー、私、ミツルさんのそういう所嫌いです」

「結構、別に私は君に好かれる為にここにいる訳ではない。それで、今日はどういったご用件で、マナお嬢様。猫の里親探し? 下着泥棒の御用? それとも観布子市の美化問題かな? 」

 

「違います! ミツルさんは私を何だと思っているんですか」

 

 ──禍災

 

 とは言うことは出来ないので飲み込んで曖昧に笑い誤魔化す。彼女がそれをどう受け取ったのか分からないが目を細めてカバンから一枚の紙を取り出し、ほうづえしている私に差し出してきた。

 

「何かなこれは? 」

「何ってバイトの募集用紙ですよ」

「それは見れば分かるが──」

 

 そう、見れば分かる。

 

 しかし──

 

 人理継続保障機関フィニス・カルデア、国連直属のNGOで君も未来を救おう!

 

      連絡は○○○-○○○-○○○まで

   日本支部ハリー・茜沢・アンダーソン

 

 

 怪しい。怪し過ぎる。控えめに言ってFXやネズミ講のチラシの方が幾分信用できる程度に信用できない。しかしながらマナお嬢様は違うらしい。高い考察、推察を繰り広げる理知的な瞳は溢れんばかりの輝きを放っている。

 

「学校の近くに来てた献血車で献血してたら誘われたんです、それはもう必死に。私も世界を救うってとっても素敵な事だと思って頷いたんですけどお母様もパパも中々許可してくれなくて──」

「……まさか、私に説得に加われというのか? 」

 

 それは難儀な事だ。恐らく私が興信所のどの仕事より厄介なものに違いない。そもそも両儀家の一人娘がバイトをする道理も意義もないのだから。

 

「いえ、違います。それはもう取ってます。苦労しましたけど、パパを説き伏せたらお母様も許してくれたんです」

 

 意外だ。てっきりいつもの様に頼み込んでくるものだと思っていたが──あ、気がついてしまった。両親の許可を得て弾丸のように飛び出して行きそうな彼女がわざわざ来たのは──

 

「私、ミツルさんの察しが良い所、好きですよ。さあ、行きましょう」

「いや、しかし、アルバイトに同伴というのは──」

「大丈夫です! 連絡したら大丈夫だって、ミツルさんも一緒に働けますよ」

「──っ」

 

 こうなったが最後、残念ながら私に断るという権利は喪失する。

 

「マナ君、私は君の人を振り回すのに躊躇がない所が嫌いだよ」

 

 ──そうですか

 

 そう屈託なく、心底会話を楽しんでいる笑顔を浮かべたマナの手をとった。

 

 

◇◇◇

 

 

 ──塩基配列  ヒトゲノムと確認

 ──霊器属性  善性・中立と確認

 

 ようこそ、人類の未来を語る資料館へ。

 ここは人理継続保障機関 カルデア。

 指紋認証 声紋認証 遺伝子認証 クリア。

 魔術回路の測定……完了しました。

 登録名と一致します。

 貴方を霊長類の一員である事を認めます。

 はじめまして。

 貴方たちは本日 最後の来館者です。

 どうぞ、善き時間をお過ごしください。

 

 

 

 ……そうか、ついに死んでしまったか。いきなり雪山に放り込まれて生きている方がおかしい。

 思えば短い人生だった。いや、倉密メルカとして右目を切られたときに死んでいてもおかしくはなかった。そう考えると余命宣告から倍は生きていることになるのだろうか。大往生言ってもいいかもしれないな。

 

「きゃ、ダメ、止めて」

「フォー、フォウフォフォウフォー」

 

「…………」

 

「ミツルさんも早く起きてくだい」

「生きている」

 

 マナの声に促されて目を開けて上体を起こす。一寸先がホワイトアウトしておらず先までを人工光が照らし、猛烈なブリザードもなく優しい気流が流れている世界。間違いなく人工物の中だった。どうやら死んだというのは個人的な妄想の産物で無事たどり着けていたらしい。

 

 マナの方を見ると猫か犬か分からない白い謎生物と格闘中のようだ。私と違って既に耐寒服を脱いで見慣れた黒い高級志向のブラウスなっていた。今更だが耐寒服を上から着ているだけであの寒さを防いだいたのはおかしい気がする。

 

「じー」

「何か用だろうか? 」

 

 先程から意図的に無視してきたが流石に限界というモノがある。右手にいたマナ、左手には右目を桜色の髪で隠したメガネの少女が何故か擬音を発しながら覗いていた。

 ありていにいってかなり不気味だ。容姿が整っているだけにこういった理解し難い行動は子気味悪いものがある。

 

「ハッ、すいません。男性の寝顔を間近で見るのははじめての経験だったのでつい、反省します」

「ああ、そう。それで──」

「マシュちゃんです」

「フォゥ〜」

 

 どうも既知らしいマナな言葉の詰まった私の疑問に答える。マナの手の中にはバンザイをさせられた謎生物が悲しげに助けを求めているが私も似たようなものなのでそんな目で見られても困る。

 

「はい、マシュ・キリエライトです。マナせ──」

「ちゃん」

「あ、はい、マナ、ちゃんとは瓶倉光溜さん起きる15分ほど前に面識を持ちました」

 

 どうやらこの少女も既にマナの軍門に下っているらしい。

 

 

「おや、マシュ、マシュ・キリエライト。ここにいたのか」

 

 次いで話を聞こうとすると廊下の向こうから新たに人が現れる。緑のスーツに同色の長いシルクハット。長い茶髪の人の良さそうな笑みを浮かべている。

 

 

「そこの2人は──」

 

「はい、私の名前は両儀未那です。アルバイトの募集で来ました」

「これは元気な挨拶どうも、私はレフ、レフ・ライノール。ここカルデアでそうだな技術者をさせてもらっている。よろしく」

「はい、よろしくお願いします。世界を救う為に頑張ります! 」

「こうも屈託のない挨拶を交わしたのはいつ以来だったかな? そちらの方は──」

「瓶倉光溜です。マナの付添として来させて頂きました。よろしく」

「よろしく」

 

 握手を交わすが何だろうか。……このレフ・ライノールという人物に好感を抱けない。別段、嫌いになる要素はない、だが昔の自分を見ている様に気がしてならない。もちろん、あの時の私ほど人間味が無いようには見えない。こうして会話していても悪いようにも思えない。だが不思議と嫌悪感が湧き上がる。

 

「ああ、そういえばそんな話もあったな。幸い適正があるらしいが──」

「適正? 一体何を言っているんだ」

「ふむ、その話について話したいが、マシュ、もうすぐブリーフィングの時間だ。君たち2人も参加しないといけない」

「え、本当ですか? ミツルさん急がないと」

「勿論。ブリーフィング場所まで案内がてら掻い摘んでカルデアについて説明させて頂こう」

「それは助かる」

 

 

◇◇◇

 

 

「はあ」

「ダメですよ、ミツルさん。ため息をつくと幸福が逃げていっちゃうんですよ」

「もう十分逃げてるさ」

 

 頭を抱えられずにいられない。

 この状況下は失敗だらけの私の人生の中でも最悪の15歳の夏に匹敵する状況なのは確定だ。

 

 ──魔術、人類史の消失、カルデアス、シバ、ラプラス、フェイト

 

 この世が信じられない物ばりなのは生まれた時から理解しているつもりだったがこうも雪崩のように告げられると頭も抱えたくなるというものだ。

 国連とは高校生のバイトと高を括っていたがそうも言っていられないくなった。

 仮にマナに何あったら飛行機ごと撃ち落とされる。

 

「うわー」

 

 横目にマナを見るがもはや私に止める事は不可能と言っていだろう。あそこまで爛々と輝かせて感嘆の声を漏らしている所なんて数える程しか見たことがない。

 どうしたものかと考え込んているとカツカツと靴の音が前方から聞こえてくる。俯いていた気持ちを押し込めて前方に目をやる。

 レフ・ライノールの言葉がただしければこれから現れるのはここの所長オルガマリー・アニムスフィアらしい。

 同じ所長の肩書を持っていてもこうも抱える人員が違うと嫉妬も起きない。もっとも私が所長という肩書になんの後腐れもない事が大きいのだろうが。

 

「結構、全員きちんと集まっているようね」

 

 思わず目を見開いてしまった。これほどの組織を束ねる長がどれほどの人物かと思ったが、まさか私より年下と思える少女だとは思いもしなかった。

 

「これから皆さんには──はあ? 」

 

 高圧的な様子な様子は変わらず御高説を続けようとしたが呆れたと言わんばかりの表情に変わり止まってしまう。

 こういった気の強い女性は苦手なので私に原因があってほしくないが明らかに私と隣の席を見て固まっている。そして、間違いなく私と目が合っている。意識しない様にしていたが座っている他の参加者からも視線を集めていた。他の参加者は皆一様に似た制服を着ているので私服姿の私達が浮いているのは当然と言えるだろう。

 

「ちょっと貴方たち、制服はどうしたの? ブリーフィングなんだから着て来て当たり前でしょ」

「いや、私たちは──」

「はい! 私たちはさっき来たので制服も支給されてないんだと思います」

 

 気圧された私に対しさっと手を上げ立ち上がるマナ。あの母親の下で育てられるだけあって全く物怖じというものをしない。むしろ、他者の懐に飛び込んでいく。ここまでくればある種の天性の才能と言えるだろう。

 

「……ちょっと、レフ。どうなってるの? 」

『一般枠の人員らしいが色々手違いあったらしい。彼女たちが言っているのは正しいよ』

「はあ、そこの2人、名前は? 」

「両儀未那です。よろしくお願いします」

「付き添いの瓶倉光溜です」

「では退出して下さい。あなた達のミッション参加は2次、3次ミッションからとします」

「え、待って下さい。私たちは──」

「退出」

 

 

◇◇◇

 

「ヒドいわ。少しくらい話を聞いてくれてもいいのに」

「諦めるんだな。私も君も魔術の魔の文字すら知らない素人だ。危機管理からいって真っ当な選択だ。私達も何が起きるか分からないモノから開放されて助かったんだ」

 

 廊下を歩きながら文句を垂れ流すマナをなだめながらも心底良かったと思る。このままマナと私が関わる前に人理修復だか何だか知らないが終わってくれる事願うとしよう。

 そうなればおもちゃを取り上げられたマナをなだめる作業がまた必要になるが彼女の身の安全に比べたらなんてことない。

 

「別にミツルさんに正論を言ってほしい訳じゃないのに。あ、ここみたい」

 

 渡されたIDカードと掲げられたプレートを見比べてマナが止まる。

 追い出された私たちはいくつかの教材と制服を渡された後に割り当てられた部屋に向かうように言われた。そういう訳でマナが見つけた部屋はマナの仮の住まいというわけだ。

 そして、私に割り当てられた部屋もすぐ隣に見つけてしまう。

 単純に割り振っているのだろうがマナと隣になるというのは気が気でならない。

 

「やった。隣ね、ミツルさん」

「ああ、そうだな」

 

 どれだけ私が気落ちしているか知らないとはいえこうも屈託のない笑みを浮かべられるとばつが悪い。

 

「着替えたら私の部屋に来てくださいね。私、魔術っていうの早く使ってみたいんです」

「それがどうして私が君の部屋に行く理由になるんだ? 」

「だって一緒に勉強した方が楽しいじゃないですか」

「そうですか。マナお嬢様の仰せのままに」

「むう、ミツルさん、そういう呼び方は止めて下さい」

 

 疲れた。マナの部屋に行くのは少しゆっくりした後でいいか。今日というかここしばらく激しく行動し過ぎた。少しの間ゆっくりしてもバチは当たらない筈だ。

 

「きゃっーー! 」

 

 そう思ったのも束の間、劈くような悲鳴が聞こえる。

 

「どうした!? マナ!!!」

 

 部屋から飛び出してマナの部屋に入るとビックリして荷物を取り落しているマナ。そして、ベットの上で胡座をかいている男の姿があった。

 

「待ったァ! 待ったあぁァ! ボクはただここでサボっていただけでって、いやそれもマズイけど!? 」

 

 ロマニ・アーキマン──このような出会いをした男が私の生涯において最も共感した人間になろうとはこの時の私は思いもしなかった。




続かないよ

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