星見の福音   作:フラワーチルドレン

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2話

「本当に申し訳ない」

「全くだ」

 

 この男、ロマニ・アーキマンは空き部屋でサボっていただけらしいのだが、それが偶然マナの部屋だったらしい。

 全くもって紛らわしい。大声を出した私がバカみたいではないか。

 

「そう落ち込まないで下さい。私もよく習い事を抜け出しているので気持ちは分かります」

「え、本当かい? いや〜、嬉しいなあこういった抜け駆けに仲間が出来るなんて思ってもなかったよ。あ、これ温泉まんじゅう。2人ともどうかな」

「わあ、ありがとうございます」

「いいって事さ。同士の記念で」

「15と同じでいいのか……」

「グフッ!? 」

 

 大げさに胸を抑えて打撃を受けているロマニ・アーキマン。どうやら厄介な先輩と似ているのは声だけらしい。

 

「アーキマン先生は忙しくないんですか? 」

「ん? なんの話だい? それとロマンって呼んでくれ。みんなそう言うからね」

「ブリーフィングの事だろ。ファーストミッションのブリーフィングをさっきから始まっている。医療チームの統括がこんな所で油を売っていていいのか? ロマン」

「ああ、うん。そう、その事」

 

 今度は視線を揺らし頬を掻きはじめた。

 

「いや、マリー、所長にね。『貴方がここにいると空気が緩む。ミッションが安定段階に入るまで来るな』って言われちゃってね」

「ヒドい。そんな事で追い出ししまうなんて」

「いや、いいんだ。事実だし。所長、見ただろ。家柄のせいで若いのに色々不相応な重責を背負って緊張しているんだ。少しでも彼女にやりやすい様にしてあげないとね。それに僕もこうしてサボれてwin-winさ」

「信頼してるんですね」

「まあ、それなりの付き合いだからね」

 

 信頼、か。なるほど確かにロマンは追い出されたとには明朗とした表情で、ちょうど私が両儀未那という人間に対して向けるものと近いものを感じる。少しの間しか会話、と言ってもいいかわからない程度しか会っていないがあの高圧的なお嬢様にこんな感情を向ける人間がいるとは驚きだ。

 あの有り様が必死に今日を生きてきた結果とするなら、私が好感を持てる類の人種なのかもしれない。だとしても口に出すことはないだろう。

 

「そんな訳で暇だから君たちに手違いが起きた理由でもの調べてこようかな」

「できるのか? 」

「もちろん。これでも統括だから権限がそれなりに付与されている。サボってばかりじゃなくてきちんと働いているところも見せておかないと、またマリーにどやされちゃうからね。まあ、君たちはゆっくり待っていてくれ」

 

 そういう事なら自分の部屋でゆっくりと待っておくとしよう。ようやく休める。さっきの悲鳴のせいで精神的また疲れてしまった惰眠を貪っても文句は言われまい。

 

「……何かな? マナお嬢様」

 

 そそくさと出ていこうとした私の腕はマナによって止められてしまった。

 

「ミツルさん、どこ行くんですか? 」

「疲れたんだ。分かるだろ? 飛行機に乗せられて数十時間、その後は雪山登山ときた。君と違って幾分ひ弱なものでね」

「じゃあ、私の部屋でゆっくりと勉強しましょう」

「マナ君、私は──」

 

──ピピピピピピ

 

 私が反論しようとすると部屋の中に無機質な機械音が部屋に響く。音源に顔を向けるとロマンが気まずそうに頬を引きつらせていた。

 

「ごめん、連絡が来たみたいで……出てもいいかな? 」

「構いませんよ。ミツルさんも疲れているみたいなので静かにしようかと思っていましたし」

「はあ」

 

 マナはソファーに座ると私に隣に座るように促してくる。

 口論していても仕方がないので諦めて座る。そもそもマナは私の弱点をつくのがうまい上、私はマナの弱点をつけた試しがない。詰まるところ私にとってマナとの諍いに勝つ算段はまるでないということだ。

 私ができる小さな反抗といえばため息をつくくらいだろうか。

 そんな私たちに頭を下げてロマンが通信に出る。

 

「はい、こちらロマン。何か問題でも? レフ」

『大した事はないと思うがBチーム以下数チームでメンタルパルスが不安定だ』

「そのくらいなら大丈夫じゃないかい? 緊張で気が張ってるんだよ」

『ああ、だから大した事はないって言っただろう。しかし、ファーストミッション、万全に万全を重ねるに越したことはない。始まる前には来てくれ』

「りょーかい」

『今は医務室かな? 』

「え、ああ、うん」

『なら3分くらいか。遅れないように』

 

 通信が終わるとロマンは再び申し訳なさそうにこちらに向き直る。言いたい事は大体想像はつく。

 

「えー、そういう訳で君たちの件に関してはまた後でと言う事に、はは……ごめん」

「大丈夫です。ロマン先生が本来やらなくちゃいけない事ですし、先に行っている人たちの為に頑張ってください」

「うん、ありがとう」

 

 マナ以外が口にするとなんとも薄っぺらく感じる言葉だが事彼女の口から出ると不思議と信じたくなってしまう様になっている私はかなりこの美少女に毒されてしまっているのかこの少女にそれだけのものがあるのか、残念ながら私には分からない。

 

「だが、いいのか? 」

「うん? 何がかな? 」

「さっき医務室いると言ったがここは違う。さっき地図を見たが、どう考えても倍はかかる筈だ」

「ああその事か。いいさ、走れば間に、あ──」

 

 ロマンが時計を見たのにつられて私も時計を見る。

 

「あと1分で3分ですね」

 

 私の腕時計を覗き込んだマナがそう言うと固まっていたロマンが再起動したてのPCのように忙しない動きで立ち上がる。会話をしていた私が言うことではないがなぜこの男は早く向かわなかったのだろうか。

 

「うわああぁぁああ!! い、急がないとサボっていたのがバレてしまう! じゃ、ボクは行くけどくれぐれも内密にしていてくれ!! 」

 

 遑遑として去っていこうとするロマンを呆れながらも見送ろうとしたが事態が一変する。

 

「きゃっ!? 」

「な、なな何だ!?!? 」

「マナッ!? 」

 

 今度叫びは笑って済ませられるようなものではなかった。2,3度大きな振動と遠くから爆発音や何かが崩れる様な音が聞こえ施設全体から低く鈍い軋む音が絶え間なく続く。

 それはさして長いものではなかったが生命の危機を感じさせるには十分なもの。

 しかして、幸いにもその破壊が収まるまで私も、引き寄せたマナも、そしてドアにもたれ掛かったロマンにも何事もなかった。

 

「ロマン!? 一体何がっ!?」

「わ、分からない、カルデアは外部からの侵入は不可能だ。こんな事が──」

 

『緊急事態発生。緊急事態発生。

中央発電所、及び中央管制室で火災が発生しました。繰り返します──』

 

 けたたましいサイレン、機械的なアナウンスが私の疑問に答える。根本的な原因は分からないがすべき事は見える。厄年なんてものじゃない。厄週と言えるくらいには厄介事に恵まれているらしい。

 

「君たちは第2ゲートに行くんだ。避難灯の指示に従えばすぐに着く」

 

 次の行動を考え倦ねていた私にロマンが指示を出す。その表情は先程まで情けない顔をしていた優男のそれではなくなっていた。

 

「分かった。行こう、マナ」

「待って下さい。ロマン先生はどうするんですか? 」

 

 手をとって走り出そうとした私をいつも以上に力強く止めた。思いもしなかった行動に焦燥が高まる。そして、私は心臓を掴まれた気分になった。そうだ、この男どこに行くかなんて分かりきっていた。それなのに私は意図してそこから意識を反らしていた。

 そんな私の弱さを暴けだされるような強さを持っているの少女こそが両儀未那なのだ。

 

「ボクは管制室に行く。その責務があるからね」

「じゃあ、私も行きます」

 

 だからといって次の言葉をさらに予測できるわけじゃない。昔の私でも出来ないだろう。

 

「マナ!? 何を言って──」

「そうだぞ。何が起きているか分かったもんじゃない!? 」

「管制室ってブリーフィングがあった部屋のすぐそばですよね? 」

「え、ああ。そうだけどッ、危険だ!? 」

 

 私たちの静止も聞かずロマンに虚を突いた質問に答えを得られるとあっさりと私の手から逃れて走り出した。

 

「なんでそんなっ──」

「御託はいい。追うぞ」

 

 数拍子おいて私達も走り出す。

 何か見落としているのか? 確かにブリーフィングにいた人員は大した関わりのないがマナの性格を考えれば心配するのも理解できる。しかし、それだけじゃない気がする。マナは人を振り回す──自己中心的な性格なのは間違いない。だからといって思慮分別が出来ないなんてことはない、むしろ一般的な同年代に比べ理知的で人の心の機微には鋭い。そんな彼女が私たちの心配を振り払ってでも行きたくなるような理由があるとすれば──

 

「マシュ・キリエライトか! 」

「なんでその名前を!? 」

 

 並走するロマンが驚きの声を上げる。当然といえば当然だが既知らしい。混乱させたままも良くないので手短に説明する。

 ブリーフィングには彼女も参加していた。私の目覚める前に交流があったようだし、レフから話をしていた時も親しそうにしていた。すでに友達と言っていい間柄だ。そんなキリエライトが危険にさらされていておとなしく引き下がるマナではない。自分の手で助けようとするだろう。

 感情が昂ぶってコントロール出来なかったのだとしてもせめて一緒に行動してほしかった。このような状況で危険なのはキリエライトだけではないのだから。自分の身も心配されているという事よくよく理解してほしい。

 

 私が目的の部屋の前に着くと見えたのは部屋の中に入っていくマナの後ろ姿だった。自動ドアは意味をなさず部屋の中は熱気と瓦礫で埋め尽くされていた。

 

「マズいッ、カルデアスの火が消える。すまない、ボクは中央発電室に行かせてもらう。無茶はしないでくれよ」

「ああ分かった」

 

 唇を噛み締め苦渋の決断といった様子だがこの場に二人いたのが彼の決断を促したのだろう。

 素人の私がここに設備について分かるはずもない、なら行動は決まっている。私がマナを追い、ロマンが設備を見に行く。

 ロマンは言い終えると別の方角に走り去ってしまった。組織としてそれは正しく、私は個人的な都合を優先させれてちょうどいい。

 

「暑っ」

 

 事務所の屋上の暑さと比べ物にならない熱さが身を包む。手を口に当てながら進むが思いの外厄介な事になっていた。瓦礫の山で先に行ったマナの姿が見えない。これでは探しようがない。

 

「マナーー!! どこだ!? 返事をしろ!! 」

 

 返事もなし。様々な音が四方八方から生成され埋め尽くしている空間では人間の声の大きさなんていうものは誤差の範囲でしかないようだ。

 参った。私に火災現場での救助経験などあるはずない。ここで取るべき行動が見えない。

 

「フォウ! フォウ、フォーーウ、フォウ!! 」

 

 手をこまねいていると、どこからか謎の生物──フォウが私の周りを一周した後、少し離れた場所で飛び跳ねながら鳴く。

 そういえばブリーフィングに向かう途中キリエライトが世話をしていると言っていた。

 

「信じているぞ」

 

 今はこの生物を信じて進むしかない。なんとも自分勝手なものだが、今はこんな頼りないものでしか進めない自分が恨めしい。

 

「いたっ」

 

 こういった賭けになる行為をほとんど信用していなかったがまさか本当に見つかると夢にも思っていなかった。

 

「マナっ! 」

「ミツルさん!? 良かった、マシュちゃんがッ」

 

 近づくと今にも泣き出しそうなマナの表情がハッキリと見える。こんな表情を今まで一度たりとも見た事はない。

 だが、その原因も近づくと自ずと分かった。

 

「これは──」

 

 見覚えがある桜色の髪のが地に伏せ大きな血の海を築いている。下半身は落下してきたであろう構造片に押し潰されている。弱い呼吸音がかろうじて未だ生物を感じさせているがそれもいずれ止まる。

 マナが握っている手もいずれ滑り落ちるだろう。

 

──カラカラと乾いた音が遠くから聴こえる

 

「冗談じゃない! 」

「瓶倉……さん? 」

 

 こんな、こんな──

 

「まだだ、まだ何か、手段があるはずだ」

 

『中央区画に重大な損傷を確認しました』

 

「止めて、くだ、さい。早、くマナちゃんと、逃げて」

 

『レイシフトの中断ができません。システム──』

 

「諦めるな! 未来は決まっていないッ!! その瞬間まで決して確定的なものなんかじゃない! 」

 

『──最終調整に入ります』

 

「ふふ、」

 

『中央区画の機能復旧に失敗しました。区画の隔離に入ります』

 

「何を笑っている。受け入れるな──」

 

『人類の 生存 を確認できません。人類の未来は 保証 できません』

 

「違、うんです。とっても人間だなって思ったんです」

 

「────」

 

 振り絞る様に告げたそれは機械として生きなくなった私にどれだけ意味のある言葉か少女は知らない。その意味を知るのは私ただ一人。

 

「マナちゃんは危険も顧みず来てくれました。光溜さんは出来もしない事をしようとしました」

 

「何を──」

 

「ここにそんな事、しようとする人はほとんどいません。こんな人間みたいな人がいるなんて何だか嬉しくて、だから生きてください」

 

『間もなく隔壁が降下します。職員は速やかに退避してください』

 

 …………

 

「……行くぞ、マナ」

 

 キリエライトの手を持ったマナの手を握って強く引く。ここに残っても私に出来ることは何もない。

 

「ダメです」

 

 この娘はこの期に及んで何をっ!?──

 

「マナ! 言うことをきかないか!? 出来ることは何もない」

 

「ダメッ! ここで引いたらミツルさんはきっと胸を張れなくなってしまうから」

 

──車椅子の車輪の音が聴こえた

 

「ふ、」

「ふふふ」

 

 笑い声が出てしまう。それにつられてマナも笑みを零す。そこにさっきまでの涙を貯めた瞳はなかった。そうだ私は人間だ。人間なのだから諦めてなるものか。

 

「な、にを笑、って……るんですか? は、やく」

 

 どうやら立場が逆転してしまった様だ。

 

「マナ、割れ目を探すんだ」

「はい」

 

 元職業的爆弾魔──倉密メルカとして構造物の弱い部分さえ見つければ助け出すのも不可能ではない筈だ、私のそれは決して人を殺すための技術ではなかったのだから。

 

『アンサモンプログラム スタート。霊視変換を開始します』

 

「え? 」

 

 私とマナが探っているとキリエライトの呆けた声が響いた。別段大きなものではなかったが何故か私とマナの耳に残ったらしく同時にキリエライトの方を見る。

 

「どうした、何かあったか? 」

「レイシフトが始まってる」

 

 周囲の物体、いや私自身から黄金の光の粒子が溢れ出る。

 

『全行程 完了。ファーストオーダーの実証を開始します』

 

「くっ、」

 

 教えられた知識が脳裏を走り、急いで私と2人の手を握った。そこで私の意識は青い渦に吸い込まれる様に途切れた。

 




仮に続くなら30手前のミツルが15歳のヒロイン二人を持つという終局的犯罪
なお、公式

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