死にたがりだった人間のあなたと、死にはほど遠い私の話。

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ポケモン文庫庭園さんのSSコンクール投稿作品。
テーマは「しょくぶつ」でした。


蝕物

 満月に照らされた湖の穏やかな水面へ、散りゆく桜の花びらが躊躇いもなく落ちていく。

 私に限らず、この光景を他に見ていた者がいたならばきっと誰でも一度は目を奪われていたのだろうけれど、夜も大分更けてきた時間帯であるからか、辺りは私以外に誰もおらずしんと静まりかえっていた。

 

 満月の夜は、私の持つ力が最も弱まる。

 勿論それもあるが、新月だと折角の桜も宵闇に紛れ込んでしまうから、私はわざわざ月が満ちるのを待って毎年ここへと訪れるのだ。

 

 ……そう、毎年。

 あなたと出会い、ともに過ごし、あなたが土の下で永い眠りについてからも、世界は変わらず続いている。季節は、命は変わらず私の知らぬ間にめぐっている。

 私を置いて先に逝ったあなたに恨みがないか、と尋ねられたのなら、私はそれについて否と答えるだろう。

 だって、出来ることならば私もあなたと一緒に連れていってほしかったのだ。

 それでもあなたは、終ぞ私を連れていってはくれなかった。

 残酷な人。だからこそ私は、あなたについて暫く忘れられそうもない。

 

 今年も、変わらず花が芽吹く温かな春がやってくる。

 かつて私は、この季節が大嫌いだった。

 存在自体受け入れられない自分を置き去りとしてめぐる世界を、疎ましく思っていた。

 互いに蝕み、また、蝕まれることを唯一受け入れたあなたに出会う頃まで。

 

 

 

 

 

 

 

 

 私は、……『ダークライ』と呼ばれる私の種族は、生まれながらに人々や他のポケモンに悪夢を見せる力を持っている。

 自分の身を守るために備わったらしいその力は、しかしながら自分で満足に制御することさえままならず、私は自分以外の誰からも忌避されるのが常であった。

 私が私でなければ、なんていくら考えても無駄な可能性に何度、思いを馳せてきたことか。

 傷つける意思はまるでなくとも、私の力を知る者たちは皆怯えた目を向けて一斉に去っていく。それは人であれ、ポケモンであれ、いつだって一切変わりなく。

 私の意志など、最初から知るつもりもない彼らに私の内側では沸々と、薄暗い感情が幾重にも振り積もってゆくばかり。

 それでも、死んでいく気にもなれない私は、長年疎む世界で彷徨うことしか出来なくて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 思えば、……かつて、私があなたに出会ったのもこんな満月の夜だった。

 誰もが寝静まっていた夜更けに、この湖で散っていく桜をただ一人眺めていたあなたは私の存在に気付いても尚、不思議そうに首を傾げていた。

 その態度に、当時の私は理由もなく苛ついて、あなたを害すべく手を伸ばしたのに。

 

──ねえ、きみもこの植物を見てごらん。美しいでしょう。桜、っていうんだよ。

 

 自分が死ぬ可能性には思い至らぬように、あろうことか、あなたは私が近寄ったところで恐れの感情を見せもせず。大層呑気な声音で、私に話しかけてきたのだったか。

 

──植物はいいよね。光と水と、土があれば、彼らはいつかその命を全う出来る。他者に煩わされることなく、悪意を知ることなく自分の一生が終わった後は自然に次へと託していける。わたしはずっと、その生き方が羨ましくて仕方なかった。人も、ポケモンも、わたしの近くにいた誰も彼もが眩しすぎて……一緒に生きるには、少しだけ、つらいんだ。

 

 近寄ったことで、今更気付く。あなたは最初から死ぬ可能性に気付かなかったのではなく、むしろここで私に手をかけられても構わない、と考えていたこと。

 少しだけ、と言いながらその瞳には、既に私が知る由もない深い絶望を湛えていたこと。

 

──きみは静かで、好ましいね。だけど、その手をわたしの血で汚すのは何だか勿体無いから、わたしを見るくらいならどうか代わりにあの桜を見ていてほしい。何せ、今夜が見頃なんだ。全部散ってしまったら、来年の春までお預けを喰らってしまうよ。

 

 そんな、死にたがりのあなたならば私が傍にいても赦してもらえるのではないか、と。

 勝手に期待を抱いた私は、桜よりずっと、あなたの方から目を離せなくなっていたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……何とも物騒で、ひどい出会い方ではあったが結局、あなたは私の目論見通り私を疎むことはしなかった。

 私の力によってやはり悪夢を見る羽目になろうとも、ただの一度も責められなかったのは今でも素直に驚いている。

 よほど生きることそのものに疲れ果てていたのか、あなたと私がともに過ごせた時間はほんの一瞬のようなものだったけれど、その瞬間だけでもあなたにとっては心安らげるものであったと信じていたい。

 なぜなら、最期に浮かべたあなたの表情は、私が覚えている限り最も穏やかだったから。

 

 

 私が私でなければ──たとえば、あなたの愛でた花を咲かせられるようなくさポケモンであったなら。私とあなたの出会いは、また随分と違ったものになっていたかもしれないし、あなたももう少しだけ長生きしていた未来があったのかもしれない。

 しかし、私が私であることについて、私には一片の後悔もない。

 私の悪夢で蝕まれた果てに辿り着いたあなたの死は、私の心に未知の感情をも与えた。それは、相手があなたでなかったら、おそらく永遠に得ることはなかったはずの代物。

 重く、どろどろに溶けた状態のこれを、あなたならば一体何と名付けたのか。

 いつか、私にも終わりが訪れたその時は是非、あなたの答を聞かせてほしい。

 

 

 今年も、変わらず花が芽吹く温かな春がやってくる。

 私の隣にいないあなたは、柔らかな土の下、今頃どんな夢を見ているのだろう。

 それがせめて、安らかなものであることを祈りながら私は今日を生きている。

 ──土に還れない私は、土に還ったあなたを今でも、想っている。


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