戦闘はもういつものクオリティです!
篠ノ之箒のIS操縦技術はお世辞にも、上手いとは言えない。
何故なら、国家代表候補生でもなければ一夏の様に、クラス代表として戦う事もなく、訓練も一夏と一緒にいられるからと訓練が本題ではない。
剣道においては、全国大会で優勝する腕前は確かにある。だが、それとISは別物だ。
「ぐっ…」
「どうした?その程度か一夏」
けれども、彼女には才能があった。
元々培われていた剣道の才能。身体を自分の思うがままに動かす才能。そして、その箒専用に組み立てられた紅椿。
それらが戦闘にのみ思考が割かれている現在の箒と噛み合ってしまった。
火花を散らし、ぶつかる箒の刀と一夏の盾。迷いなき矛と揺らぐ盾、現状、不利なのは一夏であった。
「箒!一体、お前に何があったんだ。お前はこんな事をする奴じゃないだろ!!」
振るわれる二刀の連撃に合わせ、盾をねじ込み弾くことで無理やり攻撃を中断させる一夏。
しかし彼の攻撃、言葉は届かない。箒は首を傾げ、一夏の言葉を理解しようともせず手に持つ二刀を振り下ろす。
手に持つ盾で受け流し、一度距離を取る一夏。
「防いだり受け流したりと。男なら正面から来い」
「…悪いが新しいスタイルなんだ。零落白夜を当てるには、隙を狙うのが一番だと思ってな」
盾を構え、ブレードを隠す一夏。
今まで使い込んできたスタイルとは違う。生まれたばかりの覚悟は揺らいでいる。
「ふぅぅ」
大きく息を吐き、気持ちを少しでも落ち着かせる。
頭を冷やせ。お前が目指す姿は、ここでなにも成す事が出来ないのか?違うだろう織斑一夏。自らの想いを再確認し言い聞かせる。
この瞬間、織斑一夏という空の器が僅かに満ちる。次に、箒へと視線を向けた時、一夏はまっすぐと箒を見ていた。
「ッッ」
殺気とは違う一夏の雰囲気に怯む箒。
しかし、その畏怖は瞬きの間に消し飛び、二刀を構える。闘争の熱に侵されていても、箒の天性の感は働いていた。
すぐに攻め込むのではなく、盾を構えた一夏の隙を探す。それはまるで、一夏のテリトリーを警戒する様にも見える。
「どうした?来ないのか?」
攻め込んで来ない箒を挑発する一夏。
箒からは見えない刀に警戒するが、不意打ちとも取れる箒からすれば、吐き気すら感じるスタイルへの怒りが勝る。
瞬間加速と見間違う速度で、斬りかかる箒。
「なっ!?」
直後、彼女の視界には振るった二刀が盾により、ひと凪で弾き飛ばされ、自身を斜めに裂く様に振るわれる白く輝く一刀に染まる。
紅椿のシールドがごっそりの削られる。押し当てるのではなく、斬り捨てる様に放った為、一撃で紅椿のシールドエネルギーを削り切る事は出来なかった。いや、一夏にその気がなかったと表現するのが正しい。
「もう止めよう箒。お前に何があったかは分からないけど、お前はこんな事をする奴じゃないだろ?」
純粋に大切な幼馴染を信じる一夏の言葉。
よく言えば人が良い。悪く言えば、盲目なまでに他者を信頼するとも言える織斑一夏の善性。
彼が人を惹きつける要因の一つであるだろう。しかし、それはこの場では悪手だった。
「……貴様、手を抜いたな……私を……ワタシヲ、ナメルナァァァ!!!」
今の箒は戦うことに全てを賭けている。
故に、不意打ちで何であれ自分を破るのならそれで満足していた。自分を打ち倒せる攻撃で、手を抜かれた屈辱。
到底、受け入れる事の出来るものではなかった。
紅椿の展開装甲が開く。零から百へ、その機体は最高速度へ一気に到達する。福音への第一コンタクトの時、同様に紅椿の最高速度。
すなわち、音速の世界である。動ける範囲が決まっている学園のアリーナとは違い、制限のない海上。
箒を説得する為、動きを止めていた一夏には箒が消えたように錯覚するだろう。もちろん、白式が即座に音速で移動する紅椿を捉えるが後から白式が追いかけたところで追いつけない。
「……」
故に一夏は盾を構え、その場で白式が送ってくる情報に目を通していく。
攻撃を仕掛けてくるその瞬間を狙うために。
僅かな静けさの後、白式が警告音を鳴らす。紅椿が勢いよく、白式へと向かっている。
その速度のまま振るわれる二刀を一夏は、その身で受け止めた。
「……は?」
一夏の身に凄まじい衝撃と激痛が訪れる。おそらく、肋骨の一部が折れた。
気絶しそうになりながらも、下唇を噛み視界の暗転を防ぐ。いつ途切れてもおかしくない視界の中、一夏は自分の腕の届く範囲に来た箒を優しく抱きしめる。
「…もう終わろうぜ箒?戻ってくるんだ。
お前の誕生日プレゼントだって、用意してあるからさ。IS学園に戻って、いつもの様に他愛ない話をして俺がお前に怒られて、でもそんな毎日が悪くないって思える場所に。そうだな…久しぶりに箒の作る唐揚げが俺食べたいな。代わりに俺も弁当を作るから、一緒に食べようぜ?だからさ、戦いなんて忘れて戻ってこいよ箒」
ぎゅっと箒を抱きしめる一夏。
あと、一回でも零落白夜を当てれば一夏は箒に勝っていた。だけど、その一回が遠かった。
一夏にとって、箒は悪ではない。ヒーローを目指す一夏は暴走する箒を倒す事は選ばず、救う事を選んだ。
もっと彼に力量があれば、こんなに身を捧げる事もなかった。だが、今の彼ではこうするしか思いつかなかった。
「あ……あぁ…いち…か…」
闘争という狂気に囚われていた
自身の限界を大きく超えた疲労は大きく、箒は一夏の腕の中でその意識を手放した。
これにより、今回の騒動は解決した。
福音は既に戦闘の意思はなく、後から合流したセシリア・ラウラ両名により捕縛。有人機である事を黙っていたアメリカだが、責任はイスラエルにあるとし損害の全てをイスラエルに支払わせた。また、裏側で闇組織の動きもありIS学園側の被害は大きいものとなった。その顛末を下記に纏める。
織斑一夏
篠ノ之箒を学園指定の宿に届けたところで気絶。精密検査の結果、肋骨の一部が骨折、臓器にもダメージあり。
現在、更識家の警護のもと、入院中。
篠ノ之箒
織斑一夏によって、運ばれた後意識を取り戻したところで、事情聴取。
極微小ではあるが、何かが注射された痕を確認。紅椿をIS学園で預かりとし、学園長と現生徒会長の許可が出るまで自室に謹慎処分となった。
シャルロット・轡木と凰鈴音
全身に軽度の打撲。現在は回復し学園生活に問題なし。
布仏本音
全身に軽度の打撲。臓器に多少のダメージあり。
現在は、意識を取り戻し未だ目を覚まさない西村赤也に付きっ切りで看病中。肉体より精神面が気にかかる。
西村赤也
体の半分のIS化を確認。また、闇組織との戦闘記録がありその内容から彼の右腕であるサードオニキスを一時取り外す事にしたが、その際意識がない筈なのに右腕が稼働。
立ち会った織斑千冬により動きを止めたが、技術者数人が大怪我をする結果となった。また、現状から推察するに右腕を取り外すと死に繋がる可能性がある為、取り外しは不許可となった。彼の入院費や警備はフランスで急成長を始めたデュノア社が担っている。
なお、当情報は余計な混乱を招きかねないので極秘扱いとする。
「んー、まぁこんなもんかぁ」
篠ノ之束が海岸近くにある崖の先端に座りながら呟く。投影されたグラフには一体何が書いてあるのか気になるが、彼女以外に理解できる者はいないだろう。
「…束」
「やぁ、ちーちゃん。そんなもの持って何か用?」
投影されたグラフが消え、束は後ろを向く。
そこには日本刀を携えた千冬が立っていた。鋭い気を放っている千冬を前にしても束は座ったまま話す。
「お前の事だ。既に察している筈だ」
「えー、何のことだろうー福音を暴走させたこと?それとも、箒ちゃんを暴走させたこと?
やだなぁ。ちーちゃん、ただの束さんジョーク。イベントのつもりだよ」
ケラケラと笑いながら言う束。
冷え切った表情の千冬とは真反対すぎるものだった。
「…昔のお前は確かに人に興味はないし、暴言も吐く奴だったが、それでもやっていい事と悪い事の区別はつけていた筈だ。
何がお前をそこまでの外道にした?……なぜ、友である私に何も言わない…!」
「そんな話をしたって無駄だよちーちゃん。それにしてもちーちゃんは結構、モルモットにご執心だよね」
千冬の話を受け流し、いきなり話題を切り替える束。
そんな態度に千冬は何も言えなくなる。もはや、友である千冬の声すら、束には届かない。
「一つだけ教えてあげる。あのモルモットには色々と実験になって貰ってるんだ。
その一つが今回の箒ちゃんに使った意識の切り替え。いやぁ、ほんと疑問に思わないんだね、『出会ってそんなに経ってないのにモルモットに対する入れ込みが強すぎる』って事にさ」
三日月の様に鋭い笑みを浮かべながら、千冬に言う束。
その言葉に目を大きくし驚く千冬。
「アッハハ、まだ未完成のものを使ってたけど、あのモルモットには人に好意的に見られる様に仕掛けをしといた。
既に効果は切れてるけど、ねぇちーちゃん。自分の気持ちが誰かによって生み出されたものと知った気分はどう?」
その言葉に千冬は目を閉じて、笑う。
自分の予想とは違う行動に束は僅かに首を傾げる。
「ふっ、仮にお前の言うことが真実だとして何が変わる?
私があいつと過ごした時間に偽りはない。それに、今回の件を見た限り完成したところで完璧ではない。なら、私は信じるさ。
私の感情と私が弟子として認めたあいつをな。残念だが、そこにお前の意思はない」
堂々と迷いのない言葉を告げる。
既に効果は切れていると束は言っていた。だが、千冬の中にある赤也に対する気持ちは変わっていない。
なら、きっかけは偽物であったとしても今は本物だ。それならそれが全てと考える。
千冬の言葉につまらなそうな顔を浮かべる束。
「……まぁ、ちーちゃんだもんね。じゃあ、束さんはこれで帰るねー。
満足のいくものじゃないけど、それなりに暇は潰せたし」
「逃すと思うか?」
「逃げるよ」
一瞬で距離を詰める千冬。
一切の容赦なく振るわれた日本刀は派手な音ともにへし折られる。千冬と束の間に、一人。割り込むものがいた。
「…!お前は…」
「バイバーイ、ちーちゃん。ほら、行くよモルモット2号」
モルモット2号と呼ばれたものが束を抱え、姿を消す。
ちっ、と千冬は舌打ちし持ち手だけとなった日本刀を納刀する。
「あの顔は資料で見た……赤也の姉…」
波乱に満ちたIS学園の臨海学校はさらなる闇を残し終結した。
甘い話が書けるのはいつになるのだろう〜(遠い目)
感想・批判お待ちしています。