そして、ほんのちょっとだけ進んだヨ。
「失礼するわ。織斑くん」
「何度来ても、俺が言える事に違いはないですよ。楯無さん」
更識家の警護の元、療養中の一夏。
意識を取り戻してから、体調の安定している間あの時に何があったのか白式や紅椿に記録されている映像から分かってはいるが、当事者の言葉はより精密な情報を得るのに必要らしく、一時間ほど楯無と一夏で話がされている。
とは言え、一夏からすれば何度話すのかというレベルなのだが。
「ごめんなさいね?私も上からの指示なのよ。必要な情報は揃っているけど、君を気に掛けているっていう証拠が欲しいらしくてね。
ほら、前に話したでしょ。今、各国で君達を巡る論争が起きてるって」
アメリカがイスラエルに全ての責任を取らせたのを皮切りに、どこで記録されていたのか専用機持ちと福音の戦いの様子。
一夏と箒の戦い。赤也と本音による裏組織との戦いの様子。それらがネット動画上にアップされたのだ。
何度消しても、いつの間にかアップされ、アップしている人も分からないという始末。
だが、一度明るみになった不祥事はそうそう簡単には消えない。
「IS学園にも連日、報道陣が現れるし……君達が意識を失ってるのをいい事に言いたい放題の国のトップ達。教える気の無かった私の素性を教えたのもそういう理由よ。日本政府は織斑一夏と親密であるっていうね」
はぁ…っとため息を吐く楯無。
「俺には難しいことよく分からないですけど、大変そうですね楯無さん。何か俺に出来ることはありますか?」
「おねーさんと楽しげに話してくれればそれで良いわ。さて、何を話しましょうか」
椅子を取り出し、ベットで身体を起こしている一夏の横に座る。
「何か学園で変わったことはありました?」
「何も。報道陣が鬱陶しいけど、生徒達は普段通り授業よ。
まぁ、一夏くんや赤也くんがいないから、一部は凄く静かだけどね」
「あはは…こりゃ戻ったらどやされそうだ」
「モテる男の子は大変ね」
ばっと扇子を開き、『奮励努力』と書かれた文字を見せる楯無。
その目はニヤニヤとしている。
「ちょ、楽しんでません?」
「そんなことないわよ〜」
絶対、楽しんでると確信を得る一夏。
ジトッとした視線を楯無に送った後、口を開く。
「赤也はまだ?」
「えぇ。起きたという報告はデュノア社からは届いてないわ。
それにしても、本当にコネを作っていたとはね……そうそう。第三世代機を造ったっていう噂がデュノア社から出てきたわ」
「そうですか。シャルが喜びそうだ」
「とは言え、この一件でフランスは赤也くんは我が国を選んだ!って主張してるのよね……
アルベール社長は、恩を返しているだけと言ってるけど、国と企業じゃ発言力の差がね」
騒ぎが大きくなると同時に、アルベール社長はデュノア社ではなく、ただの一個人としての支援と公言したが、今ではフランス政府によってその発言は無かった事にされている。
彼、個人とは言っているがデュノア社の社員が関わっている以上、個人ではないとされてしまった。
実はアルベールが真実を話した上で、無償で協力してくれている有志しかいないのだが。
「向こうも気になるけど、この状況で私が顔を出すのは余計な混乱を招きかねない。
同じ理由で、他の国家代表候補生も一夏くんの所に来れないけど許してね」
「寂しいですけど仕方ないっすよ。それにもうじき退院出来るでしたよね?」
「そうね。怪我の方は、問題ないわ。あの報道陣から君を守るための算段がつけば退院可能よ。
そうね……早ければあと1週間ぐらいじゃないかしら」
「結構、長いですね…」
項垂れる一夏。
まっ、頑張りなさいと背中を叩く楯無。
「さてと、一夏くん。君の理想はまだ変わってない?」
楯無は彼の理想を聞いてから、それがどれだけ無謀であるか、ただの人には余る理想か話して来た。
だが、今日に至るまで一夏が理想を捨てたことは無い。むしろ、より強くなっている。
だから今日の返答も楯無には分かっていた。
「変わりませんよ。俺はヒーローになります。
目に移る人を皆んな助けて、気絶しない。完全無欠のヒーローに」
「…そう。もぅ、頑固なんだから。そんな、頑固者におねーさんからプレゼントだぞ」
スッと差し出された一枚のディスク。
予め用意していたと思われるパソコンにディスクを入れ、映像を流す。
『さぁ、第一回モンド・グロッソ決勝戦!会場の熱気は最高潮に達しております』
「これって…」
「モンド・グロッソの決勝戦、それと各部門の様子を記録したものよ。
身体は動かせなくても、知識を蓄えることは出来るものね」
開かれた扇子には『百聞は一見にしかず』と達筆に書かれている。
「ありがとうございます!」
「良いのよ。じゃあね、一夏くん。私はそろそろ学園に戻るわ」
早速画面に穴を開けるぐらい真剣に見始めてる一夏に苦笑いをしながら、部屋を出て行く楯無。
入り口には更識暗部、彼女の部下である黒服が立っていた。
「よろしかったのですか?」
「良いのよ。不安はあるけど、まだ芽吹いてない種を潰すわけにはいかないわ。それに……」
彼女の脳裏にまだ、妹と仲が良かった時の記憶が鮮明に映し出される。
妹が真剣に観ていたヒーローが活躍する番組。悪を正義が倒すという実に分かりやすい勧善懲悪なもの。
自分には面白さがいまいち分からなかったけど、キラキラした顔で見る妹が好きだったから、嫌われるまでは一緒に観ていた。
「…無意識に重ねてるのかもしれないわね」
「はい?」
楯無の言葉を黒服は理解できなかった。
その様子を見て笑みを浮かべ頼んだわねと立ち去る楯無。
「…少しは休んだらどうかね。本音くん」
「大丈夫」
彼の病室に行くと、いつもの様に彼女がいた。
髪はボサボサで、目にはくっきりとクマが出来ており、誰が見ても憔悴しきっている少女。
ここ数日で見慣れたいや、見慣れてしまった光景にため息をつきながら、私は未だ眠る彼の側による。
「あかやん、今日はねセッシーが、珍しく大失敗したんだよ。
なんだと思う?……なんとね、模擬戦でラウラウの射線に入って、ドッカーンって。あれはあかやんに見せたかったなぁ〜」
彼の左手を掴みながら、今日何があった。これが面白かった、楽しかったなど話す姿は実に甲斐甲斐しく痛々しい。
余りにも自分を鑑みれていない。ゆっくりと擦り切れていっている。
大の大人として私は実に情けない。彼を引き受け、少しでも恩を返そうとしたが彼の近くにいる少女一人止めてやれない。
「失礼します……やっぱり、本音さん来ていたんですね。それとアルベールさん、こんにちわ」
「あぁ。神楽くん、君も来たか」
本音くんに比べれば、幾分か余力のある様に見える彼女。
だが、私には分かる。彼女も彼女で限界が近い。顔色やクマは化粧で誤魔化しているが、声に力がない。
私に挨拶した後、手に持っていた見舞い品を備え付きの冷蔵庫へしまう。そして、古くなったものを取り出す。
彼女が持ってくるものは、いつものケーキだ。それもおそらく手作りの。
「まだ、お茶会は出来そうもありませんね」
いつ、彼が目を覚ましても当たり前の日常で出迎えられる様にする。
そう言った彼女は、学園での日常であったお茶会の用意をして此処に来る。そして、彼の右側に座り、熱のない右手を包む。
「きっとね、セッシーも張り合いがないんだよ〜」
「セシリアさんは認めないでしょうけどね」
「かぐっちもそう思う?」
「はい。でも、それが赤也さんとセシリアさんらしい関係性じゃないですか」
「あはは、そうだねぇ〜」
二人で話し始める。
私が入り込む余地などないが、私はいつもこの光景を見ているととある景色を幻視する。
『おい、その俺とオルコットが仲良しみたいなリアクションやめろ』
あの二人に挟まれて、時には楽しげに時には呆れながら話している彼の姿を。
どうやら今回は呆れている様だ。私はこの景色が見えると少し離れ、時間が許す限り見守る。
「……全く、罪作りな男だな」
私の呟きなど彼女らには聞こえておらず、話し続けている。
学生というのはこんなにも話題が尽きないものだったか。書類や機械いじりや腹の探り合いばかりしてきた私には懐かしいものだ。
あぁ…いや、あいつとはああやって、オチもなければ取り留めもない話をしていたか。
「社長」
しばらく悲しくも優しい光景を眺めていると社員に呼ばれる。
電話を持っている事からなんとなく用件に察しがつく。ため息をつきながら、椅子を片付け廊下に出る。
「あかやんが休んでる間の授業。私がノートに取ってあげるんだよ〜ほら〜」
「本音さん凄いんですよ。どうやったら分かりやすく纏められるか調べて作ってるです」
「…彼が起きた時に倒れない様にするんだよ」
部屋を出て、電話を受け取る。案の定、フランス政府からの電話だ。
このまま、赤也くんを取り込め、その為なら既成事実でもなんでも利用しろと。全く、彼をなんだと思っているんだ。
「何度も言っているが、彼には私個人が助力しているだけだ」
『君は馬鹿か!?貴重な男性IS操縦者を手に入れるチャンスなんだぞ。そのデータさえ、あれば我々は!』
「くどい!私は恩人を売るつもりはない!!」
一喝し、未だ何か言っている政府高官を無視し通話を切る。
電話を社員に渡し、とある部屋に入る。そこは、これから試験が行われるデュノア社製の第三世代機、『コスモス』が鎮座している。
「お、お父さん」
もちろん、テストパイロットはシャルロット。私の娘である。
まさかフランスではなく、日本でテストをする事になるとは思わなかったが、轡木さんが色々手を回してくれて助かった。
正直、今フランスで試験をすると、余計な邪魔が入る可能性が高かったから。
「どうした。シャルロット」
「えっと……赤也はまだ?」
「…あぁ」
「そっか」
お互いに無言になる。
距離を置いていた娘と何を話せば良いか私には分からない。と言うか、分かっていればシャルロットを男装させてIS学園に送っていない。
ぐぬぬ、これで隣にいるのが政府高官なら嫌味でもなんでも話してやるのに。
「…ねぇ、お父さん」
再び、娘から話しかけてもらう。
「なんだ」
「ありがとう。私を愛してくれて、お母さんを愛してくれて。
きっとこれからも迷惑をかけちゃうと思うし、正直離れすぎててどう接すれば良いか分からないけど、私はお父さんを愛してるよ。
だから、これからくれる新しい翼を使い熟してみせるからね」
……全く、知らないうちに立派になったな。
家族としての時間など殆どなく、巻き込まない為に遠くに遠くに逃していた娘。だと言うのに、こんな俺を愛しているか。
「あ、あれ!?お父さん、もしかして泣いてる?」
「な、な訳あるか!ほら、準備しろ準備!」
「うふふ。はーい」
笑いながら立ち去るシャルロットに背を向ける。
すると、社員がニヤニヤしながら見てくるので、手でしっしっとやり作業に戻れと促す。
気恥ずかしくなり頭を掻きながら、『コスモス』を見る。
赤也くんのデータを借りて、早期完成に至った機体。元々、最強の矛にするつもりだったが、赤也くんのデータを使ったお陰か想定より戦闘向きの機体になったと思う。上手い事娘と噛み合えば良いが。
「心配しなくても大丈夫ですよ。娘さんが大好きな社長が誠心誠意取り組み、娘さんを動かした赤也くんがデータ提供して、完成し大好きな母親との思い出の名を冠するISが娘さんとの相性が悪いわけがありません」
「だと良いんだがな。さて、そろそろ定刻だ」
既にラファール・リヴァイヴからデータは移し、フィッティングは済んでいる。
あとは乗って動かし、最適化をさせるのみだ。
テストが始まれば、見守ることしか出来ない。だが、娘の頑張りを見ない父親はいない。
ISスーツを着たシャルロットがコスモスの前に立つ。
「ふぅぅ…」
深呼吸をするシャルロット。
もはや声は不要。
「よしっ!」
シャルロットが一歩前に出て、コスモスに触れる。
惹かれ合う様に伸びた手がコスモスに触れた直後、待っていたと言わんばかりにコスモスがシャルロットの体へと装着される。
「コスモスのコア、稼働率86%基準を大きくクリア!」
「シャルロット・デュノアの生体データ問題なし」
「コスモス起動テスト。大成功です!」
「よしっ!!良くやったぞ、シャルロット!!!」
社員たちの報告を聞いて、テンションが上がる。
問題がないところではなく、私達の予測を大きく超える成功。思わず、ガラスの向こうにいるシャルロットに話しかける。
「えへへ」
コスモスを身に纏ったシャルロットは、私の言葉にVサインをして答える。
あぁ……見ているか?私達の娘はこんなにも立派に育ったぞ。
「社長、今日は一段と涙腺緩いっすね」
「しっ、折角喜んでるんだから聞かれない様に」
聞こえてるぞお前ら……あぁ、だけど今日はもうなんでも良い。
嬉しすぎてなんでも良いさ。
今日は豪華な食事にしよう。祝いだ、シャルロットはロゼンダと話をするのを嫌がるだろうか。
「本当に君への恩が溜まっていくなぁ、赤也くん」
もしあの時、彼がシャルロットの背中を押さなければ。
もしあの時、彼が私と会って話をしようと思わなければ。
そして、私達が彼のお節介を無にしてしまっていたとしたら。
今日という日はいつ、訪れていたのだろうか。ふと、そう考えると怖くなる。
だから、早く私に恩を返させてくれよ?赤也くん。
「まだ此処から出れないのか?」
「起きた直後にまた、意識を失いたいならどうぞ」
彼を心配する人達とは裏腹に、サードオニキスの中で彼は呑気にしていた。
さぁて、コスモスって正確なデータありましたっけ?
まぁ、探せば出てくるでしょう。
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