お久しぶりです。ちょっとリアルの方が忙しかったりして遅れちゃいました。
今回は時系列を鑑みて、風先輩の誕生日回です。
今日は神世紀三百年の五月一日。風の誕生日を当日の、そんな朝。
僕は駅前にて、先日の約束を守るべくため、樹ちゃんと待ち合わせをしていた。
「緋路さ~ん!」
早速、樹ちゃんがやって来て、手を振りながら駆けてきた。
「お待たせしました……」
「いや、僕は今来たとこだよ」
まあ、嘘だ。
風に事の概要を悟らせないように時間をずらして家を出たのだから、今の発言はそのまま嘘となる。。
「……なんで、恋人みたいなやり取りを?」
「うーん、一回言ってみたかったからかな」
特に理由はない。強いて言えば、今言った通りだ。
「そういうのは、恋人さんができてから言えばいいと思うよ……」
「HAHAHA、僕にできるとお思いで?」
できるわけがない。生まれてこの方モテたことなど一度としてない。
「えー、緋路さんはカッコいいと思うよ」
そんなことを言うのが気恥ずかしいのか、若干頬を染める樹ちゃん。
「言ったな~、このカワイ子ちゃんめ~」
身内贔屓が入っては応援コメントも意味をなさない。
とりあえず、悲しくなってきたので樹ちゃんの頭を撫でまわして気を逸らす。
「わわ、やめてよ~」
「はは~、余計なことを言うのがいけないのさ~」
樹ちゃんの髪はサラサラで何とも触り心地が良い。
しかも撫でられる反応が何ともかわゆい。こんなの、もう撫でないわけにいかないじゃないですか。
「やめてください~」
そんなところで、そろそろ周囲の目も怪しいので一旦切り上げる。
コホンと一つ咳払い。改札に向かい、そのまま自動改札を抜けて、電車のホームにまで立つ。
「イネスにまで行くの、久しぶりだね」
「まあ、行くには少し遠いからね。でも、あそこなら大体何でも揃ってる」
「お姉ちゃんへの誕生日プレゼント、いいの見つかるかな?」
「見つかるさ。……というか、風なら樹ちゃんからのプレゼントなら漬物石でも喜ぶさ」
「何か、張り切って漬物漬けてる姿が浮かんでくるよ……」
そんな取り留めない会話をしている間に、電車が来た。
乗り込んで、ちょうど開いていた席二つを陣取って、また取り留めない会話を再開する。
◆◆◆◆
電車に三十分ほど揺られ、たどり着いた駅を降りて少し歩けば――
「さて、着きましたるはイネスよ」
「あ、ちょっとお姉ちゃんっぽい」
「うん、ちょっとイメージしてみた」
風の言動をトレースすれば、おのずとプレゼントに相応しいものが見つかるかもしれないとか思ったが、あの奔放な頭の中身をトレースなぞ不可能と思い知るだけだった。
「とりあえず、色々見て回りますか」
「だね」
早速イネスへ入店。
複合商業施設であるイネスはショッピングモールや市民館、フードコートを兼ね備えた香川県民の強い味方だ。
「お姉ちゃんへのプレゼント、何がいいかな?」
「さっきも言ったけど、風なら何渡しても喜びそうだけどな……」
「それでも、ちゃんとしたものを渡したいよね」
「だなぁ……」
どうせなら長く使ってもらえるものがいい。服や小物、風の場合なんかは調理器具もありだと思う。
二人で考えながら、ウインドウショッピングという訳ではないがいろんな店を見て回っていく。
「……なんか、ピンと来るものが無いね」
「ん~、服なんかいいかもしれないと思ったが……風はあれでセンスいいからな、下手なものは渡したくないし」
「そうだね……」
「ねえ、樹ちゃん?」
「なあに?」
「風が使ってるものとかでガタが来てるものってあったりするか?」
「どうだろう? お姉ちゃん、そう言うの見せないから……」
「だよなぁ……」
家族に弱みを見せないのは、風の強いところだが、プレゼントを渡したいと考えている僕らからすればちょっと恨めしい。
その後も色々と見て回りながら、あーだこーだと二人で言い合うが、これと言ったものが見つからずに、お昼となる。
そして、場所を移してフードコートに移動した僕ら。
食べるものは勿論うどんで、注文して適当なテーブル席に着く。
「ここのうどんも、やっぱり美味しいな」
「出汁が効いてるね」
四国(特に香川)はチェーン店でさえうどんが旨い。
うどんは至高の食べ物。そのうどんが旨いのは、本当に良いことだ。
「ただ、風みたいに何杯も食うもんじゃないと思うが……」
ふと丼から顔を上げて、そんなことを言うと樹ちゃんも苦笑気味に頷く。
「酷いときは十杯も食べるからね、お姉ちゃん……」
「それで太ったりしないんだからな、どうなってんだか」
「アハハ……」
風の燃費の悪さに辟易としつつ、僕らはちゅるんと麺を啜った。
「――そういえば、ここジェラートもあるみたいだし、食べてこうか?」
そうしてうどんを食べ終わった頃、一息入れたところで提案してみる。
樹ちゃんも当然女の子、甘いものの誘いに断りを入れようはずもなく、弾んだいい笑顔を見せる。
「うん!」
発せられた元気のよい返事に、思わず頬を緩ませてしまう。
早速と立ち上がり、うどんの膳を返して向かうのはジェラートのお店だ。
「いろんな味があるんだなぁ……」
「どれにしようか迷っちゃうね」
確か、醤油豆味がここの店オリジナルだったような。
ではと、少し悩んでから笑顔浮かべる店員さんに僕は味の選択を告げた。
「じゃあ、僕は醤油豆味と……抹茶でお願いします」
和風な取り合わせで攻める。
正直、地雷臭漂うが食べてみないことにはないも始まらない。
「えっと……私はミルクとチョコレートで」
攻めた僕とは対照的に、無難な選択をする樹ちゃん。
それぞれ、店員さんからソフトコーンに盛られたジェラートを受け取って、手近なテーブル席に腰を下ろす。
「あっ、おいしい……」
「醤油まんまやんけ……」
対照的な反応を見せる僕ら――醤油豆ジェラートは失敗だわ……。
ちなみに味の感想を端的に言えば、醤油に豆の風味が加わった感じの味なのだが、元々醤油の原材料が大豆な時点でお察しくださいといった感じだ。
……尚、抹茶は当然ながら美味しかった。
最終的に唸る結果となったが、それなりに堪能した昼食を済ませると、僕らは再び風のプレゼント選びに戻った。
「う~ん。どれもいいなって思えるから、逆に決められないよ……」
「迷うよなぁ……」
小物やバッグ、そんなものも見て回るがどれもこれもに目が映って決められる気がしない。
そうして二人で通る店という店に視線を巡らせ、やはりあーだこーだと言い合うが、風へのプレゼントはなかなか決まらない。
「時計屋か……」
最後に覗いた店は時計屋だった。
壁掛けのもの、腕時計、その中でもアナログやデジタルなど異なったデザインが並び、等しく時を刻む光景に圧倒されながらも僕らは女性ものの腕時計を見ていく。
「「あ」」
僕と樹ちゃんの声が重なる。
とても風に似合いそうなデザインの時計を見つけたのだ。
「この時計、いいね」
「うん。お姉ちゃんに似合いそう」
落ち着いた色合いのオレンジの皮のベルトに、またシンプルな時計本体がとてもよく風の雰囲気に合っていた。
「これにしようか、風への誕生日プレゼントは」
「お姉ちゃん、喜んでくれるかな?」
「大丈夫さ。すみませ~ん」
◆◆◆◆
「ただま~」
「ただいま~」
帰った僕らを迎えたのは、いつも通りエプロン姿の風。
「おかえり~、ってアンタたち帰り一緒?」
「ああ、帰りがけにな」
まあ嘘だ。今日は朝からずっと一緒だったわけで……。
「ふーん、とりあえずご飯できてるから手洗ってきなさい」
「「はーい」」
普段のやり取り、気取られた様子もなさそうだが、風は変に鋭かったりするから油断ならない。
「バレてないかな……?」
「……多分。あいつ、去年も自分の誕生日のこと忘れてたろ?」
手を洗う洗面台でのやり取り。
初めてプレゼントとしては高額のものを渡す樹ちゃんは帰路からすでにこんな感じだ。
「二人とも~、ご飯醒めるぞ~」
「「はーい」」
話していれば、風からのお呼び出し。
――作戦の実行は近い。
仰々しく言ったけど、作戦って程のことでもないけどな、うん。
「ふぅ……ごちそうさま」
相変わらず量の多い、風の作った晩御飯を全て腹に詰めるという重労働を済ませる。
「お腹いっぱい……」
「お粗末さまね☆」
腹の膨満感に喘ぐ僕と樹ちゃんに対し、余裕の風。
――やっぱり、(胃の容量が)おかしいよ……風さんや。
「さて……」
そろそろか、と視線を樹ちゃんに向ける。
僕の視線に気づいた樹ちゃんが、わたわたとカバンから紙袋を取り出した。
「ん? どしたの樹?」
「えっと……お姉ちゃん! た、誕生日プレゼント!」
緊張しながら、たどたどしい感じで樹ちゃんが風にプレゼントを渡す。
「うぇっ!? これ……アタシに?」
予想外に驚いた反応を見せた風。
「風には面倒かけてばっかりだからな。今日、樹ちゃんと買ってきたんだ」
「私、いつもお姉ちゃんに任せきりで……だから、そのお礼!」
「樹……、緋路……」
樹ちゃんから受け取った紙袋を抱えて、顔を伏せる風。
その肩は僅かに震え、僕らの名を呼ぶ声も同様だ。
「二人とも~!!」
そんな風が急に顔を上げて僕たちに向けて突進してきた。
「うおっ!?」
「お姉ちゃん!?」
それをどうにか樹ちゃんと二人で受け止める。
抱き付かれる、なんていうのは随分と前……子どもの頃が最後だったような。
「風……?」
抱き付いてきたまま動こうとしない風に声を掛けるが、反応はない。
であるならと、僕はそんな風の体温を感じるように抱き返す。
「…………」
――思えば長い、本当に長い二年だった。
親が死んだと聞かされたあの日、絶望に打ちひしがれた僕と樹ちゃんを起たせてくれたのは風。
毎日、僕らを生かすためにご飯を作ってくれたのも風。
親の代わりに「おかえり」と毎日暖かい声を掛けてくれたのも風。
「……っ」
本当に、何から何まで風に世話を掛けた。
本当は自分も悲しかったろうに、泣き叫びたかったろうに、それでも笑顔で僕らを支えてくれた風が、今こうして感情の枷を外して僕たちに寄りかかって来ている。
「ありがとう、風。僕たちを生かしてくれて……」
自然と沸いた感謝の言葉を伝えれば、抱き付いてくる力が一層に強まる。
「私からもありがとう、お姉ちゃん。一緒に生きてくれて……」
続くように、樹ちゃんが感謝の言葉を伝えると、風はぽつぽつと言葉を紡ぎ出した。
「……ずっと不安だった。ちゃんと二人の面倒見れてるのか」
「僕らにはできた姉だよ、風は」
あの明るい笑顔の裏にはそんな思いがあったのか。
それを気取ることの出来なった自分をぶん殴ってやりたい気分だが、それは風が許さないだろうから止めておく。
「……でもアタシはお姉ちゃんだから、二人が自立できるまでちゃんと面倒見なきゃって」
「樹ちゃんも中学生になったし、もう十分だよ」
言って、隣を見る。
身長差からちょうど胸元に収まる感じになってる樹ちゃん。ちょっとそこが頼りなさげだが、そこはご愛嬌といったところだ。
「……でも、樹は家事出来ないし」
「そ、それは言わないでよぉ……!」
そこを突かれると弱い。
少しぐぐもった樹ちゃんの叫びを隣に、僕はやんわりと微笑んだ。
「じゃあ、これから二人で教えていこうよ。料理とか、家事とか」
「……うん」
これは長くなりそうだ。
――せっかく、ケーキも買ってあるんだけどな。
◆◆◆◆
その夜は風のたっての希望で夜は三人で並んで寝ることになった。
正直、もう中学生で気恥ずかしさが色々と勝るのだが、風のたっての希望を無為にすることはできなかった。
「じゃあ、おやすみ」
「おやすみなさい~」
「うん。二人とも……おやすみ」
布団をかぶり、風の暖かな言葉に眠気を誘われて僕は目を閉じる。
――後になって、このことを後悔することになると知らずに……。
夜中、ふと暖かな感触を感じて目を開ければ、目線のすぐ下には明るい茶髪があった。
「そう言えば……風には抱き付き癖があったな」
子供の頃、保育園のお昼寝の時間では大体布団を隣にしていたが、毎回毎回抱き付かれていたのを今になって思いだした。
「樹ぃ、緋路ぉ……ありがと」
夢を見ているのだろう。そんな寝言が耳元に届く。
「ホントに、どうしたもんかね」
――もういっそのこと、抱き返してやれ。
若干ヤケクソ気味に、僕は風を抱き返す。
「やっぱ、あったかいなぁ……」
これが人の暖かさか。
「おやすみ、風……」
「おやすみぃ……」
寝言で返事をされ、ちょっと笑いそうになりながらも僕はまた目を閉じた。
贈り物での時計、特に腕時計なんかは束縛をイメージしたりすることが多いですが、男から女性に渡す場合は「同じ時を歩んでいこう」とした意味があったりします。
まあ、緋路くんの場合は「共に歩んでいこう(三人で)」なので深い意味はないですが