「よし、到着っと」
「おー!ここが須賀くんち!………なにこれ!?」
「んーまあペガサス級強襲揚陸艦2番艦だからな。MS置くとどうしても広くなるし」
到着してうちを見た赤土の一言目がこれだった。
確かにア・バオア・クーの龍門渕には到底勝てないが、それでも一般輸送船よりは広いと思う。
あれからリビングまで行き二人を下ろしたのだが、二人とも離れる素振りを見せず、結局ソファーの左右に陣取られてしまった。手ぐらい洗いたかったのだけど……。
その後、案内も終わったのか数分も経たずに赤土を連れてお袋がリビングに来ると、俺達の様子を見て苦笑してから台所に向かい、手伝おうとする赤土をお客さんだからと座らせて、ささっとお茶菓子の用意をしてから戻ってきて改めて自己紹介を始めた。
しかしお袋と赤土は問題なくにこやかに終ったのだが、問題はこのポンコツ姉妹であった。
「…………………」
「…………………」
「…………………」
上から照、咲、赤土である。
変わらない?確かに三人とも無言なのには変わりはないが、表情は全く異なっている。嫌いな野菜を目にしたように赤土をジッと見つめる照と咲。そしてその視線に晒されて居心地悪そうにする赤土といった感じだ。
赤土は助けを求めるようにとあちこちに視線を向けているが、俺は問題の視線を向けるポンコツ姉妹に挟まれており、お袋は楽しそうに見ているだけだ。
孤立無援である。
「こら、二人ともやめろって、いったいどうしたんだ?」
「だって……」
「この人京ちゃん盗ろうとする」
「取ろうって……俺は物じゃないし、赤土はそんなことしないぞ」
流石に支援しようと二人を注意するのだけど、的外れ――いや、ある意味正しい事を言われてしまった。
久しぶりに帰ってきたと思った俺が友達連れてきたんだもんな。二人からすれば遊んでもらえなくなるって思っても不思議じゃないか。
とはいえ、しばらく赤土はこっちにいるから二人と会う機会も多いだろうし、何とか仲良くして貰いたいんだけどな……。
そんな風に頭を悩ませていると、正面に座っていた赤土が決心したかのように一度表情を引き締めてから立ち上がり、こちらに向かって歩いてくると照達の目線に合わせてしゃがみこんだ。
「私は赤土晴絵って言うんだ。二人の名前教えてくれるかな?」
「………宮永照」
「………宮永咲」
普段俺に見せている馬鹿笑いのような表情とは違い、優しげな笑みを浮かべて話しかける赤土。それに対し一応の返事は返すものの、対照的に眉間に皺を寄せている二人。
その様子にどうなるのかと、ハラハラして見ている俺を余所に赤土は話を続ける。
「うん、いい名前だね。照ちゃんと咲ちゃんって呼んでいいかな?」
「………」
「………」
「まあ、ダメって言っても呼ぶけどね」
「「え?」」
赤土の言葉に顔を見合わせていた二人だが、続けられた言葉にパッと顔を正面に向けて赤土の顔をガン見すると、その様子が面白かったのか赤土が耐え切れなくなったかのように笑い出す。
その様子に最初は何がなんなのか理解していなかった照達だったが、なんで笑っているのか理解すると、気にいらないのか頬を膨らませて抗議し始めた。
「あはは、ごめんごめん。でも二人の事は須賀君からよく聞いてたたし、本当に仲良くなりたいんだ」
「京ちゃんが……」
「……んゅ?」
赤土の台詞を聞いてこちらを見上げる照と咲。
まあ、確かに話題に上がることは何度あったし、赤土も会ってみたいって言ってたから本心だろう。
「そんなわけでダメかな?」
「………」
「………」
頭を傾けながら両手を合わせる赤土に対し、どうしようかと二人とも悩んでいる。
その様子を見ていた赤土はもうひと押しだと畳み掛けるように話を続ける。
「それにさ、二人とも須賀君のこと好き?」
「ん? ……うん」
「……ん」
「私も須賀君のこと好きだよ。あ、勿論友達としてだけどね。だからさ、須賀君の事が好きなもの同士ってことで友達になれないかな?」
そういって照達の手を取る赤土。その真っ直ぐな視線に二人とも困惑気味で、どうしたらいいのかとこちらを見てきた。しかし笑い返すだけであえて何も言わないでおく。
人見知りでもあるこいつらにとってはある意味いい機会だと言えるから自分達で考えさせたい。というか赤土もサラッと好きだとか言わないでほしい。ビビったじゃないか。
そんな思いが届いたのか、二人はこちらを見るのを止めて、お互いに視線を交わすと口を開いた。
「うん……いいよ」
「友達……」
咲は普通に返事を返したが、照は何処か恥ずかしそうにしている。
新学年になってからも親しい友達は出来たって話は聞かないし、なんだかんだ言っても嬉しいんだろうな。
「よっしゃ! それじゃあ一緒に遊ぼうか! 須賀君、なんか遊び道具ない?」
「ん? だったらあっちの部屋にトランプとかジェンガとか色々あるからそれでも使うか?」
「いいね! 照ちゃん、咲ちゃん、一緒に行こう!」
「う、うん……」
「わかった」
奥の部屋を指差して教えると、赤土は立ち上がって二人の手を取りながら動き出す。
照と咲はその勢いに戸惑ってはいるが、嫌そうな顔はしていない。二人とも人見知りはするが人懐っこいし、何とか仲良くなれそうだな。
「ほら、須賀君も」
「あー、先行っててくれ。流石に疲れたし、荷物の整理もしたいから少し休んでから行くわ」
「おーけー、二人が寂しがるから早く来るんだよ」
「りょーかい」
遊ぶのは構わないけど、帰ってきてから落ちつけてないからな。先に行ってもらうことにして三人を見送った。
ソファーに深く座り直しコーヒーに口をつけながら一息ついていると、お袋が笑いながらこちらを見ているのに気づく。
「…………なんだよ?」
「ふふ、いい子じゃない」
「まあな、自慢のダチだよ」
『誰が』とは言わなかったが、まあ、赤土の事だろう。
前から子供の相手は得意そうに見えたが、実際にそういう現場に出くわすとハッキリしたな。
昔、ハギヨシから子供を相手にする時は子供の目線に合わせるとか、明るい声や笑顔で接する必要があるとか色々聞かされたけど、赤土はそれが出来てたっぽいし納得。でもアイツ一人っ子だったよな、どこで覚えたんだ?
そんな風に考えていると、お袋が話を続けてきた。
「それで、晴絵さんとはどんな関係?」
「どんなって…だから友達だよ」
「あら、恋人じゃないの?」
「ゴフッ!?」
お袋の唐突な台詞のせいで飲んでいたコーヒーが気管に入りかけて咽る。
濡れた口元を近くに置いてあったティッシュで拭うと、恨みを込めた視線を返し焦りながら反論する。
「ちょ、な――」
「なんでって?そう見えたからよ。二人の距離って友達って言うには近すぎるからね、咏ちゃんと同じぐらいの距離だったわよ」
「はぁ……三尋木と一緒ならやっぱ友達でいいだろ。それでもおかしいって思えるなら親友ってことにしとけよ」
「あらあら」
そういって頬に手を当てたまま笑うお袋。くそ……我が親ながら年に合ってないのに違和感がないのがムカつく。
「まあ、京太郎がそう思うのは良いけどそれも時間の問題かもね」
「また含みがある言い方しやがって……」
「そんなことよりそろそろ行ってきなさい、三人が待ってるわよ。照ちゃん達なんて朝からずっとソワソワしながら待っていたんだから」
「はいよ」
お袋に急かされて残ったコーヒーを一気飲みしてから奥の部屋に向かう。お客さんの赤土一人に任せるわけにもいかんし急ぐか。
「あーーー食べた食べたー」
「お粗末さまでしたっと」
あれから夜まで四人で遊び、夕食時には仕事から帰ってきた親父やおじさん達と一緒にちょっとしたパーティーとなった。
成長期の照達と違って、久しぶりに会う親父達は当たり前の如く変わっておらず、酔っ払った親父とおじさんが赤土にセクハラまがいの事をしそうになってお袋とおばさんに締められたのも変わらない光景だった。
その後、夕食も終わると明日も平日だから仕事があると言うことで早めの解散となり、照達はうちに泊まりたがったが半分眠っていたのもあり、寝るなら自分の家の方がいいだろうとおじさん達に連れられて一緒に帰って行った。
それから少しリビングで話していたのだが、親父達といつまでも一緒だと赤土も落ち着かないだろうと思って切り上げた。
ちなみに赤土が泊まる客室は俺の部屋の隣だが、娯楽的なものが置いてあるわけでもないので今は俺の部屋にいる。それ以上の他意はない。
「悪いな、折角の旅行なのにあいつらの面倒見させて」
「全然かまわないって、前から会ってみたかったからね。それに楽しかったし、須賀君の話も色々聞けたよ」
「聞けたって……あいつら何言ってたんだ?」
「にひひー秘っ密ー。しかし京ちゃんかーいつもの須賀君とのギャップでなんかもう……ウププ」
「余計なお世話だ。おばさんが昔からその呼び方だからあいつらにも移ったんだよ」
昔ならともかく、もうすぐ二十歳になるのに今だにちゃん付けなのは恥ずかしいが、無理に直させるのも可哀想でそのままなんだよな。
「でも本当に仲良いんだね、本当の兄妹みたいだったし」
「まあ、生まれた時から面倒見てるからな。子供の相手は慣れっこだよ」
「そういえば岩手に従姉妹もいるんだっけ? そっちとも仲良しだっておばさんが言ってたね」
「まあな」
そんな話題を続けていると、ちょうどいいかと思って先ほど気になったことを尋ねてみることにした。
「そういえば赤土も子供の扱い方上手かったけどなんでだ? 兄弟とかいなかったよな」
「ん?ああ、憧……望の妹と昔から付き合いがあるからそれのせいかな」
「そういえば前に妹がどうこう新子が言ってたな」
以前会話の中でそんな話題があったのを思いだす。
それなりに新子とも仲良くなったけど、流石に友人の兄弟と会うことなんてそうそうないし、多分この先もしかしたら会うことはあっても顔を合わす程度で仲良くなることはないだろうな。
「まあ、二人と違って気は強いんだけどね。私の呼び方も望の真似してハルエだし」
「はは、確かにあいつらに赤土さんって呼ばれてたのは違和感あったし、そっちの方がしっくりくるな」
「なにそれー」
赤土はカピの背中を撫でながらジト目で抗議をしてきた。
ちなみにうちのカピは空気が読めるカピバラなので、帰ってきた当初は照達の事を考えて姿を見せず、夕食が終わった後で顔を出してきた。
そしてカピを見た赤土の反応は……その、まあ、アレだった。
「なに? その表情」
「いや、なんでもないって」
「変な須賀君。ねー? カピー」
「キュ」
「おー聞いた通り毛はあんまり柔らかくないねー。でも癖になる手触りー」
そう言いながら両手で背中を撫でる赤土とサービスのつもりかなすがままに身を委ねるカピ。良くできたカピバラだ。
すると赤土がカピを撫で続けたまま物珍しげに部屋の中を見回し始めた。
「しかしこれが須賀君の部屋かー」
「ん……? しょっちゅう奈良の方の家に来てるし、別に今さらだろ?」
「そこはやっぱ十年以上暮らしてた部屋なんだから違うって、向こうにはあんま写真とか飾ってなかったし」
「まあ、向こうじゃ携帯ぐらいでしか写真なんて撮ってないからな」
そう言って視線を向けるのは机の上に飾ってある中学や高校時代の写真だ。失くすのも嫌なので阿知賀には持っていかずこちらに置いて行ったんだっけな。
そこに映っているメンバーはほとんど一緒で、中学の頃の部活関係の友人達だ。
引っ越した三尋木以外は大体地元の清澄に行ったから高校ではクラスが別れることは多かったがそれでもつるむことは多かったな。
そんな風に当時の事を思い返していると、膨れっ面になった赤土がこちらに詰め寄ってきた。
「………どうした?」
「………………………ずるい」
は?
「ずるいずるいずるいずるいずるいずるいーーーーーッ、私も写真撮る!」
「いや、前に出掛けた時にいくつか撮っ 「やだ!」 」
「ちゃんとしたの撮りたい!」
そういって赤土はブーブー言いながらカピの背中に顔を埋める。一方のカピは仕方ないと言った表情で受け入れている。ホント良くできたカピバラだよ。
しかし…こいつ一体どうした?さっきまで普通だったのに、いきなりいつもより言動が―――って!?
「おまえ酒飲んでないか!?」
「んー? そう???」
「いつ飲んだんだよ……」
近づいてみるとほのかに酒臭く、その予想は確信へと変わる。しかし記憶を探るがこいつが酒を飲んでいた記憶ない。
親父達が勧めていたが、お袋たちに止められていたから普通のジュースやお茶だったし………あ。
「まさか最後の……」
「なにさー難しい顔してー」
思いだされるのは最後リビングを出る時に赤土が自分の手元にあった麦茶を一気飲みしていたことだ。
それが普通のお茶ならともかく、確か隣に座っていたお袋がウーロンハイ飲んでたし、それを疲れていた赤土が間違えて……。
「あちゃー……」
「あははハハハ! 変な須賀くん!」
片手で額を押さえる俺を見て余計に赤土が笑い出す。普段だったらこうも酔わないんだろうけど今日は長時間の移動だったから体が疲れていたのもあって一気に回ったな。
こうなっては話とかも出来ないだろうし、明日以降の予定も立てたかったが仕方ない。部屋まで連れて行って寝かせるか。
「ほら、部屋まで連れて行くから掴まれ」
「やだぁ! 須賀君の部屋で朝までいた○きストリートやるもん! 破産させてやる!」
「また懐かしいなものを……しゃーない」
「にょわ!?」
このままではいつまでもグダりそうだったのでさっさと運ぶために赤土を抱え上げる。俗に言うお姫様抱っこだ。
流石にこれにはビビって酔いが醒めたのか、先ほどまでの騒がしさは鳴りを潜め、赤土は借りてきた猫のように静かになる。
しかしいきなりこうも変わると俺もどうしたらいいのかわからず、無言のまま隣の部屋に行く。
「それじゃあ今日はもう寝とけ。風呂は明日の朝にでも入ればいいだろ。場所とかルールの話は聞いたよな?」
「……うん」
隣の部屋のベッドに赤土を降ろして風呂の事を尋ねると、小声だが返事が返ってきた。
うちは昔から泊まる客が多いので、鉢合わせしないように風呂には鍵をかけて立札を掛けるようにしているのでその確認だ。
破ればお袋からキツイ制裁があるので、故意でも偶然でも破ったものはいない。
「それじゃあまた明日な、お休み」
「あ……」
「ん? どうした」
部屋を出ようとした俺の背中に声がかかったので振り返ると、赤土が何か言いたげな顔をしていた。
「なにかあったか?」
「……そのさ」
「うん?」
「さっき…………鬱陶しかったよね?」
「は?」
表情からなにか重要なことでも言われるかと思ったが、出たのはよくわからない話だった。
「鬱陶しいってなにがだ?」
「だからさ…………さっき酔って駄々こねたじゃん……普段から色々迷惑かけてるのもあるし……その、嫌いになったり……」
「…………はぁ」
そんなことかと思わずため息をつくと、赤土の体がビクッと震えた。
こっちとしてはすごく下らないことだと思ったけど、本人が不安がっているならしっかり話したほうがいいか。
「あのなぁ……普段のおまえのやり取りをめんどくさいとか思ったことは……まあ、あるけどな」
「う……」
「人が大事に取っておいたお菓子いつの間にか食ってるし、ちょっと留守任せた間にエロ本探してるし、男の部屋だったってのに無防備にくつろぐし、それ以外にもこいつクソめんどくせえって思ったことはたくさんあるわ」
「うう……」
「でもな、嫌だなんて思ったのは一度もないぞ」
「……え?」
少し恥ずかしいが、相手も酔っ払いだと思い込む。既に酔いが醒めている事はあえて忘れて話を続ける。
「別にさっきのなんかただのじゃれあいみたいなもんだし、他のことだってめんどくさいと思うことはあっても決して嫌じゃないさ。むしろそういった所は赤土らしいって思うし、俺も楽しいよ」
付き合いの長いハギヨシや三尋木などの友人にも面倒だったり嫌な所はあるし、照や咲、親父お袋おじさんおばさん、全員に思うところはある。
しかしどんな奴にだって大なり小なり嫌な所はあるし、ウンザリする所もあるのは当たり前だ。俺自身も気づいてたり気付いてない所でそういうのがあるだろう。
だけどそう言った所を含めてそいつらを気に入っているんだ。嫌いになることはないし、もし本当にそいつらに不満があって付き合うのも嫌ならさっさと縁を切っている。
だからそんなことぐらいで嫌いにはならないと伝えると、その言葉に安堵したのか表情を和らげる赤土――ったく、ほんとそんなことを気にしてるなんて思いもしなかったぞ。
もう大丈夫だろうと部屋を出ようとして、最後にもう一つ付け加える。
「それにな、俺だってお前のこと好きだぜ」
「……うぇい?」
「勿論、友達としてだけどな――お休み」
赤土が言葉を理解する前に部屋を出て、自分の部屋へと戻る。
夕方赤土に少し驚かされた仕返しだ。やられたことをそのままやり返すのは幼稚だけど気にしてられるか。
その後、隣からゴロゴロ転がりまわるような音が聞こえるが気にしないで、俺もそのままベットに倒れ込み寝ることにする。朝から運転しっぱなしだったから疲れたわ。
眠りに落ちる途中、ふと、なんとなしに頭の中で夕方の赤土達との会話が思い出された。
『私も須賀君のこと好きだよ。あ、勿論友達としてだけどね』
『まあ、京太郎がそう思うのは良いけどそれも時間の問題かもね』
しかし眠気に勝てず、それらはあっという間に頭の中から消えて行き、そのまま眠りに落ちる。
こうして長野帰郷の一日目は過ぎて行った。
――後になってこの時の事を振り返ると、おそらく当時の俺達は生温く馬鹿の言いあえる関係が心地よくて、その先の関係に一歩足を踏み入れることから無意志に目を逸らしていたんだと思う。
こんな感じで13話終了。
レジェンドはちょっと手こずりましたが、たいした対立もなく照咲と親交を深めました。原作でも阿知賀こども麻雀クラブやってるだけあって、こっちでも子供の相手は得意です。
まあ、ここらへんは現代編の咲ちゃんの様子からも関係は悪くはない感じはとれていたと思います。
そんな感じで今回はここまで、次回もよろしくお願いします。