今まで仲の良い友人として過ごしてきた晴絵と京太郎だが、ある日ささいなことからお互いの間に気まずい空気が流れるようになった。
そこで二人は仲直りのデートをすることになったが、その中でどちらも相手を恋愛対象として見ていることに気付き告白。その後二人は付き合うようになり幸せなキスをしてカンッ。
京太郎「ふむふむ」
晴絵「ちょちょちょっ! なに人の小説勝手に読んでるのさっ!?」
十七話
人を表す時、よく猫っぽいとか犬っぽいという言葉を使って表すことがある。
これは顔立ちの話ではなく、どちらかというと性格などを表す時に使われる時が多いと思う。顔立ちの場合はタヌキ顔とかだしな。
それで、人懐っこい人や素直な性格の人の場合には犬っぽいといわれ、俗にいうツンデレなどの気まぐれな人を表す時には猫っぽいと言われるのが多いんじゃないかと個人的に思う。
身近な人物に当てはめれば三尋木なんかは猫っぽく、照と咲は犬っぽいといえるだろう。とはいえ誰でもこの二つに分けられるものではないし、全ての行動がそれに当てはまるわけでもない。
三尋木なんかはなんだかんだで人懐っこい犬的な部分もあるし、照や咲は内向的で人見知りな所もあるからそういう所は猫っぽいといえるだろう。
だからどちらかと言えば、何々っぽいというはある種の観念的なものに無理やりあてはめている感じがしていた。
とまあそんな感じで長々と語ったが、俺が言いたいのは赤土晴絵のことである。そう、高校三年の夏に出会って、後に一緒に大学に入り、秋には俺の恋人となった晴絵のことである。
元々晴絵とは友人だった頃から常に一緒に行動をしており、なんでも気安く話せる仲だったと言える。ならば付き合ってそれ以上の関係となってからはというと――
「はい、京太郎。あーん」
「あーん」
「おいしい?」
「んっ……お、前よりもパサパサ感がなくなったしいい具合だ」
「やった! ほら、もう一枚。あーん」
「あーん」
――デレた。めちゃくちゃデレた。今まで以上にデレた。まさしくさっき言っていたことを否定して、犬っぽいというのがぴったり当てはまるというぐらい具合にデレた。
気まぐれな猫のように時にデレるのでなく、24時間ほぼずっとデレっぱなしだ。ブンブン尻尾を振りまくりである。
その証拠に現在もさっき晴絵が一人で挑戦して作ったクッキーを俺の胸にもたれかかりながら、俗にいう『あーん』で食べさせているぐらいだ。
ちなみに付き合いだしてから一緒に料理をする機会も増え、晴絵の腕はまだ俺には勝てないがそれでも十分なものと言っていいほどになったので、こうやった物も気軽に作れるようになっていた。
「ほれ、今度はそっちだ。あーん」
「あーん」
「な、自分でも上手くなってるのわかっただろ」
「うん、これも京太郎のおかげだよ」
そういいながら俺の胸にマーキングするのかというぐらいにゴロゴロと頭を擦り付けてくる。ふむ……さっき犬っぽいといったがこういった所は猫っぽいな。
そんな仕草が愛おしくて、クッキーの粉がついていない手で頭をなでてやると、気持ちよさそうにさらに頭を擦り付けてくる――って、やばいやばい、これ以上は抑えないと。
以前こんな感じでいちゃいちゃしていたら途中からキスに発展して、昼から夜までずっとニャンニャンしていたという事があったから自制しないと。
「ふんふふーん♪」
とはいえそこまでしなくても、これだけでも十分ご機嫌な晴絵であった。まぁ、俺もこういったのは嫌いじゃないけどな。
「ほら、もう一枚」
「あーん」
とまあこんな感じで付き合い始めてからただのバカップルとなっていた俺たちであった。
あの日、俺たちが付き合い始めてから今日まで既に数か月の月日が経っていた。
あれから後日、付き合い始めたことを晴絵の両親及び俺の両親にけじめとして報告したのだが、大した反応もなく受け入れられてしまい、新子や大学の友人たちも「へー、そうなんだー」という今さら?的な返事しか返ってこなかった。
確かに元から仲が良かったとはいえ、そんな反応をされるとは思ってもいなかったので、今更になって付き合う前の俺たち自身を他の第三者の目で見たいと思ってしまったぐらいだった。
ただ、問題だったのが照たちで、電話でもふてくされているのがわかるぐらいに不機嫌だったので、向こうに帰った時は晴絵と一緒にご機嫌をとるのが大変であったとしか言いようがないだろう。
ちなみにあれから向こうに最初に帰ったのは二月に入ってからで、年末年始はこちらで過ごした。
これには理由が二つあり、一つは期末試験が一月にあること、そしてもう一つは、帰る時は晴絵も一緒なので、そうすると晴絵がこっちで年越しが出来なくなってしまうということだからとりあえず今年は帰りを遅くしたのだ。
後、年末年始はドタバタしてるから動きづらかったのもあった。道も混むしな。
また、地元の友人達にも彼女が出来たことだけは伝えたが、未だ晴絵には会わせていなかった。皆それぞれの事もあって忙しいというのもあったが、単純に昔からの付き合いのあいつらに晴絵を紹介するのが恥ずかしいというのが大きかった。
ある意味両親以上に俺のことを知っている奴らゆえに逆に黙っていたかったし、絶対にからかわれるしな。実際彼女の事を伝えただけでお祭り騒ぎだったぐらいだ。
そんなこんなもあり、付き合い始めてからクリスマスやお正月、バレンタインデーなどのイベントをこなし、俺達の仲は深まっていった。ついこないだも俺の誕生を祝ってもくれたしな。
ちなみにうちに泊まることはしょっちゅうで、この前長野に帰った時には二人っきりで近くの旅館にお泊りにも行ったぐらいだった。家族風呂に一緒に入ったのは忘れられない思い出だろう。
とまあ、そんな感じでバカップル街道直進中といった俺たちなのだが、問題があった。それは俺があることを晴絵に伝えられないでいることだ。
二月辺りには既に伝えようと思っていたのだが、結局言い出せずにいてずるずると今の三月まで伸びてしまったので、いい加減話したいと思っていたのだ。
もしかしたら泣かせる可能性もあるけど、これからの事を考えるとどうしても話さなくていけないことだ。
「なぁ、晴絵……」
「ん、なぁにー」
なになにーと小動物的な可愛さで首をかしげながら聞いてくる晴絵に思わずまた頭をなでたくなる。
しかしそれではいつも通りなあなあで済ませることになってしまうので、意を決して話を続ける。
「俺さ……」
「うん」
「………………アルバイトしたいんだけどいいかな?」
「ん? んー……まぁ別にやってもいいんじゃない?」
眉間に皺を寄せ、少し悩んだ顔をする晴絵。そんな顔も可愛いぞ。
さて、とりあえずの了承を得たがここまでは問題ない。この次が問題なのだ。
「それじゃあどこにしよっか。ここらへんじゃ働くのも限られてるからやっぱ大学の方かな?」
さて、この晴絵の言葉だけで、俺がただのアルバイト一つの何を問題にしているかわかる人もいるんじゃないかと思う。
どういうことかというと、晴絵は俺と一緒に『同じ』バイトをやることを前提として話を進めているのだ。
そもそも付き合い始めてからわかったことなのだが、どうやら晴絵は一緒にいる時間が多めに欲しいとか接触を好んだりするような甘えるタイプのようだった。
その証拠にまず出かけるときは常に手を繋いでいるし、飯を食う時も席は隣、風呂も一緒、泊まる時はそういった行為以外の時も確実に俺のベッドに入って来るぐらいだ。
とはいえそこら辺を見ればただのバカップルなのだが、極めつけなのは友人時代には色々な所に遊びに行ったのだが、付き合い始めてからはそういった部分がなくなったことだろう。
付き合い始めてから俺たちはあまり外でデートという事はあまりせず、休みの日なんかは今日みたいに一日中家でイチャイチャしていることが多いのだ。
友人からは、付き合いだしてしばらく経ったカップルならともかく、付き合い始めたばかりなら色々デートしたりするものだと聞いていたのでかなり拍子抜けだった。
そのことについて一度晴絵に聞いてみたのだが――
「え? 別に今のままでもいいよ。ほら、あんまりお金もないし」
――と、不思議な顔をされた後に平然とした顔で返されてしまった。
確かに晴絵の言う通り、俺たちもあまり懐に余裕がないというのもあった。
俺は一年の時はバイトを禁止されていたし、晴絵も休みの時に短期のバイトを入れるぐらいで、普段は俺といるという生活だったからな。
つまるところ晴絵としてはバイトすれば懐に余裕も出るが、それで一緒にいる時間を減らすよりも、金がなくても少しでも俺と一緒にいたいという事なのだろう。我が彼女ながらいじらしく可愛すぎた。
とはいえ俺としては今後の事を考えてやりたいアルバイトもあるし、晴絵とは学生時代でしか作れない思い出も色々と作っていきたいから、もう少しお金の方を何とかしたいと考えていたのだった。
そんなわけで、これなんてどうかなー、と携帯を使って色々アルバイトを探している晴絵には悪いけど俺の考えを伝えさせてもらう。
「あー……そのな、晴絵。俺、やりたいバイトが既に決まってるんだけど」
「ほんと?」
「ああ、その…………じゅ、塾の先生とか家庭教師のアルバイトをやりたいんだ」
楽しそうにアルバイトを探す晴絵に対する申し訳なさと、誰にも言っていなかったことを打ち明ける恥ずかしさから少々どもりながら話す。
そう、俺がやりたいアルバイトとは、将来教師を目指すに備えて子供に勉強を教える仕事であった。やはりそのような仕事につくならば、まず生徒一人に教えることすらできないなら到底無理な話であるので、前から是非やってみたいと思っていたのだ。
しかしこういったバイトは一人でやるものなので、晴絵が望んでいるような一緒にやるバイトとは違う。だからそうなるとやはり問題となるのは、晴絵の反応なのだが……バイトの説明をすると、予想通り目に見えるぐらい晴絵は落ち込んでいた。
「……悪いな」
「ううん……京太郎は全然悪くないよ。京太郎が教師になりたいって話は前から聞いてたし、そのためにそういったバイトがやりたいって気持ちはわかるから止めないよ。でも……やっぱり一緒にいる時間が減るのは寂しいや」
「晴絵……」
だよな。そういった日は一緒に帰れなくなったり、飯だって食えなくなるもんな。今まで当たり前に出来たことが出来なくなるっていうのは嫌なもんだ。
だけど嫌だと言いつつも俺の事を優先してくれる晴絵が愛おしくて、後ろから覆いかぶさるように晴絵を抱きしめる。
「安心しろって、別に週に一、二回程度のつもりだから一緒の時間はそんなに減らないぞ」
「そうなの?」
「ああ」
首だけ振り向かせて不安そうに聞いてくる晴絵を安心させるように、目の前の頭をなでてやる。
正直バイトの回数としては少ない方だが、元々金目当てよりも人に教えるといった経験をしたいがためにするバイトだからな。もちろん授業の準備や反省といった所にも時間を割くだろうから、回数以上にそれなりに忙しくなるのは明白だが仕方もない。
それに……俺も出来る限り晴絵と一緒にいる時間は作りたいからな。
「それでな、お詫びと言ったらなんだけど、受け取ってもらいたいものがあるんだ」
「え、なに?」
「えっとな……ほら、これだ」
話の途中で渡そうと思い、ズボンの右のポケットに用意していたある物を取り出して見せる。
すると晴絵は最初それがなにかわかっていなかったみたいだが、すぐに『何処の』ものかわかったみたいで驚きで目を見開いた。
「これって…………もしかして」
「ああ、うちの合鍵だ。今まで機会がなくて渡してなかったからちょうどいいと思ってな」
付き合う前から俺と行動をすることが多かったため、付き合ってからも以前と同じような感じで特に必要としていなかったから渡していなかったが、これからは俺が留守にすることもあるだろうからな。
今後、バイトで遅くなる日もあるだろうからこいつは持って貰った方が良いだろう。出来るなら俺が遅い日なんかは家で待ってくれていると嬉しいかな。
それを伝えると、晴絵は抱きしめられながらも器用に体ごとこちらへと振り返り、先ほどまでの暗くしていた顔を満面の笑顔とさせ、俺に向かって抱きついてきた。
「京太郎大好き!」
「おっとっと……機嫌直ったか?」
「うん!」
現金なもので、さっきまでの落ち込みが嘘みたいにジャレついてきた。やっぱ犬だよなこいつ。
でもよかった。反対されることはないと思っていたが、それでも落ち込むのは目に見えていたからな。
「それじゃあ話も着いたし、ちょっと早いけど夕飯の買い物で行くか?」
「行く行く!」
少し早いが、話もいい感じで終わり、クッキーもなくなった頃合いだったので、外に出ることを聞くと晴絵は機嫌よさそうに頷いてきた。
そこからまだ寒い季節なので二人とも一応外着に着替えてから家を出る。春に近いとはいえ、予想通り外はまだ肌寒かった。
「あ、ちょっと待って。私にやらせて」
「ん? ああ、いいぞ」
「ありがと……へへっ」
なんてことはない。ただ単に先ほど渡した合鍵で晴絵が鍵を閉めただけだ。
本当にそれだけのちっぽけなことなのだが、当人の晴絵は嬉しそうにしてるし、それを見ていた俺も心の奥が温かくなった気がした。
「それじゃあ行こっか」
「ああ、そうだな。今日は何食べたい?」
「うーん……それじゃあ京太郎のシチューがいいかな。野菜とコーンがいっぱい入ったやつね」
「了解。主食はパンでいいよな?」
「うん」
そしてスーパーは決して近くとは言えないが、バイクは使わずにいつものように手を繋いで俺たちは歩き出す。
これはそんな俺たちの付き合い始めてからの至って普通な日常の一コマであった。
とりあえず前回の十六話から一気に半年近く進んだ三月が舞台。
アルバイトを始めようとするが甘えるレジェンドにどう切り出すか悩む京太郎と、二人の時間が減るのは嫌だけど京太郎の邪魔はしたくないというレジェンドという、小さなことを深刻そうに話す二人。そんなバカップルの日常な十七話でした。
それでは今回はここまで。次回もよろしくお願いします。