家庭教師の面接に来たはずの松実館。
しかしそこで行われたのは――
「あの……ご趣味は?」
――何故か小学生とのお見合いであった。旅館の跡取り探しらしかった。
勿論帰ったら何故か晴絵にばれていて壁ドンされたのは言うまでもない。
晴……いや、春の日差しが心地良い四月。俺がアルバイトを始めてから数週間が経つ頃。俺と晴絵は無事進級して大学二年生となっていた。
とはいえ二年になったからといって特に環境が変わるわけでもなく、俺たちは今までと変わらない日々を過ごしていた。
大学へはいつも通り一緒に行って、周りからバカップルと囃されるぐらい常に一緒におり、家でも泊まりの頻度は減ったがそれでもいつも一緒にいた。
一応変わったことと言えば、新しい講義の中でも二年になってから選択できるようになった教職課程の講義を受けるようになったことだろう。
そういえばその時驚いたことに、晴絵も俺と同じように教職の講義を取ったのだ。
これには晴絵曰く「確かに京太郎と一緒にいたいって気持ちもあるけど、京太郎の話を聞いてたら私も教師って仕事に興味が湧いてきたからね」と言っていた。
確かに子供好きな晴絵からすれば悪くない選択肢だろう。別に講義を取ったからと言って必ず教師にならなければいけないというわけでもないし、今のご時世教員の資格を持っておいて損はないからな。
あと講義だけではなく、少し前から晴絵も俺と同じようにバイトを始めていた。
といってもやはり俺と同じようにあまり回数入れず、なるべく俺と同じ曜日にシフトを入れるなどそこらへんは徹底されており、相変わらず可愛い彼女であった。
ちなみに俺の家庭教師のアルバイトの方もあれから順調に続いており、宥の勉強もそうだが、宥との間では信頼関係というものもそれなりに築けていると思う。
勿論最初の頃は宥の性格もあって中々思うように意思疎通が取れなかったが、それは嫌われているという事ではなく、むしろ昔の事でそれなりに懐いてはいてくれてはいたので要は慣れ問題だった。
元々松実さんが家庭教師をつけたのは、消極的であまり他人に慣れない宥に免疫を持たせるためというのも聞いていたので、最初の頃は松実さんからの要望もあって勉強をしながらもなるべく信頼関係を築ける用に会話の時間を多めを設けたこともあり、今では普通に話せる様になっていた。
とまあそんなわけで、今ではしっかりと勉強にも集中させてやれる環境が出来ており、今日も俺は大学が終わった後、宥に勉強を教えるために松実館に来ていた。
「えっとぉ……こんな感じでいいですか?」
「そこそう、その通りだ。この少し教えただけの事もしっかり出来てて偉いぞ」
「えへへぇ……」
「宥はほんと要領がいいな。これなら俺も教えることも少ないからすぐにお役目ごめんってことになりそうだな」
「そ、そんなことないですっ、だからこれからもお願いします!」
「大丈夫。わかってるからそんな泣きそうな顔するなって、俺も宥には色々教えてやりたいからな。ほら続きやるぞ」
「はいっ」
目元をウルわせる宥の頭を撫でてやりながら、俺が家で作ってきた復習用の自作の問題集のページを開いて次の問題を解かせる。
こんな懐いてくれているんだもんな。この関係がいつまで続くかはわからないけど、ちゃんと面倒見てやりたいし、ただ単にお金だけを目的として接していきたくはないよな。
「よし、45分やったし15分間休憩するか」
「はい」
それからしばらく勉強を続けていると良い頃合いとなったので休みを取ることにした。
子どもの体力というのもあるし、ずっと続けていても判断が鈍るだけで効率は良くないからな。適度に休憩をはさむ方が良いのだ、と受験時代にハギヨシが常々言った言葉は胸に刻ませてもらっている。
「ぁ、なにか飲み物持ってきますね」
「ありがとう。頼むわ」
休憩に入るにつれ、なにも飲み物を用意していなかったことに気付いた宥が立ち上がり、俺はそんな宥が部屋を出るのを座ったまま見送る。
ここだけ見ると年下をパシらせるダメ男だが、ここは俺の家じゃない上に下手に断ると宥が悲しそうな顔をするため断るに断れないのだ。
そんなわけで宥がいない間暇を持て余すので、教材の方を纏めておこう。
宥に教えるために俺が自作したものもあるが、大半は晴絵や新子の助言などを踏まえて書店で買ってきたものだ。
勿論これは松実さんから必要経費を受け取っているから問題ない。母親がいない上に忙しくあまり構ってやれないのに、旅館の事を手伝ってくれる優しい娘に苦労を掛けているという事で、出来る限りの事はしたいという親心らしい。
そんな大事な教材を開きながら、次に教えることを整理しつつもなんとなく目にとまった部屋の中を少し見回す。今いるのは宥の自室だ。
最初はプライベートもあるし、応接間みたいな所があるからそういった所で勉強するのかと思ったのだが、宥が寒がりなのもあって自室が良いという事から此処で教えている。
ちなみに驚くことに宥の部屋の中央には勉強机兼の炬燵がある。別にまだ四月だし、ギリギリあってもおかしくはないのだが、宥の話だとやはり寒がりだという事で一年中出しっぱなしらしい。
普段の様子やそんな話を聞いて宥の体が心配になったが、どうやら医者の話でも特に体に異常はなく、ただ単に本当に寒がりらしい。
まぁ……俺の身近にも色々と変態どもがいたからそれに比べれば可愛い物だろう。
とはいえただの変態とは違って、宥の体質だと冬は普通の人よりもさらに寒く感じて、夏は多少マシだがその分その服装もあって周りから好奇の目で見られてしまうというのは可哀想だよな……。
可愛い教え子の事だしなんとかしてやりたいと考えてはいるが、医者でもない俺にできることはなくて、少し落ち込んでいると――――どこからともなく視線を感じた。
いきなりのことに驚き立ち上がって辺りを見渡しそうになったが、平静を装い座ったままでおく。
ハギヨシの訓練でそういったのにも少し慣れていた俺は敢えてその視線に気づいたふりはせず、今まで通り目線は教科書の方に向けていながら気配を探る……………………そこかっ!
気配を探っているうちに視線の主を見つけたので、バッ!と体を動かして部屋の扉の方を向くと、そこに少し隙間が空いているのに気づく。
そして――――そこから部屋の中を覗く目と俺の目がバッチリあった。
「……………」
「……………」
「…………………………」
「…………………………」
痛い沈黙が続く。しかし俺にはわかる。扉の向こうでその人物が焦っているのを。何故ならその人物が手で押さえている扉がカタカタ揺れているからだ。
『…………玄ちゃん、なにやってるのぉ?』
『お、おおおねーちゃん!!?』
どうやら宥が戻ってきたら当の人物と出くわしたらしい。というか姉ちゃんってことは妹か。
そういえば……未だ家の手伝いやらが続いているらしく会ったことはなかったけど、妹がいるってことは前に聞いたな。確か二年前に宥に会った時もそんな子がいた覚えがある。
そんなことを考えているうちに向こうの話も終わったのか、扉を開けてお盆を持った宥が入ってきた。おまけで後ろに何かをつけている。
「えっと……妹の玄ちゃんです」
「は、はじめまして……」
「初めまして」
そういうと宥の後ろからそろ~っと顔を出したのは、宥と似た風貌を持つがそれより少し幼い感じのするこれまた美少女だった。
しかし先ほどのやり取りのせいか、姉の背中越しにビクつきながら恥ずかしがって一向に出てくる気配がなかった。
その姿はまるで親猿にへばりつく小猿のようだった――いや、女の子相手に例えが悪すぎるな。
「まあとにかく座ろうぜ。妹さんもさ」
「はぃ。ほら、玄ちゃん」
「……うん」
姉の宥に促されることでようやく妹さんも背中から離れて炬燵へと足を入れる。席順は俺から見て、左に宥、正面に妹さんって感じだ。
寒い部屋の外(宥感覚)から帰ってきたためホッとした顔をする宥と比べて、妹さんの顔はカチンコチンに固まっていた。もちろんそれは寒さからではなく緊張からだ。
まあ、さっきみたいな恥ずかしい場面を見られればそうもなるか。見た所宥より一つや二つ下ぐらいだろうから、そろそろ羞恥心が出てくる年頃だもんな。
ならこういう時は俺から水を向けるべきだろうと思い、少し姿勢を崩してさも気安いですよー、という雰囲気を普段よりも出して話しかける。
「俺は宥の家庭教師をやってる須賀京太郎っていうんだ。君の名前は?」
「……松実、玄です」
「そっか、いい名前だな。宥から君のことは聞いてるよ、すごくしっかり者で自慢の妹だってな」
「……ほんと?」
「本当だよ、なあ?」
「うん。玄ちゃんのこと凄いと思ってるよ……」
「そ、そっかぁ、エヘヘぇ……」
確かめるように恐る恐る姉の方へ顔を向けると、本当だとわかり途端に妹さんの顔が綻ぶ。
秘技褒め殺しは効果抜群であった。まあ、嘘はついていないしな。それで嫌なことが流れるなら万々歳だ。
「それで玄ちゃんはいったいどうしたのぉ?」
「……あ、ええと…・・おねーちゃんがいつも話してるお兄さんの事が気になって見に来ちゃったのです」
「いつもって?」
「はい、おねーちゃんご飯の時間とかにいっつもお兄さんの話してるんですよ」
「あわわわわっ、く、玄ちゃんっ!」
「あれ? 言っちゃった駄目だった?」
「あううううぅ……」
慌てふためいて腕を振り炬燵に籠る宥とは裏腹に、妹さんは首をコテんと横に傾けて頭に疑問符を浮かべている。
羞恥心は多少あるけど、そういった機敏が効かない辺りここらへんは年相応といった感じだな。
しかしそっか……普段が普段だけに実は俺の前では無理に取り繕っているんではないかと少し考えてもいたが、宥はちゃんと心を開いてくれているみたいで嬉しい。
そう感慨深く感じていると、妹さんが炬燵の上に手をついて体をずいっと伸ばしてきた。
「それでお兄さんがあの時おねーちゃんのマフラーを拾ってくれた人なのですか?」
「そうだよ、確か君……玄ちゃんにも見覚えがあるよ。あの時宥を迎えに来てくれた子だろ?」
「あー……えへへーーー……ごめんなさい、私はその時の事は覚えてるんだけど、お兄さんかどうかまでは……」
「まあしょうがないさ、顔を合わせたのは一瞬だったし、二年近く前の事だからな。俺も宥に会うまではすっかり忘れてたし」
それから当時俺がなんであそこにいたのかから、俺がどこから来ただの、今はどこらへんに住んでいるかなどの話で盛り上がる。その中には既に宥が聞いた話もあったのだが、まるで初めて聞くかのように微笑んでいた。
「さて、そろそろ勉強に戻るか」
「はい……」
とはいえ楽しい時間とはあっという間に過ぎていくもので、話しているうちにいつの間にか休憩時間をオーバーしていたから勉強に戻ることにする。仲良くなるのもいいけど、けじめはしっかりとつけないとな。
そうして勉強を続けるため教科書を広げる宥と俺だが、そんな中この場で一人困っている人物がいた。
「えっと……」
「……うん、玄ちゃんは学校で宿題とか出てないか?」
「あ、はい。算数のドリルが……」
「だったら一緒にやらないか? わからない所があったら教えるよ」
「え……い、いいんですか!?」
「勿論。ただ、一応宥の専属だから片手間になっちゃうけど」
「大丈夫です! す、すぐ持ってくるです!」
そういうと急いで炬燵から抜け出してドタバタと部屋を出ていく。手持無沙汰にしていたのを見て思わず言ってみただけなんだが良かったみたいだ。
しかし宥自身に了承を取っていなかったな、と思い振り返ると、当の本人が何故かニコニコと笑っていた。
「どうした?」
「いえ、玄ちゃんを仲間外れにしてくれないでありがとうございます……」
「別に気にしなくていいけど、宥こそいいか? 一緒にやることになっちゃったけど」
「はい、玄ちゃんと一緒だと嬉しいです」
基本家庭教師はマンツーマンだけど一人が問題を解いている間は意識を向けつつも暇だし、一人増えたぐらいならあまり変わらないだろうと思い決めたんだが問題なさそうだ。俺としても教える練習にはなるからな。
しかし先ほど話している時も思ったが、こういった宥の嬉しそうな表情を見ると二人は随分と仲がいいみたいだった。
それから玄が戻ってきてから勉強を再開する。
ちなみに休憩後、勉強を教えるときに呼び名もこちらからは玄、向こうからは宥と同じように京太郎さん呼びとなった。
「ふむふむ……あ、ここちょっと計算間違えてるな。ほら、さっき解いたこれ参考にして自分で一回確認してみ。わからなかったら説明するから」
「わ、わかりましたぁ……」
「頑張れ。それで玄の方はどうだ、なにかわからないのはあるか?」
「大丈夫です!」
宥の解答を確認してから玄の方も一応見てみるが問題なさそうだった。
まあ、基本勉強を先取りしている宥と違って、小学校の宿題ならわからないってところもあんまないわな。玄も別に頭悪そうに見えないし。
その後も勉強は続き、そろそろ前の休憩から一時間ほどが経とうとしていた。
流石に小学生の身で長時間机に向かい続けるのは疲れるのか、宥も時々目をこすったり体を揺らしている……ふむ。
「さて、そろそろ休憩するか。宥も眠そうだし一度顔洗ってきたらどうだ?」
「は、はぃ、ちょっと行ってきます……うう、寒い」
俺の言葉に宥がそそくさと部屋を抜け出す……やっぱ眠気だけでなく尿意も我慢していたみたいだな。
昔、ハギヨシに、女性は男性にはそれ系の話は切り出しにくいからこちらからさり気なく促してあげるのが紳士だって言われたっけな。
照達ならストレートに言ってくれるけど、宥みたいな性格だと難しいからな。
「玄は大丈夫か?」
「平気なのです」
こちらの質問にムフーっと得意げにドヤ顔をかます玄。
最初はちょっと姉に似て消極的な所もあると思ったけど、基本的にはお調子者って感じだな。ちょっと晴絵に似ているタイプだ。
「それでそっちは宿題終わったみたいだけどどうする? 後一時間はやるつもりだから無理して付き合わなくてもいいぞ」
「えーっと……もしかして私……邪魔、かな?」
「いや、静かに勉強してくれてたし、宥も玄がいるとさらにやる気が出るみたいだから玄がいいなら最後までいてくれてもいいよ」
流石に持て余して暇かなーと思い、ここにいなくても良いと話してみると、悲しげな顔をして違う意味に受け止められてしまった。実際に玄は勉強の邪魔になってなかったし、宥は妹に良いところを見せたいのか、普段よりも気合が入っているように見えたからな。
そのことを告げるとほっと胸を撫で下ろして安堵していた。ちょっと俺の言い方が悪かったな、反省。
「まあそんなわけでいてもいいし、これからも遊びに来てくれていいからな。あ、勿論そのことで親父さんにお金要求したりなんか決してしないから安心してくれ」
「あ、ありがとっ、です!」
俺の言葉に素直に頭を下げる玄。なんだかんだで素直でいい子だよなー。ただ……俺の勘が、この子は良い子なだけでなくなにかがあると告げていた。
そんな嫌な予感を感じていると、突如玄がもじもじとし始めた。
「そ、それで、少し京太郎さんに聞きたいことがあるんだけど……いい、かな?」
「ん? 別にいいけどなんだ?」
「きょ、京太郎さんって、あの赤土さんと付き合ってるんだよね?」
「ああ、そうだけど」
恐る恐る聞いてくる玄に頷く。地元の人からすれば晴絵は有名人だし、その彼氏がどんな奴かというのは気になる所なのだろう。
引っ越して以降晴絵の友人ってことで結構話しかけてくる人がいたが、付き合ってからはより多くなったからな。子供に聞かれるってことはあまりなかったけど、この年頃なら興味持ち始めてもおかしくはないか。
そんな微笑ましい気持ちで玄を見つめていると――
「そ、それじゃあ赤土さんの胸は揉んだのですか?」
「……………………………………はぁ?」
――可愛いらしい表情に反して、その口からは理解しがたい言葉が飛び出してきた。
「えーと…………」
さて、どう答えるべきかと悩む。というか言葉が出ない。
胸?おもちだよな?聞き間違いじゃないなら晴絵のそこそこある胸について聞かれた気がするな。
いや、言葉の意味は理解できるが何故胸……?
「あー……まあ揉んだかな」
「そ、それで感触は!?」
「まぁ、柔らかかったな」
玄の勢いもあって何故かバカ正直に答える俺。小学生の女子相手に何をやっているんだ。
「……胸、好きなのか?」
「はい!」
思わず聞き返すと、今までの会話の中で一番の元気さで返されてしまった。
確かにこの子には何かあると思ったけど、こんな予想はしてなったし当てたくなかったぞ。
「くぅー! うらやましいです!」
「そ、そんなにか……?」
「はい! 赤土さんの胸はいつか揉んでみたいと思ってたのです。大きさはそれほどでもないけどきっと柔らかさは絶品のはずのなのですっ」
いい笑顔だ。話題が胸の事でなければだが。いや、まあ、別にいやらしい目的ではなく、ただ単にそういったのが好きみたいな雰囲気だけど、女の子がそれでいいのだろうか?
「そ、それで京太郎さ……いえ、師匠! 具体的にはどうでしたか?」
「…………なんで師匠?」
「だって前から是非揉んでみたいと思ってた赤土さんの胸を先に揉んでたんです! だったら私からすれば師匠当然なのです!」
「そう……なのか?」
「まあ、おねーちゃんの胸の方が上なのですけどね!」
「あ、はい」
先ほどのようにムフーっとドヤ顔を決める玄。さっきと同じ顔で可愛いはずなのだが、今回のは先程とは全然違って見えた。実に残念な子だな……。
その後、響きがいいとかなんとかで何故か呼び方が師匠に固定されてしまい、戻ってきた宥には不思議な顔をされてしまったが、理由など到底言えるはずもなかった。
――なんで俺の周りって変な奴が多いんだろうな……。
<今週のレジェンド>
「それで今日はどうだった?」
「あーーー…………面白かったけどそれ以上に疲れた」
「???」
どういうこと?と聞いてくる晴絵には悪いが、お前の胸の話で盛り上がったとはいえず、とりあえずその日は揉んで誤魔化しておいた。
皆様新年あけましておめでとうございます。今年も君がいた物語をよろしくお願いします。
そんなわけで新年最初の話は、宥に続いて妹の玄登場の十九話でした。クロチャーが出るといつの間にかギャグになってるんだよなー……
それでは今回はここまで。次回もよろしくお願いします。
キャラ紹介過去編に【松実玄】追加しました。