君がいた物語   作:エヴリーヌ

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あらすじ


「うーん…………………………………兄ちゃん」
「……はい?」
「兄ちゃん、ってどうかな?」



「「!!?」」
「どうしたの二人とも?」
「京ちゃんになにかあった!」
「ちょっと(奈良まで)行ってくる」
「ま、待ちなさいっ照! 咲もついていかない!」



二十二話

 とある休日。俺は自宅周辺の道を珍しく一人で歩いていた。

 ほぼ毎日、朝から晩まで一緒にいる俺と晴絵だが、時々は離れて過ごす時もある。それは主にお互いにアルバイトなどがある時だ。

 

 今日は晴絵が家の用事で傍にいない休日であり、俺もアルバイトが入っていなく暇を持て余す日となっていた。まあ、暇といっても課題を片付けたり、掃除や買い出ししたりと探せばやることはいくらでもあるのだが、外の天気が良かったためこうして散歩をしていた。

 

 途中ちょこっとそこいらの店には入ったり、顔見知りのおじさん達やおばさん達と挨拶を交わしながらのんびりと歩く。

 しかし……目的地もなく、ただブラブラと歩くのも悪くはないのだが、今一つ物足りなかった。

 

 

「……そういえば随分体も鈍ってたし、久しぶりに行ってみるか」

 

 

 先日穏乃達と野山を駆け回った時の事を思い出し、このままのんびりと過ごすことを考え直して、とある場所に向かって歩き出す。

 

 

 

 吉野は……まあ田舎だ。だから若者が遊ぶ娯楽施設は少なく、友人と遊ぶならほとんど街の方へ出なければならないのが常であった。

 とはいえ、遊ぶところはゼロではなく、おばちゃんの喫茶店のような所もいくつかあり、俺が向かっているのもそんな所の一つだ。

 

 途中寄り道をしつつもしばらく歩いていると、目的の建物――鷺森レーンが見えた。そこは名前の通りボウリング場であり、ここらへんで数少ない遊び場の一つであった。

 以前俺がこちらに引っ越してしばらく経ったある日、当時友人であった晴絵や新子とも都合が合わない暇な休日があり、今日と同じように散策をしていた所偶々見つけ、それ以来、時折こうして遊びに来ているのだ。

 

 

「……いらっしゃい」

「おう、邪魔するな」

 

 

 小学校が休校のためか、受付にいた顔見知りに声をかけながら店に入る。来るのは久しぶりなため、ざーっと店の中を見回してみるが、最後に来た時とほとんど変わっていなかった。

 

 

「随分ご無沙汰だったけど留年でもした?」

「相変わらずの毒舌だな灼……少し前からアルバイト始めたんだよ」

「ふーん……それで今日は?」

「とりあえず3ゲームで頼むわ」

「そこはケチらず30ぐらい……」

「死ぬわ」

 

 

 一人でやるからインターバルがなくてただでさえ腕に負担がかかるのに、600回近く投げるとか死んでしまうだろう。

 

 

「気合 「無理だからな」 ちぇ……」

 

 

 何を言ってくるか予想がついていたため被せるようにして遮ると舌打ちをされた。まったく、相変わらず無茶ぶりをする子だ。

 ちなみにこの子の名前は鷺森灼。この鷺森レーンの一人娘で、玄と同じ小学五年生だ。

 

 俺がこいつと会ったのはこのボウリング場に初めて来た日で、かれこれ一年近い付き合いとなっている。灼は小学校が終わった後や休みの日にはこうやって家の手伝いをしており、俺が会ったのもそんなときだった。

 

 当時、初めてこのボウリング場に来て、偶々仕事で困っている灼に遭遇し、少し手伝った事をきっかけに少しずつ話すようになったのだ。

 それ以来、灼の手が空いているときにはボウリングのアドバイスを貰い、忙しそうなときには俺が手伝うといった関係を続けている。といってもこんな調子で穏乃達みたいにべったり懐いてくれる関係というよりも、同年代と話すのと近い関係と言った方がいい関係になっていた。

 

 

「あ、さっき荷物届いたからあとで運ぶの手伝ってほしいかも……」

「いいぞ」

 

 

 灼が出ているのを見てもどうやら今はこいつしかいないようだし、そういったのを子供にやらせるのは忍びないからな。

 

 

「ありがと……おまけで4ポンドの使っていいよ」

「余計にやりづらいわ」

 

 

 なんだかんだで1ゲームおまけしてくれた。荷物もそこまで重い物ではないだろうし、久しぶりに来た俺へのサービスだろうな。

 それからゲームとシューズの料金を払ってからレーンへと向かう。久しぶりとはいえ、それなりに来た事もあり慣れたものだ。

 

 

「それでなんで灼まで?」

「暇だし」

「さいですか」

 

 

 隣のレーンには先ほどまで受け付けにいたはずの灼がいる。どうやら他のお客さんが来るまでやるつもりのようだ。

 まあ、今日は平日だし、時間帯的に他に誰も見えないからいいのかね。

 

 

「勝負する?」

「いいぞ。俺に買ったらジュース奢ってやるよ」

「……もう一声」

「しゃーないな。アイスもおまけだ」

 

 

 自信満々に言い放ったその結果は――

 

 

 

 

 

 

「ごちになります」

「あー、くっそ、やっぱ負けたかぁ」

 

 

 見事に完敗であった。元々の腕の差もあるのに、近頃来てなかったブランクもあって大差をつけられての完敗だった。灼はまだ子供だけどボウリング場の娘らしく、それなりに運動神経の良い俺でも歯が立たない相手なのだ。

 とりあえず賭けに負けたという事で、自販機まで灼に言われたものを買いに行く。

 

 

「ほれ」

「ありがと。だけどしばらく来ない間にフォーム崩れてるし……」

「いや、面目ない。そんなわけで指導お願いします」

「しょーもない」

 

 

 以前通っていた時に教えてもらった事もあり、手を合わせながら頼み込むと、飲んでいたジュースを置いて、気怠そうにしながら立ち上がった。

 そんなダルそうな動きにしばらく会っていないいとこを思い出した。

 

 

「それじゃあお手本見せるから見とく……」

「おう」

「…………そんな穴が開くほど見なくていいから」

 

 

 その一挙一動を見逃すものかと、身を乗り出しながら灼をガン見していると、流石に気持ち悪かったのかドン引きされてしまった。

 

 

「いやいや、俺の事は気にしないで。ささっ、早く投げてくれ」

「大学生が小学生女子を付け狙う事案が発生……」

「洒落にならんぞ」

 

 

 ただでさえ近頃松実姉妹や穏乃達小学生と出会って、行動を共にする機会が多いんだからな。勘弁してくれって。

 

 

 

 とまあそれから灼に投げ方のレクチャーを受け、実際に何度か投げているうちに感覚を取り戻して、そこそこいい点数を取れるようになっていた。まあ、それでも灼には到底届かないんだけどな。

 ちなみに灼はその後他にお客さんも来たので既にカウンターの所に戻っていた。

 

 

「お疲れ……」

「おう、しかし久しぶりに投げると腕つるな。それでさっき言ってた荷物はどこだ? 動けるうちに動いておきたいんだけど」

「あそこ」

 

 

 そういって指さすのは入口の隅に積んである段ボールだ。近づいて中身を見ると清掃用具など大量に入っており、大人ならともかく子供が運ぶには中々苦労しそうだった。

 

 

「向こうの倉庫までよろ……」

「あいよ」

 

 

 持ち上げたダンボールを灼の指示で運ぶ。倉庫内には何度か入ったことがあって、こいつをどこにしまうかは大体わかっていたのもあり、何往復かするとすぐに作業は終わった。

 

 

「はい」

「お、サンキュー」

 

 

 仕事を終えてカウンターの所まで戻ると、裏にお茶が用意してあったので遠慮せずに中に入っていただくことにする。これも毎度おなじみで、投げ終わった後はこうやって灼と話すのが恒例だった。

 ……言っておくが、俺は小学生相手にしか相手してもらえない可哀想な大人ではなく、晴絵や他の友人たちと会わない時に来ているだけだ。別に灼の事を馬鹿にしているわけではないし、灼も歳は離れていても友人には違いないのだが、そこは誤解しないでもらいたい。

 

 

「それでアルバイトって言ってたけど具体的には……?」

「ああ、家庭教師だ。ほら、前に教師になりたいって言っただろ? それの延長でな」

「ほうほう……それで女子学生相手にうつつを抜かしていたと」

「意味はあれだがそんな感じだ」

 

 

 そんな灼の言葉に苦笑いしながら答える。ちなみに灼は少々毒舌気味な所もあるが、これはある意味信頼を置かれている証みたいなようなものだから気にしていない。ツッコミとボケの延長上みたいなもんだし、大人相手に背伸びしているように見えるから逆に微笑ましかった。

 

 

「……なに笑ってるの」

「いや、なんでも。あ、これ忘れてたけどお土産」

「ん? これってあそこの?」

「近頃はまっててな」

「ありがと……」

 

 

 そういって手渡すのは穏乃の家で買ってきた御萩だ。あれ以来、穏乃の顔を見るついでに立ち寄らせてもらっている。

 とはいえついでと言っているが和菓子の方も大変うまいため、近頃はそっちがメインになっていることは否めなかった。

 

 

「どっちがいい?」

「……あんこ」

「じゃあきなこ貰うな」

 

 

 しばらく悩んだみたいだったが、あんこの方が魅力的に見えたらしくそちらを指さす。まあ、なんとなく予想はついていたけどな。

 それから分けた御萩を食べながら話を続ける。

 

 

「もぐ……それで?」

「それでって?」

「バイト。楽しい?」

「ああ、まあな。教えてる子も真面目だし、なによりやりがいがあるよ」

「ふぅん……」

 

 

 そこまで聞くともういいのか続きに手を付ける灼。詳しく聞かない所を見ると多少気になった程度だろうな。まあ、顔も知らない相手である宥達の話なんて聞いても面白くはないか。

 

 

「なんだったら灼の勉強も見てやろうか?」

「今の所勉強にはついて行けてるからいらない。それに高いからパス」

「はは、まあ安くはないか」

 

 

 無表情かつにべもなく断られるがしょうがない。確かに家庭教師の授業は一対一でこっちの準備の時間も必要だから割高になりやすいからな。長く続けば馬鹿にならないし、宥みたいにしっかりとした目標でもなきゃ安易には雇えないものだ。

 一応こっちも商売みたいなもんだし、ここで灼だけに安売りをするのは松実さんに申し訳ないから出来ないし困ったもんだな。

 

 

「まぁ、軽い宿題程度だったらこういった時に見てやるから必要だったらいつでももってこい」

「……考えとく」

 

 

 実にクールに返されてしまった。こういった所はちょっと照に似てるかもな。ただ、あいつはそこにポンコツがつくから困りもんだが。

 その後適当に話しているうちに日も傾いてきていい時間となってきたため帰ることにした。

 

 

「それじゃあまた今度な」

「ばいばい……」

 

 

 わざわざ店の前まで出て小さいながらも手を振りながら見送ってくれる灼に手を振り返して帰路につく。こうやって体を動かすのはいいもんだし、近いうちにまた来るか。

 

 

 

 その後、途中スーパーによって夕飯の食材を買ってからアパートに戻ると、部屋の明かりがついているのに気付いた。どうやら晴絵が来ているみたいだ。家の用事も終わったから泊まりに来たんだろうな。

 とりあえず中に入ろうと思い、さっさと階段を上がってドアを開ける

 

 

「ただいま」

「おかえりー」

 

 

 帰ったら予想通りエプロンをつけた晴絵が玄関まで出迎えに来てくれた。やばい。いいなこれ。

 

 

「――っと、今日は遅くなりそうだから来ないんじゃなかったか?」

「もちろん急いで片付けてきたのさ。だから……ね、今日は泊まっててもいいかな?」

「ま、今更だな」

 

 

 念のため聞いたが予想通りだった。まあ、明日は大学だけど別にいいだろう。荷物も着替えもあるし。

 そう言うと晴絵は俺から買い物袋を受け取って、気分よくスキップしながら台所に戻っていった。下の家に迷惑だからスキップはやめろって。

 

 それから部屋に戻って着替えると、少ししてから調理に一区切りつけた晴絵も部屋に入ってきて、いつもの定位置に座る。

 

 

「それで今日はどうしたの? 家で課題やってるかもって言ってたから先に食材も買ってきちゃったけど」

「あ、ああ……ちょっと散歩してた」

 

 

 俺の胸にもたれかかりながら話題のとっかかりとして今日の事を聞かれ、少しどもりながらも適当にはぐらかしておく。

 別に晴絵と一緒に遊びに行ってもいいのだが、やはりたまにはのんびりできる自分だけの秘密の場所というのを持っておきたいので、しばらく鷺森レーンの事は黙っておきたかった。

 

 

「ふーん……あ、そうそうっ! これ親戚の人から貰ったから食べよう!」

 

 

 俺の様子を特に疑問に思わなかったのか晴絵は軽く流し、いつの間にか部屋に置いてあった紙袋から土産を渡してきた。

 晴絵が能天気……いや違った。あんまり追求してこない彼女で助かったと実感するそんな日だった。

 




 レジェンドがいない時の京太郎の日常を少しやりつつ、五人目の戦士が出てきた二十二話でした。ハブらレジェンド。

 当初の予定では宥に続いて灼は二人目の教え子的にするつもりだったのですが、多少役がかぶりますのでカットいたしました。それによって少々関係が薄くなってしまいましたが、他の皆がフレンドリーなのでこれぐらいの距離感もありかなーと思いこうなりました。個性も出ますしね。


 それでは今回はここまで。次回もよろしくお願いします。

 キャラ紹介過去編に【鷺森灼】追加しました。

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