君がいた物語   作:エヴリーヌ

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先週のうそすじ


「ああ、こいつが前に話した俺の彼女の赤土晴絵だ。晴絵、こいつが俺のダチの三尋木咏だ」
「…………………」
「…………………」
「…………あれ?」


 気付いたら何故か二人ともおでこをぶつけあい睨み合っている。いや、待て、お前らどうした。


「おらぁあああっっっ!!!!!」
「くらえやああぁぁぁ!!!!!」


 ――殴り合いを始めたその後の話は俺の胸の内に閉まっておこうと思う。



二十四話

 あの後なんかんだで騒いでいるうちに夜も更けてきたので、順番に風呂に入ることとなった。とりあえず客人の三尋木が一番という事で入ってもらい、二番目に晴絵、最後に俺といった感じだ。

 そんで先ほどから三尋木と入れ替わりで晴絵が入っていた。

 

 

「いやー、いい湯加減だった。綺麗だししっかりと掃除してるみたいだねぇ」

「そりゃ晴絵もいるしな」

「しっかしあのセンパイがここまで骨抜きにされてるとは……こりゃ皆に報告しとかないと」

「やめんか」

 

 

 携帯を取り出した三尋木の頭を小突いて止める。絶対にからかわれるし、面倒なことになるからな。全く、久しぶりにあったからか今日はテンション高いなこいつ。

 その様子に思わず呆れていると、ソファーに座った三尋木がテーブルの上に置いてあるリモコンに手を伸ばしてテレビをつけた。

 

 

「なんか見たいもんでもあるのか?」

「なんとなくかな、知らんけど。お、試合やってるね、しかも小鍛治プロかぁ……」

「知り合い?」

「一応」

「ふーん、強いのかその人?」

「化け物だよ。というか知らないのセンパイ?」

 

 

 なんとなく話の種でテレビに映る地味な人について聞いてみたらあり得ないものを見るような目で見られるが、麻雀自体よくわからんし晴絵の事もあってそれ関係の番組は見ないからな。別にこの人胸も大きくねーし。

 しかしそのことを伝えると、何故か三尋木が眉間に皺を寄せて小難しい顔をしていた。

 

 

「どうしたんだ、面白い顔して」

「いや、むしろセンパイだからこそ知っててもおかしくはないんだけどね……」

「?」

 

 

 含んだ物言いに何のことかわからず疑問に感じていると、三尋木が風呂場の方にチラッと視線を向けてから内緒話をするようにこちらに身を乗り出して小声で話し出した。

 

 

「前にセンパイに名前言われた時もピンとこなかったし、直接会うまで忘れてたけど、私も四年前のインハイであの人が戦ってる試合をテレビで見てたわけよ。それでその時にあの人が大量失点した話は知ってるっしょ?」

「ああ」

「……その時の相手があの小鍛治健夜さ」

「…………マジか」

 

 

 画面に向かって指さす三尋木が告げられた言葉は衝撃的であった。今、テレビに映っている少しぼーっとした人が晴絵にトラウマを作った相手だというのか。その見た目もあり中々信じられなかった。

 そんな俺の気持ちが驚く気持ちがわかるのか、苦笑しながら三尋木は足をブラブラさせてソファーに寄り掛かりながらテレビを見つめる。

 

 

「まぁ、見た目ただのドンくさい女だけど、中身は激ヤバ。あの人が勝てなかったのも無理はないと思うよ」

「……おまえでも駄目なのか?」

「まだやり合ったことがないから『やってみないとわかんねー』っていいたいけど……多分勝てないね。悔しいけど」

 

 

 そういうと三尋木は顔を歪めながらリモコンに手を伸ばしてつけたばかりのテレビを消す。その表情は見たくもあるが見たくもないという複雑な表情であった。

 恐らくその口調からするに実力的に相当上みたいだ。昔の約束通り、世界最強を目指しているこいつからすれば目の上のたんこぶなんだろうな。

 

 消したテレビを未だ見つめる三尋木を見ていると、こちらの視線に気づいたのか、ハッとした顔をしてからバツの悪そうに扇子を開いて顔を隠す。情けない姿を見られたくはない……そんな所だろうな。

 

 

「ま、私の事はどうでもいいとしてさっ、それであの人はもう麻雀はやらんの?」

「ああ、どうしても昔の事があってな……」

 

 

 話の流れを変えるためか話題が晴絵の事に移る。そこであまり大っぴらに言う事でもないが、事情を知っているこいつには隠してもしょうがないので素直に話す。もしかしたら他にも話が聞けるかもしれないしな。

 しかしそう思ったのだが、俺の言葉を聞いた途端、三尋木が何やら気に入らないといった表情を作って腕を組む。

 

 

「ふーん……でもそれ甘えだよね? 確かにあの時小鍛治プロのぼこぼこにされてたけど、あれぐらい麻雀やってればよくあるし、いつまでも引きづりすぎだっつーの。知らんけど」

「手厳しいな。まぁ、ああ見えて晴絵も結構打たれ弱いんだよ」

 

 

 あんまり責めないでやってくれという思いを込めて苦笑いで返す。

 確かに三尋木の言う事ももっともだろう。勝負の世界で負けることはよくあることだし、挫折を味会わない人間などいない。俺も三尋木もそうだった。

 勿論晴絵だってそれはわかっているだろう。だけど大事な大会で失態を犯したのが一番の問題で、そう簡単に割り切れる話ではないのだ。それに俺自身がその屈辱を味わったのではないから晴絵を責めることはできなかった。

 

 

「……そこが好きだって?」

「そこも好きなんだよ」

 

 

 なにやら探るような目で見てくる三尋木にそう告げる。惚気かもしれんが事実だしな。

 そんな俺の様子に三尋木は呆れた視線を向けながら肩をすくめた。

 

 

「はぁ、全く腑抜けたもんだねぇ……」

「幸せだからな」

「やれやれこれじゃあ奴らと一緒だよ」

 

 

 そういって苦々しい表情で思い浮かべるのは地元にいるバカップルの事だろう。昔、散々メタクソ言っていたがまさか自分が同じ立場になるとは思わなかったな。

 

 

「まぁ、センパイが楽しそうならそれでいいけどね。それでこれからどうすんの?」

「…………俺なりにやってみるつもりさ。といっても俺だけじゃなく周りにも相談するつもりけど」

「それでいいんじゃね? 知らんけど」

 

 

 何を、とは言わんが晴絵の麻雀の事だろう。今まで思う事があって敢えて避けてきたけどそろそろ向き合わないとな。そのためには俺だけじゃなく、当時を知っている新子にも協力してもらわないと。

 どういう形をとるのかはわからないけど、アイツならきっと晴絵の為に動いてくれるはずだ。

 とまあ、それは今度に置いといて――

 

 

「しっかしお前あいつに結構厳しいな。前にどっかの大会で当たったりしたのか?」

「んー……さぁねー」

「また意味深だな……おら! とっとと吐きやがれ!」

「やなこった!」

 

 

 無理矢理吐かせようと後ろに回り込んで羽交い絞めにしようとしたが、三尋木はするりと抜けて部屋の隅まで避難した。

 

 

「いつまでもセンパイの好きにされるような咏ちゃんではないさっ」

「ほう、言ったな……」

 

 

 姿勢を腰だめにしてじりじりとにじり寄る。三尋木も体を沈めていつでも躱せるようにと構えるが、しかしお互いにそれ以上は動かない。まるでこれ以上は先に負けだと言わんばかりに。

 両者動かず、俺たちの間に緊迫した空気が立ち込め――

 

 

「お風呂あがった 「いまだ!」「なんの!」 よ……?」

 

 

 突如聞こえた音を合図として飛びかかると、三尋木も同じようにこちらに向かってきた――って!?

 

 

「なにいぃ!?」

「わはははははは! 言っただろっ! そう簡単には負けないってね!」

 

 

 いつもの様に頭を抱えてグリグリしてやろうかと思ったら、それを見越したかのように三尋木は体を低くしてこちらに向かってタックルを仕掛けてきた。

 勿論ただのタックルなら体格差もあって俺が負けるはずないのだが、いつの間にか足元に広げたハンカチが落とされており、踏ん張った時にそれに足を滑らせて、押される勢いそのままに俺の体は後ろのソファーへと倒れこむ――――まさかの負けである。

 

 

「く、くそぉ……ってくすぐるのはやめろおおぉぉ!」

「わっかねー、全てがわっかんねー!!」

 

 

 三尋木に負けるというありえない現実に打ちひしがれていると、腰にしがみついた三尋木が手をごそごそさせた思ったら脇腹をくすぐってってきたので悲鳴を上げる。こいつ今日一日の分の仕返しをするつもりだな……って苦しいわ!

 

 

「っ……ひぃ……こ、こうなった、ら……」

「ちょっ! センパイ、やめっ」

「倍返しだーっ!」

 

 

 無理矢理にでも引きはがそうかとも考えたが、三尋木も一応女なので力づくは無理だと諦めて同じように擽りで返すと、案の定三尋木も悲鳴を上げた。

 

 

「ず、ずるいっつーの、セ……セン、パイっ!」

「だ、だったら……そそそっちが止め、ろ」

 

 

 指を痙攣させながらもお互い一歩も引かずのくすぐりあいである。

 恐らくどちらかが止めれば片方も引くのだろうけど、俺も三尋木どちらも負けず嫌いなのもあってどちらも手を止めずにいた。自分でも馬鹿な奴らだと思うが、そう簡単に引けないものなのだ。

 しかしそんな意地を張る俺たちの間に止めるものが現れる。

 

 

「い……いい、加減に 「ハイ、ストップ」 およ?」

「はぁ……はぁ、晴、絵?」

 

 

 くすぐりが止んだと思ったら、三尋木の体が宙に浮いていた。いや、実際にはいつの間にか風呂からあがった晴絵が後ろから三尋木の両脇に腕を通して持ち上げていたのだ。

 とりあえず止めてくれた礼を言うべきだと思い、呼吸を整えながら晴絵の方を向くと――

 

 

「……ふぅ、悪い晴 「お風呂」 え?」

「お風呂空いたよ。入ってきたら」

「お、おう!」

 

 

 笑顔のはずなのだが有無を言わさぬ晴絵の言葉とプレッシャーにすくっと立ち上がり、風呂場へと駆け足で向かう。

 そして服を脱いで風呂に入り、頭を洗う所になってようやく冷静さを取り戻した。

 

 

「………………………………………………なにやってんだよ俺」

 

 

 馬鹿であった。世界一の馬鹿であった。なんであいつがいる時にあんなことをしたんだろうか……。

 俺たちの主観ではさっきのはいつものただの悪ふざけである。しかし冷静になって傍から見れば先ほどの俺たちは彼女がいない隙に抱き合っているアホにしか見えなかっただろう。晴絵がどこから見ていたのかは知らないが、どの時点から見ても問題だろう。

 だったら今すぐ誤解を解きに行こうと思い立ち上がろうと――

 

 

「京太郎」

「は、晴絵!?」

 

 

 ――したら晴絵の声が聞こえ、思わず座り直す。

 顔を上げると鏡越しの曇りガラスの向こうに人影が立っているのがわかった。先ほどの声と見える背丈からしてこれは晴絵だろう。

 

 

「ど、どうした晴絵?」

「ん、多分さっきの事気にしてるだろうと思ってね」

「おまえ……」

 

 

 それはこっちの台詞だ。なんでアホやらかした俺に被害者のお前が気を使ってるんだよ……

 

 

「あはは、大丈夫だって。ただ遊んでただけだってわかってるからさ」

「そうか……」

「それじゃあ戻ってるからゆっくり浸かりなよー」

「ああ……」

 

 

 それだけ言って晴絵の姿が扉の前から消えた。

 

 

「……………………………………冷てぇ」

 

 

 蛇口を捻って冷水を出して頭を冷やす。だけど今の俺にはこれがぴったりだ。いくらわかっていると言われてもそれでも彼女に不安にさせるのは彼氏失格だった……いつまでも昔のままの気分でいるわけにも行かないよな。

 

 それから風呂からあがった後、晴絵達の元に戻ると二人とも平然と俺の昔話を肴に盛り上がっていた。その光景に少し安堵して胸を撫で下ろしたが、これからは以前よりも気を使っていかなければならないだろう。

 

 けれど……さっきの事で前々から思っていたことにもある程度の確信を得た。だから俺は――

 




 とりあえず懲りずに修羅場してる三人。なにやら変なレジェンドとその様子から何か考えることのあった京太郎という不穏な展開をやりつつ終わった二十四話でした。

 ちなみに前回からやっているのは恋愛でよくあるパターン、恋人以外の異性との距離感で揉める話です。
 京太郎の中・高校生時代や一人身時代の気分が抜けないから起きた問題であり、出会う前のお互いを知らないために起きた問題でした。


 それでは今回はここまで。次回もよろしくお願いします。

 ちなみに……もしかしたら気付いた人もいるかと思いますが、あの二人一度も名前で呼んでいません。


 人物紹介過去編に【三尋木咏】加えました。

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