君がいた物語   作:エヴリーヌ

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うそすじ


玄「(師匠が川の中に全然入らない……これじゃあスケスケにならないよっ!)」
憧「(まだまだね玄、そんなものなくても心の眼で視るのよ)」
和「(ふっ、それならすぐ隣にいた方が正確に視えますよ。すぐに中に入らないと踏んだ私たちの勝ちです)」
宥「(あったかぁい)」
穏乃「(みんなが頭の中で会話してるよ!?)」


逆セクハラ



二十八話

『悩んだ時にコイツと一緒に走るとな、どうでもいいことなんて全部ふっとんじまうんだ』

 

 

 古い記憶。

 かつて親父が自慢の単車を弄りながら、楽しそうに俺に向かって話しかけて来たのを覚えている。

 

 

 

 俺が最初にバイクに乗ったのはガキの頃、親父の後ろに乗せてもらった時だ。

 当時、某バイクに乗っている特撮ヒーローが流行っていた時期でもあったからだろうが、なにより家で楽しそうに単車を磨く親父の姿と、それに乗ってかっこよく出かける姿に憧れを抱いたのが大きかった。

 いつもお袋と一緒にそれを見送っては、いつか自分も同じように乗ってやると子供心に決めていた。

 

 その後、高校生になって念願の免許を取ってからは、それこそ時間を忘れるまで走った。

 街の中、隣町、県内、県外と段々と行動範囲も広がっていき、何か悩む度に俺はかつて親父が言っていた通り、愛車を走らせた。

 

 肌に当たる風、風を切る音、流れていく景色、すべてが気持ちよかった。

 車などでは味わえない麻薬のような感覚は、確かにどんな悩みもどうでもよく感じさせるほどのものだった。完全にスピードの虜になっていた。

 

 けれども、今になって思う。親父の言っていたことは確かに正しかったと。

 所詮、走る程度で吹っ飛んでしまう悩みなど、どうでもいい……元から大した悩みではないのだと――

 

 

 

 

 

 晴絵がうちに来なくなって一週間が経った。

 あいつがこれだけうちに来なかった日はない。一度もだ。そして大学でも顔を合わせていないから話すらもしていない。

 それだけ今が非常事態ということだわかるだろう。

 

 

 ある日――晴絵にかかってきた電話。それからすべてが変わった。

 

 

 電話の内容は……簡潔に言えば、晴絵の実業団への誘いだった。

 高校時代にインターハイに出た晴絵の実力を見た実業団の監督が自分のチームへスカウトしたいという話だ。

 

 顔を合わせた対談での席では、俺はその時同席はしなかった。したい気持ちはあった……だがしてはいけないと思った。これは晴絵だけで向き合う問題なのだからと。

 その後、監督さんが来た日の話し合いでは晴絵はどうするべきか答えを出せず、うちに帰って話し合ったけれども、俺達の間でも答えは出なかった。

 

 今回の話は大学時代に表に出ていなかった晴絵にとってはまたとないチャンスだ。だからすぐにでも受けるべきだろう。

 しかし……そうすれば晴絵は実業団チームの本拠地である福岡に行くことになる。だから俺たちは悩んだ。

 

 そうなった場合の選択肢は、俺は今の予定通り長野で教師をやり遠距離恋愛となるか、もしくは俺も一緒についていくかの二択だ。

 

 前者はお互いにキツイだろう。

 それこそよくあるドラマのごとく気持ちがすれ違うかもしれない。そもそもああいうのは片方が後に合流するのが前提だ。俺たちはいつまでその状態を続けるかわからないのだから到底無理であろう。

 

 ならば後者か?

 俺は別にかまわない、教師をやるのに場所は関係ないから。確かに不慣れな土地でいきなり教師をやるのは不安でもあるが、晴絵がいるなら大した障害でもないだろう。

 今年は向こうの教員試験を受けるには時期が過ぎている為、教師になるには来年以降の試験を受けなければならないからチャンスは減るが仕方ないだろう。それにあいつの為だったら教師を諦める――それも考えていた。

 

 だが…………それを晴絵がどう思うか問題だ。

 きっと晴絵はそれを気に病むし、それこそ俺が教師にならなければずっと引き摺るだろう。大なり小なり後ろめたさを持ってしまうはずだ。うぬぼれではなく恋人のことだ、これぐらいはわかる。

 俺はそんな重荷をアイツに背負わせたくなかった。

 

 また逆に、晴絵もきっと俺と一緒にいるために、今回の話を蹴ることも考えているだろう。俺と同じように麻雀だって何処でも出来るからかまわないと考えているはずだ。

 だけど俺はあいつにそんなことをさせたくはない。

 

 つまり――お互いがお互いのことを考えすぎて、完全に行き詰っていた。

 

 そういった理由により、ここ一週間ほど俺達は顔を合わせていなかった。お互いにゆっくりと考えたかったのだ

 だけど未だに答えは出ない。俺たちはまだ20歳を過ぎたばかりガキなのだ、容易に答えは出なかった。

 

 

「はぁ…………くそっ」

 

 

 結局の所、一週間一人でいる間も考えもまとまらず、気分を晴らすために今日は近くの山まで走りに来たのだが、まったくと言っていいほど何も感じず、変わらなかった。

 やはりただ走って解決できるほど、今回の悩みは安くない。

 

 

「疲れたな……休むか」

 

 

 流石に朝からぶっ通しで走り続けていたので、近くの道の駅で停めて休憩をすることにした。まだ暑さも残る季節、喉も乾く。自販機で買ったコーヒーのプルタブを開ける。

 そのままベンチに腰掛けぼーっとする。ここらの景色も慣れた。暇さえあれば晴絵と一緒に走った道だ……それでも飽きることはないな。

 

 

「…………はぁ」

 

 

 ため息しか出ない。

 グルグルと頭の中が回っている。それ以上何も考えられない。

 

 なんとなしに気分転換に景色を眺めていると、遠くで親子連れが仲良さげに歩くのが見えた。どっかでお祭りでもあったのか、綿飴やお面を持っているのが微かにわかる。

 そんな光景に少し微笑ましい気持ちになりながら眺めていると――ふと、あることを思い立ち、荷物から携帯を取り出す。

 

 今日は平日だ。普通に考えたら仕事中で出ないかもしれないが、出なかったら出なかったでいいだろう。単に思いついただけだ。

 しょっちゅう電話している相手だ、弄ればすぐに履歴に番号が出て来たので呼び出す。

 

 

 

―――――――そして。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あれから三日後、俺から話があると晴絵を呼び出した。

 決意は固めた。後は……俺の想いを告げるだけだ。

 

 

「……………………」

「……………………」

 

 

 お互いに普段の定位置には座らず、テーブルを間に挟み向かい合う。

 ここに来てから俺も晴絵も口を開いていない。開けない。おそらく……お互いに相手が自分と同じ結論に至ったとわかっているからだろう。だからその一歩が踏み出せない。

 

 ふと思った、なんだか懐かしいな……と。10日ぶり、これより離れていた期間もあったのに凄く懐かしく感じる。

 ここで晴絵と話し、飯を食い、一緒に風呂に入り、そして一緒に寝る。ここでの――吉野での生活は晴絵という存在が多くを占めていた。そして今後もそれが当たり前と思うほど晴絵の存在は俺の中心となっていた。

 

 だけどこれからは――

 

 

「………………はぁ」

「……っ」

 

 

 いつまでもこうしてはいられない。だからなんでもいいから話そうと息を吐いたら。微かに晴絵の体が小さく跳ねるのを見えた。

 

 怯えているんだろう。だけど……それでも……話さなくちゃいけない。

 告白の時、俺たちの関係が壊れる不安を抱えていながらも先に想いを告げたのは晴絵だ。ならば…………今度は俺の番だ――

 

 

 

 

 

「晴絵…………………………………………………………………別れよう」

「…………………」

 

 

 

 

 

 苦しすぎてそれ以上の言葉は何も出なかった。

 

 ――――――晴絵はきつくこぶしを握り締め、顔を上げない。

 

 俺の下した結論はこれだった。

 

 ――――――肩が震えている。

 

 遠距離ではあいつの足を引っ張る。一緒に行けば晴絵に甘えが生じ、負い目を背負わせる。だったら……。

 

 ――――――水滴が落ちる音が聞こえる。

 

 別れるしかない。

 

 ――――――晴絵が顔を上げる。泣いていた。

 

 

「…………………………………………………………それ、しか…………ないのか、なっ」

「…………晴絵もわかってんだろ」

 

 

 全てを否定するような声。それをまた否定する。

 そんな重たいものを背負っていて勝てるほど麻雀は甘くはない。しかも晴絵が目指す先は常人よりもなお高い。

 

 

 ――――三日前の電話で、情けない俺の腹は決まった。いや、そもそも最初は気持ちは決まっていたんだ。ただ、背中を押す何かが欲しかった。

 

 俺は聞いた。プロになって後悔はないかと。

 あいつは言った。大変なこともあるけど後悔はしていない楽しい、と。

 

 だから……夢をかなえる為に晴絵は今回の話に乗ってプロへの一歩を踏み出すべきだ。俺の事なんか捨てて上に行くべきなのだ。

 それだけの価値が晴絵と今回の話にはある。

 

 

「今まで色々あったよな」

 

 

 そうだ色々あった――

 

 

「…………………………」

「偶然、晴絵に助けられて」

「…………………………」

「口車に乗ってこんな所まで引っ越して」

「…………………………」

「大学じゃ入って早々カップルだなんだともてはやされて」

「…………………………」

「避けられてたと思ったら実は両思いで」

「…………………………」

「新子には散々からかわれて」

「…………………………」

「バイトを始めれば子供たち相手にもやきもち妬いて」

「…………………………」

「麻雀教室を始めたらもっと増えてさらにやきもち妬いてな」

「…………………………」

「色んな所にも行ったよな」

「…………………………」

「ほんっと騒がしい日常だったよ」

「…………………………」

「でも……晴絵と一緒にいると楽しかった」

「…………………………」

「…………晴絵は……どうだった?」

「…………………だのじがっだぁぁ……っ!」

 

 

 涙と鼻水で晴絵の顔はぐしゃぐしゃだ。他の奴から見ればひどいものだろう。

 だけど――俺にとっては誰よりも愛しい恋人の顔だ。

 

 

「そうだな…………だけどそれも終わりにしなくちゃいけないんだ」

「いやぁ……」

 

 

 既に向かい合っていたはずの晴絵は俺の傍まで来ていた。

 

 

「ずっと、一緒って言った……っ」

「………………ごめん」

 

 

 これ以上みていられなくなり抱きしめる。俺は何よりも晴絵の笑う顔が好きだから。

 

 

「一緒にいたいよっ……ずっと……ずっと!」

「俺もだ」

「離れたくないよぉっ……!」

「俺もだ」

「なんでぇ……ッ!」

「俺は晴絵が好きだ。だけど――今の俺が一番好きなのは麻雀をやっているときのお前なんだ」

「……っ…………っぁぁ」

「だからこれからは麻雀を一番に向き合ってくれ。俺は――お前の邪魔をしたくないんだ」

「ああああああああああぁああああああああああああぁぁぁぁぁあああ!!!!!!!!」

 

 

 なによりも突き放す一言だった。

 そのまま泣き崩れる晴絵を抱きしめる。抱きしめ続ける。

 

 俺は泣かない。泣けない。

 たとえ晴絵の為といってもこいつを泣かせたのは俺だ。泣くのは許されない。泣く資格はない。ただ抱きしめる。

 今の俺にできるのはこれだけなのだから――

 

 

 

 

 

 もう少し子供だったら――若さに任せて後先考えずに一緒にいられたはず。

 もう少し大人だったら――どこかで妥協して一緒にいられたはず。

 

 

 ――俺たちが中途半端に物わかりの良い大人で、夢を諦められない子供だったこと。それがこの結果だったのだろう。

 

 

 




 前回のほのぼのから一転、一気にシリアスとなった二十八話でした。
 恋愛というのは一方通行ではいられない。お互いを尊重するから成り立つものである……が、それを拗らせた故の結末でした。あと己の重さを軽視しすぎたせいですね。

 それでは今回はここまで、次回もよろしくお願いします。
 もう少しだけ過去編は続きます。

 あと登場人物過去編に【原村和】を追加しました(忘れてた



 次回の投下はいつだろう……ふむ、誰かさんの誕生日が近いな。

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