君がいた物語   作:エヴリーヌ

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晴絵「次回は大学生編だといったな」
京太郎「そうだ晴絵・・・出番をk・・・」
晴絵「あれは嘘だ」
京太郎「うあああああああ!!」


わかりにくいコマンドーネタですまんの。



第2章
3話


「廃部?」

「うちの会社今すっごいヤバいじゃん? だから経営合理化とかでうちのチームなくなっちゃうかも」

「へぇ」

 

 

 その日はいつもと同じ、代わり映えのしない試合があった日だった。

 

 何度か戦った相手でそれほど強いわけではなかったが、それでも麻雀には常に真剣に取り組んでいるので、試合が終わるころには私はすっかり疲れきっていた。

 そのためか試合も終わって更衣室で着替えていた所にチームメイト達が話題を振ってきたのだけど、思わず気のない返事を返してしまう。

 

 

「おまえホント麻雀のことしか見てないのな……一応社員なんだから会社のことくらい気にしとけよ」

「うん……」

「先に言ってんね」

「あい……」

 

 

 仕方ない奴だとばかりに忠告を受けるが、返事を返す気力もあまりないのでおざなりに返す。先に行く二人を見送った後、着替えを続けるがその手は重い。

 別に今の話が原因と言うわけではない。確かに二年以上所属していたチームだからそれなりの愛着もあるし、仕事がなくなると言う心配もあるけれども……。

 

 

「その麻雀も……まだまだ正面から向き合えてはいないんだけどね……」

 

 

 ――そうだ……今の話や試合で疲れているだけが本当の原因ではない。

 

 麻雀は子供のころからやっていたし、チームのエースを背負って試合をするのもこの二年半で慣れたのもあって、今日の試合だけでヘトヘトになるほど柔ではない。

 原因はわかっている。麻雀を打っていると、ここぞというときにチラつくあの影だ……。

 

 

 結局麻雀教室で子供たち相手に教えていた二年間だけでは、九年前の傷を未だに私は癒すことが出来ずにいた。

 そしてもう一つ――

 

 

「……ッ!? …………早く帰ろう」

 

 

 思わず脳裏に浮かんだものを頭から振り払い、急いで帰る支度をしてさっさと外に出ると、夏だというのに既に日が沈み始めていた。

 

 ――先ほどの話が本当なら新しい仕事の事も考えなくちゃいけないし、忙しくなりそうだから早めに帰ろう。

 

 そう考えると足早で家に向かって歩き始めた。

 

 

 

 

 

「ただいまー」

 

 

 誰もいない部屋に自分の声が虚しく響く。わかってはいるのだがこの癖は一向に治る気がしない。

 実業団から貸し与えられている2LDKで駅まで五分と言う優良物件のこのマンションが現在の住まいだ。

 

 ――と言っても一人暮らしにはこの部屋は広くて、持て余し気味なんだけどね……。

 

 帰り際にコンビニで買ったお酒やつまみを冷蔵庫にしまい、一緒に買ってきた弁当はすぐに食べられるように電子レンジで温める。

 こちらに来てから二年半近いが、自炊など数えるほどしたことはなく、大抵はコンビニ弁当と近くの定食屋だ。

 もう若くないし、栄養のことを考えるなら自分で作った方がいいのだが、あまりやる気になれない。

 

 自炊の方が安く済む。とはよく言われることだが、1人分だけ食事を作ると言うのは実に面倒だ。

 大抵のスーパーでは家庭用に食材を分けている所が多いので買いづらく、また野菜や肉などは賞味期限も短いので、消費するためにも買ってきた後はしばらく同じ食材が続き、前にキャベツを一玉買った時なんかは頑張って半分まで使ったのだが、結局残りは萎びて食べられなくなってしまった。

 

 勿論一人用に売っているのもあるのだけど、結局それだと割高になるし、忙しいときなんかは結局冷蔵庫で腐らせることも多いのでついには止めてしまった。

 そのうえ一人暮らしをすると家族がいないため、炊事洗濯掃除全て自分だけでやらねばならず、社会人ともなるとそんな暇すら持てないのが現状だ。

 

 だけど…………こうやって色々言い訳をしているが、やっぱり一番の原因としては時間と手間をかけて作っても自分以外食べる人間がいないからだと思う。

 どんな頑張って作っても誰も褒めてもくれないし喜んでもくれない……。

 

 ――向こうにいた時にはよく作ってたんだけどね……。

 

 

「あー…なんか今日はいつもに増してアレだなー…………よし! さっさと食べて飲むか!」

 

 

 昔のことを思い出して鬱になりかけたが、お腹いっぱい食べて酒を飲んで忘れることにしよう。

 人間の三大欲求のうち一つを満足させればすっきりするだろう。勿論食欲の方だ……自分でもストレート過ぎて嫌になる……こんなんだから親父くさいって言われてたんだし。

 

 又もや落ち込みそうになりながらも、部屋着に着替えてから温めた食事と酒を取りに行く。

 ちなみに服装はジーパンとタンクトップだ……決して女を捨てているとかではなく、ただ単に誰も見られてないんだから楽な方を選んだというだけだし。

 

 

「うし、いただきまーす」

 

 

 温めたパスタをテーブルに置いて、手を合わせてから食べ始める。

 気分は落ち込んでいても空腹には勝てないのか、どんどん胃の中に入っていく夕食たち。……うん。おいしくないや。

 

 この二年近くでかなりの数を食べてきたが、ここに来るまでそれなりに豊かな食生活を送っていた為かこの味には一向に慣れない。

 勿論いくつかの飲食店を回しているのだが、行ける範囲の店はある程度限られるし、近年コンビニも味が良くなってはいるとは言っても基本どの店舗も方向性は一緒なので味は濃いし飽きる。

 贅沢なのはわかっているけど買うものは買ってるし、別に店にクレームはつけてないんだから心の中でぐらいは文句を言わせてほしい。

 

 そして文句は言いつつも無くなっていく夕食に、そろそろいいかと思い酒を開ける。

 空腹時には酔いが回って危険だからなにか腹に詰めてから飲め、とさんざん言われてきたのを未だに律儀に守っている自分になにやら笑いがこみあげてきてしまうが、さらに酒を進めて誤魔化す。

 

 ――それにしても、ほんと今日はアイツのこと思いの出すのが多い……やっぱりさっきのチーム解体の話のせいかな? 自分がこうやって夢を追いかける為に地元から離れてアイツとも別れたのに、それが無駄になったからかな……って、いけないいけない!

 

 頭に浮かんだもの振り払うようにどんどんお酒を飲む……うぐっ!? うぇ……。

 

 

 

 

 

 食事が終わりお酒をチビチビと飲んでいるとやることもなくなり暇になった。

 

 廃部するかもしれないとはいえ今はまだチームに所属しているのだから、少しでも麻雀の勉強や研究をするべきなのだろうが、酒に酔った頭では上手く回らないしそういう気分でもない。

 なので、少し早いがこのまま寝てしまおうかと考えたのだけど、ふと、部屋の中にある本棚の分厚いファイルに目がついたので、酔っぱらってふらつく体を動かし取りに行く。

 

 ――まあ、ファイルと言ってもただのアルバムなんだけどね……。

 

 子供の頃の物は実家で両親がしまってあるので、これは私が自分で撮って保存したものだ。ちなみに実家から持ってきた数少ない私物でもある

 主にこのファイルには高校時代からのを集めていて、最初のページを捲ると高校の麻雀部で活躍していた時の写真が出てくる。

 

 ――当時はあの準決勝で負けるまでは何の悩みもなく楽しく打ててたっけ……。

 

 かつて自分が最も麻雀を楽しんでいた頃を懐かしみながらもさらにページを捲っていく。

 

 次のページには望達と馬鹿やっていた頃の写真が出てくる。と言っても田舎の阿知賀でやれたことなんてたいしたことはないのだけど。

 

 ――最近忙しくてこっちから全然連絡してないな……少し落ち着いたら会いたいな……。

 

 そこから進んでいくと時代が飛んで大学生の頃に写真が多くなる。その中でも特に多いのは、母校で子供たち相手に麻雀を教えていた頃の写真だ。

 麻雀と向き合うことが出来たきっかけであり、あの子たちのおかげで自分はまた麻雀を打ちたいと思えたのだ。

 

 ――あのころは楽しかったっけ……みんな元気にしてるかな。

 

 そして…………その中に映る一人の人物の姿を見て手が止まり、しばらく凝視した後、思わず棚に置いてあるもう一つのアルバムに手を伸ばしてしまう。

 

 先ほどのアルバムが友人達との思い出が詰まったものなら、こちらは元彼――京太郎との思い出が詰まったアルバムだ。

 開いては駄目だと思いつつも、その誘惑に勝てず指を動かして開けてしまう。

 

 

 

 

 

 須賀京太郎――――私の初めての男友達と言っていい存在で――――私が初めて好きになって彼氏となった男性だ。

 

 

 

 

 

 最初京太郎とは当時吉野に旅行に来ていた所を偶然出会い道案内をしただけの関係だった。

 

 その時は背が高くてちょっとカッコイイ人だなー程度にしか思っていなかったし、まさか次の日も会うとは思っていなかったな……前回と違い逆に私が助けられて、その上色々恥ずかしい姿も見られてしまったけど、お礼がしたかったから恥ずかしかったけど勇気を出して食事に誘ってみた。

 それで色々話していくうちに思っていたよりもいい人で楽しかったかった為、友人となり観光案内をすることになったのだ。

 

 ――あの時は咄嗟に口に出しちゃったけど、内心では心臓がドキドキしてたっけ……。

 

 そう思って手に取るのは、その時に一緒に出掛けた写真だ。会ったばかりだったから写真越しだけどお互いにぎこちないし、照れているのがわかる。

 

 ――当時は事故で手を繋いだりしたら、それだけで真っ赤になってたっけな……。

 

 その時の京太郎と自分を思い出して、思わず笑みが浮かぶ。

 一枚目の写真を戻して他の写真も見ていくと、大学見学に行った時の写真が目につく。

 

 ――周りが慰めたり、腫れ物に扱うばかりだった私の過去をすごいって言ってくれたんだよね……今思えば当時他にも同じように言ってくれた人もいたんだろうけど、何故か京太郎の言葉は凄く嬉しかったっけ……。

 さらにページを捲って行くと次々と写真が出てくる。

 

 

 ――大学で一緒にご飯を食べている時の写真。

 ――勉強についていけなくて、京太郎に教えてもらっている時に気晴らしに撮った写真。

 ――試験が無事終わり、お疲れさまと言うことで一緒に遊びに行った時の写真。

 ――恋人になってから初めてのデートの写真。

 ――いっしょにクリスマスを過ごした時の写真。

 

 

 これらだけでなく他にも様々な写真が出てくる。ここにあるのは全て京太郎と一緒に撮ったものだから、この先も京太郎との写真はずっと続く。

 そしてページを捲る途中、アルバムに水滴がついていることに気付いた。

 

 

「あれ? なんか濡れてる……おかしいな、しっかりしまってあったはずなのに……拭かないと」

 

 

 そう思っている間にもどんどん水滴が増えていく。

 急いでタオルを探すために顔を上げると、部屋においてある鏡に自分の顔が映り――ようやく自分が泣いているのだと気付いた。

 

 

「…………え? なんで私……泣いてるのさ……」

 

 

 近くにあったタオルを右手に取ってアルバムを拭きながらも、左手にも別のタオルを持って目元を拭くのだけど一向に涙は収まらない。

 むしろ後から後から溢れて出てくる。

 

 

「な、なんでよ……止まってよぉ……」

 

 

 涙は止まらず、そのうえ胸までも苦しくなって来てベッドの上に倒れるように横になる。

 すごく苦しくなり、助けを求めるように京太郎の事をもう一度考えると少しだけ気持ちが軽くなったが、それを上回るようにさらに苦しさが増す。

 

 

「……っ! ……ッ! 会いたいよぉ……きょうたろぅ……」

 

 

 その苦しさに、口に出すまいと思っていた言葉が思わず出てきてしまう。

 

 ――駄目だ……こうなるから京太郎のことを考えたくなかったんだ……。

 

 この二年間……京太郎と別れてから何度も味わった苦しみだ。

 こちらでは京太郎のことを知っている者もいなく、一人で我慢して抱え続けていたが、一向に治ることも慣れることもない上に、時が経つにつれてその痛みはどんどん増していく。

 

 

「ぁぁ……苦しいよぅ……寂しいよぅ……」

 

 

 この二年間、何度も京太郎に連絡をしようとしたことがある。

 

 お互い別れる時に携帯の電話番号は変えて、どちらも相手の電話番号はわからないようにしたけど、相手の実家を通せば話すことはできるだろう。

 だから何度も携帯に残っているその電話番号を見て通話ボタンを押してしまいそうになった……今では長野にある京太郎の実家の電話番号を何も見ずに打てるほどだ。

 

 けれど――番号は押せてもそれ以上は出来ず、一度も連絡は出来なかった。

 

 教師として働いている京太郎の重荷になりたくはなかった。きっと新しい彼女がいて楽しく暮らせているはずだから、余計な面倒をかけたくなかった。

 そしてなによりも――――別れてここまで来たのに、こんなことになっている自分を見せて軽蔑されたくはなかったのだ。

 

 勿論京太郎はこんなことで自分を蔑んだりしないだろう。たとえ彼女がいても自分の事を慰めてくれるはずだ。

 だけど一度そういったことを考えてしまうと指が動かなくなってしまうのだ。

 

(辛いよ……なんで私は一人なんだろう……)

 

 そしてこの二年間、こんなに苦しいのなら京太郎と出会わなければと考えたこともある。

 きっとそれでも自分は赤土晴絵としてそれなりに楽しい人生を送れていたはずだし、もしかしたら別の男性と人生を共にしていたのかもしれない……。

 

 ――だけど駄目なのだ。

 

 阿知賀にいた頃は喧嘩をすることもあったが、すぐに仲直りもして、離れている時間なんてほとんどなかった。だから気付かなかった……一度須賀京太郎という人物に出会ってしまった赤土晴絵は既に彼無しではいられなくなっていたのだ。

 

 先ほどの様なifを考えたことはあるが、それでもこの二年一度も新しい恋人を作ろうなどとは考えなかった。

 だから……きっとこの先も須賀京太郎以外に自分の隣に一瞬でも立つ相手は死んでも現れないだろう。

 

(嫌だ! こんなはずじゃなかった! こんなことになるなんて思わなかったッ!)

 

 またこの二年間、こんなことなら麻雀など捨てて京太郎と別れなければよかったと何度も思った。

 実際に熊倉さんが話を持ちかけてくれるまでは深くは考えていなかったが、それでも京太郎と同じ街で就職するつもりだったし、別れることなんて考えもしなかったのだ。

 

 そして――――もし学生時代に子供でも出来ていたのなら、きっと幸せな家庭を築いて自分は今も京太郎の隣にいたのだろう。けれど当時学生という立場から避妊をしていたし、これは現実から逃れるための意味のない妄想でしかないのはわかっていた。

 だけどこうやって現実を忘れるかのようにそういったことを考えるのを止めることはできなかった。

 

(寂しい! 会いたい!! なんで隣にいてくれないの!?)

 

 しかしこのようなことを考えてはしても、今の自分を言葉に出して否定するのは、応援してくれた人たちと京太郎に申し訳がないから出来なかった……。

 

 

「くぅ……はぁ……ぅぅ……」

 

 

 結局今日も胸の痛みが治まるまでこの現実から逃れるようにジっと体を丸めて堪えている。

 

 そして治まったら京太郎の事を思い自分を慰めて眠りにつくのだ。

 このやり取りは週に最低一度は繰り返しており、自分でも不毛だとは思っているのだが、それは麻薬の様に自分の中に入り込み、止めることが出来ないでいた……。

 

 

 

 

 

 ―――――――――――――――――――会いたいよ。京太郎。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 廃部の話を聞いてから数か月。結局決定は覆らずチームは解散した。

 

 社員としておいてくれると言う話はあったが、あまり乗り気ではなくどうしようか悩んでいたある日、昔からの付き合いである望から久しぶりの電話があった。どうやらチームが解散した話を聞いてかけてきたらしい。

 こちらに来た当初は何度か連絡を取り合っていたのだが、忙しくなるにつれてこっちから連絡する回数も減り疎遠となっていたのに、昔と変わらず心配してくれる親友に思わず泣きそうになってしまった。

 

 なので思わずこれまでの経緯を洗いざらいぶちまけて話すと、それまでこちらの面倒な話を親身に聞いてくれていた望から「だったら一度帰ってこない?」と告げられた。

 その言葉に少し考えたが、こちらにきてから一度も帰省していなく、両親からも散々顔を見せろと言われていたのでいい機会だと思い、会社の方に休みをもらい故郷に帰ることにした。

 

 ――そして今、三年近く帰っていなかった故郷の地に、私は足を踏み入れていた。

 

 乗っていたロープウェイから降りると、20年以上暮らした故郷は降り続ける雪のおかげで歩くのも中々骨が折れる。

 

 歩きながら辺りを見回すと、そこには数年経つにもかかわらず以前と変わらない町並みと自然があった。

 福岡での都会暮らしも便利であり、都会に憧れて田舎を出ていく者たちの気持ちも分かったが、やはり自分は生まれ育った故郷の方があっていると感じる。

 

 

「帰ってきたんだ…………私」

 

 

 久しぶりの光景に感慨を感じていると一台の車が近づいてきた。よく見ると運転していたのは迎えに来ると言っていた望だ。

 

 

「運ぶよ」

「あんがと」

 

 

 気さくな感じで声をかけてくる望にお礼を言って車に乗り込み、私がシートベルトを付けたのを確認してから望が車を走らせる。

 望が運転する車は雪で滑りやすくなっている道を安全運転で走る。山の中ということもあり、雪が降るのも珍しくないけど、車の中から流れる久しぶりの風景をゆっくりと走る車の中から眺める。

 

 

「案外早く出戻ったじゃない」

「うちの会社ホントにヤバいらしいからね……」

「チームが廃部でも社員でいられるんだ」

「ありがたいことに……でもやっぱり居づらいわ」

 

 

 運転をしながらこちらを窺っていた望が少しでも気分を明るくしようと軽い口調で話してくる。

 そんな望に感謝しつつなるべく軽い感じで素直に答えるが、ありがたいと言っても別にチームはともかく、会社に居たい理由はほとんどないからお世辞のようなものだ。

 けれどそんな私の気持ちはお見通しとばかりの視線と雰囲気で望がさらに続ける。

 

 

「それでどうするつもりなの? ぶっちゃけ麻雀打たないなら向こうにいる理由ないでしょ。帰ってくる?」

「…………わかんない」

 

 

 気持ち的には帰りたくもあるが、帰ってきた所でどうしようもない。

 別にこちらでも仕事は探せばあるのだろうけど、今更麻雀に関わらないのは京太郎との約束を破ることにもなり自分を許せそうにないのだ。

 

 

「ハァ……こりゃホント死んでるね……今のあんた道端で車に踏みつぶされた蛙みたいだよ」

「…………否定できないな」

 

 

 呆れたような望に辛辣に言われるが、反論する気力もなく頷いてしまう。

 そんな私を見た望はまたもや呆れた表情も見せる。しかし一度黙ったと思うと、意を決した感じで口を開いた。

 

 

「あんたさ……口には出してないけどやっぱ須賀くんの事引き摺ってるんでしょ?」

「……………………うん」

「かぁーまったく……ッ! こんなことなら別れなきゃよかったのに本当に馬鹿かと。というか向こうに行ったあんたに言われるまで気付かなかった私も十分間抜けだと思うけどね」

「……あの頃は皆に隠してたからね」

 

 

 自傷気味に言う望にそう返すと一層複雑そうな表情をしていた。

 あの頃は皆に気を使われるのが嫌で隠そうと二人で決めたしね……まあ、私たちがここを離れるまで今までと変わらず過ごしてたから気付かないのも無理ないと思うけど。

 

 

「で、須賀くんとは連絡取らないの?」

「……電話番号知らないし」

「ああ、そういえば二人とも変えてたね。まったく……あんたに近い私も教えられてなかったからあの時は連絡取るのに苦労したよ」

「連絡取るって……もしかして、京太郎と?」

「そうよ。あんたに話聞いてから電話したけど、一向に繋がらないから大学の友達通して色々聞いたよ」

「…………なんて言ってた?」

「『晴絵のこと頼む』ってさ。まったく……須賀くんもそんなこと言うぐらいなら最後まで自分で面倒見ろってのッ! あと番号教えなかったこととか謝られたけど謝る所が違うってばさ!」

 

 

 当時の事を思いだしたのか片手でハンドルを握りながらも、空いた手で横のドアを叩いて怒り心頭な望。ちょっと怖い……。

 そんな望にビビりながらも、私は京太郎がこちらのことを気にしてくれていたことに思わず頬が緩んでしまう。

 

 ――だけど……そっか、望は京太郎と話せたのか……羨ましいな。

 

 自分が出来ないことを出来てしまう望が羨ましい……そんな風に思わず嫉妬してしまいそうになる心を押さえて話を続ける。

 

 

「今でも連絡は?」

「とってないよ、最初の一回だけ。向こうも忙しそうだったし、私も何言って良いかわからなかったから」

 

 

 どこかぶっきらぼうに言いつつも先ほどよりどこか運転が荒くなった望。

 こっちにいた頃は二人とも気が合うのか、時々私が嫉妬するぐらい仲が良いこともあった。

 だから私たちの事で面倒をかけたのもそうだけど、望から親しい友達を奪ってしまったことにも罪悪感がわく……。

 

 

「それで、多分電話番号は変わってないと思うからあんたも電話しなさいよ」

「…………いいよ、結局麻雀も中途半端になったし今更会わせる顔がないさ」

「会わせる顔がないって……」

「それにあれから三年だよ……京太郎だって新しい彼女出来てるって」

 

 

 後ろめたさからか望の顔を正面から見ることも出来ずに、外の風景を見ながらどこか投げやりに答える

 

 大学でも京太郎はモテたし、高校時代には地元で何度か告白されているのも知ってる。

 それに幼馴染の照ちゃんと咲ちゃんも大きくなってるだろうし、二人とも京太郎が大好きだったからどちらかと付き合っていてもおかしくない……。

 今じゃ無駄に年を取った私なんかよりも、若いあの子たちの方がきっと魅力的だ。

 

 ――だけど、こうやって京太郎の隣に自分以外の誰かがいることを考えると胸が痛いな……あはは。

 

 

「ったく……言っとくけど須賀くん今でも彼女いないらしいよ」

「…………え?」

 

 

 胸を押さえながらどこか遠くを見ていた私に望が呆れながらも聞き捨てならないことを告げた。

 

 

「な、なんで?」

「なんで知ってるかって? 私は須賀くんと最初以外話してないけど、未だに結構こっちで須賀くんと連絡取りあってる奴は多いからね。ほとんどはあんた達のこと知ってるからあまり深い所は聞けないけどそこらへんはポロッと聞けたみたい」

「そ、そっか……」

 

 

 ――やばい。顔が熱くなるし思わずにやけてくる。

 

 もしかして京太郎も自分と同じことを考えてくれているじゃないかと思うと、未だに京太郎を縛っている申し訳さもあるが、なによりも嬉しいと感じてしまう。

 そのことを考えると途端に落ち着きがなくなって、京太郎がここにいるわけでもないのに辺りを見回したり、車についているミラーで髪の毛を整えてしまう。

 

 そんなことをしてると、ふと、視線が気になり横を向くと、望がにやにやと笑いながら横目で見ていた。

 

 

「嬉しい?」

「そ、そんなこと!」

「ああ、聞くまでもなかったね。それで、憂いの一つはなくなったんだから連絡しなさい」

「…………でも、やっぱり会いづらいよ」

 

 

 色々心配してくれる望には悪いが、やはり気持ち的に難しい。

 確かに京太郎が自分を待ってくれてるんじゃないかって思うとすごい嬉しいが、たまたま彼女を作っていない可能性もあるし、もしくは冷やかされるのが嫌で隠しているだけなのかもしれないもん……。

 

 そんなネガティブな思考にたどり着く自分が嫌になるけど、京太郎みたいにカッコよくて背も高く、優しい上に家事万能な男がいつまでも一人身だなんて思えないよ……。

 

 

「はぁぁ~……別れてる筈なのにこの惚気っぷりとベタ惚れっぷり……なんで別れたっつーかさっさとくっつき直さないのよ……」

「え……? え? は?」

「途中から声に出してたよ」

「うそ!?」

 

 

 指摘されて思わず口を押さえるが時すでに遅し。

 望は「こいつらマジで爆発しろ」って目で見て来るし、思わずその視線と恥ずかしさから縮こまる。

 付き合っていた頃も良くからかわれたが、どうも私はこういったことに免疫がないらしい。穴があったら入りたい……。

 

 

「はぁ……ご飯でも食べてからって思ってたけど、ちょっと先に寄り道するよ」

「え?」

 

 

 こちらが小さくなって黙っていると横からため息が聞こえ、望がいきなりハンドルを切って道を曲がった。

 そして車はそのまま疑問に思う私を乗せて、先ほどとは違う道を走り始めた。

 




 とまあこんな感じで過去編の前に現代編の赤土サイドでした。しばらく現代編が続きます。
 そして案の定書いてたら長くなったので前後に分割。個人的に番外編以外で一話の中身が1万字超えるのは許せないというくだらないこだわりです。


 また今回出てきた望さんはレジェンドの友人キャラとして背中を押すなど色々便利なので次回も頑張ってもらいます。
 未だ出ぬ阿知賀ガールズは次回までお待ちを。


 それでは次回もよろしくお願いします。皆様よいお年を。

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