君がいた物語   作:エヴリーヌ

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京太郎「さて、まずは咲を拾っていくか――――ん? こんな早くからメールか?」

照『京ちゃん頑張れ。……あと咲も』

京太郎「ハハッ……全く素直じゃねーなぁ」



13話

 六月。ついに全国大会団体戦予選の日がやってきた。

 試合は休日である土曜日と日曜日の二日間行われ、本日はその一日目の土曜日である。

 本来なら電車を乗り継いで会場まで行ってもよかったのだが、休日のため電車の本数も少なく乗り過ごしが怖いので俺の運転する車で会場までいくこととなった。

 そしてつい先ほど会場前に到着し、俺たちは今日の舞台である試合会場を見上げていた。

 

 

「ついに来たわねー」

「そうじゃな……」

 

 

 竹井と染谷は今まで個人戦で来ることはあっても団体で出ることは初めてであり、すっかり感動ムードだ。

 かくゆう俺も、こうやって顧問としてこいつらを連れて団体戦出られることに感無量であったのだが。

 

 

「まだ早い時間帯なのに随分と人が集まっているようですね」

「これが全員ライバルかー、歯ごたえあるなぁ」

「うん、楽しみだけど緊張してくるね」

 

 

 一方の一年トリオは初めての高校の大会という事で感動よりも緊張の方が大きいようだ。

 しかしそれよりもこれからの試合に対しての奮い立つ気持ちの方が強そうだったのは心強かった。

 

 それから中に入り受付を済ませる。そのまま奥に進み辺りを見回してみると、既に中には外で見たよりも大勢の大会参加者が待機していた。

 

 

「相変わらず人多いなー……」

「ええ、年々増えるわね」

 

 

 毎年恒例の人ごみに思わずげんなりとするが、会場には長野県内から集まった学生たちが集まり、選手以外にも関係者やマスコミも来ている為この人ごみも無理はない。

 ちなみにこれは予想できていたので、迷子名人の咲がはぐれないように和と片岡で咲の両脇を固めてもらっている。携帯を持たせているとはいえ、不安なものはしょうがない。

 

 

「さて、試合前に……ん?」

「あら、風越ね」

 

 

 試合までには時間があるとはいえ、今のうちに話せることは話しておこうと思い口を開こうとした所で、後ろからどよめきが聞こえたため話を区切り視線を向ける。

 どうやら長野屈指の強豪校であり、去年の県大会二位の風越が会場入りしたみたいだった。

 

 遠目で判断がつきにくいが、先頭に立つのはキャプテンの福路みたいで、他にも何人か見覚えのある顔が見えた。

 マスコミや他の選手たちと同じように眺めていると、こちらに気付いたらしい福路が軽く頭を下げてきたので、こちらも軽く頭を動かす程度に挨拶を返す。周りの視線がこちらに向けられても面倒だしな。

 

 

「強敵だな」

「そうね……」

 

 

 思わず口から漏れた言葉に竹井が相槌を打つ。

 このような場で注目されれば普通なら弱腰になってもおかしくはないのだが風越一行は堂々とした姿を見せており、周りからの視線も何処吹く風で、緊張といった物は感じられない。流石常連校といった所だ。

 改めてその手強さを認識していると、風越が過ぎた入口の方からまたもやどよめきが聞こえた。

 

 

「今度は龍門渕だろうな」

「そうみたいじゃな」

 

 

 辺りがこれだけざわめく相手は風越の後なら一校しかないと予想していると、入ってきたのはやはり見覚えのある四人であった。スマイルがどうこう聞こえるが、まぁ、いつも通りなのだろう。

 

 ちなみ一人ほど姿が見えないが、昨年の優勝校である龍門渕はシードで午前の試合がないからハギヨシと一緒に後から別で来るのだろう。

 

 

「騒がしくなってきたし、移動するか」

「そうね」

 

 

 このままここで話していても良かったのだが、まだ他の高校が来るだろうし、出来るなら落ち着けるところの方がいいだろうと移動を始める。

 途中、マスコミが和の取材をしたいと集まってきたが、試合前に余計な緊張を与えたくないので軽く追っ払っておいた。

 

 

「さて、車の中でも説明したから大丈夫だと思うけど何か質問はあるか?」

「大丈夫だじぇ!」

 

 

 移動した先の観戦室で何か問題がないかと聞いてみると、片岡が元気よく返事を返してくれる。

 だけどぶっちゃけお前が一番心配なんだよな……ちなみに咲が二番だ。

 

 

「まぁ、それでも何かあったらすぐに誰かに聞けよ。あと、宮永も一人で出歩くの禁止な。トイレに行く時も誰かと一緒にいくこと、いいな?」

「もう、心配しすぎだよ須賀先生。私だってもう高校生だよ」

「ソウダナー、モウ高校生ダモンナー」

 

 

 心外だとばかりに胸を張っていう咲に棒読みで肯定する。

 確かに以前よりも迷子になる機会は減ったが、それでもこういった大事な場面でポカをやらかす可能性もあるのが宮永姉妹だ。用心に越したことはない。

 

 それから室内に表示されているトーナメント表を見ながら念のためもう一度説明をする。

 大会は四校のうち上位一校だけが勝ち上がるトーナメント制で、今日の午前に一回戦、午後に二回戦、明日に決勝戦という方式だ。

 一度負ければそれで終わり。全国と違って二位までが勝ち進めるというものではないので、よりシビアな戦いとなるから予選といっても気を抜けないのだ。

 

 

「なーに龍門渕や風越とは決勝まで当たらないし、私達なら楽勝だじぇ」

「これこれ調子にのるんじゃないぞ。うちみたいな大穴校が出て来ないと限らんから気を引き締めときい」

「そうですよゆーき。どんなときにも手を抜かず普段の自分通り打つべきです」

「じぇ……わ、わかってるてぇー」

 

 

 調子に乗る片岡を染谷と和がいさめるとバツの悪そうに片岡が頭を掻く。

 片岡としては場を盛り上げて、緊張をほぐそうとしただけみたいだが、一応の釘を刺しただけの染谷はともかく緊張気味の和には微妙に伝わっていなかったみたいだ。

 

 まぁ、仕方もないな。中学チャンプといっても規模が中学のころとは違うし、転校の事がかかっている今はより必死にもならざるを得ないだろうから少し余裕がないのだろう。

 

 

「まぁ、気負う気持ちもわかるけど、リラックスしてい「少しよろしくて?」」

 

 

 さり気なくフォローをしようと、格好良く決めかけた所でいきなり後ろから声をかけられた。

 なんとなく聞き覚えのある声だなー、と思って振り向くと、そこにいたのはやはりそれなりになじみ深い人物たちだった。

 

 

「お久しぶりですわ須賀先生」

「ああ、久しぶり龍門渕さん。また少し背が伸びたね」

「あ、あら? そ、そうですか?」

 

 

 そこにいたのは俺よりも綺麗な金髪をたなびかせた龍門渕高校麻雀部部長の龍門渕透華さんだった。

 流石龍門渕家次期当主という人物なのもあり、こういった場においてもその仕草一つ一つが様になっている。ただ、俺のお世辞なんかに喜んでいる所に年相応の少女らしさを感じもして微笑ましくもあるが。

 

 そしてまぁ、顔を会わせるのは数か月ぶりだから実際に少しは伸びていてもおかしくないんじゃないかな?うん。

 

 

「おはようございます須賀先生」

「どうも……」

「兄貴ちーっす」

「皆も相変わらずだな。あれ? 天江さんは?」

 

 

 部員兼メイドの三人も変わらないようで微笑ましく思っていると、こういった場で龍門渕さんほどじゃないけど前に出てくる人物の姿が見えないのに気づく。

 ちなみに龍門渕家執事であるハギヨシは四人から少し離れた所で、主人の話の邪魔にならないようにと控えている。執事の鏡だ。

 

 

「ふっふっふ、真打ちは遅れて登場するものだっ!」

 

 

 御付きのハギヨシがいるにもかかわらず姿の見えない人物に疑問を感じていると、そのハギヨシの背後から当の人物がトレードマークの赤いリボンと龍門渕さんと同じ綺麗な金髪を靡かせ現れた。

 普段子ども扱いするなと言っている割にはやっていることはまさしく子どもっぽかった。

 

 

「久しぶりだね天江さん。相変わらず元気そうだ」

「うむ、意気軒昂。今日に向けて勤倹力行の思いで過ごしてきたぞっ! それより京太郎、その呼び方としゃべり方はどうにかならないのか? 普段のままでいいし、呼び方も昔のままでいいじゃないか」

「まあ、俺の立場もあるし、そこらへんは慣れてほしいかな」

「むう……」

 

 

 俺の言葉に対し不服そうな声をあげながら天江が唸るが仕方がない。一応ライバル校の教師と生徒とだし、あまり仲良くしているのは対外的にもよくはないからな。

 天江と違って龍門渕さんはそこらへんを理解しているため、以前呼び方を変えた時も直ぐに慣れて向こうも合わせてくれたんだよな。

 普段はちょっとアレなお嬢様だけど、名家の次期当主らしくなんだかんだでしっかりとしているのだ。

 

 ちなみに俺たちが話しているのとは別に残りのメンバーも旧交を温めていた。

 顔を会わせるのは春休み以来だから積もる話もあるだろう。しかし皆和やかに話をしているのだが、その中で龍門渕さんが話をしながらも和を意識しているのがわかった。

 恐らくだがミドルチャンプの和に対抗心を燃やしているのだろう。チャンプとしても目立っているのもあるが、お互いのプレイングも似ているのも理由であろうな。

 

 

「それにしても龍門渕は午後からの対戦だよな? 天江さんなら後からゆっくりくると思ってたけど」

「ふん。普段だったらそうであったが、京太郎の幼馴染が出ると聞いてな。顔を拝んでやろうと思ったのだ」

「へぇーそうだったのか、しっかりと相手の事を調べるなんて偉いな」

「ええいッなでるなっ! 衣は子供ではないぞ!」

 

 

 腰に手を当てながら自信満々に答える天江の言葉に表では感心した風を装いながら頭をなでているが、内心で思いっきり頭を抱える。

 照の妹という事で注目される可能性はいくらでも考えていたが、まさか俺のことで咲に興味をもたれるとは全く予想もしていなかったぞ……。

 

 

「全く……それで、貴様が京太郎の幼馴染か?」

「は、はじめまして……」

 

 

 後ろの方で目立たぬよう縮こまっていた咲を天江が目ざとく見つけると、興味深げに観察をしている。ちなみに文句を言いつつも撫でられたままだ。

 当初咲を見つめるその目はただ単に珍しいものを見る視線だったが、途中何かに気付いたかのように天江は目の色を変える。

 

 

「ふん、なるほどな……確かに京太郎の妹分かつ、あの宮永照の妹だけあって相当できるようだな」

「お姉ちゃんを知ってるの?」

「遠目で見ただけだがな」

 

 

 去年の団体戦で二人が対戦することもなかったし、天江が個人戦に不参加だったから言葉を交わす機会はなかったみたいだけど、それでも同じ実力者として何か感じいるものがあったのだろう。照の事を語る天江は可愛い見た目と反して凄みがあった。

 しかし、チャンピオンの照はともかく、なんで俺の妹分ってことができることに繋がるんだろうな。

 

 

「と、そろそろ時間みたいだ」

「そのようですね。それでは私たちはお暇しますわ。須賀先生、決勝で会えるのを楽しみにしています」

「うむ、京太郎、咲。衣たちは先に頂で待っているぞ」

「ええ、ではまた」

 

 

 そういうと竹井達とも挨拶を交わし、龍門渕ーズは踵を返して去っていた。といっても観戦室からは出て行かず、少し離れた席に座ったところを見るとやはりうちの試合を見ていくつもりのようだ。

 咲達の打ち方を見られるのは少し不味いが仕方ないだろう。試合もあるし切り替えていこう。

 

 

「それじゃあもう試合時間だけど準備はいいか片岡?」

「大丈夫だじぇ!」

「よし、頑張ってこい! ……とそうだ言い忘れてた。さっき三尋木からメールが来てな『緊張せずに頑張りなー』だってよ」

「え? わざわざ三尋木プロが私たちに向けて送ってくれたんですか?」

「ハハハッ。まぁ、普段の様子見てると意外だーって思うのも無理ないよな。だけどいくら指導時間が短かったといっても、お前らはすでに師弟関係のようなもんだからあいつも気にかけてるんだよ。だから素直にそのままの意味で受け取っておけ」

「ほへぇー」

 

 

 皆思わぬ相手からの応援もあり感極まっている。誤解されやすくもあるが、あいつもなんだかんだ言っておせっかいな所もあるんだよな。

 と、流石にこれ以上話している余裕はなさそうだ。

 

 

「片岡、しっかりやってこいよ」

「まかせとけッ!!」

「ゆーき、頑張るんですよ」

 

 

 先鋒である片岡が皆と挨拶を交わしながらこちらに背を向けて試合会場へと向かう。

 その背中は小さいが、チームのムードメイカーとして、なんだかんだで頼りになる背中だと俺の目には映ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後、なんなく一回戦を勝ち進んだ俺たちは現在午後の二回戦に備えて昼食をとっていた。

 一回戦で参加校のうち四分の三が敗退したのもあり、備え付けの食堂にいる学生は朝見たときよりも目に見えて減っていた。

 

 まぁ、負けたのにいつまでも同じ会場にいるっていうのは精神的にかなりキツイものがあるから、午後の試合を見るために残る者もいるだろうが大半はさっさと帰りたくもなるだろうな。

 

 とはいえ、非情だけど勝ち進んだうちが気にしても仕方がないので、素直に祝わせてもらおうか。

 という事で――

 

 

「一回戦突破おめでとう! かんぱーい!」

「「かんぱ~い!」」

「おつかれー」

 

 

 年に似合わない俺の音頭に乗ってきてくれるのは竹井と片岡と染谷だけで、咲と和はグラスを掲げるだけであった。

 おいおい、恥ずかしいのはわかるけど乗ってくれよ……まあいいけどさ。

 

 

「しっかし、まさか咲ちゃんに出番が回らず終わるとはなー」

「うう……打ちたかったよぉ……」

「ま、まあ二回戦もあるからっ」

 

 

 肩を落としながらしょんぼりと落ち込む咲を竹井があわてて慰める。

 そう、先ほどの一回戦で先鋒の片岡を筆頭に全員が稼ぎすぎたせいで副将の和の番で対戦校の東福寺が飛んでしまい大将の咲まで回らなかったのだ。

 

 咲に経験を積ませておきたいから出来るなら打って欲しかったのだが、しかし頑張りすぎだとこいつらを怒るわけにもいかず微妙に困っていた。

 まあ、まだ二回戦もあるし龍門渕や他の学校に咲の実力や手が知られなかったのはよかったとしておこう。一回戦ので確実に他校から目をつけられただろうからな。

 

 

「これもみひろ……んんっ、特訓のおかげかもね」

「そうじゃな、随分と世話になったからのう」

 

 

 周りに人もいるため、竹井は三尋木の名前を出しかけたのを誤魔化して話を進める。

 確かにあいつにはなんだかんだいろいろ世話になったからな。今度改めて何か礼をしておこう。何を要求されるか不安だが仕方もない。

 

 

「次の試合では打てるかなぁ」

「次に当たるのはどこも一回戦を勝ち抜いてきた学校ですからね。午前よりも手強いでしょうから最後まで行けるでしょうが、その分油断できません」

「じゃあさっそく午後の「やぁ」またかよッ!?」

 

 

 昼休憩の時間もあまりないので午後の二回戦についてサクっと相談をしておこうとすると、本日二度目の横槍が入り思わず口調を荒げて振り返る。

 するとそこにいたのは煙管を手に持った俺と同い年ぐらいの女性だった。

 

 

「二回戦進出おめでとう」

「藤田プロ!」

 

 

 なんとなく見たことある人物だと思ったら、染谷の言葉でようやく容姿と名前が合致した。

 なるほどこの人が藤田プロか、竹井や染谷から話を聞くことはあったけど会うのは始めてだからわからなかった。

 

 

「はじめまして清澄麻雀部顧問の須賀です。以前この子たちがお世話になったみたいでご迷惑をおかけしました」

「はじめまして藤田靖子です。いえいえ、この前の事は久からの頼みでしたし、私も面白かったですから全然かまいませんでしたよ」

「そういっていただけると幸いです」

 

 

 保護者として以前の事で礼を述べると、藤田プロは片手をスッと挙げてたいしたことではなかったという。

 

 うーん、実に様になっている。その貫禄はとても俺と同世代とは思えない。ちなみに同じプロの三尋木は……うん、気にしないでおこう。

 

 それから藤田プロが訪ねてきた理由なのだが、今日の試合の和や竹井が以前と比べても腕を上げていたのが不思議で聞きに来たらしい。

 

 確かに一か月以上あったとはいえ、身内の贔屓目を抜いてもかなり実力を上げたのだから無理もあるまい。

 そんな藤田プロの疑問に対し竹井は濁す感じで答えていた。三尋木の名前を出すとややこしいし、誰が聞いているとも限らないからな。

 

 それからしばし談笑をした後に藤田プロは去って行った。

 ただ、その去り際に何とも言えない視線を咲に向けていたのが気になったが、何か言いたいことでもあったのだろうか。とはいえ、藤田プロの姿はすでに見えないのでどうしようもないのだが。

 

 

「それじゃあ早く食べて次の用意しましょ」

「よし、おかわりしてくるじぇ」

「おい」

 

 

 竹井の言うことももっともで、午後からはより忙しくなるので残りを急いで片付けるために食事を進める。

 さて、午後の二回戦はどうなることやら。

 




 そんなこんなで県大会初日の午前を描いた現代編十三話でした
 展開もそうでしたが、ホント衣の口調などで難産でした…硬すぎても柔らか過ぎてもだめで難しかったです。

 そして今回は基本原作沿いなのであまり書くことが思いつかないという…とりあえず次の十四話はさくっと書きたいです。


 それでは今回はここまで。次回もよろしくお願いします。


 人物紹介に【龍門渕透華】・【天江衣】・【龍門渕他三名】追加しました。

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