君がいた物語   作:エヴリーヌ

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和「えーと……龍門渕のA卓は向こうでしたね。早く行かないと試合が始まってしまいます。ついてきてください咲さん……咲さん?」

シーーーーーーーン…

和「…………なんでこの一瞬で迷子になれるんでしょうか……」



久「なんでこっちにいるのよ、咲……」
咲「あれ?」



14話

「それじゃあ予定通り俺たちも行くけど大丈夫か?」

「なーに問題ないって! 私も終わったらすぐに手伝いに行くからそっちも任せたからな!」

 

 

 そういうと片岡は二回戦の試合に出るため急いで走り出す。一回戦を勝ち抜いた自信や慣れもあるのかその足取りは午前の時に比べてもより軽やかであった。

 

 

「じゃあ後は頼んだわよ、まこ」

「任せんときぃ」

 

 

 次の次鋒戦もあるため一人残る染谷に後を任せ、観戦室を出てから俺、竹井、和と咲といった三グループに分かれ別々の観戦室へと向かう。

 そして会場内を歩き、目的地である俺たちがいたのとは別の観戦室へ入ってからモニターが見やすい手ごろな席を見つけて座る。

 

 さて、これから午後の試合がある俺たちがなぜわざわざこんなことをしているかというと、一言でいえば明日の決勝戦のための偵察だ。

 試合は同時進行で行われている為、うちが順調に勝ち進めば明日当たる予定の他校も同じように試合も行っている。

 だから龍門渕が午前にうちの試合を見ていたように、うちも他校の試合を見て決勝戦のためになるべく過去のデータだけでなく今の情報を仕入れたかったのだ。

 

 多少のズレはあっても自分が当たる相手とは時間がかぶっている為、直に対戦相手の試合を見られない可能性も高いが、龍門渕などの強敵の牌譜は全員が目を通しているから誰か一人が見ておけばアドバイスだけは出来るからな。

 だから咲や片岡なんかは心配ではあるがそれでも少しはアドバイスが出来るだろう。

 

 また、本来なら顧問である俺は教え子の試合を見守ってやり、選手である竹井達は試合に集中すべきなのだが、人数の関係もあって試合に出ない部員もいなく余裕がないので、待機メンバーが他の試合を偵察することとなったのだ。

 ちなみに片岡と染谷は先鋒次鋒ですぐに試合に出るため残ってもらったが、終わり次第入れ替わりで偵察に加わる予定である。

 

 そんなわけで今、竹井には風越、和と咲には龍門渕が出る試合を見に行ってもらって、俺は決勝の残り一枠の試合を見に来ている。

 これは皆試合があるためそれぞれ途中で退席することや、龍門渕も風越もある程度データはあるので、退席せずに全試合を続けて見ることができる俺がもう一枠に入って来る高校を確認することとなったからだ。

 それで現在、うちでも龍門渕でも風越でもない、残りの決勝一枠のK卓を見に来たのだが……。

 

 

「見事にガラガラだな……」

 

 

 席の周りに誰もいないのもあって、辺りも気にする必要もなかったから思わず部屋を見回した感想が口から洩れていた。ぶっちゃけると俺の周りだけでなく、観戦席はすっからかんだ。

 いくつか離れたところに複数の女子が集まっているのが確認出来るぐらいで、それも出場校のメンバーだろう。

 まぁ、仕方もない。午前で他校をトバして和だけのワンマンチームではないと話題となったうちがいるD卓ですら関係者以外ほとんど人はいなかったのだ。恐らく皆龍門渕と風越の試合を見に行ったのだろうな。

 

 ということで男一人という目立つうえに凄いアウェー感を感じるが、だからと言って抜け出す気はない。

 麻雀は卓に座る四人の一人一人それぞれが大なり小なり影響力を持つ。だからどの学校が決勝に上がって来るかはわからないが、どれも決勝に上がってくるほどの相手だ。あいつらの為に少しでも情報を集めるに越したことはないだろう。

 

 

「――と、始まるな」

 

 

 いろいろ考えているうちに試合が始まったので、鞄の中からペンとメモ帳を取り出す。

 明日まで時間もなく確認する暇もないので映像には残さない予定だが、それでも多少の情報を纏めておくために備える。

 試合に挑む皆のことは気になるが、心の中で応援をしながらも俺は自分にできることに専念しよう。

 

 

 

 

 

 その後、トラブルもなく試合も終わり、勝ち抜いたのは鶴賀という学校だった。聞いたことがなく、去年の参加校にもいないことからうちと同じ初参加の高校なのだろう。親近感がわく。

 ちなみにこちらの決着がつく少し前に連絡が入り、うちも見事決勝進出を果たしていた。また、予想通り他の卓では龍門渕と風越が勝っており、やはり明日の決勝は荒れそうだ。

 

 

「さて、皆を待たせてるしさっさと出るか―――――っと、すいません」

「あ、こっちこそ申し訳ないっす…………………………あれ?」

 

 

 部屋を出る途中で人にぶつかりそうになってしまったので、謝ってから急いで退室する。

 チラッと顔を見た程度だが、さっきぶつかりそうになったのは先ほど決勝にあがった鶴賀の副将の東横選手だろう。試合を見た限りどうやらオカルト使いっぽいし、かなりの実力の持ち主みたいだったから要注意だな。

 それから部屋を出て通路を歩いていると、既に咲達が集まって俺を待っていた。

 

 

「もう、遅いわよ先生っ!」

「悪い悪い、結構長引いてな。それにしても……おまえらホントよくやったな、おめでとう」

「ありがとうございます」

「先生もおおげさじゃな、明日が本番じゃのに」

「まあ、気楽に行こうじぇー!」

「ふふっ、優希ちゃんったら」

 

 

 まだ決勝も残ってるし、場所が場所だけに抑え気味ではあるが、それでも皆喜びを隠せないようだ。

 これで念願の全国にリーチをかけたことになるからな、そりゃテンションも上がるさ。ぶっちゃけ俺も連絡が来たときに直ぐにでも駆けつけたいぐらいだったし。

 

 

「よっしゃ! それじゃあ記念になんか食べに行くかっ! 何が食べたい?」

「あら? それって先生の奢り?」

「当たり前だ、子供に出させられるかよ。それでどこにいく? 居酒屋とか変な所じゃなきゃどこでもいいぞ。あ、言っておくがタコスはなしな」

「なにぃ!!?」

「夕食にタコスは……のう?」

「ありえません」

「絶対にノウ!」

「っく……タコスの良さがわからんとは……それでも私は食べるぞォー!!!」

 

 

 ボロクソに否定されつつもそれでも自分の意地を曲げない片岡が微妙に格好良かった。ただし手にタコスの包みを持っていなかったならばだけどな。

 あと咲よ、俺の部屋に入って漫画を読むのは昔からの事だから部屋に入るなとは言わないが、一言断ってから入りなさい。一応年頃の女子なのだから。

 

 それからマスコミが龍門渕や風越に張り付いている間に俺たちはそそくさと会場を後にした。あの二校ほどではないが、うちも和や今日の事で目立っていたから注目はされているだろう。

 そして結局夕食はラーメンという事となった。俺はもっと良いところでいいといったのだが「それは優勝してからのお楽しみにしましょ」という竹井の鶴の一言で決定した。

 確かに何処でもいいといったがちょっと不安になってきたぞ……。

 

 そんなわけで俺たちは帰りにあるそこそこ大きなラーメン屋へと来ていた。

 竹井達はもっと安いところでも良いといっていたが、ぶっちゃけラーメンぐらいでそこまで値段は変わらないからなぁ。

 それに出来るなら明日の話もしたいからテーブルがあってゆっくり出来る店という事も考えると、ある程度長居出来るなど融通が利く店の方がいいのもあったのだ。

 

 

「好きなの頼んでいいけどニンニク系はやめとけよー、対戦相手の集中力を削ぐって意味じゃいいアイデアだけど今後一生ニンニクチームとか呼ばれるようになるからな」

「そりゃ勘弁じゃが、今さらな気もするのう」

「なんでこっちを見るんだじぇ、わかんねー」

「同感です。あと移ってますよゆーき」

 

 

 不服な表情を見せる片岡と和だが、申し訳ないけど染谷の言いたいこともわかる。

 試合前にタコス食ったり、ファンシーなぬいぐるみを抱えながら試合に出る女子高生達がいるチームだろ?そら目立つわ。

 とはいえ、何故かは知らんが、元々麻雀選手って個性的な人が多いからまだ常識内……ではないが、問題のない範疇だろう。着物?アイドル?アラフォー?実に濃い。

 

 

「まあまあ、それは置いといて早く頼みましょ。私は味噌豚骨にしようかしら」

「ほいじゃ塩」

「タコ……いや、味噌だな」

「え、ええっと……それでは醤油で」

「ニンニクラーメンチャーシュー抜き」

「本当にそれでいいんだな? 俺は醤油豚骨で」

「ま、待って!? 嘘嘘!! え、えーと……しょ、醤油で……」

 

 

 ボケと突っ込みをはさみながらも他にもトッピングを追加したりして注文も決まり、10分もたたないうちにラーメンも届いたので食事となった。和なんかは初めてラーメンを食べるらしく興味津々だ。

 家がお固いとはいえ、今時の若者にしては珍しい、と思わず口に出したら拗ねた目で見られたのはご愛嬌だろう。

 

 それからラーメンを啜りながら今日の試合の反省や其々が偵察で見てきたものを話して作戦会議とする。明日に備えて少しでも準備はしておきたいからな。

 

 

「私たちが見た感じですと、去年と大きな違いがなかったように感じました」

「うん、ただやっぱり皆強かったよ」

「わしの目から見ても春の時より手強くなっとる感じじゃ。ただやっぱり全部は見せとらんじゃろな」

「うーん、なら心配だけど一応対策は前に話した通りでよさそうね。それと風越も基本似たような感じだったわ。ただ、文堂って一年の子がレギュラーに入ってたから要注意ってところかしら」

「池田って二年がキャラ被ってたじぇ」

「われは何を見とるんじゃ」

 

 

 龍門渕は予想通り昨年どころか春以上に腕を上げているみたいだ。

 そして風越も片岡の言葉はともかく竹井の発言は無視できない。80人近い部員数を誇る風越の中で一年生がレギュラーを取るという事はそれだけの意味があるのだろう。後でもう少し詳しい話を聞いた方がよさそうだ。

 それから今度俺が見てきた鶴賀高校について話し始めると、他と違い情報がなかった学校だったのもあって全員興味津々だった。

 

 

「なるほどねぇ、須賀先生的には可愛い子が揃ってて合格だと」

「そうそう、特に次鋒や副将の子のおもちが良くてなぁ……って違う!」

「所詮世の中乳か……」

「最低です。あと……咲さんは何でこちらを見ながら言うんですか?」

「自分の胸に聞いたらいいんだじょ」

 

 

 竹井の巧みな誘導で責められる俺だったが、何故かその矛先が和に向かっていた。

 富める者は富めるように、貧しいものは餓えるように……ぶっちゃけただの嫉妬である。

 

 

「ほいで、須賀先生から見て要注意だったのは?」

「んー、これといって特にはなー。正直天江ほど強烈なのはいないし、どちらかというと全員が上手にまとまっている感じだ。ただ、次鋒の子だけは動き的に初心者みたいだったな」

「へぇ、それなのに決勝に上がってくるのは凄いわね。うん、それだけでも十分警戒する必要があるわ」

 

 

 竹井の言う通り初心者を抱えている状態で決勝まで勝ち進むのは至難の業だ。その分他のメンバーの力量が伺える。ただな……。

 

 

「何か気になることでも?」

「いや、なんとなくだが変な感じがしてな……もしかしたらただの初心者じゃないかもしれない。俺の気のせいかもしれないけど、染谷も他が疎かにならない程度でいいから試合の時は気にかけといてくれ」

「あい、わかった」

 

 

 取り越し苦労だといいんだが、何があるのかわからないのが麻雀だからな。俺がもっとこちらの事情に詳しければ負担も少なくしてやれるんだけどな……。

 きっと皆ならもっと詳しくわかったかもしれないのに、俺の勉強不足や実力不足が悔やまれる。

 

 

「そいつは言いっこなしじゃ。先生にはいつも世話になっとるからな」

「そうだよ。三尋木さんを紹介してくれたのも京ちゃんじゃん」

「ほほう、それは暗に俺だけじゃ役に立たないという事か~? あと先生だ」

「あー!? チャーシューとったー!!」

「ほれ」

 

 

 悲鳴を上げる咲の丼に代わりの卵を入れてやると、なんとも言えない表情をして俺の顔と自分の丼を交互に見つめてから続きを食べ始めた。

 恐らく頭の中では丼に複数枚あるチャーシューと一個しかない卵で等価交換の原則が働いたのだろう。現金な奴である。

 

 

「ふぅん」

「どうした竹井?」

「いや、部活や合宿でも思ってたけど、そういうことサラリとやるあたりやっぱ須賀先生と咲ってやっぱ幼馴染らしく距離が近いなーって思って」

「そうか? お前らだってよく弁当交換したりしてるし、これぐらい皆もよくやるだろ?」

「そりゃ、同性なら普通だけど異性ってなるとちょっと……ねぇ?」

「そうじゃな、無理とは言わんが正直照れるわい」

「須賀先生はデリカシーがなさすぎます」

「というか普通に受け入れてる咲ちゃんも同類だじぇ」

「えー」

 

 

 同類扱いされて嫌そうに顔をしかめる咲。まぁ、どう聞いても鈍感的な悪い意味だからな。あと和は俺に厳しすぎ。泣くぞ。

 

 だけど改めて言われてみると確かにそうなのかもしれん。他人の食べかけを嫌う人って多いって聞くしな。鍋の直箸なんかも嫌う人は多いからラーメンも似たような系統と考えれば納得がいく。

 といっても、宮永一家と飯を食うことはしょっちゅうだし、鍋の時も菜箸なんか気にしてなったからほんと今さらだ。他人相手ならともかく咲達は家族みたいなもんだし、家族で食べかけもなんもありはしないさ。

 そう言うと咲からジトーっとした目で見られた。なんだよ?

 

 

「べっつにぃぃぃーーー」

「だからなんだよ」

 

 

 ラーメンを啜りつつもその目は変わらず、微妙に呆れた目をしていた。竹井達もなにやら笑ってるし、近頃の若い子ってよくわからんな。

 

 

 

 

 

 それから明日の話の続きをし、食べ終わり店を出るころにはそれなりに遅い時間にもなったので、皆を家まで送ってからうちに着くころにはすっかり遅い時間となっていた。

 そして家に車を止めて、すぐ近くとはいえ夜遅くなので咲を家まで送ることにした。

 

 

「それじゃあ京ちゃんまた明日」

「おう、夜更かししないでさっさと風呂入って歯磨いて寝るんだぞ。あと、寝坊しないように目覚ましも忘れないこと」

「わかってるって、心配性だなー」

「そりゃ普段の行いのせいだ」

「余計なお世話ですよーだ。それじゃあお休み」

「ああ、お休み」

 

 

 べーっと舌を出しながらそのまま背を向けて家に入る咲を見送り、踵を返して俺も家へと向かう。試合に出ないとはいえ、俺もさっさと帰るか。

 

 

「京ちゃん!」

「ん? なんだ?」

 

 

 背中を向けた所で咲の声が聞こえたので振り返ると、先ほど家に入ったはずの咲が再び外に出ていた。

 車の中に忘れものでもしたのかと思ったが、いつもよりも強張った表情していることからするとどうやら違うらしい。

 

 

「どうした?」

「明日……明日頑張ろうね!」

「……ああ」

 

 

 その一言が言いたかっただけだったのか、俺の返事を聞くと咲は満足したのか再び背を向け今度こそ家に戻った。

 咲が家に入っていくのを確認してから俺も再び家に向かって歩き始める。

 

 俺にも経験があるが、さっきの咲を見るにきっと明日が楽しみでありつつも不安なのだろう。

 色んな相手や自分が本気でやっても勝てるかどうかわからない相手と戦えること。

 そして照とのしょうもない姉妹喧嘩で始めた麻雀部での全国行きという目標が本当に実現しそうなことや、明日の決勝戦で強敵達に勝てるのかどうかということが……。

 

 そしてきっとこれは咲だけでなく、ここにいない竹井達も似たようなものだろう。もしかしたら不安で今夜は眠れないかもしれないな。

 これもいい経験だから頑張ってほしいと思いつつも、そんなあいつらに顧問としてこれ以上何もしてやれないのがもどかしくもあった……。

 




 書く→悩む→書き直す→悩む→書き直すを繰り返しておりました。一か月って短いな……。
 そして皆で額を合わせて相談したりの十四話でした。前半に新キャラがいた?一体どこの誰だろう……?

 とりあえず予選も後は決勝戦だけなので、なんか書きたい話(池田ァ!!とか)が出なければあと一、二話で大会は終了するはずです。


 それでは今回はここまで。次回もよろしくお願いします。


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