宮永父「(照が勝ったのが嬉しいのはわかるけど、喧嘩中だからって怒りながら笑うのは中々怖いぞ)」
目を覚ますとなんと10時を過ぎていた――
「ほわぁっ!? ……………………はぁ」
一瞬寝坊したのかと焦りかけるが、すぐに今日が休日である事を思い出してベッドの上に倒れこむ。
学校の先生たちとの昨夜の飲み会でそれなりに飲んだのが効いたようで、こんな時間まで眠っていたみたいだ。
麻雀部の優勝祝いということで喜ばれ、色々奢られもしたから羽目を外しすぎたな。
「んん~~~~~ああぁ~~……」
再び体を起こして、長時間眠っていたために硬くなった部分をほぐす。一晩のうちにアルコールは完全に抜けたみたいだが、寝すぎか歳か体が微妙に怠かった。
今日は休みだし二度寝をしたい気分だったが、寝すぎると今日の夜眠れないし、折角の休みを寝て過ごすのは勿体ないので、未だ鈍い体を無理やり動かして部屋を出る。
それから洗面所に向かい、冷たい水を出して顔を洗って歯を磨くと少しは眠気も取れて、表情も心なしか引き締まった気もした。
まあ、実際鏡に映っているのは見慣れた締まりのない顔だし気のせいだけどな。
よく晴絵からはかっこいいだの言われたが、自分で見るとそうは到底見えなく、昔は大人っぽいハギヨシが羨ましかったっけか。今ではマシになったが、よく女顔だとからかわれたし。
そんなどうでも良い事を思い出しながら小腹もすいていたので真っ直ぐリビングに向かう。お袋は出かけてる可能性も高いが、その時は適当に作るか。
しっかしほんと今日はなにすっかなぁ……麻雀部もない久しぶりの休みだからハギヨシと遊ぼうかと思ったけど、今日は急な仕事が入って何やら忙しいらしいしな。
「あ、京ちゃんおはよう」
「おう、おはよう照」
「お、おじゃましています……」「してまーす」
「ああ、いらっしゃい」
リビングに入って、ソファでお菓子をつまむ照に返事をしてから冷蔵庫に向かう。まったく相変わらずお菓子三昧だな。あれでよく太らないものだ。
なんかあるかなー?……ふむ、卵、ベーコンか、パンもありそうだし、スクランブルエッグにでもするか?でもそこまで入らなそうだしな……あ、でも照もいるし残ったら食わせればいいか………………………あれ?
「照ぅうううっ!??」
「うん、私だよ。どうしたの?」
「いや……そうじゃなくて、な、なんでお前が此処に……っ」
寝ぼけた頭を振って振り返ると、そこにいたのは東京にいるはずの咲の姉であり、俺の幼馴染でもある宮永照であった。
昔と変わらない態勢と仕草でそこに座っていた為に全く違和感がないのもあって気が付かなかったのだ。
驚きのあまり目も完全に覚めて、ようやくリビングに俺と照以外の人物がいることにも気が付いた。
「え……っと……久しぶりだな弘世」
「お久しぶりです須賀さん、お邪魔しています。こっちは今年麻雀部に入った大星淡です」
「……どうもぉー」
「えっと、はじめまして」
俺の言葉に照の向かい側に座った紺色の髪の女子がソファから立ち上がって深くお辞儀をし、もう一人の金髪の子も不満そうにしていたが、一応頭を下げてきた。
この金髪の少女とは初対面であるが、もう一人の少女は知っている。
彼女の名前は弘世菫。
東京に行った照に出来た親友であり、そして休みに照がこっちに帰ってきたときに何度か一緒に遊びにきたことで、俺とも顔を合わせている間柄だった。
だから照がいるなら彼女がいてもおかしくはないのだが、そもそもなんでここに照がいるのかが問題だった。
「えっと……それで?」
「すみません、以前から照が『帰る帰る』と聞かなくて……」
「ああ、なるほど理解したわ……」
事情を聞くために照よりも話が分かりやすい弘世に尋ねると、彼女は眉を下げて申し訳なさそうに声を小さくしながらも説明してくれた。
恐らくだが、春休みも部活で拘束されたせいで不満が溜まっていたのが爆発したのだろう。昔よりマシになったとはいえ、基本Going my wayだからな照の奴。
多分ゴールデンウィーク辺りも同じように帰ると言っていたが、大会までは何とか説得して、それが終わった次の週末である今日帰ってきたといった感じだろう。ちょうどあの辺り照の電話も多かった気がするし。
「それで連絡がなかったのは?」
「……照が自分でするからと」
「うん、気にするな。弘世は悪くない」
「ありがとうございます……」
慰める様に肩に手を置くと、お互い同時に深くため息をついた。照の事だ、どうせ普通に忘れていたんだろう。
チラッと照の方を見ると、流石にマズイと思ったのか目線をずらして、下手な口笛を吹いていた。わかりやすい奴だった。
そして質問攻めで弘世には悪いのだが、まだ聞きたいことがあった。
「だけどなんでうちに? 今日は休みだからおじさん達もいるだろうに」
「それなんですが、照が『私に妹とお父さんはいない』と」
「まだ言ってるのかあいつ……というかおじさんが可哀想すぎるぞ……」
未だ喧嘩続行中の妹がいる自宅に帰りたくないために、いない人扱いされるおじさんがとても不憫であった。
まったく、冗談でも言っていいことと悪いことがあるだろうに、これについては後で説教だな。
まあ、それで照の提案でうちに来た後は俺が起きるまでここで待っていたという事か。あれ?でもここまでどうやってきたんだ?
「須賀さんのご両親に電話をかけて……」
「オーケー、気にしなくていいぞ」
新幹線の中で親父たちに電話をかけて迎えに来てもらったという事だろう。それであのアホ両親は後を俺に押し付けてデートでも行ったというとこだろうな。
再び深くため息をつく俺達を見て、照が頭上に疑問符を浮かべて首を傾げていた。もう20年近い付き合いだから慣れたよ。
とまあこれで大体の事はわかったけど――
「それでこっちの子は?」
やはり一番気になるのは初めて会うもう一人の金髪の少女だ。
彼女は俺と弘世の視線が集まるのを感じたのか、お菓子を食べる手を止めてからこちら――特に俺を警戒の目で見ていた。なんかしただろうか俺?
「私たちがこちらに尋ねる事を話したら自分も行きたいと駄々をこねて……本当にすみません」
「ああ、いいよ気にしないで。どうせ照が大丈夫とか言って安請け合いしたんだろ? うちは部屋も余ってるし、気兼ねしないで泊まって行ってくれ」
「ありがとうございますっ」
「安請け合いじゃない。ちゃんと考えた」
「はいはい。だけど気にすんなって、弘世には照の事で普段から世話になってるし、むしろ感謝してるんだからな」
何やらプンプン怒り始めた照を無視して、ついには土下座せんばかりに低姿勢になった弘世の頭を軽く撫でてやる。
照のポンコツぶりは身に染みてるし、それを嫌がらずに付き合ってくれている弘世には本当に感謝してるんだ。昔から気難しい子だったからこうやって仲良くしてくれる子が出来たのは凄く安心したしな。
「THSだ……」
「THS?」
「き、気にしないでください、淡っ!」
「っ!?」
そんな俺たちの様子を眺めていた大星さんがなにやらよくわからない単語を呟くと、顔を赤くした弘世が叱責をする。そしたら大星さんが慌てて照の後ろに隠れてしまった。
うん、気持ちはわかる。今のは俺も怖かった。
「まぁまぁ良くわからないけど、喧嘩はやめようぜ」
「う……須賀さんが言うのでしたら……」
一応俺が原因っぽいので間に入ると、弘世も話の腰を折りたくないのか矛を収めてくれた。
ちなみに後で照にこっそり聞いた所、THSとはちょろいヒロインスミレという意味だと教えられた。なんのことだろう?
「それで大星さんだっけ? 改めまして俺は須賀京太郎、照とは昔からの付き合いなんだ、よろしくな」
「……大星淡……よろしく」
ちゃんと挨拶をしようとこちらが手を出すと、向こうもおずおずとだが手を出して握手してくれた。
そしたらやはり麻雀をやっているからか彼女の指先が少し硬いのに気付き、そこから以前照から聞いた話を思い出した。
「あ、そうか君が白糸台の大将の子か、照から話は聞いてるよ」
「え、テルから?」
「ああ、元気の良い一年生が大将を務めてて、実力もあるしとても頼もしいって言ってたよ」
「へ、へーそうなんだぁー……」
俺の言葉にそっけない返事をしながらも、照の方をチラチラ見つつ満更でもないといった表情をする大星さん。
実際は面白い子が入ってきたぐらいの控えめなものだったけど別にいいよな。照がわざわざ話題に出すってことはそれなりに気にいっているのは間違いないだろうし。
「?」
ま、本人はわかってなさそうだけどな。
とりあえず聞きたいことはある程度聞けたので、一息つこうと空いていた弘世の隣に俺も座りこむ。
なんか起きたばかりなのに無駄に疲れたな……。
「ふぅ……それで骨休みに帰ってきたのはわかったけど、これからどうするんだ?」
「……どうしよっか?」
コテンと首を傾げながら聞き返す照に思わず頭を抱える。なんにも考えていなかったのか……いや、予想できてたけどな。
「まぁ、妥当な所で……観光か? 大星さんはこっち初めてだし」
「いえ、わざわざこいつなんかに気を遣わなくていいですよ」
「菫先輩酷ぃー」
「アホ、須賀さんは休みなんだ。ただでさえ泊めてもらうのにこれ以上迷惑をかけてどうする」
「あはは、別に俺も今日は暇だし、どっかに出かけようと思ってから構わないよ」
「だってさー」
「ぐぬぬ……」
怒られて萎む大星さんを庇おうと咄嗟にフォローをしたのだが、逆に調子に乗らせてしまったみたいで、横から見える弘世の顔が恐ろしいことになっていた。
うーん、どうやら大星さんは身近で言えば片岡に近いタイプなのかな?それならもっと軽く接してもいいのだが、初対面かつ一応お客さんだし、教え子でもない分中々距離感が難しかった。それに俺に対しては余所余所しいし。
思わぬ難敵の登場に今度は心の中で頭を抱えていると、照が口に入れたポッ○ーを食べながら突如手を上げるのが見えた。
「……ピクニック行きたい」
「ピクニックだと?」
「うん」
思わぬ案が出たため驚いて聞き返す弘世に照が再度頷く。ただ俺としてはある程度納得してした。
元々照はそういった意味で活発な方でもないし、色々揃っている東京でなくわざわざこちらでやること言ったらそういった自然を活かしたものが多くなるだろうからな。昔はよく山登りしていたし。白糸台もそれなりに緑が豊富らしいけど、やっぱり地元が一番だろう。
とりあえず意見が出たという事で、どうするか是非を取ろうと残りの二人へと視線を向ける。
「弘世たちはどうだ?」
「構いませんけど……」
「えー、もっと面白いとこないのー?」
「あるにはあるけどやっぱ今日だけで回るのは難しいだろうなぁ」
「いいじゃないか、たまにはのんびりするのも」
「うーん……まぁ、菫先輩が言うならいいけどね」
渋る大星さんに弘世からの援護が来る。こうして見ていると生意気な性格っぽいけど年下らしく二人の話は結構聞くみたいだな。
そんな微笑ましい二人の様子を見ていると、いつの間にか隣に照が寄ってきており、ねだるように俺の腕を揺さぶっていた。
「京ちゃん」
「はいはい、弁当な。サンドイッチでも用意するからしばらく待ってな」
「あ、手伝います」
「悪いな」
照からの期待の眼差しを受けながら厨房へと向かうと、弘世もすかさず後をついてきた。お客さんだしそこまで気にしなくてもいいのになぁ。
「京ちゃんっ!」
「ん、どうした?」
近くにあった普段三尋木などが使っている予備のエプロンを弘世に渡していると、突如照の大声が聞こえたため振り返る。そうしたら何時になく真剣な表情をする照がいた。
そんな顔していったいどうし――
「…………タマゴは多めに」
「あ、私ツナが良い!」
――まあ、わかっていたよ。あと君たちは少しは気にしような。
そんなわけでようやく出てきたテルテルでした。
すぐに合宿行っても良かったのですが、過去編からいる照の出番がこっちで全国までないのはあまりにもなため挟む形に。ちなみに時期は17話と同日です。
しかし他の二人の方が目立っていたように見えますが……気のせいでしょう。気がついたらいつの間にか着いてきてたんだよ……まあ照だけと会話していたら横道逸れまくって話が進みませんしね。
それでは今回はここまで、次回もよろしくお願いします。