君がいた物語   作:エヴリーヌ

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 さて、予告通りまたもや本編に関係ない番外編です。
 この話は本編と違い、原作の京太郎(15)を主人公にしています。また、原作沿いですが、独自解釈・独自設定も出て来ますのでいつも通り合わない人は以下略
 ヒロインはレジェンドじゃありません。ヒロインは○○○○です。
 また、タイトルからもわかる通り今回で終わりません。もうちょっとだけ続くんじゃよ。



歩くような速さで Vol.1

 季節は五月も終盤、もうすぐ梅雨入りという季節。俺が咲を麻雀部に連れてきてからそれなりの日数が経っていた。

 また、数日後には先日決まった強化合宿もあり、それから県大会まですぐそこという時期もあって皆は大会に向けて懸命に練習を重ねていた。

 

 そんな中、麻雀部の黒一点で初心者の俺は実力も伴わなく、皆と一緒に団体戦には出られないのもあって今回の大会には出るつもりはなかった。だから最近では基本的にあまり皆と一緒に卓を囲む機会は少なく、牌譜の整理やネット麻雀で練習をしていることが多かった。

 

 勿論それに対しては大会目前の皆を優先するのは当たり前だから多少の寂しい気持ちもあったがあまり不満もなかったし、部長も大会が終わったらしっかり指導してくれるというので全然構わなかった。

 それに部長や染谷先輩は学祭の準備や店の用事等で忙しくて一年生だけの時もあるからその時は俺も卓に入るし、女子の人数が余る時は皆も休憩時間を使って一緒に牌譜の整理をしたり、ネトマなどを使いながらマンツーマンで指導をしてくれてもいた。

 

 咲や優希みたいな特殊な打ち方は兎も角、和や染谷先輩は経験がものをいうのかかなりわかりやすく教えてくれるので、俺以外経験者ばかりの部だし卓につく機会は減っているが、それでもいい環境とも言えるだろう。

 

 いうわけで今日もいつもの様に部長たちが卓を囲んでいるので、休憩中の和が今現在ネトマをやっている俺の隣で指導をしてくれていた。

 

 

「――ええ、それで今の河を見る限り安牌はありませんが、捨て方から見るとこちらの牌を切るのが一番安全ですし効率が良いですね」

「ああ、そっちの方がいいのかなるほどっと……お、本当だったな。いやー和の教え方はわかりやすくてほんと助かるよ」

「いえ、それほどでも」

「でも、悪いな。せっかくの休憩なのに教えてもらって」

「いいんですよ、ジッと座っているのも手持ち無沙汰ですし、私自身の復習にもなりますから」

 

 

 教え方が上手い和が凄くて思わず声をあげると、和は頬を染めて照れくさそうにそっぽを向いてしまう。あー可愛いなー。

 

 和とはまだ二か月程度の付き合いだから知らないことも多いけど、あまり正面から褒められるのは得意じゃないことは既に知っている。

 以前優希と一緒にからかい半分真面目半分で褒めちぎっていたら、最初は顔を真っ赤にして恥ずかしそうにしていたんだが、しまいには怒らせてしまったこともあったっけな。

 

 

「そ、それで次のですが……あれ? この人って……」

 

 

 微笑ましそうに見ていた俺の視線から逃れるようにパソコンに視線を向けた和が何かに気付く。同じように俺もそちらに目を向けるとメッセージが届いていた。

 

 

「あ、ヨッシーさんからだ」

「……確かこの人って以前にも何度か一緒の卓についていた人ですよね?」

「へぇ~良く覚えてるな。何度か対局するうちに仲良くなってな、時々チャットをしながら麻雀について教えてもらってたりするんだ。」

 

 

 以前も部室のパソコンで打っていたこともあって、和はその時の事を覚えていたらしい。

 

 ちなみに彼女が口に出した『ヨッシーさん』とは、俺が麻雀部に入ってから家でも練習できないかと考えて始めたネトマで出会った人物だ。

 当初はお互い何度か一緒の卓で打つだけの間柄だったけど、ちょっとした事情で仲良くなり、それから色々と連絡を取り合っているのだ。とはいえリアルで会ったことや声を聞いたことはなく、文章だけの知り合いであるが。

 

 それはさておき、一応部活中とはいえいつまでも無視するのは失礼なので和に断りを入れてからメッセージを開く。

 

 

『ハーロー、ゼロ。ちょうどよかった今は部活中ですか?』

『はい、友人に教えてもらいながら打っていました』

『なるほど、では夜にでもいつも通りやりませんか?』

『勿論構いませんよ』

『オーケー、グッバイ』

 

 

 簡潔にそれだけを伝えるとヨッシーさんはそのまま落ちて行った。多分これだけの為にわざわざログインしてくれたんだろうな。

 そんなヨッシーさんの気遣いに感謝していると、後ろから視線を感じたので思わず振り返る。

 

 するとそこにいたのは当たり前だが先ほどまで話していた和なのだけど、つい数分前とは違って訝しげにこちらを見ていた。

 

 

「どうした?」

「いえ、随分と親しい感じでしたので……」

「あー、もう一か月以上一緒に打ってるからな。結構会うことも多いし」

 

 

 学校や部活があるため俺も夜にしか入れないが、ヨッシーさんも社会人らしいので同じように夜にしかいないのもあって逆に遭遇することは多いのだ。

 そのことを説明すると、その言葉に何かを感じたのか途端に和が眉をひそめる。どうしたんだ?

 

 

「いえ、ネット越しに自分の事を明かすのは……」

「ああ、だけど特に詳しいことは言ってないぞ。俺が知ってるのも、ヨッシーさんが強い理由聞いた時に教えて貰った麻雀関係の仕事をしてるってことだけだし、向こうが知ってるのも俺が麻雀部に入ってる学生ってことだけだからな」

「まあ、それぐらいでしたら……でも気を付けてくださいね」

「わかってるって、流石ネット麻雀の申し子のどっち先生だ」

「からかわないでください」

 

 

 これ以上言われるのもなんだったので冗談を混ぜてからかうと、照れ半分で怒られてしまう。以前ハンドルネームを付ける際にも色々言われたが、ネットの事には結構厳しい和であった。

 とはいえ、ヨッシーさんには暇な時によく指導してもらっているし、流石に悪い人じゃないと思うんだよな。

 

 

「あのですね須賀君。ネットでは皆本心を隠すのが当たり前ですし「あーほらほら、ストップストップ」部長……」

 

 

 まだ言い足りないのか、或いは傍から見れば危うい所もある為か和が色々と言いたいことがあるみたいだったが、お小言の途中で部長が口を挟んで来た。

 どうやら向こうの練習も一段落したみたいだ。

 

 

「須賀君もそこらへんは弁えてるだろうし、大丈夫だって。ねぇ?」

「そうですけど、盗み聞きとか趣味が悪いっすよ部長」

「あら、こっちにまでそこは聞こえるぐらいの声で話してた須賀君も悪いんじゃない?」

「ごもっともで」

 

 

 まぁ少し離れているとはいえ同じ室内だし、向こうは黙ってやっているから小声で話さない限り聞こえるのは当然だ。

 そして部長だけでなく、一旦片付け終わった咲達もこちらの話に興味津々といった感じで寄ってきた。

 

 

「それで京太郎が余所の女に手を出したって?」

「京ちゃん、少しお話しようか?」

「なんでいきなり女認定してるんだよ……」

 

 

 ジト目で見てくる優希と咲を軽くあしらい、それを部長と染谷先輩は面白そうに見ている。隣で呆れつつもどこか楽しそうにしている和も合わせていつもの清澄麻雀部の光景だ。

 

 ちなみに咲達は勝手に女に認定しているが、俺はヨッシーさんを30代ぐらいのオッサンだと思っている。

 これについて根拠などどこにもないが、可愛い女の子or女性とネットで知り合いになる?和風に言えばSOAだな。

 

 

「そ・れ・で! そのヨッシーさんってどのぐらい強いの?」

「え? うーん、そうですね……初心者の俺じゃさっぱりですけど、多分部長たちともいい勝負出来ると思いますよ」

「へぇー……言うじゃないの」

 

 

 俺が話していた内容が気になるのか、部長にヨッシーさんこと聞かれたので素直な感想を述べると、素敵な笑顔が溢れていた。

 

 

「……怒ってます?」

「いえ、興味がわいただけよ。だけど麻雀関係の仕事ってもしかしてプロだったりしてね」

 

 

 素直に言い過ぎたかと思い、恐る恐る尋ねてみるが予想とは違いケロリとしていた。単に強い相手に興味があるみたいだ。

 あっけらかんとする部長は逆に、視界の端で染谷先輩が部長の言葉に眉を顰めているのが見えた。

 

 

「忙しいプロがこんな時間からネトマをするかの……? それに京太郎の話じゃと結構会うんじゃろ?」

「はい、約束しなくても二日に一度は会いますね」

「プロでも練習の為にネトマを使う人は結構おるみたいじゃが、流石にその頻度じゃとな……大方雀荘辺りの関係者じゃろ」

「ん? 小鍛冶プロは家でゴロゴロしてるって言ってたじょ」

「あの人は例外じゃ」

「靖子は?」

「ノーコメント」

 

 

 悪い例として挙げられる不憫な小鍛冶プロ。全部福与アナが悪いな。

 それはともかく何かを余計な事を閃いたのか、にまぁ~とした笑い方をしながら部長が和の腰のあたりをツンツンと突きだす。

 

 

「それで先生役を盗られたのどっちさんはどうかしら?」

「知りません」

 

 

 部長の弄りにぷいっと顔を背ける和。入部したての頃は部長のからかいなどにもすぐに顔を赤くしていたものだが、毎度からかわれればそうなるな。

 微笑ましく見ていると、視界の隅で今の話に加わっていなかった咲がおっかなびっくりパソコンを弄っているのが見えた。

 

 

「なにしてるんだ?」

「きゃ!? もうっ! 驚かさないでよ京ちゃん」

「悪い悪い、そんで?」

「ん、ちょっと京ちゃんの成績が気になって」

「俺のか? 言っとくが全然ダメダメだぞ」

 

 

 電子機器が駄目な咲に代わり、キーボードを打って今までの対戦成績や牌譜を出す。このサイトのネトマは成績だけじゃなく牌譜もパッと出してくれるから便利なんだよな。

 要望通り俺のスコアを画面に表示させると咲が覗き込み、それに続くように何故か部長たちまで体を前に乗り出して来た。

 

 

「いや、何見てるんすか」

「あら、部員がどれぐらい成長したのか知っておくのも部長の仕事よ」

「う……確かに」

 

 

 正論を言われてたじろぐ。確かに言っておることは間違っていないのだが、それでも皆の強さと俺の弱さを考えると見せるのが恥ずかしいんだよな……。

 

 そうやって悩んでいる間にも部長たちはカチカチと画面を切り替え俺の成績を見ていく。というか生殺しに近いぞこれ……。椅子に座っている俺の周りを皆が囲んでいる状態の為に動くことも出来ず、ただ時が過ぎるのを待つばかりだ。

 

 そしてある程度見て満足したのか、前の方にいた部長たちがようやく離れる。やっと満足に息が出来ると安心していると、部長が画面を見ながら何やら頷きだした。

 

 

「うんうん、いいじゃない」

「え? マジっすか?」

 

 

 まさかの褒める言葉に夢かと思い頬を抓る。痛い……じゃあこれは偽物の部長か?

 

 

「須賀君は私をどう思っているのか、よ~~~くわかったわ」

「日ごろの行いじゃろ、我慢せい」

「まこまで酷い!」

「部長は普段から人をからかい過ぎなんですよ」

「皆ひどいわ……」

 

 

 染谷先輩だけでなく和にまで言われた部長が部屋の隅でいじけ始める。まぁ、俺も本気で言ってるわけじゃないし、その場のノリみたいなものだからな。部長たちも似たような感じだ。

 そんな部長をさておき、後ろにいてあまり見れなかった和が画面を見ようとマウスへ手を伸ばす。その為和のおもちが腕に当たるというサプライズがあったが顔には出さない。

 

 ――男、須賀京太郎。女性に恥をかかせたりはしない。別に一分一秒でもこの体勢でいて欲しいという欲望なんかでは決してない。

 

 そんなアホな事を考えているうちに和もある程度見終わったみたいで体を離す。実に残念。

 

 

「そうですね、先ほどから須賀君の打ち方を見ても思っていましたが、須賀君が卑下するよりもちゃんと進歩していますよ」

「え……マジか? 嘘じゃなくて?」

「わざわざ嘘なんてつきません」

 

 

 まさか和にまで褒められるとは思わなくまたしても頬を抓ろうとしたが、今度はその前に和に手を掴まれてしまった。あ……柔らかい……。

 

 

「……こほん。勿論まだまだ甘いところやダメなところはあります。ですが基礎的な事は出来ていますからもう少し頑張れば初心者の枠から抜け出せますね」

 

 

 自分が男の手を握っていることに気が付いたのかすぐに離して平静を装おう和。傍から見ても思いっきり動揺しているのがバレバレである。

 

 

「しかし……須賀君はあがる回数はそう多くはなく普通なんですけど、それと比べても振込みが減っていますね」

「あー、そりゃあな……」

 

 

 そういって視線を向けるのは我が部の姦し……いや麗しい女性陣だ。

 馬火力の咲と優希、そして人の裏をかく部長、和と染谷先輩はまだ常識的な打ち方をしてくれるがそれでも強い。だからこの五人と打つとどうしても守りを気にするんだよな……。

 

 俺の視線から何が言いたいのかわかってくれたのか同情的な視線で見られる。和なんて毎回それに付き合わされているもんな。

 

 

「……そうですね、ただあまり降りる事ばかりを考えると変な癖がついて勝てなくなりますから少し直したほうがいいかもしれません」

「ああ、気を付ける」

 

 

 とはいえ、以前ヨッシーさんからも言われたから俺も気をつけてはいるんだけど直ぐに治るもんでもないしな。和には悪いが今はそこまで気にする時間がないし、少なくとも県大会終わってからになるだろうな。

 

 

「さて……続きを「ちょっと待ったーっ!」なんですか部長」

「ほ、ほら、さっき私の話が途中だったじゃない、だからそんなに睨まないでほしいんだけどぉ……」

「別に睨んでませんよ」

 

 

 勢いよく現れた部長だったが、和の視線に段々と声が小さくなっていく。本人はこう言っているが第三者から見ればやはり睨んでいるようにしか見えない。

 真面目な和は練習中に茶々を入れられるのを嫌がるからな。さあ続きをって所で出鼻をくじかれたのが癪に障るのだろう。

 

 

「んっん、それで須賀君。前に夏の大会には出ないって言ってたわよね?」

「あ、はい。打つのは慣れてきましたがまだまだ力不足ですから今回は見送ろうかと。出ても恥かくだけですし」

「それなんだけど……まだ申し込み間に合うからやっぱり出て見ない? 出るだけならタダなんだし、今の須賀君なら点数計算ができなくて対戦相手を困らせるってこともないでしょ」

「え? だけど……」

 

 

 部長の思わぬ提案に自分の腕を弱くとも認められていると嬉しく思うがそれでも難しいよな……。

 確かに部長の言うとおり参加費用はかからないが、出るからには清澄麻雀部の看板を背負わなきゃいけないのだ。だから下手な負け方でもしたら、周りからも揶揄されるだろし初心者は出るべきじゃないと思ってるんだが……。

 だけど部長はそんなこと気にするなという。

 

 

「さっきも言った通り、周りに迷惑さえかけなきゃいいのよ。それにこれからも麻雀やっていくんでしょ? だったら流石に優勝は無理だと思うけど、これもいい経験になると思うわ。だからね! ダメもとでいいから出てみましょ!」

 

 

 再度の部長の押しに考え込む。確かに出てみたい気持ちはあるけど……。

 そんな悩む俺に様子を見ていた咲達が近寄ってくる。

 

 

「京ちゃん一緒に出てみようよ」

「咲……」

「京ちゃん頑張ってるし、きっと良い所まで行けるよ!」

「まぁ、私達も手伝ってやるじぇ。そしたら優勝まで行けるかもな」

「まったく……おんしは素直じゃないな……」

「ふふっ、そこがゆーきですから」

 

 

 咲だけでなく優希達も俺を奮い立たせるように背中を押してくる。

 そんな様子を見ていると、なんだか俺も勇気がわいてきて、周りの事も考え一度は諦めていたけど出て見たくなってきた。

 

 

「よし! いっちょやってみるか!」

「そうこなっくちゃ! それじゃあ次はネトマを止めて須賀君が入りなさい。後は和とまこ、優希ね。難しいかもしれないけど、二人の動きを見て参考にしながら優希から点棒を守りきるのが練習よ」

「おっしゃ負けないぜ!」

「よーし犬、かかってこい!」

 

 

 部長の一声で席に着く為に動き出すと、優希がこちらのやる気を出させるように指差し挑発をし、後ろには和と染谷先輩の呆れ顔もあって思わず笑い出しそうになった。

 そんなわけで心機一転、俺もインハイの予選に出ることとなった。まぁ、この日は結局ボロボロだったけどそれでも楽しかったな。

 

 だから……大会では悔いのないように打ちたいと思ったのだ――

 

 




 ヨッシーという名前を見て最初にハギヨシが浮かんだ方はホモの素質があります(嘘)だけど先に断言します。ヒロインはハギヨシじゃありませんよ。

 とまあそんな感じでとりあえず新番外編の歩くような速さでの一話目でした。タイトルは良いのが思いつかなかったのでゲームから適当に。

 そして今回の番外編はこんな感じで進んでいきます。ただ、内容から見てわかるとおり京太郎の麻雀についても書いていくので今までのと違ってちょっとだけシリアス気味な感じです。

 それでは今回はここまで。次回もよろしくお願いします。

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