エピなのでちょっと短めです。
「京ちゃん頑張って!」
「ファイトだじぇ!」
「いつも通りやれば今の須賀君ならきっと勝てます!」
「先輩頑張ってください!」
「おう、行ってくるぜ!」
咲達から激励を貰い、見送られながら清澄の控室を出る。そして逸る気持ちと落ち着か無さの両方を抱えながら会場へ向けて歩き出す。
――咲達の応援と手伝いの為に、初めて東京のインターハイ本選会場に来てから既に二年。
今までと違い。この日、俺は一人の選手としてこの地に来ていた。
二年前のインターハイ後、元部長の竹井先輩が卒業してから染谷先輩が部長、和が副部長となり清澄の麻雀部は活動を続けていた。
最初は実力不足でも俺が補助役や仲裁役に向いているので副部長をやってほしいと染谷先輩や咲達から推薦されたのだが、自分の練習時間に少しでも時間を割きたかった為に辞退し、代わりに責任感が強い和がやることとなった。
当初自分が副部長をやることに躊躇っていた和だったが、俺や咲達も出来る範囲で手伝う事を伝えると、悩みつつも受けることを決めたのだった。
そして新学期となり、新しい学年に上がると、昨年の活躍のおかげか新入生もそれなりの数が来た。
ただしミーハー気分で来る者や竹井先輩が抜けた分の席を狙う為に他の部員を露骨に蹴り落とそうとする者、清澄麻雀部の名を使って悪さをしようとするものなどがいて問題となりかけたが、染谷部長を中心として動き、途中様子を見に来てくれた竹井先輩の手伝いもあってなんとか乗り切ることが出来た。
その結果、残った真面目な生徒を含めれば女子は大会規定人数を大幅に上回ることができ、この年も団体戦に参加することができた。
ただ残念なことに、男子の方は和目当てで来ていた麻雀に興味のない連中を除いたら、規定人数より少ない数しか集まらなかったことだったが、それでも仲間が出来て俺としては嬉しかった。
そして二年目の夏、清澄は女子団体戦、男女其々で個人戦に出たのだが、結果は惜敗。
昨年と同じメンバーが揃い、昨年よりも更に強くなった龍門渕が清澄を抑えて団体戦で優勝し、かろうじて個人戦では咲だけが全国へ行けただけであった。
また、男子個人戦は俺が一桁順位に行けた程度で終わってしまった。今までの特訓の成果もあって、昨年の午前敗退に比べたら奇跡的な成長ではあるが、それでも全国への切符を勝ち取ることは出来なかったのは確かであった。
そういえばあの時の染谷先輩の悔しそうな顔はしばらく忘れられなかったっけな。
忙しいながらも部長として竹井先輩が抜けた後の部活を引っ張っていたのだが、昨年の県大会優勝校として周りからの期待もあったために、負けた時は相当落ち込んでいた。
でも翌日にはいつも通りの笑顔を見せていたんだよな。とはいえ、どう見ても皆に心配かけないように無理して笑っていたのが丸わかりだったのだが、誰も指摘できず陰ながらフォローするしかできなかったっけ……。
それからしばらく経って染谷先輩も引退し、代替わりの時は順当に和が部長となり、副部長には当時一年のムロがなった。
とはいえ俺も肩書きは一応平部員のままだったが、男子の後輩を引き連れなければならないため、実質二人目の副部長って感じだったが。
そして三年目、泣いても笑っても最後の年。団体戦でいくつか厄介な高校は出てきたが、難敵であった龍門渕のメンバーが皆卒業したため女子は全国へと駒を進めることができた。
ただ男子は惜しくも優勝を逃してしまったが、それでも人数がギリギリにも拘らず、決勝戦まで行けたことを考えると十分な成果といえるだろう。
ちなみに個人戦では相変わらず咲が暴れまわり、去年の雪辱を果たすために気合を入れた和と優希を含めた三人で、まさかの一位から三位を占めるという結果を残していた。
――そして……男子でもついに俺が県予選の個人戦で一位を勝ち取ることが出来たのだった。
初めは夢じゃないかと思ったが、あの時の皆の笑顔と抱きつかれた時の和のおもちの柔らかさは一生忘れないだろう。
そして――今日、此処に、この全国大会の会場に出場選手として、一年の頃のような見学でも、二年の時のような咲の御守りでもなく、一選手としてここまで来たのだ。
楽しくもあり、辛くもあったこれまでのことを歩きながら思い返していると、前方の曲がり角に誰かが立っているのが見えた。
それなりに距離はあり、こちらに背中を向けた状態かつ体半分しか見えないため最初はだれかわからなかったが、少し近づけば特徴的な髪形で誰かすぐに分かった。
先ほどよりもペースを上げて近づくと、俺の足音に気付いたのか、その人物は角から姿を現し、同じようにこちらに向かって歩いてきた。
「……ついにここまで来たね」
「はい……全部師匠のおかげです」
「ノー、良子さんだろう。緊張しすぎだね」
「すいません、良子さん」
そう、そこにいたのはあの出会いからかれこれ二年の付き合いとなる俺の師匠こと戒能良子さんだった。
ここにいたのは偶然通りかかったわけじゃなく、明らかに俺を待っていたのだろう。見た目は真面目そうだが、結構サプライズとかが好きな人だからな。それはこの二年で嫌にほど身に染みていた。
ちなみに呼び方に関してはあの時以降師匠呼びだったのだが、良子さんの「やっぱり可愛くないからパスです」の一言でお蔵入りとなり戒能さん呼びに戻ったのだが、俺だけ名前で呼ばないのは卑怯だという事で結局良子さんと呼ぶようになったのだ。
この期間一週間である。我が師匠ながらほんとに我儘だ。
あの日から良子さんとは以前よりも頻繁に連絡をとるようになり、住んでいる県が違っているから直接会うことは少なかったが、それでも電話やメールだけでなく、インターネット経由のカメラを使った指導をしてもらうことで俺の実力はメキメキと上がっていった。
また、指導は画面越しだけではなく、長期休みには色々と連れ回されて、良子さんの試合の付き人をやることもあったし、岩手や鹿児島など日本中を回ったりもした。途中、やばい目に合うことも多かったが、その度に確実に実力は上がっていたのでその指導は間違っていなかったのだと言えるだろう。
しかしそんなやり取りも一年までで、二年生になってから良子さんが長野にあるチームに移籍して近くに引っ越してきたため、直接顔を会わせて教えてもらう事が多くなったのだ。
本人は上の方で色々話し合いがあった結果と言っていたが、ピンポイントで俺のいる長野というのは出来過ぎていた。とはいえ、実際の答えは良子さんの胸の内にあるので俺には本当の事はわからなかったが。
そして良子さんがうちの近所に引っ越してきてからは指導も一層過密となり、平日休日問わず良子さんの家にお邪魔することもあれば、俺の家で教えてもらうこともあった。
また、長期休みの付き人や修行は引っ越してからも続いており、最近では海外にも行ったほどだった。ちなみにその旅行の中で何故良子さんに傭兵やらの噂がついたのかがそれで垣間見えた気がする。
とまあ、そんなわけで今まで以上に麻雀に費やす時間も多くなり、その結果、二年の夏には間に合わなかったが、さらに一年熟成し、俺は全国へ行けるほどの実力者となったのだった。
と、俺の事はさておき問題はこの人だ。
「良子さん仕事は大丈夫なんですか? 確か解説役でしたよね」
「イエス、だけど弟子の晴れ舞台だから少しだけ抜けさせてもらったよ。まったく……京の試合の解説が出来るかと思えば全く別の選手のをやらなくてはいけないなんて……」
「しょうがないですよ、そこは運ですから」
「いや、どう考えても私たちの仲を妬んだはやりさんと小鍛治さんの嫌がらせだよ。まったく、お二人とも羨ましいなら同じように弟子をとればいいのに」
「あはは……」
辛辣に言う良子さんだが、まぁ……間違ってないのだろう。
ついに30代に突入したあの二人は周囲の視線もあってか精神的に相当キテるらしく、この前会った時も相当溜まっているものがあるのか耳にタコができるほど愚痴を聞かされたからな。
でもあの二人もああ見えて奥手で初心だからいきなり弟子を取るのはキツイだろう……。
以前酒に酔った良子さんが後輩として溜まっていた鬱憤もあったのか、生涯独身だなんだの言っていたが、決して本人達の目の前では言えないけど現実になりそうだよな……。
ちなみにあの時あった四人とはあれ以来、歳の離れた友人としてそれなりに親しくさせてもらっており、それなりの頻度で連絡を取り合っている。そのため仕事で近くにいたりと都合が合えば麻雀の指導をしてもらうこともあった。
しかしながら、あまり他の人に師事すると良子さんが拗ねるので中々誤魔化すのが大変であるが。
「まぁ、二人の事は置いとこうか。それで京、覚悟はいいかい?」
「ええ、バッチシ決めてきますよ」
「残念ながら予選は見ることはできないし、近くで応援することも出来ないね……。だけど、その……決勝の解説は任されたから……」
「わかってますって。絶対にそこまで勝ち上がりますし、なにより……離れていても良子さんはちゃんとここにいますから」
自分が出るわけでもないのに気負い過ぎな良子さんに苦笑しつつ、胸に手を置いて伝える。
確かにあの場では他に味方もおらず周りは皆ライバルだ。だけど俺の中には良子さんや咲達と共に築いてきた今までがある。
良子さんにはこの二年間、麻雀について色々教えてもらった。
そして、それだけじゃなく私生活でもいろいろ面倒を見てくれた。麻雀部で優希と喧嘩した時などは仲直りできるようアドバイスをくれ、助けてもらったっけな。
また、逆に良子さんが忙しい時には俺が身の回りの世話をすることもあったな。かっこいいお姉さん風に見えるが、良子さんは意外にズボラな所もあり、忙しいと洗濯物などをすぐ貯めるのでそれを毎度俺が片づけていたのだ。
このように互い助けあうこともあったが、時には大きなことや些細なことで喧嘩をすることもあったりもしたし、他にも色々なことがあった。
つまり俺の中には良子さんから教えられた技術だけでなく、そういった二年間の思い出も詰まっている。だから例えあの場に赴いても決して一人なんかじゃないのだ。
そんな俺の言葉に良子さんは驚き、恥ずかしさからか頬を赤らめていたが、それでも俺の顔から目を離さず見ていてくれた。
「まったく……あの時もそうでしたが、この二年で京はさらに口が回るようになりましたね」
「師匠が最高ですから」
「はぁ……誰にでも言いそうで今後が心配ですよ」
良子さんは手を額に当てて、天を仰ぐという少々大げさな仕草をしながら嘆いているがそれは余計な心配だ。俺だってこんな事を言うのは一人しかいないのだから。
こうやって良子さんと話すのは楽しく、このままもっとこうしていたかったが、とうとう試合が近づく放送が流れだした。名残惜しいがここまでだろう。
なんだかんで緊張していたため、良子さんと話せていい具合にリラックス出来て良かった。もしかしたらこの人はこのことも読んで待っていたのかもな。
「……それじゃあ行ってきます」
「……ええ、いってらっしゃい」
俺の試合だけでなく良子さんの仕事もあるので、名残惜しいが見送る良子さんに背中を向けて歩き始める。
――と、いい機会だし今のうちにあのことを言っておこうと思い、振り返る。
「あ、良子さん」
「ん、どうしたんだい?」
「そのですね……決勝で勝って俺が優勝したら伝えたいことがあるんで聞いてくれますか?」
「ほう、まだ一回戦なのにちょっと気が早いね」
からかい気味に笑われるが、確かに気が早いだろうな。
まぁ、実際決勝前に言おうと思っていたのだが、なんだか今言いたい気持ちになったので予定を前倒しにしたのだ。
「ふむ……それは大事な事?」
「はい、とても」
真剣な気配が伝わったのか、先ほどまでと違った真面目な表情で聞いてくる良子さんに対し頷き返す。
そう……良子さんには伝えたいとても大事な話があるんだ。今までの感謝とそして―――
「そうだね、楽しみにしているよ」
そんな俺の決意が伝わったのか、良子さんは表情を崩し、とても綺麗な笑顔を見せてくれた。
「――じゃあ、今度こそ行っています」
「――いってらっしゃい」
今伝えたいことは全部伝えられた。既に俺の中に迷いはなく、今まで緊張で遅かった歩みも普段以上に軽い。後は全力を尽くすだけだ。
そして俺は――
『長野県代表。清澄高校三年、須賀京太郎選手です!』
――この舞台へと立った。
そんなこんなで五話目でようやく完結した番外編『歩くような速さで』でした。
この後京太郎は優勝出来たのか?優勝して伝えたいことはなんだったのか?そこらへんは皆さんのご想像にお任せします。
また、一応Vol.4とエピローグの間の二年間の話も考えてはあるんですが、そこらへんまでやるといつまでたっても終わらないですし、前回と今回である程度綺麗に終われたのでそこはカットという事になります。
今後本編に行き詰った時や本編終了後にもしかしたら書くかもしれませんが、その場合はもう番外編としては長すぎるので、新しいSSとして本編とはわけるかもしれません。もしその時はよろしくお願いします。
それでは長くなりましたが今回の番外編はこれで終了です。皆様お付き合いいただいてありがとうございました。次回の本編過去編もよろしくお願いします。